●リプレイ本文
神聖暦一千四年、七月下旬。
上総、伊達本陣。
「ここに居ったか」
攻撃前のエストとリーマに、伊達武将、白石宗実が近づく。
「ゼルス殿を探しているのだが、知らぬか?」
「今は兵隊さんに魔法をかけてます。呼んできましょうか」
行きかけたリーマを白石は片手で制した。
「それには及ばぬ、お主達にも話しておきたい。実は江戸で源徳方の動きがあってな」
白石は江戸から急使として来たらしい。
「動くな」
背後から現れた天城烈閃は強弓の狙いをピタリと白石につける。
「天城殿、何の真似だ?」
「こちらの台詞だが‥‥殺気が洩れている」
逃げようとした白石は一撃で盾を砕かれると、刀を放り投げて座り込んだ。
「兄さんも無茶言うよなぁ‥‥こんなおっかない護衛がついてたんじゃ、無理」
白石に化けた尾上楓は降参。
「戦で術者を守るのは、基本だ。里見は守りを置いてないのか?」
「‥‥」
楓は捕縛される。伊達が久留里城を攻める、少し前の話だ。
上総、久留里城。
房総山地の入り組んだ痩せ尾根を削り、断崖絶壁の上に複数の曲輪が並ぶ。麓から山頂までの高低差は100mほど、高山では無いが険阻で、曲輪から矢や石を落とされたら登るだけでも大変だ。
久留里城に入った冒険者は名のある者だけで20名。この人数は麓の伊達勢より多く、源徳軍の鎌倉攻めに参加した人数より多い。
「わしは勝つぞ!」
出迎えた里見義堯はすっかり感激し、瞳が潤んでいた。
「お任せを。里見を侵略者からお守り致します」
聖龍将フィーネ・オレアリスはこの戦いで里見兵から生き神のように崇められる。フィーネや翼龍将アレーナ、鬼神アンリなど名高い者9名は防衛団を名乗った。
「駒は揃うた。ならば、やられる前に先制攻撃あるのみぢゃて」
アルスダルト・リーゼンベルツは術者を中心に攻撃部隊を編成し、伊達本陣への集中攻撃を進言。あわよくば一撃で政宗を討ち取る案、もし負傷でもすれば儲けもの。
「素晴らしい作戦じゃ、やれるかアルディナル?」
話を向けられて、義堯の傍らに立つ白龍将アルディナル・カーレスは頷いた。
「敵本陣の攻撃には賛成です。ただ、敵も同じ様に考えているでしょう、本陣の守りを万全とするが前提となりますが」
義堯はその通りだと思い、久留里城防衛の中核をなすだろう防衛団に確認。
「仰せとあれば攻撃に参加しますが‥‥」
アレーナは浮かぬ顔でフィーネを見やる。防衛団は迎撃を主眼にしていたので、義堯は伊達本陣強襲を見送る。
程なく伊達の陣に動きがあり、小櫃川を越えて攻撃が開始された。
約五百の部隊が城の西側、二の丸正面の獅子曲輪口に殺到。それとは別に、三百ほどが城の北側、上の城と呼ばれる外郭の曲輪を攻めた。
轟ッ
麓から吹き上げる暴風が、備え付けた陣盾を空中に吹き飛ばす。
「みんな、顔を出すんじゃないよ」
側面の曲輪を守る水龍将アン・シュヴァリエは、獅子口の敵に長射を浴びせかけた。返礼は数百mを一気にかけぬけるストーム。
結界越しに二の丸を見たアンは、重力波と落雷に耐えたレジストマジックの陣幕が、ストームとトルネードで引き裂かれるのを目撃。
「敵は?」
『竜巻はゼルス・ウィンディ、重力波はリーマ・アベツとエスト・エストリア』
テレパシーを使った曲輪同士の会話。物見の情報を、全軍に伝えている。それは敵軍も同じらしい。アンが対処すると伊達軍も直ぐに対応してくる。
伊達本陣。
「出撃するなら、守りをかけてやろう」
御多々良岩鉄斎は術師にオーラをかけた。一日数人。
「軽装すぎだ。鎧を着た人間は丈夫なんじゃぞ‥‥まあ、一撃が二撃になるだけかもしれんが、その間に仲間が助けてくれるのを祈れ」
鍛冶師らしい忠告を忘れない。
「フォックスにやられた。リンの部隊とあの男、あとアイーダ、パラーリアにも注意が必要だな」
天城はレベッカ・カリンに毒矢にやられた軍馬を頼む。
「自分の馬を、囮にしたのですか?」
「狙ってくるのは分かっていたからな」
戦争で冒険者の武、術者の重要性が高まると、狙撃手の存在も再認識された。強化された弓は防御を貫き、練達の射撃手は戦場の主役になり得る。
「ふん、また壊された」
ゼノン・イス・オラトリオは割られた陣盾を捨て、足軽から代わりの盾を受け取る。曲輪から降り注ぐ弓矢、特に術者目当ての狙撃は恐るべき精度で盾も鎧も打ち砕く。
「俺の背中から出るなよ。お前たちが俺の勝利条件だ」
巨体を生かし、傷を負いながらゼノンはひたすら術者の盾になる。
「‥‥上から見られてる気がする。ヴァンアーブル、誰か見てないの?」
「し、調べるのだわ」
里見の念話網の要はヴァンアーブル・ムージョ。回線は一本だから、彼女は順番に曲輪の責任者や味方の冒険者に連絡を取り続けている。ムージョは戦闘にも参加したので、疲労が激しい。
「私は見てないわよ? ‥‥待って、何か来たッ」
二の丸から敵軍を見張るフェザー・ブリッドはテレスコープを使った。
「またか。ウザい奴が出てきた」
主郭を守るアレーナはペガサスに飛び乗る。敵は伊達のイリアス・ラミュウズ。上空から北側の曲輪に矢雨を降らせている。
「今度は先のようには行かんぞ」
「ほう‥」
アレーナの手綱捌きはイリアスと拮抗した。
「逃がさん!」
弓のイリアスに対し、剣のアレーナはなかなか間合いに入れない。矢も魔法も届かない高空で、時折両軍の落雷がその身を打つが人馬共に無傷。
「くっ」
「俺に任せろぉ!」
雲を切り裂いて現れる尾上彬。グリフォンによる天空逆落とし。焦るイリアス。
だが。
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
乗騎に振り落とされ、真っ逆さまに落下する彬。騎乗技術が、低すぎる。間一髪、フライを発動して一命を拾う。
「大した腕も無いのに空なんか飛ぶな!」
生還した彬はアイーダ・ノースフィールドの説教を食らう。
「もらったー!」
「ちっ」
イリアスに生まれた隙に、アレーナが迫る。
『ぐっ』
「プロムナード!」
イリアスの矢がペガサスを射抜き、致命傷を受けたプロムナードは失速、落下しつつ消えた。アレーナは墜落、妖精の粉を振り撒くが山肌に激突し、絶壁を転げ落ちる。
「ぁぐっ!」
強烈な衝撃、泰山府君の呪符が彼女を救う。アレーナの姿は敵部隊に飲み込まれた。
『‥‥愚かにも程がある』
「どうしたグングニル?」
「イリアス、高度をあげろ!」
「無恥な侵略者に酬いを」
尾根を伝って移動したシーナ・オレアリスは、イリアスが動きを止めたその時、真下から水弾を放った。天馬を直撃し、グングニルはバランスを崩す。
「単騎で無茶するからよ。誘われたの、気付かなかった?」
「リリアナか」
「宿奈が誘導するわ」
シーナの第二弾にリリアナは高速詠唱を合わせる。超越魔法を相殺する事は叶わないが、威力を減衰してイリアスの離脱を助けた。
「アレーナ!」
戦いを見ていたレオーネ・オレアリスは軍馬に飛び乗り、絶壁を駆け降りる。遅れて義堯も獅子曲輪から救出隊を繰り出す。
「援護するの〜、翼龍将をイケテナイ伊達さんに渡したら駄目にゃ!」
パラーリア・ゲラーは強弓を連射。アンも火線を集中し、伊達部隊の足止めと分断を図った。
相模、源徳本陣。
「殿はお疲れである。用件は某が承ろう」
陣幕の前で家康の腹心、本多正信が冒険者達を押し止めていた。
「それでは間に合わぬ。明日には鎌倉に入る」
「む」
彼らは家康に面会を求めたが、幾人かは本陣に張られた結界が通れぬほど殺気だっていた。正信は旗本衆を呼ぶが、奥から家康本人が現れる。
「お主らの話を聞こう」
家康は10人余りの冒険者の前に、どかりと座り込む。
「こたびの鎌倉攻め、中止して頂きたい」
まず進み出たのは新撰組分隊を預かる静守宗風。
「何ゆえ?」
「愚策だからだ。今ここで鎌倉藩を攻めれば、多くの冒険者の離反を招くは必定」
静守は鎌倉攻撃には大義が無いと言った。家康は頷く。
「尤もじゃ」
「家康公、兵糧の問題が解決するならば、鎌倉攻めは取り止めて頂けるか?」
続いて発言したのは陸堂明士郎。彼は先日の戦功で山中城主となったフレイア・ケリンの提案に支持を表明する。
「戦わず兵糧を手に入れるか‥‥冒険者にしか思いつかぬ策だな」
冒険者が各地で食糧を調達し、源徳軍に運び入れる。至難だが、腕利きの冒険商人ならば不可能では無いかもしれない。
「いっその事、天下の越後屋を頼るってのはどうだい?」
飛葉獅十郎の意見に、家康は首を振る。
「越後屋は、戦と政治には加担すまい」
「そういうもんかね」
「うむ」
家康はあぐらをかいて、一介の冒険者と同じ目線。
「本当に、どうにかならんのか? 俺も無用な戦いを避けるのに賛成だ。鎌倉で寄り道してる間に背後を襲われる危険もあるのじゃないか?」
言いながら、クリューズ・カインフォードは地面に関東の絵を描いた。
「わしも、出来るなら今すぐ江戸へ向かいたいが。‥‥江戸が小田原を超える激戦となるは必至じゃ」
家康は棒を取り、クリューズの描いた絵地図に各勢力を書き込む。
「お主達が兵糧を集めてくれる事、感謝に堪えぬ‥‥だが、兵と米を運ぶには道と拠点が必要なのだ」
その為の鎌倉攻め。大遠征の源徳軍の泣き所は補給線。鎌倉を征するのと通行不能とでは、兵站に雲泥の差がある。家康は武蔵に残した地盤が少なく、鎌倉という前線基地を欲している。
「それなら鎌倉で無くても」
鎌倉は要所。そこを避けて別に拠点を構えれば後顧の憂いを残す。
「降伏を前提に、領内通行だけでは駄目なのですか?」
小鳥遊郭之丞が震える声で尋ねる。
「鎌倉は貧困に喘ぎ、悪魔吉祥天により疲弊し切っています。吉祥天は今も藩内で暗躍し、家康公に協力致したくとも出来ぬが現状。この上、戦に駆り出されれば滅びるより他なく‥‥民を守る為の必死の抗戦なのです」
家康は郭之丞の言葉に一つ一つ頷いた。
「己の悪行に身震い致す。鎌倉を貧しく変えたのは、この家康じゃ」
家康は間近の江戸攻め、関東の情勢を考えれば、鎌倉は遠からず戦火を受けるといい、軍の通行だけでは済まないと話した。
「そんな‥‥ですが鎌倉には弁天様と五頭竜が居ます。彼らを刺激しないで、堂々と八幡宮で戦勝祈願を行ってください」
明王院未楡も涙ながらに訴える。家康は首を振る。
「これほど話しても‥‥魔軍討滅を掲げる家康公がよもやお忘れか? 鶴岡八幡宮の神域を血で穢せば、悪魔を利する事になりますぞ!」
語気を強めるビーツァー・パルシェ。
「神域でなければ、血が流れても良いと申すか。そうではあるまい。わしが鎌倉を攻めるは流す血を少なくしたいが為。小田原の犠牲を無駄にせぬ為じゃ。人外の者、八幡宮とて敵対するならば容赦は出来ぬ」
志波月弥一郎は不満を覚え、家康の眼前ににじり寄る。
「畏れながら、家康公は鎌倉を是が非でも落とす存念のようですが、鎌倉を攻めぬ事で得られるものがあります」
神妙に聞く家康に弥一郎は続けた。
「それは信頼」
鎌倉攻めを中止すれば、家康は冒険者の絶大な信頼を得ると説いた。
「わしはこれ迄に中立の駿河伊豆を降した。江戸を取り戻し、乱世を正す一念あればこそだ。鎌倉の中立を許せば駿豆の者は離反し、家臣はわしの覚悟を疑うであろう」
家康は冒険者をあてにしている。
冒険者が居なければ、江戸攻略は不可能だろう。だが。
「良く分かった。この中には鎌倉と縁深い冒険者も居るであろう。戦を憎む者も多かろう。思う所あらば、早々に陣を引き払うが良い。家康を見限り、鎌倉へ参じたとて恨みには思うことはない」
家康は従軍した冒険者全員にこの事を伝える。陸堂の遊撃隊、静守の新撰組分隊は離脱こそしなかったが、鎌倉攻めに不参加を表明する。
江戸。
「いらっしゃい〜」
越後屋の暖簾をくぐったエセ・アンリィは、金袋を置く。
「保存食だ、三百両分を今すぐ買いたい」
「‥‥え?」
越後屋の保存食は一つ五文。一両は百文だから、六千食分。今すぐは無理という店員にエセは詰め寄った。
「何だと、まさか天下の越後屋が保存食を切らしておるのか?」
エセは本気。
店員の顔が引きつった。
「おお、そうだ。パリの弟にも頼まれていた。あと二百両分追加だ」
併せて一万。
「保存食の蔵が立ち並んでいるように見えますか」
頭を抱える店員。
「俺は金貨150枚分の食糧を‥‥いや他を探そう」
同じ用件で訪れたアンドリー・フィルスは入り口で踵を返した。
この数日、大量の食糧を求める冒険者があちこちに出没した。圧巻はカイ・ローンで、彼はどういう手管か乾餅一千個を自ら調達した。
「さて、どうやって源徳軍まで運ぶか。フレイアさんは?」
餅や保存食と言っても、千人単位となれば物凄い量だ。
兵糧を集めた冒険者達は、源徳軍の要職に就いたフレイアを通して届ける算段だったが、肝心のフレイアがその手配をしていない。
「‥‥鎌倉まで自力で運べと?」
フレイアも彼らも、他にやるべき事を抱えている。片手間で兵糧を運ぶ部隊は用意出来ない。
「仕方無いですね。私が商人さんに話をつけましょう」
フォルテュネ・オレアリスが商船を手配していると聞き、皆は方々でかき集めた食糧を彼女に任せた。
ところが商船は、港に張り付いていた比叡一の目に止まる。
「隠密だけが能になるとはな‥‥悔しいが、受け入れねばならんか」
大金星だが比叡は冴えぬ顔。港を出た商船はすぐさま伊達水軍のトール・ヘルバイターに拿捕された。
「江戸で集めた兵糧を源徳軍にって、大胆な作戦の割にお粗末だね」
「権力にこびり付く薄汚い侵略者、精神性の低い方の走狗に成り下がった者に、言われたくありません」
縛られたフォルテュネは毅然とトールを睨んだ。
「だから殺すの? 小田原みたいな戦は、俺達冒険者が一番憎んで来たことだよね。すごい武器とすごい魔法で、敵兵を容赦なく皆殺しにしてさ‥‥」
小田原の敗残兵は、冒険者を殺戮の権化と畏怖した。槍を跳ね返し、火と稲妻を吐き出し、近づけば瞬く間に兵は凍り、石にされ、その力は鬼神か羅刹かと。
「俺達も少し前まで、あんな風に恐がる側だったのに」
「責任転嫁はおよしなさい。貴方達の行いが、カオスを招いたのですよ!」
全ては四公の責任だとフォルテュネは叫ぶ。
災い続く安祥神皇の御代。苦しむのは民、悪いのは愚かな権力者。冒険者は悪を倒して今度こそ平和を手にする事ができるか。
小田原城。
「フレイア殿、兵糧が奪われたそうだな」
楊飛瓏は城内でフレイアを呼びとめた。
「作業が遅れる‥‥江戸攻めに支障が出なければ良いが」
この華国の武術家は、城攻めの器械を作っている。
「嫌味ですの?」
フレイアは疲れていた。
「そうではないが‥‥無理をしていないか?」
楊は小田原攻めの時から攻城兵器を作っていた。彼から見れば、フレイアは仕事を抱え過ぎだ。家康には幾つも献策を行い、小田原城の修復・強化、戦で焼け出された小田原の民の慰労活動に、山中城主としての家臣集め。どれも中途半端は否めない。
「御忠告は有難う。でも民の被害を止めるには、足りないくらい」
「無法者は俺が許さん!」
空から舞い降りたアンドリーは、村人と野盗の間に立ち塞がる。
小田原の戦は終わったが、治安回復は遠い。食糧事情は荒廃し、戦後の混乱と軍事力の低下は犯罪の増加を招いていた。
「奪わなきゃ飢え死になんだ!」
成敗した後、調べてみると源徳の足軽だった。飢えと凄惨な戦いに恐怖して軍を抜けた者らしい。
「民に罪は無い。‥‥この地の民は疲弊している」
村々を巡回したアンドリーは明王院月与と出会う。月与もまた小田原を巡り、戦で亡くなった人々の霊を慰めていた。
「だけど、‥‥無いの」
「何がだ?」
小田原の大激戦、両軍の死者は約三千に及ぶ。
尋常の数字ではない。源徳軍は十分に死者を埋葬できず、月予はせめてもと放置された死者の一人一人に祈紐を結んでいた。
ところが。
「何!? 死体が消えた、だと‥!」
瞠目したアンドリーは彼女の肩を掴む。
ある日、突然小田原城の死体が消えた。月与は酒井忠次に尋ねたが、彼も驚くばかり。城内には緘口令が布かれ、約三千の死体は酒井隊が埋葬した事にした。
「死人還りとなって彷徨い歩いているのかな」
「分からん。だが‥‥許せん!」
服部党の話では、小田原城の周囲を時折、姿を消しながら移動する不審なシフールが居たらしい。
鎌倉、かつて関東源氏が拠点とした要塞都市。
三方を山に、残る南を海に囲まれた天然の要害だ。鎌倉へ至る道は山を切り崩した何本かの隘路のみ。
家康は軍を複数に分け、海岸線の稲村路、極楽寺坂・化粧坂・巨福呂坂の切通しから一斉に部隊を進めた。
「このままでは鎌倉が滅びます。何卒、鎌倉のために降伏を」
郭之丞と未楡は戦端が開かれる前にと鎌倉藩の若き指導者、細谷一康のもとへ急ぐ。
「使者殿、大儀。ですが答えは同じ。源徳軍が来れば、敵わぬまでも抵抗いたしますと、お伝え下さい」
一康の言葉に、二人は息を飲む。
「それはなりませぬぞ」
声をあげたのは二人に付いて来た大蔵南洋。
「同じ境遇に身を置く駿河の者として申し上げる。源徳の要求は過大で不当。なれど降伏し、鎌倉藩が自ら兵糧徴発を行えば最後の一線は守れます。民に恨まれようとも、鎌倉は鎌倉武士が守らねばならぬ筈」
「なるほど」
勝敗は自明。敗北すれば、鎌倉を知らぬ源徳武士による無慈悲な徴発が待っている。ならば抗戦は、民を傷つけるだけか。
「‥‥ですが、源徳の悪は悪。貴方の話も、命が惜しければ金を出せと脅す盗人だ」
断れば殺されて金を奪われるのだ。差し出す方が利口だが。
「私は嫌です」
六百対三千。
最後交渉が決裂し、家康は先鋒隊に攻撃を下知。
「やれやれ鎌倉攻めは本意じゃないが‥‥これも江戸を取り戻すためか」
弓を背負う菊川響は源徳の本陣に参加。
「おそらく先鋒だけで勝負は付くらしい‥‥鎌倉は目的地ではないが、源徳武士は鎌倉の事を怒っているようだ」
神田雄司は本陣で聞き込みをした。神田の話では、源徳武士はこの期に及んで中立を標榜する鎌倉を非難している。
「彼らにすれば源徳に味方するのが道理。もし違うなら、伊達につくのが当然」
「その通り。国を守る力も無く、中立とは片腹痛い。その上、源徳の通行を妨げるとは実に愚かしい」
と言ったのは伊達から指名手配を受けたサイクザエラ・マイ。
「あの者が居るってことは‥」
「鎌倉の後方撹乱だな。‥‥家康はこんな戦をする男だったか?」
真顔で問う神田に、菊川は返答に詰まった。
「我々は摂政としての家康公しか知らん。あの若さで三河の田舎大名が関東王になったのだ。綺麗ごとだけでは済むまいが」
そう言って、マイユ・リジス・セディンは近くの石に腰を落ち着ける。
「マイユ爺さん、魔法部隊はもう出撃した筈じゃ?」
「俺は不参加だ」
では何故本陣に居るのかと聞けば、マイユはそっと石の中の蝶を取り出した。今のところ反応は無い。
「家康公にも祈紐を携帯するよう勧めた。気休めだが、無いよりマシだ」
広がる懸念。
源徳軍の先鋒隊は山中で冷たい濃霧に阻まれる。
「鎌倉、寒っ! ‥‥って、今は真夏だぞ〜」
身も凍る冷気に、赤備えの井伊貴政はガクガク震える。遠い先祖が三河の出身だとか何とかで参加した貴政を、源徳先鋒の井伊直政は気に入り、自分の部隊に入れた。
「同じ三河の井伊家、名前も良く似ておる。他人のような気がせぬわ」
「そっすねー」
武士としては規格外の男だが、その武はずば抜けている。山道では大軍の利薄く、貴政の存在は頼もしい。
冷霧にまかれた源徳軍は速度を落としたが、予想した襲撃は無かった。
霧のせいで半日遅れて、先鋒隊は鎌倉の関所に攻撃を開始。
主役は魔法戦団のジークリンデ・ケリンとヴェニー・ブリッド。
「殲滅します」
「戦になったのなら、仕方ないわね」
爆炎の魔女と雷帝は、関所を守る鎌倉武士の決死の覚悟を、文字通り爆砕した。
通常、大魔法は並の人間なら一発撃っただけで魔力が枯渇する。伝説級の術者と言えど、一日数発が限度だ。
ところが‥‥ジークリンデとヴェニーは地震、石化、炎爆、重力波、雷撃、竜巻、暴風の極大魔法を合計数百発撃ちこんだ。
強力な戦士団や術者を持たない鎌倉藩はこの大破壊の前に各所で連戦連敗。源徳軍はほぼ無傷で鎌倉入りを果たす。
「‥‥嘘だ」
なす術もなく敗走する鎌倉武士の姿に、一康は茫然自失。
死兵と化して民を守ると決めた。たった二人の術者の前に、それすら許されない。
「ホント、見事に負けたわね〜」
最前線で戦い、こてんぱんに負けたエルシード・カペアドールが呵々と笑う。彼女は異界で名を馳せた鎧騎士。それがいきなり鎌倉にやってきて、
「源徳と戦うなら、ぜひ私に先陣を」
と名乗り出た。エルシード曰く、私の中の騎士道がそうしろと命じたから。
「乱戦に持ち込めたら、もう少しいい勝負ができたんだけどね」
今回名のある冒険者中で鎌倉のために源徳軍と正面から戦ったのは彼女一人。
「私は‥‥間違っていたのか?」
問われたのは日向大輝。大輝は何も言わずに一康の傍に居た。
「ごめん。俺には分からない。持久戦くらいしか考えて無くて、力になれなかったし。だけど一康殿は藩主代理として考えに考えてた。だから、俺は一康殿についていくよ」
「姉様はいつも無茶ばっかり頼みに来る」
目的を果たした緋宇美桜は鎌倉を離れ、信濃の善光寺に向かう。
「毘沙門天様、鎌倉藩を助けてとは言いません、鎌倉の民を助けて下さい」
桜が、何故善光寺まで来たかは謎。善光寺の本尊は毘沙門では無い。
「そーでしたか?」
僧侶に諭されて、唸る桜。
「当寺の本尊は有り難くも日ノ本で最初の仏様なのですよ」
大陸からジャパンに仏教が伝来したのは聖徳太子の頃。その時の日本初伝の仏像が、善光寺に在るという。拝ませてくれと頼んだが、秘仏らしい。
「待たせたね」
「貴殿か‥‥では早雲公は願いを聞き届けてくれたのだな」
待ち合わせ場所に現れた渡部夕凪に、浦部椿は胸をなでおろした。夕凪は早雲の腹心の一人。
「北条にも鎌倉の民を逃がしたい奴が居るんでね。‥‥意地の張り合いなんざ大名同士でやりゃあいいさ。鎌倉の殿様がうちの主殿ほど、強かだったら良かったんだが」
苦笑する夕凪に、椿は頭を下げた。
「私の目に狂いは無かった。民にて立つ国を志す公が他国といえ、民を無碍にする事はないと」
「そう持ち上げられると、困るね。北条は源徳軍の一部なんだ。断っとくけど、表立っては助けないよ」
北条軍は今も鎌倉攻めに参加している。
こうして密談するのも、綱渡りだ。
「十分だ。鶴岡の門前が寂れれば祭の華もまた寂れる‥‥我が身一人で見返りを約す事は適いませぬが、何卒よしなに」
椿と夕凪は別々にその場を離れる。
「お出迎えは無し、か」
北条軍に加わった渡部不知火は、構えを解いて轟乱戟を肩に担ぐ。切通しで惨敗した鎌倉軍が市中で抵抗すれば厄介だが、どうやら逃げたらしい。それだけ圧倒的な敗北。
「やっぱ、合戦なんざ俺の趣味じゃねぇ‥‥」
いずれつく決着なら早い方がと参加した。結果は彼の予想を上回り、歯応えのある敵一人居ない完勝。
「切ないですね、戦は」
陣地を回ったリュー・スノウは寂しそうに呟いた。味方に目立つ損耗は無い。まさに鎧袖一触、源徳軍の兵は手放しで喜んでいる。
「そんなに嬉しいかね?」
早雲の護衛に参加したマクシーム・ボスホロフは首を傾げる。北条軍は小田原戦で散々だったと聞いた。今回も、大した働きはしていない。
「互いに生き残った事を喜んでいるのですわ。小田原では、本当に沢山の命が失われたと聞きました」
「江戸の坊さんが来てくれて助かったぜ!」
「民を救うのは僧の務めだ」
源徳軍が喜びに沸く中で、陣地の近くにある中立救護所は、地獄。
血塗れのケント・ローレルは次々と運ばれてくる死傷者を診察。戦場から明王院浄炎が運ぶのは、全て鎌倉兵だ。
「待て、怪我人をどこへ連れていく!」
救護所に参加した白翼寺涼哉は少なくない命を助けた。その涼哉の目前で、源徳兵が負傷者を連行する。
「戦いは我が方の大勝利。この者らは捕虜として預かる」
「医者として拒否する!」
「何‥‥お主ら、源徳側であろう。此度は敵兵だけを助け、なお協力せぬとあらば捨て置かぬぞ」
死にかけている者に敵も味方も無い、そう叫ぶ涼哉に源徳兵は刀に手をかけた。
「‥‥坊主を斬って勝ち戦に水を差す事も無いな」
源徳兵は去り、救護所が助けた鎌倉兵数十人は町を脱出した。
ほどなく源徳軍は鎌倉を占領。
「細谷一康は?」
「残念ながら、逃げられました」
早雲は北条軍を動かして鎌倉の退路を断った。
しかし、陰では冒険者の献策に従い、逃げる武士や民を見逃すよう指示していた。風魔の助けで、一康たち落ち武者や町を脱出した民を鎌倉から逃れさせる。
一康達が逃れた後、鎌倉藩は家康に降伏。
「此度の鎌倉攻略、軍功第一はジークリンデ・ケリン」
家康はジークリンデを、源徳支配下の鎌倉藩主に任命。
彼女は魔法戦団の主力。実質的な職務はほぼ源徳の幕僚が行うが、ジークリンデは投降した鎌倉兵の大将となる。
鎌倉降伏後、平潟湾に十数隻の船が密かに近づいた。
シオン・アークライトが先導する伊達水軍である。
目的は鎌倉の避難民救出。しかし。
「何も聞かずに帰れとは、どうしたんだ?」
陸に避難民の影は無く、一人待っていた小鳥遊郭之丞はシオンに退くよう告げる。
「済まない、だが理由は聞いてくれるな」
「‥‥承知した。納得はしかねるが、協力が得られないなら、他藩の民を無断で連れていく訳にもいかない」
シオンと伊達水軍は江戸に帰還する。
この事は滅びても伊達の手は借りないという鎌倉の意志表示と捉えられた。この時、里見のアレーナが義堯に鎌倉の民の受け入れを要請したり、前述のごとく北条が密かに逃亡を助けるなど、鎌倉に手を差し伸べる者は少なからず存在した。
「わが言葉は源徳家康公のお言葉。わが意思は家康公の御意志!」
蘇った狂僧、愛編荒串明日。マイ一味の仲間として鎌倉の村を襲い、物資を奪う。
「これが家康の意思?」
一人の威丈夫が、黒僧の前に立つ。
「貴様、刃向かうか!」
戦斧を構えた巨人戦士と数人の足軽が威丈夫を囲む。
「けひゃひゃ、近頃はおかしな者が出てきたね〜」
横から、道化の仮面をつけた白い人が現れた。
「渇っ!」
白い人が合掌すると、巨人と足軽は指一本動けない。
「口の利き方に気をつけたまえ〜。彼は家康公の息子さんなのだ〜」
「何!? まさか」
威丈夫は源徳信康。覇気に押され、愛編は平伏した。
「信康様、なにとぞ家康公の下にお戻り下さい。父君の悲願、江戸奪還は目前ですぞ」
「‥‥俺は戻らん」
「くっ‥‥信康は謀叛人、戻らぬならば家康公の御為、ここで死ねい!!」
ズゥンビをけし掛ける愛編。
「これが戦の影の部分だ」
紫煙を吹かせながら空間明衣は横たわる黒僧達を見下ろす。
「家康殿がどうこう言っていたが、気にするな。家康殿の考えなど本人しか分からん。大事なのはお前が何をしたいか。私は目の前の患者を治したいから治療を施すだけ。ドクター、手伝ってくれ」
「我輩は西行だと何度言えば分かるのかね〜」
三人は村人を可能な限り助けた。
「で、決めたかね〜?」
「ああ‥‥これまでだ」
死者を埋葬し、信康は立ちあがる。
「源徳をやめる。親父の戦い、分からぬではないが、俺は別の道を行く」
信康は戦以外の方法で、この国を救うという。
「出来るのかね〜?」
「分からん。いや検討も付かぬのが正直な所だが、俺は民を犠牲にすることに堪えられん‥‥そう思い知った」
小田原、鎌倉でさえ心が破れる衝撃を受けた。この上、江戸攻めとなれば、江戸育ちの信康は父親に刃を向けるかもしれない。
「お主の言う通り、これからは徳側を名乗ろう」
「源徳側では無いのにかね〜?」
「徳の側に在る武士となりたい。笑ってくれ」
白い人は大笑いした。
鎌倉を圧倒した源徳軍に、武蔵の民は戦々恐々。
家康の子らも動く。八王子の源徳長千代は西武蔵を掌握し、放浪中の信康は源徳の名を捨てた。秀忠の名は聞こえないが、宇都宮の結城秀康はしきりに兵を集めている。源徳に呼応するつもりらしい。