すとれんぢあ
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■ショートシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:4
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月18日〜11月23日
リプレイ公開日:2008年12月16日
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●オープニング
その男はフルチンで月を見上げていた。
満月だった。
月の兎がよく見えた。
「ヒャッホーッ! か、帰ってきたぞーーーーっ」
全裸の男は感極まったように雄叫びをあげる。
「帰れたんだ、地球に!」
男の名は島崎一、日本人。職業ニート、32歳独身。
捕り物道具片手に背後に迫る月道塔の係官達にも気づかない、哀れなストレンジャーである。
「どこから来た! 貴様、何故裸なのだ!」
「だ・か・ら! 俺は地球から来たって何度も説明したよね。頭のお弱い人達だなぁ。何で裸かなんて俺が聞きたいぐらいだよぉ(泣」
島崎は少し前にアトランティスという異世界に飛ばされて、そこで苦労の末に異世界の扉に辿り着いたが、どうやら『ここ』も違うらしい。
「左様な妄言で言い逃れられると思っておるのか‥‥もう一度聞く。出身国は?」
「日本だよ」
「貴様、嘘ならもっとマシな嘘をつけ。日本はここだ」
「俺の日本はここじゃない!」
「‥分かった。仮に、仮にだ。貴様が日本人としよう。では藩名と身分を申せ」
「藩てなーに? 身分は一般ピープル?」
「‥‥拙者を愚弄するか。ふふふ‥‥存外にしぶとい男よのう」
不毛な取り調べは、唐突に終わる。
アトランティス帰還者達の証言で、どうやら島崎が天界人と言われるものだと知れた。ジアースの京都人は天界人が何なのか知らない。ただ、魔物でもスパイでも無かった島崎は、牢から解き放たれた。
武士の情けで、一枚の着物を渡される。
神聖暦一千三年十一月。
ジアース、ジャパン京都。
それから数日後、島崎一が京都の冒険者ギルドに現れた。
天界人である彼はこの世界――島崎はもう一つの地球と呼んだ――でどう生活すれば良いのか分からない。その手助けを冒険者に頼みたいという。
「もう一つの地球‥‥失礼ですが、頭は健康ですか?」
「うん、その反応にもなれてきたかな。俺も訳分からないんだけど、親切な人が冒険者ギルドに相談すれば何とかなるって教えてくれたんだよ。‥‥お願い、助けてください」
ギルドの手代は、島崎を不憫に思った。
考えてみれば、アトランティスの事は手代も殆ど知らない。
「ふうむ。‥‥所で、こっちに来た時は素っ裸と聞きましたけど、それは何です?」
島崎は奇妙な道具を顔につけていた。
「これ? あ、そっか‥‥眼鏡を知らないのか」
島崎が月道塔に現れた時、何故か眼鏡だけは身に付けていた。
ちなみにアトランティス帰還者と言っても全裸は珍しい。最低限の衣服くらいは身に付けている事が多い。
「ほう。眼鏡というのですか。不思議な道具ですねぇ‥‥」
手代が島崎の事をただの変態では無いのかも、と思い直したのはこの時だ。
「親切な人が言うには、関白の藤豊さんに会えたら保護してくれるかもしれないんだって。本当かなぁ?」
「誰に聞いたか知りませんが‥‥あり得る話ですね。秀吉様は珍しい物が好きですし、異世界人と信じれば厚遇されるかもしれない」
或いは、と手代は一枚の書面を島崎の前に出した。
「冒険者になる、という選択肢も私からご提案させて頂きましょう」
島崎の話を信じるか否かはともかく、彼はこの世界に居場所が無い。筋金入りのアウトローである。誰の庇護も受けられないとすれば、盗人になるか冒険者になるかだ。
「冒険者? ゲームみたいだ」
前途は多難である。
●おまけ 或いは無関係の世界の事情
役所を追い出された島崎は途方にくれていた。
「京都? 修学旅行以来だけど、面影が全然ないなぁ‥‥誰かツッコメ」
日本語は通じる。空には同じ月と同じ星空、地名にも人の名にもどこか聞き覚えがある。それでも、彼の知る物は何一つない世界。
「‥‥兄さん。困ってるようやね」
肩をポンと叩かれた。振り返れば、人懐こい笑みを浮かべた小男が立っている。
「図星やな。‥‥よっしゃ、助けたろ」
小男は青い瞳に短い黒髪、神父服を着て、怪しい関西弁を喋った。
島崎がうかうかと小男について行ったのは、心細かったせいだ。
小男の職業は悪魔神父だという。連れていかれたのは、妖怪荘という怪しげなスラムの中にある彼の悪魔教会。
「へぇ、ほう‥‥ふーむ‥」
神父は島崎の話を熱心に聞いた。島崎はそれだけで感動した。
「つまり、あんたはんは‥‥もう一つの地球から来たと、そういう訳やな」
「その通りだ。初めて話が通じる人間に会えたよ」
これも悪魔の導きだと神父は笑った。
「事情は聞いた。約束やから、助けたるわい」
「地球に戻りたい」
「そら‥‥無理や。わてにそんな超能力は無いで」
落胆する島崎を神父は励ました。
「地球はここやがな。島崎はんの地球がどこか知らんし。まあ来たものはしゃーない。暫くはここで生活せなあかんやろ。わてが出来るのは、その手伝いやね」
彼は島崎の為に妖怪荘の長屋の一室を借りてくれた。島崎にジアースの事を教えつつ、教会でご飯を食べさせてくれた。
「アトランティスも変な世界だったけど、ここも変だよ。昔の地球に似てるけど、全然違うなぁ。新撰組って幕末でしょ? 安倍晴明は平安時代? あ、そういえば俺昔、そんなゲームしたことあるよ。もしかして夢オチ?」
試して見るかと言って神父に殴られた。痛かった。
「これから、どうするかやな。わてが世話したってもええけど、サービスはここまでや。対価は貰うでぇ」
「お金取るの?」
「わては悪魔信者やで? 悪魔の対価言うたら魂やがな」
『地球』の悪魔は違うのかと聞かれる。返答に困った。
「本当に困った時はわてが力になれるで。せやけど無理じいはせん。そうやな‥‥普通の奴に話しても頭おかしい思われるだけやろう。頼るとすれば冒険者か、あとは関白や」
悪魔神父は、冒険者ギルドには物好きが多く、また運よくアトランティス帰還者が居れば相談にも乗ってくれるだろうと言った。また今の関白、藤豊秀吉はジャパンを開国させた程の男だから、天界人に興味を示して保護してくれる可能性があるという。
「親切に有難うございます」
「かまへん。わても面白い話を聞けたし。魂を売る気になったら言ってや。今ならサービスで魔法の刀も付けるで?」
魂を売ったら死ぬじゃないかと言うと、神父は全部売らない限り、死ぬことは無いと言った。
「神も仏のない時の悪魔頼みやがな。よく考えてや」
しかし16分の一でも魂を売れば、肉体に消えない傷が残る。悪魔にも影響されやすくなる。遊び半分では手を出すなと神父は釘を刺し、それから島崎をギルドまで送ってくれた。
さて、どうしよう‥‥。
●リプレイ本文
「はじめまして。ウィザードのリーマと申します。
よろしければ精霊界のお話など、伺えないでしょうか?」
そう話しかけてきたのは、金髪碧眼の可愛いひとだった。
ゲルマン語で島崎一に挨拶したリーマ・アベツ(ec4801)は、ベアータ・レジーネス(eb1422)が通訳する間、穏やかな笑顔を天界人の男に向けた。
「え、えっと‥‥弱ったなぁ」
リーマの言葉が分からない事に、島崎は残念そうな顔をした。
「ゲルマン語ってフランス語だっけ?」
恥かしそうに彼は、隣に立つ音無響(eb4482)に尋ねる。音無は島崎と同郷、天界人というだけでなく国も同じらしい。
「島崎さんこそ、大学で習ったんじゃないですか? 確か、ヨーロッパの古語だったような‥‥」
「そうか。凄いね、響君は何でも知ってるね」
年下ながら、話が通じる音無青年を島崎は会ってすぐ頼りとした。
「島崎さんも凄いよぉ。天界人なんでしょ? この世界に来た時はマッパだったって聞いたけど、天界人て裸ぞくなの?」
鳳翼狼(eb3609)は興味津津。
好奇心旺盛なハーフエルフの青年は、返答に困る島崎を置いてなおも喋る。
「あ、天界人って天使? それなら裸もとーぜんだよね。すげー、だけど関白様は女の子のマッパは好きだと思うけど、野郎のはどうなのかなー? ‥‥っていうか、俺はチラリズムが基本だと思うんだよね! 隠しているものを暴かないといけないんだ!」
何気に犯罪者気質を暴露する翼狼。
「天界人は天使でも、裸ぞくでもありませんわ」
島崎の代わりに答えたのは、エルフのルメリア・アドミナル(ea8594)。ビザンチン生まれのウィザードが断言するのは、彼女がアトランティス帰りゆえ。ルメリアは響とも何度か冒険を共にした事があるらしい。
「貴方も貴方です。異世界で心細いのは分かりますが‥‥毅然とした態度を取らなければ、無用の誤解を与えるだけです」
流暢なジャパン語でルメリアが言うのを、島崎は驚いたように何度も頷く。
「ふーん、面白いなぁ。ふつーの人間みたいだ」
島崎と響の反応を見て、翼狼は無邪気に笑う。
「はーい。そろそろいいですかぁ? 皆さん、挨拶が済んだなら目的地に出発しましょう!」
元気よく宣言したのはアトラス・サンセット(eb4590)。
アトラスは『異世界人ご一行様』と書いた旗を掲げていた。歩きかけて、無言で天界人を見つめるデュラン・ハイアット(ea0042)に気づく。
「おや‥‥何か気がかりでも?」
「何でもない。ふ‥」
豪華なマントを羽織った派手な青年は肩をすくめた。
「ははぁ。では出発!」
アトラスを先頭に、天界人2人と帰還者2人を含めた一行は京都の街に繰り出した。
「ちょっと待って!」
リーマのストップに、アトラスがひとりでたたらを踏む。彼は多少ゲルマン語も解した。
「まだ何か?」
島崎に向き直ったリーマは背負い袋から何か取り出した。
旅装束、プラチナローブ、防寒具一式、保存食10日分。
「これは?」
頭の上に?を付けた島崎にリーマが告げる。
「ジャパンの冬は寒いと聞きます。借り物の服だけじゃいけないと思って‥‥あなたに進呈します」
ベアータが通訳したが、表情で島崎にも意味は通じた。
「え、俺‥‥お金払えないよ」
「無料ですよ。貴方の境遇を思って、彼女がプレゼントを贈りたいと言っています」
ベアータが言うと、島崎は硬直した。
無償の善意は人を感動させる。心細い時には特に。瞳を潤ませた島崎に、デュランは悪い男ではないと思った。
(「人畜無害な凡人に見えるが‥‥異世界人か。まったく、他の連中は良くこんな話を信じられるものだな」)
デュラン・ハイアットと言えば筋金入りの冒険野郎だが、存外に自分が常識人な事に彼は心中で苦笑した。
「右に見えますのが寺田屋でございます」
アトラスはバスガイドよろしく島崎達に解説する。
「寺田屋と言えば寺田屋、一も二も寺田屋といわれる寺田屋の中の寺田屋デス」
「HAHAHAHA! 売り手の言い値で買うのはノーサンキューね。食べられる程度に痛んだ物を買い叩くのが基本デス」
「肉や砂糖はチョー高級品です。贅沢は素テキです」
問題があるとすれば、アトラスも京都は初めてで説明しようにも知識が無いことだ。
「えーと。所謂冒険者の酒場ですね。朝から晩まで年中無休、京都の冒険者ならば誰もが一度は立ちよる店ですよ」
ベアータが逐一フォローをいれた。彼は京都を治める藤豊秀吉の家臣であり、立場から言えばベアータがこの一行の真の案内役なのだが。
「冒険者の酒場っ! ますますゲームの世界だなぁ」
「不思議な所で驚く男だな。島崎の居た世界に酒場はないのかね?」
デュランの問いには音無が答える。
「酒場はありますよ。無いのは冒険者の方かな‥‥冒険家という人は居るけど、モンスターとは戦わない」
「そうそう。この世界にはモンスターが居るんだよね! 見てみたいなぁ、聞いた話だとオークとかゴブリンとか、鬼もドラゴンも出てくるって本当?」
「ほう、物知りではないか。しかし、モンスターが居ないのにオークやドラゴンの事を知っているのは矛盾していないか?」
探るように質問するデュランに、
「だからゲームの中で‥‥うう」
説明を放棄した島崎の気持ちを、音無だけが理解した。
「島崎さん‥‥最初は色々と大変だけど、すぐ慣れるし。郷に従ってしまえば、異世界も結構楽しいですよ」
異世界漂流の先輩として助言する。
「俺は流石に少し地球が恋しくなってきたけど。後、何か芸を身につけるといいです。魔法とか‥‥あっ、これは憶えておくと、帰ってからも吃驚人間大賞に出られるかも」
「え‥響君、魔法使えるの?」
驚く島崎にせがまれて、音無はテレパシーを見せた。彼は月魔法と、それにオーラを少しだが使える。
「凄ぇ! 響君、本物の勇者様じゃん」
「俺なんか‥‥島崎さんにもできるよ」
厳しい訓練と数十度の冒険を生き残れば、だが。死線を潜り抜けた者が勇者とすれば、音無は確かに勇者だった。
「俺には無理だって。ん、どうかした?」
音無の翳りを島崎の屈託のない瞳が覗いた。
「‥‥生き抜けば必ず帰れる、と思う。お互いそれまで頑張りましょう」
「そ、そうだね。ここも異世界だけど、俺達世界の壁を超えたんだし。あの月道ってやつ? きっと探せば地球に帰る月道もあるよ」
地球への月道。
存在するか否かも、どう探せば良いかも不明。だがアトランティスと違い、この世界はどう考えても地球と関係がある。近づいたと、思いたかった。
「チキュウの話を聞かせて貰えませんか?」
リーマは遠慮がちな声で二人に話しかけた。ベアータは御所に出ていて席を外していたので、代わりにデュランが通訳を引き受ける。
「わたくしもゲルマン語は分かりますわ」
ルメリアもそう申し出た。二人とも、複数の言語を操った。
「ペラペラだよ。凄いねぇ」
「冒険者は世界中の言葉が分かるのです。これは、本当の話ですよ」
アトラスが適当な事を云った。
「私も言葉を覚えた方がいいかな」
「アトランティスでは不自由しませんでしたけどね。あれは便利でした」
しみじみと呟くアトラスにリーマは吃驚した。
「これは失敬‥‥私も帰還者なのですよ」
おどけて見えるアトラスは、彼なりに島崎に気を使っていた。
「アトランティスで地球人を見ました。私は地球を見た事が無いので、彼等が本物かは知りませんが‥‥まあ、島崎さんの状況、少しは分かるつもりです」
現実を直視すれば発狂しても不思議ではない。だから今は彼に心から楽しんで貰い、徐々に慣れていくのが良いだろうと。
「彼で遊びたいからこうしている訳では無いですヨ?」
「あ、あの‥‥」
リーマは動揺する。チキュウの話を聞くのは島崎を情緒不安定にするだろうか。アトラスは首を振る。
「彼は大人です。そこまで気を遣ったら、逆効果でしょう。今は、故郷のことを考えるナという方が無理だ」
アトランティスという精霊の国。
そこでは住民は言葉の壁を越えて話が通じるという。
「空に太陽も月も無いの。ううん、北極星もオリオン座も、星が全部無いんだから!」
天と地の狭間の世界。アトランティスの事を島崎は、通訳を交えてリーマに熱っぽく語った。多少あの世界に慣れていたアトラス達も初めての頃を思い出す。
「空が、無いんですか?」
「‥‥あるよ。月も星も、無いのとは違うけれど、やっぱり別物かな」
音無は地球に居た頃からよく月や星を眺めていた。そしてジ・アースの、街の灯も公害も無い満天の星空を見た後では、アトランティスの空はやはり違うものだと実感する。
「あの空は精霊界、というらしいけど‥‥ルメリアさんには何か分かる?」
高位ウィザードのルメリアに話を振る。
「はっきりとした事は‥‥」
仮説は立てられるが確証は無い。精霊界とは、時にアトランティス自体を差す。神の居ない、精霊と竜の加護を受けし大地。異世界への興味は尽きないが、今はそれよりも目前にルメリアの関心はある。
「精霊界も不思議ですが、島崎さんと音無さんの故郷――天界は、それに勝るとも劣らない素晴らしい世界ですわ」
ルメリアは、地球とは言わない。彼女にとって、地球はこの世界だ。ジ・アースも地球も言葉の意味は同じ。島崎が「もう一つの地球」と区別したのと同様に、ルメリアはアトランティスの言葉を使った。
「えー。地球なんて普通だよ。それより、魔法とか使えるこっちの方が凄いと思うけどなぁ」
島崎達の話では、地球で魔法は一切使えない。少なくとも二人は地球で本物の魔法を見た事は無い。
「存じていますわ。魔法の代わりに、学問が発達しているとか」
ルメリアの知る範囲でも数学、航海術、天文学など各分野に関する天界技術は隔絶しすぎていて殆ど理解できない。特に錬金術は凄まじく、島崎がかけている眼鏡一つを取っても垂涎の秘物。
「え、もしかして眼鏡フェチ?」
島崎は心持ちルメリアから距離を取った。
「眼鏡で御飯が何杯でもいけちゃうとか」
「まあ。何杯どころか、私財を全て投じてもお釣りが来ますわ」
酷く感銘を受けた様子のルメリアと、ドン引きの島崎。唯一、二人の温度差を理解する音無の立ち位置が複雑だ。
そこに、ベアータが駆け込んできた。
「ここに居たんですか。島崎さん、音無さん、喜んで下さい」
運動の甲斐があり、藤豊秀吉と対面が叶った事を知らせる。京都に迫るイザナミとの緊張が高まるこの時期、何の身分も無い者が関白に会えるのは異例中の異例。
「さすがに御所で正式な謁見は無理でしたので、長崎藩邸にて非公式の会談になりますが‥‥色々な手続きもすっ飛ばしましたので、お二人に面倒は一切かけませんから」
ベアータは二人の為に心から喜び、慌てて一言付け加えた。
「くれぐれも、秀吉様の御前では粗相のないようお願いします」
まだ分かっていない様子の二人は顔を見合わせた。
「秀吉っていうと、豊臣秀吉かな?」
「まさか‥‥あ、でも俺、ここに来る途中で本物の中村主水に会ったんだ」
この後、二人は冒険者達に豊臣秀吉の事を聞いたが、豊臣氏と言う氏族は誰も知らなかった。関白秀吉の名字は藤豊で、藤原氏であると聞き、今度は島崎達が混乱した。
「源徳家康、平織虎長‥‥何その厨設定?」
島崎達はジャパンの歴史を聞きたがったが、今回の仲間にジャパン人が居ない事もあり、関白との面会準備もあったので断念した。
「女の子を制する者は関白様を制す!」
翼狼は『関白様に気に入られるための強化合宿』を予定していたが、時間が無いので酒場で集中講義を行った。
「せんせー、いきなり過ぎてついていけません」
「大丈夫。言葉より本能で分かるから。関白様と仲良くなるにはねー。可愛い女の子ウォッチングポイントとか、出歯亀ポイントを探す技術‥‥それが重要☆
その技能さえ手中にしてしまえば、もう関白さまはキミを手放せなくなるのさ!」
自信満々に講義する翼狼。
「そんな関白は嫌だなぁ」
「俺も地球に帰る前に犯罪者にはなりたくない、かな」
関白の家臣であるベアータに助けを求める島崎達。
「‥‥」
どう答えるべきか真剣に悩むベアータ。
「そういえば、キミの特技ってなぁに?」
翼狼はマイペースで授業を続ける。
「仕事は何してるの? ニート? ナニソレ、よっくわかんないなぁ」
「自宅警備員ともいうかな」
ヤケクソ気味に答える島崎。
「へぇ‥‥自分の家を守ってるのか。キミの家、誰かに狙われてるの?」
「あのようなアイテムをお持ちなのですから、きっと大きなお屋敷なのでしょう」
眼鏡に執心のルメリアが相槌を打つ。
話がどんどん広がり、島崎の泣きそうな顔を見て音無は目を伏せる。
「ルメリアさんの話、俺は賛成だよ」
音無は島崎の眼鏡を取引材料にする事を持ちかけた。島崎は半信半疑ながら、他に妙案もなく、冒険者達は指定された日に長崎藩邸に秀吉を訪ねた。
「わしが関白秀吉じゃ」
第一印象は貧相な小男。
「地球人の島崎一、それに音無響じゃな。遠路はるばるようござった」
案内された茶室の前で、秀吉は二人と冒険者を出迎えた。千利休が茶を点て、秀吉は終始満面の笑顔で一行を歓待した。大大名でも、関白からこれほどの持て成しは中々受けられるものではない。
「慣れぬ世界は不自由じゃろうが、自棄になってはいかんぞ。辛抱が肝心じゃ」
「はぁ‥‥あ難うございます。それで、あの」
近所のおじさんのような秀吉に、島崎が言う。
「俺達、元の世界に戻りたいんです。秀吉さんはジャパンの偉い人と聞いたんで、何か方法を知っているんじゃないかなと思って」
期待の籠った島崎に、
「全然知らん」
最高権力者と思えぬ答え方をした。
「じゃが、お主達は日本人という。この国に居る間は、わしがおぬし達の面倒を見ねばなるまい。己の国同然と思うが良い」
秀吉は二人に足りないものを聞いて装備品や金子を用意した。
「もっと話したいが、わしも忙しい身でな。これで失礼するが、いつでも来よ」
秀吉は後でベアータ、ルメリア、アトラス達から話を聞き、天界人保護の条例を検討した。またルメリアの進言を面白がり、非公式だが天界技術研究準備室の発足を許した。
「今は理解出来ぬが、捨てるまい。兆しなりと見出せば、十年百年後は分からぬでな」
島崎は難しい話は分からないが秀吉に会えた事を感動していた。
冒険者達との別れ際、ずっと思案顔だったデュランが握手を交わしつつ島崎に話した。
「もし天界人が恐るべき力を持っていた場合、それを多く引き入れた陣営が戦乱の勝者となる‥‥秀吉の態度は、そういうことだ。
笑い話に聞こえるかもしれんが、私もあわよくば世界の支配者にならんと欲する人間だ。チキュウ人とやらの力、より多く集めておきたいものだ」
天界人とは、アトランティスの言葉で異世界の救世主を言う。
音無は、万感の想いでジ・アースの空を見上げた。