錬金術師変身せよ!
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■ショートシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:10人
サポート参加人数:5人
冒険期間:04月27日〜05月02日
リプレイ公開日:2005年05月03日
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●オープニング
ドレスタット港にたった今着いたばかりの船からは、たくさんの乗客が降りてくる。
そこに一人、錬金術師の男がいた。
彼はぼんやりと焦点の定まらない目で虚空を見上げながら呟いた。
「花よ‥‥」
今までの人生はすべて錬金術の研究に捧げてきた。それが生きがいだった。
しかし今、男の胸にはぽっかりと穴があいていた。
男をそんなふうにしてしまったのは、船で知り合った一人の少女だった。外国に住む祖母のところへ遊びに行った帰りだという。
彼女は、本当にどこにでもいるような女の子だ。これといった特技もなく、男のように何かに精通した知識があるわけでもない。容姿だって十人並みだ。際立って上品なわけでも、身分ある家の令嬢でもない。
それでも、男は目が合っただけで心をもぎ取られてしまったのだ。
彼は少しでも長く少女と話をしていたかった。
しかし孤独な研究に明け暮れてきた年月は、彼からコミュニケーション能力を奪っていた。
いよいよ下船となり、名残惜しいがこれまでか、と別れの挨拶をしようとした時、あまりにも胸がいっぱいになりすぎて、こともあろうに男は鼻血を出してしまったのだ。
少女は気にしたふうもなく心配してくれたが、当然男は落ち込んだ。
「変態と思われたに違いない!」
少女のことを諦めかけていた男の胸に火がついた。
ここで別れては、少女の中で一生鼻血男と呼ばれ続けてしまうだろう。
彼はこっそり少女の後を尾け、家を確かめ彼女の毎日を観察した。
どうにかして、話しかけるきっかけを掴みたい。
彼は何度か少女の前に出ようと試みたが、船での失態がしこりとなり踏み出せなかった。一歩、出ようとするたびに「近寄らないで変態!」と、心の中の少女が拒絶するのだ。そしてそれが現実となることを恐れたのだった。
だからといって鼻血男で終わるのは許せない。
激しい葛藤で、頭が割れそうだった。
それ以外にも彼にはわからないことばかりだ。
話しかけるにしてもどんなふうに話しかけたらいい? 服装は? プレゼントは必要だろうか?
何より、彼女は何をしたら喜んでくれるだろうか?
「37歳で初めて女性に心を動かされたそうです。私も力になれればよいのですが、恥ずかしながら恋のキューピッドという性格ではないのです。私にできるのは、こうしてみなさんに力を求めることと、彼に飲酒はほどほどにと言うくらいなのです」
錬金術師と酒場で出会った仮面の吟遊詩人は、酔いつぶれてテーブルに突っ伏している男を見て苦笑した。
●リプレイ本文
●錬金術師、特訓する
借りた空家の中は、朝から戦場と化していた。
「何度言ったらわかるであるか! 猫背はダメダメである!」
ピシリ、とマスク・ド・フンドーシ(eb1259)の平手がシュタール・アイゼナッハ(ea9387)を打つ。ジャイアントの平手である。よろける程度ではすまない。埃っぽい床に叩きつけられるようにくず折れたシュタールは少女のように打たれた頬を押さえた。
「我が輩は意地悪で打つのではない。アイゼナッハ殿に立派な紳士になってほしいから打つのである!」
レッスンで細かい動きを見せるためだろう。マスクは裸体同然の姿。当然生徒も同様である。これが彼の平素の姿とは夢にも思わぬシュタールは真剣な眼差し。
「わかっておるとも。さぁ、次だ。ルメリアさん、エヴァリィさん頼むぞ」
二人は頷き返し、ルメリア・アドミナル(ea8594)はダンスの稽古の相手に、エヴァリィ・スゥ(ea8851)はBGMの準備に再び戻る。まるで何かに酔っているかのような四人であった。
しかしこれはまだ序の口。一通りダンスの稽古が終わると、休む間もなく次は話題作りの特訓である。目標は、農作物や草花を扱う商家の娘とおぼしき人物である。話題もそれに関連したもののほうが通じやすいだろう。ちょうどルメリアが植物知識が豊富だったので、女性が好む花や花言葉の特徴などを伝授してもらうことができた。
「女性は共通の話題が少しでもあると、嬉しく思うものですわ」
そう言われてシュタールは今まで触れたこともない分野に必死になった。そもそも女性というもの自体、触れたこともない分野だが。もともと錬金術の研究に励んできた彼である。知識の吸収力は大きかった。みんなの調教‥‥もとい、アドバイスをシュタールは素直に聞いて自己研鑽に励んだ。たとえ多少スパルタでも。
少し休憩をはさみ、もう一度ダンスの稽古に戻った頃、ガレット・ヴィルルノワ(ea5804)が買い物をすませて帰ってきた。内容はシュタールの服である。彼がふだん着ているのは、うす茶色のローブにとんがり帽子。デート向きとは言えない。そこでエヴァリィが出資してガレットが適当な服をみつくろってきたのである。
稽古が一段落つくと、さっそくそれを身に付けてみた。詰襟のモカブラウンのガウンは長めの丈で体に沿った作りをしている。それはさらに袖口から肩にかけて白の組紐で編み上げがなされていた。その中には襟無しで襟ぐりが深めの丈長チュニック。白地のそれの襟元には、ターコイズブルーの糸でぐるりと刺繍されている。ズボンと帯も同じ色だ。さらに帯の端には房飾りがある。
足元は足首までの白い編み上げサンダルだ。最後にいぶし銀にターコイズのシンプルな額飾りと同じデザインの腕輪というコーディネートだった。
「いいかんじだよ〜」
着替えた姿を照れくさそうに披露するシュタールに、ガレットは笑顔で頷いた。
「あとは、その髪だな。俺に任せとけ。かっこよくしてやるから」
ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)がダガーを抜いてくるりと回した。
椅子に座らせたシュタールの背後に立ち、慎重に髪を切っていくファイゼル。
自分がどう変わるのかという期待と緊張に包まれたシュタールに、ガレットが尋ねた。
「いまさらなんだけど、船で会った女の子ってどんな子なの?」
とたん、ギシリとシュタールの体が強張る。心なしか頬も赤くなっているようだ。
「あ、かわいい子なんだ」
ニタリとするガレット。図星だったのか、年甲斐もなくモジモジとうつむくシュタール。その頭を切りにくいと強引に正面を向かせるファイゼルに、無理やり目を合わせなくてはならなくなり、恥ずかしさからかやや涙目になる。
その様子を楽しげに見守る冒険者仲間達。けっしてイジメではない。途切れ途切れに船上の思い人のことを話すシュタール。その子の名前は確かエヴァンゼリン。シュタールよりも十センチほど背の低い小柄な女性で、髪は長めの明るい茶色で、やや日に当たったふうの健康的な肌に緑の瞳、少々ソバカスがあるらしい。
「ほんのりと花の香りがな‥‥」
「それは思い込みでは」
思い出に浸るシュタールに鋭いツッコミを入れるガレット。性格は年のわりにしっかりしていて少々世話焼き。社交性があって物事にあまり偏見を持たない‥‥そうだ。
話し終わった頃、ちょうど散髪も終わった。
「さっぱりしていいよ! さすがファイゼルさん」
「これでバッチリいけるかのぅ‥‥」
「まだ最後の仕上げがあるぜ。ま、それは明日な」
ファイゼルはそう言ってシュタールの肩を軽くたたくと、外へ出ていった。
●you gotta be
翌日、いよいよ実践である。
多少の自信がついたような気がするシュタールに、李風龍(ea5808)が精神面のアドバイスをした。
「己こそ、己の寄るべ、己をおきて誰に寄るべぞ、良く整えし己こそ、まこと得がたき寄るべなり」
「むむ、なるほど‥‥いや、ありがとう。少し落ち着いたようだ」
肩の力を抜いたシュタールに、風龍は微笑んだ。彼の言いたいことは、自分自身が自分の一番の拠り所である、ということである。いろいろなことを学んで習得しても、自分に自信を持てなければ力は発揮できないのだ。風龍も今でこそ付き合っている女性がいるが、その前といえば武僧の修行に明け暮れていたのである。シュタールとたいして変わらない。だから彼の心境がわかるし、協力もしたいと思うのだった。
また、少しでも硬くならないようにするために、直接相手の目を見て話すのではなく、口元から顎、首のところに視線を合わせるとよい、とマギウス・ジル・マルシェに教えられ、覚えておいた。船での悲劇は繰り返したくない。
「ところで、手ぶらで会ってもいいのかのぅ。何か手土産などあったほうが‥‥」
「それはまだ早いでしょう。焦りは禁物です」
何度か行動を共にしているイコン・シュターライゼン(ea7891)が止めた。
あれこれと思い悩むシュタールに「相談してくれないのは水臭いですよ」と駆けつけてくれたのである。彼はパリでの自身の努力の成果を話して聞かせた。
「ふぅむ。女性とは奥の深いものじゃのぅ‥‥」
感心するシュタールにイコンは言葉を続ける。
「これは僕の知り合いからの伝言ですが、彼女に対しては不器用であっても誠実であることと、彼女が大切に思っているものをあなた自身も大切に大切に思うことが重要なんだそうです」
「下手に気取ったりすると逆効果だな」
風龍も頷いてそう言った。
「そして最後に、次に繋げることができるように話を持って行くことです」
「うぅ‥‥」
なかなか難しい要求である。シュタールにとっては。どう転がるかわからない会話というもので、果たして主導権を握るような真似ができるのか。この先も会いたいのなら、やるしかない。再び力の入った肩をもみほぐしてやりながら、リョウ・アスカ(ea6561)も風龍とはまた違った体験談でパターンを示した。
「いきなり告ったりしてはダメですよ。そんなことをしたら破滅です」
舞い上がって鼻血を出した時点ですでに破滅している気もするが、そこは考えないことにした。愛こそがすべて、が信条な彼である。それは当然独りよがりな愛はもってのほかということであろう。
「おぬしのような例は世界にごまんとあるぞ」
破滅と言われた後の音羽朧(ea5858)のこの言葉は救いだった。飛脚をしている彼は、たくさんの人間模様を見てきた。
「結果は‥‥ま、様々でござったがな」
今日ほど人の言葉に揺さぶられている日はないだろう、というほどシュタールの心は揺れていた。
「まぁ、欧州・東洋問わず文化上では将来性や財産があれば、余程のことがなければ縁と熱意で何とかなるはずでござるよ」
朧はそう言って目元をやわらげた。いよいよ出陣である。
●幸せの予感
目標エヴァンゼリンのここ数日の動向は、朧をはじめシェリル・シンクレアや円巴が調べてきていた。二人とも偶然を装って声をかけ、エヴァンゼリンの色の好みなどを聞き出していた。そしてあと数時間もすれば目標が現れる予定の場所にて、シュタールは手のひらを握ったり開いたりしている。風龍が言ったようにはなかなかいかないものらしい。
横目で苦笑していたファイゼルは、
「ちょっと練習してみるか」
と声をかけたが、かえって緊張を増してしまったようだった。
「しょーがねぇなぁ。手本を見せてやるよ」
ファイゼルは気楽そうに言うと、足取りも軽く通りの中に紛れていった。じっと見守るシュタールの目に、神業のような行動が映る。ファイゼルは一人で歩いている女性のちょうど死角から近づき、まるで『ぶつけられた』ように接触した。そしてよろけたその女性が転ばないようにすかさず体を支えていた。さらにはあっという間に相手と笑顔を交し合っていたのである。なんという手際の良さ。しかも美人を選んでいるあたりがちゃっかりしている。
「彼はああやってナンパしているのだな‥‥」
これから自分がやろうとしていることは棚に上げて、シュタールはただ感心していた。
女性と手を振って別れたファイゼルは戻ってくるなり、
「簡単だろ?」
などと言ってくる。
むぅ、とうなるシュタールにファイゼルが目標に接近する角度などを指導していると、通りの様子を見ていたガレットから運命の時間が来たことが告げられた。
「見た目の印象は悪くないんだから、ガンバッテ!」
背中を押し出される。オクテな彼にはこれくらいしないとチャンスを逃してしまうだろう。シュタールはよろめくように通りへ出た。
やはりというべきか、ファイゼルのようにスマートにはいかず、彼はまともに目標の正面に転がり出てしまった。突然横から出てきた男に驚いて足を止めた少女は、すっかり見違えた男に見覚えがあることに気づいた。
「あら、船で会った人ですよね。あの時は‥‥」
「あの時は本当にご迷惑をおかけしました‥‥!」
彼女の口から『もう鼻血は大丈夫か』などと聞かれたくない一心で、シュタールはセリフを奪った。マギウスに言われたことを思い出し、まともに合わせていた視線をわずかに下にずらす。
「お世話になっておきながら、お名前も伺ってなくて本当に申し訳ない‥‥」
「いえ、こちらこそ。お相手して下さったのに何のお礼もしなくて‥‥」
「それで、できれば何かお礼がしたいのだが‥‥」
「え、そんなお礼だなんて」
恐縮したような身振りでエヴァンゼリンは言った。目の前で鼻血をたらした男に対する不気味さゆえというよりは、単純に遠慮しているだけといったかんじだ。
陰から見守っていた仲間達はハラハラしていた。このまま笑顔でお別れなのか!? くじけるな、シュタール!
ここで別れたら彼女との縁もそれまで、とシュタールは勇気を振り絞ってもう一歩踏み込んでみた。
「無理にとは言いませんが、よかったら食事などどうでしょうか‥‥」
「あの、でもいいんですか? 依頼の途中だったりとかは‥‥」
「いえ、ご心配なく」
まさかたった今身を切る思いで遂行中ですとは言えない。と、その時どこからかしゃれた恋歌が流れてきた。旅の吟遊詩人でも来ているのだろう。
♪僕の歌聞いてよ 君にだけの贈り物
緑の風に包んで 君の耳に
僕の目を覗いて 君に送る贈り物
君だけを映して 君の瞳に
光の滴編む 君の髪まぶしい
ほっかりと微笑む 君の唇すがしい
野の花よ 野の花よ
冷たい風と土の中で どれだけ春を待つのでしょう
数えた指を優しく開き 今野原に咲いた花びらよ
この胸のように
僕の歌聞いてよ 君にだけの贈り物
お日様の光まぶして 君の胸に♪
実はエヴァリィだが、それを知っているのは冒険者達だけだ。軽やかな曲につられたのか、エヴァンゼリンは少しはにかんだ笑顔で誘いを受けた。
「おいしい店を知ってるんです。そこでもいいですか?」
誘ったはずが誘われるような形で、二人は少女推薦の店へ入っていった。冒険者達もそれに続き、二人の周囲に適当に席を取って様子を伺う。店の従業員が怪訝な顔をしているが、気にしている場合ではない。ここでいかに好印象を与えるかが大事だ。成功すれば明るい未来が待ってるはずである。
シュタールは受けた特訓やアドバイスを頭の中で反芻し、ヘマを踏まないように慎重に言葉を選ぶ。マスクに何度も注意された姿勢にも気をつけた。もともと物怖じしない性格であるから、落ち着いていればうまくいくはずなのだ。
しかし相手も用心深いのか遠慮深いのか、どちらかといえば受身の会話であまりシュタールに踏み込んでくることはなかった。良く言えば慎ましい。それでもルメリアが授けてくれた植物知識は大いに役立ち、関心を引くことができた。
かなり打ち解けたようにも見えるが、なかなか次へ繋がるような流れに持っていけない。そろそろ食事も終わってしまう。シュタールも見守る冒険者達も焦りを感じ始めた。
初恋は実らない、と世間では言うが‥‥。
じりじりと時間が過ぎ、とうとう終わりの時が来てしまった。エヴァンゼリンが帰らなければならない時間になってしまったのだ。もはや会話の流れなどと言っている場合ではなくなった。唐突だろうが強引だろうが、今言わなければ本当の終わりである。
「エヴァンゼリンさん、あの」
思っていた以上の大きな声に、エヴァンゼリンは少し目を見開いてシュタールを見つめた。
「お礼がしたいと言いながら、またお世話になってしまって」
と続ける前置きに、見ているほうはじれったさに拳を握る。経験豊富なリョウやファイゼルのようにはいかないのだ。
「シュタールさん、私のほうこそ今日はお世話になりました」
やわらかい笑顔で受けるエヴァンゼリン。彼女は何か言いかけて少しうつむき、シュタールを伺うように言った。
「冒険の合間でいいので、また会ってくれますか? 私みたいな子供、退屈だとは思うんですけど‥‥」
真新しいシルクのハンカチを手渡した。騎士ならばミンネを頂いたことになる。
新しい明日の足音が聞こえた。