●リプレイ本文
神聖暦一千三年、12月下旬。
ジャパンの真ん中、相模小田原にて万を超える軍勢が衝突。
それから二月以上が過ぎ、今も戦いは続いている。
「いよいよか」
決戦の噂に各地より馳せ参じる冒険者、土豪や浪人を両軍は吸収。
依頼中に駆け付けた冒険者も多い。
ルメリア・アドミラルは日本海の島で話を聞き、水竜と空飛ぶ箒を乗り継いで小田原に急行、またデュラン・ハイアットはロシアで雪狼と格闘中に急報に接する。名のある冒険者だけでも92名が、この戦に参加していた。
「小田原城の南を流れる早川を押さえるが肝要」
静守宗風と飛葉獅十郎は早川の重要性を家康に説く。
「よくぞ気づいた」
家康は榊原康政に先陣を命じ、冒険者と合わせ攻撃隊800を編成。これに呼応するように、小田原城からカイザード・フォーリア率いる遊撃隊500が進出、早川で両軍は戦端を開く。
一番槍は武田軍ゼルス・ウィンディのストーム。五百mの暴風は源徳先陣を文字通り、吹き飛ばした。
「不甲斐なし!」
アンリ・フィルスは、飛んできた味方を剛腕で弾く。鳳令明の進言で配属された志士がストームで相殺を試みるが失敗。
「結界を張りました。わたくしの近くに」
メイユ・ブリッドは負傷者を治療。暴風に耐えても味方に潰される者が続出した。
『むむっ』
「ヴィゾフニル?」
兵だけでなく、ジークリンデ・ケリンの霊鳥が暴風に煽られて墜落し、彼女を押し潰す。霊鳥の下敷きになりかけた大魔女をアンリが守った。巨鳥が後方に飛ばされ、眼前に武田兵が押し寄せる。
「攻めろ! 津波の如く攻め、源徳を三河まで押し返せ!」
武田遊撃隊の先鋒を務めるはクルディア・アジ・ダカーハ、荊信、イリアス・ラミュウ.ズ、ブレイズ・アドミラルら。
「鉄弓はっ!?」
ジークリンデは家康から鉄弓隊を借りた。百名の鉄弓隊は源徳にも虎の子だ。無事な者が応戦するのを見てジークリンデは煙幕を張る。
直径300mの煙のドームが武田の遊撃隊を包み込んだ。
「目が、目が痛いですよ〜」
武田のエスト・エストリアは両眼からぽろぽろと涙を流した。煙に含まれた刺激物のおかげで目が開かない。エストは大きな爆発音を聞く。百m級の爆炎が武田兵を吹き飛ばした。
「やりおるぞい」
御多々良岩鉄斎はゼルスの隣で遊撃隊前衛の混乱ぶりに嘆息した。
「ファイヤーボムを煙幕を張った所に落とすとはのう」
おまけに鉄弓の射撃が正確だ。
「カイザード殿が死んじまうぞい」
岩鉄斎は地竜と亀甲竜を連れたゼルスと共に敵側面に回る。再びストーム、遊撃隊中衛で立ち往生していたカイザードはこの隙に動ける者を集めた。
両軍の足軽は恐ろしさに身が竦んだ。
暴風と煙、連続する大爆発。
驚天動地の戦場を冒険者という名の魔人と妖術師が支配している。
「どぉりゃやあああッ!!」
グレイン・バストライドは煙の中から現れた武田兵を鎧ごと粉砕。
「見たかバーストアタックッ! 俺の前に出た不運を恨め」
この戦闘でグレインはバースト使いを指揮して戦った。
「華国の壮士、荊壮蒼たぁ、オレの事だ! 貴様とは噛み合いそうだなあ!」
黒槍を構えた荊信が、グレイン隊の侍を叩き伏せて現れる。使う技が同じと見て、グレインは舌を鳴らした。
「悪いが、他を探してくれ」
「何ぃ、漢らしくないぞ!」
逃げるグレインを追った荊の進路を新撰組隊の静守が塞ぐ。荊が止まった所を静守は所所楽柊と九竜鋼斗の三人で倒した。
「卑怯!」
「寝言だ。戦は道場とは違う」
静守は荊より数段強いが、新撰組は剣客の様には戦わない。
家康は新撰組の参加を非常に喜び、宗風に二百の兵を与えた。彼の長槍兵はストームで分断され、現在再集結中である。
「武田は騎馬隊で来ると思ったが」
「二流だな、対峙する前から敵の行動を決めつけるからだ」
柊が十手でグレインの後頭部を殴りつける。
「キミだって、敵から逃げてたじゃないか」
「三十六計逃げるに如かず、たしか東洋の諺だったな」
今回、バースト戦法が幅を利かせた。冒険者らは大事な装備を壊されては大変と、敵軍のバースト使いから逃げ回る姿がそこかしこで見られた。
「‥‥よぉ、ダイモスはそっちと思ったが姿が見えねぇな。ルーラスも山王も‥‥連中、風邪でも引いたのかい」
クルディアが兵150を率いて現れる。遊撃隊で五指に入る兜首。
「答える必要はない」
「‥‥抜刀術・瞬閃刃」
静守、九竜、所所楽は迷わずクルディアを狙う。
「ちげぇねぇ」
クルディアは煙の中に新撰組を引き込んだ。そこにケルピーに乗るイリアスが突進してきた。
「助太刀するぞ!」
「俺の獲物を‥‥お前、何で伊達兵じゃなくて遊撃隊なんだ?」
「信玄公が出撃許可をくれん」
信玄は小田原城の伊達隊を温存。イリアスと同じくブレイズも遊撃隊に参加し、今は立て直しに懸命だ。
「そういや鷲尾は?」
「奴は河童と相撲だ」
クルディアは戦闘中、徒歩武者に目を止めた。
「おい」
「は、はい。陣借りの土方です。頑張ってるです」
土方伊織は衝撃波と居合を使い分けて戦っていた。
「大技に頼るな。戦は手数だぜ」
「え? でも、皆使ってるです」
「覚えとけ、ここにいるのは馬鹿ばかりだ。俺を含めてなぁ」
伊織は目を丸くした。
仲間三人を乗せた木下茜の空飛ぶ絨毯と、天馬に乗るルーラス・エルミナス、空飛ぶ箒に跨る山王牙の6名は、北を目指した。
一行は奥多摩秩父を超え、妙義山で野営する。
「上杉は小諸から碓氷峠を越えてきますか?」
「どうかな。諏訪から甲斐経由で駿河の後背を衝くかも」
仲間が上杉軍の進路を予想する間、イリア・アドミナルはぼんやりした。彼女には、この強行軍は厳しい。
「イリアさん、休んだ方がいいですよ」
天界人の難波幸助が毛布を渡す。
「有難う。でも、これがあるから大丈夫」
イリアは炎の指輪を見せた。
「‥‥来るかな?」
「多分」
木下ら上杉足止め隊には敵が居る。天城烈閃。同業者から警戒されたら本物か。
実際、天城と武田方に足止め隊を妨害させない為、源徳側の冒険者は刺客を放っていた。それがファング、ミラ、ラグナートのダイモス兄妹とグレイ・ドレイク、バル・メナクスの五人。天城に劣らない強者だ。
「下から狙われた?!」
別世界では軽井沢と呼ばれる辺り。飛行中の山王が撃たれる。流星が地上から空へ流れた。
「読みが当たった。珍しいな」
「不覚だ、天城さんっ」
箒では良い的。深手を負った山王は墜落気味に山中に着地。
「食い止めます。皆さんは脱出を!」
ルーラスは天馬を操り、木下達の楯になる。ペガサスは嫌がったが、非常事態だ。
「僕も戦います」
イリアは超越魔法の使い手、その戦力は強大。だがルーラスは空飛ぶ絨毯で交戦する愚を考えた。騎士は仲間と作戦の成功を優先する。
ルーラスが突撃し、木下は全速で離脱を図る。
「逃がさん」
天城は絨毯を狙う。イリアが霧を発生させ、僅かに狙いが逸れた。
「そこかっ」
ルーラスは天馬を操るが、腹を立てた天馬に彼は振り落とされる。
「つっ」
「嫌われているのか?」
「ペガサスで戦闘はしないつもりでしたから」
ルーラスは木々の影に殺気を感じて楯を構える。
止めを刺された二人の遺体を、ファングら遊撃支援隊が発見した。
「森で天城さんとやるのは不利だな」
二人の殺され方でファングは天城の仕業と見抜く。
「何故先行されたのでしょう?」
ミラの疑問に、バルは腕を組む。
「二人を蘇生したら分かるかもだが‥‥足止め隊がここでやられたって事は敵も空を飛んできたと考えるのが自然か」
ともかく合流する事だ。5人は死体を寺院まで運び、追跡を続けた。
「この世界に危機が迫っています」
少女はロザリオを片手に、道行く人々に呼び掛ける。
場所は上州藤岡。彼女の名はメイ・ホン。上州南部のこの町なら、新田も上杉も通るとメイは考えた。
「言葉が通じないのでは釈迦に説法‥‥いや猫にマタタビだったか?」
ジャパンらしくない具足をつけた新田の騎兵が彼女に声をかける。
「拙者は新田家家臣グレン・アドミラル。卒爾ながら貴殿は新田方か、源徳方か」
グレンは主君義貞に従って小田原に向かう途中。英語とラテン語で必死に話す彼女を通り過ぎれなかった。
「‥‥」
「失礼。拙者は紳士協定に同意し、署名しました。デビルの事ならば、所属など詮無き事でした」
メイが次元転移門の危険性を知らせたいと言うと、グレンは紹介状を書いた。
「拙者は先を急ぐ。これをもって信濃屋文左衛門という男を尋ねると良い。グレンの頼みと言えば、協力してくれるでしょう」
同じ頃、木下らを追跡した天城は上杉軍と合流、謙信に飛行部隊の存在を報告した。
謙信は斥候を増やしたが、何故か飛行部隊と遭遇はしなかった。
上杉軍の進軍を阻んだのは雪だ。
小田原城内。
「何たる悲劇でござろうか! あの源徳家康が江戸を火の海に沈めようとしているとは! 拙者、悲しすぎて源徳軍が見えませぬよよよ」
暮空銅鑼衛門は大泣きしながら城兵鼓舞の演説を打つ。
「まさか家康公が」
「我々は家康に裏切られた也!」
後日、奇天烈斎頃助は江戸にて源徳の脅威を喧伝した。
「小田原の戦を見た也か。江戸でも同じ事が起こる也よ」
江戸城は江戸の中央にある。大軍で攻め、超魔法が飛び交えば、誰が勝とうと江戸の被害は甚大。
「お上の都合で関係ない人が傷ついていくのはもう沢山っす」
以心伝助はカイザードの誘いで小田原城に入った。
「困るのよね〜。江戸の街燃やされちゃうと、知り合いとかいるわけだしさ」
紅牡丹は遊撃隊は負傷者の搬送を手伝う。戦闘は短かったが、遊撃隊は約2/3が未帰還だ。
「負けた負けた。初陣で、死ぬかと思ったっ」
ディートリヒ・リューディガーは大槍に寄りかかり、倒れるように門をくぐった。余談だがディートリヒは江戸に戻り、数日後にはアトランティスでワイン片手に貴族令嬢と談笑している。
「よくぞ戻った」
「兵を失いました。申し開きもございません」
自身も深く傷ついたカイザードが信玄に報告する。
「冒険者の魔法、以前より威力が格段に勝ったな」
華が開くように超魔法の使い手が続出している。レミエラの影響も大きいが、それだけ冒険を続けた証しか。
「大言を吐いて、決戦を前に無様を曝したな。もう良い、下がって休め」
「はっ」
カイザードは信玄の叱責を受ける。傍らの円巴が発言した。
「源徳の先陣は我らに乱され、後退しました。いわば痛み分け、カイザード殿は十分な戦功をあげています」
「下がれ。新田上杉の援軍がまもなく到着する。者共、城の守りを固めよ」
円は不満を押し殺して今一つ、進言した。
「悪魔や黄泉人、化生の襲撃があった際には、冒険者は紳士協定として敵味方ともこれを先に叩きます。了承、無理ならば黙認をお願いしたく‥‥数は少ないですが、署名もここに」
敵味方、およそ半数の冒険者が紳士協定に署名していた。
信玄入道はこれを許し、源徳方にも書状を送る。
「‥‥やっちまったなぁ」
レジー・エスペランサは朱眼を押えた。彼は背後から百足衆を襲い、懐から家康宛の書状を見つけて大いに困る。源徳方は小田原城の耳目を奪おうと武田の伝令、忍び狩りに血道を上げていた。名のある冒険者が10名程も加わっていたから大したものだ。
源徳軍本陣。
「紳士協定?」
レジーは家康に書状を届けた。源徳方に紳士協定を直訴する者が居なかった事もあり、家康は疑った。
「陣中においては冒険者の定めより軍法が勝る。また此度は未曾有の戦にて混乱あるが、各人よくよく確かめて行動せよ」
と各隊に連絡した。
源徳軍は小田原城を囲むように布陣したが、何故か直ぐには攻めない。
幾つか理由がある。
まず、超魔法の威力に兵が尻込みした。両軍の足軽は、矢も届かない距離から吹き飛ばされ、焼き殺される光景に腰が引けていた。
「魔法は集中運用してこそ意味がある」
魔法部隊の老術師マイユ・リジス・セディンは進言した。この時点で、源徳方はまだ合流していない大術師が多い。
前線に立つ冒険者の中に、城攻めに熱心な意見を持つ者がほぼ居なかった事も理由の一つだ。小田原城に野戦を行う理由は無く、空白の時が過ぎる。
「北条を最大限活かす為、支城攻めと敵伏兵への備えに用いられると宜しいでしょう」
そんな中、軍議の席で北条家臣リン・シュトラウスは家康に進言した。
反論したのは飛葉。
「シュトラウス殿、北条軍を生かすなら最前線だ。兵力の分散は愚策。貴殿の前だが、言おう。軍監を付け、日和見と裏切りを防ぐ事で源徳に忠誠心を示す機会にもなる」
「‥‥」
項垂れるリンに、家康は理由を問う。
「飾らずに言えば、兵に戦意が乏しいのですもの」
飾らな過ぎである。
「前に出せば源徳の足を引っ張る懸念が。ですが北条には優秀な将と風魔が居ます。調略や奇襲であれば十分な力を発揮する事がかないますわ」
リンを送ってきた北条早雲は食わせ者だ。北条軍は前衛に配置され、厳しい監視を受けた。
「ごめんなさい、早雲様」
リンは北条の陣で早雲に平謝りする。
「だけど困ったね。支城回り出来なくなったの‥‥」
天乃雷慎の顔が曇る。
「――いや」
早雲は悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「家康の指示は、軍の配置のみだろう? 誰が古狸の手のひらで動くか、兵の一部と風魔を付けてやろう」
「しかし‥」
大蔵南洋は懸念を示すが、早雲は本気だ。
「悩むのは、動いた後でいい」
北条軍はまことに冒険者気質だ。急ぎマクシーム・ボスホロフと南洋は箱根へ、リンと雷慎は小田原支城の一つ、足柄城へ向う。
「今こそ家康公の下で大久保の力を見せる時と呼びかけるには誰が適任かね?」
箱根の山中で大久保旧臣に接触したマクシームは、前城主大久保忠吉の救出計画を持ちかけた。
「願っても無い話だが」
風魔の情報では忠吉は小田原城に居る。監禁場所も目星を付けていた。
「この機を置いて大久保家再興は無い」
家康の手で小田原が落城すれば忠吉は恐らく処刑。家康には嫡男という前例があり、まして忠吉は自ら源徳を裏切った身だ。
同じ頃、リンと雷慎は足柄城を訪れていた。
「敵城に乗り込んで来られるとは豪胆な。して何用でござるかな?」
「では単刀直入に。源徳にお戻り下さい。元々譜代の家臣でしょう? 家康様は、城ごと帰参するなら武田に降った事は不問にするとの仰せですわ」
調略か。守将は納得した。武田の監視役と甲斐に近い者らを始末し、新たに途を開く、出来ない話ではない。
「遅うござる。拙者、何度も御家を変えるのは性に合いませぬ」
「そう」
あっさり引き下がった。
「いいの、リンさん?」
早雲さん達に何と言えば‥‥雷慎の前で、リンは両手を合わせた。
「天乃さん、後はお願いしますわ。私は里見に行かないといけないの」
「えーっ!?」
呆然とする雷慎を残してリンは去った。
「ここで何をしていた?」
直後、葛城丞乃輔が雷慎の前に現れる。
峠を見張る葛城は風魔と北条勢を見つけて監視していた。
「――話は分かったが。我らは共に手を携える間柄、早雲殿にも困ったものよ」
「でもボク達は、一生懸命なんだよっ。‥‥こんな所で敗れる訳には行かないのっ」
葛城は目を細めた。
「左様な事は、敵も味方も同じでござる」
「酷い、同じじゃないよっ」
葛城は消え、雷慎は空を見上げる。
雪が降ってきた。
三増峠。
「私はね、どうにも反源徳が掲げている大儀には納得できないわ。自分達のしてる事こそが正しいと言う視点でしか、ものを見れないのかしら?」
シフールのリーリン・リッシュは独り言を口にしつつ、片手で印を結ぶ。重力反転、小石が飛びあがり、落下。
「むー」
「何をなさっているのでしょう?」
尋ねたのはペガサスで偵察に出ていた七瀬水穂。
「ローリンググラビティで、この崖を塞ぐのよ」
「えっ」
反重力で浮いた土や石は転がって崖下の道にたまる。繰り返して、道を埋め尽くす。
‥‥‥。
「効率が悪いわ。ねぇ、大きな岩がゴロゴロしてて、すぐ崩れそうな崖を知らない? 新田や武田が使いそうな道じゃないと駄目よ」
多分そんな所を軍隊は通らない。
困った七瀬の目に、大中黒の家紋が飛び込んできた。
「新田です!」
慌てて七瀬はリーリンを掴み、岩肌に身を隠す。
武州を通過する新田軍は本来なら八王子軍と鉢合わせする。だが、八王子勢が江戸城に進撃していて二つの軍はすれ違う。
「みんなに知らせないと」
七瀬はリーリンを掴んだまま、空に舞い上がった。
「待ちなさい、私は伊豆軍よ。何で源徳軍とこに行くのよ。こら、離せー」
源徳忍軍。
頭領は伊賀忍者の服部半蔵正成。
半蔵は家康の命で冒険者を支援した。
「忍者を見つけるは至難でござるぞ」
「分かっている。我々のような素人が、と言いたいのだろう」
ガルシア・ダイモスは栄光あるテンプルナイトの一員。隠密の技能は皆無、どころか彼はジャパン語すら話せない。
「忍者かぁ。もうすぐ天界の同業者と対決だね。おいら、わくわくするよ」
メイ出身のパラ鎧騎士アルファ・ベーテフィルは楽しそうだ。この場には他にシフールのメルシア・フィーエル、僧侶の張源信、ナイトのダリウス・クレメントが居るが、満足な隠密技能を持つのはアルファ一人。
半蔵は眩暈を覚えた。
「伊賀者をお貸ししまする」
「忝い」
「方々に、我らの敵を承知頂こう」
武田忍軍。特に今回相手するは甲賀者、望月千代女を首領とする歩き巫女衆。信玄の耳目として、全国の情報を収集するくノ一集団だ。
「巫女の格好をした女忍者ですか? それなら私にも区別がつきそうだ」
源信の言葉に半蔵は首を振る。
「もし忍者が袈裟を着ていれば御坊は如何する」
先入観は敵の術中にはまる。半蔵は心配した。ガルシア達は街道で網を張り、怪しい者をメルシアのスリープで眠らせたり、目星をつけた者の思考をガルシアが読む。
「何をしたっ!?」
魔法を使えば発光する。一行は格好も目立ったので、ガルシア達の検問はすぐ敵味方の知る所となった。
「連絡を付けるには便利ですよ」
七瀬から新田来るの知らせを聞いたガルシアらは一旦、本隊に合流。
家康は決断を迫られた。
新田軍が来る前に小田原城を攻めるか、新田軍の合流阻止に動くか、それとも。
小田原の前で新田の進軍が突然止まる。
「江戸はきな臭くなりましたので、故郷に戻る途中でございます」
旅芸人に化けた綾辻糸桜里は越後に入り、前上野国主、上杉憲政に会った。
「その方、一体何者じゃ?」
「御無礼、平にお許し下さい。わたくしは源徳家康の使いの者、憲政殿に今一度決起して頂く為にまかり越しました」
「何っ!」
憲政は驚愕した。謙信の庇護下にある彼にとって、家康は随分遠い存在だ。敵軍の総大将でもある。
「誰か、出会え。敵の間者であるぞ」
「良いのですか。上杉謙信は憲政殿を空気扱いし、あまつさえ新田に手を貸す始末。ここで存在感を示さねば、一生日の目を見る事は在りますまい」
憲政は上州にまだ影響力を持つ筈。新田に対して有効な手を打てば、家康公は憲政殿を篤く遇すると糸桜里は説得した。
「‥‥そうか、家康様はまだわしを見捨てておらなんだか」
憲政は誘いに乗った。
上州太田金山城。
かつて、この地は風雲激動を尽くし、源徳が敗れて上州が新田義貞の手に落ちた後はずっと沈黙を守っていた。元新田家臣で金山城の実質的責任者である由良具滋は金山の命脈を保ったが、新田の隆盛に反比例し、軍事的には顧みられない小勢力と化していた。
「兵はどれ程出せる?」
「‥うむ。今すぐ動かせるのは百と三十か」
「落ち目にしては、いい数じゃないの。用意のいいことね」
「ならばその兵、今すぐわしらに預けて貰おうかの。もし嫌と言うなら、奪っていくがのう」
聰暁竜、林潤花、アルスダルト・リーゼンベルツの三人は金山城で由良と交渉を持つ。乾坤一擲か、破滅への誘いか。
「まるで山賊だな」
「似たようなものよ。山賊より性質が悪いと言ってほしい?」
「上州に再び乱を起こすのぢゃ、極悪人には違いないの」
アルスダルトは仲間と別れ、箕輪の外れに住む老将長野業正を訪ねる。上州一と謳われた名将だが、現在は八十を超えて隠居の身だ。
「――好機は、今しかない。源徳が潰れれば上州は一生このままぢゃぞい。それで良いのかの?」
老エルフは義経の事も話し、また一通の書状を見せた。
「暫時、お待ち下され」
病床の業正は古風な具足を着込んで現れる。
神通力を現したのは綾辻が憲政に書かせた檄文。
実のところ、憲政の檄文は上州豪族にあまり効果は無かった。憲政は人気が無く、上州は義貞の下でまとまりつつあったが、テコでも動かぬ頑固老人には覿面に効く。
業正は数十の兵を率いて金山軍に合流、新田義貞の本拠、前橋の蒼海城を強襲した。
新田軍本陣。
「なんだとぉっ!?」
金山強襲の報せに、新田の諸将は青ざめた。
「静まれ、蒼海城は落ちぬ」
義貞は唯一、本陣で冷静だった。数年前とは状況が違う。金山の戦力で前橋が落とせない事を義貞は知っている。でなければ出陣しない。
「ですが殿、万が一も有りまするぞ!」
動揺する重臣に、武田から来たローラン・グリムが反対した。
「貴君らは何の為に小田原に来た! 新田が武田と挟撃し、源徳に勝利すれば関東の決着はつくのだ!」
新田軍の足が止まり、この間にフォックス・ブリッドは新田軍の荷駄隊を焼き討ちする。
「この情報を源徳軍に伝えますか」
下野那須。
「金山がやった!」
カイ・ローン、陸堂明士郎、トマス・ウェストの三人は矢板川崎城で急報に接する。
「けひゃひゃひゃ、我が輩は小田原に向かうが、二人はどうするね〜?」
危険な薬品を袋に詰めつつドクターが尋ねる。カイと明士郎は顔を突き合わせて相談したが、下野に残った。
「今の源徳殿をみると、傍観すれば後に何を言われるか分からない。何かしら行動を起した方がいいのでは?」
カイの問いかけに、那須与一は不思議そうだ。
「今すぐ起てと申すかと思ったが」
「現実的なだけです」
那須藩は兵も多からず、鬼の問題を抱え、南北を奥州勢に挟まれている。カイの進言は控え目だ。
「敵援軍の進路にデビルの噂を流して進行速度を落としてみるのはどうでしょうか?」
目的は那須が今も源徳派だと暗に示す事。上手くすれば軍を動かすと同等の意味がある。
「金山を見殺しにするのか。鬼軍の事があるゆえ、可能な限りで構わない。新田領に侵攻の兵を出して頂きたい」
明士郎は那須、宇都宮の両家に上州派兵を要請する。野州から上州へ入るには武州を通り、ちょうど伊達と新田を分断する格好になる。
「最後の好機だ!」
明士郎は力説したが両藩は動かない。
「これからだ明士郎。今、上州を攻めればこの野州が危うい。平泉の妖怪はおろか、伊達まで刃が届かんぞ」
意外にも結城秀康が拒んだ。
下野の立地は複雑だ。勢力図も、ややこしい。
特に混沌なのが源義経軍。義経軍には源徳兵と伊達兵が共にある。
「家康公は、父君である義朝様の敵を討った恩人。人の子として源氏の頭領として、決して忘れてはならない恩義だ。奥州への御恩と比べても並ぶべきものと存ずる」
明士郎はそう義経をかき口説いた。
義朝は都の戦いに敗れ、落延びた尾張で家臣の長田某に殺される。長田は三河の源徳家康に攻め殺され、主君の仇を討った家康は義朝の後継者争いを有利に進めた。
「お立場もあれば、小田原出兵は言いませぬ。源氏の頭領として、新田に兵を退くよう要請して頂きたい」
義経は幼さの残る顔を歪めて呟いた。
「陸堂、私を利用するな」
京都御所。
アラン・ハリファックスの紹介で伊達家の伊勢誠一は関白と会う。
伊勢は、神皇の剣たる平織が朝廷の和睦案に応じた武田を攻める非を説いた。
「平織には何か事情があるのではないかの」
「信玄公より、平織と争わぬ旨の書状を預かっております」
伊勢の用意の良さに秀吉は頷いた。
「ぬしも同意見か?」
「事ここに至っては、家康を討ち人同士の戦に終止符を打つ以外にございません。殿下、ご決断を」
アランは小田原の戦を見た。超魔法同士の戦、放置すれば多くの人が死ぬ。
哂うのは悪魔ばかり――同じ感想を得たシェリル・オレアリスは、アランと正反対の行動を取る。源徳軍を訪れたシェリルは、家康に全世界の為に戦うことを促す。
「慈円座主は何も語らずに行きましたが、貴方は真実を語るべきです」
「真実とは何か? 見当を付けてから問うものぞ」
シェリルと同じく江戸攻略戦を見届けてきたアレーナ・オレアリスもまた、家康に権力者の大義を捨てろと迫った。
「問答は無用。源徳公、江戸城に魔王が居た。あれこそ七つの大罪。今こそ世界を守護する為にお立ち下さい」
「人の身で左様な物は背負えぬ」
にべもない。
「世界の存亡を賭けた真の戦いが迫っているのですよ」
「わしに兵を退けと申すか?」
「いいえ。一刻も早く江戸の魔王を倒し、ジ・アースを地獄の侵攻より守る戦を」
「坊主はこれだから困る。神魔は人の影、今はわしと彼奴らの戦ぞ」
家康は渋面を作り、小田原に集結する敵軍を見た。が、意見は容れた。源徳軍は世界平和の為に魔軍と戦う大義名分を掲げる。
京では、安祥神皇が関白の進言で新たな勅を出した。平織と武田に停戦を命じ、更に家康を世を乱す謀反人とした。家康は朝敵になったのだ。
25日。
源徳軍は小田原城攻めを開始。
「八王子軍勝利、江戸城が落ちたぞ〜!」
「平織軍、南信濃を破り、松本城に進撃!」
「江戸城の真上に次元門が出現、大量のデビルが溢れ出て来てるって‥」
「反新田軍が平井城を攻略!」
「上杉謙信が平織市と単独講和、共に甲斐に侵攻中です」
小田原に流言が乱れ飛んだ。殆ど源徳陣営が流したものだ。
「‥‥来た!」
リリアナ・シャーウッドは天守の上で飛びあがる。小田原城の各門に、一斉に源徳の部隊が取り付く。源徳の布陣には隙が無い。
「さすが、元持ち主ね」
リリアナは、一隊だけ、連携のとれてない敵部隊を発見した。大久保残党である。
矢倉の一つを稲妻が貫通。ルメリア・アドミナルのライトニングサンダーボルトだ、1km先まで貫く。実際の効果は狭いが、当たれば即死。雷光が櫓や城門の兵が焼き払うのを見て、マグナ・アドミラルは弓兵を下げさせた。
「突破口を開きます」
続いてエル・カルデアのグラビティキャノン。500m先から城門に重力波を叩きこむ。城兵は生きた心地がしなかったが、小田原城の城壁と門は超魔法によく耐えた。
「信じられない」
ロッド・エルメロイは絶句。家康は魔法部隊に、小田原城と江戸城は魔法戦にも強いと説明した。ロッドは疑念を抱きつつ、煙幕ドームで城側の視界を奪う。
「ジャパンにこんな城を作れる者がいたの?」
透視を使ったフレイア・ケリンは唸った。壁が巧妙に配置され、中が見通せない。高い魔法防御力といい、高度な精霊魔法知識を持った者の設計だ。
「ほっほっほっ、どっちでも構わぬのじゃが、今日はこっちで仕事をするかの」
城内で小丹は弓を構えた。視線の先にはカイザード。矢にはトマスの毒が塗ってある。源徳兵を仕留めた後で、誰も小丹を疑っていない。首筋を狙い、必殺の矢を放つ。
「運が無いのう」
小丹の矢は結界に阻まれた。シヴァ・アル・アジットの進言で遊撃隊に配置された僧侶の魔法だ。小は城門から飛び降りる。
「参謀殿、謹慎中じゃ無かったか?」
「お屋形様は勝手なもの、俺の都合は聞かぬくせに休ませてくれん。伊豆は?」
竜胆零の問いに、カイザードは仏頂面だ。
「北条があれだろ。伊豆も心底源徳についちゃいない。あと一押しが欲しいね」
「ふむ‥‥今だ、エスト!」
エストは地の超魔法を発動、ストーン超越。最前線の源徳兵が石化していく。
「撃て!」
ここぞとばかり、マグナは武田の弓兵に一斉射撃を命じる。
「冒険者を狙いなさい、装備が派手だから分かりやすいでしょう」
九紋竜桃化も指揮する武田弓隊に指示を飛ばす。
「がぁ、こっちも負けるな!」
源徳弓隊の一つを預かった鷲尾天斗は必死に応戦するが、内と外の差は大きい。鷲尾の隊が崩れたが、これは偽装だ。
「小癪な‥‥騎馬隊を出すぞ!」
(「‥‥今だっ」)
武田足軽に化けた各務蒼馬は、山県昌景に向って飛び出す。殺気に気づき、山県は寸前で避けた。
「外したっ!?」
各務の姿は微塵隠れで消えた。
「迷わず逃げを打つか、手錬れよ」
山県が襲われたと聞いて、磯城弥魁厳は土下座した。魁厳は城中城外に活動範囲を広げ、働き過ぎで目が行き届かない。
「石像と死体を私の所に運んで」
源徳本陣でフィーネ・オレアリスは忙しく治療を続けた。神島屋七之助の石化を中和する。前線の術師は戦士より損耗も激しい。フィーネは蘇生の奇跡を使えるが、治せない場合も多い。ニセ・アンリィが運んできた胴体が割れた石像に、フィーネは首を振る。
「前に出れば、もっと助けられます」
「駄目ダ。フィーネ殿と殿様は戦の要だゼ」
源徳本陣は超魔法も届かない後方。結界と、堅固な陣屋に守られている。
「いかん、軍を下げよ」
新田軍は結局上州に戻らず、源徳軍を包囲する動きを見せた。挟撃を危惧した家康は一時後退。大久保残党はこの戦で死兵の如く戦い、全滅する。
義貞は小田原城に入り、信玄のもとに、雪で遅れた上杉軍が河村城に攻撃されたとの知らせが届く。北条の調略で寝返った河村城を落とし、謙信が小田原城に入ったのは12月末。連合軍は揃ったが、源徳軍の超魔法を思い知った武田は追撃に慎重。上州が心配な義貞は一度前橋に帰還。金山勢は留守を守る新田、真田勢に敗北し、太田に撤退した。
消耗戦を恐れる家康は何度も野戦を誘うが武田は籠城し、家康も力攻めは出来ず、小競り合いはあるものの、両軍は小田原で対峙したまま季節は春を迎える。