花のお祭りじゃー

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:10人

サポート参加人数:7人

冒険期間:04月12日〜04月15日

リプレイ公開日:2005年04月19日

●オープニング

 春である。ぽかぽかと暖かい日差しの中、ぴちぴちと囀る小鳥の声は途切れることがない。ここドレスタットにある桃山鳳太郎の屋敷は、ジャパン人の名士の屋敷だけに、ジャパンの家屋を真似た縁側が設えてある。鳳太郎のまだ幼い二人の子ども、娘のアンジュと息子のライアンは縁側にちょこんと座り、小綺麗に手入れされた庭木の立ち並ぶジャパン風の庭を見やっている。
「暖かくて気持ちがいいのぉ〜」
 花の香りに誘われてか、ひらひらと飛んできた春の踊り人がアンジュの目に止まる。
「わ〜! ちょうちょうだ! ちょうちょうだ!」
 草履をつっかけて庭に駆け下り、元気な子犬のように蝶々を追いかけるアンジュ。その姿を見て、弟のライアンがおませな口調で呟く。
「あねうえは、いつもうるさいのだ」
 日の良く当たる部屋の中では、桃山家に仕える家老の鷹岡龍平がせっせと細工物に励んでいる。庭の蝶々よりもこちらの方が面白いと見え、いつの間にかライアンは龍平の隣に寄り添い、好奇心いっぱいに目を見開いて龍平の手作業に見入っていた。
「これは花祭りでございます」
 龍平が言う。手の中には、小さな木切れを材料にして丹念に作られた人形。小筆で顔に目鼻を書き込むと、龍平は完成した人形細工を座敷卓の上にちょこんと載せた。
「さあ、出来ましたぞ」
 座敷卓の上には既に出来上がった人形が2つと、これまた丹念に作られた細工物の桜の木が3本。桜の木は淡い桃色で着色され、合わせて3つの人形は歌い飲み騒ぐ人の形になっている。
「3年ほど前から少しずつ作っておりましたが、来年の今頃はもっと数が増えて賑やかになりましょうなぁ」
 しみじみと言う龍平。その脳裏に浮かぶのは懐かしき故国ジャパンの花祭り。ジャパンでは春になれば梅に始まり様々な花、今頃なら桜が咲き誇り、人々はその木の下でお祭りをする。皆で旨い物を飲み食いし、楽しく歌い踊るのだ。春の陽気の中、舞い散る桜の花を肴に飲む酒の美味さはまた格別。
 しかしジャパン人が愛でる桜も、ノルマンの地ではたかが花木の一つに過ぎぬ。この地の桜はサクランボを収穫するための実桜ばかりで、その花が咲いたくらいで人々はジャパンのように浮かれ騒いだりはしない。それがちと残念である。
「大変! ジャパン人の行き倒れよ!!」
 用向きあって表に出ていた鳳太郎の妻カトリーヌが、息せき切って屋敷の中に戻ってきた。長閑な春の空気はどこかに吹き飛んでしまい、屋敷の中は俄然慌ただしくなった。
 行き倒れていたところを町人に発見され、鳳太郎の屋敷に担ぎ込まれてきたのはジャパン人の老人。その風貌から一角の人物と察せられる。老人には壮年の付き人が一人。
「とんだご迷惑をおかけして真に申し訳ありませぬ。拙者は阿比永汰と申す旅の商人。そしてこのお方は、拙者が面倒を見ておりまするご隠居の波羽戸兵頭殿でござりまする」
 永汰の話によれば、波羽戸兵頭は数々の事業を成功させて一財産を築き挙げた人物。余生を遊んで暮らすには困らぬ身だが、老いて益々意気盛ん。世界の見聞を広めんと欲し、弟子と見込んだ阿比永汰を引き連れて諸国漫遊の旅を続けてノルマンに辿り着いたところ、鳳太郎の家の前で持病の癪を起こして行き倒れたという次第。
 などという話を永汰が延々と語っていると、布団に寝かされた老人が今にも死にそうな声で呟いた。
「永汰よ〜。わしゃ、もう駄目じゃ〜。‥‥ああ、冥途の土産に花祭りがしたい」
 途端、永汰は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「我が儘もええ加減にせんかこのクソ爺ぃ! 無理難題押しつけるのは一体これで何度目だぁ!?」
 と、兵頭は布団からむくりと身を起こし、永汰を怒鳴りつける。
「おのれはそれでも儂の弟子かっ!? そんなことで二代目波羽戸兵頭が勤まると思うてかっ!?」
 鳳太郎が慌てて口論の仲裁に入る。
「まあまあ、お二方とも落ち着かれよ。しかしご老人。その様子から察するに、持病の癪もさほどの心配は無きものと思えるが‥‥」
「分からんのか! 儂は最後の気力を振り絞り、死の淵に引きずり込まれる間際で足を踏ん張り止まっておるのじゃぞ! こうして喉の奥から声を振り絞るのにも必死なのじゃ!! ‥‥うっ! また持病の癪が‥‥うがぁぁぁ!!」
 やにわに兵頭はぶっ倒れ、空を掴むように伸ばした腕がびくびく痙攣する。ついに最期の時がやって来たか!?
「ご近所の教会からクレリック呼んで来なくちゃ!」
 慌てて部屋を飛び出すカトリーヌ。
「しっかりいたせ、ご老人!」
 思わず鳳太郎も老人の耳元で叫ぶ。
「ああ、ご迷惑をおかけした上に、このお屋敷で死人まで出したとなっては拙者の面目が立たぬ。分かり申したご隠居、拙者が花祭りの座を用意し、ご隠居には心ゆくまで花祭りを楽しんでいただきましょうぞ」
 永汰のその言葉を聞くや、兵頭は先ほどの苦しい有様が嘘のようにむくりと起きあがった。
「おお! その一言で儂の持病の癪が治まったぞ! さすがは儂の見込んだ弟子じゃ!」
 桃山家の者たちは呆気にとられ、永汰は『またか』という顔をして言葉を続ける。
「して、花祭りの場所は‥‥」
「おお、それなら旅の途中で恰好の場所を見繕っておいたぞ」
 ご隠居が花祭りの場所として指定したのは、ドレスタットから伸びる街道を馬で1日程かっ飛ばした所にある村の果樹園だった。
「いやぁ、どこぞの国を旅した時の話ですがね。『西洋には竜騎士なるものがおるそうじゃ。儂も一度でいいから竜に乗ってみたい。どうせ乗るからには世界一大きくて速い竜に乗るのじゃ』などとあのご隠居が言い出して、竜の住む火山に殴り込み。で、ご隠居は竜と大喧嘩した挙げ句に火を吐かれて全身大火傷。拙者が教会に運び込まねば、今頃は三途の川の向こう岸でござるよ」
 龍平と二人して下見に向かう道中、永汰はしきりに愚痴をこぼす。‥‥ま、どこまで本当の話か知れないが、あのご隠居ならやりかねない。やがて目的地にたどり着いた。果樹園には洋桃と実桜の木が立ち並び、今は花の真っ盛り。
「確かに花は咲いておるが‥‥しかし、ここは元気のない村でござるな」
 周囲を見渡して呟く龍平。咲き誇る桃の花と較べて、村には活気がない。通りかかった村人に尋ねると。ここの領主は、いざ国王陛下にご奉公のためにと身代に不似合いな騎士を抱え、村は苦しい最中にあるという。
 二人は村を治める領主の館に出向き、領主に事の次第を話して頼み込んだ。二人のジャパン人たちの頼みに領主は最初渋い顔をしたが、ご隠居から託された金子を永汰が差し出すとその目元が緩んだ。領地経営の苦しい折り臨時収入は有り難い。
「よろしい。そのジャパン人の花祭りとやらに、果樹園を使用することを許可しよう。ただし、果樹園の樹木を傷つけてはならないし、いかなる形でも領主の私に迷惑をかけぬことが条件だ」
 こうして領主との約束が取り付けられ、程なく冒険者ギルドの掲示板に依頼状が張り出された。
『花祭りの手伝い人求む。料理の得意なる者、歌や踊りに秀でたる者、大歓迎』

●今回の参加者

 ea0901 御蔵 忠司(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5970 エリー・エル(44歳・♀・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb0254 源 靖久(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

カルナック・イクス(ea0144)/ 夜 黒妖(ea0351)/ 長渡 泰斗(ea1984)/ ファング・ダイモス(ea7482)/ 神楽 香(ea8104)/ 深螺 藤咲(ea8218)/ ファルネーゼ・フォーリア(eb1210

●リプレイ本文

●ノルマンのお花見
「ジャパンの花見では金持ちを中心に、庶民もそれぞれ集団を作り、弁当を持って出かけ、飲んで食って大騒ぎをするものなのです」
 桃山鳳太郎の屋敷へ向かう道すがら、ジャパンの風習を知らぬ仲間たちに御蔵忠司(ea0901)が説明してやる。
「女性たちは綺麗な服を準備し、中には衣装比べをする者たちさえもいる程です。ジャパンの花見というのは、庶民が日々の厳しい暮らしを忘れ、大いに憂さを晴らして羽を伸ばす恰好の機会なのです」
 ちなみに花の祭りとは、古来より庶民に受け継がれてきた花見の風習の中に、春に執り行われる仏教の祝い事が取り込まれて生まれたものだとか。
「とにかく花見の前日は、準備で忙しいものです」
「それにしても、またずいぶんと賑やかなものだ」
 手伝い人として同行する仲間の数に、カイザード・フォーリア(ea3693)が半ば呆れたように呟く。夜黒妖(ea0351)、長渡泰斗(ea1984)、ファング・ダイモス(ea7482)、深螺藤咲(ea8218)、カルナック・イクス(ea0144)、神楽香(ea8104)、そしてカイザードとは奇縁で結ばれた仲のファルネーゼ・フォーリア(eb1210)。
「これだけの面子が揃えば、トロルの首だって討ち取れそうなものだな。さて、ファルネーゼ叔母‥‥」
 ごん! 言いかけた矢先、カイザードはファルネーゼに殴られた。
「同い年を叔母とは何事じゃ!」
「‥‥いや、失礼。ファルネーゼ嬢には一緒に買い出しをお願いします」
 彼女が相手ではどうにも頭が上がらない。
「それから、これを‥‥」
 差し出したのは薄布のマリア・ヴェール。
「貴女が欲しいと言われたから工面して貰いました。‥‥忘れないで下さい」
 冒険者たちは先に現地へ向かう班と、ドレスタットで準備を進めて後から向かう班とに分かれる。仕立てられた乗合馬車は計2台。
「さあライアン、ヴェガと一緒にピクニックに参ろうぞ」
 ヴェガ・キュアノス(ea7463)はライアンの手を引き、馬車に乗り込んだ。他の面々は外せぬ用事やらお呼ばれがあるとかで、今回の花の祭りには桃山家から参加するのはライアン一人だが、それでもお祭りは沢山居る方が楽しいものだ。

●果樹園の村
 花の祭りを開く場所は、ノルマンの何処にでもあるような村だ。中心にはこぢんまりした領主館に教会堂、その周りには村人の家が建ち並び、さらにその周りを侵入者避けの柵がぐるりと囲む。柵の外に広がる畑には、小麦がすくすく育っている。そして村の一角、街道からもよく見える場所にあるのが件の果樹園だ。馬に乗って散歩するにも申し分ない程に広く、立ち並ぶ洋桃と実桜の木々は見事な花を咲かせている。さして代わり映えしない村の風景の中で、その果樹園だけは一際輝いて見えた。
 自分の馬を使い、一足先に村へ着いたイルニアス・エルトファーム(ea1625)と源靖久(eb0254)の二人は領主の許可を貰い、果樹園に立ち入らせてもらった。
「手が加えられた草木や花には、育てた者の心が現れるものだ」
 木々の余分な枝は剪定され、残された枝はバランスの取れた伸び広がりを見せている。地面を見れば丹念に堆肥を施した跡が見てとれる。
「梅や桜はジャパンにおいて多くの人々に愛でられし花と聞くが、この果樹園の花々もまた同じく。精魂を傾けた手入れがあってこそ、花は育てる者の心に応え、かくも見事に咲き誇る」
 果樹園の管理人は近くに住む老農夫だと聞き、感銘を受けたイルニアスはその家を訪ねてみた。老農夫は慇懃に挨拶をした後、二人に果樹園の由来を語り始めた。話によれば、この果樹園は親の代から世話を続けてきたもの。ローマ支配の頃はローマ人領主の元で。ノルマン王国復興の後は、新たにこの土地へ封じられたノルマン人の領主の元で。来る日も来る日もまめまめしく仕事に励み、果樹園の木々をここまで育ててきた。そんな老農夫の昔語りを聞くうちに、日もだいぶ暮れてきた。
 イルニアスと靖久は礼を言って老農夫の家を後にしたが、気がかりなのは村の活気のなさだ。
「あの老農夫もそう遠からず天に召される身。村が活気づかねば、あの果樹園もやがては廃れ行くかもしれぬ」
 この村は小さな村なので、町にあるような宿屋がない。旅人が寝泊まりするのは農家をそのまま使った民宿か、村の教会かのいずれかだ。その晩、二人の冒険者は農家に泊まった。質素な手料理の並ぶ食卓を囲み、農家の旦那やおかみと話すうちに、色々なことが分かってきた。土地の領主は生真面目な性格だが、領民との交流に疎い。収穫祭などの村の祝い事は全て村人任せで、村人たちとは滅多に顔を合わせない。それでいて年貢はがっちり取り立てる。そんなわけで村での領主の評判は芳しいものではなかった。
 ちなみに果樹園からの収穫だが、領主は商売のことにまるで口を出さず、ドレスタットの商人に言い値で買い取らせているという。果樹園の生り物を村人が食することは許されず、桃を盗み食いした子どもがこっぴどく鞭打たれたこともあったという。そんな話をおかみは嘆息混じりに語ってくれた。

●花の祭りへの招待
 日がだいぶ傾いた頃、最初の馬車が村に到着した。
「ふむ、会場となる領地の民達は少々困窮しておるようじゃの。他所から来たわしらだけが楽しむのはあまり芳しくないやもしれぬな。さて、こういう時はどうすべきかのぅ?」
 ライアンに問うと、ライアンは幼い頭で真剣に考えて答える。
「この土地のりょうしゅさまや、村の人たちもおまねきして、楽しんでもらうのがいいと思います」
 その答にヴェガはにっこり微笑む。
「見事な答じゃ。わしもその通りだと思うぞ」
 ヴェガはイリア・アドミナル(ea2564)に同行し、領主の元へと赴く。
「御領主様、この度は花の祭りの許可を頂いた事のお礼と、花の祭りへ御領主様を招待したくお願いに参りました。また、御領主様の領民の方々の参加と、花の祭りでのささやかな商売の許可を頂きたく、お願いに参りました」
 礼儀に則って用向きを伝え、ラテン語で仕立てた招待状を贈るイリア。その立ち振る舞いに領主は感服した様子を見せた。
「そなたの招待には感謝する。しかし‥‥」
 領主が言うには、花の祭りの日はパリでの用事のために朝早くから領地を離れねばならないと。その言葉を聞き、お付きの騎士が領主に進言した。
「パリへの出発は多少遅れても差し支えはありませぬ。折角、礼を尽くしてのご招待を受けたのです。その真心に応え、ここはご招待に与りませぬか?」
 領主は頷き、同意を示した。
「うむ。そなたがそうまで言うのであれば‥‥。ところで客人よ。花の祭りに村人を招き、商売を行いたいと申すか?」
「はい。厳しい財政の中、領民の方々への施しは領民達の心を打ち、領主様へ報いる励みとなる事と存じます。また商売を行う事で、ご当地の財政を少しでも潤す助けになればと思い、お願に参った次第です」
 その後を継いで、ヴェガが口添えする。
「花の祭りを分かり易く言えば、ジャパン風の復活祭。領民達にも一緒に楽しんで頂きたく思うのじゃ。領民達を招くにあたっては、領主殿の名で招いた方が彼らも喜ぶと思うのじゃが」
「成る程、ジャパン風の復活祭か。パリでは貴族たちが毎年のごとく復活祭を祝っているが、あれはとても賑やかなものだ。宜しい、花の祭りへの領民の招待並びに花の祭りでの商売を許可しよう。楽しみにしておるぞ」
 礼儀正しく思慮深い二人の立ち振る舞いに動かされ、領主は冒険者たちの頼みを聞き入れた。

●夜の空中散歩
 人々が寝静まった真夜中。ジェイラン・マルフィー(ea3000)は利賀桐まくる(ea5297)を連れて宿所を抜け出し、果樹園にやって来た。満月に近い夜空の月に照らされ、夜の闇を背にして花々が浮かび上がる光景には、まるでこの世ならぬ別世界のような妖しい美しさがある。
「きれい‥‥」
 つぶやくまくる。その姿もまるで月下の妖精のように美しく見え、一瞬言葉を失うほど。
「さあ、始めようじゃん」
「ちょっと‥‥恐いかな‥‥」
「心配しないで、おいらに任せとくじゃん」
 担いできたフライングブルームを手に持って念を込め、ジェラインはまくると一緒にその上に乗っかった。まくるがブルームから落ちないよう、その体と自分の体をロープでしっかり結びつける。
「さあ、夜の空中散歩!」
 二人を乗せてブルームが夜空高く上昇する。果樹園の木々を見下ろすまではあっという間。花々を足下に見やりながら、二人は夜空を飛ぶ。視界はぐんぐん開け、月に照らし出された村全体を一望できるまでになる。
「まくるちゃん、ほら見るじゃん!」
「素敵‥‥空の上‥‥こんなに広かったんだね‥‥」
 じぇいらんの背中にぎゅっとしがみつき、その耳元でまくるは囁く。
「じぇいらんくん‥‥いつか、じぇいらんくんの故郷に連れてって‥‥」
 じぇいらんはすっかり有頂天。文字通り身も心も空に舞い上がっていた。

●花の祭り
 花の祭りの日が来た。花木立ち並ぶ果樹園の中、宴の場に選ばれたのは眺め良く日当たり良く座り心地も良き場所。食材に食器に調理器具に飾り物、様々な物品が冒険者たちの手で運ばれ行く様を、話を伝え聞いた村人たちが興味深げに見物している。
「木にロープを巻く時は樹皮を傷つけないよう、タオルや毛布を巻いた上から行ってください」
 イリアは樹木への気遣いを忘れず、ロープを張る仲間に注意。カイザードは果樹園を取り巻く柵を飾り付けていたが、ふと視線に気付いて顔を上げると、好奇心に輝く村の子どもたちの目があった。
「これは、切り絵というものだ」
 仲間が作ってくれた切り絵を目の前に示すと、子どもはしげしげと見つめて言う。
「変わった布だね」
「布ではない。これは紙というものだ」
 子どもにとって、紙の実物を見るのは初めてだ。包み紙や飾り紙などが出てくるのは鳳太郎の屋敷ならではのこと。一般にノルマンでは、紙は手の届き難い超高級品だ。
「流し雛で一度死に、桃の節句でまた蘇る‥‥古代華国では枯れた仙人たちも、回春・長生に浮かれ騒ぐというが‥‥思い出もまた蘇るか‥‥今頃は何処へ?」
 春の陽気に心をくすぐられ、そんな独り言をつぶやく円巴(ea3738)だが、料理の準備にだけは気を抜かない。煉瓦を組んで作った即席の竈の上では、鍋がぐつぐつ煮だっている。
「ご注文の品でございます」
 頼んでおいた食材を村人が持ってきた。野原で摘んだ香草に、村の鶏が生んだ卵。食材の一部を現地調達することで、村にも結構な金が落ちる。
「ありがとう。これは代金だ」
 数枚の銅貨を支払うと、村人はほくほく顔で一礼して立ち去った。丁寧に下ごしらえした鶏の肉と香草、さらに各種の野菜を巴は鍋の中に放り込む。地元民にもなじみ深いものということで、今回の料理は鶏肉たっぷりのシチュー。その火加減を確かめついでに、ドレスタットの市場で買った果実酒を少しだけ味見。
「うむ。悪くはない」
 その隣では、ヴェガがまめまめしく卵料理をこしらえている。
「さあ、できたぞ。うむ、我ながら見事な出来映えじゃ」
 慌ただしいながらも楽しく準備を済ませ、そして花の祭りが始まった。冒険者たちが伝え回った甲斐あって、近隣の町や村からも人々がやって来る。そして領主と騎士たちのご一行がご到着。
「ようこそおいで下さいました」
 まくるが出迎え、花の祭りの説明などしながら特等席のテーブルに案内。村人たちはそれぞれが適当な場所に陣取って話に興じたりしていたが、領主の姿を見るなり一斉に喝采を送った。
「我らが領主様に万歳!」
 こういう場には馴れていないのだろう。領主は戸惑いながらも村人たちに笑顔で手を振る。ヴェガに連れられたライアンが領主に挨拶する。
「我は桃山鳳太郎が長子、ライアンと申します」
 冒険者が取り持った縁あって、ライアンは父・桃山鳳太郎の名代の立場でのご対面である。カイザードは護衛としてテーブルの傍らに侍り、ライアンの後を継いで話役に回ったが、そのジャパン仕立ての鎧に騎士たちは興味を示し、言葉を交わすうちに話は次第に盛り上がっていった。
「私はジャパンのお姫様よぉん」
 桃山家から借りてきたドレスと着物を和洋ごちゃまぜで着込み、手品の水芸で人々を大いに沸かせているのはエリー・エル(ea5970)。その姿はテーブルの騎士たちの笑いも誘う。
「わっはっは! まるでパリの大道芸みたいに面白い!」
 やがて波羽戸兵頭が領主への挨拶にやって来た。
「おお、済まぬ済まぬ。このお姫様がなかなか放してくれぬもので、なかなかご挨拶できなんだ」
 などと言う兵頭の手をエリーが握って放さず、人々の盛り上がりの中へと引っ張っていく。
「さあ、ご挨拶が済んだらこっちこっち。みんな待ってるわよぉん」
 さらなる歓声が上がり、ジェイランのフライングブルームが村の若者を乗せて空へ浮かぶ。
「あれは面白い! 俺たちもぜひ乗ってみたいものだ!」
 それを観る騎士たちの目も子どものように輝いている。
「許そう。乗って来るがよい」
「はっ! ありがとうございます」
 領主の許しを得て、騎士たちはブルームの順番待ちの列に駆け出す。その姿に領主はことのほか満足気な様子だった。
「この地で開く祭も悪くはない。わざわざパリに行かずとも、我が騎士たちは存分に楽しんでくれたようだ」
 こうして花の祭りは成功のうちに終わり、冒険者たちは帰途についた。もちろん後片づけと掃除をしっかりやってから。