【源徳大遠征】関東決戦<陰>・急
|
■イベントシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 13 C
参加人数:81人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月20日〜08月20日
リプレイ公開日:2009年09月06日
|
●オープニング
神聖暦一千四年八月。
ジャパン、江戸。
――強欲の魔王マンモン(マモン)に関するレポート。
ジーザス教にて知られる「七つの大罪」を司る悪魔。
マンモンが司る大罪は「強欲」。
その性格は金銀財宝に異常なほど貪欲。胴体は人、頭部は双頭の烏の姿で現れる。
召喚することで富や財宝を得るが、その代償として魂を奪われる。また、マンモンがもたらす財宝は偽物であり、人を騙して喜ぶ醜悪な魔物。
一説には、天使だった頃から黄金を賛美していたとされる筋金入りの守銭奴。人に金銀を得る術を教え、人の物欲を生み出した悪魔とも言われる。
魔王と呼ばれる上級悪魔だが、最も卑しい者として悪魔からも蔑まれる。
「うーん‥‥無いですね」
悪魔学概論を元に、強欲の魔王の事を調べたウィザード。
諸侯の争乱はマンモンの影響と推測した。
「概論によればマンモンが満たすのは金銭欲。誰かが武田や伊達の金山を狙うならともかく、江戸に金は無いですし」
逆に伊達も武田も戦争で金を相当使ったはずだ。
ウィザードは江戸城地下で財宝を使ったマンモン釣りが人気と聞き、顔を顰める。それではアベコベ‥‥いやマンモンが金好きなら、むしろその方が正しい。
「うーむ。でも何故地下に? 財宝が眠っているのでしょうか」
江戸城の下には、巨大な地下空洞が存在する。
城だけでなく、町の下にも空洞は伸びているというから驚くべき広さだ。
何故そんなものが存在するかは今もって不明だが、江戸と京都を結ぶ月道は、この地下空洞で発見された。それが四年ほど前。後に神剣が発見されたりと大騒ぎしたのは彼女が冒険者を始めて間もない頃。
尾張、那古野城。
「岐阜城へ行き、第六天魔王に会うてくる」
冒険者らの勧めで尾張に来た上杉謙信。しかし、そこで越後軍は止まる。伊勢との交渉が難航し、動けない謙信は単身、岐阜城の虎長に会うと言いだした。
「どうやって?」
「無論、正面から」
上洛する越後藩主として、平織家前当主にして現在も最大派閥を持つ虎長に挨拶する。形式的には、おかしな話ではない。
だが謙信は虎長と対立するお市の客、虎長を第六天魔王とみている。無事で済む気がしない。
「虎長に会って、如何する」
「見極めるつもりなれど、魔王ならば斬る事になりましょう」
「そう容易くはあるまい。虎長公は暗殺慣れしておるぞ」
謁見の間に武器は持ち込めない。仮に装備が万全でも、敵のど真ん中で魔王退治は不可能に近い。
「暫し、待たれよ」
平織虎光は急いで冒険者を呼ぶ。
ひとまず虎長との開戦は回避したが、問題は山積み。平織では秘密裏に慈円蘇生の話も上がっている。
平織の未来は、冒険者に託される。
武蔵、江戸城。
「政宗は、まだ戻らぬか」
甥の政宗から江戸城を預かる留守政景は溜息を吐く。源徳軍が多摩川を渡れば、もはや後戻りは出来ない。
「大殿に無断で江戸城を関白に渡すとは、藩主の自覚が足りぬ」
「‥‥秀衡公は関東王となるつもりか」
天守に姿を見せたのは武田信玄。病身の噂も出ているが、武田の騎馬隊を率いて江戸市中巡回の陣頭指揮を取っている。
「野心では無い。義朝様のご遺志だ」
伊達は源義経を旗頭に、源家による関東の安寧を掲げている。そして武田は家康に愛想をつかし、伊達と共闘しつつ源氏長者を狙っているとの噂。
「そう願う。家康と決着を付けた後、伊達と戦う破目になっては敵わん」
伊達と武田は、源徳の攻撃に備えて江戸城の西と南を中心に、江戸の人々を避難させていた。希望者は城中に入れ、大半の者は東側へ移動させる。
江戸城に避難した民は、ひとまず城の東側に集められた。彼らはそこで、藤豊軍500が入城するのを見た。
「ところでアランよ、お主には官位をやらねばのう。何が欲しい?」
「‥‥有り難い話ですが、新参者ゆえ、御辞退申し上げる」
「たわけ、お主は関白の代わりに五百の兵を率いるのじゃ。無位無官で済むか」
アラン・ハリファックスには重大な仕事もあった。
源徳家康に正真正銘、最後の和平交渉を行うのだ。
「不可能に思えますが‥‥殿下は俺に死ねと?」
「ジャパンの平和の為じゃ。お主の才覚を信じておるぞ」
上総、久留里城。
「存外に義堯めはしぶとい。だが義貞殿と冒険者のおかげで勝った。伊達政宗、この恩は忘れぬ」
伊達新田軍は久留里城を占領。
義堯が下総まで逃げ、岡本の水軍もいつの間にか消えていた。上総安房には殆ど敵戦力は残っていないが、本佐倉城を奪われた事で下総に混乱が起きている。千葉街道は難民で溢れ、政宗が全軍で江戸に帰ろうとすれば支障を来す恐れがあった。
「戻らぬ訳にはいかぬが、さて如何しよう」
政宗は冒険者に策を求める。
●両軍の戦力比較
・源徳軍6200(源徳2800、北条800、伊豆600、鎌倉400、八王子1600)
源徳軍は無傷の鎌倉制圧。浪士旧臣の合流で微増。北条、伊豆は変化無し。八王子は西武蔵統一で増。
主な武将:源徳家康、榊原康政、井伊直政、服部正成、北条早雲、源徳長千代等。
・里見軍1200
里見軍は久留里落城で大幅減、義堯は別働隊が奪取した本佐倉城に移動した。
主な武将:里見義堯、里見義弘、六龍将等。
・反源徳軍<江戸>6100(武田2000、伊達3600、藤豊500)
新田軍は上総へ進撃、藤豊軍500が江戸入城。伊達は自警団募集で増。
北武蔵連合1300は全て伊達派に。
越後の上杉軍1500は尾張に滞在。上洛の予定。
京都に駐留する伊達軍1500は都防衛に専念。
主な武将:武田信玄、武田信繁、高坂昌信、山県昌景、馬場信春、留守政景、鬼庭綱元、小梁川盛宗等。
・反源徳軍<房総>4800(久留里城3600、亥鼻城1200)
政宗は新田の援軍を得て久留里城制圧、激戦で両軍は減。本佐倉城は陥落し、房総兵1000は亥鼻城に移動。
主な武将:伊達政宗、新田義貞、後藤信康、千葉常胤等。
各軍の戦力内訳は約半分が足軽、四分の一が侍であり、その他は忍者や僧兵、冒険者等となる。各軍の特徴として源徳軍は志士陰陽師が多く、武田軍は騎馬武者が多い。新田は多年の反乱で鍛えられた古参兵が多く、江戸を領する伊達は譜代が少なく人材は豊富。里見は冒険者頼り。
●リプレイ本文
交渉決裂後、陸堂明士郎と彼の指揮する遊撃隊四百は北へ進路を変えた。
「遊撃隊の戦力では心許無い。武芸と馬術に秀でた柳生を回して頂きませんか」
「ふむ」
柳生の剣は本陣の守りに欠かせない。家康はリン・シュトラウスの進言を思い出し、北武蔵攻めに北条軍を派遣する事にした。
「北条は機動力が取り柄ですから、北武蔵を攻めた後、すぐ戻って八王子の救援を行いますわ」
「武田の騎馬より早いと申すか?」
「馬なんか目じゃありません」
リンは自信満々。家康は北条の八王子駐留を良く思わない。それほど速いなら、八王子に繋ぐ事は無い。上州まで攻め落とし、江戸城に先に行っておれと命じる。
北条軍八百から騎馬武者を中心に武芸に優れた者を抜き、二百の別働隊を編成。
「無理をするなよ」
「全然大丈夫ですわ。北条軍の優秀さ、北武で証明してご覧にいれます」
北条別働隊にはリン、渡部夕凪、大蔵南洋の三名が同行した。その一方、八王子では結城友矩が八王子の源徳長千代を説得。
「畠山重忠殿に兵六百を御貸し願いたい。畠山勢に、拙者が所属する誠刻の武の首魁、陸堂明士郎率いる遊撃隊を加えて北武蔵を攻めまする。陸堂殿曰く、余勢を駆って上州攻めも視野にいれておりまする」
陸堂と言えば地獄戦で大功をあげ、ジ・アースに隠れも無い冒険者の巨塊である。
「反対ですな。戦は勢いだけでは勝てませぬ」
異を唱えたのは大久保長安。長安は甲州と江戸に挟まれた八王子が、北武から上州を狙うのは自殺行為だと貶した。友矩の云い様では、功名は誠刻の武が取り、面倒は八王子に押し付けられかねない。長安は承服しかねた。
「只今は御兄弟である宇都宮の結城秀康殿と連携を深められ、決戦に備えるが肝要」
「長安殿とは思えぬ生温さ! 今ならばまだ、北武蔵は烏合の衆にござるぞ!」
友矩に同行したアイーダ・ノースフィールドも、長千代に上州攻めを進言。
「江戸城はお父上に任せて、新田領を陥落させましょう」
関東の争乱、その発端は新田の謀反だとアイーダは説く。義貞の軍が房総に在る今、上野の守りは薄いはず。
「勝手を申すな。江戸も甲府も健在ぞ。我らには、八王子を守る役目があるのだ」
「窮屈だわ」
「それが武士だ。お主も騎士だろう」
士は守るべきものの為に戦う。敵の討伐より、領土と民を守る事を優先しない者は領主とは言えぬ。長千代の元服を意識した説教か。
「そこまでだ長安、時勢には逆らえぬぞ」
「な、なんと?」
長安は不満を残したが、家康が遊撃隊に許した以上、長千代は北武蔵攻めの支援を決めた。長安も妥協し、兵五百を重忠に貸す。
遊撃隊四百、北条二百と合わせて一千百の源徳軍は北武の河越城へ侵攻した。
多摩川では源徳軍のうち、鎌倉軍が前進を始めた。
しかし、兵は居ない。鎌倉藩主に任ぜられたジークリンデ・ケリンは、鎌倉藩に治安維持を指示していた。代わりに10名ほどの魔法戦団が、源徳軍の渡河を助けようと対岸の伊達武田軍に攻撃を開始。
「いくわよ」
ヴェニー・ブリッドが前面に巨大な暴風圏を作りだす。反源徳のゼルス・ウィンディもすかさず呪を唱え、二つの暴風が衝突し、多摩川の水面をかき乱した。
「微塵と化せ!」
ジークリンデは超広範囲の石化。対岸の伊達武田の陣盾が石に変わっていく。
「むっ」
術者を守るアンリ・フィルスは飛来した矢をオーラの盾で辛うじて弾く。
「何ぃ!?」
3mの巨大な盾を構えたニセ・アンリィが仰け反った。殆どの攻撃を受け止める筈のウォールシールドが、壊れるかと思う程の衝撃。エセ・アンリィの盾は砕かれて、派手に吹っ飛ぶ。
「弓だとぉ、馬鹿な‥‥敵陣からはまだ五百mはあるぜぇ」
「全隊止まれ!」
アンリはニセとアンリィ・フィルスを集める。アンリが正面に立ち、二人のウォールシールドで仲間を守る。盾の陰からフォックス・ブリッドはテレスコープで対岸の射手を見た。
「‥‥天城烈閃ですね。白骨の弓を構えています」
武田軍の最前列に立った天城は、魔法戦団に向けて連射を繰り返した。ヴェニーは極大の落雷を放つが、天城は倒れない。たまらずジークリンデは川の上に巨大な煙幕を張って天城の視界を遮る。
「た、たまりまへんわ。皆はん、こない儲からんこと良くやってますわ〜」
必死に盾を支えるアンリィは悲鳴に似た声を絞り出す。
「確かにくだらねぇが‥‥こいつが戦士の生き様だ!」
隣りで暑苦しい事を云いながら、エセは背負っていたウォールシールドを構える。
冒険者同士が真っ向から戦った場合、時に消耗戦となった。最前線に立つなら、武器や盾の予備は必須となりつつある。貴重な逸品の数々が消費されていく様子に、アンリィは啼きそうだった。
「たかが飛距離が伸びただけ‥‥押し通る!」
魔力の実を数個口内に放り込み、ジークリンデは高速で呪を展開する。極大魔法の連射、他を圧倒する力技は彼女の真骨頂。
「今のうちに渡れ!」
クリューズ・カインフォードは具足を付けたまま多摩川に飛び込む。戦団が敵方の冒険者を抑えている間に、他の先鋒隊は渡河を開始。水が体にまとわりつく。転んで流されかける足軽達。ひゅんっと音を立ててクリューズの頬を矢が掠めた。
「気を付けて急げ! 俺達で橋頭保を作るんだ!」
渡河中は無防備に近い。心臓の強さが試される。
「私達も急ぎましょう」
魔法戦団のシーナ・オレアリスはマジカルエブタイドを使い、直径100mに渡って水位を下げた。川底が露わになり、流れを遮られた多摩川の水は左右に分かれる。
「ごほっ‥‥この煙幕は効きますね」
「潮時か」
ジークリンデの刺激物入り煙幕が武田の陣地にも届き始めた。武田の参謀カイザード・フォーリアは山県昌景、鬼庭綱元の両指揮官に後退を進言。
魔法戦団は天城のアウトレンジ戦法に苦しんだが、それでも爆炎の魔女と雷帝は近づくものを尽く灰燼に帰し、武田の工兵と神薙小虎と近衛深雪らが築いた野戦陣地は跡形もなく崩れていく。
「我々がしんがりを引き受けます」
カイザードの指示でイリア・アドミナルは戦場に濃霧を発生させた。煙と霧により、多摩川の周囲は視界がきかない。
「逃がしませんよ」
渡河後に姿を隠したフォックスは反源徳陣地の後方に出現。伊達の救護所で負傷兵を助ける雀尾嵐淡を射殺した。同じく伊達の僧侶数名を殺し、伊達軍の救護所は一時機能を停止する。
「嵐淡さんが!?」
これが後退する伊達軍の足並みを乱し、武田軍の救護所を助けていたレベッカ・カリンは伊達軍の救援に向かう。フォックスはレベッカも狙うが、彼女が弓隊を連れていたので深追いはせず後退した。
「相変わらず、戦団の魔力は底無しですね」
敵兵から魔力を奪いながらも戦ったゼルスだが、勢いに押されて後退。彼は死体から魔力を得る事も考えたが、死者や不死者に精神系魔法は効かない。
源徳軍は渡り終えた先鋒隊が橋頭保を確立したのを見て、本陣が渡河を開始。
「砕月!」
伊達軍の妙道院孔宣は味方を逃がす為、殿に参加。僧兵の妙道院は魔法を無効化し、爆炎と雷撃の中で敵兵と戦い続けた。
「英雄不要の戦いのために」
鎌倉軍のリオ・オレアリスが考える新戦術を、パラーリア・ゲラーは実戦で試した。
「タイミングが重要だよー。上手く合わせるにゃ」
パラーリアの合図でヴェニーが竜巻を起こす。宙に巻き上げられた妙道院と敵兵が地面に叩きつけられたのを見て、パラーリアはスクロールを開く。
イタニティルデザート。
突如、直径30mの範囲に熱砂が降り注いだ。砂は3mの高さまで積り、妙道院と伊達兵を埋める。
「今だにゃ!」
ジークリンデが熱砂を超越石化で固める。ゆっくり石化する熱砂。
「砕月!」
妙道院は周りの砂が完全に石化する前に脱出したが、兵達は窒息死した。
「‥‥ほう、色々と考えるものだ」
殿部隊を指揮するカイザードは舌を巻く。馬術に長けた武田が機動戦術を磨くのと同じように、志士と陰陽師が多い源徳は精霊魔法戦術を練磨するか。理に適う話ではある。
「頃合だな。一撃を加えた後、この場を離脱する」
武田騎馬隊は一斉射撃の後、源徳先鋒の一角、北条軍に突撃。
「チッ‥‥俺も凝りねぇ男だぜ」
妹の頼みで北条軍に参加した渡部不知火は、轟乱戟をカイザードに打ち下ろす。馬上の黒騎士はオーラの盾を掲げて必殺を防ぐ。
「追うな。こんな所で兵の命を無駄にできるか」
逃げる武田を早雲は追跡せず、鎌倉、井伊、榊原隊が追ったが機動力で及ばず、引き返した。本陣が渡り終えると、シェリル・オレアリスが煙幕と濃霧を一つ一つ解除して全軍に治療を施した。
「思ったより足止めを食ったね。武田の弓が強かったようだけど‥‥?」
戦場を観察する魔法戦団のフェザー・ブリッドは、武田軍に多数の魔法弓が配備されていた事を報告。
「あのビザンチンがパルティアンショット? ‥‥どこの軍の冒険者も、冒険者潰しに躍起という事かしら」
鎌倉で巻物を書き続けるリオは微笑をこぼした。戦場を圧する冒険者の武、それに対抗する手段を考えるのも冒険者。目指す所は雑兵が英雄冒険者を打ち倒す世界。
源徳遊撃隊の陸堂は河越城に宣戦布告の使者を出した。
「四年前、わしは源徳の一将として荘司次郎の雇う冒険者と共に戦った。それが今、伊達の将として叛乱軍の冒険者とまみえるか」
使者の口上を聞きながら、河越重頼は昔を思い出していた。
「源徳公に降伏したい」
「立場の変節は世の習い故、命は助ける。速やかに開城し、他の城主の説得に協力するように」
陸堂は兵法に照らし、慎重に開城交渉を行う。
ところが、河越城を包囲した直後、風魔忍軍が、勝呂・浅羽・熊谷などの諸勢力が松山城に集結しつつある事を知らせた。
「河越にかまけている暇は無い! 重頼に即刻腹を切らせ、松山を討つべきだ」
飛葉獅十郎は敵がまとまる前に決戦すべしと説く。
「‥‥」
「陸堂殿、何を悩む? なあ、俺と兄者に百の兵を任せてくれ。必ず河越城をとり、後を追う」
気炎を吐く飛葉静馬を止めながら、陸堂は思案にくれた。
「リンさん、風魔はどれほど連れて来ている?」
「えーと。詳しくは言えないけど、‥‥そんなには」
曖昧な笑顔を向けるリン。
「豪族連合の集結が早い。畠山殿の話では、伊達に統一されても、多年のしがらみもあり、一枚岩では無い感触だったが‥‥」
中心人物が居ると陸堂は看破した。リンに調査を頼み、河越の降伏を偽装と考えた陸堂は重忠に進言し、全軍で火の玉のように河越を攻めた。重頼は逃がしたが半日で河越城を落城させると、そのまま松山城に進む。
「‥‥冒険者が居るわね」
松山城へ進軍中、罠にかかった足軽を見てアイーダが眉間に皺を寄せた。冒険者は罠が好きだ。地の者の猟師が仕掛けるそれとは、明らかに違う凝った罠に、弓騎士は肩をすくめる。
「上州はちょっと遠いかしら」
「それにしても、この地にそのような因縁があったなんて‥‥」
「それは違う。ここでの戦いはあくまで戦争の一局面に過ぎぬ。この豊秋津島の天津神、国津神、人間すべからくが侵略者と対峙したのだ」
――地下迷宮の主と冒険者の会話。
陸堂が危惧した通り、松山城には北武蔵連合の兵八百が入っていた。一体、何者が集結させたのか。武名で知られた畠山重忠は源徳にあり、名門である吉見範頼は面倒事を嫌う男であるし、長尾景春や中村千代丸では角が立つ。集結の必要性は感じても、各家のこれまでのいきさつが邪魔をする。
「‥‥」
「ここに居られたか。直に軍議が始まりますぞ」
山を眺めていた勝呂恒高は、グレナム・ファルゲンの声に振り返る。グレナムは鎧騎士という聞き慣れぬ職業の男だが、女騎士フェリシア・ダイモスと共に勝呂にやってきて、恒高をかき口説いた。
「鎌倉の源徳軍、八王子が大挙して進軍してくれば、江戸と房総の援軍は到底間に合いません。北武蔵は結束し、備えるべきだ」
「‥‥ふむ。もっともな話ではあるが、誰の指図か?」
伊達公の命令かと思いきや、二人が口にしたのはクルディア・アジ・ダカーハ。
「私達はクルディアさんに頼まれて来ました。他の城主達の所にも、仲間たちが向っています」
「あの松山城攻めの勇者か」
クルディアは前回の恩賞で松山城主の地位を得ていた。しがらみを持たぬクルディアの提案、そして実力ある多数の冒険者が各城主の説得に当たった事で、予想を超えて北武蔵連合は出来あがる。
「上手くまとまりはしたが、すぐに一致団結とは行かんだろう」
「そうですね。外敵の存在が無かったら、来てはくれなかったと思いますし」
各城主にはそれぞれの思いがある。
例えば気鬱な表情で軍議に向かう恒高。彼の一人娘は一時、この松山城に滞在していた。勝呂が伊達に降り、比企と切れた際に娘は返されたが、もともと繊細だった娘は以来、更に塞ぎがちとなり、恒高の心に晴れぬ影を作っている。
「お前達は気楽で良いな」
出陣に際し、浅羽行長はそう揶揄した。冒険者が負けて失うのは、己の命一つ。城主達は重い責任を背負っている。家康や政宗ほどになれば、その重責は人間としての自由を消し去るほど。自由人たる冒険者は、概して権力者と話が合わなくもなる。
「だからこそ、時にお前達の自由が必要となる。今日のようにだ」
関東の情勢は複雑。ガルムらが来なければ、北武蔵連合は源徳軍に各個撃破されていたろう。
「まだ分かりませんよ。源徳の部隊はあの畠山殿と陸堂殿の指揮。連れてる冒険者も凄腕揃いのようですから」
パラのアルファ・ベーテフィルが偵察から戻り、敵軍の情報を伝える。不正確なのは、無理をしなかったからだ。
「あと一つ、敵軍には北条が混じっていますね」
同じく偵察に出ていたガルム・ダイモスは忍びに襲われた。危うい所で撃退したが並の冒険者なら殺されている。彼らは接近する源徳軍の中の北条兵に気づいた。
「‥‥出てこんな」
松山城に到着した源徳軍は敵軍を誘い出そうと試したが、城兵が挑発に乗らないと見て速やかに攻城戦を開始した。
「我こそは天下の大猪、結城友矩!!」
松山城一番乗りを決めようと、結城が疾走する。彼にぴったりと並走したのが武藤蒼威。先陣争いは武士の誉れ、当然ながら最も敵の攻撃を受ける。
矢が雨のように降り注いで戦闘馬が倒れても、結城と武藤は怒号をあげて城門を目指した。だが、
「ぬあぁぁっぁぁっ!?」
盛大に地面を踏みぬいて落下する二人の武者。
「見事に引っかかってくれたもんじゃのう」
工兵のグングニィル・アルカードが仕掛けた落し穴だ。グングニィルは穴に落ちた二人に火をかける。
「結城殿を死なせるな!」
八王子軍が前進し、二人の救出には成功するが被害を出した。グングニィルの罠は恐るべき巧妙さだが、これ程の戦果は滅多に無い。
源徳軍は突出を避けると、弓隊の援護を受けて城門を攻めたてる。
「勿論、矢代は出るわよね?」
アイーダは彼女らしい心配を口にしながらレッドコメットを引き絞る。
「このミョルニルの名が示す通り、我に矛先向ける者全てを打ち砕く!」
戦神の槌を操るクーリア・デルファは、城兵に投げつけて戻ってきた金槌を掴んで高らかに吼えた。戦乙女の装束を纏ったその姿は凛々しく、味方の士気を大いに高めた。
「ここは通さん!」
城門を破壊した陸堂の前に、グレイ・ドレイクとガイアス・クレセイドが立ち塞がる。二人とも実力は陸堂より一段は劣る。が、修羅場をくぐってきた冒険者であり、武器も強い。それが慎重に消耗戦を仕掛けてきた。
「噛み合いすぎる」
陸堂は舌打ちした。松山城にほぼ同数の冒険者が居た。いずれも重戦士風であり、北武の連合軍をまとめて彼らに対抗した。共に強力な魔法戦力が無い状況で、戦い続ければ大消耗戦は確実。
「全軍退け、河越城に戻る!」
「誘引退却にて縦深陣へ引きずり込み、包囲殲滅しましょう」
飛葉兄弟が進み出たので、二人に殿を任せる。追撃は無かった。北武蔵勢は、堅い戦を見せた。
「宜しいですか、今も鹿島の手前で伊達様と里見様が戦っておられます。鹿島まで行けば大丈夫などとは、嘘偽りなのですよ」
鶺鴒団の志摩千歳は江戸東部で避難所を作り、鹿島行きが無謀である事を切々と説明してからドナトゥース・フォーリアの護衛で鹿島神宮に赴いた。
「事実無根の噂で、ご迷惑をおかけしました。これは四公よりの詫び料でございます」
千歳は持参した一千両を鹿島神宮に手渡す。
「四公の心遣い、殊勝である」
鹿島側はこの戦いに中立を貫く意志を明確に示した。避難民から聞こえる噂はこの世の地獄としか思えず、とても関わろうという気にさせない。
「それを聞いて安心致しました」
千歳も、縁が無ければ傍観を選んだろうか。戦とは惨いもの。
「済んだのか? それじゃ江戸にもどるぜ」
ドナトゥースはきっちり護衛の仕事を果たした。猟師の獣道を知り、武装は地味で実力もある。一流の傭兵と言えるだろう。
「俺なんかまだまだだがね。剣の腕だけが全てって訳じゃねえしな。忍者の前にレンジャーで修行を積もうかねぇ」
武蔵府中。
クァイ・エーフォメンスとリーマ・アベツは空飛ぶ絨毯で八王子領となった西武蔵に侵攻。
「咲き狂え、石の花園」
リーマは府中の守備兵を石に変えた。視界に映る数百mの敵兵を石化させる極大魔法。八王子軍の動きを抑える程の被害は与えたが、拠点奪還は失敗した。リーマに魔法戦団並の魔力か、優秀な一部隊を付けていれば、もしやもあっただろう。
「八王子軍、装備がいいのよねぇ。あの弓、かなり強化してあるんじゃないかしら?」
クァイはリーマを守りつつ、敵兵の武装に感心する。八王子宰相、大久保長安の手腕か、八王子軍の装備は源徳軍でトップクラスだ。全兵にレミエラを装備させた最新鋭部隊は他に無い。
「伊達もすればいいのに」
「お金がかかるの。レミエラとか金のかかった装備を揃えるお金があるなら、兵を増やすとか別の所に使うでしょ。最新装備は精兵とか一部にしか普通は回さないんだけど」
冒険者は別だ。己の身一つが資本だから、命を守る武具には湯水のように金をかけて磨く。結果、超一流の冒険者は城が買える程の財産であり、もはや一つの芸術品と言っても過言ではない。
「そうなの?」
熱く語る武器屋の娘に、今回の攻撃は失敗という事は理解するリーマ。
「八王子は手強いんだね」
伊達軍は西武蔵で押し返す事に失敗し、多摩川の合戦の後、川を渡った源徳軍本隊には品川まで進まれた。江戸城まで行けたようにも思うが、途中で源徳軍の進軍速度が鈍くなる。鎌倉の騒動でジークリンデが抜けた事も理由の一つだが、志波月らの進言を聞いた家康が、江戸の民に僅かながら逃げる時間を与えていた。
荊信、フィリッパ・オーギュスト、レイムス・ドレイクらは最後の猶予の時を、少しでも多くの民を逃がす事に費やした。
町奉行所や自警団など、全力で治安の維持に当ったが源徳軍が多摩川を越えた事で江戸市民はなかば恐慌状態に陥る。各所で小さな騒ぎが起こり、これを抑える為に武田信玄は自ら武田騎馬隊による巡回を強化した。
「はわわ、御屋形さまのご病気の噂を打ち消すのです」
土方伊織は武田信繁の馬廻衆に昇進した。伊織も、信玄の病が重いのか噂なのか今は良く分からない。
岐阜城。
元は稲葉山城といい、美濃藩主、斎藤道三の居城だったが現在は尾張平織家前当主、平織虎長が暮らしている。
虎長暗殺後、平織市が自力で当主の座を掴んだ後、復活した虎長は大人しく隠居の身となったが、その影響力は残った。市が虎長を魔王宣言してから、市の求心力は低下し、虎長の影響力は更に強まる。
未だ両者が刃を交えないのが不思議な程だが、ひとまず岐阜城下の活気が虎長の健在ぶりを梔子陽炎に教えた。
「折角、美濃に来たのだから、良い小太刀が欲しいわね」
梔子は市場で買い物をしながら、優れた刀剣の噂を聞いた。本命は別にあるが、直接的に探すのは怪しすぎると用心した。
「これだけ探してないって事は、やはり城内かしら?」
単身、岐阜城への潜入は依頼に見合わない。おそらく生きて戻れないと想像する分別はあった。彼女は己の死に様を想うだけでうっとりする変態だったが、今回は報告を優先する。
「素敵な町ですわね。きっと藩主様が立派な方なのでしょう」
梔子とすれ違いで岐阜にやってきたアンジェリーヌ・ピアーズ。
「虎長様は立派だって? とんでもねぇ、あの方は立派な方だよ」
若い頃はうつけと呼ばれていたが、急死した父の後を継いだ虎長は神皇第一の忠臣と呼ばれるまでに登り詰めた、一代の英雄と言って良い。復活後は岐阜城を改修し、岐阜の発展に特に力を入れたので、この町の住民の評判はすこぶる良い。妹の平織市は、と聞くと一様に何とも言えぬ顔をした。
「御病気なのかしらねぇ」
「きっと側にいる冒険者が余計な事を云ってるのさ」
ふと懐かしくなり、アンジェリーヌは尾張に立ち寄る。
「ソフィア様はご健在かしら‥‥」
尾張ジーザス会を訪ねたが、無人だった。人に聞くと、虎長を魔王に落とした邪教の徒として市がジーザス会を禁じたらしい。ジーザス教自体の評判が良く無い。
「ひどい話ですこと」
アンジェリーヌは監視されている気がして、尾張を離れた。
高野山。
金剛峯寺を再訪した壬生天矢は清胤に面会を求めるが断られ、再び木食応其と会う。木食は平織家の窓口を自任しているようだ。
「返答をもって来たそうな」
「ああ。我々の方針を伝える」
市派が比叡山とは変わらず距離を置く事、イザナミ戦参戦を前向きに考える事、を天矢は話した。
「それだけか?」
「待て。尾張平織家に合議によらない勝手な行動を取った者が居たので処分した。市様にも、実の兄のこと故に御意志がブレていたのは事実だから、それは正す。征夷大将軍から真言宗主座を権大僧正に推挙する事を約束する」
国難払いし時には天下万民にも納得がいく形での大僧正への推挙を重ねて約束。
「ことここに至ってイザナミ参戦を善処するとは、頼りないにも程がある」
「平織は神皇の剣となり、盾となる誓いは守る。平織は一丸となり、国難に立ち向かおう」
応其はじっと天矢を見ていたが、不意に相好を崩した。
「騙してはおるまいな?」
「当然のことだ」
応其は満足し、イザナミ戦では高野山は平織家を全面的に支援する事を約束した。
三河、岡崎城。
葛城丞乃輔は上杉軍の通過した三河が気がかり。
「お味方にござる」
葛城は源徳本隊から貰った許可証を見せて岡崎城に入る。
源徳家の主城にも関わらず、岡崎の守備兵は百名足らずだった。国境や各砦にも兵は殆ど居ない。全て遠征軍に投入し、三河は無人に等しい有様だ。
「家康公は正に背水の陣で江戸攻めを‥‥」
三河遠江の国力で関東大遠征を行うには必要な覚悟だったかもしれないが、尾張や南信濃から侵攻されたら、防げない。
「これは再考を具申すべきでござるか」
岡崎城に留まった葛城は、不審者を発見する。
南信濃、高遠城。
「ネフィリム姉ちゃん、大変だ。武田兵が!」
南信平織軍に足軽として加わったヘクトル・フィルスは城代のネフィリムに南信で武田軍の動きがあった事を伝える。
「信玄が停戦を破ったのかい、いい度胸だね。それで相手は北信かい、甲州かい?」
「南信でございまする」
高遠で信州蕎麦に舌鼓を打ったヘクトルは、南信の村々を巡回した。そこで軍装の者を見つけ、尋ねてみると武田軍の戦であるという。
「南信の豪族が、裏切ったか」
平織に降伏した武田の国人衆が服し切っていない事はネフィリムも知っていた。だからこそ彼女は高遠城に留まり、諏訪大社に多額の寄進を行い、地道に国人衆の説得を行ってきた。国人衆の兵が三河の国境で小競り合いを起こしたと聞き、ネフィリムは高遠の兵を率いて国人衆の村へ向う。
「あんた達、征夷大将軍と共に戦うつもりは無いって事かい? それならウチらにも考えがあるさね」
国人衆の代表が進み出てネフィリムに答える。
「お前さんは、大将軍と共に国難に立ち向かうか、大名の私戦に使われるかと我らに聞いた」
「ああ、言ったさ」
「だが平織は大名の戦よりももっと悪い。兄妹喧嘩ではないか」
痛い所を突かれる。冒険者には、平織市の変心は不思議に映らない。虎長が悪魔だったのなら仕方ないと納得する。だが傍から見れば、それまで虎長を魔王と呼ぶ延暦寺と戦い、武田と戦っていた者が突然態度を180度変えたのだから、まず市が疑われる。市こそ悪魔では、とも思われてしまう。
それこそ悪魔の巧妙さだと神聖騎士は思うが、ジーザス教も根付いていないジャパンの民に伝える事は難しい。
「勝手に兵を動かしたあんた達は許さないさ。覚悟は出来てるね」
ネフィリムは国人衆の代表を捕えて城に戻った。
「酷な話だけど、早いところ市サンには魔王すら丸呑みにする器になって頂かなくちゃいけないさ」
「姉ちゃんも苦労してるね〜。マンちゃんだけでも大変なのに、人の欲望ってヤツが相手だもんなぁ〜。寂しいもんですの〜」
「何だい、マンちゃんてのは?」
おかしな事を云うヘクトルに首を傾げ、ネフィリムはひとまず三河の情報を集めた。
武田の国人衆を動かしたのはクルディア・アジ・ダカーハとエスト・エストリア。
「ハッ、小競り合い如きで出てくる名前じゃないさね」
更に調べると、岡崎城の噂が聞こえて来た。
南信の武田軍が国境に現れたと聞いても、岡崎城には援軍を出す余裕が無い。守兵は決死の覚悟で籠城を選択する。
「おいおい。切り取り放題かよ」
クルディアは歯応えの無さに拍子抜けした。
「そうですねー。余計な恨みは買わずに〜、早期降伏を狙いたい所ですよ〜」
エストはローリンググラビティーとクエイクで敵兵の動きを止め、戦意喪失を狙ったが三河武士は皆が皆、決死の戦いぶりを示す。
「死兵だ。少ないからって国を守る戦士を舐めるなよ」
クルディアは岡崎城に進むか否か、逡巡した。西と東、それに北を眺めて止まる。
岡崎城。
「待たれよ! そつじながら、いずれの御家中でござるか?」
不審者を発見した葛城は、愚かと自覚しながら誰何の声をあげる。
三河はある意味、諸侯の緩衝地帯だ。相手が上杉や平織の手の者であれば、戦いたくは無かった。
「待てというのは、あっしの事でござんすか?」
見栄を切って振り返ったのは以心伝助。
妙なものだが、伝助もまさか声をかけられるとは思わず、興味が湧いた。
「如何にも、そこもとの事でござる」
「身どもでやんすか。名乗るほどの者じゃねえ、ただの曲者でやすよ」
葛城は姿を隠していたが、伝助は彼の位置を掴むと反対側に跳んだ。
「やはり敵だったかっ、各々方ー、敵襲でござるぞー!」
「これは失策でやす」
舌打ちして伝助は逃走したが、この男、忍びとしての腕前は相当なものだ。伝助は城兵の注意を集めた上で引き上げる。
以心が囮役を引き受けている間に、竜胆零と音羽朧は目的の者を入手した。すなわち、伊豆と駿河の人質である。
「おのれ、それが狙いでござったか」
岡崎城には家康の妻子も居た。葛城は姫達の守りにつき、竜胆達は岡崎城を脱出してクルディアと合流、兵を退いた。