●リプレイ本文
源徳軍4200、反源徳軍2500。
鎌倉を出て武蔵に侵入した源徳軍は南武蔵の小城や砦を鎧袖一触に降していき、多摩川を挟んで江戸を出発した反源徳軍と対峙する。
伊達と武田の反源徳軍の隣りには藤豊軍500。
「冒険者同士の戦なんて冗談にもならねぇ」
両岸に集結した大軍を見渡してカムイラメトクのミケヌは吐き捨てる。
「気が重いものですね〜、地獄の戦の後だけにー」
対岸の源徳軍先鋒、井伊隊の井伊貴政も同じような事を思っていた。
地獄戦で大きな武功をあげた戦士が、この場では敵味方に分かれている。
「後は頼む」
「‥‥死ぬなよ!」
川を渡るアラン・ハリファックスに、雷真水はそれだけを口にした。
「無理を言う」
一兵卒に至るまで、死にたく無い気持ちは等価だ。己だけ死なない道理は無い。
「それでも、だ。お前にもしもの事があったら、ベアータとあたしで五百の兵を引き受けるんだぞ。兵が可哀想だっ」
「酷い言われ様ですね」
ベアータ・レジーネスは心外だった。
「ですが、万が一という事もあります。アランさん、死なないで下さい」
「お前までか。‥‥家康に聞け」
川向うでアランを出迎えたのは、新撰組分隊の静守宗風と眞薙京一朗。
「遅かったな」
「すまん」
出発直前に一悶着があった。
藤豊の兵士になりすました剛丹がアランを狙ったが、腕が未熟で捕まる。剛は源徳軍の依頼と主張したが、誰も信じず処刑された。素人同然の暗殺者をこの場で使う意味が無い。恐らく交渉決裂を狙ったものか。
「交渉が終わるまで、俺達が使者殿に指一本触れさせん。そう心得て頂きたい」
「忝い」
分隊の警護でアランは本陣に入り、源徳家康と対面する。
「中に入れてよ」
シフールのバード、ゲルデリア・シュペーアは源徳と藤豊の交渉に同席を望んだが、新撰組に門前払いされる。
「私は中立の立場で記録したいだけなの!」
「中立‥‥どこの藩の者だ?」
「フリーよフリー」
つまり部外者。関白の使者と大大名の大事な席に、同席を許す理由が見当たらない。
「なっ。それなら話だけでも聞いてよ! 私、納得いかない事が」
「記録したいだけと云ってたよな? 立ち去らんと斬るぞ!」
ゲルデリアは分隊に追い回される。
「悔し〜い。これがジャパンの流儀? いいわよ、これでも情報屋として少しは知られているんだから。故郷に戻ったら、ジャパンは酷い国だって言いふらしてやるわ〜〜」
捨て台詞を残してシフールは去った。
多少の混乱はあったが、滞りなく使者と家康の対面は行われた。
『家康の隠居、イザナミの首と引き換えに江戸城を源徳家に贈る』
関白秀吉の付きつけたとんでもない条件。家康は家臣団と協議すると答えて使者を別の場所で休ませた。
「皆の考えを聞こう」
「業腹なれど、蹴る事はいつでも出来まする。進めるが上策にござる」
まず声をあげたのは冒険者の任谷煉凱。任谷は交渉を継続すれば、関東一円は停戦となり、窮地の里見を助けられると説く。そして、交渉の席で堂々と華の乱での四公の罪状を明らかにし、朝廷に公平な裁定を迫るべきだと続けた。
「交渉の是非は置くとして、拙者もこの機を利用すべきと存ずる」
続いて志波月弥一郎が発言。
「このまま江戸に攻め入れば、民が犠牲になります」
志波月は、民の避難に関して双方の軍が協力する事を説いた。江戸市民の避難完了まで両軍の停戦と避難地域の指定、避難地域での戦闘禁止などの取り決めを提案する。
「それぞれ一理ある意見と思うが、皆はどうか?」
家康が家臣達に促すと、先鋒の一隊を預かる榊原康政が立ちあがる。
「我らは遠征軍という立場、勢いを失えば守り難く、攻撃を受ければ敗北は必至。敵が必勝の交渉は無駄にござる」
同じく先鋒隊の井伊直政も反対に回る。
「関白は藤原秀衡を征夷大将軍と同格の鎮守大将軍に任じ、政宗に武蔵介を許したと聞き及ぶ。これほど敵に親しい者の和議は、信用に足りませぬ。交渉が不利となるは明らかにござる」
康政と直政の意見に賛同する声が多かった。夢にまで見た江戸を目前にして源徳武士はいきり立っている。任谷と志波月は味方を探したが、冒険者の多くは推移を見守っていた。
「これは由々しき事態」
と言ったのは家康の腹心、本多正信。
「江戸城が既に藤豊の手にある事実は厄介」
源徳軍が江戸城を攻めれば、関白の城を攻めた形になる。既に朝敵扱いだが、自ら天下に都の敵だと示せば味方は動揺し、敵は勢いを得る。
「秀吉の条件は無茶だけど、そもそも源徳の勝利条件は何だろう‥‥?」
本陣を守る侍に混じり、菊川響は源徳武士にこの戦の向う先を聞いて回った。日頃はお高くとまった旗本衆も、秀吉の和議は気になるようで今日は口が軽い。
「魔を討つ事が目的なら、極端な話‥‥何者かの首が一つあれば済むような」
「済むかよ。遊びでは無いのじゃ」
旗本の顔は真剣。己の命だけでなく、一族郎党を背負っている。一族の暮らしを立てねば侍とは言えない。なればこそ源徳を捨てて伊達に従い、江戸に残った武士も多い。
「そうとも。大殿が江戸を取り戻すと信じ、わしはこの戦に加わったのだ」
大半の源徳武士には江戸奪還が勝利の必要条件。だが、その後となると途端に曖昧になる。
「江戸を取り返せば、後は良いように手打ちをすれば良い」
「いや、四公どもを残らず討ち果たすまで勝利とは呼べぬ」
「いいや、所詮彼奴らは蜥蜴の尾だ。真に倒すべきは秀衡と秀吉ぞ」
勝利の十分条件は割れた。冗談でなく、六十余州制覇を思い描く者も居た。
「私はただ、民と正義のために戦って欲しいと望むだけなのです!」
源徳家手配を受けるカーラ・オレアリスは本多正信に己の心情を訴えた。彼女は家康に直訴しようと本陣を訪れ、正信に捕まった。
「天道は廃れ、地には人間として醜い輩が横行し、正しき裁きを行わず‥‥この戦を大名家の意地の張り合いから、民に正しき政を示す戦いに昇華しなくては」
「高みから物を言うものよ。民の為の戦とは何か? 民の為と申すなら剣を捨てて戦を止めれば良い」
どの国でも戦を望むのは武士と、一部の商人くらいか。
「それは一を知って二を知らぬ者の言葉。政治の乱れを正さねば国は荒れ、民は今以上に困窮します。帝のもと、天下を正しい形に戻すのです。正義の叛乱を」
「僧侶よな。題目に実は無い。此度は許そう。立ち去れ」
正信はかつて三河で起きた一向一揆に呼応して家康と袂を分かった過去がある。諸国を放浪し、帰参した後は家康の友と呼ばれるまで栄達した。武骨者の多い三河武士にあって珍しい吏僚派で、僧侶を良く知る。
家康は会議の後、正信と相談し、決定を下した。
「奸臣が朝廷を牛耳っておる。秀吉が伊達と通じたならば、是非も無し。わしは江戸を取り戻した後、京に攻め上り、藤豊を倒して陛下を救い出す」
一日待たされたアランは、慇懃だが断固とした拒絶の返答を受け取る。
「これは最後の機会です。家康殿に懸念があるなら、相応の者を仲裁に立てても‥」
「それには及ばぬ。関白殿の御厚情は嬉しいがな」
「残念です」
アランは分隊に警護されて源徳の本陣を離れる。
と同時に、交渉決裂を知った両軍は慌ただしく動き出す。
源徳軍本陣。
進軍の合間に、鎌倉藩主のジークリンデが家康に讒言した。
「サイクザエラ・マイとその一党の行いは目に余ります。源徳軍より追放し、打ち殺す許可を下さい」
「ジークリンデは服部党もわしから奪うつもりか?」
家康の為に何十年と裏方を引き受けて来た服部正成とその一党の悪行は、表沙汰にはならないがマイの比では無いだろう。
「ではありませんが、家康公の威光を笠にあの者達はやり過ぎです」
「ふむ」
破壊を偽装しないマイ一味は目立つ。敵味方から破壊神とも畏れられるジークリンデだが、悪評の広まりは看過できない。
「あの者も源徳軍の為に働く兵じゃ。訴えのみで軽々と処罰は出来ぬ。だがジークリンデの申す事も尤もゆえ、サイクザエラ達の話を聞き、その上で決めると致そう」
家康は服部半蔵を呼んだ。
ジークリンデと入れ替わりに、山中城のフレイア・ケリンが家康を訪ねた。
「秘策があります。鎌倉の難民に船と食料を与え房総に逃がし、敵水軍を足止めし、命よりも大切な時間を稼ぐのです」
源徳から逃げる事を選んだ鎌倉の民に貴重な食糧と船を与え、房総に逃亡させて伊達水軍を妨害させる。利は薄く、人道にも外れる。
「疲れておるな。フレイアは働き過ぎと聞いておるぞ」
「そのような‥‥公は私達を高く評価して下さいますが、過分なものと思います。私はただ不正を憎み、醜い行いを正当化する醜い人間が天にあるのを望まないだけなのです」
「そうであろう。そうであろう」
家康はフレイアを労り、山中城に戻って休むように命じた。家康は全て穏便に事を治めるつもりだったが、事態は家康の予想外に展開した。
「貴方達、私の城で何をしているのですか!」
山中城に戻ったフレイアが深夜目を覚ますと、城の裏手に動く影があった。暗視の魔法をかけて近づいた彼女は、サイクザエラとソペリエ・メハイエ、愛編荒串明日、鬼原英善都の四名が城に死体を運びこむ所を目撃する。
「‥‥これはフレイア殿、何とは心外な。ほれこの通り、貴方の依頼で死体を運んでいるところですよ」
悪びれぬマイに、カッとなったフレイアは炎の壁を作り出して四人の進路を阻む。
「この私が、死体を‥‥ですって! ふざけないで!」
フレイアの合図で隠れていた城兵がサイクザエラ達に矢を浴びせる。
「くっ、仕方無い。この場は退くしかなさそうだ」
マイは炎の爆発で城兵を撹乱し、その隙に四人は逃走した。この顛末は、服部党の忍者が見ていて一部始終を家康に報告する。
「運んでいた死体は、千葉街道で難民を襲ったものと思われまする。‥‥推測になりますが、フレイア殿の失脚を狙ったものかと」
フレイアは死体を操る黒の術者では無いし、わざわざ房総から死体を運ぶ理由が無い。半蔵の調べに家康は沈痛な表情を浮かべた。
「悪人であろうと、源徳の為の兵であれば罰する気は無かったが、我が家臣を損なう者ならば容赦は出来ぬな」
家康はマイ達が源徳の為に働くなら、服部党の下に組み入れて制御するつもりでいた。四人は源徳家から指名手配を受ける。
「ジークリンデ、お主の云う通りだった」
「いいえ。下衆な輩を源徳軍より放逐出来て安堵しました」
「あの者らの罪はわしの罪。ジークリンデは一度鎌倉に戻るが良い」
江戸攻めに加わるつもりの彼女は不思議に思って聞き返す。鎌倉に残した兵が反乱を起こしたらしい。
鎌倉藩は源徳に降伏したが、内心は大いに不満。鎌倉兵が残され、藩主と源徳兵の大半が鎌倉を開けたので、反乱が起きた。
「何故? 略奪を禁じて、治安維持を指示した筈です」
藩主が渡した餅は残されていた。源徳軍に加わった鎌倉藩は莫大な戦費の一部負担があり、また町の復興にも金がかかる。藩が貧乏なのでそれは重税という形を取った。ジークリンデの渡した餅は、税の手付けとして戻っていた。
「占領軍の司令官は大変ですな。それはそうと、高徳院の大仏は入手出来ましたぞ。住職は相当ごねましたが、基礎研究を始められそうです」
フレイ・フォーゲルはフォルテュネ・オレアリスと共に鎌倉藩で大仏ゴーレムの研究を開始。住民達は、仏をゴーレムにする計画に、大反対のようだ。
「民衆というものは魔法や錬金術を受け入られないものです。しかし、木像がこの鎌倉の真の守護神になれば、きっと大感謝する事でしょう」
フレイはゴーレム魔法と錬金術を組み合わせ、怒れば灼熱と化し、1km先の軍船を巨岩の投擲で沈める大怪物を生み出すつもりだ。果たして可能なのか、ジークリンデにも分からない。
「そう、基礎研究に百万G、本格的な開発には3億Gはありますかな?」
「‥‥‥‥‥‥億?」
フレイの目標が並はずれて高いので、かなり控え目な数字である。もし完成すれば邪神と戦えるかもしれない。
ジークリンデが戻った事を知り、反乱を起こした兵は逃散した。鎌倉藩の兵は半分ほどに減る。
「源徳の幕僚達は見せしめが必要と云ってるが、どうするね? 逃げた連中の潜伏場所の目星は付いてるがね」
マクシーム・ボスホロフは気の毒そうに新藩主を見つめた。占領軍が嫌われるのは当然だ。マクシームから見れば、ジークリンデは体の良いスケープゴート。
「日ノ本一の英雄を、切り捨てる理由が無い。鎌倉の政治は我らに任せて貰って結構」
ジークリンデの苦情を聞いた本多正信は哀れに思い、色々と教えた。正信曰く、一時的に嫌われるのは仕方が無いと。だが源徳傘下に入った事で、鎌倉は今後大きく発展する。五年十年後にジークリンデは名君と呼ばれると請け負った。
「私に出来る事は無いのですか?」
「伊豆や駿河の手前もあれば、手を掛け過ぎるのも逆効果。中々に難しいと存ずるが‥‥例えば、ジークリンデ殿が然るべき御方と結婚されるのが最良ですな」
「‥‥はい?」
戦功も重要だが、源徳家や譜代の重臣と婚姻を結べば、関係はより確かなものになり、それが鎌倉の発展、ジークリンデの栄達に繋がると正信は話す。
「な、なな」
今にも縁談用の絵姿でも取り出しそうな正信に、ジークリンデは狼狽する。
「‥‥無理押しする気はござらん。惜しいが、それがしからはそなたにジャパンに骨を埋めよとは申せぬ」
冒険者としてのジークリンデを尊重し、本多はこの話はそこで止めた。
千葉街道。
江戸を出たメイ・ホンは二頭の馬に大量の糧食を載せ、里見軍の待つ本佐倉城を目指していた。
「カイ・ローンの頼みだ。私が、メイ殿をお守りしよう」
メグレズ・ファウンテンはそう請け負う。
街道は難民で溢れ、関所は機能不全に陥っている。家財道具を抱えて江戸から逃げて来た者達に紛れるのは楽だった。しかし。
「居たぞー、あの姿、里見の獄龍将に間違い無い!」
「絶対に逃がすなーっ!!」
メグレズの存在は目立った。彼女の抜群の名声、知名度も妨げになった。
「この場は私が引き受ける。メイ殿は急いで城へ!」
数度の戦闘の後、狙われているのは自分だと気付いたメグレズは別行動を取る。その後の旅は順調で、メイは無事、本佐倉城に辿り着いた。
「メグレズは如何した?」
首を振るメイ。
本佐倉城では軍議が行われていた。多摩川の会談で、源徳家康は朝廷と手切れをした。この事を受け、里見の進退を問う京都の使者がやってきたのだ。
「そもそも、源徳とは同盟関係なのか?」
鍬を握るグレイン・バストライドが問う。グレインは決戦に備えて堀を深くしたり、城の修復に汗を流していた。
「源徳に呼応しているから、一応はね。だけど人質交換とかはしてないわ」
グレインの頭上で一休みしていたリーリン・リッシュが答える。家康も義堯も、互いに相手を利用しているが、それ以上の繋がりは無い。
「だとしても、今さら伊達には付けんよなぁ」
これまで里見は朝廷には割と良い顔をしていた。家康と切れるなら今だが、義堯は関白の使者を追い返した。
「関白と言えど、四公の反乱に与するならば天下の大逆人。畏れ多い事だが、里見は真の平和の為に都を攻める事も厭わず。必ずや帝を誑かす不忠の輩を討たん」
義堯の返答は、家康のそれよりも全く好戦的だった。
城内の冒険者達はその直情的な方針に意気を上げたが、里見の民と家臣一同は震え上った。あたかも義堯は冒険者と心中するように見えた。
「我が軍は追い詰められております。義尭様、義弘様には何としても生き延びて貰わねばなりません」
白龍将アルディナル・カーレスは冷静に状況を見ている。
「このわしが、負けると申すか?」
不満顔の藩主を諭したのは水龍将アン・シュヴァリエ。
上総の伊達新田軍は久留里城を放棄し、亥鼻城へ移動して多摩川と本佐倉城の動静を監視している。
「生き残る事ですわ、義堯様。今一時のみ雌伏なさいませ、地に龍の如く伏せ、時到れば天に昇られれば良いかと」
「野に下ってのゲリラ戦も視野に入れてはどうかな?」
里見軍に参加したマイユ・リジス・セディンも、里見公に雌伏を勧める。
本佐倉城は千葉の主城とは言え、この一、二年で二度落城した。グレインや林潤花達が城兵と共に大急ぎで修復と強化を行っているが、大軍に攻め寄せられ、先日の如き大魔法合戦になればどこまで持つか。
まぼろしの里見水軍。
水面に映える夕日が見せたのは、二引両の家紋を掲げた里見の軍船。
房総半島のあちらこちらで、里見の船が目撃された。船団は、時に驚くべき速度で移動した。神出鬼没な里見船に、里見水軍の所在を探索していた磯城弥魁厳、マロース・フィリオネル、磯城弥夢海らは翻弄される。
「面妖じゃわい‥‥捕虜にした里見兵も船団の行方は知らぬようだが、本当に水軍は存在するのかのう」
「伊達公の江戸帰還を妨害するつもりでしょうか」
海路が危険であれば、陸路しか無い。と同時に、補給の必要性が高まる。千葉街道の混乱はまだ治まらず、江戸の伊達水軍は補給の為に房総へ出発した。
「里見の軍船です!」
亥鼻城に近づいた所で、伊達水軍は敵を発見する。
「落ち着け。近くに冒険者が居ないか確かめろ」
輸送船団を率いるシオン・アークライトは水兵に戦闘準備と、見張りを増やすよう指示を出した。だが伊達の船団に先行したトール・ヘルバイターの目前で、里見船は消失する。
「蜃気楼? ‥‥冒険者だ、マジカルミラージュだぞっと」
幻影船団の下に隠れていた水馬は、水しぶきを上げて伊達水軍から離れた。
「逃がすか。スレイプニル!」
伊達水軍を護衛していたイリアス・ラミュウズが追い掛ける。
「迂闊だったかな」
水馬に乗るカイ・ローンは、覚悟した。同じ水馬だが、イリアスの方が速い。それにカイの水馬はまだ水中行動の術を騎手にかけられない。蜃気楼を作りだしていたカナード・ラズが十分逃げた後、戦龍将は降参した。
「里見水軍の居場所を話せば解放しますが‥‥貴方が話すとは思いません。失礼ですが、魔法を使わせて頂きます」
捕縛されたカイは亥鼻城で宿奈芳純から尋問を受ける。カイから里見水軍の情報を得た魁厳達は急ぎ、伊豆諸島に向う。
しかし、伊豆諸島に里見水軍は居なかった。
本佐倉城を脱出したアレーナ・オレアリスが一足先に里見水軍をどこかに移動させていた。魁厳らは水軍が居た形跡は発見したが、足取りは途絶えてしまう。
「再起と決戦の為に、貴方がたは身を隠して下さい。魔法にも見つからないほど、深く静かに‥‥里見が復活するその時まで」
「油をください。出来れば樽で買いたいのですが」
「あいよ」
シェンカー・アイゼルリッシュの注文を、油屋の主人は胡散臭いと感じたが、ひとまず値段を云ってみた。
「‥‥高いですね」
「冗談云っちゃいけねえや。ビタ一文ふっかけちゃいねえよ」
油の小瓶は一本が10文。シェンカーは仲間のアザスト・シュヴァンと金を出し合って、油樽を二つ購入した。主人には怪しまれたが、難民の為だと説明した。
「よーし、伊達に目にもの見せてくれるぞ」
二人は油樽を馬で運び、都川の上流で油を流した。
「お前達、こんな所で何をやってるんだ?」
都川周辺で敵忍者を探していたレジー・エスペランサは、不審な行動を取る二人を誰何する。
「待って下さい、味方です」
シェンカーは港を油漬けにし、軍船を焼き払う計画を話した。どれほどの油を川に流せば、港は油漬けになるのだろう。
「驚いたな」
二人に亥鼻城の伊達軍について聞かれ、レジーは久留里城を発した伊達新田軍が亥鼻城で補給している事を話した。恐らくは里見を攻める算段であり、彼はこれから本佐倉城に知らせに行くところだ。
「気をつけろよ」
「なあに、伊達の軍船を焼き払ってやりますよ」
夜間、港に侵入したシェンカーとアザストは船に火矢を放つ。
二人は見張りの兵に追われて、逃げた。軍船に大きな被害はなかった。
冒険者は炎を好む。この戦争でも、両軍は様々な場所で火を利用した。兵糧を焼き、港を焼き、町を焼き、城を焼いた。
伊達新田軍は放棄に際し、ローラン・グリムらの献策を容れて久留里城の破却を決める。先の戦いの里見の火計で二の丸は焼け落ちていたが、残った曲輪を焼却して再利用を阻止するのが狙いだ。黒閃の彩女、比叡一、オグマ・リゴネメティスが陣頭に立ち、全焼するように各曲輪に火を放った。
麓からも見えた山を焦がす炎は、火の精霊を呼び寄せる。
「鬼火っ」
炎から浮かび上がった鬼火達は空中で輪を描き、幽玄なダンスを踊った。工兵に襲いかかる鬼火を彩女達は倒し、城が燃え落ちたのを確かめてから上総を離れる。
大空を飛行するウイバーンが、落雷をその身に受けて墜落した。
「翠!」
樹上に潜んでいた尾上彬は己の精霊獣の名を叫ぶ。
久留里城を発した新田伊達軍は亥鼻城で補給を取った後、里見の籠る本佐倉城へ進軍。その数は四千を超え、里見の六龍将と呼ばれる冒険者達は義堯に捲土重来を期して逃げる事を進言。
「里見武士の意地を、政宗に見せてやるわ」
四倍近い大軍を相手に、義堯は防衛の陣頭指揮を取る。
本佐倉城の周辺の森はリーリンが迷いの森に変えていた。伊達軍のアルフレッド・ラグナーソンはフォレストラビリンスを解呪し、連合軍は城を包囲する。
政宗の降伏勧告を義堯は拒否、戦闘が始まる。
上州、金山城。
「兵糧焼きの報復に町を焼くとはな。民の為と言ってもこれが奴らの本性だぜ」
八城兵衛は太田の放火に憤慨し、金山城の防備を固める。手が足りないので、焼け出された人々に城の強化と修復を手伝いを頼んだ。
「‥‥」
真田の攻撃に怖気づいたのか、思ったより協力者の数は少ない。
「心が折れてしもうたのかのう。民を城に入れるのは気が進まぬが、背に腹は代えられん。金山城に収容する事も考えねばならぬか」
アルスダルト・リーゼンベルツは太田の民を金山城に入れる事を考えるが、住民達から反対される。
「‥‥城に籠ったら、わしらも新田と戦わねばならんのじゃろう?」
「お主らに剣を持てと言うつもりは無いがのう。雨露ぐらいは凌げるじゃろうて」
「‥‥断る。わしらは元々、新田の民じゃ。お主らの戦に巻き込まれて付いて来たが、暮らしは良くならん。義貞様が御領主になられたのに、太田の民が苦しんでおるとはふざけた話だ」
太田は元来、新田の本拠地。それを反上州連合が攻め込んで占領した。初めは敵地だけに上手く行かず、苦労して太田の民をまとめた。しかし義貞が上州を制圧してからは旗色は悪くなり、華の乱の後は周囲を敵に囲まれて経済的に立ち行かなくなった。
「俺達は平穏に暮らしたいだけなんじゃ。お前達の権力争いに、巻き込まんでくれ」
「むう」
アルスダルトは唸る。
「奴らが云うのも仕方無いわい。アルスの親爺、この辺りはよー、昔は新田庄と呼ばれとったぐらいじゃで、土地の者は新田を殿様と呼びよるんじゃあ」
大新田史編纂の下調べを続ける鬼切七十郎が金山に立ち寄った。
新田は源氏の旧家で、安房の里見氏も新田の親戚らしい。義貞の頃には見る影も無く没落したが、先代の頃はまだ上州の名士として通っていたという。
「俺ァ真実がしりたいんじゃ」
「ふん、それなら冒険者に聞けば良かろう」
「房総に行け、云うんかい」
新田軍の冒険者達が義貞と共に房総に向った事は金山にも知られている。
「何で新田側に聞く。金山の冒険者に聞けば良かろう。義貞とは何度も戦っておるのじゃからな」
こうなる前に、早く出ていくべきだったか。太田の民に、自分達の価値を示す為には戦果が必要だ。自分達についた方が得だと思わせなければ、民の心は繋ぎとめられない。
「由良殿。沼田の北条三郎殿に民の保護を求める事は出来んかのう」
「沼田は遠いな。新田領を通して三郎殿の所まで逃すのか?」
「そのくらいは造作も無い筈じゃが」
様々な困難を、金山は多くの優秀な冒険者のお陰で乗り越えてきた。珠玉のような彼らが居れば、と思わずにはいられない。失意のアルスダルトは長野業正に、真田昌幸に会えないかと打診した。
「槍を交えるならともかく、あのような痴れ者に何故会わねばならん」
長野は昌幸が嫌いだった。昌幸は武田の間者で、新田を唆して上州上杉氏を破壊した張本人と信じて疑わない。
表裏比興の者と評されるジャパン有数の知謀家。現在は新田の副将、上州反乱では真田忍軍を率いて源徳軍をきりきりまいさせた。
「手強い相手じゃのう」
久留里城。
「本佐倉城を失ったのは俺の失策。どのような罰も受ける覚悟」
ローラン・グリムは伊達政宗に謁見し、本佐倉城失陥を陳謝。
「気にするな。勝敗は兵家の常、今回は敵が上手であっただけよ」
政宗は己の首を叩いた。ローランは本佐倉城の責任者ではない。千葉伊達軍の司令官、後藤信康は久留里落城に十分貢献した。ここで誰かを処罰すれば、政宗は自分の首を絞める事になる。
「有り難きお言葉。さすれば、里見軍が亥鼻城を攻めて来れば厄介、早急に亥鼻城の兵と合流し、備えるべきでありましょう」
ローランが進言すると、ブレイズ・アドミラルが同調した。
「この久留里城では江戸から遠すぎます。ひとまず亥鼻城まで前進し、情報を集めて今後の動きを見定めるが上策かと」
「それならば直接、海路で江戸へ入る方が良いのではないか」
伊達の家臣からはそんな声も上がった。源徳軍が間近に迫り、皆江戸が心配だった。
「確かに政宗公には早く江戸にお戻り頂くべきでしょう。ですが、本佐倉城のように敵はこちらの弱所を突いてきています。房総の守りを薄くすれば、里見の逆襲を許すことになるかと」
雨宮零がおずおずと、発言する。一部を江戸に返し、残った兵力で里見に対するという案も出た。軍議をややこしくしたのは現状、名高い冒険者が数十人と集まれば軍隊にも匹敵し、どの戦場で何が起こるか予測がつかない事だった。
「義貞殿の存念も聞きたい」
「‥‥」
新田義貞は亥鼻城への移動に賛成した。新田家臣グレン・アドミラルが事前に、ブレイズと同じ事を義貞に進言していた。
「よし。全軍、久留里城の放棄と亥鼻城への移動の準備を致せ。その先は江戸か里見か、関白の結果を見定める」
反源徳側の冒険者は源徳軍が房総に出てくる事を懸念していた。そのため、メルシア・フィーエルや木下茜らは武蔵方面の情報を探った。メルシアは亥鼻城の近くで源徳方の各務蒼馬とニアミスする。
「里見の密偵狩りは用心深くなりましたね」
騎兵で本隊から先行する九紋竜桃化とルーラス・エルミナスは、里見のレジーや各務の存在を肌で感じたが、互いに警戒心が強く、例えるなら共にカウンター狙いで勝負にならなかった。
「里見は籠城の構えを見せています。攻めるなら今でしょう」
亥鼻城の守りにつくファング・ダイモスは政宗に本佐倉城攻めを進言。
里見軍に目立った動きは無く、城の守りを固めて残兵を収容している様子が亥鼻城にも聞こえていた。
「てっきり、亥鼻城を攻めて江戸との分断を図ると思ったがね」
籠城を想定し、亥鼻城の強化に努めたバル・メナクスはあてが外れた。
「魔法戦団は鎌倉軍に移ったようです。多分、戦団を欠いた里見の戦力では、攻勢に出られないのでしょう。源徳軍も房総よりも、北武に目を向けているようですし」
敵も味方も入れ替わりが激しい。予想通りにはいかないと云いつつ、メルシアはあくびを連発した。寝不足は、それだけメルシアが重宝されている証拠だ。
「来た、伊達と新田が来たのだわ〜!」
ヴァンアーブル・ムージョのテレパシーが、本佐倉城を守る里見の将兵に敵軍の来訪を告げる。
「全軍攻撃開始!」
反源徳軍の攻撃はロッド・エルメロイ、エル・カルデア、ルメリア・アドミナル、深螺藤咲の超越魔法から始まった。煙幕、爆炎、暴風、石化、重力波、竜巻‥。
里見の聖龍将フィーネ・オレアリスは全力で中和と防御を試みる。更にフィーネは敵の大術師の一角を崩そうとレジストマジックを付与した精兵を出撃させるが、敵方は山王牙、マグナ・アドミラル、ミラ・ダイモス、ガルシア・マグナス、ラグナート・ダイモスらが術師を守り、つけいる隙が無い。
「参ったね。兵が揃ってるよ。敵さんは本気で里見潰しに来たみたいだね」
舌打ちしたアンはヴァンアーブルを介して、他の龍将と連絡を取る。
「予定の範疇だけど、この城は捨てるよ」
「仕方ありませんね」
「再起を信じましょう」
三龍将は全力で里見公を落ち延びさせる事で一致。問題は如何にして、敵軍の包囲を破るかだ。
「カイとメグレズが居ないんじゃ、私の役かな。二人には悪いが、一抜けさせてもらうよ」
アン隊は潜んでいた森から伊達軍に奇襲をしかける。ジャン・シュヴァリエが竜巻を放ち、尾上彬は森に火をかけた。タイミングを合わせ、アルディナルは城門を開け放つ。
「里見公、お急ぎ下さい。アン殿の奮戦を無駄にしてはなりません」
「うむ。口惜しや、あと少しであったが‥‥だがわしは戻って来るぞ」
アルディナルと彼の妻キルト・マーガッヅ、フィーネとレオーネ・オレアリスの四人が藩主の直衛に入り、敵中突破を図る。
「殿様をお守りしろ」
一千二百の里見兵は、藩主を逃すためだけに戦った。極大魔法は、乱戦になると使い辛い。里見兵の勢いも長くは持たず、伊達新田軍は本佐倉城を占拠した。
義堯を守る兵は最後には数十名となったが戦場を脱出。里見義弘は戦死の報せが走ったが、後に死んだのは影武者と分かる。