●リプレイ本文
●コカトリスの石化
9人の冒険者が街道を行く。
先頭を歩くパラが調子外れの歌声を響かせている。
「こんどのあいてはコカトリス〜。石になってもパラはパラ〜。ならなくたってパラはパラ〜」
ボルジャー・タックワイズ(ea3970)は上機嫌だ。すれ違う通行人の奇異の視線も全く気にしない。
「面白い男だな、師匠殿は」
そうエルフのマナウス・ドラッケン(ea0021)に言われ、水野伊堵(ea0370)は一瞬後悔が頭を過ぎった。
「‥‥面白いどころか」
伊堵は前回の依頼の後にボルジャーに弟子入りしたのだが、付いていけない所もあるのは確か。先程も伊堵はパラパラソングを一緒に歌わされ、言い様のない気持ちを味わった。
「だけど腕は確かだって話だ」
フォローしたのは彼らの前を歩いていたリ・ル(ea3888)。
「度胸もある。この依頼、あそこまで脳天気にはなれねぇよ‥‥」
リ・ルは出発前にコカトリスについて依頼主に尋ねていた。
「なんだそりゃ?」
依頼人が提示した情報料は、なんと依頼料より高かった。呆れて戻ると、クレリックのイルダーナフ・ビューコック(ea3579)がギルドで情報を仕入れていた。
「情報提供の即席依頼だ。今、ギルドでコカトリスに詳しいやついねぇか?」
ギルドの受付でイルダーナフは銅貨の入った袋を出したそうだ。
そこで得た情報は、イルダーナフと彼の仲間達を暗澹とさせた。
「俺も又聞きの話だが‥‥なんでもコカトリスの石化は解毒の魔法じゃあ治せないらしい」
「‥‥駄目だこりゃ」
石化したら、その場で治す術が無い。それがどれ程のリスクか、言うまでも無かった。
「クッ‥‥お互い運が無かったな。爺さんの道楽で殺される鶏も、その依頼を受けた俺達も」
話を聞いて、イグニス・ヴァリアント(ea4202)は淡々と呟いた。相手の事を知らず受けたとしても、一度受けた依頼はこなすのが冒険者だ。故に危険を冒す者。
そんな状況で鼻歌をうたえるボルジャーは、偉人とまでは言わずとも異人。恐れ知らずのパラに導かれ、9人は魔獣の棲む山へと向った。
●道中
「しかし、依頼人が協力的でないのも困ったものですね」
夜枝月奏(ea4319)は依頼人に罠用の生き餌の提供を頼んで断られていた。おかげで仲間達が野営の準備をしている間に何か動物を取ってこなくてはならない。
「仕方ありませんよ、今回は差し迫った危険がある訳では無いですし‥‥」
リート・ユヴェール(ea0497)は夜枝月に同行する。というより、夜枝月は狩猟知識が乏しいから成果はレンジャーで狩人のリート次第なのだが。
「なるほど。これが村を襲ったオーガ退治なら下にも置かない歓待ぶりですからね」
リートの説明に奏は得心したようだ。二人ともイギリスでは異国人だから、その手の機微には敏感だ。‥‥全く気にしない者もいるが。
「まだまだ!」
道中、タックワイズとリ・ルはコカトリス戦を想定して稽古を行った。
最初は棒切れを使っていたがいつの間にか真剣になり、度々イルダーナフがリカバーをかける事になった。
「もう一本!」
棒切れの時は敏捷に優るボルジャーが7割がた勝ったが、真剣になるとリ・ルが優勢になった。それが納得のいかないパラに、リ・ルは頭を掻く。
「ラーサ、おぬしの剣を借りていいか?」
「ああ、いいさ。見物代だと思って好きに使えよ」
ラーサ・カーディアル(ea0753)は腰の長剣を放った。地面に刺さったそれを抜き、リ・ルはボルジャーに渡す。ボルジャーが小剣の代わりに長剣を持つと、今度はリ・ルが劣勢になった。
「まっ‥‥対人戦闘ってな戦術次第だからな。盾を使う手もあるし、魔法も絡むと複雑さ」
「それは負け惜しみ?」
伊堵の突っ込みにリ・ルの眉が跳ね上がる。
「負けちゃいねぇ! 剣捌きは俺が上だ‥‥って、そんなこと競う為にやってんじゃねえ!」
目的を思い出して体を起こすリ・ル。
その後の二人の攻防は、後に彼らがコカトリスとどう戦ったかをその場に居なかった者達にも知らせるものだった。所でリ・ルはボルジャーに最も適した戦法は教えていない。戦士の成長を束縛する事を嫌ったのか。それとも。
「終わったか? だったら年寄りは先に休ませて貰おうかな」
イルダーナフは見張りを若者達に任せて先に眠った。‥余談だが、彼は余剰食糧を常より沢山用意していた。必要なら一日分10Cで売る算段だったが、意外にも(?)今回は全員が十分な保存食を持ってきていたのでその心配は杞憂に済む。
●夜間戦闘
奇妙な鳴声が近づく。
「何だ、この音は?」
深夜のこと、見張りのあいだ手持ちの短刀に細工をしていたマナウスは耳を澄ませた。夜枝月とリートも同じく周囲の闇に注意を向ける。
「鳥みたいな‥‥初めて聞きます‥‥」
短弓を引き寄せてリートは明りの外側を見据える。
闇に、一斉に幾つもの不気味な人の顔が浮かんだ。空中で奇怪な面どもはぞろりと牙を生やした口を開けて笑っている。
「こわっ‥‥怪物め!」
マナウスはダガーを顔にめがけて投げておいて、寝ている仲間を叩き起こしにかかった。
チョンチョン、チョンチョン‥‥。
鳴声をあげて怪物は宙を飛んだ。よく見ると顔から極彩色の羽が生えている。チョンチョンという魔獣だが、冒険者達には分からない。
「ぎゃあああ」
目覚めた途端、牙だらけの口に顔面を噛まれて悲鳴をあげるリ・ル。
「動くなよっ」
ナイフが刺さり、リ・ルから離れる人面蝶。
「あ、あた‥あた」
ナイフの先が当たった眉間から血を流すリ・ル。
「大丈夫。糸をつけてあるからなっ」
そういう問題では無いが‥投げたマナウスは平静そのもの。夜枝月も両手からダーツを投げ放ち、寝ている仲間に噛み付こうとするチョンチョンを追い立てた。リートも次々と弓を撃つ。仲間達が起きて剣を取り、数分で10体のチョンチョンは全て地に落ちた。
「無事ですか?」
無傷の者はいない。初動が良かったから追い払えたが、危ない所だった。
●山の上のコカトリス
山頂近くで廃墟を発見した冒険者達はあれが目的地と検討をつけて準備を始めた。
夜枝月は血の匂いで誘き寄せようと野兎の身を裂いて入口近くに置いた。リ・ルはチョンチョンの死体に油をかけて焼く。
「‥‥ま、どうせタダ酒だ。無駄なら無駄でいいさ」
イグニスは発泡酒を器に移して並べられた餌の隣に置く。
そうして準備しておいて冒険者達は離れた場所に待機した。
「出てきてくれるでしょうか」
リートは小石を拾い、入口に向って投げる。
「さあな。コカトリスの好みなんて分からないし‥‥やってみるしかない」
同じく入口を見張りつつ、ラーサは言った。コカトリスはオーガ等と違ってどこにでもいるモンスターでは無いので知る者は少ない。ましてや触れた物を石に変える魔獣の餌など検討もつかない。
「これが餌なんですか?」
リートは手にもった小石を見つめた。
「まさかな。案外、風聞なんていい加減で、そうそう石化なんてしないのかもな‥」
無論、希望的観測は禁物だが。
暫く待ったが成果が無く、冒険者達は遺跡に乗り込む事を決める。
探索班としてリ・ルとボルジャー、それに夜枝月の三人が選ばれた。残る仲間達は入口で彼らの連絡を待つ。彼らには既に作戦があった。
「若いの、自愛しろよ。そうすりゃ幸運の女神様もついてくる」
イルダーナフは三人にグッドラックをかけて送り出した。
暫くして、息を切らせた夜枝月が一人で入口に戻った。
「コカトリスです! いま、二人が此方へ誘導を‥‥」
「速ぇぇ! だが‥‥当たるかよ!」
嘴を突き出して攻撃するコカトリスの猛攻を、リ・ルは両手のダガーとナイフで懸命に捌いた。
GUA、GUA!
コカトリスは体長50cm程、思ったより小柄で、かつ素早いので気をつけなくては熟練の戦士でも不意を討たれる所だ。だが驚くべきはリ・ルにある。彼は二刀で下半身に集中される魔獣の攻撃を全て捌いていた。もし彼がいつもの長剣を使っていれば、最初の三連撃で命運は尽きていたろう。
「このまま、入口まで‥‥」
ギャッ。
「ボルジャー!」
コカトリスは二匹、もう一方はボルジャーが相手していた。彼もリ・ルも全力で後退したいのだが、魔獣は馬並の移動力を持っているので背中を向けて逃げれば確実にやられる。結果、じりじりと後退するしかない状況だった。
「‥‥ドジ、踏んじゃった」
パラも並外れた身体能力でコカトリスの攻撃を躱し続けたが、限界がきた。一撃がカスって僅かに動きが鈍り、二撃目を受けた足が鉛の如く重くなる。‥‥傷跡から徐々に感覚が消失していく、石化だ。
「パッラッパパッパ!!」
後退を止め、受けを捨てたボルジャーの小剣がコカトリスを打つ。
「おいらが石になるか、おまえを先にやっつけるか‥勝負だ!!」
「しゃぁねぇ‥‥か」
リ・ルも腹を決める。さすがの彼も、コカトリス二体の猛攻を凌ぐ自信は無い。
「‥‥遅すぎる」
入口の両脇でラーサとイグニスは、ロープの端を掴んでコカトリスが出てくるのを待った。しかし、10分が過ぎても魔獣もリ・ル達も現れない。
「二人とも逃げ切れずに石像に‥‥惜しい人達を亡くしました」
15分が経ち、不吉なことを伊堵が呟く。
そのあと話し合って、残る全員で遺跡に入った。
途中、遺跡の中に大鼠がいたが排除して進む。
「おーい、何してる?」
「糸が切れた‥‥ちょっと待っててくれ」
鼠を追い払うのにダガーを投げたマナウスは短刀を探す際に兜を見つける。持主の方はもう砕けてどうにもならない様子だったので、彼は見知らぬ人の遺品を持ち帰る。
そして冒険者達は通路上で仲間二人の石像を発見した。
「‥‥さすがです」
その足元には息絶えた二匹の魔獣の姿があった。
●石化
予想通りというか、イルダーナフのアンチドートは効き目が無く、近くの村で荷車を借りた冒険者達は二人の石像を運んでキャメロットに急いだ。
「おお、これがコカトリスか!」
依頼人はコカトリスの死体を大喜びで受け取る。
「そいつを取る為に、仲間が石化した」
「‥‥治せん事も無いぞ」
意外な事を口にする依頼人。
「ワシに任せるなら、じゃがな」
他に頼る者もなく、一も二もなく冒険者達は荷車から二人を担いで依頼人に渡した。
「そーっと置くのじゃ。大事な所がポッキリいってしまえば、それまでじゃからのぉ」
石像を作業台のような所に寝かせると、老人は傍らに用意されたコカトリスの首をナイフで刎ねた。魔獣の血が石像に降り懸かる。すると血が触れた所から徐々に肌の色を取り戻していく。
「これで大丈夫じゃ」
老人はそう言うと、石化が解けかかったリ・ルの懐を弄り始めた。
「‥‥これだけか? 最近の冒険者はしけておるのぉ」
不平をこぼしつつ、皮袋の財布から硬貨を掴み出す。
「な、何を?」
「決まっておろう。情報料の代価を頂いておるのじゃ。わしがコカトリスの情報を買うのに幾ら使ったと思っておるのじゃ。それをこの小僧め、タダで教えろ等と‥‥仕方ない、幾らにもならんがナイフも貰ってやるとするかの」
「んー、んー‥‥」
まだ動けないリ・ルがあげる抗議の呻きを無視し、ナイフを毟り取る老人。
「何を喚いておる。貴様ら、コカトリスを倒したのじゃから幾らか宝も手に入れたのじゃろ。些細な出費を惜しんでは出世できんぞ」
授業料を払っただけの見返りはあったか。
ともあれ、冒険者達は難関を潜り抜けて無事に生還した。