【源徳大遠征】関東決戦<中>・決

■イベントシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:69人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月13日〜09月13日

リプレイ公開日:2009年11月22日

●オープニング

神聖暦一千四年九月。
ジャパン、大宰府。

 五条帝に仕えた旅烏シフール。博多でたらこの塩辛を食す。
「イザナミさまスッゴクおこってたにょ、昔に神皇はなにをしたにょにょ?」
「知らん。私は皇子と言っても、流人の暮らしだったのだ」
 五条の祖父は都の政争に敗れて流刑に処された。五条も罪人同然の生活だったから、シフールの知りたがる秘密等はさっぱり知らない。
「こ、これだけは答えてほしいにょ‥‥帝は、おとこにょこなにょにょ?」
「‥‥?」
「出てきた時からめっさ気になってるにょにょ〜」
 シフールはギッタギタにされました。

 伊達政宗の江戸統治が多少なりとも安定するには約一年かかった。源徳武士を要職につけ、家康の政策を継承し、奥州金を江戸の復興に注ぎ込んで、最初の半年は反乱と一揆に頭を悩ませ続けた。
「あたしに触るな!」
 小田原で家を焼かれた娘に握り飯を渡そうとした冒険者は、憎悪に満ちた瞳で投げ返される。戦災を受けた民にとって、兵は憎悪の対象、煌びやかな武装の冒険者にも、畏怖と憎しみが向けられる。
「私達は違います!」
「何が違うんだよ。悔しい、力があったら、お前達なんか!」
 ぼろぼろな姿の娘は、聞けば両親と妹を戦で失ったという。戦後復興は楽ではない。まして、まだ戦は継続中なのだ。
 伊豆、駿河、小田原、鎌倉。
 東海道では源徳軍への怨嗟の声がこだました。
 江戸城を奪い返し、源徳が勝利して一年も経てば、声は小さくなるだろう。しかし。
「戦なんて人間のやることじゃない。人を殺して町を焼いて、あんなひどい事を同じ人間同士で出来る訳がないんだ」
 時が経過しても、苦しんだ人々は消えない。
 中立、非戦を訴える冒険者達は、どうすれば彼らを救えるのかと考える。
 救援物資は傷を和らげるが解決はしない。だが、根本を正そうと戦えば、結局は繰り返しになる恐れがある。
 戦わずに、皆を救うことは不可能なのか。

 尾張、那古野城。
「陛下は伊勢巡幸に反対、南信濃では反乱。高野山の誤解がとけたのは助かったけど、状況は変わらず厳しいわね‥‥」
 難問が積載する尾張平織家。神皇の剣としてイザナミ戦に参戦を求める安祥神皇の手紙に、平織市は思わず頭を抱えてしまう。
「陛下でなくても、関白は伊勢巡幸に基本、反対だったし‥‥根回し不足は否めないけれど、伊勢巡幸が難事なのは分かっていたことだから」
 安祥神皇の事は気掛かりだが、今は平織家の統一が急務。折しも、近江の浅井長政が、イザナミ戦への参戦を求めてきた。京都や丹波丹後に接する近江にとってイザナミは他人事でなく、水際防衛の消耗も看過できないという。虎長に傾倒する長政は、かつてはともかく、今は邪魔な存在だ。
「市よ、武田の事はどうする?」
「南信と接する美濃は実質、虎長領ですわ」
 自由に動けない事を知って、武田は足元を見ているのか。一部の暴走という見方もあり、市としても対処に困った。ひとまず、高遠城代のネフィリムに一任する。

 高野山。
「前世の記憶を上書きする術が在ると聞きました。修得することは可能でしょうか?」
 大国主の秘術の噂を聞いた黒僧が、金剛峯寺の高僧に質問した。
「そのような邪法は当山に無い故、可能とも不可能とも云いかねますが‥‥」
 高僧の話では、記憶に関係する術なら、それには月精霊か神仏の力が関与している。或いは悪魔の技かもしれないと言った。
「何故ですか?」
「生まれ変わっても今生の記憶を保ちたいと願うのは、不老不死に似た悪しき願望でしょう」

 信濃、戸隠。
 修験者の信奉を集める戸隠神社。戸隠山は天狗が棲むといい、比叡山や高野山とも比される仏法の道場である。神社の男は、冒険者を見るのは久しぶりで、近頃の江戸の様子などをしきりと聞きたがった。
「山で暮らしておると、世俗のことは、とんと分からんようになりましてな」
 云われてみると、戸隠の景色は数百年前から同じように在るような気がした。ふと自分を振り返れば、今の情勢に少しでも乗り遅れまいとして、手掛かりを探してこのような山中まで踏み込んでいた。
「悟られましたかな」
「はい。何も見えていなかったなーと言う事がぼんやりと分かりました」

 京都御所。
 覚醒した、としか云い様の無い安祥神皇は、藤豊秀吉の補佐で神皇親征の準備を行う。今年三月の決戦でイザナミ軍に打撃を与えた神皇軍だったが、都も半数近い兵を失い、更にイザナミの置き手土産となった死人憑きに手を焼き、その後の関東情勢の悪化なども手伝って、大規模な反抗作戦を実行出来ずにいた。
「これだけの時間があれば、イザナミ軍は兵力を回復しているな」
「‥‥御意」
 都の兵力は回復していない。丹波も丹後も善戦しているが、新撰組が消えた分、むしろ兵力は減少したと言える。もう一度、数万の黄泉軍が攻めて来れば、どうなるか。
「陛下、本当に陛下自ら神皇軍を指揮されるのですか」
「関白もくどいな」
 秀吉は安祥の方針に従ったが、親征だけは危険だと止めた。が、少年王は頑として聞き入れない。安祥は諸侯に神皇軍への参加を命じ、今すぐにでも出雲まで親征する気満々だった。
 不安もある。諸侯が親征に参加せず、兵が集まらなかった時には安祥はどうするのか。秀吉の心配をよそに、親征の戦略を練る安祥と関白のもとに、一人のシフールが飛び込んできた。
「タスけてなにょじゃ〜!」
 彼の名は鳳令明。大宰府の五条神皇の臣下である。
 黄泉軍の猛攻に耐えていた長州兵だが、ついに山口が陥落。イザナミ軍は海を渡り、大宰府に攻め寄せてきた。九州の武士と長州藩の生き残りが防戦しているが、このままでは制圧は時間の問題。
「五条が私に助けを‥‥関白よ、今からイザナミ征伐の前哨戦だ。大宰府を救う」
 即断する安祥に、秀吉は全身から汗がどっと噴き出した。
「むう‥‥してお主、黄泉軍の数は?」
 秀吉に問われ、令明は指を折って数える。
「二万と三万の間くらいかにょ?」
 絶望するには十分な数だ。

●今回の参加者

月詠 葵(ea0020)/ マナウス・ドラッケン(ea0021)/ デュラン・ハイアット(ea0042)/ 天城 月夜(ea0321)/ 天 涼春(ea0574)/ 壬生 天矢(ea0841)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ 暮空 銅鑼衛門(ea1467)/ 物部 義護(ea1966)/ クロウ・ブラックフェザー(ea2562)/ 西中島 導仁(ea2741)/ 李 雷龍(ea2756)/ クレア・エルスハイマー(ea2884)/ イフェリア・アイランズ(ea2890)/ 李 風龍(ea5808)/ ミリート・アーティア(ea6226)/ 雪切 刀也(ea6228)/ マミ・キスリング(ea7468)/ デュランダル・アウローラ(ea8820)/ 神木 秋緒(ea9150)/ 白翼寺 涼哉(ea9502)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ 風雲寺 雷音丸(eb0921)/ キルト・マーガッヅ(eb1118)/ 将門 雅(eb1645)/ 久駕 狂征(eb1891)/ クルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)/ 八城 兵衛(eb2196)/ ヘクトル・フィルス(eb2259)/ ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)/ 鷹碕 渉(eb2364)/ 明王院 浄炎(eb2373)/ 十野間 空(eb2456)/ アルディナル・カーレス(eb2658)/ 任谷 修兵(eb2751)/ 緋宇美 桜(eb3064)/ エリザベート・ロッズ(eb3350)/ ケント・ローレル(eb3501)/ ネフィリム・フィルス(eb3503)/ シルフィリア・ユピオーク(eb3525)/ レジー・エスペランサ(eb3556)/ 明王院 月与(eb3600)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ 鳳 令明(eb3759)/ 鬼切 七十郎(eb3773)/ エルシード・カペアドール(eb4395)/ 十野間 修(eb4840)/ 空間 明衣(eb4994)/ コンルレラ(eb5094)/ 張 真(eb5246)/ 水上 銀(eb7679)/ リン・シュトラウス(eb7760)/ アヴァロン・アダマンタイト(eb8221)/ 尾上 彬(eb8664)/ ボルカノ・アドミラル(eb9091)/ 小鳥遊 郭之丞(eb9508)/ マグナス・ダイモス(ec0128)/ アンドリー・フィルス(ec0129)/ アン・シュヴァリエ(ec0205)/ 烏 哭蓮(ec0312)/ 国乃木 めい(ec0669)/ 尾上 楓(ec1272)/ リンカ・ティニーブルー(ec1850)/ 琉 瑞香(ec3981)/ 狩野 幽路(ec4309)/ 来迎寺 咲耶(ec4808)/ 百鬼 白蓮(ec4859)/ リンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210)/ ジョリオ・アスベール(ec6048

●リプレイ本文

 残暑の仲秋、江戸の大路に動く影無し。
 昨日までは江戸から逃げる人の列で埋まっていた。完全に人が消えた訳ではないが、城に近づく程に廃墟じみる。
「自分は江戸を離れる事が出来ぬ。御仏の慈悲は遠方に届く様と信じておる」
 親征に行く仲間に、僧侶の天涼春は集めた祈り紐を手渡した。
「九州も大変って話だが、こっちも手が足りねぇ」
 涼春が身を寄せたのはケント・ローレルが作る中立の救護所。陣営不問で負傷者を助ける活動を行っている。
「でもさ、助けた兵隊さんは戦場に戻るし、また殺し合うよね」
 反戦派のジェシュファ・フォース・ロッズは、ケントに疑問を投げる。
「それがどうした」
 救護所は慢性的な人手不足。忙しげなケントをジェシュは見つめて。
「‥‥不毛じゃないかな〜?」
「ああぁッ? 苦しんでる奴らを助けちゃいけねぇのか! 目の前に助けを求める命があったら、手を差し伸べるのが人のスジだろが!」
「ひっ」
 神聖騎士の叫びにたじろぎ、ジェシュは救護所を出た。
「ガキに八つ当たりたぁ、俺も焼きが回ったぜ」
「子供は親の背を見て育つと云う。ケント殿は立派な神聖騎士だ、あの少年にも、やがてそれが理解出来よう」
「‥‥」
 少年は人気の絶えた江戸の表通りを歩く。
「何か上手い落し処があればいいんだ」
 彼は不意に立ち止まり、前方を凝視する。
 約2年ぶりに源徳家康の軍勢が江戸に姿を現した。


 伊勢神宮。
 尾張藩の特使クロウ・ブラックフェザーは奥の神殿に通される。
 彼は天照大神に謝罪。平織家が虎長との休戦に向かいつつある事を告げ、前言を翻す事を詫びる。
「武士に二言は無いと申すが、真っ赤な嘘じゃのう」
「返す言葉もありません。ですが、お答え下さい」
 クロウは神に問う。
 天照様の真意は、神の名など借りず人間だけで纏まって見せろ。自分は単なる人間の守護者ではない。魔を倒す上で人間が共闘に値する存在で有ると示してみせろ、と言う事では無いのかと。
「ふふん」
「神皇様の親征により、人は新たな纏まりを築きつつあります。我々はこれから陣営、立場を超えたこの『大いなる和』を育てていこうと。『大いなる和』が天照様の御心に沿うほどに大きくなった時、改めて共闘の申し入れをさせて頂きます」
 顔をあげたクロウを、大神は不機嫌な顔で見ていた。
「そう思いたくば、それでも良い」
「では違うと?」
「忘れたか。日輪は遍く万象を照らす‥‥人も魔も、善も悪も平等にじゃ。人間が大いなる和にて魔を倒すじゃと‥‥そんな天使みたいな事を妾が考えると思うたか。人間の都合を、神の意とすり替えるな」
 天照、その根本である太陽は、この天体が創造された頃より下界を眺めていた。神魔の戦いも、古代王朝の繁栄と滅亡も、その後の人間世界の歴史も。
「上から見ておるだけでは退屈故、道に迷うた者に声をかけておるだけよ」
 人は太陽を道標とし、空を見上げる。そんな小さき者らに、太陽も多少の興味を抱いた。それが天照の本質。少しだけ人や魔に親しみを覚えた日輪の化生。
「魔が勝利し、人が滅びたとて妾は変わらぬ。まあ、寂しくは思うであろう。じゃが、魔の頭上にも陽光は在ると知れ」
「さすがは、お日さん。云う事が違う」
 神様巡りで伊勢に立ち寄ったマナウス・ドラッケンは感心した。
「けど、立派な社まで建てて貰って、つれなくはないかね?」
「太陽を私物化したい人間が、妾を閉じ込めた檻に過ぎぬわ。共に居れば情も移すが、妾の本質までは変えられぬ」
 天照大神は、人を守り、人の世を照らして欲しいと願う人間が生み出した幻想。遍く照らす彼女には迷惑千万。
「身も蓋もねぇ」
 平等過ぎる。最強の天津神ながら、朝廷が彼女を表に出さないのも道理。
「ですが俺達は」
「くどい。平織が己の意志で選んだ道ならば、迷わず行けば良かろう」
 道は一つではない。そして人がどんな選択をしようと、陽光はその背を照らす。お天道様はいつも見ている。
「大神には御不快でしょうが、我々には貴方が必要です。悪魔の契約を破壊する方法を教えて頂けませんか?」
 礼装で進み出た雪切刀也は恭しく頭を下げる。
「あー‥‥妾は上から眺めるのが本職、そんな細かい話は知らぬわ」
 究極の上から目線。伊勢神宮にはその手の話の専門家が居た筈だが。
「レイは何処じゃ?」
「天照様もご存じないのですか」
 天城月夜はレイ・ヴォルクスの行方を捜していた。陽光の下にいれば、地上の何処に居ても天照には分かるのだが。
「察しはつくがのう‥‥ふむ、専門外じゃが悪魔の契約を破壊した話は知らぬ」
「やはり、方法は無いのですか」
「それ以前じゃ」
 契約とは形の無い約束事。約束を破壊する、とは云わない。解除するなら交渉が、踏み倒すなら撃退が必要か。
「契約書等を壊せば、契約を破壊出来るのでは?」
「それは踏み倒しただけであろう。一度交わした約束は、無かった事には出来ぬぞ。誰ぞが悪魔と契約し、魂を渡したのかえ?」
「‥‥」
 所で、天照は神皇家にも寛容だった。天照の手を借りない道を選んだ安祥の事も
「守護神なぞと題目を唱えられるより、気楽で良いわ」
 と笑っている。フリーダムな大神は置いといて、伊勢は神皇親征の対応を協議したが、天照の神意を聞いて気勢が削がれた模様。
「上から見て来たなら、今の情勢は詳しいだろ。俺にはさっぱりでね、教えてくれないか。スサノオの事とか」
 マナウスの問いに天照は嘆息し、一つ話をした。
「妾が地上に降りて、千年ほど経つかの」
 侍も僧侶も陰陽師も居ない頃のジャパン人は、妖怪や魔物を神として崇めて暮らしていた。
「その頃に比べると、日ノ本の人間の数は10倍程に増えたわ。人の村は増え、鬼や妖怪は土地を追われて減った」
「何で一緒に暮らせなかった」
「さて。じゃが、人が暮らしやすい今の国が在るのは先人のおかげぞ」
 仮に共存の道を選んでいたら、ジャパンの人口は今より少なく、代わりに鬼の国や妖怪の国が生まれていたかも。
「鬼も妖怪も人を恨んでおる。昔の事は知らずとも憎悪は残るからの」
「人間が悪いのか?」
「たわけ。善悪ではない。お主が聞きたいと云うから」
「俺は神霊も妖怪も共に在れる世界が良いと思ってる。全て隣人として話し、笑い、共に生きられれば最高だ‥‥今の話だと、無視のいい話って事になるのかね」
「さあの。じゃが鳥獣が同じことを申したら、お主は食さぬのか」
 それは聖者の道だが、自然の摂理ではない。
「昔、神皇家の先祖も妾に同じ事を申した。彼らと戦った倭国の戦士達ものう。皆、王道楽土を夢見ておったわ」
 王道楽土。願うだけならば、誰もが夢見る他愛無い想い。願うだけでないなら。
「マナウスとやら、お主も王を目指すか」


 京都。
(‥近藤局長、大名になられたのですね‥‥)
 新撰組の月詠葵は当番と市中を巡回。辻斬り、強盗、放火、果ては一揆や打ち壊しまで、治安の低下した京周辺では犯罪率が増加傾向にある。イザナミ軍の侵攻で畿内の不死者が倍増して以来、都の治安は根本的な改善を見ていない。関東情勢の悪化はそれに拍車をかけた。
「はぁ新撰組? まだ京に居たんか」
 視線が痛い。
 この時期に都を捨てた新撰組を、京都市民は許さない。
 石を投げられる事もあり、巡回中は羽織を脱ぎたいと隊士が泣く。
「いいえ、頑張ってれば何時かまた認めて貰えます。だから堂々と征きましょう」
 四面楚歌の新撰組京都残留組に、御陵衛士の伊東甲子太郎は合流を勧めた。斎藤一らが断っていた。
「頑固ですね。‥‥斎藤さんに一つ、お聞きしたい。今も貴方は近藤局長の隷下にあるのですか?」
「組長を解かれた覚えは無いな。尤も、今ここに居るのは俺の意志、近藤さんの命令は受けていないぜ」
 近藤勇は御所からは犯罪者扱いだが、新撰組京都残留組に明確な処罰はまだ無い。
「今のうちに身の振り方を考えとくのもいいんじゃないか?」
 街で月詠を見かけた白翼寺涼哉は、彼にうどんを奢る。憔悴した様子を見かねて、神皇軍に参加してはどうかと話を振った。
「陛下は、咎人でも朝敵でも、国を救う志を持つ者は拒まないそうだぞ。俺は護良親王に非正規兵の指揮をお願いしようと思ってる。大塔宮なら延暦寺にも顔が利くしな」
「私も賛成です。皇族の指揮なら、正規軍に引け目を感じる事も無い。貴方は冒険者部隊の指揮官は誰が適任だと思いますか?」
 話に加わったのは里見のアルディナル・カーレス。アルディナルは本隊に先んじて京都で朝廷工作を行っていた。神皇は、朝廷と関係が微妙だった里見の親征参加を神皇は快く許したらしい。
「ここだけの話、どえらい事になりそうやわ。けど使える人は全然足らん、新撰組の人に参加して貰えたら、助かるんやけどね」
 医療局を支援する将門雅は、平織や上杉も神皇軍に参加すると話した。派閥を超えた動きも生まれている。雅は親征を成功させようと、あちこちで宣伝活動を行った。
「私には京都を守る役目がありますから」
「せやね」
 黄泉軍はいつまた京都を襲うかしれない。月詠と別れた雅達は今日も御所へ向う。
「安倍様、どうか平織家の為にお力添えを!」
 陰陽寮で安倍晴明を待ち伏せした久駕狂征は床に頭をこすりつける。狂征は晴明に、平織市と虎長の仲立ちを懇願。
「はて?」
 晴明の声が冷たい。
「私は陰陽師。大名家の事情に立ち入る権限など、持ち合わせておりません」
 陰陽寮は魔術の役所。
「しかし! イザナミに対抗するにはより多くの兵が必要! 神皇様の剣となり盾となると宣言した征夷大将軍が、実兄の平織虎長との争いで兵を速やかに京都へ送れない事態は由々しき事! 両者を和睦させる事こそ神皇様の御意に適う‥」
「ふぅ。貴方がそう分析するなら、然るべき人に伝えれば良い。少なくとも、私では無い誰かですよ」
 陰陽師は政治家ではない。晴明は煩わしげに彼から離れた。
 この時期の京都は、久駕のような憂国の士が軒を連ねた。そうした人々が連日、御所に押しかける。
「京は治安の乱れ著しく、源徳に刃向かう愚か者どもが、陛下を害し参らせる事なきとも限りません。源徳軍に関わる者として、私がご案内申し上げますれば、御心安んじて江戸にお出ましあそばされますよう」
 声を張り上げるサイクザエラ・マイ。
「詳しいお話をお聞かせ願いたい」
 拒否すれば御所破壊も目論んでいたマイ、御所の陰陽師と忍びに企てを看破されて速やかに殺された。ちなみに、マイと殆ど同じ行動を剛丹は行い、同じように死んだ。

 明王院月与は白翼寺と行動を共にした。白翼寺らが運動する護良親王は若い神皇への忠誠心厚く、陛下の御為になるならと月与達を安祥の御前に連れて来る。神皇の安全が特に警戒された頃。彼らが神皇と会えた事には、他にも幾つか要因があったが。
「戦により田畑も家も焼かれ、食料を接収され苦しむ無辜の民が居ます。被災者を救済する活動に、陛下のお墨付きを賜りたく」
 月与は小田原や鎌倉、関東戦の現状を話した。
 戦の臨時徴収は神皇軍も他人事ではない。最終的には数万人に及ぶだろう大軍勢の遠征。石田三成を筆頭とする藤豊の官吏はこの日の為に準備を整えていたが、民が苦しまない訳ではない。
「活動とは、貴方は具体的には何をするのですか?」
「はい。被災地に入り、負傷者の治療や食糧配給を」
 安祥はこの話を御前会議にかけた。反対したのは食糧徴収を担当する藤豊の奉行ら。
「筋が違いまする。各藩には陛下が任命した藩主が居ります。民の救済はまず藩主にお命じになり、改善されぬ時は藩主を変える。家臣に命じた務めを主君が代わりに行えば、政治が乱れます」
「源徳領地の戦災は家康の江戸攻めが引き起こしたもの。これを陛下が助ければ、陛下の城を攻める者を陛下が認める事になろうと存じます」
「親征の兵糧は今も不足気味ですので、畿内の民に追加の食糧徴収を致す事に」
「畏れながら、黄泉軍に苦しめられる畿内の救済も不十分にて、賛成致しかねます」
 彼らは意地悪で云っている訳ではない。安祥は困ったが、奉行らは腹も斬る覚悟。
 結局、神皇家から実務的な活動支援は一切受けられず。だが。
 安祥は月与の戦災救助活動自体は許可した。各藩の活動に口出しは出来ないし、援助も受けられないが、戦災救助を妨げられないお墨付き。朝廷から通達を受けた各藩は、一様に困惑した。
「内政干渉だ。陛下は我らより、冒険者を重用するか」
 月与は責任の重さに震える。不様を見せたり、十分な成果が上がらない時は安祥の失政となる。
「貴方達を信じます」


 長崎。
 神皇親征の準備は進むが、各藩の集結は待てない。神皇軍の先遣隊は京都=長崎の月道を通り、九州の大地に降り立った。
「主上が御自らの意を示されたは喜ばしき事。これで威を借る狐狸も少しは減るでしょう」
 物部義護は一度郷里へ戻り、親類縁者に声をかけて郎党数名を率いて長崎の神皇軍仮本陣に入る。
「山城侍は王城を守り代々の帝にお仕えしてきた自負がございますれば、是非とも先陣の端にお加え願いたい」
 先遣隊に参加した冒険者は、名のある者だけで二十余名。その中にはデュランダル・アウローラのように古巣の危機を知って久しぶりにジャパンを訪れた者も居た。
「駆け出しの俺を鍛えてもらった恩を返さんとな」
 これに無名の冒険者や義勇兵500、京都藤豊軍から選抜された1500、九州各地から集まった軍勢6000を加え、総勢約8000の神皇軍が大宰府防衛に向う。
 九州に上陸したイザナミ軍は約三万。
 不死軍の大半は死人憑きだ。イザナミに占領された国々の民や侍であり、生前は名将や凄腕の剣士だった者も混じっている、たかが死人と侮るのは危険である。

「家康公は聞き届けて下さったのだな」
 京都で陸堂明士郎は源徳部隊を出迎える。源徳兵の立場は複雑だ。この頃、八王子の源徳忠輝が朝廷に接近、源徳軍内の親神皇派の存在を印象付けていた。
「神皇軍に参じた上は、敵味方を残してはならぬ。他の兵と同様に扱うゆえ、左様に覚悟せよ」
 源徳隊は御所で関白秀吉と謁見する。仮に源徳軍が江戸を占領して京都を攻めた場合、神皇軍として源徳軍と戦う事を意味する。
「家康と和せば、そなたらの忠義も立つ。それまで存分に励め」
「はっ」
 関白はこれで許したが、伊達や武田は快く思わない。彼らの城は今も攻められているのだから、当然の心理だが。
 里見も水軍を引き連れて上洛。直に上杉、平織も動くとの噂、水面下では各軍による駆け引きも始まっていた。神皇軍内で存在感を示し、主導権を取ろうと必至だ。秀吉は各家の調整に回るが。
「はっきり言うが、俺は藤豊秀吉をまるで信用していない。四公も同様だ。奴らは野心丸出しの下種。神皇軍だからって、連中と肩を並べて戦うつもりはない」
 ジョリオ・アスベールは藤豊や四公への編成を断固拒否。ジョリオのように放言する者は多い。神皇軍本隊の準備は遅れた。
「毎度の事だが、権力って奴は厄介だね」
 八城兵衛は陸堂らに同調し、非正規兵の受け皿作りに走った。冒険者も大半はどの藩にも属さない非正規兵だ。
 非正規部隊の指揮官には、まず護良親王の名が挙がり、他に冒険者の名士である陸堂、源氏直系源義経、浪人中の源徳信康、征夷大将軍平織市等が候補になる。活動家によって、非正規部隊と冒険者部隊を分ける場合と区別しない場合が在る。
「四公に藤豊、それに平織では互いに牽制しあう部分も多い。正規軍と非正規軍の混同を避ける意味でも、この役をお願い出来るのは親王様以外には無い」
 レジー・エスペランサも護良親王を説得した一人。
「‥‥統率に自信無く、名のみの武将となるは好まず」
 誠刻の武や医療局の推薦を、親王は拒んだ。
 レジーの懸念は正鵠を得ている。既に、正規軍に負けない数の義勇兵、非正規兵が都に集まって来ていた。数千を超える非正規兵、使いこなせば大きな戦力だが、下手をすれば神皇軍は図体の大きい雑軍となる。大軍の指揮経験が無い護良は固辞していた。
「正規軍だって、足を引っ張り合わないとは言えないけどな」
 こっそりかつ堂々とレジーに付いてきた任谷修兵がぼやく。各藩の現状は呉越同舟も良い所ではある。
「だけど、薫風隊だって義勇兵の集まりだったけど、大戦果を挙げただろー。そう悲観する事も無いと思うけど」
「薫風隊は冒険者の働きが義勇兵を強くしたが、損害も甚大であったと聞く」
 京都防衛戦で活躍した薫風隊は、三月の決戦で他の京都軍同様、壊滅的な被害を受けた。再編して親征に参加させるか、それとも京都防衛に残すかで意見が割れていた。
「守備か遠征のどちらに回るかでは、各軍とも中々足並みが揃わぬようだが」
 当然の予想として、神皇軍が九州遠征を開始すればイザナミ軍は京都を攻撃するものと考えられていた。
「進むも地獄、退くも地獄‥‥苦界よな」
「難しい禅問答は止めてくれ」
「本当は俺より相応しい人物が居ると思うのだがな」
 中々人選は進まず、冒険者の話を聞いた安祥も護良親王ならばと期待を寄せた。最終的に親王は安祥の要請を拒みきれず、非正規軍の指揮官を受ける。
 義勇兵と言えば他にも在る。
「見よ、京の状態を! 京都守護職も新撰組も京を去った! 我らの町は我らで守るのだ! さあ武器を取れ、黄泉人どもを屠るのだ!」
 信者を前に、演説をぶつヤングヴラド・ツェペシュ。
「神は我らと共に在る!」
 ツェペシュがジーザス会に呼びかけるのは聖戦。延暦寺は眉を吊り上げたが、御所はジーザス会も受け入れる意向を示した。
「今こそ我らの正義を示す絶好機。神の子らよ、立ちあがれ!(ザビーどの、ちとイッちゃったのだ。もうノリなのだ)」
 弾圧で隠れていた信者も加わり、ジーザス教徒を中心とした義勇兵の一団が結成される。他の軍との明らかな違いは、多くの非戦闘員が含まれたこと。
「同志ツェペシュ、貴方はもう少し分別を持つべきです」
「ザビエル殿に云われたく無いのだ」
 フランシスコ・ザビエルは御所に掛け合い、ジーザス軍に不足する戦のプロ、士官となる武士を貸して貰った。


 上州太田。
 林潤花とアルスダルト・リーゼンベルツは金山城で由良具滋と話し合う。
 議題は新田から持ち込まれた和議について。
「正直ここで和議に応じても、いずれ潰されるのは目に見えているわね」
「主もまだ若いのう。そう結論を急ぐな」
 潤花とアルスダルトが話し、由良はひとまず聞き手に回る。
「でも、結論は同じでしょう? 江戸の決着がつかないうちに和議に応じる理由が無いわ。そうでしょ」
 江戸で源徳が勝てば新田との和議は致命的。潤花は同じ論法で、源徳が江戸で勝利した際には金山と協力体制を、という密約を上州の豪族に持ちかけた。源徳が負けた時は密約は無かった事に。デメリットは無い‥‥と謳ったが、そんな密約証文を残せば後で命取りになる。金山の窮地を知る豪族は冷淡な反応を示す。
「協力者は外部に求めた方が良いようじゃな」
 アルスダルトの方は、源義経を金山城へ迎え入れようと動いた。
「彼の者は源氏の正統。義貞より上の立場で、下野とも繋がりがある。金山城に迎え入れ、この地を拠点として頂くのぢゃ。幸い義経公の家臣には知り合いがおるし、公自身は現時点では中立ぢゃ。源氏の統領を目指すと言う志に賭けてみたい」
 義経はこの申し出を拒否。確かに義経は中立。そして義経には新田との確執が無い。反新田で知られた連合の首魁になる理由が無い。
「やはり利害関係が無ければ、駄目という事じゃのう」
 反新田親源徳で連合を必要としてくれる人物。宇都宮の源徳秀康に白羽の矢が立ったのは当然の帰結か。
「所で由良殿。金山城攻略の折、新田義貞の配下、それも新田四天王の中に虎人がおり、その配下に妖狐がいた件、家中では何処まで認識しておったのか」
「四天王? 虎人とは華西の事か、ふむ」
 あの時、華西の正体を冒険者が暴露した事が奴の敗走を生み、勝利の鍵となった。殆ど知られて居なかったと考えるのが自然か。

 江戸城。
 新田本陣。
「‥‥ふむ、ほうほう‥‥‥はぁ?」
 黙って話を聞いていた鬼切七十郎の顔が次第に紅潮した。
「ちょっと待たんかい! なんじゃい、そらぁ!!」
 鬼切は上州争乱の真実を知ろうとしたが、窮した揚句に新田義貞に会う事にした。
「あぁなるほろな〜。華の乱の時がニセモノちゅ〜わけか。真田の小太りは最悪じゃの〜」
 大新田史編纂の為と称し、旧知である畑時能に新田義貞の所在を聞いた鬼切は、源徳と交戦中の江戸城にて義貞と対面した。
「歴史家とお聞きしたが」
「そんな大したモンや無いのですが、おラァ上州国人じゃけんの〜。郷里の事には、興味がつきんのですわ」
 源徳軍との戦闘が小休止した間隙を縫っての突撃取材。転戦を続けていた義貞も上州の話が聞きたいと、この不思議な男に快く接した。
 まずは生い立ちからと質問を重ねたが、鬼切は腹芸の出来る男ではない。義貞も直ぐに察して、話は核心に至る。
 そして鬼切は激昂した。剣に手を掛けたが、持ちこめる筈も無く、新田の近習に刀は預けていた。今は無腰。
「済まなかった」
 義貞が鬼切に頭を下げる。が、許せない。義貞は鬼切が見聞きした新田軍の悪逆非道を、知らないと言った。偽物の存在を認めたのではなく、義貞は部下の中にそのような者達が居る事を気づいていなかったと云った。
「ははあ、さすがは悪の親玉じゃあ。嘘も三流じゃの〜、貴様は反乱も知らなかったと言うつもりか」
「上杉憲政、源徳公と戦ったのは私の意志。家臣の罪も私の責、逃れようとは思わん」
 ウソだ。金山には義貞と戦い、義貞の悪行をその目で見た者が大勢いる。よしんば義貞の嘘が事実でも、新田と金山の関係は変わらない。鬼切は冷静になった。
「くだらん。時間をドブに捨てたのう」
 本人に尋ねて真実が判明すると考えた己が愚かか。
「殺せや」
 殺されなかった。


 筑前、大宰府。
 五条神皇の本拠地。碁盤の目に似た南北に伸びる道は京都を思わせる。古くから九州の首都だった大宰府、近年は長崎に繁栄を奪われたが、五条派の占拠以降は往年の賑やかさを取り戻していた。それも昨日までの話だ。
「戦、戦、また戦か‥‥何時だって戦のワリを食うのは民草なんだ」
 先陣に加わった鷹碕渉は、大宰府手前で死人憑きの一団に遭遇。黄泉軍は大宰府を包囲し、街から煙が見えた。既に市中に入られたか。
「関東で戦ってる連中に、この光景を見せてやりたいよ」
「同感ね。他国の政治に口を挟む柄じゃないけど‥‥あの不死の大軍が、殺された人々の姿だと思うと居た堪れないわ」
 突撃する友軍の為、エリザベート・ロッズは敵軍に雷撃を放つ。
「行く手に危機が待ち受けようと、心に守るものあるならば、たとえ己の命が尽きるとも、体を張って守り通す‥‥人それを『漢』という」
 緒戦で目覚しい働きを見せたのは西中島導仁とその仲間達。
「死人に名乗る名は無し! 本来いるべき所に還れ!」
「みっちー、スイッチ入っとるわぁ。うちも頑張んで〜」
 シフールのイフェリア・アイランズが戦局を見極めて、仲間に伝える。前衛の導仁、李雷龍、マミ・キスリングは死人の猛攻を阻み、僧兵の李風龍が回復役、火の超越魔法を操るクレア・エルスハイマーが敵軍を粉砕。冒険者小隊の見本のような戦い方だ。
 先遣隊は包囲の南側を突破し、大宰府入城。街は難民で溢れていた。黄泉軍の九州上陸に伴い、押されるように逃げてきた人々だ。既に食糧不足の兆候も出ている。
「帝〜、無事だったにょ〜」
 鳳令明は五条神皇に、援軍を連れて来た事を報告。
「司令官は何処だ」
「長崎軍の大村純忠でござる」
 藤豊旗下の長崎軍の他、肥後、日向、薩摩など西海道の武将が五条に謁見。両者の関係は複雑だが、京都のように策謀を楽しむ余裕は彼らに無い。早速軍議となり、主だった冒険者の同席も許す。
「黄泉軍の占領地での死体の補給は看過できません。大宰府の防衛のみならず、民の避難こそ急務です」
 ボルカノ・アドミラルは北九州住民の避難優先を進言。
「? それならば守るよりも、こちらから攻めて、今占領されている民を救うのが先決でしょう」
 今この瞬間も占領地の民は苦しんでいる、マグナス・ダイモスの言葉は正しい。だが、とリンカ・ティニーブルーは現実に目を向ける。
「状況を察するに、迅速に国内外から――万単位の敵に対処可能な大軍勢が駆けつける事は不可能。こちらに敵を押し返す戦力が無い以上、今は無理な攻勢を避け、被害を最小限に抑える努力をすべきかと」
 リンカは長崎防衛を最優先とする事を進言した。
「何?」
「大宰府は既に敵の包囲を許し、となれば補給の確保も難しい。ここでの敗北は敵軍に戦力増強を許しますので」
「まだ、来たばかりですのよ。今から負けるなんて‥‥そんな事、やってみなければ分かりませんわ!」
 激情を露わにするクレア。
「五条軍の生き残りはどのくらいですか?」
「きっかり一千だな」
 中央のいざこざを逃れて九州に来た張真の問いに、五条軍の将軍ラルフが答える。
「では我々と合わせて一万弱、敵軍は三倍。窮地ですが、まあいつも通りですか」
 幾度も黄泉軍と戦った経験から狩野幽路は軽口を叩く。狩野はイザナミ軍との交戦が不慣れなものには注意を促した。イザナミ軍はただの亡者の群れとは違う。亡者を指揮する黄泉人は明確な知性を有し、彼らは統率された軍隊だ。八雷神など厄介な存在も居る。
「しかも全軍、死を恐れない死兵ですから」
「笑えません」
 近頃は埴輪部隊やレミエラ装備兵まで現れているらしい。そして既に十万を超すジャパンの人命が失われた事実、魔王に勝るとも劣らない世界の脅威だ。
 軍議の結果、方針は大宰府防衛に決す。攻勢に出る兵力は無く、五条も冒険者も民を置いて逃げるを潔しとしなかった。
「神皇の兵達よ、降伏せよ。速やかに降伏すれば、我が神の名にかけて大宰府の民の命は助けると約束する」
 大宰府を包囲するイザナミ軍の将軍は神皇軍に降伏勧告。
 神器と五条、武将らの命を差し出せば、兵達の退去を許すと言って来た。
「断る」
 五条と神皇軍は徹底抗戦の構え。
「人の愚かさよ‥‥ならば、黄泉の洗礼を受けるか!」
「不死者の反応多数!」
 超越デティクトアンデッドを使用していた琉瑞香が警告を発す。
「どこだ、見えないぞ」
 地にも空にも敵影は無く。
 地中から怨霊群が浮上。黄泉軍お得意の電撃戦法。その数、数百。防衛線の内側に現れた敵に、大宰府の民は恐慌を来す。
「我ら黄泉を相手に受けに回る愚策。攻撃は最大の防御とその昔教えたはずだが」
 城中の混乱を見逃さず、黄泉将軍は配下の黄泉人に総攻撃を指示。数千に及ぶ骨鳥の大群が大宰府上空へ侵入。そして地上からは数万の死人兵。
 大宰府は堅固な城砦とは違う。防衛網は隙間から破れ、死が入り込んだ。眠らない不死軍に対し、交替で休息を取らねば戦えない神皇軍。住民を守りながらの戦いは、徐々に押されていく。
「沁み出てきた幽霊は倒した。次はどこだ?」
 逃げ惑う民をかき分けて、明王院浄炎が宮城に辿り着く。
「いい所で会った。南側の敵勢が薄い、五条様を連れて突破する」
「‥‥民を捨てて王が逃げるのか!」
 浄炎の罵倒をアヴァロン・アダマンタイトは沈痛な顔で受け止める。
「冷静になれ。神器を奪われる訳にはいかん。我々がここで全滅する事も許されん。脱出した後、大宰府は黄泉軍に降伏する案も出ている」
「正気か?」
「‥‥この国には義を見てせざるは勇なきなり、という言葉があるな。良い言葉だ、私は少年王の義挙に感銘を受けてこの国に来た」
 安祥を守るため、恥辱に塗れても民と共に最後まで戦う夢は見れない。大宰府の全滅は長崎の敗北に直結する。
 敗色濃厚を感じた神皇軍は残部隊を集結。黄泉軍への降伏は反対多数で否決され、可能な限り、民も共に逃がす事に。瑞香の提案で大宰府と神皇軍の僧達はありったけのホーリーライトを民に付与した。
「来るか」
 民を背負い、一丸となって包囲突破を図る神皇軍に、木乃伊男――前大戦の生き残りである老練な黄泉将軍は、嗤う。
「若い。民には構うな、敵軍の守りが一番厚い箇所を叩く。神皇家の血を贄とし、神器をイザナミ様に捧げん」
 黄泉戦では指揮官たる黄泉人を討つ事が鉄則だが、大宰府戦の冒険者らは守りが優先したために、一点突破の威力に欠いた。
「ふっ!!」
 ラルフの鋼の肉体を、斬馬刀が貫く。突いたのは五条軍の長州武士、生前は快活な侍だったが、黄泉人に殺されて冥府の兵となった空虚な骸。
「甘いわ!」
 将軍は大剣で不死侍を薙ぎ払う。膝が崩れたラルフは、倒れた死人兵を乗り越えて元長州武士が続々と現れるのを見た。
「ハッ!!」
 五条の宮を守る本陣は黄泉軍の集中攻撃を受けて崩壊。
 冒険者は辛うじて五条を脱出させる。その際、草薙の剣は確保するも八咫鏡と天叢雲剣は黄泉軍の手に落ち、ラルフ将軍は戦死。大宰府から無事脱出した民は肥後軍が守り、柳川を通って熊本へ逃れた。民と分かれた神皇軍は五条を連れて長崎へ帰還。