●リプレイ本文
源徳軍約五千は江戸に侵入し、芝増上寺に本陣を置いた。
対する反源徳軍は同規模の兵力で江戸城に籠城。
明日は決戦という風情、両軍は至近の距離で睨み合う。
「京都で神皇が皆を一つに、って言ってる時に関東は鉄火場なのよね」
愚痴をこぼすアイーダ・ノースフィールド。
「月道の分割管理は、そんなに悪くない案だと思うわ」
「中立地帯案の変形か?」
源徳軍本陣、アイーダの話を共に聞くのは志波月弥一郎。
「問題は朝廷との関係だろう。京都攻めだけは思い止まって頂かねばな。誰も、それを望んでおらん」
弥一郎は京都侵攻も辞さない家康に諫言する。
「お主達の心配は当を得ておる」
意外な事に家康は二人の話を直接聞いた。家康の周囲には僧侶の結界が在るから、敵意を持つ者は近付けない筈だが、それでも不用心だ。
「都はわしを敵と見ていよう」
「安祥神皇に見限られたとて、恨む筋合いではござるまい」
小言じみた声は任谷煉凱。
「少数の部隊でも構いません。親征に参加なされませ。手をこまねけば奸臣が勢力を得、都は遠くなるばかり」
江戸城攻略後は有利な形で和睦する方が勝算は高いと煉凱は主張した。
「それで月道か?」
イザナミと戦う朝廷軍は、江戸に大軍を派遣出来ない。
しかし、江戸籠城戦に限れば話は別。江戸城を秀吉の物とし、藤豊軍の江戸派兵は危険な兆しと家康は見ていた。源徳軍としては速やかに月道を確保したい。
「もし我らが月道を使って攻めたら、京都はどうするのでしょう?」
「調べさせていたが、おそらく江戸に繋がる月道を封鎖する」
月道解放の折、全ての月道施設では現在判明している全月道への道が新たに開いた。
この道は、おそらく魔法で閉じる事が可能と陰陽師達は云う。また、巨岩等で物理的に出口を封鎖されても通行は困難になる。
「事実なら、我らは関東に閉じ込められる事に」
冒険者の陳情に加え、伊達側の停戦使者も月道中立を家康に懇願した。
「‥‥」
家康は江戸攻撃を延期し、四公側と交渉を行う。
築土神社。
江戸城の北西、田安門に程近い場所に築土神社はある。神田、日枝と並んで江戸三社とも呼ばれ、人気がある。祭神は天津彦火邇々杵尊。天孫降臨を為し、日本神話において重要な一柱であるが、築土神社の真の主神はマサカド・タイラ。
150年前に富士で発見された月道を背景に関東に覇を唱え、京都の朝廷と戦い、そして敗れた平将門。時の神皇はこの朝敵を許さず、歴史から抹殺。爾来、マサカドの名は欧州でこそ歴史家の間で著名だが、ジャパンでは殆ど知る者も居なかった。
と、興味深い縁起は脇に置く。
築土神社は江戸城防衛網の内側。至近に月道塔もある事から、警戒は厳重。少数の決死隊による制圧は不可能だ。
「我らは神皇親征に従う者なれば、戦う意志はござらぬ。何卒お通し願いたい」
源徳軍から進み出た一隊が、月道塔の使用を求めた。源徳武士ながら、神皇軍参加を決意した者達。
月道に関する両軍の折衝は、難航した。
最終的には京都の安祥神皇と関白の命令で、約200名の源徳志願兵の京都行きは許された。
「少ないな」
「人の事は云えないわ。我々も、本来なら一桁違う」
シオン・アークライトは源徳隊の移動を見守る。シオン達は一足先に伊達武田の兵600を京都に送っていた。伊達武田の上洛部隊にはシオンと雨宮零、それにイリアス・ラミュウズといった錚々たる冒険者が加わる。
「戦力低下は否めない」
「藩主は出せないし、兵も少ない。それぐらいは覚悟して貰わないと」
シオンは京都派遣部隊の指揮官として鬼庭綱元、高坂昌信をと頼んだ。江戸城が落ちるかの瀬戸際、両将を欠くのはかなりの痛手。
「順当であろうよ」
予想外に高坂が快諾したので、伊達も武田に習って鬼庭の派遣に応じる。
停戦は、兵達が月道の奥に消えると共に期限切れとなる。
交戦中の奇妙な蜜月だった。
停戦が解除されると、源徳軍は江戸城を囲んだ。
源徳軍は築土神社、神田明神、日枝神社へ侵攻。江戸城側からは包囲の一環と映ったが、内実は家康の密命を受けた決死隊。
「将門公の守護を頼もうかね。だから血で汚すなよ」
新撰組一番隊を率い、神田明神に向ったのは鷲尾天斗。天斗は隊士らに決して死者を出さず焼くなと厳命した。
「またそんな無茶を」
三社攻防は江戸城と月道の至近にある築土神社が最激戦区となり、神田明神はほぼ無傷で制圧。が、無血ではない。伊達兵戦死6。
「‥‥俺達はついてる。さあ地上との競争だ。先に江戸城に上がり恩を売るぞ!」
江戸城地下の大空洞は、実際には城のみならず町の下にまで広がる巨大迷宮である。内部は幾層にも分かれ、迷いこめば一生出られない。
「この道を使えるのは、冒険者だけね」
大鼠の一団をやり過ごしてイフェリア・エルトランスは息を吐く。侵入者止めの罠があり、更に迷宮の本来の住人‥‥大型の地中生物や妖怪、魔物も徘徊している。
「ここ、本当にジャパンの首都なのかしら」
雑念を振り払い、イフェリアは仲間を城まで送り届ける事に意識を集中。
「少し休憩しましょう」
「いいのか? 敵も馬鹿じゃない、急がないと気付かれるぞ」
不満の声は、イフェリアと共に部隊を先導する葛城丞乃輔。
「急がば回れよ」
神田明神から江戸城まで、地上を歩くなら半刻とかからない。イフェリア達はその何倍も時間をかけた。道は直線でなく、分岐まで在った。進み方は家康から細かく指示を受ける。イフェリアと丞乃輔の働き、それに陰から助けた服部党のおかげで神田分隊は江戸城に到達する。
「おかしい」
半蔵門を守る弓隊を指揮した龍宮焔は、敵軍の猛攻に違和感を覚えた。江戸城を相手に囲んで力攻め。芸が無さ過ぎる。
「家康ほどの男でも、焦ればこの程度なのか」
本佐倉城を発した政宗、義貞軍は間もなく到着する。両軍と挟撃すれば、長かったこの戦争も終わる。
「必ず仕掛けて来るはずだぞっと」
天守の物影からトール・ヘルバイターは戦場を監視。来るとすれば魔法戦団や新撰組と当たりを付けていた。目立つ彼らを見過ごす恐れは無い。新撰組は、源徳本陣と大手門、清水門にも隊旗が見える。大手門を攻めているのは静守宗風の分隊。手強い相手だが、正面から来る分には恐くない。
「‥‥アレは何だぞっ!?」
南東の一角が煙のドームに覆われている。多分、魔法戦団の超越魔法。そこまでは分かるが、あの辺りに門は無いはず。煙の周囲に散乱する数十mの円盤、そして堀から立ち上る砂煙。
「尋常の戦法で勝てないというなら、私達は攻城の概念ごと叩き潰しましょう。魔法戦団の戦い、その目に焼き付けなさい」
シーナ・オレアリスは江戸城の堀の水位を下げた。水底を見せた堀に、魔法戦団はイタニティルデザートを叩き込む。空中から降り注ぐ熱砂は水底を焼いて砂煙を撒き散らし、間髪いれずにジークリンデ・ケリンがそれを石化。何度も熱砂を降らし、石化を繰り返す。
「‥‥奴ら、砂で堀を埋める気か!」
何たる力技。
魔法戦団は江戸城の堀を、固めた砂で埋めつつ、同様の熱砂の円盤を己の周りに積んでいた。
「そろそろ、いーかなぁ。ダメさんたちから江戸城をとりもどそ〜 お〜!」
「乗り込みましょう。私達の『城』が、江戸城を喰い尽すのよ」
堀の一部が石化した熱砂に埋まった。パラーリア・ゲラーとリオ・オレアリスは彼らの作った石橋、魔法戦団の城砦に足を掛けようとして、後ろに控えていたアンリ・フィルスが引き止める。
「‥‥来る」
アンリの超感覚は、高速で接近する敵を誰よりも早く正確に察知。
「来るって天城? 撃ってくるのが分かればどんな強い弓でも単純なものでしょ。志士さんのローリンググラビティーか、私がストームで矢を払いましょう。それだけよ」
肩をすくめたリオに、アンリは首を振る。
「敵に百将あれど、最も注意すべきは天城烈閃のみ」
鬼神と称されるアンリの絶賛。もし天城が聞けば、さてどう思うか。不満顔のリオを庇い、アンリは巨大な盾を背負った戦士達を集める。
アンリを中心に、ニセ・アンリィ、エセ・アンリィ、アンリィ・フィルスが術者を守るようにウォールシールドを構えた。名付け親の顔が見たい面々である。
「協力するのだわ」
アンリの肩に飛び乗ったヴァンアーブル・ムージョ。シフールはアンリの横で、ぶつぶつ呟く。源徳念話網の要である彼女は、地下の決死隊や各隊とこの瞬間も連絡を取り合っていた。彼女は源徳軍で一番忙しい人間だ。
「真上だっ」
アンリの警告、頭上から破壊の矢が振り注ぐ。
「うぉっ」
盾越しに伝わる激しい衝撃。
「心配無いのである。天城の白骨の弓が洒落にならんのは知っているが、このウォールシールドを、貫ける筈が無いのだ」
盾を支えながらエセが断言する。三人の盾は天城の猛射を防いでいた。が、肌に伝わる衝撃が、完全でない事を伝える。並の矢ならどれほど受けても壊れない。そもそも、矢で壊れるような盾では無い。だが。
「畜生、そもそも戦団に頼り過ぎだろ!」
吐き捨てるエセ、そんな相棒を笑いつつニセは振りむく。
「いつまでもはもたないゼ〜。師匠、進むか退くか指示をくれよ〜」
「リオ殿、お任せ出来ようか?」
リオはもう一度肩をすくめる。高速で飛来する矢に対し、竜巻や反重力は確実でない。ヴァンアーブルのムーンアローも、見えていなければ対処出来ない。遠く離れた射手から目を離さず、速射を撃ち落し続ける‥。
「魔力の無駄ね。並の術者なら1分ともたない。元を断たないと駄目だわ」
天城はロック鳥に乗っていた。天雷を試したが、無効化しているのか無傷の様子。
「江戸城を盾に致そう」
矢雨を防ぎつつ、堀を超えて城内に乗り込めば。
「‥‥させると思うか?」
「城を喰うなんて、そんな非常識な客はお断りですよ」
天城の空爆を時間稼ぎに、宿奈芳純のテレパシーで城の防衛線を支える冒険者が集結していた。
「はぁぁぁっ!!」
石橋に降り立ったカイザード・フォーリアは気を練る。極大のオーラ爆発が即席の石橋を崩し、砂煙が舞う。
「壊せぬことは無い。が、堅いな‥‥厄介だ」
「どうやら、芯まで石化してる訳では無いようですが、この大きさ。剣や矢では歯が立たないですね」
戦団を守る石壁にエル・カルデアは重力波を叩き込む。派手に砂が飛んだが、イタニティルデザートとストーンの併せ技が作りだす円柱は一つが高さ3m直径30mという代物。一撃ではとても壊せない。
「これは私向きでしょうか」
ロッド・エルメロイの声と共に、巨大火球を受けて石盤が爆発。
魔法戦団の石砦に穴があいた。隙間から突入した江戸城の兵を爆炎が焼き滅ぼす。
「石積みばかりで退屈していた所よ」
「ええ。お互い覚悟は出来ているのだから、今日は皆殺しでいいのよね?」
爆炎の魔女ジークリンデ、そして雷帝ヴェニー・ブリッド。無限の魔力を誇る二人は超越魔法を連射して戦団の城砦に近づく敵兵に死を与える。
「‥‥信じられない」
レジストマジックをかけて負傷者を救出したマロース・フィリオネルは、極大魔法を撃ち続ける二人の魔女に絶句した。小田原戦から続く魔法戦団の急激な台頭、それを支える莫大な代償(まりょく)。どれほど魔力の実を消費しているのか。
この世に無敵は存在しない。
江戸城を向こうに回して一歩も引かぬ彼女らも、一個の人だ。
「くそぉぉぉっ!!」
天城の連射を受け続けたウォールシールドの一角が崩れる。時を置かず、天城の弓の弦が切れる。魔弓にも限界は在った。弓を張り直すために天城は撤退。それに合わせたように、戦団も止まる。仲間に複数の超越付与を行う魔法戦団は、乱戦中に付与魔法が切れた場合、掛け直す事が容易でない。そうでなくとも、少数で最前線を支え続ければ目に見えぬ疲労は甚大。
「潮時でしょう」
余力のあるうちに、フィーネ・オレアリスは判断する。城に肉薄し、名のある冒険者をこれほど引きつけたのだから十分か。
「一度、後退します」
「いつでもどうぞ。こちらの準備はOKだ」
フィーネに答えたのは、姿の見えないレオーネ・オレアリス。
「里見公の無念を晴らす‥‥とまでは言わぬ。だがフィーネ嬢は守らねばな」
念話で意志を交換した面々は岩陰に隠れる。その岩ごとリーマ・アベツの重力波が襲うが、岩は無傷。
シェリル・オレアリスが岩にレジストマジックをかけていた。一部にしか掛からなかったが、魔法封じの盾にするには十分。それまで本陣に居たシェリルが今回は前線に出た事で戦団の防御力は倍増。パラーリアとフォックス・ブリッドは弓で牽制し、その間にジークリンデは呪文の詠唱を済ませる。
「それでは賊軍の皆様、御機嫌よう」
一瞬後、魔法戦団は戦場から消えた。目の良い者は全員が地中に没した瞬間を目撃する。アースダイブ、極めれば周囲のものごと地面に潜る。
劇的な退場は、あたかも白鳥が水面下で必死に泳ぐように、楽な技では無い。視界がゼロに等しい地中泳。しかも底無しのプールである。この呪文で無惨な自滅を迎える術者も居る。
「馬鹿なっ」
地中で息が続く筈もなく、戦場離脱は至難に思えた。意に反し、魔法戦団は一人も浮かんで来ない。
この方法を戦団は何度か使い、江戸城側も後で大凡を知る。
予めレオーネ・オレアリスとリオが地中に没す。レオーネが地中に空洞を作り、リオが空気で満たす。その後に戦団が潜り、緊急避難所として活用する。そして地上の警戒が弱まった頃に浮上する。かなり大変だ。
「モグラの気持ちがよーく分かるわ」
「ミミズさんと友情を育めそうですよ」
「俺も戦団の強さを実感した。お前達は、とんでもないな」
地中でマイユ・リジス・セディンが嘆息する。メンバー全員に超越級のオーラボディやエリベイションを付与し、必要ならオーラパワーやリトルフライ等もかける。口にすれば簡単だが、一時間で消費される魔力が半端じゃない。
「何故、そこまでする? いや、俺が言う事じゃないのは分かってるがね」
初老の術師の問いに、今回補佐役に徹していたフェザー・ブリッドが指を突き出す。
「勝つために」
つまらない事は聞くなと苦笑した。
「この戦いが‥‥正義とは思えません」
フィーネの呟きに一同は沈黙。源徳の義を否定はしない。だが、大名同士の戦は大勢を巻き込み過ぎる。時には迷う。
「ですが、最後まで義理を果たしたい。理由にはなりませんか?」
「いいや」
冒険者としては完璧に近い答えだ。
だが、とマイユは思う。彼らのこの力を、今一番必要としていたのは、あの少年王ではなかったかと。
「それこそ、俺の言えた義理では無いのだが」
安房岡本城。
一時は房総の太守として関東の覇権を目指した里見義堯の、現在の居城はみすぼらしい古城だ。度重なる敗戦、義堯に失策があったとすれば、反源徳軍が宿敵家康よりも里見の排除をこれほど優先するとは考えなかった事。それでも伊達政宗、新田義貞を向こうに回して、義堯は勇戦した。
「あと一歩‥‥わしは掴みかけたが、届かなんだ。のう、カイ・ローン?」
義堯は全幅の信頼を置く冒険者を見下ろした。空飛ぶ箒で岡本城に急行したカイは頭を下げつつ、義堯の顔に深い疲労を見る。
「今はとにかく勢力再建の時間を得るべきです」
「‥‥伊達に勝てぬと申すか?」
「残念ながら今は。ですが策はあります。神皇軍に参加なさるのです」
カイはメグレズ・ファウンテン、アン・シュヴァリエと共に義堯を説得した。安祥神皇の親征に加わり、神皇軍の一員になれば反源徳軍は里見を討てない。
「神皇軍で存在感を示され、神皇様の信を得られたらどうかしら?」
「甘いな。伊達の後ろ盾は関白ぞ」
不思議な事に、義堯より異国人の冒険者の方が神皇家を信用していた。
「懐に飛び込んだ政敵を生かすものか。わしの腹一つで済めば良い方よ」
「では、停戦はしないと?」
思案する義堯に、松桐沢之丞が進言した。
「申すまでも無いこと。劣勢だが、それもまた試練と思えば如何程の事があろうか」
松桐は房総全土で一揆を扇動して敵の気を逸らし、残兵の集結を急ぐべきと語った。
「お主、残兵というが‥‥」
「正面から伊達を打ち倒すには足りぬでしょう。兵は少数に分けて潜伏させ、伊達軍に奇襲を繰り返せば如何か。敵の後方を脅かし、味方を援護するには十分」
義堯は不快そうに顔を歪めたが松桐は気付かない。
「それだけでは無い。宇都宮や、水戸に支援を求める手もある」
「水戸か」
鉄壁だった源徳陣営の崩壊は、水戸から始まった。源徳一族にして北方防衛の要だった水戸藩を崩したのは、不死者の群れ。詳細は今も不明な部分が多いが、水戸の荒廃は現在も続き、軍事的には空白地帯に近い。
「では松桐、お前が水戸へ行って援軍を連れて来るか?」
一時は魔国にまで落ちた水戸。楽な仕事では無い。
「俺は正しいと思う事を申しただけ。どう取るかは主らの自由だ」
彼は冒険者らしい男だった。自論を主張し、ただ戦う。それを無責任と責められる筋合いはない。
「ふふふ‥‥わしはお主達に賭けた。それがそもそもの間違いか」
自嘲を浮かべる義堯。里見ほど冒険者を頼った大名は居ない。
「わしとした事が、つまらぬ臆病風に吹かれたわ。里見は負けぬ、滅びぬ。神皇軍に参じよう、房総もタダでは政宗にくれてやるまいぞ!」
傲岸に口を歪めた里見当主に、冒険者達は一斉に頭を下げた。
義堯は龍将らの進言を容れ、神皇軍参加を決意。
「里見公は決断なされたか」
アレーナ・オレアリスはこれまで秘匿し続けた里見水軍を動かし、夜陰に乗じて岡本に入る。カナード・ラズの撹乱もあり、義堯と冒険者達は無事に房総を脱出した。
「伊達、源徳の勢力圏を超えられるか?」
神皇軍参加を決めた以上、源徳軍も味方とは云い難い。
「それはもう、人事を尽くして天命を待つ、ですわ」
義堯の護衛として付き従うキルト・マーガッヅが微笑む。
「‥‥待て用法が間違っておるぞ。運任せと言わんか?」
少し後悔した。不安は的中し、里見の船団は伊達の勢力圏を抜ける前にベアータ・レジーネスに捕捉される。しかし。
「なんと。既に神皇軍にくわわる御所存か!」
ベアータは義堯に神皇軍への出兵を説得するつもりだった。喜色を浮かべた藤豊家臣は、船団に同行を申し入れる。
「私が居れば、四公の攻撃は受けません。源徳の領域を抜けるにも、腕の立つ術師は役にたちますよ」
首を刎ねて海に沈めようかと思ったが、思い止まる。
安房に残ったカイは藩主に代わって伊達との停戦交渉。
「朝廷より兵を借りながら、その命に従う者を攻めるおつもりか?」
「‥‥安心されい、伊達は命乞いする者を斬る刃はもたぬ」
侮蔑の視線。これが停戦でなく降伏なら、勇戦した敵に伊達武士は最大の敬意を示した。藩主は都に逃げ、名ばかりの停戦――面白い訳が無い。
「とは申せ、お味方か。直に家康を降し、我らも神皇軍に加わる。それまで陛下を宜しく頼む」
「伊達に云われる筋合いでは無いですね」
カイは憎まれ口を叩きつつ、里見家家老として交渉を進めた。房総の仕置に関しては、他の関東仕置と同様に乱が治まった後に朝廷の裁定にて決する事として、ひとまずは現状を維持する。
「現状維持とは?」
「安房上総に、伊達は手を付けぬ」
伊達兵はほぼ全員が引き上げた。安房上総を統治する暇も人員も居ないので、安房上総の豪族の所領はそのまま残す。
「領内復興に物資など不足があれば、千葉の後藤信康殿に相談するが良い」
「お断りします。里見は伊達を許した訳でも、降った訳ではないので。神皇家には、伊達の理非を厳しく追及して頂きます」
話し合いは剣呑な空気で進んだが、とにかくも伊達と里見の停戦は成る。カイはメイ・ホンを通じて、安房上総の豪族にこの事実を伝えた。
「里見様も伊達も神皇方‥‥分からぬ話だが、つまりは手打ちか?」
「うーん。それはそれとして、久留里城は焼けてしまったので、里見の本城は岡本となります。皆様の傷が癒えましたら、一度岡本城に集まって下さい」
「ふむ」
岡本城は安房上総の主城にしては南過ぎる。暫定処置だが、豪族らも敗戦の傷が癒えるまでは暫く時間がかかる。
「納得いかないな」
里見公から上総の一揆扇動を許された松桐だが、呆気なく停戦が成立した事で出番を失う。
「不公平だ。この世には神も仏も居るのに、何故これほど無法が罷り通る」
神の職務怠慢を罵った。
江戸。
源徳軍と反源徳軍の天王山、江戸城決戦。
地上の決戦とは別に、地下でも激しい戦いが始まった。
「がっ!」
シヴァ・アル・アジットのローブが引き裂かれる。
「くぅぅ、まさか、これほどの伏兵を。どこから入ったのじゃ?」
止めのタイタンブレードを、マグナ・アドミラルが防ぐ。
「我らの知らぬ抜け道があったか? とすれば、地上は――本隊は陽動か」
「今頃気づいても遅いぜ! こいつは家康公の、いや俺の意地だ。城は貰ったっ!」
グレイン・バストライドはマグナを格上と判断し、捨て身で突進。
「――見事」
倒れるグレインと、折れた愛剣を見つめるマグナ。
「モニカ。至急、城代にこの事を知らせるのだ。わしは敵兵を食い止める」
マグナの指示で、モニカ・マーベリックは飛ぶ。彼女の振動感知でマグナ達は異変に気付き、現れたのは冒険者に率いられた源徳兵の一団。
政宗のお株を奪う奇襲戦法。数百人の敵兵が地下から湧けば、大混乱は必至。
「まさに必勝の策ですわ。だけど、その手は一度使われている。警備の兵は居ても不思議では無いでしょう。貴方達の作戦が成功するには、その少数の警備兵を一瞬で抜くしかない。‥‥そうですわね?」
エリスティア・マウセンは降魔刀を構え、対峙した源徳兵の隙を窺う。
「ここは拙者の戦場、敢えて名乗ろう。伊達黒脛巾組、磯城弥魁厳。推して参る」
磯城弥らは闇から湧く源徳兵相手に奮戦したが、戦力差は如何ともし難い。地上の隊旗はダミーか、決死隊には新撰組隊士が多く参加した。錬度も士気も指折りだ。城側は僅かな時間を稼ぐが、神田分隊、築土分隊は城内侵入に成功。日枝分隊は突破できず一度後退した。
神田分隊は本丸の真下に、築土分隊は千鳥ヶ淵の傍に出てきた。遅れて日枝分隊は富士見櫓横から姿を現す。三か所とも、伊達の知らない抜け穴を使った。
「七瀬、出番だ」
「任せて下さい。温存した魔力、使い切ります!」
新撰組に同行した七瀬水穂は、急報を聞いて集まってきた城兵に特大のファイヤーボムを叩き込んだ。
「積年の恨み、覚えたか!」
混乱する城兵に、各務蒼馬は血が沸き立つ。
「‥‥拙いかもしれぬ」
各務と共に決死隊を補助した服部党の忍者が舌打ちした。先刻、警備の冒険者に僅かだが時を奪われた。城兵の乱れが広がらない。
ここで仮の話をする。もし魔法戦団が始めから地下決死隊で戦っていれば、この時に勝負は着いた。地下決死隊に参加した名のある冒険者8人。何れも実力者だが、任務の重大性と比せば、驚くほど少ない。
「見ろ」
本丸で暴れる神田分隊に、藤豊軍のアラン隊が攻撃を仕掛けた。
「善戦しておるが、あの隊は強い」
「むむ」
源徳軍は混乱に乗じて半蔵門を破るが、攻勢はそこまで。戦線が再び膠着し、勢いを殺されたと知った家康は決死隊三分隊に退却を指示。
「惜しいが、家康公が無事なら望みはある、か」
菊川響は日枝神社に僅かばかりの喜捨を残して撤退した。
「城方は本当に抜け穴を知らなかった。江戸の地下の何かを一番良く知るのは家康公という俺の考えも、あながち的外れではないか」
政宗と義貞の接近を察知した家康は江戸城より兵を退く。
「増上寺の源徳軍、依然動く気配がありませぬ」
「御苦労」
音羽朧の報告に、房総より帰還した江戸城の主人は鷹揚に頷く。江戸城から退いた源徳軍は鎌倉に戻らず、軍を整えて芝増上寺を本陣とした。
「増上寺は源徳の寺だったな。家康め、まだ来るか」
ニヤリと笑う伊達政宗に、ブレイズ・アドミラルが膝を折って進言した。
「政宗様、千葉軍が戻った事で我らの戦力は敵の倍‥‥八王子と河越、宇都宮が気掛かりですが、今が反撃の時かと」
小田原以来、対源徳戦では連戦連敗。対里見に集中した結果だが、存分に戦えなかった伊達と武田の将兵は不満を溜めている。
伊達新田軍はこの決戦の為に万難を排した。メルシア・フィーエルは亥鼻城の城兵に全軍出撃を頼み、本佐倉城もほぼ空にしていた。ローラン・グリムが騎馬隊を率いて先行する事で千葉街道の安全を確保し、取るものも取りあえず、の体で江戸城へ舞い戻ってきたのだ。
「家康が我らと交戦せず逃げたのは予想外ですが、源徳軍を各個撃破し、関東の戦を終わらせましょう」
新田家臣グレン・アドミラルも軍議に参加し、出撃を唱える。里見とは停戦交渉中だが、もぬけの空になった房総は心配。また新田軍の本拠たる上州も不穏な空気であり、何よりも、早く決着して神皇親征に応じねばならない。
「ふむ。では義貞殿、家康と決着を付けまするか」
「私は和睦すべき時と存じます。家康が易々と聞き入れるとは思いませぬが、何か、あの男を説き伏せる材料があれば」
この時、義貞の顔に微かに悔恨が過る。
「なるほど。信玄殿はどう思われる?」
「和議に異論は無いが、それは敵の戦意が落ちている場合。この際、政宗殿にお聞きしたい」
「ほう」
信玄は、政宗がこの江戸城の事をどれほど知っているのかと尋ねた。源徳軍は伊達の知らない抜け穴を使った。
「先の手妻を見るに、俺より家康の方が詳しかろう。さすがは元の主人だ」
信康には伝え忘れていたようだが。
「‥‥あ。それが本当なら、お屋形様。この城に居るのは危険という事になるのです」
武田馬廻り衆の土方伊織が気付いた。他の者も、同じ事を考える。まだ彼らの知らない抜け穴があるとすれば、この城は穴のあいた要塞。
「増上寺から江戸城まで抜ける地下道があれば、出撃した隙に城を奪われるな」
源徳軍が退却すれば、その間に調査したい所だが増上寺では近過ぎる。本当にそんな都合の良い抜け穴が在るか確証は無い。だが、奇襲の後だけに生々しい幻影だ。
「恐るべきは源徳家康、迂闊には動けぬか」
戦いは長期戦の様相を呈した。
源徳軍と伊達武田新田の連合軍は睨み合いを続け、時折攻防を交えながら季節は秋から冬へと過ぎる。
11月半ば。
源徳軍と江戸城。
兵力差は依然として約二倍ながら、江戸城地下の構造を熟知するかに見える家康は緩急自在に源徳軍を動かして三公の軍団を翻弄、互角の勝負を演じた。
先に業を煮やしたのは江戸城側。武田信玄は源徳に江戸を明け渡しても京都へ行くと云い、新田義貞も和睦案に傾倒。
「家康め、我らが持久戦を嫌っておる事を読んでおる。あの大狸、イザナミと取引でもしておるのか」
三軍分裂を危惧した伊達政宗は源徳軍に総攻撃を行う。兵糧、士気共に源徳軍も限界が近づき、家康はこれに応じた。
「決戦ですね。多くは攻めに集中しているでしょうし、これ以上の好機は無いはず」
時機を窺っていたゼルス・ウィンディはロック鳥に天城を載せて飛び立った。これまで天城のアウトレンジ攻撃で魔法戦団や前線を爆撃していたゼルスだが、本命は別にある。天城が前線のタイミングを読み、一気に後方の源徳本陣を強襲。
「貰うぞ、その首。江戸も京も、今の貴殿には渡せない」
狙いは家康の首、ただ一つ。
単騎での本陣強襲。
無論、成功しない。家康は備えている。本陣を守るのは旗本だけでなく、柳生に服部党、空海配下の僧侶、志士陰陽師の精鋭。
が。
ここにもう一人、機を窺っていた人物が居る。
彼は伊達政宗と密約を交わし、家康を狙っていた。
前線で不様を晒し続け、ついに後方に下げられた。一度も本気で戦わず、それが為に彼の軍は健在。
「この時を待っていたぞ」
北条早雲は全軍に下知。敵は源徳家康。
「‥‥何じゃ?」
鷹狩りの如く、天城を落とそうと采配を振るいかけて家康の手が止まる。
「ほ、北条軍、裏切りにござりまする」
伝令が告げた時には敵軍は間近。
世には勢いというものがある。北条軍は死力を尽くしても源徳本陣より一段は弱いが、この瞬間は勝った。それまでが弱すぎただけに。
ゼルス天城の特攻と北条軍の吶喊。
交差した刹那、家康の首が飛んだ。
源徳軍、算を乱して武蔵より撤退。三公の軍、これを追わず。
鎌倉へ戻った源徳軍に、江戸より講和の使者が来る。
「思案、定まらぬ」
家老筆頭の本多正信の言葉に使者は唖然とした。
死闘の末、当主を失った源徳家は霧中にある。