【源徳大遠征】関東決戦<陰>・序

■イベントシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:49人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月09日〜07月09日

リプレイ公開日:2009年07月18日

●オープニング

神聖暦一千四年七月。
ジャパン、小田原。

 世界の果て、地の底で、地獄の大軍勢と三界の勇者がまさに決戦を迎えていた頃、
 ジ・アースの極東、ジャパンの東国では一人の武将が、最後の攻撃を決意した。

「小田原城に総攻撃をかけよ」
「殿、浅慮はなりませぬぞ」
 武田信玄の守る小田原城を包囲した源徳家康は、しかし動けずに居た。

 当初、家康は小田原城を短期決戦で抜くつもりで居たようだ。また、それが叶わぬ時は駿河遠江に敵を引き込む算段だったろう。
 家康は武田信玄が小田原城で頑なに籠城し続けた事で、時を浪費した。
 その間に世界は激動する。

 イザナミの脅威が京都に迫り、関白秀吉は神皇軍を率いて戦った。江戸城の伊達政宗が月道を使って伊達軍を京都に送った時でさえ、家康は動けなかった。

 平織家の内紛により平織市との暗黙の共闘関係が消滅し、更にイザナミやデビルによる未曾有の国難を思えば一時停戦も止むを得ない‥‥そんな空気も、源徳家中には流れていたが。
 突如として家康は総攻撃を決める。
「義堯に急使を送る。総攻めじゃ、我らと同時に里見が下総伊達へ襲いかかれば、江戸の政宗は何も出来ぬ」
 両面総攻撃で、小田原と下総の一方でも落ちれば江戸への道が開く。
 伊達政宗は京都の朝廷に接近するため、伊達軍の一部を今も都に派遣したままだった。江戸の守備力は落ちている。
 慎重と言われる家康には似ない強攻策だが、一向に出てこない武田を相手に小競り合いを繰り返し、焦れていた三河武士は奮い立った。

「一大事でござる!」
「家康に決戦の覚悟在り! 近々、総攻撃を仕掛ける模様」
 小田原城の武田信玄の下に、源徳軍に決戦の動きありとの報告が届いた。家康の揺さぶりとも思えたが、複数の忍びや間諜から同様の報告が相次ぎ、今度は本気にも思える。
「信濃の策が、功を奏したと申せましょうか」
 信玄は平織市と一時休戦し、南信濃から三河遠江を脅かす動きを見せていた。家康を追い詰め、和議に応じる事を望んだが、突貫してくるなら望む所か。
「伊達、上杉、新田に後詰要請。守りを固め、諸藩の動きに注意せよ」
 籠城戦で武田軍は疲弊している。総攻撃を守り切れば勝ちだが、敵も遮二無二に来るだろう。

「家康が来ると? そうか、随分と待たされた‥‥どうするかな」
 伊達政宗は朝廷工作のため、最近は毎日のように江戸と京都を往復している。イザナミ対策に京都に千を超える精兵を常駐し、江戸城の防衛力は高く無い。
「里見にも不穏な動きがあるとか。戦力ではまだ有利ですが、油断はできません」
「そうよな。公平に見て‥‥この戦、強き冒険者をより多く集めた方が勝つであろう」
「まさか‥そこまでは」
「いや冒険者は地獄の戦で悪鬼にも勝る力を得たと聞く。或いは、冒険者ギルドが勝者となっても、俺は驚かん」
 政宗は江戸城の陰陽師達も招集し、戦の準備を始める。いつでも出陣可能なように‥‥だが、どこへ兵を出すべきか。
「そうだ、江戸城に巣食っておる魔王とやらはどうした?」
「探らせておりますが、城の地下で見たという報告が幾つか‥‥」

「源徳が、この時期にか?」
 蒼海城の新田義貞は渋面を作った。この数カ月、上州軍は伊達や武田の後詰で信濃や相模に何度も出張っていた。国内にも少数なれど反乱勢力があり、義貞は疲れている。
「延ばし延ばしであった沼田城の件について、ようやく上杉と日取りを決めたばかりというのに‥‥源徳と決戦とあれば、止むをえんな」
 上州北部の領土問題で上杉家と火種を抱える新田家は、義貞と謙信の首脳会談で手打ちをする予定だが延期が続いていた。

「信玄の交渉も失敗か。しかし、第六天魔王を見極めねば取り返しのつかぬ事に‥」
 越後の上杉謙信は迷っていた。
 彼の前には、同盟国からの要請の他に、イザナミの脅威に怯える都からの救援要請、そして平織市からの共闘要請の書状が並んでいた。同盟国の後詰要請は重要だが、一方は安祥神皇の勅旨であり、また一方は征夷大将軍の招集で敵は魔王。
「毘沙門天の化身と言われても、悩む姿はただの人間だな」
「そう言われる貴殿は、動かぬのか?」
 謙信の目線の先には、一向宗の親鸞が居た。越後は長く一向宗に悩まされて来たが、ここに来て両者に歩み寄りが見える。
「御免こうむる。うっかり顔を出して、天使やら仏やらの尊顔を拝む破目になったら目もあてられん」
 坊主の言葉とも思えないが、慈円の弟子である。






●両軍の戦力比較
・源徳軍7500(源徳3200、北条1000、伊豆800、里見2500)
 長の滞陣と戦闘で源徳軍は減少。北条、伊豆は全兵力の約2/3が家康の命令で強制参加。
 他に八王子源徳軍1000、前ヶ崎反乱軍500等が在る。
 主な参加武将:源徳家康、酒井忠次、榊原康政、井伊直政、服部正成、北条早雲、里見義堯、里見義弘等。

・反源徳軍7000(武田2700、伊達1500、千葉伊達2800)
 武田軍は戦闘で減少、伊達軍は江戸の兵が減少したため、小田原に派遣した援軍の一部を江戸に戻している。
 他に江戸伊達3000、京都伊達1500、上州の新田軍2000、越後の上杉軍1500等が在る。
 主な参加武将:武田信玄、武田信繁、高坂昌信、山県昌景、馬場信春、留守政景、鬼庭綱元、小梁川盛宗、後藤信康、千葉常胤等。


 各軍の戦力内訳は約半分が足軽、四分の一が侍であり、その他は忍者や僧兵、冒険者等となる。各軍の特徴として源徳軍は志士陰陽師が多く、武田軍は騎馬武者が多い。新田は多年の反乱で鍛えられた古参兵が多く、江戸を領する伊達は譜代が少なく人材は豊富。里見は水軍が強く、千葉伊達は千葉軍と伊達軍の混成軍。

●今回の参加者

マナウス・ドラッケン(ea0021)/ ルーラス・エルミナス(ea0282)/ ローラン・グリム(ea0602)/ 天城 烈閃(ea0629)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ 暮空 銅鑼衛門(ea1467)/ ゼルス・ウィンディ(ea1661)/ カイザード・フォーリア(ea3693)/ 三菱 扶桑(ea3874)/ アラン・ハリファックス(ea4295)/ マグナ・アドミラル(ea4868)/ エスト・エストリア(ea6855)/ 土方 伊織(ea8108)/ 深螺 藤咲(ea8218)/ シヴァ・アル・アジット(ea8533)/ 九紋竜 桃化(ea8553)/ ルメリア・アドミナル(ea8594)/ 伊勢灘 日向(ea8614)/ 白翼寺 涼哉(ea9502)/ 雨宮 零(ea9527)/ 紅 千喜(eb0221)/ シオン・アークライト(eb0882)/ 竜胆 零(eb0953)/ ベアータ・レジーネス(eb1422)/ クルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)/ メルシア・フィーエル(eb2276)/ アルフレッド・ラグナーソン(eb3526)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ 御多々良 岩鉄斎(eb4598)/ イリアス・ラミュウズ(eb4890)/ 磯城弥 魁厳(eb5249)/ 宿奈 芳純(eb5475)/ リリアナ・シャーウッド(eb5520)/ 木下 茜(eb5817)/ クァイ・エーフォメンス(eb7692)/ エル・カルデア(eb8542)/ ブレイズ・アドミラル(eb9090)/ グレン・アドミラル(eb9112)/ 伊勢 誠一(eb9659)/ レベッカ・カリン(eb9927)/ ロッド・エルメロイ(eb9943)/ 烏 哭蓮(ec0312)/ 国乃木 めい(ec0669)/ 雀尾 嵐淡(ec0843)/ オグマ・リゴネメティス(ec3793)/ 元 馬祖(ec4154)/ リーマ・アベツ(ec4801)/ 百鬼 白蓮(ec4859)/ 妙道院 孔宣(ec5511

●リプレイ本文

 源徳、里見の侵攻に震える江戸の町に張り紙を残した者がいる。

山遠き、黄金の吹雪き起こり後、咲くは桜か、今知るらん

「何だこれは? 作戦行動はもっと効率良く行うべきだ。こんな風にね」
 サイクザエラ・マイの火球は張り紙ごと長屋を破壊する。
「兵と戦うより、伊達に下った江戸の民と町を焼く方が効果的だよ」
 サイクザエラは江戸や近郊の農村で破壊活動を行った。
「なぜ、こんな酷い事をするのですか?」
「おかしな事を聞く。敵の城下町に火を放ち、田畑を焼くのはこの時代の戦の常識だろう? 私は効果がある事を、実行しているだけだ」
 夜間警備を行っていた雨宮零が、サイクザエラを追い詰める。
「皆が世界を救うために戦っているこの時に‥‥僕には信じられない」
「信じたくない、か‥‥若いな」
 サイクザエラは炎を盾に時を稼ぐ。だが囲まれつつあった。目前の浪士は、ただのお人好しでは無い。
「潔く縛につけ」
 包囲を狭める雨宮とサイクザエラの間に、一陣の風が割り込んだ。
「トゥシェ!」
 聖剣を構えた鷲獅子の騎士が、伊達兵の前に立ち塞がる。
「サイクザエラさん、早く乗ってください!」
 雨宮を牽制し、叫ぶソペリエ・メハイエ。逃がすまいと走った九紋竜桃化に、サイクザエラは銀の指輪の魔力を解放する。
「味方を斬れ!」
 魔の力が九紋竜の意識を縛ろうとする。
 グリフォンに飛び乗り、ソペリエは上空に逃げた。
「助かったぞ」
「貴方の行動は許されない虐殺ですが、おかげで里見軍が利益を得たのは事実。源徳軍に参加する者として、貴方を守らなければ筋が通りません」
 ソペリエは真顔だった。嘘のつけぬ性格らしい。
「ほう‥‥御苦労」
 江戸の街は雨宮とシオン・アークライトを中心に治安維持に努めた。源徳側の破壊工作は心配したよりは軽微で、町は表向き平穏だったが、源徳来るの報せは瞬く間に広がる。家康が江戸を焼くと聞き、江戸っ子は戦々恐々とした。

「港が燃えている」
 伊達家のブレイズ・アドミラルは小田原城から、港が炎に包まれるのを見た。
「お主が気にかけることは無い」
 打ち震えるブレイズに、馬場信春が声をかける。
「家康に何度挑発されても、我らは出ておらぬ。お主は気に病むな」
 武田は当初、大遠征の源徳は兵糧の難があると考えていた。源徳方に冒険者が多いとも見て、徹底して籠城した。源徳は伊豆と駿河で徴発し、小田原で現地調達し、まだ不足の筈だが、驚くほど忍耐強い。
「わしらの方が兵糧が尽きるとはの」
 城内に不満の声が出始めていた。甲斐に帰りたがる足軽の声も聞く。
「その事だけど‥‥」
 兵糧蔵を守備するリリアナ・シャーウッドは武田に献策していた。
「戦力は、一か所に集中した方が後日のために良いよ」
「‥‥そうよな」
 馬場はリリアナの案を実行した。

「冒険者を狙う時は鎧の隙間を狙え。固すぎるでのう、正面は諦めろ」
 シヴァ・アル・アジットは武田の鉄弓隊を指揮して城門に押し寄せる源徳勢と戦った。集中攻撃は一定の戦果をあげたが、魔法戦団に苦戦する。
「‥‥む〜、さては、どっさり防御魔法をかけておるな」
「はわわ、お役に立てるか分かりませんが、全力で頑張るのです」
 窮したシヴァは、伝令将校の土方伊織に武器探しを頼んだ。
「京極家家臣、木下茜です」
 救護活動をしていた一人の河童が守備隊の詰め所に呼び出される。
「ウルの弓か‥‥うむ、よく強化されておるのう」
 鍛冶師として目利きしたシヴァは、木下に頼み込んだ。この時の木下の仕事は祈紐の設置と負傷者の運搬だったから、彼女は弓を貸してくれた。
「負傷者を少しでも減らせるなら」
「感謝する」
「‥‥」
 伊織は城の外を見た。
 自慢の武田騎馬の出番は無く、城の防衛は射撃と魔法頼みだ。伊織は武田の騎馬隊を夢見ている。現実は、小田原の城中を矢や魔法を避けて這い回った。刺激物の煙幕や地震に遭いながら。
「あいた」
 煙に気を取られて、伊織は転ぶ。人が倒れていた。武田の侍だ。城内で、喉から血が流して死んでいる。
「く、苦しいです」
 城内から源徳軍に極大火球を投げつける深螺藤咲は魔法戦団の刺激煙幕に苦しめられた。負けじと煙幕を応酬するが、ジークリンデの着弾は正確だ。
「えーと、何かあったよーな‥‥」
 藤咲は敵の尋常でない魔力量にも驚いた。
「これだから金持ちは‥‥ぶつぶつ」
 財布を覗きこみ、エル・カルデアは愚痴る。多分、ゼピュロスの呪いだ。
 源徳軍は酒井、榊原、井伊など各隊が冒険者と連動して小田原城を攻め立てていた。まず、この連携を崩さねば手が出ない。
「あのー、家康様の本陣はどこでしょう?」
 月夜、メルシア・フィーエルは人懐こい笑みを浮かべて井伊隊の騎馬武者に近づいた。既にチャームがかかってる‥はず。
「化生の者じゃ、撃ち落とせ!」
 咄嗟に月影に潜らなければ散っていた。数度試し、諦める。
「何故、ここに現れる‥‥」
 城中で負傷者の治療に奔走するアルフレッド・ラグナーソンを、嘲笑うように倒れた兵士の上で小悪魔が踊る。
「なあ教えてくれ。人同士が殺し合う、こんな汚れた場所で、ソレに何の意味があるんだい?」
 小悪魔はアルフレッドの持つ祈紐を見ていた。
「去れ、悪魔よ!」
「答えを聞きに来るよ」


 江戸城、謁見の間。
「朝廷に献上?」
 伊達家のイリアス・ラミュウズは伊達政宗に、江戸城返還を進言した。
「今の伊達はこの城に縛られている。朝廷に貸しを作り、伊達家に自由を」
「色々と面倒はあるが‥‥寝床と飯は如何する?」
 予想外に所帯じみた返答だった。
「ひとまず下総に移り、兵糧は奥州からでも」
「はっはっは、本家が怒り狂うわ」
 考えておくと政宗は答えた。
 遠く離れた京都で、伊勢誠一もイリアスの案を関白秀吉に話していた。
「面白い考えだが‥‥伊達は丸損じゃな?」
 秀吉はイザナミ戦で大量の物資と兵を必要とし、更に避難場所も欲しい。様々な点で江戸は最高だ。くれるというなら、全てイザナミ戦につぎ込み、難民なども押しつける。
「今さら、私利私欲でも無いでしょう。殿下の言葉通りですよ、人は団結して生き残らなければ、未来がありません」
「なるほどのう。頷いてやりたいが、家康が居るぞ」
 源徳軍が江戸に攻め込めば、この案はパアだ。
「もし源徳が伊達に勝てば、関白様はイザナミと家康から攻められます。これは必然でありましょう」
 茶を飲みながら、伊勢灘日向が呟く。伊勢灘はアラン・ハリファックスにくっ付いて来た。場所は御所の茶室。秀吉と誠一、アラン、日向、それにチサト・ミョウオウインが同席していた。
「今の伊勢灘の言、残念ながら戯言とは申せませぬ。家康は殿下を敵と思っておる筈。この上は京都の藤豊軍三千を速やかに江戸に発して守りを固め、源徳里見を討伐するより他に道は無いかと」
 アランは重々しく進言した。
「三千も減らせばイザナミは動くわい。アラン、よう動かしたが、三手足りぬ」
「一手は分かりませんが、残る二手は平織と上杉ですね」
 チサトが口を開いた。
 彼女は神皇、関白、征夷大将軍、それに越後上杉を足し、和平交渉の道を開く事を模索していた。秀吉なら平織と上杉を繋げると期待して、ここに来た。
「上杉に関しては、尾張に協力して魔王を倒すよう、殿下から力添え頂ければ十分と存じますが‥‥」
 誠一は頭をかいた。
「尾張には話してみるが、アラン」
 秀吉はアランに、片手を広げた。
「江戸に送れるのは、これだけじゃ」
 無理をして五百だという。さて、どうする。


 飛葉静馬は菅谷館の畠山重忠を訪問した。
「‥‥ふむ。知らぬ顔だが、何用で参られた?」
「畠山殿は源徳方と聞き及び、伊達攻めにお誘いいたそうと、立ち寄りました」
 単刀直入な物言いに、重忠は口元を綻ばせる。
「面白し。お手前の手勢と、計画を打ち明け下さるか」
「賛同下さるか、心強い。では話すが、手勢は無い。計画は、畠山殿に北武蔵の諸豪族を調略して頂き、北武蔵連合にて伊達と新田の補給線破壊」
 重忠、絶句して言葉も無い。
 飛葉という男、他人の褌で戦をする気か。
「兵法には些か心得がある。指揮を任せてくれるなら、伊達新田の葉武者など、物の数ではないが」
「お手前は戦をご存じ無いか、わしを嬲る気であろう」
 北武蔵は小領主が林立する土地だが、伊達新田武田と反源徳の国に囲まれ、現在7割は反源徳勢である。この重忠は存念あって家康公に味方しているが、こちらから動けば留守を攻められて滅ぶは必定。
「松山城の比企氏と連合すれば如何か?」
「比企は前ヶ崎に兵を出したそうな。松山城に籠り、手も足も出ぬ有様ぞ」
 郎党を密かに千葉に送った比企氏は、山城に籠城して窮しているという。重忠はこれを救いたいが、畠山が動くのを敵は手ぐすね引いて待っている。
「松山城が落ちれば、次はわしだが‥‥それまでは北武蔵の伊達勢、引き止めておく」
 菅谷館を退去した静馬は松山城に近づいたが、侵入は諦めた。旗印から見て、攻め手は吉見、勝呂、熊谷。


 ネフィリム・フィルスは江戸から中山道を抜けて信濃に入国。単身、高遠城を目指した。
「平織領になって、暮らし向きはどうだい?」
「治安が良うなった。平織は恐ろしいと噂だったが、見ると聞くでは大違いじゃ」
 平織家はジャパン一、規律に煩い。領民には好評だ。
 高遠城に入ったネフィリムは平織市と滝川一益に連絡を取る。
「お市さんの味方は誰で、誰が虎長側か、まずはそいつを知らないと動けないさね」
 同じ頃、将門雅とミリート・アーティアは空飛ぶ箒で尾張へ。
 尾張藩御用商の雅は、関所を難なく通過し、市の居る那古野城に入った。
「まいど、将門屋です。お市はん、忙しそうやね。息抜きにお茶でもせん?」
「‥‥まあ」
 突然やってきた雅とミリートに、市は咄嗟に言葉が出ない。が、その表情は友人の来訪を歓迎していた。
「ここなら、三人きりで話が出来るわよ」
 市は二人を茶室に誘った。聞けば結界が張られているという。
「気を悪くしないでね」
「お市はんも大変そうやねぇ」
 雅は市に小田原の事を話した。
「このまま人同士の戦してたらあかんわ。戦で稼ぐ商いもあるけどそれやと結局商いちゃうし、商売あがったりやからね」
 雅はもっと上手く話すつもりが、おかしな話し方になった。
「関東の戦はもう、潰すか潰されるかでないと収まらんで。イザナミの事もあるし、どこか落とし所を見付けんと。例えば神皇様に領地を返還して、したがわない者を処罰するとか強引な手でも使って‥‥将軍として動けへんやろか?」
 無理は承知。だが切実な願いだ。
「そうね‥‥ミリートの話も聞かせて」
「私は、上杉上洛を市に頼みたくて」
 ミリートは上杉謙信の越後軍を上洛させる事で、勢力の天秤を一気に傾けようと考えた。
「二人の話は分かったわ。有難う、来てくれて‥‥今度は私の話す番ね」
 市は平織家の現状を説明した。
 平織の内紛は、全国衆知の事だが表面上は静かだ。市は虎長を悪魔と告発したが、平織家家臣団は両者の板挟みになった。それは今も続き、大規模な武力衝突は起きていない。
 現在、那古野城の市に従うのは尾張と南信。対する虎長は岐阜城を本拠に、美濃近江伊賀をほぼ手中としたらしい。
 主だった家臣で市側と呼べるのは滝川一益、平織虎光、丹羽長秀、蜂須賀小六等。
 反対に虎長側は柴田勝家、林秀貞、森可成、佐久間信盛、明智光秀、池田恒興、浅井長政、斎藤道三等。
 一言でいえば、市は劣勢にある。
「みんな、悪魔の虜にされたんか?」
「‥‥違うと思うわ。みんな、虎長を悪魔と信じてない」
 市は虎長近くの悪魔の影を探ったがパッタリと影は消えた。虎長は市が乱心したとしながら慌てず騒がず味方を増やし、虎長そのままの、いやそれ以上の善政を布いている。
「悪魔は天使の真似が上手いさね。騙されるんじゃないよ」
 連絡を受けたネフィリムは市に激励の手紙を送り、南信濃の地盤固めに腐心する。豪快な戦士の顔に隠れがちだが、ネフィリムの政治能力は高い。
「石の中の蝶とか、魔法を使って告発すれば」
「それをどう証明するの?」
 感知道具は偽物が作れる。魔法の類は、術者以外に知覚出来ない。
「おかしな話や。本人が魔王や言うてるのに」
 第六天魔王。デビルの一種なのだろうが、どんな魔王なのか。
「話を整理するわね。私は正直、劣勢で‥‥虎長を倒すために他家の力を必要としているの。筋から言えば秀吉だけど、頼りにはならないわ」
 家康も駄目、信玄も政宗も無理、となれば謙信しか居ない。
 越後の遠征には多少問題もある。越後には道が無い。上杉が動く時、北陸か信濃を通る。北陸は先年、五条の宮に協力した土地で、越後軍が遠征するルートとしては今も不安がある。信濃路は武田の協力が無ければ通れない。
「それから雅、神皇様へ領地を返還すれば、神皇家の執政‥‥つまり、関白の好きにされるわ。正直、気が進まない」
 現実問題として、関東諸侯に領地返還を迫るのは不可能に近い。権威だけでなく、逆らえば踏み潰す圧倒的な武力でもあれば別だが。
「打つ手は無いんか?」
「無い事は無いわ。だけど‥‥」
 市は言葉を濁した。彼女は今も尾張平織家の藩主だ。劣勢を承知で、勝負する事は出来る。多大な犠牲を覚悟して。
「市、政治の話はいいから‥‥助けが必要なら呼んで欲しい。市の力になりたいから」
「そうやで。お市はんは、背負いすぎちゃうか」


 越後、春日山城。
「謙信殿」
 上杉憲政が、上杉謙信を呼び止める。
「貴殿に話があったのだ。実は、北信濃の旧豪族らがわしに泣きついて来た。謙信殿は近頃、武田と仲が良いようだが、往年我らの為に戦って下さったのは偽りであったかと‥‥謀反も辞さぬ様子であった故、わしは必死に宥めた」
「‥‥ほう」
「彼らも必死。謙信殿が武田に近寄り過ぎては、とても庇いきれぬ。どうかな、小田原へ行くのは止めて、上洛しては。それならば、さすが上杉家と皆も納得しよう」
「御忠告、肝に銘じまする」
 憲政が去った後、謙信は軒猿に彼の身辺を探るよう命じた。
 春日山を訪れた水上銀は憲政から同じ話を聞いた。義貞が反乱さえ起こさなければ、今も彼は上州国司で、それはきっと今より平和だろうと思えた。
「平織から御用聞きに来たって所さ。何かしら入り用なものはないかい? 例えば、信じるにたる証とかさ」
 銀は尾張武将として謙信と対面する。
「越後の田舎暮らしゆえ、見聞は広めたいな」
「ああ、いいとも。よく酒場で話してるんだけど、あまり受けなくてさ」
 冒険者としての体験を一通り聞かせた後、銀は姿勢を正して話す。
「平織は上洛を勧めるよ‥‥勅旨だからね。とはいえ、上杉が京に拠れば連携しやすくなりそうさ」
「お市殿が?」
「ああ。ミリートから繋ぎがあった。尾張は自力で何とかする」
 水上の言葉に謙信は膝を叩いた。
「見事也。無謀、信玄の思惑を超えたな」
「褒めてるのかい?」
 苦笑する銀の前に、黒騎士が転がってきた。
「褒めるか!」
 武田のカイザード・フォーリアだ。
「平織はもっと大局を見ると思っていたぞ!?」
 黒騎士は正座した。
「酷い言い草だね」
「家康は尾張の敵になる、後悔するぞ。諸侯の勝敗は些事、この戦争を終わらせる方法を考えろ」
 水上は、首を捻る。
「も少し簡単に話しな」
「武田は利用できる」
「だけど、あんたは友達少ないさ」
 轟沈。
「第六天魔王のこと、謙信公と親鸞和尚の知恵をお借りしたい」
 水上に同行した国乃木めいが発言した。
「第六天魔王として蘇った後、急に相撲に目覚めたとか。国譲りの神話にも相撲に関する伝承があったと記憶しておりますが、ただの偶然でしょうか」
 めいの問いに、親鸞は腕を組んで言った。
「あんた、真実は誰が知ってると思う?」
「‥‥伝承とは勝者が都合の良いように記し遺す物。真実は往々にして口伝により細々と秘して語り継がれるもの。必要とされし時に残されるための知恵かと」
 親鸞は首を振る。
「それでも坊主か。全ては御仏がご照覧下さる‥‥真実は天が知っている」
 親鸞は極悪な笑顔で続けた。
「永劫を生き、人を見続けた神魔‥‥これほど真実に近いものは居らぬ」
 第六天魔王の事も天使や悪魔なら知っているはず。
「彼奴らは、お気に入りの人間に真実の断片を話す。高僧や権力者、勇者だな。何万年を生きた連中の言葉、大人と子供よ。皆、コロッと信じる」
「怪しい秘密結社のようですね」
「もっとタチが悪い」
 親鸞の顔が面白く、めいは思わず笑った。
「俺は真実が知りたいと思い、ある時、天台で学んだ呪法の奥義を尽くして天使と悪魔をとっ捕まえた。本当の事を言え、真理を吐けと拷問したのだが、途中で師匠に見つかって‥‥封印されかけた」
 あまり笑えない話だった。
「第六天は大国主だと奴らは言っていた。そして、奴を倒したのはスサノオだとも」
「え?」
 大国主と言えば、丹後で復活した亡者の王の名だが。
「話が、おかしい。生き証人の言葉だが、詐欺師ばかりだ」

「本当に上洛されるおつもりか」
 復活したカイザードが問う。
「北陸は一向宗の勢力が強いが‥」
「うーん、今までの事がある。素通りは確約出来ん」
 越中加賀越前を超えて、その先は丹後か近江。時間はかかりそうだ。
「信濃尾張を通って魔王に挨拶するか? 新田と伊達に仁義を通して江戸の月道を使う手もあるが」
「良き思案が浮かばぬ故、道々考えるとしよう。憲政殿が、旧北信濃の豪族が揉めていると申していた。ひとまず北信に入り、彼らの話を聞くと致す」
 謙信と越後軍1500は春日山を出発し、北信濃に入る。
「待っていたわよ、上杉軍!」
 リーリン・リッシュは透明化して単独で上杉軍に奇襲。若干隊列を乱すが、捕捉され、雨のように矢を射られて墜落した。


「後藤軍が久留里城に?」
 里見兵700を率いてメグレズは亥鼻城へ向かう途上、本佐倉城の伊達軍が動いたとの報せを受ける。
「誤報ではないか、早すぎる」
 忍びの報告では、下総伊達軍の集結にはまだ時間が掛かるはずだった。
「後藤信康、全軍集結を待たず1500の兵で里見領に侵攻した模様」
「1500‥‥」
 久留里城には同程度の兵とカーレス、オレアリス達が居るはずだ。
「問題は無い、か‥‥」
 不安を覚えたメグレズは義弘に頼んで軍を止め、情報を収集する。すると、
「伊達政宗の軍勢1000、上総里見領に侵入!」
「前ヶ崎は負けたのか?」
「多勢に無勢、無念の落城にござる」
 メグレズは決断を迫られる。

 江戸と下総を一手に引き受ける事になったのは、義堯の不運であった。
 伊達政宗が房総出兵を決定したのは、イリアスやローランの進言による。
 しかし、政宗は前ヶ崎の兵力を過小に見ていた。攻撃が成功したのは、冒険者の活躍による。江戸伊達軍として参加した冒険者のうち、名高い者はイリアス、レベッカ・カリン、妙道院孔宣、エスト・エストリア、紅千喜ら。
 前ヶ崎攻めの軍功第一はエストだ。
 砦と大差ない前ヶ崎城はエストの引き起こす地震や重力波に耐えられず、崩れた所を本隊の援護を受けて冒険者の率いた一隊が飛び込むと、瞬く間に制圧した。
 廃墟だった二の郭を整備した跡があり、既に敵軍が出陣した後だと知った政宗は慌てる。
 一方、相模沖で里見水軍を捕捉したゼルス・ウィンディは水中戦を仕掛け、大戦果をあげていた。また黒脛巾組の磯城弥魁厳らも金谷港を襲撃し、里見水軍は大きな損害を受ける。クァイ・エーフォメンスらは江戸湾の防備を固めた。クァイは不審な動きを見せた烏哭蓮を拘束したが、予想した襲撃はなく、伊達水軍を温存する形となる。
 緒戦において房総方面の戦いは伊達軍の優勢に動いたが、戦力を房総に集中させた事が功を奏したと言える。その結果、小田原方面の戦いは思わぬ劣勢に立たされることになった。

 カイ・ローンが率いる前ヶ崎兵は下総横断で一割の兵を失いながら久留里城を目前にし、下総伊達軍と遭遇する。
「里見には、早く倒れて貰わねば困る」
 ローランは一隊を指揮し、前ヶ崎兵に襲いかかる。
「アルディナル、前ヶ崎の勇者達を見捨てるでない」
 義堯の命を受け、アルディナル・カーレスと里見兵は久留里城を出撃。
「ここは通しませんよ〜」
 エストは里見兵を合流させまいと重力波、続いて石化を発動。
「恐れるな、神の御加護を信じよ!」
 アルディナルと先頭の数十人は全員無傷。勢いを落とさず、ローラン隊の横腹に食らいついた。
「聖母よ、里見の勇者達に御加護を‥」
 フィーネ・オレアリスが張った防御結界を、一条の矢が貫く。
「ウザい子が出てきたな」
 上空にイリアスの天馬を見つけ、アレーナ・オレアリスもペガサスに跨る。
 余談だが、この戦争では両軍共に天馬乗りが相当数に及んだ。ペガサス達は大変不満の様子だ。
 同じ天馬乗り、騎乗の技で上回るイリアス相手では思うように距離を詰められない。
 アレーナは冠と盾を失って後退するが、その間にアルディナルとフィーネは前ヶ崎兵と合流、久留里城に撤退する。
「勇者が戻ってきた。‥‥天は、まだわしを、里見を見放しておらぬ証拠ぞ」
 義堯は冒険者の活躍を絶賛し、里見家最高の武将として六龍将の称号を送り、家老並みの扱いで遇する。
「後藤信康に、里見の地を踏んだ事を後悔させるのじゃ」
 義堯は江戸伊達軍が来る前に下総伊達軍を蹴散らす考えだったが、中止する。頼みの大術師フィーネが魔力を使い果たしていた。
 里見は籠城し、久留里城の前で下総と江戸の伊達軍は合流。
 リーマ・アベツが堅固な野戦陣地を構築し、いざ久留里城攻めという所で伊達政宗は小田原落城の急報を聞いた。


「ふあははははは! 悪魔ども、ジャパンはさぞや過ごしやすかろう。そうはいかぬであるぞ! 余が来たからには燻りだしてやるのだ!」
 ヤングヴラド・ツェペシュは暮空銅鑼美、暮空銅鑼衛門を供に源徳家康、武田信玄、伊達政宗に面会を求めた。
 その目的は、教皇庁の使者として悪魔退治の認可を得ること。
「‥‥探索する分には一向に構わぬが、特別な許可は出せぬ」
「何故だ。さては既に悪魔の手先であるか?」
 一行は源徳の本陣で家康と対面したが、断られた。君主認可の悪魔退治は一種の特権、軍中に混乱を来すというのがその理由だ。続いて武田では。
「なるほど。仏に仕える者として、協力は惜しむまい。好きなだけ調べるが良かろう」
 何故か信玄はヤングヴラドの頼みに応じて認可状を渡した。源徳軍の攻撃が始まる前に小田原城を出た一行は、江戸城に向かうが、政宗は不在だった。
「仕方無いのである。地道な聞き込みから始めるであるかな」
 小田原の戦場は、負の感情が多すぎて返って判別しにくいと、ヤングヴラドは江戸城から聞き込みをスタート。
「お前達も魔王探しか?」
 江戸城でマンモンを探していたマナウス・ドラッケンと百鬼白蓮が、ヤングヴラド達と出会うの必然だ。
「他国の政治に干渉する趣味はないが、魔王の存在を聞いちゃあな」
「ほお、『強欲』であるか」
 教会関係者にとって、馴染みの深い七つの大罪。
「城の地下で見たって奴が居るんで、潜って探してるんだが‥‥これが、とんでもなく広いのさ。おまけに俺はとんでもない方向音痴と来てる」
 肩をすくめるマナウス。
 大空洞は江戸城の急所。しばしば抜け道に利用された為、現在は殆どの出入り口が封鎖されている。マナウスと百鬼は伊達軍として政宗から特別に許可を得ていた。
「好都合である。目的は同じなのだ」
 ヤングヴラドは同道を求める、断る理由は無かった。
 五人で探索するようになり、探索範囲は格段に広がった。そして。
「なんだ、期待外れもいいところだ」
 銅鑼衛門の背負い袋を漁っている所を発見されるマンモン。
「‥‥いーや、あり得ないから。仮にも魔王だぜ?」
 マナウスはコソ泥同然の上級悪魔を指さして首を振るが、百鬼の掌中の石の中の蝶は確かな反応を示し、目撃情報とも姿が一致した。
「貴様がマンモンであるか?」
「いかにも。我こそ、黄金の君主である」
 威厳に満ちた台詞を吐くマンモン。
「‥‥じゃあ聞くが、何故わざわざ魔王様がこんな小さな島国の小競り合いごときに関わってるのかね?」
「教えると思うか」
「リヴァイアサンは単独で表に出てなお国を滅ぼしかけた程の魔王だったものでね。同じ位を名乗るそちらは何故こんなに隠れる、と気になったのさ」
 魔王は大声で笑った。
「我が汝らの味方だからだ。我は強欲、汝らに富と黄金の素晴らしさを教えたものぞ」
「惑わされるな!」
 ヤングヴラドが神聖魔法をかけ、魔王に斬りかかる。捉えたと思ったが、刃はマンモンに届かない。
「筋は良いが、我を倒すには不足。もっと強い武器を持て」
 マナウスの攻撃も空を切った。
 魔王の姿は洞窟の闇に溶けていき、石の中の蝶の羽音が止んだ。

「この際だから武蔵を切り取るのだわ」
 ヴァンアーブル・ムージョは八王子の大久保長安に出兵を要請。長安もこの機を逃すまいと源徳長千代に言上し、八王子軍は慌ただしく動き出した。
 伊達軍はこの時の為に府中、国分寺などで警戒態勢を取っていたが、政宗が房総に出陣し、満足な後詰の得られぬ伊達軍を八王子軍はいいように切り崩した。
「八王子の好きにはさせません。敵わぬまでも一矢なりとも」
 江戸伊達軍に参加したルーラス・エルミナスは御多々良岩鉄斎、九紋竜桃化らと共に一隊を率いて迎撃に出た。
 ルーラスは正面からの八王子軍撃破は無理と判断し、狙いを一点に絞る。
「目標は八王子軍の伝令の要ヴァンアーブルさんです」
 10キロに及ぶ広範囲念話で八王子軍に抜群の機動性を与えているシフールは、外交交渉にも前線にも顔を出していた。
 彼女が気付いた時にはルーラスの槍が突き刺さり、次に意識を取り戻したのは寺院だった。八王子軍は後退するが、江戸の戦力低下は鮮明となる。
「政宗は房総、西武蔵はあと一押しで我らの手に落ちよう。江戸奪還の絵は成ったな」
「それなんだけど、雷王剣を使ってやってる朝廷工作、講和の調停を行ってもらう方向に変えてもらえないかな」
 日向大輝の言葉に、長安は疑わしげな顔になる。
「何を言う。今さら、怖気づいた訳ではあるまいな」
「勝手なのも難しいのも分かってる。だけど関東の平穏を取り戻したいんだ」
 源徳が江戸を奪還すれば、それで勝負が付く‥‥とは限らない。むしろ、どこまで戦が続くか分からないのが正直なところだ。
「大殿の意を無視して、我らに戦を止める工作をしろと申すか」
「検討してほしい」
 長安は答えない。

 天城烈閃の手配りで江戸から小田原に向けて出発した荷駄隊を、竜胆零は離れた場所から見守った。
「‥‥」
 源徳軍が補給線を潰しに来ると見て竜胆は待ち伏せや襲撃を警戒したが、鎌倉までは何事もなく過ぎる。実際、上州や武蔵北部では源徳派が跳梁していたが、東海道は意外なほど凪いでいた。所が。
「関所が通れない?」
 荷駄は鎌倉の関所で止められる。
「これは武田の兵糧であろう。当藩の通行、罷りならん」
 鎌倉藩が源徳に降伏したという話は聞かない。
「何故でございますか」
「兵糧は軍事物資、武具も同然である。此度の関東の戦、鎌倉藩は無関係にて何処とも関わりない。それゆえ、鎌倉の領内に戦を持ち込むこと罷りならん」
 物陰から聞いていた竜胆は困った。
 鎌倉藩は小藩ながら独自の藩風を持ち、関所が厳しいとは聞いていたが。
「仕方無い、迂回しよう」
 来た道を戻り、回り道しているうちに竜胆は江戸に撤退する武田新田軍に遭遇する。武田軍は竜胆の話を聞き、大きく迂回して江戸入り。途中、八王子軍の小規模な襲撃を受け、兵を減らした。