【源徳大遠征】関東決戦<中>・急

■イベントシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:41人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月20日〜08月20日

リプレイ公開日:2009年09月06日

●オープニング

神聖暦一千四年八月。
ジャパン、紀伊。

「市殿の花嫁姿を見るまでは、この心折れぬと誓った‥‥」
 男は平織に連なる者の密談により、高野山に送られた。
 上杉謙信が師事するという真言僧、清胤を訪ねる。
「一度は藩主を降りた身‥今の虎長に義は存在せん」
 男が魔王討つべしと語るのは、己を知って貰うためである。自分が市派であり、謙信調略が目的である事は隠さない。
「謙信公には尾張に来て頂く所存、清胤殿から伝言あれば伝えよう」
「‥‥」
 清胤には迷惑がられた。当然と言えば当然。
「平織家の方がお越しと聞いた」
 木食応其が男に問う。
 高野山と平織の同盟は比叡山に対抗する為だったが、直後に平織は虎長派と市派に分裂。虎長を糾弾する延暦寺を金剛峯寺が牽制したら、お市自身が虎長は魔王だと言い始めた。
「これだから俗世の者は困る。寺院を利用するばかりで信心が無い。大僧正に推挙する件はどうなったのか」
「済まん」
 木食の糾弾には男も参り、両手を合わせる。
「黄泉の国難に対し、我が真言も、天台は言うに及ばず諸宗の門徒と協力して戦っている。平織も早く参戦せよ」
「参戦したいが、魔王が居る」
 高野山は市の魔王討伐には賛成出来ないと言った。
 現状、急務は山陰山陽を死の国に変えて都に迫るイザナミ。お市と虎長が激突すれば、どう転んでも国が荒廃する。
「魔王と手を結べというか?」
「平織の事情は知らぬ」

 京都。
 悪魔に破壊された爪痕も痛々しい東寺に、一人の黒僧が来訪する。
「平織は盟を忘れない、それが事実なら天の加護を受けるに相応しいでしょう」
「ほう」
 文観はくすくすと笑う。真言の老僧達が怒っていた事を思い出していた。
「御坊にお聞きしたい。天下を統べるのはいずれの御方でありましょうや」
「貴方の目の前にいる男かもしれませんよ」
 真言宗にて法験無双と称される文観。
「本気ですか?」
「冗談です」
 ただ文観は、権門でなければ天下人になれぬという法は無いと話した。
「征夷大将軍には資格が無いと?」
「資格など‥‥天が決めることを、人が賢しげに推し量ってどうなりますか? 貴方は何か思いを抱えているようですね」
 文観に見つめられ、黒僧は走るようにその場を立ち去る。


 伊勢。
 冒険者達は尾張平織藩主の密命を受け、伊勢に飛んだ。
 伊勢藩主と斎王、それに天照大神と天使を一堂に集め、第六天魔王虎長打倒の協力を要請する。
「‥‥ふん」
「どうされたのですか、天照様」
「思い出しておったのじゃ。遠い過去にも、同じような話があった事をの」
 第六天魔王を共に倒してくださいと、懇願する人間達。それを天照は傍らで見つめ。
「不愉快なほど似ておるわ」
 天照は他の神々と共に魔王と戦った。人間達も二分し、大戦だった。
「妾に再びあ奴と戦えと申すならば、神皇がここへ来よ」
「え?」
「何を驚く。妾は神皇家の守護神なのであろう。それほど重大な用件、今代の神皇が自ら頼みに来るのが礼儀じゃ」
 斎王の取りなしにも頑として意志を曲げぬ天照。
 神皇が第六天魔王討伐を天照に頼みに来る。それは全く重大で、ある意味、冒険者達の意図をこれ以上無いほど拡大させた話だった。
「レイ、お前も何か言え」
「んーん‥‥この島国の事は管轄外だから」
「無責任すぎませんか?」
 胸倉を掴まれ、困惑する大天使。
「俺に言われても、な。そういう話は、ちゃんと管轄の権天使に言え」
「言えたらな」
 天使という輩は必要な時には居ないものだ。呼べば来る悪魔とは大違いである。


 薄暗い闇。
「――取引は成立ダ。死者たちは貰い受けた」
 闇の中で、醜悪な男は満足げな笑みを浮かべた。
「約束は分かっているな?」
「悪魔は契約を守ル。今から、我と我の軍勢はオ前の味方だ。さあ汝の敵を示セ」
 悪魔と対峙する誰かは、微かに表情を歪めた。
「‥‥もし敵が悪魔だったら如何する? 同族相手では戦えまい」
「用心深いナ。良い事だ。避けた方がオ前の為だが、相手がルシファー様かベルゼビュート以外なら、我は構わぬゾ」
 悪魔はいつ戦うと尋ねたが、契約者は首を振る。
「そうか‥‥だが頻繁に呼ばれては敵わんナ」
 二人は話し合い、まず場所はジャパン内ならどこでも良いとした。そして彼と彼の軍勢の召喚は一度だけと取り決めた。
「契約は成っタ。証しを貰っていく」
 契約者は悪魔の契約書にサインし、悪魔に十六分の一の魂を渡す。
「これで汝は‥‥の契約者だ。疑われぬように気をつけろ」
「本当は、破滅を望んでいるのだろう」
「まさか。長生きしろ。老いたお前の魂を迎えに来る日が楽しみだ」
 邪悪な笑みを残し、悪魔は姿を消す。

●今回の参加者

マナウス・ドラッケン(ea0021)/ デュラン・ハイアット(ea0042)/ 天城 月夜(ea0321)/ 天 涼春(ea0574)/ 壬生 天矢(ea0841)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ 暮空 銅鑼衛門(ea1467)/ アンジェリーヌ・ピアーズ(ea1545)/ クロウ・ブラックフェザー(ea2562)/ イレイズ・アーレイノース(ea5934)/ ミリート・アーティア(ea6226)/ 雪切 刀也(ea6228)/ 神田 雄司(ea6476)/ トマス・ウェスト(ea8714)/ 白翼寺 涼哉(ea9502)/ 風雲寺 雷音丸(eb0921)/ 将門 雅(eb1645)/ ヘクトル・フィルス(eb2259)/ 明王院 浄炎(eb2373)/ 十野間 空(eb2456)/ 緋宇美 桜(eb3064)/ ケント・ローレル(eb3501)/ ネフィリム・フィルス(eb3503)/ 明王院 月与(eb3600)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ 鳳 令明(eb3759)/ 鬼切 七十郎(eb3773)/ 十野間 修(eb4840)/ 空間 明衣(eb4994)/ 張 真(eb5246)/ 梔子 陽炎(eb5431)/ ルンルン・フレール(eb5885)/ 水上 銀(eb7679)/ ボルカノ・アドミラル(eb9091)/ 御津河 比季(eb9633)/ ゲルデリア・シュペーア(eb9634)/ アンドリー・フィルス(ec0129)/ 大蔵 南洋(ec0244)/ 烏 哭蓮(ec0312)/ 国乃木 めい(ec0669)/ 百鬼 白蓮(ec4859

●リプレイ本文

 江戸。
 リンデンバウム・カイル・ウィーネは十野間空の紹介状を持って月道を通り、パリで食糧を集めた。
 ノルマンは小麦の収穫時期。リンデンバウムは市外まで足を延ばすつもりだったが、その必要もなくパリ内で予算分の糧食を購入。
「手数料? 月道は無料になったのでは?」
「それは地獄の悪魔共と戦うための緊急措置だ。全て無料では、各国の経済が大混乱するのでな」
 リンデンバウムは帰り道、月道塔で手数料を取られた。各都市の物価に目立った変化が無いのは、かつての月道使用料程ではないが、商取引に関税をかけるなど、色々と制限しているらしい。今は地獄戦の余波もあり、各国の対応は明確でないが、冒険者達の通行もいつまで無料が続くか分からない。
 先の事はともかく、まずまずの収穫を得た彼は食糧を万屋「将門屋」に渡す。
「まいど」
 江戸で食糧を調達した将門雅は、木賊崔軌、崔煉華らの護衛を受けて、陸路で小田原を目指した。時節柄、江戸から東に逃げる民は多いが、西に向うのは兵や冒険者ばかり。
「この荷物はどちらまで?」
 伊達兵と共に関所を守っていたエレノア・バーレンは将門屋の荷を検めた。雅の返答はふるっている。
「小田原の相模屋はんまで。荷は施し用の食糧やね」
 相模屋、というのは山中城主が用意した仲介役で、実質の依頼主はフレイア・ケリンである。エレノアが通行は許可出来ないというと、雅は激昂した。
「とうとう伊達は盗賊まがいの事をするようになったんやね。江戸城だけじゃ気がすまんの? うちが尾張藩御用聞きなのを知ってのこのやり方か? 民間の取引まで邪魔する気か。それやったら、うちにも考えがあるで。それでええんか?」
 雅の権幕にエレノアは困った。
 堂々と敵国への物資輸送を宣言した彼女を通過させる理由が無い。例え相手が伊達の御用商人でも、政宗の許可が無ければ同じ事である。
 エレノアは将門屋の荷を没収する。江戸の商人は、雅の行動に呆れた。しかし、通れないと知って正面から意地を通す姿に、稀代の頑固者であると噂した。
「何、将門屋がそのような事を申していたと?」
 民間と言いつつ、雅が尾張藩の名を出したのは少々問題になった。尾張藩はその立場が良く分からない。だが、実は源徳と同心ではないか、という憶測が流れていた。
「尾張は、内憂を抱えておる。都の事もあれば、関東の戦には介入しないつもりと思っていたが」
 伊達政宗は平織市の心底を測りかねた。尾張が源徳方で仕掛けてくれば、東国の戦は泥沼化する。
「とは申しても、俺は家康だけで手一杯。平織の事は謙信に任せるしか無い」
 政宗は尾張藩への確認は止めたが、一抹の不安を覚える。


 尾張那古野城。
「ふぅ」
 高遠城代ネフィリム・フィルスからの書状を読み、平織市は溜息をこぼす。
「綱紀を糺し先ずは平織家より公正と結束を示すべし。藩主自ら平織家への政事への参加を禁じられ除名された者を連れ平織の交渉をしたこと。家中に相談なく盟の根幹に関わることを独断で進めた事。家中を混乱せしめた張真殿には追放か無期限の謹慎で責をとって頂く」
 ネフィリムの綱紀粛正に表立って賛同したのは壬生天矢と白翼寺涼哉。少ない。
「処分保留としても良いのだけれど」
「浅慮でございました。混乱を引き起こした罪、どのような処罰もお受け致します」
「‥‥そう」
 市の前で深く謝罪する張真に、彼女は尾張藩追放を云い渡す。張は関白にも謝罪したいと言ったが、追放された者では差し障りがある。秀吉には市から文を送り、謝罪と延期を伝える事にした。
「然らば御免」
 張は思いを堪えて立ちあがり、尾張を退去する。
「‥‥私の責任だわ」
「うん、市が悪いよね」
 弱った彼女に止めを刺すミリート・アーティア。市に睨まれ、ミリートも正面から見返す。
「状況は確かに大変。でもね、それだけじゃない。仲間に恵まれてるのも確かだよ。じゃないと、これだけ動かないし、何より諌めてはくれないもん」
 諫言耳に逆らうという。家臣にとって主君を諌める事は命懸けであり、聞き入れられても疎まれる事が多い。
「失うものが無いから、何処でも好き勝手な事が云えるのよ」
「市は好き勝手に云われるのは嫌?」
「‥‥嫌いに決まっているでしょう」
 ミリートは怒る市を気にしない風で、言葉を続けた。
「イザナミは、誰も諌める人が居ないのかな。止めず、止まず、ただ力と感情に任せて暴走してるだけ。でも市は違う。この差は大きいよ。まずは深呼吸だよ。焦らないで、前みたいに皆で少しづつやっていけば大丈夫だから。ね♪」
 笑顔のミリートに、市はまた溜息を吐いた。
 彼女の気持ちが解れたかは判らない。

「恐れ多い話だけど‥‥天下の安寧を願う為、今上にお出まし願えないかって話さ」
 水上銀は岐阜行きを準備する上杉謙信に、平織の大事を明かして協力を頼む。
 安祥神皇の伊勢巡幸を奏上し、神皇家の守護神である天照大神に第六天魔王討伐の神意を示させる。天照自身が口にした事だが、途方も無い計画である。
「天照の姉ちゃんも大技を使う」
 伊勢御幸には親鸞も驚きを隠せない。
「市殿は本気か?」
 謙信は銀に念を押した。
「ああ。京都で仲間が運動してる。それに謙信公の口添えが欲しい」
 思案する謙信一行を、オリバー・マクラーンが訪問。オリバーはカイザードとアランの代理として、謙信の上洛を三公と藤豊家が支援する事を伝えた。
「信玄は分かるが、政宗殿と義貞殿が良く承知したもの」
 尾張にも関東の情勢は聞こえている。房総では優勢だが、源徳の勢いは止められず、江戸まで迫られていた。
「都を守護するは万民の願い、三公は謙信様に託しておられます」
「相分かった」
 謙信は銀の要請を承知し、朝廷に対して伊勢御幸を求める文を書いた。
「それとさ」
 銀は謙信に岐阜行きを思い留まるよう説得した。
「虎長公を知る事は必要ですが、急いては事を仕損じます。伊勢神宮を動かし、魔王と対決する用意が整うまで、何卒自重を」
 国乃木めいも、岐阜行き中止を謙信に訴える。
「百聞は一見に如かずと申しますが」
 謙信に同行しようと尾張を訪れた円巴は拍子抜けしたが、神皇家を巻き込む大事と説得されて謙信は美濃行きを見送った。
「東洋に魂と魄、西洋はイドとアストラル‥‥一口に魂といっても人格と霊力に別れ、素人には判断がつきかねる。上人のお知恵を拝借したい」
 頭を下げた巴に、親鸞は顎に手を当てて、
「冒険者は‥‥他人を頼り過ぎだな。後で騙されたの何のと苦情は受け付けんぞ」
「構いません」
「では問う。いつ誰がどうやって第六天を封印した? 魔王の魂の封印なんてデタラメは、神仏の力を借りねば無理だろう。天使か、僧侶が居たのか。そして、そいつは封印をどうやって守るつもりだった?」
 沈黙する巴。
「問い続けろ。それのみが答えに繋がる」
 問いは新たな問いを生む。その先に答えがあるのか、無間地獄かは親鸞も知らない。


 斎宮に席を持つ天城月夜が伊勢神宮を訪れ、斎王に平織市との同盟の賛意を述べた。
「お市様と協力して魔王を討つことは誠に喜ばしい事にござる。拙者も下知あらば直ぐに参上仕り、この日ノ本のために働く所存」
「そうね」
 祥子内親王の気乗りしない返答は、伊勢巡幸の重大さを現している。神皇が都を離れること自体、滅多に無い。ましてそれが魔王討伐の為となれば、この世の終わりに立ち向かうような心地を味わう。冒険者は地獄でそれを垣間見た、背筋がうすら寒い。
 ただ斎宮としては天照大神の神意を安祥神皇に伝えるのみ。京都の工作は平織家の者が行うから、台風の目さながらに伊勢は静かだった。
 五節御神楽の一員として宮を守る神田雄司も、嵐の前の静けさを感じていた。
「伊勢の今後の方針?」
 神田から質問を受けたレイ・ヴォルクスは腕を組んで唸った。
「不安なのは分かるが、な」
「はぁ、自分達が心配しても仕方の無い事は分かっているのですが」
 レイが、彼の本来の上司の意向を知らぬように、兵隊に全ては知らされない。それは集団にとって有用な機密保持だが。
「こいつは単なる年長者のカンだが、伊勢は動く。‥‥動かざるをえない」
 この直後、レイは伊勢から姿を消した。

 白翼寺涼哉は冒険者の医局の大物だ。救護所に出没したり、真言宗に手の者を送り込んだり、平織市派の綱紀粛正に口を出したりと、やる事がフィクサーじみて来た。
「影響力は、別の問題ですけどねぇ」
「何を油売っとるんだ烏哭、さっさと高野山いってこい」
 平織市派に肩入れする涼哉は近江に向う。目的は小谷城主、浅井長政。
 途中で空飛ぶ木臼に乗った雪切刀也と会う。
「京都に住む一介の冒険者として、浅井長政に少し興味があってね」
 刀也は道すがら、己が見て来た近江の国情を涼哉と情報交換。
 丹後との国境沿いは相当に緊張している。近江は大国。丹後や京都方面から侵入する不死者は、水際で食い止めているようだ。その為か、住民の暮らしにはまだ落ち着きがある。さすがに鬼国の情報までは不明だが、滅びてはいないらしい。
 二人は長政に謁見を申し入れ、許された。
「都の冒険者が、わしに何用かな?」
「まずはこれを」
 刀也は長政にティールの剣を献上した。小姓から剣を受け取った長政は、笑みを浮かべる。
「『勝利』とは、なかなかに気がきく。虎長公が神皇家より志士の職と精霊魔法を賜り、我らも都と天下を守護する武士として魔法の修練に励んだ。ひとえに、神皇家の剣となる為である。分かるな」
「はっ」
 半ばは答えを得た。が、問うべきだろう。
「京都の非常事態、ご心労は察して余りありますが、長政殿の御胸中をお聞かせ願いたい‥‥何をお考えか、それがどうしても聞きたくて此処まで来てしまったものですから」
「正直なことだ。神皇家の志士として、一刻も早い出陣を願っておる。その為には虎長公とお市様が和睦なされ、平織家が一つとなる事こそ長政の願いだ」
 やはり浅井は虎長派か。確信を得つつ、質問を重ねた。
「虎長公は魔王との噂ですが、どう思われますか?」
「お市様は病としか思われぬ」
 市の虎長魔王宣言は、平織家の立場を打ち砕いた。虎長か市か、どちらかが死なねば一歩も動けない。長政の話では、虎長は市を攻めるか隠居させるべきと迫る長政達を宥めているという。
「あれほど苛烈な大殿が、肉親の情で決断が鈍るとは思われぬ。平織家を二分させぬ為に耐えておられるのだ」
 虎長からは話し合いたい旨の書状を那古屋に送っているらしいが、お市が破り捨てているようだ。聞くだに異常な状況だが、周りの状況が輪をかけてとんでもないので、誰も手が出せない。
「と言う訳でな。ほとほと困っている。もし尾張の者に会う事あれば、よしなに伝えて貰いたい」
「さあ、一介の冒険者が尾張家と話せる機会があるやら‥‥」
 刀也と長政のやり取りを聞いていた涼哉は、浅井家にある要請をした。
「丹後の惨状には藤豊も手を焼いてます。丹後の民をこの近江に受け入れては貰えますまいか。民衆救済に尽力頂きたい」
 涼哉は近江の仮設村を、丹後民の避難所とする事を進言する。これには長政も、驚いた。丹後方面は関白が担当している。平織と藤豊の間で一時期迷走した上の話だ。
「関白殿下が近江の支援をお望みなら、正式に使者を立てられて話がある筈。今の話、聞かなかった事と致そう」


 江戸城地下空洞。
「家康が江戸に拘るのは武士の面子だけかしら? 噂のマモンが探してる物もそれなんじゃないかなぁ」
 リリアナ・シャーウッドは伊達忍者を借り受け、地下に潜った。
 途中、背負い袋の荷をばら撒いて寝転ぶ暮空銅鑼衛門に遭遇する。
「‥‥捨て身ね」
「許可は取ってるでござるよ」
「健闘を祈ってあげるわ」
 隠密シフールは暮空を置いて、パタパタと迷宮の奥深くに進む。リリアナが消えた後、暮空の前に双頭烏の魔王が現れた。
「約束のブツは?」
「ちゃんと用意したでござるよ」
 地面に散乱する無数のアイテム。
「良く見えぬな」
 マンモンがさっと手をあげると、周囲が急に明るくなった。
「ほほう、これは良いものだ。本当に約束を守るとは見下げ果てた奴よ」
 暮空の質問に、マンモンは少し考えるように虚空を見つめていたが、やがて、
「居ない」
「そんな馬鹿な事は無いでござるよ!」
 先日の誰かと同じミスを犯す。黄金の暮空像と化した。
「ぶるる‥‥黄金郷を彷徨った気分でござるよ」
「我の云う事を信じぬからだ」
「‥‥ミーが云う事ではござらんが、こんな所で釣られてて良いのでござるか?」
 視線を逸らし、黙って壁を見つめるマンモン。
 地面に散乱した道具は全部消えていた。暮空が顔をあげた時には、強欲の魔王の姿はどこにも見えない。
「あなた、何か知らない?」
 超越感覚を持つリリアナは大空洞の最下層に到達した。一体の焔法天狗が静かに彼女を待っていた。
「この辺で、忘れ物を見なかったかしら。大事な物かもしれないんだけど」
『大事な‥‥忘れ物‥‥おお、汝の名を示せ』
「‥‥あら大変、名前を忘れてしまったわ」
 リリアナは急いでその場を離れつつ、妙な気配のイフリーテだと感じた。


「ザビエルどの!」
 ヤングヴラド・ツェペシュは御所の前で張り込み、ジーザス会のジャパン代表、フランシスコ・ザビエルを捕まえる。ツェペシュはザビエルが藤豊秀吉に接近している話を聞いて、京都へ飛んで来たのだった。
「何故、このタイミングで動いたのだ? いや、まず余の話を聞いてくれ」
 ツェペシュは語る。
 ジャパンが、彼らの欧州とは勝手が違うことを。
 ヨーロッパではデビルは絶対悪であり、ジーザスの徒は絶対善として広く認知されている。その為にジーザス教徒は無担保で善行を施せる。しかし、ジャパンは全てが相対的である。大名はそれぞれに大義を持ちだし、君主である神皇すら2人居る。三種の神器と呼ばれる強力な魔法具が王の証しらしいが、何個あるのか分からぬ始末。
「ザビエルどのは秀吉どのと交渉しておられたであるが、かの御仁は如何にも商人のような風体。利に聡い方と思うのだ。だからジーザス会の利を、理念ではなく実益で語る必要があるのだ。なに、悪く思う事は無い。ジャパンでは叡山も高野山も神宮も、駆け引きで動いておるのだ」
 ザビエルはツェペシュの話を真剣に聞き、時々頷いたりもした。気を良くしたテンプルナイトは、以前に持ちかけたジーザス会の綱紀粛正を話す。
「アジアの諺に、瓜田に沓を入ずと言うのであるな。まずはザビエルどの、貴殿からなのだ!」
 ツェペシュは返事を待たず、サーチフェイスフルを詠唱する。
「お、おおっ!」
 信仰心を知覚させる聖堂騎士の秘儀は、聖人に匹敵する反応を示した。ザビエルの信仰心が、一点の曇りも無いほどハッキリ感じられる。
「貴方の云う通りです、同志ツェペシュ。この国の人々は、神の使徒を己の為に利用し、相果てるまで戦を止めようとしませんでした」
「ふむふむ」
「ならば我々は、この国に平和をもたらす使者ではなかった。剣をもたらし、争いをもたらす御使いとなりましょう」
 本当の神を知らぬ人間達に、真の教えをもたらす為に。
 絶対善の具現。
「有難う、同志ツェペシュ。貴方は私の迷いを振り払って下さいましたね」


 下野。
 伊勢誠一と伊勢灘日向は江戸を離れ、野州に源義経軍を訪ねた。
「思った通り、来たでござるな」
 源徳方の鳴滝風流斎はにやりと笑う。
「三人とも楽にせよ」
 源義経と会った三人は、それぞれの思う所を義経に述べた。
「関白殿下より文を預かっております。殿下は民の為に孤軍奮闘する義経殿を、たいそう心配しておられました」
 秀吉の文を渡す伊勢灘に、鳴滝は鋭く声をあげる。
「義経様は源氏の棟梁にござる。関白とて元は藤原の素性怪しき末席。毅然とされよ」
「それはこちらから頼みたいですね」
 伊勢は鳴滝を一瞥してから義経に向き直り。
「義経公は広く天下を見られて、奥州とも歩むと覚悟なされたと聞きます。ですが関東では源徳側の勝つ為に手段を選ばぬ蛮行、中立を宣言した鎌倉への横暴がまかり通っております。義経の配下の方々も、これに加担されている様子。義経公の御本心はいずれにあるや、源氏の棟梁として旗幟を明らかにして頂きたい」
「それならば当方にも異存ござらぬ。元を糺せば、伊達政宗は野心より裏切り、武田信玄は源氏の棟梁の座を狙った反乱、手段を選ばぬと申されるなら四公こそ先達にござろう。たまたま悪運がついたからと、良い気になっておられるようだが、目の利く者は未だ多くござるぞ。義経公、どうか良く吟味の上、ご決断を」
 詰め寄る二人に、ごほんと咳払いを一つして、伊勢灘も言葉を添える。
「とかく昨今は混乱の極みにて、義経公を利用して己の旗としたい見え透いた輩が多くございます。殿下もこの事は本当に心配されておいででした。源氏宗家と申しても、味方無き身ではいかにも可哀想じゃと。どうか万事において慎重になされますよう」
 日向の言葉に義経は微笑した。
 華の乱より数年を経て、奥州育ちの少年はどんな成長をしたか。ただ、己を旗にしたがる者の甘言を聞き飽きるほどに聞いているのは確かだ。
「忠言、痛み入ります。ですが義経は若輩者、何が真実かも分かりません。江戸の大戦に参じても、方々のお役に立てるとは思えない。今日の所はお帰り下さい」
「むっ」
 帰れと言われたからには、引き下がる他は無い。
 この時、義経は那須藩と共に戦を控えていて、己の力を発揮出来る場所で戦うことを選んだ。いずれ、源家の血が彼の自由を許さない事は明らかだが、伊勢も鳴滝も、義経を縄で捕えていく用意までは無かった。


「お前達の正義の為なら、何でも許されると思うなよ」
 マナウス・ドラッケンは百鬼白蓮と一緒に源徳の遠征を発端とする関東の戦でジャパンにどれほどの損害が出たかを調査した。
「そう言われましても、ねえ」
 各地の物価変動や被災地の被害、人的被害など総額の概算を問われた商人は絶句。
「まあ、一億両を下回ることは無いと思いますが」
 適当な答えを返す商人。
「ふーん、どの軍の被害額が大きいと思う?」
「源徳様でしょうな」
 これまた適当に答える商人。
「‥‥いい加減だな。きちんと試算しろ。「貴方達が引き起こした結果がこれだ」と突きつけておきたい」
「きちんと‥‥大きく出ましたな。そういう事なら、三河以東の分だけ計算するとしても、相当な費用がかかりますが、払って頂けますので?」
 商人が問うと、真面目な顔でマナウスは云う。
「ああ、被害総額につけておけ」
 塩をまかれた。

「けひゃひゃひゃ、我が輩のことは『西海(さいかい)』と呼びたまえ〜」
 クラウンマスクをつけたトマス・ウェストは徳側信康と共に江戸へ戻ってきた。
「君は久しぶりだったね〜。まあ、我が輩もね〜、取り返そうと城攻めしてみたり、政宗君と駆け引きしてみたのだがね〜‥‥」
 信康の反応を見ながら、大八車を押す町人に伊達政宗が戻ったか訊ねる西海。
「俺が、奴に江戸城を奪われなければ‥‥負ける戦では無かった。こんな事には」
 苦渋に満ちた表情の信康に近づき、空間明衣はむんずと彼の前髪を掴んだ。
「何をする!」
「じっとしていろ。貴殿は江戸では有名人なのだぞ? 自覚が無いとは恐ろしいな」
 明衣は信康の前髪を下ろし、器用に後ろ髪を束ねた。
「さあ、今から貴殿は私の助手その二だ。助手といっても荷物持ちとか護衛って事だ。なんせ私はか弱い女子だしな‥‥」
「さりげなく失礼なことをほざいてないかね?」
 西海が身を乗り出す。ちなみに、彼はまるごと白い人という凄い装備を身につけている。季節は夏、彼の体力で耐えられる時間はかなり短いが。
「医者としては私の方が上だな」
「聖なる母に感謝を、薬草の腕も我が輩の方が上なのだ〜」
 他愛無い会話を交わしながら、江戸城下を見て回る。
「己を責めるのは勝手だが、皮肉なもんで城の主は代わっても暮らしは変わらずある。この戦で難民や被災者も出てきておるがね。民を守るなら、色々知っておかんとな」
 城下町の避難はかなり進んだ。だが逃げない人や逃げられない人は居る。そして、勝利者がどちら側であろうと、東洋一の巨大都市は恐らく死ぬ。月道ある限り、蘇る可能性はあるが、被害は甚大だ。
「桁外れの損失だ。俺が商人なら、計算しただけで気絶するほどのな」
 現れたのはマナウスと白蓮。
「徳側信康か、会って話したいと思っていた。お前が本当に民の為に立つつもりなら、俺は手を貸すぞ」
「人気者だね〜」
 けだるげに笑う西海は、懐から一通の文を取り出した。差出人は大蔵南洋。
『信康様が先だって示された御意志の件についてだが、話しを進めておるゆえ暫しの御猶予を賜りたいとお伝えくだされ』
 要領を得ない。西海の頭脳は一つの答えを出す。
「北条家のラブコールなんだね〜。けひゃひゃひゃ、徳側君の事を、手元に置いて損の無い玉と思っておるのだ〜」
「早雲か。鵺のような男と聞くが、会ってみるか」
 江戸の姿をその目に焼き付けて、信康は再び江戸を去る。


 京都御所。
 十野間空とチサト・ミョウオウインは関白に謁見を求めた。
「‥‥お主ら、わしが関白だと忘れとりゃせんか? ほいほい訪ねてきおって」
 チサトは忙しい関白の愚痴も左から右に聞き流して、口上を述べた。
「現在の最後通牒は、源徳方の処断のみ。以前に示された、四公に対して筋の通った裁定を成す事は未だなく、伊達家はイザナミ軍への対応に恩賞は得ても、まだ罰を受けておりません。イザナミ軍から都を守ってきた源徳の新撰組は、その一部が恩賞を得ただけ‥‥信賞必罰においても、端から見て四公寄りとしか見えないのが実情です。公平正大な裁定を成す事を示す上で、少なくとも四公の責を問う事、神皇様の御前で関係者を集めての裁定を成す事を明言、約定と為さねば朝廷の権威が保てないと思います。無辜の民すら納得する裁定を」
 秀吉はチサトの話を最後まで聞き、空に目を向ける。殆ど云われたので、空は特に付け足す言葉は無かった。
「公平な裁定か‥‥では家康を此処に連れて来よ」
 朝廷は四公と源徳に裁定を下していない。不安定な政権が続いて、下せなかったというのが正しいか。延暦寺の乱の後、京都を掌握した秀吉は、関東を和解させようと四公と家康に和議を持ちかけた。両者の話を聞いて裁定を下し、和平を得る機会だった。四公は従ったが、家康は交渉の席にも付かなかった。朝廷の裁定に不満がある、というなら仕方も無いが、家康は裁判自体を拒否し、戦を仕掛けた。
「あの場の和平交渉は家康殿に不利と感じたかもしれぬ。じゃが、まずは都にて己の正当を訴えるが武士の態度であろう。その次に、弓矢を取るならば是非も無いが、心配された帝を無視するなど言語道断」
 新撰組の事は、秀吉は口にするのも嫌のようだった。派閥抗争の末に局長を暗殺し、京都を捨てた新撰組を見限っている。
「関東は、都から遠いの」

 陰陽師の御津河比季は陰陽寮を訪れ、先輩陰陽師達に宮中の話を尋ねた。
「どうも心配なのですよ」
「何がよ?」
「江戸でも京都でも、聞くのは関白のお声ばかり。神皇様のお言葉と言っても、最近はお姿を御見せにならない御様子。何かあったのではと心配で堪りません」
 眉を顰める先輩に、比季は声を潜める。
「何事も無くお過ごしなのかと。いえ、イザナミの脅威があるとは言え、関白は西では五条の宮と手を組んで戦っておられるとか。実は五条と通じていて、影で安祥様を操る所存なのではなどと言う巷の風聞を耳したもので‥‥」
「ぬしはどこぞの間者か!」
 比季は逮捕された。
 宮中であんな話をすれば当然だが、面白がって秀吉が顔を見に来た。
「わしが天下の大悪党、藤豊秀吉である」
「ははあ」
「頭が高いのう。わしは偉いんじゃから、も少し頭を下げよ」
「ははあ」
「‥‥まあ良いわ。次は頑張れよ、ほい」
 背後関係が無いと見て、比季は百敲き(年齢と体力を考慮して手加減された)を受けて釈放される。
「陰陽師も質が落ちたものだな」
「わざわざ皮肉を云うために?」
 菓子折り持参で陰陽寮に現れたデュラン・ハイアットは、陰陽頭安倍晴明とさし向いで茶を啜る。
「江戸城の地下に何があるか、貴公なら心当たりがあるかと思ってな。家康に聞いたら妖狐と龍脈の話をされてな。ふと狐と風水関係で貴公の顔が浮かんだのさ」
 思い付きだと笑いつつ、持ってきた煎餅をかじるデュラン。
「この国の龍と欧州の竜は別物だが、地獄で竜の身体を持つルシファーと戦って、あまり良いイメージが湧かない」
 彼の知る天叢雲剣は八俣遠呂智やら龍脈と絡んでいる。オロチは地精霊、龍脈も精霊力に由来する、何か関係があるのか?
「ルシファーの竜も精霊力を宿せし杖・キングスエナーを取り込んで力を取り戻したとか‥‥」
 勝手に話を続けるデュラン。
「惜しい人ですね、貴方は」
「だろう。私ももう少しで、冒険に辿りつけそうな気がしているのだ」
「いやはや、天然ほど恐ろしいものは無い」
 晴明は微笑を浮かべ、茶を啜る。
「面倒だから、教えますが‥‥私は陰陽頭として、神皇家の不利になることは話せないのですよ」
「よし。話さなくていいから首を縦か横に振ってくれ」
 凄い恐い顔で睨まれた。
「フッ‥‥。私は結局のところ冒険の種になれば十分なのさ。邪魔したな」
「これでも忙しい身なので、もう来ないで下さいね」

「伊勢巡幸とな?」
 クロウ・ブラックフェザーは平織市の使者として、礼装で関白に拝謁した。
「はっ」
 クロウは巡幸の利を関白に説く。
 伊勢と天照神は過去に虎長を魔王と断じ、尾張と敵対している為、魔王を討伐しなければ伊勢と尾張は互いに動けず、イザナミ戦にも出陣出来ない。この巡幸で伊勢と尾張が手を結べば魔王討伐、そしてイザナミ戦にも参戦出来る。更に伊勢巡幸には上杉謙信も護衛を引き受けると約している事を付け加えた。
「これ以上無い難問を簡単に云うてくれるのう。つまり、尾張は兵は出せない、出して欲しければ先に虎長と戦うから、それを神皇自ら伊勢まで行って天照に命じてくれと、そう申すのじゃな尾張は」
「伊勢巡幸は神様の云う事ですから、尾張藩はその利を述べただけで」
「それが問題なのじゃよ」
 神皇は都の象徴。イザナミとの戦の最中に安祥が京都を離れて伊勢に行けば、どう理屈を付けても世間は逃げたと思う。伊勢は遠く、秘密裏にとは行かないし、神皇の警護を上杉と平織のみにも任せられない。虎長派の妨害も考えられ、暗殺や拉致の危険もある。
「それが天照大神の試練なのかのう。じゃが、いかにも神の云う事でも今上は何人にも代え難き御方よ。帝の玉体は危険に晒せぬのう」

「いきなり来るので驚いたぞ。順序を考えよ」
 拝謁の後、クロウは茶室に呼ばれる。待っていた秀吉は、幾らか老けて見えた。
 その席には京都で活動したルンルン・フレールと風雲寺雷音丸の姿もある。
「陛下は格別に虎長公を頼みとしていた。伯父である家康殿より、かもしれん」
 幼帝にとって御所は魔窟同然。後ろ盾の家康は殆ど江戸で政務を執り、京都守護職として身近な虎長の方が親しみやすかった。思えば、虎長が安祥の前で黒虎部隊の隊長を蹴倒していた頃が、一番平和だったか。
「陛下は源徳が戦を止めぬ事に心を痛めておられる。イザナミと戦う事にもの。その上、虎長公を魔王として討伐する為に、伊勢巡幸とは惨いと思わぬか」
「だけど早く平和な世になって欲しいから‥‥これがその第一歩なんです!」
 ルンルンの言葉を、秀吉は吟味するように瞼を閉じた。
「平和に早道があれば良かったがのう。わしの策は尽く、裏目に出たわい‥‥」
 秀吉は改めて伊勢巡幸の問題点を挙げた。
「国家安泰等と理屈を付けても、イザナミと虎長を刺激するは明白じゃ。陛下のお命が危うい。機先を制し、美濃が尾張に仕掛けて来た時、尾張は防ぎ切れるのか?」
 巡幸を察知した虎長派が開戦を選ぶ恐れがある。もしそうなれば、尾張も京都も危ない。
「八方塞がり、か」
「諦めちゃ駄目です! 伊勢に行けない理由がない様、色々埋めちゃうんです! そして今度、乙女道の3日を戦い抜くんです!」
 後半の言葉は謎だが、不屈の闘志を見せるルンルン。
「私は伊勢には行かぬ」
 その声は突然、聞こえた。
「へ、陛下!?」
 現れた少年王に、関白は持っていた茶碗を落とした。冒険者達はまさか安祥が茶室に現れるとは思いもよらず、声が出ない。
「斎王の祈り、民の苦しみを知りながら動かぬ太陽神を、いまさら頼りとはせぬ。私はこの身をかけてイザナミと戦う。この日ノ本の王として、我が民を守るために全力を尽くそう」
 若帝はその全身から尋常でない威厳を発していた。雷音丸は平伏し、両の瞳から涙が溢れる。
「関白よ。今まで苦労をかけたな」
「ははー、勿体無きお言葉」
 塞ぎがちだった安祥神皇の豹変は、御所を震撼させる。
 安祥は、源徳家康が本気で都を敵に回した事で、目が覚めたと話す。
「私に力が無いばかりに、この国を乱してしまった。私は心のどこかで家康や虎長、秀吉を頼っていた。そのために、大切な臣を多く失った。許して欲しい」
 安祥神皇はイザナミ軍に対する神皇親征を宣言。
「これからは私自ら、一つ一つ、解決していく。まずはイザナミを討つ」
 関白が何度と計画しながら、東国の戦など諸事情で実現しなかった出雲への大反抗作戦。準備は半ば出来ている。イザナミ全軍を相手にするには必要な兵力が足りないが、安祥は構わず準備を急がせる。
「私は信じている。真に正義の戦いに、あまたの者が来ることを。また、国を救うためにはそうでなければならない。藤豊であるか平織であるか源徳であるか、そのような事は国を束ね、平和を為すためには無用のことなのだ」