●リプレイ本文
●その息子 その母
爽やかな風が、新緑鮮やかな木々を揺らす。麗らかで過ごしやすい、そんなある日。
パリの貴族街ヴォグリオール邸。その中にある館の一つに、アレクシアス・フェザント(ea1565)やゾナハ・ゾナカーセ(ea8210)といった冒険者達が集まっていた。
「今回のキミ達の役目は、ボクの友人。ボクが普段パリでどう過ごしているか、キミ達の視点で見た話を、母上に聞かせて欲しいんだ」
その館の主たるオスカー少年は、いつになく神妙な面持ちでアレクシアス達に頼んだ。
おおっ別人のようだ、という視線を向けられても反論しない‥‥その余裕が無いようだ。
「ん〜、なにやら困っているようですし、お手伝いさせていただきます」
シャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)に言われるとようやく、オスカーの表情にホッと安堵が浮かんだが。
それでも完全には払拭できない、どこか不安そうな心細げな、色。
遠く離れた病弱な母が会いに来る、それはこれ程までに小生意気‥‥もとい聡明な少年の心をかき乱すものなのか。
「‥‥いや、隠し事をしていなければ平気なんだろうが」
イルニアス・エルトファーム(ea1625)がボソリともらした突っ込みに、レイ・コルレオーネ(ea4442)が
「それは確かに」
と首肯した。
「うっ、それは‥‥」
と、言葉に詰まるオスカー。
「考えてみれば我等は、オスカー殿についてそれほど知っているわけではなかったのですね」
マリウス・ドゥースウィント(ea1681)はしみじみと、そんな感想を抱いてしまう。
かの傭兵貴族も一目置く、利発な少年。それが今までマリウスが接してきたオスカーだった。
けれど、そのオスカーにこんな年相応の部分があるとは。
「なるほど。こんなに真面目で将来性のある少年だったとは思いませんでしたよ」
「‥‥それ、イヤミ?」
「いえいえ、オスカー殿の意外な面が見えた事、嬉しく思います‥‥本当ですよ?」
或いは、見せ方が違うだけで、周囲への配慮という点では同じなのかもしれない。
最善の道を探し頭を働かせるのも、大切な母親に心配をかけまいとするのも。
「私は体の弱い御母上を思うオスカー様の心遣い、とても微笑ましく思いますわ」
それはともかく。とにかく困っているオスカーを励ますように、九紋竜桃化(ea8553)は優しく続けた。
「先ずは、私達のすべき事を‥‥連携が統一出来る様にしたく思いますわ」
話してはならない事、万が一急な来客があった際の打ち合せ等。
「オスカー殿が既に手を打たれた事など、口裏合わせは絶対に必要ですもの」
「つまりキリキリ吐いちまえって事」
フレイハルト・ウィンダム(ea4668)は、笑顔だった。それはもう、メッチャ笑顔だった。
例えるなら、毒蛇が真っ赤な口を開け、獲物を丸呑みせんばかりの‥‥それは笑顔だった。
「母上様への手紙や報告。どんな内容だったか『より正確に』教えてもらえないかな」
その笑顔のまま、詰め寄るフレイハルト。
「これは依頼成功のためには外せない、うん完全無比、絶対無欠に欠かせない決定事項だ」
私面白がってまぁ〜す、な気配満々だが、言う事にも一理あるので皆、止めるタイミングを逸してしまう。
「そうですわね、母上様にどう伝えてらっしゃったのか、教えて下さい」
「母上に伝えてた『ボク』か‥‥」
フォローっぽく笑む桃化に、少し考え込んでから帰って来る答え。
「まぁ普通に‥‥貴族の息子、ってとこかな」
日々真面目に、将来に向けての勉学や武芸に励み、奉仕活動に従事して‥‥それが世間一般の貴族の子弟の生活だろう。
「その中で、家庭教師や剣の講師に褒められた事や‥‥」
「お客人や使用人から聞いた面白いお話などもお伝えいたしました」
若い主人を老侍従メシエも控え目に補う。
「つまり、当たり障りの無い、面白みのない話ばっかりって事か」
フレイハルトは鼻で笑ったが、要はまぁそういう事だろう。
「じゃあ例の決闘騒ぎ云々は報告してないのか?」
「いいや、一応手紙には書いたよ。但し、兄弟や友達とのちょっとした喧嘩、ってコトにしたけど」
だって母上にショックを与えるわけにはいかないだろう? アレクシアスに答えるオスカーはあくまで真面目だ。
「だからね、他の貴族達の変な思惑とか、政争関係の出来事なんかは一切伝えてないんだ」
「それは分かる‥‥そちら方面で、心配させぬよう気を使うのは分かるが」
だが、一つ納得できないと、アレクシアスは言う。
「下町の子供達やベルナルドらは大切な友人では無いのか? 厄介な事件絡みが多いのは確かだが、普段の彼らとの交流こそ話して聞かせてやった方が良いと思うが」
口調が小言じみてしまうのは仕方ない。それが最も、母君を喜ばせるのではないか、と思うのだから。
「うん、アレクシアスの言う事は分かる、とってもよく分かるよ」
でもね、とオスカーは首を振る。
「もしショックを受けて母上が倒れたりしたら‥‥その可能性を完璧に否定できないから、ボクはその意見を却下するよ」
何を思い出したのか軽く唇を噛み。
「何度も言うけど、本当にお身体が弱くて繊細な方なんだ‥‥だから」
繰り返す、オスカーだった。さすがに依頼人にそこまで言われては、アレクシアスも引き下がらざるを得ない。完全に納得したわけではないが。
「‥‥しかし、男の子ってのは母親にこう特別の感情を抱くのかね。これはもはや一つのファンタジーだ」
一方フレイハルトはといえば、心底母を案じるオスカーに、呆れとも感心ともつかぬ感想を抱いてしまうのであった。
「で、勘はいい人なんだよね」
「はい。お身体は弱いですが、極めて聡明な方でございます」
確認され、老侍従は頷いた。
「オスカー様の勘の良さや周囲に対する洞察力は、むしろ奥方様譲りだと推察致します」
「さもありなん、ってトコか」
政略抜きにあのエロ親父が口説いた人なら当然か、という感想は胸中だけに留めておく。
「とにかく、そんなわけで皆、どうかくれぐれもよろしく頼むよ」
そうして、改めて皆の顔を見回し頼むオスカーに、
「私達にド〜ンと任せておけ」
レイ達は安心させるように請け負ったのだった。
オスカーの母君が到着する当日。
ここ暫くがそうであったように、この日も天気も良く穏やかな日だった。
ただ、緊張したオスカーの顔だけが、周囲から浮いている感じだ。
「ふむ。挙動不審で怪しまれると厄介だな、皆も気をつけるように」
「‥‥いや、とりあえず一番の不審者はあなたなのでは」
ゾナハの突っ込みに、一同が一斉に頷く。
「中々似合うだろ?、偶にはこういうのも」
クルリ一回転してみせたフレイハルト、披露したのはズバリ魅惑の『花売り娘』姿だ。
「悪乗りしすぎではないでしょうか? オスカーさんは真剣なのですから」
さすがにシャルロッテも咎める。けれど、フレイハルトは全然気にしてない。
「所詮は茶番‥‥いやいや、あまり肩に力を入れ過ぎない方が良いのだよ、うん」
と、こちらに向かう馬車が見えた。それは確認するまでもなく、待ち人の来訪を告げるもの。
「‥‥母上!」
主治医なのだろう、老爺と侍女に支えられ馬車から降りてきた淑女然とした女性に、オスカーが駆け寄った。先ほどまでの緊張が嘘のように、嬉しそうに顔を輝かせて。
「まぁ、オスカー‥‥大きくなって」
穏やかに微笑むその女性は、確かに線が細かった。優しくおしとやかな印象を与える母君はまた、「ショックを与えたら倒れるかも」というオスカーの言葉通り、繊細そうでもあった。
「さすがに親子です、オスカー殿によく似ておられる」
けれど、その瞳に‥‥瞳に宿る光に、マリウスは誰にも聞こえないよう呟いた。
果たして、馬車から降りた母君は、支えをやんわりと拒み、桃化達に優美に挨拶した。
「はじめまして、皆様。息子がお世話になっています。オスカーの母、カトリーヌ・デュプレです」
(「ファミリーネームが‥‥いや、そうか」)
イルニアスは気付いた。目の前の女性が所謂『愛妾』である事。或いは、オスカーが母を案じるのは、巻き込まぬよう政争から遠ざけようとするのは、そういう配慮もあるのかもしれない。
「母上、長旅でお疲れでしょう。あまり無理はしないで下さい」
「そうでございます、奥様。とにかく中へお入り下さい」
「いいよ、メシエ。母上はボクが案内するから」
余程心配なのだろう、オスカーは母君到着早々、まめまめしく世話をし出した。
「ボクの腕に捕まって。そこ、ちょっと段差があるから気を付けてね」
「まるで心配性の恋人みたいだな」
苦笑交じりのレイの言葉に、思わず噴き出してしまう者、笑いを噛み殺す者、多数。
「だがなぁ、『心配をかけたくない』という気持ちは分かるが、かと言って『嘘』で凝り固めてしまうのはどうだろうか」
やはり笑いを噛み殺しつつ、アレクシアスが口にしたのは、未だ残る疑問。
「確かに。愛息子に嘘をつかれているという事実自体が、心痛になり兼ねないやもしれん」
オスカーには却下されたものの、少々納得しかねるのは、イルニアスも同じ。
だが、そんな二人に対し、
「いや案外、全てお見通しという可能性もあるよ」
「私もそんな気がします」
フレイハルトとマリウスはそう、告げたのだった。
●その息子 〜冒険編〜
次の日、いよいよ本番である。つまり、母君を前にそれぞれ用意した話を語るメインイベントだ。
なのだが。
「奥様っ、そんな事は私達がやりますから」
「大丈夫よ、気にしないで。私が好きでやりたいのですから」
昨日より血色の良いカトリーヌ夫人は、侍女達が止めるのも聞かず、アレクシアス達に手ずからお茶を淹れた。
(「貴族の淑女は普通、やらないですよね。しかも、手馴れている」)
この人も一風変わっている、ゾナハなどは興味深く思ったものだ。
「私、この子の話が聞ける事をとても楽しみにして参りましたのよ」
オスカーや侍女たちがオロオロしているのを横目に、カトリーヌ夫人は嬉しそうに微笑んだ。
「私は修行のために冒険者としても活動しています。オスカー殿とは、ある事件を介してお近づきになりました」
カトリーヌ夫人が淹れてくれたお茶に口をつけてから、マリウスは語り始めた。
「ある淑女の飼い猫を探すという、簡単そうですが幾つかの意味でとても厄介な依頼でした」
「あら、どうしてですの?」
「はい。何故かと言うと、彼女はその猫を好いてはいなかったのです。それどころか苛立ちや癇癪をぶつける憂さ晴らしの対象だったのです」
「そんな‥‥」
「命を何だと思っているのでしょう」
夫人だけでなく女性陣も顔を曇らせる中、マリウスは続ける。
「偶々、この館に逃げ込んだのを仲間が見つけ、オスカー殿と交渉して拿捕したのですが、火傷跡など不自然な傷跡から『真相』を探る依頼をオスカー殿が提示され、先程の事実が判明しました」
依頼は逃げ出した猫探し、だが、猫を返す事で猫が不幸になるのならば‥‥。
「難しい問題ですわね」
「私達が対応に悩んでいるところ、オスカー殿が言われました。『その猫を返す事はできない。何故なら、僕の不手際で殺めてしまったからだ。件のご婦人には偲ぶ物を進呈しよう』と」
その決着に、眉を寄せていた母君はとてもとても嬉しそうな顔になり、その顔を愛息へと向けた。息子の頬が、赤くなった。
「そういう立派な面だけでなく、気さくな部分があるのも、ご子息の魅力でしょう」
次に話を向けたのは、レイ。
「私はつい最近、『フォーティチュード』という流派を立ち上げる事にしたんですけど、酒場で宣伝活動をしていた時に気があって親しくなったんです」
「‥‥酒場、ですか」
「いえいえ、ご心配には及びません。冒険者達が訪れる、健全な場所ですから」
「社会勉強の一環として、私がお連れしたのでしたか」
レイが笑顔で誤魔化し、マリウスもすかせずフォローを入れる。
「私自身は、『魔法戦士』として冒険者をやっています。『フォーティチュード』がどんな流派かというと、ですね」
更に話題を巧みに逸らすレイ。
「どんな困難にも屈しない、熱きハートを持つ不屈の闘士達が一つの志の下に集った流派なのです」
「具体的には、どんな感じなのですか?」
そういう話題は、遠くジャパンより来た侍・桃化も興味を覚える。
「定まった型などは無いが、数多の猛者達の熱き思いが込められた、多種多様な技を有する。例えば‥‥」
それから暫く、一同はレイの話に興味深く耳を傾けた。
「あなたから見て息子は、どんな印象なのかしら?」
二人の話を楽しそうに聞いていたカトリーヌ夫人は、ふと、今までひっそりと黙っていたアレクシアスに問うた。
基本的に自分から前に出るタイプでないアレクシアスは一歩下がり、静かに周囲の警戒に当たっていた。
その姿に夫人は、心引かれたか気を使ったかしたのかもしれない。
「俺がオスカーと知り合ったきっかけは、昨年カルディナス家の名代として関わった決闘だ‥‥興味を示したオスカーから声を掛けられたんだ」
友人にしては年が離れている‥‥だから先ず、自分の立場を説明して。
「それ以来、度々剣術の指導をするなど、親交がある」
アレクシアスはオスカーをチラリと見た。先ほどから顔を赤くしたり引きつらせたりと忙しい少年は、今もドキドキする内心を押し隠しているように、見える。
「そうだな、俺から見たオスカーは‥‥」
思い浮かべたのは、今まで関わった依頼。勿論、詳細な内容は話す事は出来ないが。
「聡明で機転が利き、常に先を見て思考を働かせ、行動する。他人の機微にも敏感で、人を労わる優しさもある。それゆえ難しい局面と出会う事があろうとも、立ち向かう勇気もある」
それは純粋に感じた事。
「こうして身分も立場も違う者達が彼と交流を持つのもそういった事が関係しているのだろうな」
締め括りながら、やはり思わずにはいられない。下町の子供達やベルナルド‥‥彼らも此処にいれば、彼らの話も母君に聞かせて上げられたら良かったのに、と。
●その息子 〜学芸編〜
「私は考古学者だ。オスカー殿とは、とあるサロンで出会った」
冒険や武芸系の話が一段落するのを待って、ゾナハは夫人に身体を向けた。
「その時に披露した話に興味を抱かれ、度々招かれてはルーン文字をはじめとする考古学の簡単な知識や、ルーンを操る古代の人々に関する話を教授する機会を得ている」
「確か、それは一つの仮説だな」
レイに「そうです」と頷くゾナハ。確かにそれはまだ確立していない説だ。だが、それを学び思いを巡らせる事はロマンであり、検証していく事こそ、考古学の真髄だろう。
「ある時、なぜ考古学に興味を持ったのかを尋ねたとき、オスカー殿はこう言われた」
『既にいない、太古の人達がどう生きたのか興味があるのです。ルーンの秘密にもそそられますけれど。‥‥それとこれはお兄様達はなさらない事だから。お兄様達にないモノを持っていればこそ、万一の時にお役に立てるのだと思うのです』
そのセリフを思い出す仕草で諳んじてみせ、ゾナハは夫人に微笑んだ。
「自分を持ち、そして見失わない。それでいて、周囲に気を配る事ができる。頼もしいですな」
静かに嬉しそうに耳を傾ける夫人。その様は淑女と称するに相応しい。
(「慎ましく優雅で美しい‥‥この女性を花に喩えるとしたら、どんな花だろうか」)
ゾナハはふと、そんな事を考えていた。決して派手ではないが、ひっそりとそれでいて凛と佇む白い花。見ているだけで心癒されるような‥‥きっと、そんな花だろう。
思い馳せていたゾナハの意識を引き戻したのは、桃化の声だった。
「私はノルマンと親交の深い、ジャパンより来た侍です。ジャパンの風土や文化を直に知る為の臨時教師として、雇われました」
「異国の事を?」
「はい。オスカー様は、ジャパンと言う異国の珍しさ故なのでしょうか、大変勉強熱心ですわ。利発な少年で‥‥教えているこちらの方が嬉しく思う事がしばしば有りますわ」
「うん、こっちと全然違うから面白いよ。教え方も上手だしね」
満更お世辞でなく告げるオスカーに、桃化は目を細めた。
「私もジャパンでは、婚姻を結んでも可笑しくない年頃です。贔屓目に見ましても、子が生まれましたら、この様な利発な子に育って欲しいと思う程、良き方と思っておりますわ」
それはおそらく、子を持つ母なら誰でも喜ぶだろう、最も嬉しい言葉。勿論、カトリーヌ夫人も例外ではなく、花が咲き零れるように微笑んだ。
そうして、考古学やジャパンについて、自らも一つ二つ質問しながら一通り話を聞いた後。
「この子は好奇心が強いから。次から次へと、色んなことを言い出したり、訊ねたり、教える方も大変でしょう?」
カトリーヌ夫人は表情を改めて二人を見、
「でもしっかり教えてやってくださいね。過去と歴史を知ることも、まだ見ぬ異国のことを知ることも、これからのこの子の人生で、大いに役に立つでしょうから」
子の未来を思う母の顔で、真剣に頼んだのだった。
●その息子 〜日常編〜
「あの、お疲れではありませんか?」
「お心遣いありがとうごさいます。でも、大丈夫ですわ‥‥お話、聞かせていただけます?」
「分かりました」
少し引っ込み思案な所のあるシャルロッテは、些かドギマギしながら頷いた。上手く話せると良いのだけれど、と。
「オスカーさんは教会によくいらっしゃるので、よく存じております」
「この子が教会に‥‥?」
「はっはい、奉仕活動を手伝って下さいますよ」
優しい眼差しを向けられ、ドキリと心臓が跳ね上がる。
「そうですか、この子が‥‥」
けれど、その優しい眼差しは直ぐにオスカーに移り、シャルロッテはホッと一息。今度はオスカーがドキドキを隠すようにコクコクと頷いている。
何だかその様が微笑ましくて、続けたセリフは先ほどより自然に出た。
「そうですね、オスカーさんはお年頃ですから元気なところはおありですけど、礼儀正しく接していただいておりますわ」
言い終わり、自分の役割も終わったとばかりにイルニアスを向くシャルロッテ。つられて夫人もイルニアスを見るが。
「‥‥」
当のイルニアスは意味ありげに微笑むだけ、話し始める素振りは見せなかった。
その代わりに「失礼」と断り部屋を出、隣室に控えさせていた使用人達を招き入れた。そう、『オスカーの直属エージェント』達を。
嘘がつけない自分を、イルニアスは知っている。だから、こういう方法を選んだのだ。
「息子さんの普段の様子は、私などより彼らの方がよく知っていますから」
「あっ、いっ、いや、母上‥‥」
途端、あたふたするオスカー。当然だ、それがマズいから依頼したのだから。
だが、さり気なくスススッと近寄ったイルニアスはこっそり耳打ちした。
「大丈夫。ちゃんと事情は伝えてありますから。そもそも、彼らが信頼に足ることぐらい、あなたが一番、よく知っているでしょう?」
全くもっての正論に、オスカーは絶句するしかなかった。
そんなオスカーを尻目に、会話は至って和やかに進んだのだった。
そう‥‥テラスの窓からフレイハルトが飛び込んでくるまでは。
ばッばぁ〜ん!
「いやー自分でいうのもなんだけど強力だよ。この大凧の福袋錬金」
大凧に捕まりテラスより現れた『花売り娘』‥‥もとい、フレイハルトは呆然とした一同を余所にご満悦だった。
「そういえば、何時の間にかいなくなってたが‥‥」
アレクシアスもマリウスも内心、頭を抱えた‥‥どうするんだ、これ。
イルニアスがこっそり窺うと、カクンと顎を落としたオスカーは、ほとんど灰になりかけている。
そして、恐る恐る母君へと視線を向ける。あぁ、心臓でも止まってたらどうしよう?
「ん〜? そりゃ花売り娘はコレだろう」
けれど、フレイハルトが抱えてきた大きな花束を差し出された夫人は、流石に面食らった様子なものの、特に異常は見られないようだった。
その夫人に「うんうん」と頷き、フレイハルトは花束を手渡した。にっこり、笑顔付きで。
「これは事情があって会えなかったオスカーのお友達からの分です。お受け取り下さい」
それは、下町にいるオスカーの仲間達から、フレイハルトが調達してきた花だった。
小さな白い可愛い花や薄いピンクの可憐な花たち、それは子供達の精一杯の気持ちの表れ。
「それは‥‥どうもありがとう。皆様には、よろしくお伝えくださいね」
受け取った花束、カトリーヌ夫人の腕の中で、白い花がシャラシャラと揺れた。
ニッコリと笑んだ夫人は、本当に本当に幸せそうだった。
●その母
「母君はもう、無事に着いてる頃かな」
依頼終了を見届け、集まった冒険者ギルドでレイが呟いた。
あれから‥‥その後は特に大きなトラブルもなく、母君滞在期間は過ぎた。相変わらずオスカーが甲斐甲斐しく気遣ったり、あたふたと慌てたりはしていたが。
「ええ。きっと今頃、無事ご帰還なされていますわ」
桃化が言う通り、カトリーヌ夫人はもう、保養先であるヴォグリオール領内へと帰還している筈だ。
「体調を崩してらっしゃらないと良いのですが」
シャルロッテは気づいていた。おしとやかながら、大分はしゃいでいた様子のカトリーヌ夫人。けれど、短い滞在期間にも、顔色が優れない時があった。
それでも、息子と居るのが楽しくて、息子の話を聞くのが嬉しくて‥‥無理をしたのではないか、と。
「大丈夫ですわ、絶対」
桃化はその肩を優しく抱いた。
「あの方は大丈夫です」
「でも、今回は面白かったな」
同じ気持ちで頷きながら、イルニアスは明るい口調で言った。
「オスカーを見ているだけで面白かった」
それはアレクシアスも同感で。
「それにしても‥‥やはり病弱さと聡明さは別物でしたね」
オスカーと気質が似ていた夫人は、意外というべきか納得というべきなのか、マリウスも判断に迷うところだ。
「素晴らしい御婦人なのは確かだ」
ゾナハの言葉に皆が同感、と頷いた時。ギルドの事務員が声を掛けて来た。
「今回の依頼の謝礼金ですって」
「謝礼金? 依頼料はちゃんと受け取った筈だが」
首を傾げるゾナハ達に手渡されたのは、特別報酬と、そして、手紙だった。
アレクシスはその手紙を受け取ると、封を開いた。中には女性らしい優しい字体で、こう書かれていた。
「親愛なる皆様。
楽しいひと時を、どうもありがとうございました。
あの子が多くの人たちに慕われて、大事に思われていることがよくわかって安心致しました。
何より、助けを求めれば差し伸べられる手がいくつもあるのだという事。これは何にも勝る幸運です。
ただあの子はやはりまだまだ子供。皆様のような方々や、忠実に仕えてくれているメシエや、他の兄弟、同じ貴族の子息子女の方々、下街の子供達、館の使用人の皆――彼らが側にいることのありがたさと幸運を、どこまで理解しているのやら。
ですから、時に目に余る物言いや振る舞いに及ぶこともありますでしょう。
そのときはどうぞ、皆様御遠慮なくあの子を『躾けてやって』くださいませ。
大丈夫。一発二発でメゲたり、ダメになってしまうような、軟弱息子ではありませんから。
いえむしろ、そうするとますます頭に乗るから、よっぽど性質が悪いとも申せますけれど。
――何より大人をナメるな、ということ。
よろしければ今後とも、とっくりとあの愚息に仕込んでやってください。
それでは機会があれば、またお会いできることを祈りまして。
カトリーヌ・デュプレ」
「「「‥‥」」」
読み終えた時、場には沈黙が落ちた。
「ぎゃはははははははっ」
ただ一人、フレイハルトだけが大ウケしている。
「やっぱり‥‥何もかもお見通しの上で受け入れる方でしたか」
ポツリともれたマリウスの声が溜め息混じりだったのは、仕方ないだろう。
母はその息子が思っているよりも強かで賢く、遥かに上を行っていた、もう文句なしに。
「母親は、誰よりも一番の理解者‥‥それでも、お見通しでも黙っていたのは決して、オスカーへの意地悪ではない」
「そうですわね。それは勿論、オスカー様も」
息子は母を想い、ただ心配させんと奔走し。母はそんな息子の気持ちが分かるからこそ、全てお見通しの上で騙されてやった。
どんなに茶番じみていても、互いを想ってのそれは何て‥‥温かい。
「何事も、大事なのは何故その行動に至ったかという動機なのだろう」
だから、イルニアス達は酒の入ったグラスを掲げて、乾杯した。
思い出す、この上もなく幸せそうな笑顔。願わくば、かの淑女の上に、常に幸いがありますように。
親愛なる御母上に敬意を込めて、花束を。