●リプレイ本文
●まだまだ雪がいっぱい。
「酷いものだね」
テュール・ヘインツ(ea1683)は、転んで雪に埋まって雪まみれになっていた。白尽くめのためあまり目立たない。あまり目立たないと雪に埋まったまま、仲間に忘れ去られないとも限らない。保護色にはなるがいつの間にか居なかったというのでは、命に係わる。ふぶいて視界が悪くなれば逆に危険だ。
パリを出発して最初は順調だった。街道沿いは、雪もほとんどないぐらいだった。しかし、依頼人から教えられた村に向かうと道は狭く、雪も徐々に深くなっていく。そして、途中から完全に道は雪に覆われた。雪は深くなっていく一方で、足が雪に埋まって進むのは足を完全に引っ張り上げなければならないくらいになっていた。股の筋肉が痙攣しそうだ。初日の野営はそれでも良かった。スコップで掘れば、地面が見えた。露出した地面で焚き火をする。雪で多少湿ってはいるが、雨でないから燃えないことはない。
「この先まだあるんじゃろうな。目的の村までは遠いのう」
フランク・マッカラン(ea1690)は持参したスコップで周囲に雪を積み上げて、周囲からの寒さを防ぐ壁を作った。
「まだ、風は冷たいんだね。春はまだ来ないのかな」
アルフレッド・アーツ(ea2100)は、うんざりしたように口にした。雪の上を吹いてくる風にはシフールとしては困りもの。他の人よりも軽い分、雪にもぐったりしにくいものの、風が強いと持ち味である飛行ができない。
「今回は狼の駆除が役目に入っていなくて、良かったと思っていないか?」
イワノフ・クリームリン(ea5753)が、アルフレッドに視線を向けた。アルフレッドも見返す。意味ありげな視線。二人とも少し前に、狼駆除の依頼を受けたことがある。狭い森に異様な数の狼が自然発生したのか、意図的に集まったのか。とにかく集まり過ぎたため、狼を駆除するという依頼だった。もちろん、同じような依頼はそれだけとは限らない。森の餌が不足する冬には、狼は人里に近づくことが多くなる。熊は冬眠する前の秋に人里に出ることがあるが、狼は冬眠しない。腹を減らした狼にとっては人間の食べ残しでも十分な御馳走になる。もちろん人間の買っている家畜ならそれ以上だ。人間の食べ物の味を覚えれば、集まる狼はさらに多くなる。狼に取られる餌よりも、狼そのものの危険さに狼駆除の依頼がなされる。二人が受けた依頼とは別物かも知れないし、その依頼が原因の一つかも知れない。縄張りを持つ狼は、その縄張りを周期的に移動することはある。しかし、完全に場所の違うところに行くことはない。
「あれが原因じゃないのかと思って依頼を受けた」
イワノフは、責任感を感じていた。一匹残らず狼を駆逐するという依頼だった。森の生態系を破壊することになる危険があった。取りこぼしがあってもそれはその森に残るはずだった。それがこんな遠くまで来ているかと問われると自信はない。しかし、この冬の雪で食べるものに不足していれば、餌を求めて地元の狼と争いに破れて放浪しているのかもしれない。そしてここまで流れ着いたのかも。そう考えると‥‥。
「可哀相なことをしたな」
という気分にもなる。あの森でひっそり暮らせるのなら良かったのに。
「あの時、すべて殺したと思ったのだが」
あの時は血で血を洗う戦いだった。先手を打てたことが多かったため、狼の優位性を出させずに攻撃できたことが多かったが、目的地ではそんなことはなかった。正面から押し寄せてくる狼の数に、力の限り無我夢中で戦った。得物を振り回せば狼に当たるという密度だった。
「何匹かの討ち漏らしはあるよ。森を囲むには、人数が少なかったし」
森の周囲から中心部に向かって追い立てるようにして進んだが、人数に限りがある以上はどうしてもすり抜けられる。
「そうだな」
アルフレッドにしても予想外だった。狼にとっても、殺されなかったとはいえ住処の森を追われている。方々で追い立てられて、この雪の中でねぐらも得られない。今自分たちがいるこのような場所さえもない。殺されるよりも過酷な生活だろう。
「ところで、そっちのは何?」
イワノフの持ち込んだ袋は目立った。かなり重そうだ。
「ああこれか。狼の狙いが餌なら、無理に戦うこともないだろう」
イワノフは袋の中身を見せた。
「肉?」
「ああ。保存用のソーセージだ。狼がこれに満足して襲ってこなければ」
大荷物を運ぶためにどうしても軽装になっている。万全の戦闘準備ができた駆除とは違う。それに今回は戦うことが目的ではない。薬草を届ける。そのためには戦いは出来るだけ避ける。
「でも肉の臭いが狼をおびきよせないようにしてくれよ」
ラックス・キール(ea4944)が薪を集めてきていた。できるだけ暖と食事を取って体力の温存を図る。寒さと疲労を回復させるには、食事をきちんととらないといけない。寒さは体温を確実に奪っていく。
「やっぱり狼が襲ってくるなら、夜陰に紛れてだろう。暗闇なら視界が効かない。聴覚と嗅覚に優れた狼なら暗闇でも影響はない」
夜陰なら狼の方が圧倒的に有利。こちらがいつ油断するかも決定の要素に成りえる。
「木、少しもらえるじゃろか?」
フランクは、ラックスの集めてきた木で大きそうなのを見繕い始めた。
「燃やす分が足りなくなったら取りにいくから、好きなだけ取ってくれ」
「あの、あたし取りに行ってきます」
アイリス・ビントゥ(ea7378)が躊躇いに行って森の方に向かった。
「俺も行きます」
リョウ・アスカ(ea6561)もアイリスを追っていく。
「夜の見張りは、2、2、3でいいな」
火を絶やさぬように、そして周囲からの襲撃を警戒する為に。
●「わかん」
「けっこう眠れるものだね」
テュールは翌朝一番に目覚めた。
「出来上がったから、付けてみてくれ」
フランクがほとんど徹夜状態で作り上げた「わかん」を全員に配った。
「これどうやって。ああこうか」
フランクが手本に見せてやると、全員がなんとか着用できた。
「雪の中に埋まらずに歩ける」
と歩きだしたテュールが、一瞬で視線から消えた。
「テュール? どこに隠れたの? 遊ばないでよ。えーと、これテュールの「わかん」じゃない?」
アイリスが雪の中から下側を上にした「わかん」を見つける。白づくめのチュールはあわや見つからないところだった。
「下が上にあるってことは、上にあったものは下にある。って埋まっているってことじゃないか」
慌てて全員で掘り起こす。これが雪でなくて湖ならかなり怖い状態だ。
「酷いよ、これ」
テュールが雪まみれの顔で掘り起こされる。
フランクが笑いながらテュールの雪を落としてやる。
「慣れれば大丈夫さ」
と言いながら、フランクも横倒しに倒れこんで両足を上に向けて雪原に突き刺さる。
「まいったな。今日は慣れながらゆっくり進むしかないな」
テントをたたんで、出発する。最初はよく転んだものの、体重移動を注意しつつ慣れてくると、雪に足が埋もらずに進めるため移動速度も速くなる。
「戦闘ができるかどうかは、難しいけど」
ラックスは「わかん」の効果に感謝しながらも、戦い時の不安を感じた。
「避けられるなら避けた方がいい。もともと狼駆除の依頼じゃないだから。もし狼の被害が酷いなら、どこかで駆除の依頼をするでしょう」
「村への被害が出て、手に負えないならな。でも、そうはならないかも」
狼が人間の恐ろしさを知っているなら、村ではあまり近づかないだろう。移動中の旅人にしてもある程度の武装をしていれば近づかない。そのうち、自然淘汰されてしまうだろう。
「今回、襲われなければいいさ」
「わかん」が効果を発揮して、雪原を雪に埋もれずに進めた。そして予定どおりの日程で村に到着した。
「随分遅れていたようですが。こちらです」
薬草は準備してあった。予想以上の量が。
「これ全部。とても持てないよ」
「まさか背負っていくつもりだった? 用意してあります。橇は」
薬草を準備していてくれたのは、楚々とした感じの女性だった。
「昼食は用意してありますから、食べたらできるだけ早く出発してください。明日からふぶきそうですから、今日のうちにできるだけ距離を稼いでおいた方がいいでしょう」
「吹雪になるなら、収まってからというなら」
「薬草を待っている人がいるんですよ」
と睨まれてしまった。
橇は1台だが、二人か三人で引っ張らないといけないようだ。
「アイリスやイワノフが加わる時には二人で大丈夫かもな」
そのかわりアルフレッドは、数には入れられない。
「僕は、先行して道を調べるよ」
アルフレッドはその特性を生かして上空から情報を集める。
「そうそう、そろそろ冬眠明けの熊が迷いでることはあるから、気をつけてください」
冬眠明けの熊? まだ周囲は雪だらけだ。
●吹雪
リョウとアイリスが最初に橇を引いた。スムーズに進行できたのは、アイリスの力が大きい。アルフレッドはシフールの特性を生かして、上空より橇の通りやすいルートを調べる。坂道で横倒しになったら大変なことになる。
「こう雪ばかりじゃ」
道を見つけるのも難しい。森の中では橇は通行できない場所もある。それに地元の狼が邪魔するかも知れない。
「そろそろ戻るか。空は寒い」
アルフレッドは防寒着の襟元を合わせると、雲の様子を見る。
「本当に吹雪そうだ」
吹雪に成る前に野営地と明日の予想ルートを調べておきたい。
「どうだった?」
アルフレッドが戻ると、橇はイワノフとラックスに代わっていた。体力を消耗しずぎないうちに交代する。
「吹雪になりそうだね。道は特に坂道はないから野営地はこの先5キロぐらいでいいんじゃないかな」
スコップで風よけの雪を積み上げることを考えると、それ以上進むのは厳しいだろう。
「じゃあもう一頑張りしようよ」
テュールとフランクも橇にロープを結び付けて引くのを手伝う。
「狼の姿は見えなかったよ」
アルフレッドは今日最後の偵察から帰ってきた。空と地上とでは風が違う。地上の方がまだ寒くない。空の上は体力の消耗が激しい。
進むうちに太陽が雲に隠れて暗くなる。
「そろそろ野営しよう。薪は多めに集めてくれ」
焚き火がなければ、凍死することだってあり得る。
フランクが雪で壁を積み上げる間に、それぞれの作業に入る。テントを設営するもの、薪を集めるもの。
ようやく準備が終わった頃には風が強く、雪が混じって吹雪になる。
「来るじゃろうか?」
フランクとラックスが焚き火の番だった。
「腹を減らして、正常な判断ができなくなれば来るだろう」
得物からは手を放さない。そして焚き火で手を温めていつでも使えるようにしておく。
「雪壁のお蔭で吹雪を防げるのはいいが、狼の臭いが感じられないな」
「どうせ狼は風下から近づくものじゃ。臭いじゃわからないじゃろう」
とざまに、フランクがハンドアックスを振り抜く。
雪壁の上から様子をうかがっていた狼が、首を引っ込める。
「襲ってくる勇気はないようじゃのう」
狼は人間を恐れている。
「飢えが極限になるまでは大丈夫、ってことか」
その夜は襲撃はなかった。雪壁は冒険者たちの食料の臭いも遮断してくれていた。
朝になっても吹雪は続いた。しかし、依頼の期間内にドレスタットに到着しなければならない。無理でも明るい内に進むしかない。
「この風じゃ、空は無理だね」
アルフレッドは風に飛ばされないように、アイリスの背後に回る。視界が狭くなる関係で遭難しないようにロープで全員を繋ぐ。
太陽は雪雲に阻まれて見えない。
「サンワードも使えない」
チュールも持ち味を生かせない。
「ドレスタットに近づけば雪だって少なくなる。頑張ろう」
ラックスが励ます。
先頭は体力でまさるイワノフ、その後ろにフランクが土地勘を生かして進む方向を指示する。
「人命に係わることだから重大じゃ」
寒い吹雪の中でも使命感に燃えていた。
橇に積もった雪を払い落とすために、ときおり小休止をする。後ろの方には夕べの狼が見える。1匹だけのようだ。
「イワノフ、あの時の討ち漏らしかな」
アルフレッドはイワノフに話しかけた。
「個体識別はつかないな」
といいつつも、可能性は大いにあると思った。
「以前の依頼の逆恨みですか?」
リョウが話を聞いていた。
「狼に逆恨みか‥‥」
「冒険者を長くなっていくと逆恨みされることもあるさ。気にするな」
ラックスが出発のためにイワノフを肩を叩いた。
●飢えた狼は柔らかな肉に牙を突きたてる。
「今夜あたり危ないかも」
あの後も毎晩野営地には、狼が顔を出した。襲ってはこなかったが、飢えは深刻なようだ。
今夜を乗り切れば、明日の夕刻にはドレスタットに到着できる。一番気が緩み易い。
「それにみんな疲れている」
吹雪は収まったものの、新雪のために橇を引くにも全員で引かなければならない。昨夜も交代での焚き火の番が途中で居眠りしたり、次を起こしても起きてこなかったりした。襲撃を受けた時に居眠りしていたら、多分2、3人は躯になっていたかも。
「今夜は気合入れとけば‥‥」
「こんな時は、ワインでも飲みたいところだが」
あいにく重量の関係でワインとか酒の類は誰も持ってきていない。
「イワノフ、あれ使ったらどうだ?」
「あれか。最後の手段だ」
あれとはイワノフが用意した餌である。
あれで我慢してくれるならいいが、逆に体力を回復させて再度攻撃させては。
リョウとアイリス、フランクとラックス、テュールとアルフレッドとイワノフの3組の3交代制。もちろん、休む場合も寝袋に完全に入ってしまっては、咄嗟に行動が取れないからテントに入るだけとなる。
風は止んだため、周囲は闇ととにも音も途絶える。狼が近寄ってきたなら、足音も聞こえるだろう。
サク、サク‥‥。
その音が聞こえてきたのは、夜半すぎだった。
交代を終えたリョウとアイリスは完全に熟睡していた。イワノフらもまだ眠っている。
「普通の野性動物なら夜明け間近の時に襲ってくるものじゃが、あの狼はそろそろ我慢できなくなるじゃろうな」
「イワノフのあれ、使うか」
1匹だけなら戦ってもどうにかなるだろう。しかし、毎夜みた狼がどうも違うような気がする。1匹だけじゃなかったら?
狼の呼吸音まで聞こえてきた。
「やはり1匹じゃない」
呼吸音は複数。寝込んでいる仲間を起こす。
「まだ眠いです」
アイリスが最後に起きてきた。
完全武装状態なら狼などどうにでもなるが、今回は狼の攻撃を遮断できるアーマーは着込んでいない。武器にしても貧弱だ。
「イワノフ、頼む」
「ああ。離れていてくれ」
イワノフが狼の野営地を出て狼の方に歩いていく、手に大きなソーセージを持って。
狼がイワノフを警戒しながらも近づいていく。餌の臭いが分かるのだろう。そうでなくとも腹ぺこ。イワノフ、その人を餌にしかねない。しかし、狼はイワノフの付近までは近づけない。周囲を囲んだままだ。
「恐怖か」
「やっぱりあの時の狼だったんだ」
アルフレッドが叫んだ。
狼はイワノフのことを覚えていた、自分たちの仲間を大勢殺した相手として。
イワノフが狼たちに肉を投げた。
肉の落下地点にした狼が逃げた。そして、ただの肉だと分かると近寄って口に入れた。狼はイワノフの投げる肉に牙を突きたてて噛むのも、煩わしそうに嚥下していく。それで満足したのか、次々に踵を返していった。
「イワノフ、大丈夫だったか」
「ああ。これで明日も来たらその時は」
「戦うしかないか」
翌朝までは何事もなく、無事に朝をむかえた。
「さてと、今日で到着する。移動手段のない依頼は御免こうむりたいな」
狼と無理な戦闘にならなかったことで、気が楽になっていた。
「飯くったら出発するぞ」
「あわわわ」
偵察に行っていたアルフレッドが慌てて戻ってきた。
「熊だ」
「昨日の肉の臭いを嗅ぎつけてきたのか?」
熊は巨大な図体の割に、移動速度が速い。
全員得物を持つが、熊相手だと分がわるい。ラックスが縄ひょうにオーラパワーをかける。リョウがサイズを、フランクがハンドアックスを構える。ダガーでは熊には有効なダメージを与えるのは難しい。
チュールのサンレーザーが熊を捕らえる。効果的なダメージを与えたようには見えないが、最高速度で突っ込まれるのは防げた。あのままの速度で体当たりされたら、3人ともに吹き飛ばされかねない。
リョウがサイズを振り回して、突進の止まった熊に叩きつける。スマッシュが決まったが、熊にはさほど効いていないようだ。ラックスの縄ひょうとフランクのハンドアックスも熊を捕らえるが、あまり効いていない。
「冬眠から目覚めたばかりの腹ぺこ熊は始末に終えないものじゃのう」
フランクは熊に組み付くとスープレックスに態勢に入ったが、相手の方は冬眠で脂肪をかなり消費したとはいえ、はるかに巨体。スープレックスで投げようとして、途中で止まってしまった。熊が反撃とばかりに爪が襲ってきた。ぶつかる寸前にラックスのライトシードが阻むが、勢いが受け止め切れずに二人とも吹き飛ばされる。下敷きになったフランクは大きなダメージを受けたようだ。
「このままじゃ、全滅しかねない」
逃げても熊では直ぐに追いつかれる。
狼の遠吠えが聞こえてきた。
「狼まで来たら」
骨も残らない。
しかし、狼は冒険者たちを迂回して熊に向かった。雪の上を敏捷に動き回り、多方向から熊に攻撃を仕掛ける。
「ラックス、大丈夫か?」
イワノフが吹き飛ばされて大の字になっているフランクとラックスを助け起こす。
「わしは、こんなことではへこたれんのじゃ」
と口では言ったものの、フランクは足にきていた。
「フランクを橇に乗せろ。あの状態では走れない」
アイリスがフランクを橇の乗せた。
「下ろせ」
アイリスが問い掛けるように視線を送る。
「無視しろ」
「周囲の様子を見てくる」
アルフレッドが上空に舞い上がる。別方向からも熊が来たらかなわない。
「熊よりも道だ。橇が横倒しにならないように」
「分かっている」
「逃げるなら、今のうちだ」
サイズをかついで、リョウが橇に戻ってきた。
狼の多方向攻撃によって熊は徐々に消耗していっている。しかし、熊の攻撃も狼にまぐれ当たりぐらいはしている。しかし当たる直前にチュールのサンレーザーが熊の前足を攻撃して狼へのダメージを最小限度にしている。それでも怪我する狼が出る。
アイリスが野営地の荷物を橇に載せる。
「今のうちに出発しよう」
イワノフが全員を見回す。
「あれって狼の恩返し?」
チュールが精神力を使い切って、サンレーザーも種切れになっていた。この後は狼たちの奮戦に期待するしかない。
「単なる生存競争‥‥いや、恩返しと思っておった方がいいかもしれんのう」
橇の上でフランクが、チュールの問いに答えた。
イワノフとアイリスが力の限り橇を引っ張る。リョウとラックスが橇を押す。徐々に橇を速度を上げていく。
死闘の場が遠ざかり、やがて見えなくなる。
熊と狼の死闘がどうなったのかは分からない。
少なくとも、熊も狼も冒険者たちを追いかけてはこなかった。
両方とも倒れたのか、勝った側が負けた側を食料にして空腹を満たしたのか。
ドレスタットに到着すると依頼人のところに薬草を届けた。ドレスタットまで来ると雪も無くなってきている。
「ここは別天地か?」
橇が依頼主のところに置いておくことで話がついた。
薬草の荷解きも忙しく、次々予約されていた人のところへ薬草が運ばれていった。
「これで多くの人の命が助かる」
依頼人から感謝された。
「狼たち、大丈夫だったかな」
チュールはずっと考えていたことを口にした。
「あれでダメなら生きていけない。狼には生きるための戦いだ。それに、今度あった時は敵になっているかも知れない」
イワノフにも、そう言われた。
「お兄様も一度ここを通ったんですね」
アイリスはドレスタットの通りを歩きながら感慨深げに呟いた。
「取り敢えず、温かい飯でも食べませんか?」
リョウの提案に、皆意気投合した。