【武田軍談】思案のしどころ

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:13 G 3 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月03日〜04月10日

リプレイ公開日:2009年07月04日

●オープニング

 神聖暦一千四年3月。ジャパン小田原。

 三河の源徳家康が小田原を攻めてから三月が経過した。
 昨年末、国境を越えて侵攻した三河伊豆駿河の三軍に対し、小田原を守る武田信玄は盟友である伊達、上杉、新田に救援を要請。
 緒戦で極大魔法の破壊力に圧された武田軍は小田原城に籠城し、攻める家康も自身が作った巨城を攻めあぐねていた。

 その間にも、世界は大きく動いている。
 尾張では信濃を攻めていた平織市が前藩主虎長を魔王であると告発し、平織家を二分する内紛が発生。また西国では出雲を本拠とするイザナミの黄泉軍が大軍による京都侵攻を開始し、関白藤豊秀吉は大規模な神皇軍を召集した。
 関東でも安房の里見義堯による伊達領下総侵攻や八王子の源徳長千代軍による度々の江戸城襲撃、上州金山の決起など戦火が拡大。この関東の混乱を好機と見た奥州鬼の総領、悪路王は配下の鬼王に南下を命ずるなど状況は混迷の一途である。
 更に、それまで水面下に囁かれていた悪魔の活動も顕著である。地獄の侵攻に呼応するように起きた京都襲撃では東寺が焼失した。先の虎長の魔王騒動の他、江戸城に潜むマモン、或いはマンモンと呼ばれる魔王の存在が囁かれ、冒険者の知らせを受けた家康は伊達を地獄の軍勢に加担する魔軍と断じた。
 大小様々な異変の種は尽きず、数年前ならば世間を揺るがしたであろう大事件も野に埋もれる程である。


 源徳軍に囲まれた小田原城は孤立した状況にある。だが源徳軍の海上封鎖は不十分であるなど、外部との完全遮断は成功しているとは言い難い。
 武田忍軍の者がカイザード・フォーリア(ea3693)に繋ぎをつけたのは三月も終わりの頃だ。
「お屋形様は小田原城に居ながら、今も全国の知らせを受けています」
「ならばご存じのはずだな。国難に際し、今は諸侯の戦を論じている時ではない」
 この時、カイザードは京都北部の神皇軍とイザナミの決戦に参加していた。
「他でもない。その事でござります」
 伊勢誠一、シオン・アークライトなどが江戸城に京都への援軍要請を行った。この時点で定かではないが、武田の見立てでは伊達政宗はこの話を受けるようだ。忍びの話によれば、伊達政宗は遅れている上杉と新田の会談に、武田も加えた四公会談を準備していたらしいが‥。
「これを八王子と里見が見過ごすとは思えませぬ。また、長の滞陣に焦れた家康も攻勢をかけて参りましょう。何卒、小田原に出仕を願いたく」
「この時期にか」
 信玄の意向では、冒険者も連れて来るようにと。所属は問わない。
 武田の政策軍略から籠城戦の助働きに至るまで、猫の手も借りたいという。

 さて、どうなるか。

●今回の参加者

 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3853 ドナトゥース・フォーリア(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea6855 エスト・エストリア(21歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)
 eb4598 御多々良 岩鉄斎(63歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb7679 水上 銀(40歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

音羽 朧(ea5858)/ フィリッパ・オーギュスト(eb1004

●リプレイ本文

 ジャパン相模、小田原城。
 昨秋に三河を進発した源徳家康は駿河の北条、伊豆を併呑して武田信玄の守る小田原に侵入した。以来、数か月に及ぶ小田原戦は未だ決着を見ていない。

 小田原城は源徳軍の重包囲下にある。
 江戸で武田忍軍と合流したカイザード・フォーリア(ea3693)と仲間達は海路を選択、廻船を装って城へ接近した。
「じゃがカイザード、京都行きの廻船ならば戦火の小田原は避けて下田へ向かうのではないか?」
「それは伊達殿が何とかする」
 ジャイアント侍の御多々良岩鉄斎(eb4598)の懸念に、武田の黒騎士の答えは簡素だった。
「容易く言うてくれる」
 黒騎士から相談を受けた伊達の水主衆は困り、この話は黒脛巾にまで届く。不問を条件に伊達忍軍も協力した。
「並みの者なら造作は無いが、貴殿らは目立つ。お姿を変えて頂こう」
「変装ですか〜?」
 長耳を触りながら尋ねるエスト・エストリア(ea6855)に小頭は笑みを返す。
「いいや、口の聞かぬ荷に化けてもらう」
「‥‥え?」
 五人は魔法で樽や長櫃に変身させられた。その上で廻船の持ち主である商人や忍び衆など、様々な助けを借り、五人は無血で城内に入る。

「置物になられたそうな」
「ばれたら敵中突破の腹積もりでござったが、事無きを得ました」
 変身が切れた五人は身支度し、近習の曽根昌世の案内で武田信玄と対面する。信玄は長の籠城で痩せていた。まずカイザードが仲間達を紹介する。水上銀(eb7679)は歴とした尾張藩の武将だが、一介の冒険者と名乗った。包囲を潜り抜けた冒険者達を労う信玄に、早速進言した美丈夫が居る。エジプト戦士のドナトゥース・フォーリア(ea3853)だ。
「諸国で戦が続き、悪は蔓延り、ますます世は乱れて天下の民は疲弊してます。戦も大事ですが、農民は泣いている」
 ドナトゥースの演説に、信玄の脇に控える武田の重臣達は鼻白む。
「事実から目は反らせぬ。して戦士殿、良き思案がおありか?」
「戦を止めるか勝利するが上策でしょう。だけど俺にそこまでの策は無いですねー」
 剽悍な戦士は、民のために安全地帯を作る事を進言した。現在、関東の諸侯はどこも兵を集めるのに必死だ。その中で、武力を保持しつつ中立となりうる勢力として、ドナトゥースは香取、鹿島の両神宮を挙げた。
「彼奴らは八王子に呼応していたのではなかったか?」
「一時、香取の神人は源徳長千代に味方しましたが、今は中立と聞き及びます」
 武田が安全な中立地帯の設立に尽力すれば、風評も得られると説明する。
「どう思うか?」
「小田原の民がそうそう常陸下総まで逃散するとは思えませぬ。下総の後藤信康殿に相談されるが宜しかろうと存ずるが‥」
 武田の重臣は同盟国とは言え、他藩の事に言葉を濁した。
「里見は下総で焼き討ちしましたしねー。それも戦の道理ですが、苦しむのは何時も農民です。確かに、こいつは戦の利にはならんですが、お願いします」
 伏して頼むドナトゥースに、何人かの重臣は表情を崩した。冒険者らしいと思ったのだろう。意外な事に信玄はこの嘆願を聞き入れ、その場で神官宛の書状を書いた。
「でもさ、信濃には諏訪大社があるじゃないか。よその神様に頼んだりしてもいいのかい?」
 さりげなく水上が突っ込む。
「特に困らぬな」
「あんたも坊主だろうに。拘らないねぇ。‥‥まあ、民の為に動く気があるなら、こっちも話しやすいけどさ」
 銀は岩鉄斎と目線を交え、二人は信玄の前に進み出た。
「単刀直入に言おう。源徳家康に和議の使者を送るのじゃ」
 予想外な話ではない。案としては武田でも検討している。問題は安祥神皇と関白秀吉に逆らってまで遠征を続ける家康と、どう交渉するかだ。
「この城を守り通すことが大前提じゃが、家康とて永遠には戦えん。小田原が越えられねば、必ずや和議に応じる」
 可能性はあるだろう。だが別の選択肢も在る。
「時流が変わった。イザナミの脅威、悪魔の侵攻、平織家の内紛‥‥今なら全ての諸悪をデビルと化生に押し付け、この戦乱を終わらせることが出来るのじゃ」
 山陰山陽を飲み込んだイザナミの軍事力は事実上、ジャパン最大。さらに外には世界全土を巻き込むデビルとの大戦争があり、内側では畿内中部の覇者平織家が真っ二つに割れてしまった。
 早急に東国の戦を収めてイザナミや平織に当たる、それはジャパンの暗黒時代を阻止する唯一の大義にも思える。
「そういう事さね。武田を守りたいなら、どんな形でも良いから休戦に持ち込むのを勧めるよ。そうなれば、家康はもう立ち上がれないし、京に援軍も送れる。今のままだと、斃れるのは源徳だけじゃ済まないよ」
 銀は飄々と語った。当事者たる水上は、岐阜で起きている事が内紛等という生易しいものでない事を知る。その胸中は複雑だ。
「そおですよぉ。ここが落ちると江戸も危ないですし〜。守りを固めて相手が諦めてくれたら被害も少なくて済みますし〜♪」
 と言ってエストは微笑する。
「その方も和議に賛成か」
「いいえ、私はその〜、錬金術師としてぇ、この城を守るお役に立てるかなぁ〜と♪」
 ボケボケしたこの少女は、稀代の錬金術師。セージを目指し、魔法の専門家でもあるエストは心強い味方だ。
「ではカイザード、お主の意見は?」
「おおよそは、御多々良殿と同じですな。今の天下を見て国難を思わぬ者は居りますまい。武田が国難に対処する様、世間に見せねばなりませぬ。小田原を抜かれて国難を広げる不様などは論外にござる」
 源徳家壊滅は不可能ではないが、もっと大きな問題がある現状では優先順位が重要。後はくれぐれも足元をすくわれぬこと。
「良くぞ申してくれた。お主達の言葉、この信玄疎かにはせぬ」
 使番が源徳方の攻撃を知らせて、会議はひとまず終了した。
 冒険者達は別室に案内された。休むよう言われたが、ドナトゥースはすぐに城を出るつもりでいた。
「出陣する部隊はどこかねぇ」
「このまま下総まで行くつもりか?」
「鹿島と香取と、それに江戸城の政宗公に千葉の信康殿にも合わなくちゃいけないからねー。ギリギリかなぁ‥‥実は俺、ニンジャーになりたいんだよね。諜報で役に立つ所を証明したいし、時間が惜しいのさ」
 無理っぽい目標設定だ。カイザードは諦めた。
 ドナトゥースが出た後、エストは城の防御担当に引きあわされる。
「では〜、まず、お手軽簡単に石垣を補修する方法ですね〜♪」
 エストは木板や泥で石材や石盾を模したものを用意して貰うと、彼女の周りにそれを並べてストーンを唱えた。石化魔法による即席石材作り。
「ストーンは中和可能ですから、数を用意しておきますね〜♪」
 この作業を繰り返しつつ、エストは専門家として将兵に魔法への対処法を教えた。
「いいですか〜、魔法は弓と同じで決まった射程があります〜。雷系はとんでもないですけどぉ、石の壁や盾で防げるんですね〜。ここポイントですよ〜♪」
 既に極大魔法戦を経験していた兵士達は、良い生徒だった。彼らには体験があるものの、きちんとした魔法知識は無い。この差をエストは埋めてくれる。
「どうして他の皆さんに聞かないんですか〜?」
「あいつら、精霊魔法は秘伝だとか言って細かい事はあんまり教えてくれねーんだ」
 源徳軍に比べるとかなり少ないが、武田軍にも協力する志士や陰陽師は存在する。精霊魔法に敏感なのは、お国事情という奴だ。異国人であるエストの行動はある程度黙認されるが。
「あ、そう言えば私も志士さんでしたね〜、まあ気にしない方向で〜♪」
 城中を見回ったエストは、改めて感心した。ジャパンは精霊魔法に未対応の城が多いが、例外も在る。ノルマン戦争を体験した秀吉の建てた大阪城や謎多き江戸城‥‥この城もその一つのようだ。
「最新の錬金術を加えたらどうなるかしら〜、目指せ和製ギリシャの火です〜」
 エストは所謂火炎放射器を作ろうと試したが、早々に断念した。漠然とした理論はあったが、製作技術の無い彼女では職人任せになり、時間が掛かり過ぎる。後で聞いた話では、試作機が一つ完成したらしい。

 小田原城を出たドナトゥースは源徳の陣屋に捕えられていた。
「二枚目過ぎるのも考えものかねー」
「お主、冒険者じゃな。此度の依頼主は武田か伊達か? 仔細を素直に申せば、命は助けてやらぬでもないぞ」
 捕まったのは酒井忠次の部隊で、冒険者に慣れた忠次は自ら尋問した。
「ニンジャーの口は固いんだよ」
「言わぬか。であろうな」
 ドナトゥースはぞっとした。復活出来ぬよう念入りに殺されるのは痛いに違いない。彼には夢がある。
「ま、待て」
「では待つ」
「‥‥やっぱり言わねー」
 死は覚悟した。けれど酒井は彼を押し込めるに留めた。書状は奪われ、ドナトゥースは数日後に放免された。

 小田原城内。
 戦闘が小休止となった所で、振袖姿の水上が茶席を設けた。城内に籠って戦続きの将兵らに一服持て成そうというのだ。
「見違えたな」
「ほぉ、馬子にも衣装というが‥」
 戦場往来の男達の物言いに、花模様の白い振袖を着た銀は片膝を立てて啖呵を切りたいのを堪える。
「今は味方だから、勘弁しとくよ」
 正直、茶道はそれほど得手ではないが、茶筅の魔力か、客達は一様に満足した様子。春の香と、用意して貰った草花が良い雰囲気を作っていた。
「小田原にはまだ戦の花が咲くのかい?」
 花を見つつ、呟いた銀の声音に同席した隻眼の男が眼を細めた。
「‥‥命の花が幾ら散っても、綺麗とは思えないんだけどね」
「ふふふ」
「可笑しいかい」
 微笑を浮かべた隻眼の男は、硝子のような眼を銀に向ける。
「散れば終わる。草木も人も同じだが、主観一つで思いは変わる。それを不思議と思ったまで‥‥時に、南信の一件はおかげで良き方向に進んだが」
 不意に話題を変えられ、銀は驚く。
「現当主と和するは必然、なればこの先、万花が散るも必定。さても、思案どころにござるな」
 思案顔で隻眼を伏せた男は、用心深い銀の眼光に気づいて頭を掻いた。
「失礼仕った」
 後日、銀の勧めを受けた信玄は平織市に南信濃の休戦交渉を持ちかける。銀の予想通り、お市は前向きに応じた。信玄と市の利害はこの時、一致していた。だが両者に遺恨があり、前に進めなかった。銀が小田原に来た事で両家の背中を押した。
「千人分の働きですよ」
 平織市派との交渉が進む事にカイザードは上機嫌だ。これで南信の憂いが消えれば、源徳の本拠である三河遠江を十分に牽制できるのだ。
「礼を言われる筋じゃないよ。あたしは一冒険者として、南信濃の捕虜達が可哀想だっただけさ」
「なんのなんの」
 銀は胸にひっかかりを感じた。良い目は出たが。
「状況が進めば、不安も増すか。何事にも裏はあるものじゃが。‥‥知っておるか、天界にも武田信玄や上杉謙信が居ったという話を」
 茶を飲みながら話す岩鉄斎は、少し前までアトランティスに居た。一時は絶望したが、無事帰還を果たした今はこうして土産話にもなる。
「天界の話は面白いが、別の世界の別の地球というのは、理解の範疇を超える」
「右に同じ、かな」
 カイザード達の反応に岩鉄斎も頷く。実際に摩訶不思議な天界道具を見た彼でさえ、『地球』は未知の世界だ。
「ではウィルとメイの話をしよう。わしがこの目で見てきた国じゃからな」
 思い出話の中で岩鉄斎はウイルのフォロ家がフォロ城を次の選王に貸し出して優位にたった話を混ぜた。
「他の者にも話したのか?」
「うむ。ジャパンにも似たような話はあると思ってのう。そう言えば噂では、関白は天界の研究にも執心らしいの」
 大義名分の策の為に武田の政務担当を回り、また小田原の防空強化の為に防御担当とも話しているらしい。カイザードも舌を巻く。
「よく働く。細かい所まで気がつくと感心していたぞ、ただの鍛冶屋ではないな」
「わしから見れば、参謀殿の八面六臂には及ばん」
 カイザードは入場の手筈から京都の救援に向かう伊達家との交渉、更に伊達の京都行動への献策に、小田原城の防衛強化、源徳の背後を脅かすべく上杉新田との交渉、それに伴う信濃の国人衆の説得‥‥等々、各方面に手を伸ばした。
「とても手が足りぬのだ」
 それが今、何故茶を飲んでいるかと言えば、あまりに働き過ぎるので信玄に休みを与えられた。
「それほど多くを一人で出来るはずがあるまい」
「なれば人を使って‥‥」
「カイザード、いつからお主は信玄になった。良いから今は休め」
 茶をすすりつつ、愚痴をこぼす黒騎士に付き合う銀と岩鉄斎。
「折角京都へ支援物資を運んできたというのに、伊達殿への献策も山積み‥‥今、休めとはお屋形様も国難を理解しておらぬ。八王子や水戸、里見、毛州勢力との交渉は誰が担当しているのか一言助言せねば‥‥ぶつぶつ」
 カイザードは城中の生活を雑務と各方面の調整で過ごした。帰還の際には再び武田と伊達の忍者の力を借りて無事江戸に生還する。
「俺の仕事は送り迎えだけだったのか‥‥」
「そんな事は無いと思うが」
 無粋だが、結果を記せば‥‥五人の行動は小田原の戦に多くの影響を与えた。それは当人達が思ったよりも。


 そして時は過ぎ、決戦は夏。