●リプレイ本文
京都。
張真とボルカノ・アドミラルは、平織市の名代として藤豊秀吉に会う。
「お市様は虎長が第六天魔王と気づかれ、延暦寺と和解を望まれています。何卒、殿下に仲介をお願いしたく」
この話を切り出された時、お市は何とも言えぬ顔をした。延暦寺に対抗するために彼女は武田を攻め、高野山と結んでいる。
「人のしがらみはそう簡単に断てないわよ」
延暦寺の僧兵は今も平織を憎む。平織の側にも、禍根が無いと言えば嘘になろう。しかし、第六天魔王を最も敵視したのは比叡山。今は武田とも休戦した。
「市殿は、決断したのじゃな」
「はい。つきましては秀吉様に、お願いがございます」
二人の目的、それは平織と延暦寺の和解の証しとして慈円大僧正の復活。
一年と少し前に起きた延暦寺の乱。その最終局面、神皇の呼びかけによる和平交渉の席で天台座主慈円は酒呑童子を呼び寄せ、虎長を討たんとした。虎長は慈円の魔法で弾け飛び、慈円も虎長の剣を受けて絶命。秀吉は慈円の蘇生を許さず、遺体を隠した。
「遅すぎたのう、もう腐り果てておるわ。だから復活は無理じゃ」
「御冗談を」
秀吉は笑った。
「確かに冗談じゃ。和尚の死体は厳重に保管してあるでの」
関白は慈円復活に異論は無いと言った。
だが虎長派に知れれば妨害は必至。政治的な問題もある。蘇生は誰にも知られぬよう密やかに行わねばならぬという。
「蘇生の術者は平織で用意せよ」
遺体は損傷が激しい。再生の術も必要だと秀吉は付け加える。
慈円の遺体はどこかと聞くと、秀吉は声を顰めた。
「‥‥他言は無用ぞ。この下じゃよ」
御所に埋めてあるという。
ここから、慈円蘇生計画が始まる。
尾張、那古野城。
「江戸城のボス猿争いなんぞに興味はないが、第六天魔王とやらと戦えると聞いて飛んできた」
不敵な笑みを浮かべたのは虚空牙。
平織市が第六天魔王虎長と一戦やらかすと聞き、各地から豪傑、お市縁故の冒険者が那古野に集まる。
「ガァアア、勝家め、やはり虎長につきやがったか。次に戦場で見えたときこそ雌雄を決してくれる!」
風雲寺雷音丸は今すぐにも飛び出しそうな勢い。
「問題は、如何に美濃を攻めるか」
「力に頼っていては虎長には勝てん」
ファング・ダイモスやレイムス・ドレイクは、連日美濃攻めの方策を話し合う。それに待ったをかけているのは高遠城のネフィリム・フィルス。
「美濃近江伊賀なら、坂本の明智もかい。イイトコは全部抑えられているさね、今戦えば負けるよ」
ネフィリムは市に何度も開戦延期の手紙を送る。
やる気満々のお市は面白くない。クロウ・ブラックフェザー、ミリート・アーティアが急いで尾張に向かう。
「国力差もそうだが、イギリスのリヴァイアサン撃退には多くの冒険者が力を合わせた。魔王を名乗る虎長に対抗するには、同規模の戦力が必要だろう」
今は味方を増やす時と説得。二人は市に伊勢との同盟、そして伊勢神宮から神託を得るべきと話した。
「伊勢と熱田、両神宮に、虎長はジャパンに封じられていた悪鬼羅刹であると、お墨付きを出してもらう。そうすれば、世間や家臣達の目も覚めるんじゃないか」
「だけど‥」
沈黙。
「市、一人で抱え込まないの。頼っていい味方が此処に居るんだから」
「そうだぜ。焦りは禁物だ。大丈夫、俺達が付いてる」
体を引き寄せ、クロウはお市を抱き締める。
「なっ‥‥人のいる所で貴方は何を!」
「あの時は気にしなかったぜ?」
さっと体を離した市に睨まれ、クロウは困惑。
「クロウ、乙女心は複雑だよ」
ミリートがつっこむ。ただ、仲間達に囲まれて市も少し解れたか。
「分かりました。貴方達に頼むわ」
「承知」
市は開戦を中止、伊勢との交渉にクロウ、ミリートが赴く。実はこの時、既に神木秋緒が祥子内親王に接触していた。
「高ッ!」
一方、京都では尾張藩御用商人、将門屋の将門雅が武具兵糧を仕入れる。
「西も東も大戦、これが適正な時価です。近頃はイザナミのおかげで、船も厳しいおますさかいな」
「戦を理由に値釣り上げるんかい。あこぎな商いしたらあとで泣きを見る事になるで」
雅は粘り強く値切った。この事は、虎長と市の手切れが近いこと、また市側の旗色が悪い事を京都商人に教える。
「義姉さん、商売人らしくないって評判だよ」
雅を手伝うクーリア・デルファは街の声を聞く。将門屋は冒険者と懇意なのだから、なんぼでも稼げるやろうにと皆、首を捻っている。
「うちは間違った商いはしてへん」
信濃、上杉本陣。
オリバー・マクラーン、水上銀、国乃木めい、チサト・ミョウオウインは、上杉謙信と面会。四人は尾張を通って上洛するよう謙信に訴えた。
「カイザード殿も承知の上」
「ほう」
オリバーの言葉に、謙信は微かに驚き。江戸の武田に急使を出した。信玄の返答は。
「信玄は江戸で逼塞する他なし、図らずも謙信殿に都を守り、第六天と対峙するお考えあるならば、誠に心強い」
謙信は尾張行きを決め、報せを聞いたお市は少なからず驚く。上杉の上洛はともかく、平織領通行にはなお問題があった。
市は水上らの説得で渋々、上杉軍の兵糧や陣屋を用意。南信濃を通過した上杉軍は、美濃で足止めを受ける。
「越後兵は通せぬ」
市の美濃攻めはまだ公ではないが、有形無形の前兆は出ている。そこへ突然の上杉軍の来訪、美濃兵は緊張を高めた。
「市様のご命令ですぞ」
「これはしたり。過日、武田上洛を止められた市様が、上杉ずれの通行を許す筈がござらん」
国乃木は上杉上洛は勅旨だと説明するが。
「それがおかしい。都の危機に何故、市様は立たれぬ。虎長様と喧嘩なされ、上杉に道をあけて征夷大将軍が動かぬ等、平織は世間の笑い者じゃ」
この心情は偽らぬ所か。平織は神皇の第一の忠臣を自任しながら、何故かいつも他藩に後れを取ってきた。冒険者らは困ったが、謙信はさっさと軍を三河に向ける。
「三河は源徳の」
「心配無用」
謙信は国境の砦を無視して三河に侵入。慌てる三河軍に対応する暇を与えず、上杉勢は尾張へ通り抜けていた。
「いくら相手が謙信でも、まるでザルじゃないか‥‥これほど本国の兵が少ないなんてね」
三河に潜入していた竜胆零は、このどさくさで目的のものが岡崎城と知る。
「虎長が魔王か否か、その目で確かめるといいよ」
尾張に入った謙信は冒険者の案内で大聖堂の地下の光景を見た。眠るように横たわる数百人の少女。
「あんたなら、治せないのかい?」
「‥‥魂が抜かれてるな、だが死んではいない」
親鸞は、おそらく魂を取り戻せば娘達は助かると言った。
「こんな事が出来る虎長は、やはり魔王なのか」
「確かめねばなりません」
大聖堂を見学した謙信は市と対面。市は伊勢、伊賀に工作して上杉軍の道を作る事を約束。それまで上杉軍は暫し尾張に留まる。
「大国主?」
めいは親鸞にチサトを紹介した。チサトは丹後の大国主に詳しい。
「その大国主は何者だった?」
人か魔か‥‥悪魔、妖怪、精霊、不死者。神にも色々と種類がある。
「大国主は、黄泉を友とするのが死霊らを収める道標と申していたそうです」
「それがどうした」
親鸞は問い返す。
「変ですよね?」
「魔物と仲良くなれば、その害は減る。理に適う」
親鸞は話した。今より人間が弱かった頃、世界には魔物を神と崇める邪教が蔓延っていた。人が力を持ち、仏教やジーザス教が勢力を得るに従って、それらは駆逐されていく。
「黄泉人も、元は神であったとか」
「だろうな。裏を返せば、仏も神も天使も、魔物なんだ」
まるで破戒僧の言。チサトは仰天した。めいは耳を塞いで聞こえない振り。
下総、本佐倉城。
ローラン・グリムは本佐倉城の守将に里見別働隊の殲滅と久留里城攻撃を進言。
「おそらく別働隊は久留里城に戻り、挟撃を狙うだろう。我々も急ぎ上総へ向かい、別働隊を殲滅して久留里城の攻略に加わるべし」
久留里城攻撃には伊達政宗自ら参加している。守将は一大事と考え、すぐさま出陣の用意をする。
「いいのかなぁ‥‥」
ローランにくっ付いてきたモニカ・マーベリックは物見と云って度々姿を消した。彼女が戻ってきたのは、ローランが一千の房総伊達軍と共に久留里城へ向う途上。
別働隊のメグレズ・ファウンテンは里見義弘を説得。
「おそらく伊達は我々が本城に戻ると見て、本佐倉城より兵を出し、先廻りして我が隊を待ち構えている筈。逆手に取り、本佐倉城を攻めましょう」
「むう」
義弘は悩む。七百の兵で下総の主城を攻めるは冒険。それに敵が里見の主城に迫っているのに、救援しないのは武士にあるまじき行い。
「獄龍将の言葉なれど、何か確証はあるのか」
メグレズは言葉に詰まる。あくまで推測。保障は何もない。
「若殿。今は里見存亡の時ですぞ、若殿には本佐倉城が必要だ。貴方様が健在なら、里見家は不滅」
賀茂慈海の言葉に、義弘は息を呑んだ。
「城は取れなくても、伊達の後背を脅かせれば意味があると思いますよ」
戦龍将カイ・ローンはメグレズと逆の意図で別働隊の目標は本佐倉城が良いと思っていた。龍将二人の説得に、義弘も本佐倉攻めを承諾。
「何故だ、別働隊は久留里城に‥」
「疑うの? この目でしっかり見て来たんだよ。ふふん、僕が付いてなかったら、どうなってたやら」
腰に手をあてて得意満面のモニカ、ローランは顔面蒼白。
大急ぎで軍を止め、来た道を引き返した。
「城兵は少ないわ。賭けはこっちの勝ちよ」
リーリン・リッシュが本佐倉城の様子を知らせる。
「全軍、かかれー!!」
本佐倉城の守備兵は数百、予想は見事に当たった。メグレズの軍馬を先頭に、里見兵は全軍突撃。
「怖いのは魔法だけじゃねえって教えてやるよ。命が惜しく無い奴はかかってきな!」
グレイン・バストライドは最前線に立ち、金棒「針千本」を振り回す。
「‥‥黄泉路の案内仕る」
グレインの隣で双剣を振るうは夜十字信人。足軽として参加したが、ジャイアントクルセイダーソードと日本刀の二刀流はどう見ても並ではない。
敵わぬと見て伊達の守備隊は固く門を閉ざし、里見兵に矢雨を降り注いだ。
「ぬおおおおっ、やはり敵の弓矢をどう凌ぎきるかでござるな!」
射手にとっては、ジャイアントの松桐沢之丞は良い的。
「スマッシュで攻撃するのである!」
「‥‥馬鹿なの?」
大きい人に隠れれば安全と、松桐の背中から魔法を撃ち込んでいたリーリンは凄く後悔した。
一部に計算違いもあったが、冒険者の武力と数の利、別働隊は勢いに乗る。だが仮にも一国の主城、そう簡単には落とせない。
「伊達軍が?」
戦況を見ていたカイは伊達軍が引き返してきたと聞き、天馬に跨った。
「妙刃、破軍!」
陣頭指揮をとるメグレズに、カイは城攻めを中断し接近する敵と対峙するかを問う。
「敵が来れば、挟撃されます」
「ですが伊達軍が城に戻れば、攻略は難しい」
メグレズはぎりぎりまで城攻めを続行。
「‥‥くっ」
ローランが戻った時、本佐倉城には里見の旗が翻っていた。
別働隊は城を落としたが、満身創痍。カイの天馬は城内を攪乱してグレイン達の城門破壊を助けた末、落命――その姿は夕闇に掻き消えた。
「メイ、すまない」
『口惜しいが、これも天命‥‥』
義弘は天馬とカイの武勲を称え、彼を本佐倉城代に任じた。
ローランと房総伊達軍一千は、態勢を立て直すため亥鼻城に移動。
彼らは、江戸から逃げて来た避難民に遭遇する。
江戸城。
ヤングヴラド・ツェペシュと暮空銅鑼衛門は留守政景に拝謁し、悪魔探索認可を求めた。
「藩主不在ゆえ、返答は出来かねる」
ただ地下の探索は許した。政景は、藩主からこの地に巣食うマンモンを探すよう命じられている。敵の密偵でないか調べられた上で、地下空洞に案内される。
「今度は金目のものが満載でござるよ〜」
早速、マンモン釣りを始める銅鑼衛門。
「面白そうじゃん。俺もやってみよう」
その隣りで釣り糸を垂らしたのはヘクトル・フィルス。魔剣、妖剣を餌にして魔王を呼び続ける。
「これは良い物だ」
マンモンはヘクトルの前に現れた。
「汝の望みは‥‥答えはどちらも同じだ。『居ない』」
「そんな馬鹿な」
魔王は不服そうに眉を顰めた。
「汝は対価を用意し、我は答えた。疑うのは勝手だが‥」
「嘘つき悪魔め、代価は払わんぞ!」
マンモンの両眼が金色に光る。
ヘクトルの肉体が輝き、ゆっくりと彼は黄金の彫像に変じていく。
「うわぁぁああ!」
「我を二枚舌と一緒にするからだ」
絶叫する騎士から、銅鑼衛門に向き直る。
「また汝らか。‥‥もっと良い物を持ってこい」
強欲の魔王は露骨に落胆し、銅鑼衛門に条件を示した。背負い袋の中身全てと、その他に彼が満足する価値ある物を付けて渡せば、とびきりの秘密を教えてやると。
「欲が深いでござるな」
「我が子らよ。得るためには、失わねばならん」
魔王は厳粛に言い放ち、ヘクトルの剣と鞭を拾って姿を消す。暫くしてヘクトルの金化は解けた。
月道で京都に着いたベアータ・レジーネスは、アラン・ハリファックス、伊勢灘日向と共に御所を訪れ、藤豊秀吉と謁見。その場には京極家の木下茜の姿もあった。
「伊達政宗は正式に、江戸城を殿下に献上すると」
アランは伊勢誠一から受け取った手紙を渡す。誠一は房総に出向き、今が乾坤一擲と政宗をかき口説いて許可を得ていた。
「ほほっ。じゃが、おかしなものよ」
秀吉はニンマリと笑う。公式的には、朝廷は奥州藤原氏に武蔵国司を許していない。家康の官位は剥奪しているから、記録上は空位に等しい。
「返すというなら遠慮なく貰うとするか」
秀吉は武蔵守を兼ねた。その代理として政宗に武蔵介を与える。それだけでは奥州藤原氏が怒ると考え、ベアータの進言を採用した。
「既に陸奥守、鎮守将軍などは奥州藤原のものじゃから」
少し考えて秀吉は秀衡を従三位に叙し、改めて鎮守大将軍とした。
「ちと、出し過ぎかな」
「京都救援の論功行賞を行うは自然な流れ。正しき処置と申せましょう」
アランは秀吉の命で藤豊軍500を率い、江戸へ向かう。
「ですが、気掛かりが一つ」
伊勢灘は、源義経が再び旗印として担がれる可能性を危惧。
「関東の争いは源氏同士の戦でありますれば」
「‥‥ふむ」
義経は利用されただけの神輿とも思われていたが、秀吉は伊勢灘に義経宛の手紙を持たせた。
「家康は頑固じゃのう」
ぽつりと呟いた秀吉に、茜が声を出す。
「源徳と四公の和睦、もはや無理なのですか」
「諦めてはおらぬよ」
このまま東国の戦が長引き、全国の混乱が続けば、京都はイザナミに奪われる。せめて停戦でもしてくれればと秀吉は思っている。
「ならば家康公が隠居し、源徳軍は全軍にてイザナミと戦えばこれまでの事を水に流し、江戸城をお与えになると約束下さいませんか」
「ふむ」
アランやベアータは無理な話と思ったが。
「良いとも」
「殿下?」
「源徳が戦を止め、イザナミを倒したならば、陛下に対してこれ以上の忠は無い」
家康が都に服して四公と和睦し、国難も除かれるなら秀吉としては言う事が無い。
「幸い、たった今、伊達殿は江戸城を返すと言うてくれたでな。‥‥アラン」
「はっ」
「江戸城に着いたなら、わしの言葉として家康に今の木下殿の話を聞かせよ。即刻戦を中止し、全軍京都に来てイザナミ戦の先鋒に立てとな。家康の隠居、イザナミの首と引き換えに江戸城をくれてやると申せ」
無茶すぎる。さすがのアランも、すぐには言葉が出ない。
「で、ですが‥‥あの家康が聞き入れるとは到底思えませぬ」
仮に家康が承知しても、源徳と関東諸藩には深い遺恨がある。収まるとは思えない。
「従えば家康はジャパンに必要な男、従えぬなら始末せい」
これが秀吉からの最後通牒。
武蔵、松山城。
源徳派の比企氏の居城は、伊達派の吉見・勝呂・熊谷の連合軍に囲まれていた。
「歯応えのありそうな冒険者は居たかい?」
「さあ。外にはいなかったぜ」
斥候に出たドナトゥース・フォーリアの言に、クルディア・アジ・ダカーハは舌打ちした。忍者志願というので偵察を頼んだが、この男、足以外はさっぱりだ。
「‥‥仕方ねぇ、正面からやるか」
「それなら得意だ」
サポートに立つドナトゥースに、陣盾を持たせる。
「こんな重い物を持ったら、折角の手数の意味が」
「城攻めだからな。そのダガーで魔法も矢も打ち落せるって言うなら構わねえが‥‥黙って持ってろ。俺もお前も、魔法撃ち合う戦場よか役に立つだろ」
クルディアは反源徳で一、二を争う豪傑。吉見範頼はクルディアに兵を貸し、寄せ手の一翼を任せた。
「まあこれも時流ですね。うちも血筋だけは立派なんですが‥‥」
愚痴っぽい範頼を聞き流し、クルディアは先陣を切る。
城方も必死で防戦。だが、元々多勢に無勢。それにクルディアとドナトゥースの武力が加わり、松山城は落ちる。
「呆気なくない?」
「冒険者が居なかった。連中、北武蔵は捨てたか」
小規模の戦では個々の武力が物を言う。ドナトゥースのおかげで余力を残したクルディアはそのまま、菅谷へ連戦。
菅谷館の畠山重忠は10倍近い兵力差に抗戦を断念、彼は館に火を放ち、畠山勢は北武蔵を逃れた。
窮した重忠は八王子に助けを求める。
「源徳家一と称される重忠殿を迎えられるとは嬉しいぞ」
この頃、源徳長千代は勢力を肥大させていた。府中以西は八王子軍の幕下と言って過言ではない。西武蔵の豪族は源徳軍の接近に恐れを抱き、日和見な彼らを説得したカーラ・オレアリスの活動も功を奏した。
「勢力拡大は喜ばしいが、八王子が敵に囲まれた状況に変わりない。むしろ、広くなった分、守備の懸念はあるな」
シェンカー・アイゼルリッシュは甲斐の武田軍の動向を気にした。
「抜かりは無い」
大久保長安は多くの細作を甲斐方面に放っていた。守りを強化する事を進言するシェンカーに八王子の大猪、結城友矩が反発。
「守りなど気にしておる時ではない! 今すぐ全軍で起ち、鎌倉の家康殿の下に馳せ参じましょうぞ!」
「八王子は敵に渡すのか?」
「何の懸念がござる、我ら雷雲の如く江戸に迫り、伊達を打ち破る大津波となり申す。難しく考えすぎでござる」
ほれぼれする武者ぶりだが、長安は反対。
江戸城の敵兵未だ多く、簡単に落ちる保証は無い。八王子は武蔵に残る唯一の源徳拠点。失う訳にはいかぬと。
「うむ。父上があれほど無理をして鎌倉を取られたのに、我らが八王子を放棄しては叱られような。父上とは江戸城にて再会すると致そう」
八王子軍は江戸侵攻に向けた西武蔵の戦力まとめに注力した。
「何故、協力出来ないと?」
林潤花は上州の同胞に上野、越後の兵糧買占めに協力を依頼したが。
「‥‥林大姐ともあろう者が分からないのかね」
失意で金山に戻った林は、八城兵衛とすれ違う。
「米が要るのか?」
兵衛の仕事は新田の兵站叩き、早い話が各地で米を焼いている。
「強奪は難しいがな。連中も同じ手は何度も食わぬ。今はかなり南を狙ってる」
兵衛は金山の守りを心配していた。兵衛は由良に、金山城の守りを固めるよう進言。手を貸せとは林も言えず、姿を消す。
「戦働きに来た訳ではないようじゃな」
江戸城の畑時能は鬼切七十郎の訪問を受けた。
「戦もそろそろ大詰めじゃけぇ、新田の史書を書きたくなってのう」
時能は苦笑した。付き合いは浅いが、鬼切がそんな男か否かは分かる。
「本当のところは?」
「畑ちゃんには敵わんの。どーも違和感があるんじゃ、すっきりさせてぇ」
華の乱以前と今の新田義貞ではまるで性格が別人と鬼切は考えていた。だが鬼切自身は義貞を知らない。
「義貞は狐が化けとるんじゃないんかい」
とはさすがに聞けない。
「ま、好きにせい」
畑は主君に従い、房総へ出陣した。
鬼切は義貞生誕の地、上州金山へ。由良や子供の頃の義貞を知る者に話を聞く。フレイ・フォーゲルの手も借りるが、義貞=妖狐の証拠は掴めない。
「なんじゃこりゃあ!」
聞き込みの帰り、鬼切は太田が燃えているのを見た。
町の至る所で火の手が上がった。おそらくは真田忍びの仕業か、兵糧焼きに対する新田の報復だ。
江戸。
「船橋に難民が四千? 何故そんな事になっている」
江戸城で住民の避難指示を出していたカイザード・フォーリアは、船橋の混乱を聞いて現地に向かう。数千人の難民は千葉街道で立ち往生していた。
本佐倉城を里見別働隊が奪い、下総の伊達軍が亥鼻城に入った事で難民はどこへも行けなくなり、収拾のつかぬ有様だ。
少し前のこと。
「東へ向いなさい。祈紐を身につけ皆で移動すれば、御仏の加護が強まるであろう」
祈紐を結び付けた錫杖を掲げ、天涼春は江戸の民に避難を呼びかける。
源徳軍が鎌倉まで迫っているのはもはや周知の事実、涼春の説法で瞬く間に60人ほどの人々が集まり、荒川を越える。集団は人数を増やしつつ、船橋に着く頃には二百人を超えていた。
「お、お坊様、一体どこまで行けば宜しいので?」
「鹿島まで」
人々は驚いた。遠すぎる。
鹿島神宮の方でも驚いていた。
「戦火を逃れて、鹿島まで‥‥それは難儀な、してどなたが?」
「はい。鹿島のお力で江戸四方の民をお引き受け願えればと」
綾辻糸桜里の言に、鹿島の神人は腰が抜けた。江戸は東洋一の巨大都市、その人口は数十万。1割、いや1分でも一つの町に匹敵する。
「大混乱を起こしますぞ」
「そこを何とか」
神人は確かに断った。が、江戸で噂が立つ。鹿島神宮に行けば助かる、受け入れてくれると誰かが広めた。折しも伊達武田は町奉行所と連携し、住民避難の一環として荒川の東岸へ移動させていた。一部が噂を聞いて鹿島に向う。
江戸の伊達軍は鶺鴒団の進言で、江戸城内に希望する住民の受け入れを開始。
約八千人が城内に避難する。源徳方の葛城丞乃輔、各務蒼馬が潜入し、城中に放火、混乱で数十人が死傷。
誠一の推挙で鶺鴒団入りした志摩千歳と荊信は源徳方の破壊工作を警戒して市中見回りに励むと共に、町の人々に協力を募る。
「江戸は江戸っ子の手で守りましょう!」
「何の正義か知らねえか、町に火をかける奴は許せねぇ。逃げれる奴は逃げてくれよ。おっと、手助けしてくれる奴は大歓迎だぜ」
町奴や浪人者など、数百名が城方に協力。
「彼らは源徳に恨みは無いが、ただの義侠心で町を守ろうとしている‥‥」
江戸の様子を観察した百鬼白蓮は空を見上げる。
伊達軍の乱雪華とマロース・フィリオネルは、グリフォンによる飛行部隊を結成し、江戸上空を巡回。中立派のマナウス・ドラッケンも伊達軍と一定の距離を保ちつつ、天馬を駆って同様に江戸の空を守った。
グングニィル・アルカードと妙道院孔宣は伊達軍と共に多摩川の橋を落とし、渡し船を押えた。船が無ければ源徳軍は渡河に苦労するはず。
江戸の空には魔獣、地には自警団と荷物を抱えた人々、江戸市民は決戦の間近なことを肌で感じた。
久留里城。
「新田じゃと!?」
早朝、義堯はヴァンアーブルの報せで跳ね起きた。
「レジーは‥‥風流斎から何故連絡が来ぬ?」
江戸〜下総間に網を張ったレジー・エスペランサは新田軍を発見するや、一か八か敵将の首を狙い、逆に倒されていた。
また周辺で隠密を狩っていた鳴滝風流斎は、一方を囮とする二体一組の九紋竜桃化、ルーラス・エルミナスの伝令狩りに仕留められる。鳴滝との連絡途絶を不審に思ったヴァンアーブルが斥候を放ち、ようやく接近中の新田軍を発見した。
「数は?」
義堯は震えた。久留里城に近づく新田軍は約二千、敵将は義貞。新田は武蔵に駐留するほぼ全軍を久留里城に向けたのだ。
「面白い。政宗に義貞、勝てば里見こそ日本一と天下も認めるわい」
具足を纏った義堯は笑みをこぼす。底抜けの上昇志向。
「間に合った」
山城を見上げるグレン・アドミラル。新田軍はほぼ予定通りに久留里城に到着。途中船橋で手間取ったが、それ以外は驚くほど順調で、バル・メナクスらの地道な協力も影響を与える。
「これからが本番よ。敵は手強いわ」
偵察したリリアナ・シャーウッドの報告に、ブレイズ・アドミラルが頷く。
「そのための俺達です」
反源徳側は、久留里城攻略に戦力を集中。
グレン達が江戸で義貞を説得し、新田の全軍を久留里城に送り。その上でブレイズが伊達水軍を率い、海路でここまで伊達兵と兵糧を運んできた。口にすれば簡単だが、陰に多くの冒険者の働きがある。
「だけど、里見の別働隊は何処へ消えたのでしょう」
「里見の水軍も見当たらなかったでござるが‥‥杞憂でござろう、無用な戦は無いのが一番でござるよ」
奇襲を警戒した雨宮零と音羽朧が首を傾げる。もし、里見の別働隊が本佐倉城に動いてなければ、新田軍は此処に居ない。
「――準備は整った。江戸を狙う里見、源徳と雌雄を決する前に倒さねばならん。久留里城を落とし、義堯の首を手土産に江戸に帰ろうぞ」
伊達政宗は義貞と冒険者に感謝し、新田と連携して久留里城に総攻撃をかける。
要となるのは超越術師たち。
伊達側はゼルス、エスト、リーマ、岩鉄斎、深螺藤咲、ルメリア・アドミナル、リアナ・レジーネス、アルフレッド・ラグナーソン、宿奈芳純、エル・カルデア、ロッド・エルメロイ‥。
対する久留里城側の超越魔法使いは―、
フィーネ、ヴァンアーブル、シーナ、そしてアンリ。
戦いは、政宗の思惑通りの大魔法合戦となった。
「城の視界を奪います」
総攻めに際し、深螺とロッドは久留里城を煙幕で包む。シーナも伊達兵を霧で覆い、久留里城の周囲は深い煙と霧に満たされた。
「思い通りにはさせない」
天守を守るフィーネは主郭と二の丸の煙を中和。彼女は主郭にかかる極大魔法を何度も中和し、その魔力は底なしと伊達の術者を震え上がらせる。だが獅子口や外郭は煙に覆われたままだ。アンの曲輪も煙に呑まれた。連絡を試みるが繋がらない。
「やられた‥‥か」
両軍の術者の内、総攻めで早々に落ちた者はヴァンアーブル、リーマ、リアナ、アルスダルト、ルメリア。両軍とも術師の守りには細心の注意を払ったが、狙う者も多く、全員は守りきれない。
政宗と義貞は冒険者を中核とする主力三千を久留里城の正面、獅子曲輪に集中。爆炎と竜巻、地震など極大魔法を用いて突破を試みる。
「二の丸を死守する! 防衛団には里見公を頼む」
アルディナルは六百の兵をかき集め、キルト・マーガッツを連れて正面の防衛に加わる。
「‥‥御武運を」
フィーネは魔力の限りを尽くしたが、手数の差を痛感し、防衛団は義堯を守って主郭へ後退。
同じ頃、正面を政宗に譲った後藤信康は千葉伊達軍を率いて北側の曲輪を強襲。煙に連絡を絶たれ、上の城の守備兵は混乱。
「敵は浮き足だっておるぞ。一気にかかれ!」
「今じゃ‥だ!」
伊達に参加した小丹は二刀を振りかざし、背後から後藤の首を狙った。
「痴れ者」
後藤は小の大脇差を防ぎ、返す刀で小太刀を弾き落とした。小は逃げたが捕まる。
「殺せ」
「ふーむ。わしを狙うには数年早いようだな」
小は源徳家臣で依頼主は明士郎、らしい。尋問の後、解放された。
「うぎゃーっ」
里見の兵が久留里の空に舞う。
兵達は竜巻と反重力で巻き上げられた所をストームに吹き飛ばされた。
「危ないっ」
メイ・ホンは崖に落ちかけた味方兵に手を伸ばす。一緒に落ちそうになり、アンが支える。
獅子曲輪を突破し、二の丸に迫る伊達と新田。
「キルト、我慢してね」
リオ・オレアリスは二の丸を無風空間で包む。
「折角、フィーネさんにレジストマジックをかけて貰ったのに」
「冒険者同士、手の内は知られている」
アルディナルは天守に向うリオに礼を言う。
新田の出現、冒険者の増援――覆せない兵力差ではないが、事ここに至っては‥‥白龍将は兵達に告げる。
「自分はここで敵軍を食い止める。だが諸君は里見の明日を担う大切な兵。この一戦が全てではない。命を惜しみ、必ず生き残れ。そして願わくば、里見公に尽くして欲しい」
アルディナルとアンは、二の丸で各曲輪の残兵を率いて戦う。
味方に倍する冒険者の武力と極大魔法、兵力でも上回る敵軍の前に、二の丸も鉄壁足り得ず。主郭の援護を受けて数日善戦したが、北側の曲輪を抜けた後藤軍が側面に迫るに至り、陥落。
「‥‥最早これまでです」
フォックスはフィーネが曲輪に仕掛けた里見製グリークファイヤに点火。
炎は瞬く間に広がった。異様に早い火の手に、伊達軍は混乱。その隙をつき、主郭の義堯は残兵と共に城の東側より脱出。
「残念ながら、此処は逃がすわけに行きません」
山上で見張っていた雨宮は、一隊を率いて義堯を阻む。
「奇遇ね。こっちも、捕まる訳にはいかないのよ。里見公には、まだ生きて貰わないと困るから」
フェザーは一部の兵と共に雨宮を押える。
「まだとはどういう意味です。‥‥何か見失っているものがありませんか?」
「さあ、色々あるんじゃない? 女の子の秘密を知ろうなんて失礼ね」
雨宮を抜けた後も、義堯は執拗な追撃を受けた。
藩主を逃せば房総の戦が終わらない。グレンとブレイズの策が無駄になる。
「そこをどけ!」
「‥‥善も悪も不用、里見公お護り致し候」
籠城戦ではフィーネを守って出てこなかったアンリが、山道を塞ぐ。フィーネは莫大な魔力を使い切り、義堯と離脱した。
アンリとパラーリア、それに聖龍将が最後の魔力で回復させた里見兵が行方を阻む。
オーラを極めたアンリはこの場で伊達兵を押し止め、最後は山王牙、ラグナート・ダイモス、マグナ・アドミラルらに追い詰められた。
「むぅっ」
山王の野太刀が鬼神のテンペストを砕く。
「是非に及ばず」
アンリは、さっと巻物を広げた。巨体が地中に沈む。
防衛団は貴重な刻を稼いだ。上総の山地は里見の庭。義堯は九死に一生を得る。