【源徳大遠征】関東決戦<陽>・序

■イベントシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:70人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月09日〜07月09日

リプレイ公開日:2009年07月18日

●オープニング

神聖暦一千四年七月。
ジャパン、小田原。

 世界の果て、地の底で、地獄の大軍勢と三界の勇者がまさに決戦を迎えていた頃、
 ジ・アースの極東、ジャパンの東国では一人の武将が、最後の攻撃を決意した。

「小田原城に総攻撃をかけよ」
「殿、浅慮はなりませぬぞ」
 武田信玄の守る小田原城を包囲した源徳家康は、しかし動けずに居た。

 当初、家康は小田原城を短期決戦で抜くつもりで居たようだ。また、それが叶わぬ時は駿河遠江に敵を引き込む算段だったろう。
 家康は武田信玄が小田原城で頑なに籠城し続けた事で、時を浪費した。
 その間に世界は激動する。

 イザナミの脅威が京都に迫り、関白秀吉は神皇軍を率いて戦った。江戸城の伊達政宗が月道を使って伊達軍を京都に送った時でさえ、家康は動けなかった。

 平織家の内紛により平織市との暗黙の共闘関係が消滅し、更にイザナミやデビルによる未曾有の国難を思えば一時停戦も止むを得ない‥‥そんな空気も、源徳家中には流れていたが。
 突如として家康は総攻撃を決める。
「義堯に急使を送る。総攻めじゃ、我らと同時に里見が下総伊達へ襲いかかれば、江戸の政宗は何も出来ぬ」
 両面総攻撃で、小田原と下総の一方でも落ちれば江戸への道が開く。
 伊達政宗は京都の朝廷に接近するため、伊達軍の一部を今も都に派遣したままだった。江戸の守備力は落ちている。
 慎重と言われる家康には似ない強攻策だが、一向に出てこない武田を相手に小競り合いを繰り返し、焦れていた三河武士は奮い立った。

「何故、家康はこの時期に?」
「大狸の考える事は分からん‥‥だが、どんな理由があろうと一人の大名の事情だ、そんな物のためにこの世界は動く。気に入らんなぁ」
 源徳軍の北条早雲は不愉快そうに空を見上げた。北条軍は源徳軍の支配下にある、北条兵は動くしか無いが。

「ふふふ‥‥家康が決心したか。喜べ猛者共よ、いよいよワシの時代がやって来たぞ。存分に手柄を立てよ、ワシは江戸を解放して覇者となる。城持ちをとった者には城を与えようぞ、大名首を得た者は大名じゃ!」
 安房の里見義堯は歓喜した。源徳に代わって江戸奪還を果たすつもりの野心家は、虎視眈々と漁夫の利を狙う。





●両軍の戦力比較
・源徳軍7500(源徳3200、北条1000、伊豆800、里見2500)
 長の滞陣と戦闘で源徳軍は減少。北条、伊豆は全兵力の約2/3が家康の命令で強制参加。
 他に八王子源徳軍1000、前ヶ崎反乱軍500等が在る。
 主な参加武将:源徳家康、酒井忠次、榊原康政、井伊直政、服部正成、北条早雲、里見義堯、里見義弘等。

・反源徳軍7000(武田2700、伊達1500、千葉伊達2800)
 武田軍は戦闘で減少、伊達軍は江戸の兵が減少したため、小田原に派遣した援軍の一部を江戸に戻している。
 他に江戸伊達3000、京都伊達1500、上州の新田軍2000、越後の上杉軍1500等が在る。
 主な参加武将:武田信玄、武田信繁、高坂昌信、山県昌景、馬場信春、留守政景、鬼庭綱元、小梁川盛宗、後藤信康、千葉常胤等。


 各軍の戦力内訳は約半分が足軽、四分の一が侍であり、その他は忍者や僧兵、冒険者等となる。各軍の特徴として源徳軍は志士陰陽師が多く、武田軍は騎馬武者が多い。新田は多年の反乱で鍛えられた古参兵が多く、江戸を領する伊達は譜代が少なく人材は豊富。里見は水軍が強く、千葉伊達は千葉軍と伊達軍の混成軍。

●今回の参加者

デュラン・ハイアット(ea0042)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ 限間 灯一(ea1488)/ 結城 友矩(ea2046)/ 西中島 導仁(ea2741)/ 李 雷龍(ea2756)/ クレア・エルスハイマー(ea2884)/ カイ・ローン(ea3054)/ 日向 大輝(ea3597)/ 七瀬 水穂(ea3744)/ 山本 建一(ea3891)/ ミリート・アーティア(ea6226)/ 神田 雄司(ea6476)/ トマス・ウェスト(ea8714)/ レイナス・フォルスティン(ea9885)/ 楊 飛瓏(ea9913)/ ラーバルト・バトルハンマー(eb0206)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ 綾辻 糸桜里(eb0762)/ 哉生 孤丈(eb1067)/ 将門 雅(eb1645)/ 久駕 狂征(eb1891)/ 飛葉 獅十郎(eb2008)/ 八城 兵衛(eb2196)/ 小 丹(eb2235)/ クーリア・デルファ(eb2244)/ フレイア・ケリン(eb2258)/ フィーナ・グリーン(eb2535)/ 静守 宗風(eb2585)/ アルディナル・カーレス(eb2658)/ 暮空 銅鑼美(eb2925)/ ジークリンデ・ケリン(eb3225)/ フレイ・フォーゲル(eb3227)/ 将門 司(eb3393)/ ケント・ローレル(eb3501)/ ネフィリム・フィルス(eb3503)/ フィーネ・オレアリス(eb3529)/ アレーナ・オレアリス(eb3532)/ レジー・エスペランサ(eb3556)/ アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)/ 鳳 令明(eb3759)/ クリューズ・カインフォード(eb3761)/ 葛城 丞乃輔(eb4001)/ グレイン・バストライド(eb4407)/ ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)/ アンリ・フィルス(eb4667)/ 飛葉 静馬(eb4754)/ シェリル・オレアリス(eb4803)/ 空間 明衣(eb4994)/ フォックス・ブリッド(eb5375)/ メグレズ・ファウンテン(eb5451)/ マイユ・リジス・セディン(eb5500)/ エセ・アンリィ(eb5757)/ ニセ・アンリィ(eb5758)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868)/ シーナ・オレアリス(eb7143)/ 鳴滝 風流斎(eb7152)/ 水上 銀(eb7679)/ リン・シュトラウス(eb7760)/ 尾上 彬(eb8664)/ アン・シュヴァリエ(ec0205)/ 大蔵 南洋(ec0244)/ アリサ・フランクリン(ec0274)/ 各務 蒼馬(ec3787)/ サイクザエラ・マイ(ec4873)/ リーリン・リッシュ(ec5146)/ カナード・ラズ(ec5148)/ ソペリエ・メハイエ(ec5570)/ 松桐 沢之丞(ec6241)/ 愛編 荒串明日(ec6720

●リプレイ本文

 神聖暦一千四年、七月上旬。
 梅雨の晴れ間の暑い日、京都の新撰組屯所を訪れたのは、馴染みの行商人。
「この手紙を、静守から預かったと」
 新撰組局長の近藤勇は、隊士を率いて洛外の死人憑き退治に出ていた。イザナミ戦からこっち、亡者狩りは日課だ。
「奴の言う通りだ。誠の志を示すには今を置いて他に無い」
 源徳家康は新撰組にとって主君。
 家康の最後の勝負、居ても居られぬ隊士は多い。
「駄目だ。新撰組の務めは都の守り。いつ帰れるか分からぬ東国の戦になど‥‥陛下の御心にも背く」
 副長の新見錦は反対した。芹沢鴨は鉄扇を弄び、
「行きたい奴は行けば良い。なあ近藤君」
「そうも行かぬでしょう。我らの立場は薄氷の上。新見君の懸念は正しい」
 静守宗風の援軍要請を新撰組上層部は黙殺。

「都もずいぶん空気が悪くなったんじゃねー?」
 久駕狂征は、京都で見かける伊達兵に渋面を作る。陰陽師として御所を訪れた久駕は関白に面会を求めた。
「俺に関東の戦を収める秘策があります」
「阿呆」
 下っ端役人が最高権力者においそれと会える訳もない。
「ほ、秘策とな。ここへ呼べ」
 落胆していた久駕が呼ばれた先は茶室。そこには関白秀吉と、数名の冒険者が居た。
「生意気な目をしておる。遠慮は要らぬぞ、策を話せ」
「じゃ言うぜ。家康が勅命に背いたってぇけど、朝廷の態度が原因だろぉ? 摂政だっつーの、それが襲われたってのに都のシカトぶりは鬼酷ぇぜ。しかも今度は伊達と手ぇ組もうってんじゃん。それって悪しき前例だよね」
 宮仕えとは思えぬ悪口雑言。
「ふむふむ、何か妙案は無いものかの」
「度量を見せるしかねーって。源徳にはあん時は悪かったって詫び入れて、互いの言い分をじっくり聞いた上で、双方の体面を保つ穏便な裁きを‥‥直ぐには無理っぽいけど、約束すればいいじゃん。で、とにかく停戦して京へ来い、国家の一大事だぞお前らーって‥‥どうよ?」
「天下の諸侯が、ヤクザの喧嘩と同等ですか」
 最後に、久駕は一言付け加えた。
「家康に味方する冒険者は、四公と藤豊に味方する者全部より多いんだぜ。この意味分かるよな?」


 小田原、源徳軍本陣。
 家康は決戦前に軍議を開き、冒険者の出席を許す。
「遠江の兵に国境を固めさせ、しかるに小田原城内と甲斐信濃に流言飛語を仕掛けて敵兵の動揺を誘うが上策」
「強襲は愚策と存ずる。兵糧焼討ちに成功した今だからこそ、徹底的に武田の補給線を締め上げて戦意を挫き、野戦に引き摺り出すが肝要」
 まず声をあげたのはクリューズ・カインフォードと飛葉獅十郎。聞かぬ名だと古参の冒険者は首を捻るが、両人とも武闘大会の常連で、房総の戦にも加わっていた。
「新撰組十一番隊の将門や。時間掛けて増援呼ばれるのはあかん、せやけど無理な仕掛けは思う壺や。余裕を見せるくらいの気構えやないとええ結果が出んで」
 力押しへの批判は少なからず出た。が、家康はこの件に関しては断固として方針を変えない。焦っているようにも見えた。
「陸堂殿はどう思われる?」
 家康の謀臣、本多正信が陸堂明士郎に促した。
「京都朝廷に疎まれながら、これだけの冒険者が集まった。大義は我らに在ります。ですが敵方に回った冒険者、少なくは無い。侮れば勝機を失う、冒険者と対する部隊を編成し、俺に指揮させてほしい」
 家康は大きく頷き、陸堂に兵四百を預けた。
「存念ある者は、臆さずこの場で殿に進言せよ。非礼は咎めぬ」
 冒険者の間からは様々な声が出た。
「ならば私が家康公に問おう。何故、この時期に仕掛けた?」
 と発言したのは、豪華なマントを翻したデュラン・ハイアット。
「デビルとの戦いが済むまで待て無かったのかと、世間の批判は覚悟の上か。それほどの勝機が、あるというのか?」
「悪魔と結託した伊達は今倒さねばならぬ敵だ。追い詰められた地獄の軍が江戸でその本性を現し、江戸城が魔物に占拠されたならば世界の危機である」
 江戸城には、月道がある。解放された月道は、地獄の軍勢に対処するための緊急措置として各国で利用されているが、月道都市が魔軍の手に落ちた場合はどうなるか。
「ふーむ、一大事であるな」
「わしは伊達を倒すのに如何なる犠牲も厭わぬ。わしの力が及ばず、倒れし時はこの屍を越えていくが良い」
 鬼気迫る。デュランは違和感が拭えない。
「殿の申すこと、この戦は地上における地獄戦じゃ。貴殿ら、地獄も恐れぬ英雄豪傑ならば、その手で小田原城を落とそうと言う者は居らぬのか」
 猛将で知られた榊原康政が冒険者達を叱咤する。
「この俺が信玄を倒してやるよ」
 カナード・ラズは信玄を狙う魔法狙撃部隊を提案した。
「たぶん魔法障壁はあるだろうけど、時間差で狙えば‥間隙を突けると思うんだ」
 家康はこの案を源徳軍に従う陰陽師に確かめた。
「無理です」
 陰陽師に即答され、カナードの案は消える。
「小田原攻略、私達にお任せ下さい」
 勇躍名乗り出たのはフレイア・ケリンとジークリンデ・ケリン。
 ケリン姉妹は今回、アンリ・フィルス、フォックス・ブリッド、ヴェニー・ブリッドらと魔法戦団を組んだ。
「明朝、総攻めを開始する。後退は無い。此度ばかりは小田原城を落とすか、源徳がこの地で果てるかの二つに一つと心得よ」
「応!」
 家康の苛烈な宣言に、居並ぶ三河武士は拳を突き上げて応えた。


 源徳軍は小田原城を四方から囲むように展開していた。
 半年にわたる両軍の戦いで、小田原の城下町は灰になり、源徳軍は長距離魔法の射程外に野戦陣地を築いていた。
 一斉攻撃に際し、まず狼煙をあげたのは小田原港だ。
 ヴェニーのストームを皮切りに、ジークリンデの放った巨大な花火が、朝靄の港を鮮やかに照らし出した。地震を起こし守備兵の混乱に拍車をかけ、雷撃、爆炎、竜巻、重力波と極大魔法を連発して破壊し尽くす。
「圧倒的だゼ〜」
 ニセ・アンリィは感嘆して口笛を吹き、不意にバランスを崩した。リトルフライの作用だ。空中でない分、マシだが浮力は消えず、安定しない。
「油断は禁物ぞ。我らがこの戦の要と心得え候」
 ニセの師匠、アンリ・フィルスは鉄壁の守りで術師達をガードしている。武田の抵抗は僅か、半刻あまりで魔法戦団は港を破壊。
 城からの増援は無かった。
 源徳の総攻撃が始まった。
 北条、伊豆を併せて約五千の源徳軍は小田原城の大手門や搦手門、全ての出入口から攻め上がる。
「家康はどうしたんだ? 無闇に攻めても効果は無いってのに‥‥クソっ!」
 グレイン・バストライドは降り注ぐ矢を盾で弾く。武田は出て来ないので、白兵要員の彼の仕事は矢盾だ。指先が石化していき、毒づきながら意識が途絶える。
「火力はもっと集中するべきだ。‥‥君、この城壁を壊せるかね?」
 マイユ・リジス・セディンの問いに、七瀬水穂は即座に試した。爆風が七瀬の髪を揺らす。
「硬いですねぇ、何百発も打ち込めば、壊せるかもです」
「頑丈な城だ」
 マイユは家康に尋ねた、小田原城には魔法結界があるのかと。答えは、小田原には無いと。ただ、魔術戦を考慮した設計と防御力を備えている。
「どうせこの城を抜かねば、先に行けん。破壊を躊躇う理由もあるまい」
 源徳軍の術者は力押しでの破壊に全力を挙げる。湯水の如く魔力と命を消費した。
「苦戦してるんだねぃ」
 北条軍と交代で下がった哉生孤丈は髑髏の兜を脱ぎ、汗をぬぐう。
「敵を釣り出す策が無いのでは、な」
 静守は源徳兵を預けられていた。その上、都から20名程の隊士が合流し、家康から新撰組小田原分隊長という肩書きを得ている。
「握り潰されたと思っていたが」
「表向きの話だ。その証拠に、これを」
 隊士からソレを受け取る。
 赤い生地の真ん中に白く「誠」の一文字。新撰組の隊旗である。
「局長の意思だと、土方さんから預かってきた」

 小田原城が見える高台に、三つの人影。
 源徳信康、空間明衣、トマス・ウェスト。
「始まったな。武田や伊達は、源徳を八方塞がりにすれば事が終わると思ったのだろう。手負いの獣を追い詰めれば、前に進むしかないというのにな」
「けひゃひゃ、家康君は獣かね? まあ狸とは呼ばれているようだがね〜」
 明衣は信康を見た。トマスは肩をすくめる。
「で、どうする気だ? 父上の手助けをするか、それとも‥‥まあ私はどちらでも構わぬがね。お前に着いていくと、決めている」
「俺には、親父の考えが分からん」
 立ち尽くす信康を、道化の仮面をかぶったトマスが覗き込む。
「我輩、妙案を思いついたよ〜。ここらで心機一転、名を捨てて見たまえ。それで源徳側の「徳側」と名乗ってみたらどうかね〜」
「‥‥名を捨てる、か」
 信康は何かを堪えて、戦場を見据える。

 箱根の荒れ寺に一つの影が立った。
「‥‥」
 尾上彬は周囲を探索し、無言で立ち去った。山を降りた尾上は小田原の港が焼け落ちた事を知る。
「大久保家の者はどうした? 源徳軍と一緒に居たか?」
 源徳軍の中に大久保家の旗を見たというので、尾上は小田原に向かう。だが、それは三河の大久保家で、親族ではあるが彼の探し人とは別だった。港は焼けて、手掛かりは無い。


 房総、久留里城。
「良くぞ来た、里見の勇者よ」
 里見義堯は馳せ参じた冒険者を篤く歓待した。
「御尊顔を拝し、恐悦至極」
 先日の一件で捕縛されるかもと覚悟を決めたメグレズ・ファウンテンだったが、義堯は彼女に満面の笑みを向ける。
「今頃は、アンに与えた水軍が相模に到着しているぞ。カイは疾く前ヶ崎に飛ぶが良い。兵が集まり次第、わしも下総に出るぞ」
「はっ」
 常陸から飛んで来たカイ・ローンは義堯の言葉を受け、すぐさま天馬に跨る。
「メグレズには、亥鼻城攻めを任せる。大将は義弘とするが、そこもとが助けてやってくれ」
「お任せ下さい!」
 義堯は即断し、冒険者達に重要な部署を任せた。里見家が冒険者を頼りとし、これまでギルドが応えて来た証しだ。
「里見公、何とか形はつきましたぞ」
 全身真っ黒に汚れたフレイ・フォーゲルが謁見の間に現れる。
「おお、出来たか」
「必要な事は教えました、後は職人に任せても良いと思いますぞ。こう見えても、私は神剣の再生に忙しい身でしてな」
 パリに帰るというフレイを、義堯は残念がった。フレイと入れ替わるように、パリからフィーネ・オレアリス(eb3529)が来る。
「城中にある、大きな盾と陣幕を集めてくださいますか」
「‥う、うむ」
 言う通りにした。フィーネは名高い神聖騎士であり、義堯は冒険者に賭けている。
「私に手伝える事はあるか」
 フィーネの護衛に参加したアレーナ・オレアリスが言うと、
「では、一緒にこれを」
 針と糸を取り出し、フィーネとアレーナは黙々と陣幕と盾を繋げていく。

「疾く水軍を発し、海を制されてはいかがでしょう? 速き事風の如く‥‥ジャパンでは、そう言うんだよね?」
 そう義堯に進言したアン・シュヴァリエは12隻、約400名の里見水軍を率いて岡本港を出発。江戸水軍の襲撃は無く、無事に三浦半島を回り、相模湾に到着していた。
「よし、このまま仲間達と合流する」
 立ち寄った漁村で小田原港が灰になった事を聞き、アンはひとまず真鶴へ行こうと船首を巡らせた。所が。
 突然、先行する味方の船が空に跳ね飛ばされる。
「何っ!」
 猛烈な竜巻が里見の軍船を巻き上げ、宙に浮かんだ船は水面に叩きつけられて転覆。
「極大のトルネード!?」
 アンは見張りの水兵に敵影を確認させた。だが、近くには海鳥一羽、小舟一つ浮いていない。
「アン殿、敵の呼気も感じられぬ」
 同船する風使いが百m内に不審な呼吸が無いと告げる。
「‥‥里見公から預かった船と兵、こんな所で散らせられないね。全軍撤退!」
「逃げるのですか!?」
「うん。勝てそうも無いし、私泳げないもの‥‥デビルの仕業かな、まさかこんな所に持ってくるとはね」
 第二波、第三波の竜巻が味方の船を屠っていく。里見水軍は散開して逃げ出した。アンの船は逃走中に撃沈され、彼女は海中で巨大な亀とカエルを見た。
 里見の水兵に助けられ、アンが岡本港から久留里城に帰還したのはメグレズの別働隊が亥鼻城に出発した後だ。
「散々にやられたのう」
「面目無いね。金谷港も襲撃を受けたって?」
「うむ。金谷を襲ったのは磯城弥魁厳、相模湾の敵はゼルス・ウィンディだったらしいの。お主の落ち度では無いわ、良く休め」
 ゼルスはおそらく伊達側で最強の術者。魁厳は幾度も里見に煮え湯を飲ませた伊達忍者。敵は思ったより里見を警戒していた。
「伊達は、房総を先に抑える腹のようですね」
 アルディナル・カーレスは里見本軍で一隊を預かっていた。
「源徳軍に貸しを作ったか‥‥だが、この義堯、家康の踏み台で終わる男では無いぞ」
「お任せを。‥‥ですが、里見の軍律は些か緩すぎます。戦場とは言え、乱暴狼藉を働く者には厳罰を与えねばなりません。人心の喪失は統治に悪影響を‥」
 神聖騎士の諌言に、義堯は苦い顔だ。
「狼藉目に余る者は見せしめにせよ。だがアルディナル、兵はそなたほど聖人にはなれぬぞ」
 戦争時の乱取り(略奪)は珍しい事ではない。平織家の1C斬りは異色である。兵も食うために戦利品を必要とする。軍律を厳しくすれば、兵は半分も集まらない。民の方も心得ていて、戦場近くの村々は事前に逃げるか隠れるのが普通である。
「アルディナル殿、餓鬼に慈悲をかけるのは間違っておりますぞ」
 と言ったのは黒僧の愛編荒串明日。
「餓鬼だと?」
「下総の民は人間だった部分は伊達の洗脳で腐り落ちた邪悪な存在。まさに餓鬼です、里見の慈悲を持って供養してやるが国家の為と、愚僧は確信しております」
 冗談かと思ったが、この男、大真面目だった。
 愛編は戦場から離れた村を回り、井戸に毒を投げ込んだ。
「ぐあぁぁぁっ」
「お坊様、何をなさいます!?」
 毒で弱った村人に愛編は無表情のまま、聖法杖を振りおろす。
「うぬら、死人に変えて里見公の役に立ててくれよう。来世は約束されたぞ、さあ有り難く死ねぃ」
 数人を打ち殺し、事ここに至って村人も事態を認識した。
 急報を受けたアルディナルは村に単騎で駆け付ける。既に伊達軍の雀尾嵐淡が村に入り、愛編は冷たい死体となっていた。逆上した村人達が黒僧に襲いかかり、殴り殺されたらしい。
「里見のやり方、しかと見たぞ」
「処罰するつもりで追ってきたが、間に合わなかった。里見の本意ならず、義堯様に代わってお詫びする」
 アルディナルは混乱を避けて退いた。村には賠償金を置いていく。


 房総の戦いの少し前。
 武蔵と下総の国境にある前ヶ崎城にレジー・エスペランサ、アリサ・フランクリン、松桐沢之丞の三名が入城した。
「歓迎するぞ」
 前ヶ崎勢を代表して、若い神聖騎士が握手を求めた。
「俺はホレス、待ちくたびれたが、やっと始まったな」
「ああ、だけどのんびりはしてられないんだ。伊達は早々にここを潰しに来る可能性が高いよ」
 レジーは義堯から偵察部隊を許可され、前ヶ崎に連れて来ていた。物見の情報では、江戸伊達軍に慌ただしい動きがある。
「こっちの戦力がバレたか?」
「さあ。だけど伊達からみれば、ここは目の上のいがぐりって奴だよ。まず真っ先に狙われるね」
 アリサの言葉で、前ヶ崎勢の顔に緊張が走る。
「今すぐにも動きたい。備えはどうなっておる?」
 城内を見回す松桐沢之丞。前ヶ崎勢は冒険者と里見兵、それに比企や源徳旧臣など、雑多な混合軍のようだ。
「動くに問題は無いが、里見公の意思は?」
 烏合の衆だけに、指揮系統に難がある。戦力としては中途半端で、他の勢力と上手く連携が取れるか、が肝だった。
「俺は守りを固めた上で、機動力のある部隊で先制攻撃を仕掛けるのが良いと思う」
「この城の防御には限界があるんだ。罠を張って、攻めてくる連中を奇襲してダメージを与えた方がいいよ」
「我輩も、打って出るのに賛成である。主力部隊は避けて輜重隊を襲えば、十分な戦果が期待できよう」
 三人の方針には微妙な差があった。結論が出たのは、カイが到着した後。
「前ヶ崎勢は、千葉伊達軍の後方拠点を襲撃すべし」
「俺達は里見の家臣では無いぞ」
「だが他に道は無い」
 前ヶ崎兵は城の守りに100名を残し、兵400を下総に向けた。
 その頃、江戸城の伊達政宗はローランやイリアスの進言で東への派兵を決定し、政宗はすぐに動かせる兵力の全てを房総に向け、自ら里見攻略の陣頭に立った。
「押し寄せた伊達兵はおよそ一千、旗印は伊達政宗に相違ありません!」
 前ヶ崎兵は船橋の伊達拠点を攻撃中にこの急報を受ける。
「大変だ、戻ろう!」
「無駄である。数が違いすぎる」
 アリサは城に残った冒険者らの顔を思い浮かべた。
「政宗が房総って‥‥小田原はいいのか?」
 カイは伊達軍の行動に驚くが、このままでは挟撃される。
「町に火を放つか」
 松桐が意見を出した。城下で暴れ、その混乱を突いて里見領に逃げる。無難だが、正義漢のカイは首を振る。
「敵中突破しよう。俺達だけでも里見の本隊に合流しないと、前ヶ崎城の連中に申し訳が無い」
「‥‥そうだな」
 前ヶ崎兵は、天馬のカイとレジーが連れて来た里見忍者が先導し、下総伊達領を通り抜けて里見領を目指した。


 上州太田、金山城。
 太田は何度も持ち主を変えた。紆余曲折の末に、今は反新田の根城。元々新田党だった由良具滋は、複雑な想いで金山を支えている。
「さてさて、金山にいた源徳軍五百は何時の間に消えたのかのう‥‥?」
 アルスダルト・リーゼンベルツは、仲間と共に由良を訪ねた。
「雲のように流れていったな」
 源徳が江戸を追われてから、金山は孤立無援の状態が長く続いた。新田と手打ちもせず、未だに存続するのは不思議である。
「おぬしは土地の者で、新田の係累じゃ。そこまで義貞と敵対する理由も無いと思うがのう」
「以前にも聞かれた気がするが‥‥考えぬでは無いが、詮無き仕儀だ」
 金山には、上杉憲政の檄文に触れて反新田に加わった長野業正の姿もあった。病身というので見舞う。
「弱ったのう。わしはお主に金山の兵を率いて戦って貰おうと思っていたのぢゃ」
「‥‥」
 長野はこの時言葉を返す元気も無かったが、翌日は具足を付けていた。立つのもやっとだが、兵の前に立つ。
「かたじけない。長野殿は指示を出すだけで良い、細かな事はわしがお手伝いしよう」
「黙れ。若僧の指図は受けぬ」
 アルスダルトの年齢は業正の倍近い。エルフの老人は嗤った。
「じーさん、支度は出来たのかね」
 由良と話した帰りに、槍を背負った八城兵衛に声をかけられる。
「由良殿には悪いが、又兵を借りることになったぞい」
「これで新田と喧嘩だな」
「うむ。恐らくビクともしまいがのう」
「はぁ?」
 八城は呆れた。戦えば敵も味方も死ぬ。最終的に、それは民への負担という形を取る。無駄と知って戦うのか。
「嫌がらせかよ」
「正しい認識ぢゃな」
 兵站に負担をかける。新田の治世が穏やかなものではないと思い知らせる。
「睨まれるぞ」
「ふふふ」
 準備を整える金山兵の為に、鳴滝風流斎は新田軍の動きを探った。
 容易くはない。新田には、くせ者真田一族が付いている。真田忍軍の恐ろしさは伊賀や甲賀、風魔にも匹敵するらしい。
「新田軍は蒼海城に兵を集め、伊勢崎、館林と軍を進めるつもりでござる」
「大胆すぎんぞ。太田は素通りかよ」
 二千の兵に、手は出せないと考えてか。義貞が指揮を取り、新田方の冒険者が警戒してるとすれば、正面からの攻撃は至難。
「館林の領主は反源徳か?」
「でござるな」
「では館林の兵糧を焼こう。次に伊勢崎、前橋に火をつける」
「町衆に迷惑はかけたくないな」
「新田に味方する者はわしらの敵ぢゃ。関わりの無い者には手を出さんぞい」
 三人は金山兵を使い、新田軍の補給線潰しを行った。アルスダルトの予見したように、その影響はまだ、はっきりしない。


「マンモンの証人として参りました」
 丹波の戦場から小田原に急行したシーナ・オレアリスは魔王の事や、京都の最新情報を家康に報告した。その後、こっそり呪文を唱えた彼女は本陣付きの志士に見咎められ、大地に叩き伏せられる。
「断りもなく、陣中で魔法を使うとは‥‥痴れ者め」
「誤解です。私は無害の魔法を」
「不用意な術者は皆、そう申す。だが信じてはやれぬ」
 許せば魅了や読心、暗殺が横行する。シーナは拘束された。後に解放されたが源徳への出入りを禁じられる。

「残らず、消えよ」
 港を抜いた魔法戦団は小田原城の正面、大手門を攻めた。
 ジークリンデは皮袋にぎっしりソルフの実を詰めて豆菓子のように頬張り、合計数百発の極大魔法を小田原城に叩き込む。
「ヴェニー殿!」
 アンリの声でヴェニーは前方にストームを放つ。城から降り注ぐ矢雨が、暴風で軌道がずれる。それでも魔法戦団の上に降り注ぐが、アンリらは防具で弾いた。
「む?」
 アンリはオーラシールドで一本の矢を落とした。重い、防具で受けていたら砕かれていた。
「手錬れが混じっておる」
 戦団は多くの補助魔法を重ねがけていた。乱戦中でのかけ直しは大きな隙、前線に留まる時間は短かった。初日は家康から精鋭の鉄弓隊を借り、魔法無効をかけていたが、レジストマジックの部隊運用に尋常でない魔力を消費し、翌日からは通常の部隊を借りた。
「援護しますよ」
 フォックスは武田の射手を狙撃して戦団の後退を助ける。先に彼は神隠しのマントを頭からかぶり、気配を消し、空を飛んで城中の策敵を試みた。マントをすっぽりかぶったので何も見えない。顔を出したら撃たれた。ノトスの衣を着るフォックスはマントを脱ぎ捨てて大荒れだったが、今はおくびにも出さない。

 源徳軍、救護所。
 ケント・ローレルは愛妻と誠刻の武のため、源徳軍本陣の手前に救護所を設置。陣営問わずの救護活動を宣言するケントは源徳軍の不興を買い、孤軍奮闘する。
「オイ、戻るなら祈紐結んどけ!」
「気休めは無用」
「そんなンじゃねぇ! こりゃア黙示録でやってる事と同じだよなァ?」
 救護所を手伝ってくれる者は少なく、ケントは不眠不休で働いた。白翼寺涼哉とシェリル・オレアリスが協力してくれた。
「このような無益な戦い‥‥恐ろしきは権力にとりつかれた人々。マンモンの名の通りの行いをしていることに気付きもしないのですね」
 シェリルは次々と運ばれる重傷者に顔を歪める。
「平和の為、何とか講和に持っていきたい‥‥んだが」
 涼哉も眉間に皺を寄せる。
 源徳の力攻めは大火力もあり、確実に小田原城を消耗させたが、それ以上に夥しい死傷者を出した。
「ん?」
 顔を歪めて三河武士の腕に黒い紐を巻いたケントは、積み重ねた死体の一つが起き上るのを見た。
「‥‥いい匂いだ、ここはイイ匂いがするナァ」
 武士の死体はラテン語を呟く。
「てめぇ」
 身構えるケントとシェリル。護衛者であるエセ・アンリィはシェリルを庇う。
 武士の肉が真っ二つに裂け、中からヒトが現れた。それは長い牙をもち、薄汚れた狐の衣を纏い、傷だらけの、見る者に激しい嫌悪を及ぼす醜悪な体をしていた。
「ト、取引をシタイ」
「断る!」
 醜い魔物は指を三本立てた。
「この死体を一つくれたら、まだ息がある者を三人助けよウ。どうだ、悪い話ではなイ」
「ふざけるな」
 ケントは抜刀した。だが負傷者の多い救護所、迂闊に動けない。
「旨そうな肉ダ、ちゃんと契約書を書いても構わんゾ」
「黙れ!」
 羊皮紙を取り出す魔物に、冒険者が一斉に動いた。醜い魔物はケントの聖剣を爪で受け取め、涼哉とシェリルの魔法はレジストした。
「沢山あるのに独り占めか。気が向いたら、我を呼べ。我は死の王だ」
 魔物の姿が掻き消えた。シェリルは魔法で探すが、どうやら立ち去ったようだ。
「今のは?」
「悪魔には違いないと思いますが‥死者の穢れが引き寄せたのでしょうか」
 彼らの知識では正体が分からない。
 攻城戦は激しさを増し、源徳勢の死者は一千人を超える。負傷していない者は皆無の状況で、新田軍到着の報せが走る。
「反対に好機なんだねぃ。新田軍を先に叩くと見せかけて、武田を吊り出すんだねぃ」
「あと少しで二の郭は落ちる。ここまで来て、包囲を解いたら総崩れになるぞ」
 新撰組分隊の孤丈や白兵部隊の指揮官達は反転攻撃を進言、マイユら魔法部隊は攻撃続行を唱えた。新田軍の出現により数的にも源徳軍は劣勢、家康は止むなく小田原の包囲を解いて新田迎撃に向かう。

「我は導く魔神の息吹!」
 一番太刀は西中島導仁。導仁は李雷龍、クレア・エルスハイマーと組み、クレアの極大火球で新田の先鋒に穴をあけて飛び込んだ。
「やっと俺の出番だな。なんでジャパンに来たのか、俺もよくわかんねえが‥‥まあ、とにかくやれることやっとくか」
 ラーバルト・バトルハンマーは陽気な声をあげながら、長さ1mの金槌を新田兵に振り下ろす。
「オラオラ!丸裸になりたくなかったら、さっさと帰りな!ま、後で俺が武器や鎧を作ってやってもいいけどな」
 営業を欠かさない鍛冶屋のラーバルト。彼の言葉に従った訳では無いが、新田軍は彼らを避けるように向きを変える。
「源徳軍を避けている? 狙いは‥‥北条か!」
 遊撃隊を指揮する陸堂は、新田軍が北条軍に攻撃を集中している事に気付いた。
「まずいですね。北条は城攻めをサボってましたから一番元気ですけど、士気も一番低いですよ」
 全体の様子を観察した神田雄司は、北条のサポートに遊撃隊を回すよう進言。
「崩される訳にはいかんな。魔法戦団は?」
「大変です、武田が出てきました」
 新田軍に呼応して、それまで亀だった武田軍が出陣。新撰組分隊と魔法戦団が止めようと必死だ。
「朝敵家康を倒せ!」
「裏切り者が正義を語るんじゃねえよ。筋は通しやがれ、こいつは一応忠告だぜ」
 最前列にいたグレインは漆黒の大戦斧を振り回し、鎧ごと武田兵を粉砕した。しかし多勢に無勢。横合いから放たれた衝撃波がグレインの斧を破壊する。
「‥‥」
「その顔、覚えたぜ」
 武田の暗殺剣士が一瞬、グレインの視界を横切った。
「武田を通すな、俺達で時間を稼ぐぞ」
 機を見ていた静守は城から出てくる武田兵に弓隊の一斉射撃。ジークリンデ達も残る魔力を惜しみなく使う。

「これはなかなか‥‥困りましたねぇ」
 面白そうだからと北条軍に参加したフィーナ・グリーンは、肉薄する新田の大軍に小首を傾げる。ちっとも困った顔はしていないが。
「傷つくのも嫌ですね‥‥逃げましょうか」
 北条軍の前衛は鎧袖一触、崩れた。
 フィーナは逃げる途中、グレン・アドミラルに盾を壊される。グレンの面も割ったが、北条兵を守るために決着はつけなかった。
「あら、まあ」
 家康の本陣からこの光景を見ていたリン・シュトラウスは目を丸くする。リンは早雲の推挙で家康の本陣に出仕し、安らぎの竪琴で戦士達の心を慰撫していた。
「頼みにならぬ男よ。‥‥本陣を押し出せ、支えねば全軍が崩れるぞ」
 源徳軍は予備兵力を使い切っていた。北条が崩れた穴を埋めようと家康は本陣を前進させる。武田軍も挟撃の構えで殺到し、小田原の戦場は一気に大乱戦の様相を呈した。
「家康の戦い方、明らかに違いまする。もしや病では?」
 大蔵南洋は早雲と共に逃げつつ、気掛かりを尋ねた。
「あの健康魔人に病? 似合わぬな」
「では呪詛などは」
 家康を呪うものは多い。もっとも、大名なら対策はしているはずで、そうそう致命的な呪いは受けない筈だが。
「ふん。狸の尻に火がついているのは、確かなようだぞ」
 早雲は南洋に、源徳軍の兵糧事情を教えた。深刻だ。国力を超える大遠征、伊豆と駿河の民、相模の占領地でも絞りとっている。
「鎌倉で調達せねば、江戸への兵糧が無いはずだ」
 新田軍と源徳軍の本隊は激しく衝突したが、決着をつける前に新田は後退。その間に武田軍の本隊は小田原城を退去した。家康の力攻めで心身ともに消耗した武田軍は小田原城を放棄、江戸へ脱出を図る。
「逃しはせん!」
 アンリは怒涛の如く武田に襲いかかった。
「もう十分だろうが!」
 クルディア・アジ・ダカーハは武田の殿につき、アンリの猛撃を止める。
「ぐわっ‥‥化け物が!」
 偃月刀が真っ二つになる。様々な魔力と超一級の武具を纏ったアンリの強さは、人間とは思えない。クルディアも五十歩百歩だが、分が悪い。
「冒険者を止めて、信玄公の撤退を援護する!」
 グレンはルメリア・アドミラル、ロッド・エルメロイと遊撃隊に襲いかかった。ブレイズ・アドミラルもエルや藤咲と共にグレン隊に協力。藤咲とロッドは戦場を煙に沈めて仲間の後退を助けた。
「無事か、グレン?」
 グレンとブレイズは念話で連絡を取りあい、武田の本隊が戦場を離脱したのを確かめて戦場を放棄、辛くも小田原脱出を果たす。
「何とかな‥‥だが盾をやられた」
「俺もだ」
 この戦いで多くの冒険者が武器や盾を破壊された。

 家康は武田の追撃を断念する。理由の一つは、要と言える魔法使いの魔力が尽きていた。心身ともに限界で、疲れ果てた源徳軍は小田原に入城する。
 家康は小田原城攻略の軍功第一として魔法戦団を評価し、代表してフレイアに箱根山中城を与えた。