【源徳大遠征】武田と新田と上杉と

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:8 G 32 C

参加人数:5人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月14日〜11月24日

リプレイ公開日:2008年11月29日

●オープニング

 神聖暦一千三年十一月。ジャパン小田原。

「――ふむ。カイザードに知らせよ」
 小田原城の武田信玄は配下の三ツ者から上州に関する報告を受けた。
 二か月前、武田の参謀カイザード・フォーリア(ea3693)が信玄に上州行きを要望してきた。
「沼田城の領有を巡り、上杉家と新田家の間で小競り合いが起きています。同盟国同士の揉め事は武田の利にならず、どうか私に上州行きをお命じ下さい。調停役として両家と交渉し、抗争を治めて参ります」
 上杉と新田の不和は信玄も気にしていたので、三ツ者らに内情を探らせていたのだが、これが随分と手間取った。上州の副将は忍び使いの名人である真田、更に駿河の北条早雲もこの件には関心を示している。どちらも武田が上州に出しゃばる事をよく思うはずが無い。
 信玄も事を荒立てるつもりは無かったので、時間だけが過ぎていった。

 上杉謙信が沼田城を手に入れたのは、源徳家康に従って上州征伐に加わっていた頃の話である。
 謙信は当初、上州攻めにあまり乗り気では無かったらしいが、同族の上杉憲政に懇願されて腰をあげたという。越後から上州に攻め入り、上野北部を制圧して沼田城を攻略する。本来なら、南から攻め込んだ家康と連携して更に上州深くに分け入り、蒼海城の新田義貞を挟み打ちにするはずだった。
 所が、上州を攻めていた家康は直前で江戸に引き返してしまう。いきなり梯子を下された上杉軍は慌てたが、降伏した上州北部の豪族達が謙信を頼ったので越後に戻らず、上杉軍は沼田城で年を越した。その後、何度か新田軍に攻められたが沼田城は上杉家の所領としてそのまま残る。この事が、華の乱が起きて上杉家と新田家が同盟を結んだ後に遺恨をのこした。
 新田家は沼田城の返還を要求したが、上杉家は断った。
 これには訳がある。新田家は多年の戦いで論功行賞がたまっており、上州北部の領地も功臣に与えたかった。一方、上州北部の豪族達もそれまで反新田で戦っていただけに、新田領になれば自分達が冷遇される事は見えている。どうか見捨てないでくれと憲政の一族を中心に謙信に嘆願した。謙信にとっても、上州に領地をもつ事は江戸を監視するのに都合が良かった。
 謙信は折を見て義貞と話し、双方に悪くないように話をつけようとした。義貞も同様に考えたようだ。当時、家康を破ったばかりの二人には他にも問題が山積みで、沼田の事がそれほど大きな問題になるとは考えていなかった節がある。
 しかし、北条三郎が沼田城の城主となった頃から事態はキナ臭くなる。
 駿河の北条早雲の血族が上杉家に入り、更に上州沼田に住むというのだから新田勢が態度を硬化させるのは当然だ。
 上杉は、沼田を返す気が無いのでは無いか?
 それどころか、上州を狙っておるのでは無いか?
 疑念は暗雲を呼ぶ。
 程なく、沼田城下で事件が相次いだ。
 新田兵が沼田の村を襲った。信玄の調べでは、義貞に上杉家が事を構える準備をした形跡がなく、真実であれば、新田の小者の暴発か。一年以上も領土問題に進展が無ければ小競り合いを起こすのも無理はない。
 北条三郎はさすがに早雲の縁者らしく、家臣の軽挙妄動を押さえたという。しかし、噂が立った。新田は魔物と手を組んでいると。
 続いて沼田城に近い赤城砦が炎上した。冒険者が手引きしたもので、新田兵の領土侵犯に対する上杉軍の返礼と言われている。

 江戸冒険者ギルド。
「お待たせ致した。上州行きのお許しでござる」
「そんな事より水軍は!? 小田原の軍備はどうなっている!」
 武田の使者に詰め寄るカイザード。
「そ、そんな事とは‥‥上州行きはカイザード殿から願い出たはず」
「二月も待たされては情勢も変わるわ! お屋形様は足長坊主などと噂されるが存外に短足‥」
「そのままお伝えしますぞ」
 使者は激昂した黒騎士を宥め、幾分冷静になった彼は話を聞いた。
「小田原の港は無事ですか?」
「港は小田原港だけではござらぬゆえ」
 使者は落ち着いていた。風聞よりも被害が小さかったのかと聞くと、
「そうではないが。大久保武士があまりに従順であったゆえ、おかしな言い方だが彼奴らが船を焼いたと聞いて安堵した」
 年配の武士は、信濃攻めの時はこんなものでは無かったと述懐した。小田原藩の場合、反乱の規模も小さい。
「しかし、油断は出来ぬ」
「うむ」
 源徳が駿河まで迫っている。反乱分子も呼応して立つだろう。
「それで上州で何をすれば良い」
「義貞殿に殿からの書状をお渡しする。それ以外は、おぬしの好きにして良い」
 沼田の件はあくまで他国の事情。
 拗れ具合から見ても、下手につつけば蛇が出る。
 義貞と謙信に警告するだけで良いと信玄は指示した。その上で、沼田を探るか、義貞と謙信の交渉に踏み込むか、他に動くかはカイザードの自由にせよという。
「そうか。承知した」

●今回の参加者

 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2001 クルディア・アジ・ダカーハ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb4890 イリアス・ラミュウズ(25歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5520 リリアナ・シャーウッド(24歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

ユリア・ポルキア(ea0278)/ バルムンク・ゲッタートーア(ea3586)/ エスト・エストリア(ea6855)/ 李 槍(eb0790

●リプレイ本文

 神聖暦一千三年霜月。
 ジャパンの東西の都で、それぞれ五人の冒険者が出発した。
 道は異なるが、行き先は等しく。
 上州で彼らは交差する。

 14日、江戸城。
 この日、イリアス・ラミュウズ(eb4890)は、主君伊達政宗に謁見を許された。
「上野へ行くか」
「武田のカイザードが信玄を動かしました。沼田の紛争は由々しき事態、武田とともに我が伊達も新田と上杉の仲裁に入らなければ、四国同盟は破綻の危機と存じます」
 イリアスはジャパン語が堪能ではない。が、どうにかそのように進言する。
「今一つ。沼田の件は、以前から拗れていたとは言え、源徳が兵を挙げる直前に紛争が起きたは家康に都合が良すぎる話‥‥何者かが裏で糸を引いているのかも」
 ちなみに話を聞く政宗は軍装。このところ、家康に呼応するように八王子軍も動きを見せ、まだ江戸市中に被害は少ないが政宗は迎撃準備に忙しい。
「上杉と新田を仲違いさせているのは、この俺だ」
「!」
 驚きに声を失った家臣に、独眼竜は真顔で首を振った。
「伊達が出張っては角が立つと遠慮しすぎた‥‥俺の手落ちだ。策を申せ」
 促されてイリアスは頭首会談を進言。双方が会談に赴く形を整え、場所は信濃領内、両家の棟梁を動かす事で、二国に流れる不和の空気を吹き飛ばす考えだ。
「大きく出たな。信濃なら善光寺、沼田と前橋なら釈尊寺あたりか‥‥」
 政宗は即断し、その場で義貞、謙信宛の手紙を書いてイリアスに持たせた。会談の話が成った際には、政宗自身が出向くと言う。
「しかし、殿が江戸城を開けるのは危険」
 源徳軍四千は現在、駿河だ。早雲の態度が怪しいが、順当に駿河、伊豆が降伏すれば来月には小田原に来るだろう。
「四国同盟が堅固なら、江戸城に拘らなくとも戦える。イリアス、頼んだぞ」
「お任せあれ」
 江戸城を出た黄金騎兵は、急ぎ上州を目指した。

 イリアスが江戸城で政宗に謁見した頃、残る四人は一足先に中山道を進み、魔法の靴の効果もあり、大宮の宿まで来ていた。
「街道の噂は、八王子のことで持ち切りだな」
 黒騎士カイザード・フォーリア(ea3693)は旅人から噂話を聞いてきた。
「不満そうだなぁ」
 弁当の秋刀魚を齧るクルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)が宮仕えを茶化す。
「ふん。士分の務めは民に尽すことだ‥‥八王子や家康の戦が民の為と言えるか? 馬車が通れる街道を整備した方がどれほどマシか分からん」
「しかし、源徳には源徳の理がある。旧領奪還となれば、侍は血道をあげるものだ」
 素っ気なく答えたのは用心棒の円巴(ea3738)。
「理屈だな。否定はせん」
 カイザードは嘆息し、クルディアは相槌を打つ。
「奴らから見たら、伊達なんざ裏切り者のワルだぜ」
「とはいえ、外交より暴力を優先した姿勢は、感心せぬがな。家康が王道の人ならば、なぜ伊達や武田と話を尽くさぬ」
 淡々と話す巴の言葉が、耳に残った。

 15日、上州藤岡。
 藤岡の平井城は前国司上杉憲政の居城だった。この数年は度々戦火に見舞われたが壊滅は免れ、現在も上州で一、二の大都市だ。
「上州も久し振りだぜ‥‥三年か?」
 前橋に向かう仲間と分かれたクルディアは城下町に入り、信濃屋という大店の前で足を止めた。
 手代に用件を述べ、奥から現れた主人にクルディアは片手をあげる。
「よぉ久しぶり。景気はどーよ‥‥って聞くまでもねぇか。随分と出世したもんだなぁ、文吉」
 新田家御用商人、信濃屋文左衛門。その正体が江戸の古下着屋、若葉屋の店主文吉である事は、一部の冒険者には知られた話だ。
「そんな風に言われると恥ずかしいなぁ。まあ、あがって下さいな」
 店の奥に通されたクルディアは、思い出話もそこそこに、文吉に尋ねた。
「あの時の話、覚えてるか?」
「あんたは俺に故売屋を勧めたね」
「そっちじゃない。何か仕入れられた人斬り包丁はあるのかよ」
 文吉は苦笑した。冒険者はやはり、これだ。
「‥‥無ぇのか?」
「ジュディス達から話を聞いてきた訳じゃないんだな。俺も色々と探したからね、何本か仕入れたのはあるんだよ」
 と言って、文吉は大きな櫃からひと振りの刀を取り出した。
「正宗だ」
 相州正宗と言えば、およそ刀を生業とする者で知らぬ者は無い。売り物か、と問うと文吉は苦笑した。
「あんた達に売ろうと取ってある」
「買った」
 巨人は少し見直したように文吉を見た。
「そろそろ自前の腕力で偃月刀を片手で扱える様になるんでな。戦の終わった後で良いから、業物の調達頼みてぇんだが。大業物やスレイヤーなら全財産叩いても良いぜ」
 クルディアはピシャリと自分の腕を叩く。巨人族の腕は闘技場で鍛えに鍛えられ、文吉の胴より太い。
「やろう」
「頼むぜ!」
 手付として千両を超える大金を文吉に渡す。話がまとまってから、今度は文吉が尋ねた。
「マグナの行方を知らないか」
「? なんだって野郎を探してる」
 文吉の話では、彼に渡さねばならぬ刀があるらしい。
「ふうむ。そういや、そんな話してたな」
 クルディアは約三年前に受けた仕事の仲間達を思い出した。
 実はこの日、あの時の冒険者のうち、鬼切七十郎と他ならぬマグナ・アドミラルの二人がすぐ側に居たのだが、神ならぬ文吉は知らない。

 同日、前橋蒼海城。
 カイザード、円、シフールのリリアナ・シャーウッド(eb5520)の三人は武田の使者として新田義貞の居城、蒼海城に入った。
「お役目大儀でござる」
 同盟国の、それも信玄の使者だから新田の侍の対応も丁重だ。
「ジャパン人て、ほんと格式が好きよね‥」
 旅の間、カイザードの馬の背に揺られていたリリアナが呟く。リリアナの嘲りには気付かず、円が頷く。
「そうだな。礼儀正しいとも言えるが、カイザードが居らねば、態度はだいぶ違っただろう」
「分かっているわ。あたしは身の程を弁えて、ちゃんと皆の後ろで黙っているから安心して」
 シフールにしては、リリアナの振る舞いには落ち着きがある。
 カイザードやクルディアは彼女の事を良く知らなかったが、円の話では優れた冒険者らしい。
「闘技場では無差別級の常連だった」
「ほう、どこの闘技場だ?」
 江戸とキャメロットの闘技場に通う武芸者のクルディアは興味を示したが、円は彼女には珍しく、微笑を浮かべて言葉を濁した。
「遅れてすまん」
 待つ間に、馬を飛ばしてきたイリアスが合流した。
「まあ。早かったわね。明日は雨かしら?」
「口の悪いシフールだな。江戸城から休まず駆けて来たのだ」
「‥‥」
 背後に立った円の手元が閃いた。七桜剣の抜き打ち、イリアスの背中から鮮血が飛び散る。
「‥な、何故だ‥‥?」
 血を吐きつつ転がるイリアスは訳が分からない。
「あたし、口は悪いけど耳と鼻は良いのよ。どこの鼠か知らないけど、江戸で会ったイリアスとは匂いが違うわ」
 薄笑いを浮かべたリリアナに、イリアスは口端を歪めた。
「ば、化け物め」
 カイザードと円が横から突く。天井に飛び上がったイリアスをリリアナが氷棺に閉じ込めた。

 16日、前橋蒼海城。
 5人の冒険者は上州国主、新田義貞と対面する。
「その方らが武田殿の使者、そして曲者を捕えた冒険者か」
 義貞は目を細め、冒険者の一人一人を見た。
「まずは城主として貴殿達に感謝いたす。さすが源徳公が育てられ、伊達殿も惜しんだ江戸の冒険者よ」
「御言葉ですが、私は江戸育ちではありません」
 真顔でボケる巴に、義貞は頷いた。
「許されよ。田舎者ゆえ、義貞は冒険者と言えば江戸と京しか知らぬ。貴殿達は、異国で冒険を為しておるのか」
「まぁ、そんな所だな。キナ臭い話がありゃあ、世界の果てにだって出向いていくのが俺達の稼業だぜ」
 クルディアはニヤリと笑い、カイザードに睨まれた。
「‥‥義貞公、曲者の事ですが」
 イリアスは居心地悪そうに聞いた。合流した彼は氷漬けの自分の姿を拝んでいる。
「うむ‥‥捕えた者には知る権利がある。あれは人では無かった」
「何だって!?」
 城下の陰陽師がリシーブメモリーを試した所、正体は下級の悪魔だったらしい。武蔵に潜伏する「さぶなく」という上司の命令で、伊達の使者に化けて新田家を混乱させるのが目的だったようだ。
「武蔵に潜伏するデビル、だと‥‥っ」
 イリアスは御前という事も忘れて立ち上がりかけたが、クルディアが彼の袖を掴んだ。
「独りで動くんじゃねえ」
「‥っ」
 今すぐ江戸城の政宗に知らせたい衝動をイリアスは抑える。悪魔の事はひとまず置き、冒険者達は本来の役目を果たした。
「沼田の一件を、信玄殿、それに政宗殿まで心配なされているとは‥‥」
 カイザードとイリアスが運んだ両雄の書状を読み、義貞は声を落とす。
「謙信殿と戦おうとは夢にも思わぬ。だが、沼田の事情は乱麻のごとく。‥‥カイザード殿は武田の名軍師と聞いたが、何か策は無いか」
 名指しされてカイザードは驚いた。書状に何か書かれていたのか。
「では僭越ながら申し上げる。沼田は一郡の小事。義貞公には、関東の大事をお考えあるべきかと」
「大事とは?」
「源徳勢は関白の調停を断り、敵に回してまで四公を撃つ兵を興しました。私見ですが、源徳が朝廷に叛くを辞さず駿河や伊豆の兵を奪取・徴発すれば、小田原も厳しくなると存じます。
 これこそ関東の大事にて、新田家の御助勢を得られればこれ程心強いものはありませぬ。信玄公よりも『新田家の助勢が得られるなら、義貞殿が望む物をお渡しする。』と言付かっておりまする」
 カイザードの語る武田の意思は明瞭。
 武田領は源徳戦の主戦場になる。新田の助勢は喉から手が出る欲しい。だから沼田の問題は任せろ、信玄から謙信に話を付けるなり、沼田以上の領土を新田に出す用意があると。
「武田家の存念は承知した。伊達家は如何思われる?」
 水を向けられたイリアスは、武田への対抗心を覚えたが、初志に従う。この場は武田に乗る手だ。
「伊達と武田は義貞公、謙信公のお味方にて。お二方が話し合われる事こそ、家中の混乱を鎮める何よりの策かと」
 政宗の手紙に、武田と共に両者の会談の場を設ける事が書かれているのをイリアスは知っている。
 義貞は巴、クルディア、リリアナにも意見を聞いた。
「ふーん。でも、あたしは只の護衛だから」
 シフールは不敵に笑うのみ。
 クルディアは義貞を暫く見据えたが、肩をすくめて言った。
「二虎競食の計だっけ。不和を煽って得のある奴が居る方が、不自然じゃない動きだ。戦うにしろ結ぶにしろ、一旦きっちり調べないと足元掬われかねないと思うぜ」
 当たり障りの無い危惧だが、クルディアは諸国にその名が轟く豪傑。九尾殺しの一人に、鋭い眼光で言われては並の者なら腰が浮く。
「不和を煽るものか‥‥ようやく戦を終えたこの国に。無慈悲な」
 義貞の声は穏やかだが、事態はかなり差し迫っている。
 赤城砦の虐殺に新田家中はいきり立っていた。速やかに沼田城を殲滅し、越後との同盟を破棄すべしという者も出ている。また家中には、大国のくびきから抜け出すべきと論ずる者もいた。憲政に反乱した頃とは違って、今や新田も大藩だが、沼田の一件で強く出られぬように、周辺諸藩に対して立場が弱い。上野藩は独立すべし――と。
 折しも、蒼海城より半日の距離にある平井城では、4人の冒険者が畑時能をかき口説いていた。この中には沼田城の一件で重要な証言を持ち、新田から手配されるカーラ・オレアリスの姿もあったが、カイザードらは未だ知らない。
「恐れながら、新田殿は勘違いをしておられる。この状況、賽の目を振る権利は上州にこそあります」
 次に発言したのは巴。伊達も武田も源徳も平織も、それぞれに動かねばならぬ事情があり、つまりは時勢に突き動かされている。対して、動かされるまま、と思われる上州には自由がある。沼田の一件を小事とするなら、上州は主戦場でも無く、取り戻すべき国も無い。その上で、大国の軍備を有し、多年の戦で鍛えられた兵は精強。家康に恫喝されている駿河の北条などが聞けば、義貞を羨むだろう。
「義で動く者こそ周囲の為に欲深く振舞い、不要であればそれを取り下げる事も時には大事。戦いの手段も平和の手段も、新田殿の思案の数だけあります」
 上州は、三国を回す軸足り得ると彼女は言う。
「使者殿の言葉、粗略にすまい。義貞の意思は家中の者とよく協議した上で答える」
 義貞は冒険者達に蒼海城で待つか聞いたが、春日山城に向かうと言うので止めはせず、謙信宛に添え状を渡した。あと半日、彼らが前橋に逗留していれば義貞に知らせが届き、京都と江戸、二組の冒険者らは合流していた。

 19日、越後春日山城。
 前橋を発った冒険者達は、緊張続く沼田を避け、西の碓氷峠を抜ける道を選んだ。カイザードの案内で武田領信濃を通過して上杉領越後に入る。
 信玄の使者、さらに政宗・義貞の書状を持つ五人を留める者は皆無。越州は冒険者嫌いと評判だが春日山に着いたその日に上杉謙信に目通りを許される。
「酒宴以来ですが、謙信公のご健体を拝し、恐悦至極にございます」
「うむ。だが家康が動いたとあっては、暫く美味い酒を飲めぬな」
 冬になれば、越後兵は関東出征は至難。
 上州との不和、平織の不穏な動き、そして西国を襲う黄泉の猛威‥‥軍神の苛立ちをカイザードは肌に感じた。
「信玄殿は慈鎮和尚の招きにて都を守護せんとなされた事がある。此度の大難はさぞご心痛であろう」
 イザナミが都を襲うこの時に、東国を侵す家康の非道を謙信は憎んだ。四国同盟は朝廷の和平交渉に従っていた。源徳が講和を受けていれば、今頃、謙信は既に春日山を離れて上洛していた可能性が高い。
「‥京都にてイザナギ征伐を平織方の冒険者達に話しましたが、一顧だにされませんでした。平織方が大将軍の責を軽んじるものかは存じませんが、確実に来るものかと」
「‥‥」
 謙信は押し黙ったが、怒気が膨らんだように思えた。仏教に深く帰依する謙信は、叡山を攻めて自ら魔王を名乗った平織虎長を不倶戴天と考えていると聞く。
「実際、解せぬ話だ」
「解せぬとは?」
「お主達こそ、感じておろう。ここ数年、東と思えば西、西と思えば東で凶事が起こり、天下が乱されたことを」
 九尾事件、黄泉の復活、上州騒動、五条の反乱、長州の謀反、華の乱‥‥。
「わしは家康こそ元凶と見た。今もそれは変わらぬが、平織の魔王といい、それだけでは無いようだ」
「悪魔が裏で手を引いてるってか?」
 クルディアが微笑を洩らす。
「もっと大きなものだ――使者殿、義貞殿にお伝え下され。新田と上杉の同盟に障りは無い、会談の件しかと承知いたしましたとな」
 蒼海城に戻って謙信の意思を伝えると、家臣団と評定した義貞の決断により、沼田の事は義貞と謙信の直接交渉にて決せられる事になる。