夢幻 じゃぱんの余録

■イベントシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月21日〜01月21日

リプレイ公開日:2010年06月17日

●オープニング

人間五十年 下天のうちを比ぶれば

夢幻の如くなり

一度生を得て 滅せぬもののあるべきか


「――見事なものじゃ」
 舞い終えたシテを、客席の男が拍手で迎えた。
 面を取り、客である貴人の前に平伏するシテは、若い。舞の中の若武者が抜け出てきたような紅顔の少年である。
「今のが敦盛という幸若舞でして、僕達の世界では――中世の武将、織田信長が好んで舞ったものと言われてます」
「ほっほっ。なるほどのう、さもあろう」
 天界人の話を、貴人は楽しげに聴く。
 貴人は、天界の織田信長がこの地球の平織虎長に酷似した人物である事を既に聞いている。信長は26歳の時に絶体絶命の窮地に陥り、出陣前に敦盛を舞ったのだとか。
「若い頃の虎長公ならば、やりそうな事じゃわい。まったく、お主の国と、わしの国は瓜二つのように似ておるわい」
 目を細める貴人に、少年は曖昧な笑顔を作る。
 大半の人には荒唐無稽と取られる日本の話を、真面目に聞いて貰えるのは嬉しいが、故郷を思うと複雑な感情もある。
「やっぱり、おかしな話ですよね」
「‥‥ふむ。これから、如何するつもりじゃ?」
 ジャパンの現政権を担う関白は、異世界を漂流する天界人に興味を示している。頼ってきた者を保護したり、天界知識の研究なども行っているようである。こうした流れは大小の差はあるが諸国に在った。無論、一朝一夕でどうなるものではないが、十年百年の単位ではジ・アースに影響を与えるかも。それとも、彼らは現れた時のように突然元の世界に戻るかも。
「如何と言われても‥‥」
 このジャパン国自体が、どうなるか見えない時勢である。異世界の漂流者と言えど、日々を生きるのが精一杯だった。
「であろうが、だからこそ、己が主人公である事を問わねばなるまい。伝え聞く所によれば、大陸の高僧は毎朝、自分に『おい主人公』と呼びかけて返事をしているとか」
「そんな‥」
 人は周囲に流されて容易く己を失う。摩訶不思議の状況下で己の面目を保てというのも無理難題だ。
「酷な話とは思うが、主は若い。投げてしまうは惜しいぞ。何か、遣り残した事は無いかの?」
「‥‥‥」



この話は全くの余録である。





●今回の参加者

天城 烈閃(ea0629)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ 暮空 銅鑼衛門(ea1467)/ ゼルス・ウィンディ(ea1661)/ アラン・ハリファックス(ea4295)/ マグナ・アドミラル(ea4868)/ グレイン・バストライド(eb4407)/ セシリア・ティレット(eb4721)/ リーリン・リッシュ(ec5146

●リプレイ本文

「夢幻」


「神聖騎士のセシリアです。
 この依頼の報告書が出ている頃、世界はどこの道を通過しているのでしょうか。
 イザナミのお子様を明治天皇にする方向で全勢力が、打倒カオス8王、魔王と動いていることでしょうか‥‥」
 戦女神フィロス・アテネの手記より。

 セシリア・ティレットが京都を旅行したのは、まだ全てが霞の中にある頃。
 ある希望を抱き、彼女は陰陽寮を訪問した。
「地球へ行く月道ですか?」
 この場合の『地球』とは天界人の故郷を差す。何故、断るかというと、ジ・アースもまた地球と呼ぶからだ。そっくりの世界らしい。ある天界人の天文学者などはジ・アースの夜空を観測し続け、世紀の大発見だと発狂せんばかりに興奮している。
「私達は冒険者ですが、世界に平和をもたらすために突然地球から来られた救世主達は、役目が終わればおのずと日常に戻るべきでしょう」
 そのための、地球帰還の月道を探すのがセシリアの望み。
 陰陽師達にムーンロードで地球=地球月道探しを手伝って欲しいと頼む。
「月道発見は砂漠で砂粒を見つけるようなものでして」
 セシリアの純粋で崇高な目的に陰陽師は感動したが、この問題は大き過ぎた。安倍晴明も芦屋道満も、さすがに首を横に振る。
「せめて、切っ掛けでも掴めれば良いのですが」
 途方にくれて陰陽寮を出たセシリアが、出会ったのは神父服の小男。
「話は聞かせて貰ったで。もう一つの地球へ行く方法を探してるんやろ?」
「貴方は?」
「わいか。見ての通りの怪しい者やけどな‥‥地球月道、目を付けてる所があるねん」
 男はロレンソと名乗った。熱っぽく地球月道の事を話す。
「異界か、アトランティスのどっちかやと思う。ルナーが知ってるかもしれへんけど、あいつの事はわいも分からん」
 日本で探すなら高天原か竜宮、大陸なら崑崙、英国なら‥‥と男は伝説上の地名を次々と挙げた。
「頼む。わいにも手伝わせてくれへんか?」
 セシリアが驚いたのは、ロレンソはその場に跪き、祈るように懇願した。
「分かりました。では明日、またこの場所で」
「ほんまか!? おおきに、おおきに」
 何度も頭を下げて立ち去る小男。
「思いがけない味方を得るものです。でも‥‥」
 あの男には、魔の匂いがした。
 セシリアは暫く立ちつくし、明日確かめようとその場を離れる。
 明日は来ず、あの小男が早口でまくしたてていた‥‥半分以上は意味不明の言葉を思い出しながら、彼女は世界中を探した。


「‥‥惨い」
 西国を廻り、天城烈閃は惨禍を見る。
 地上から失われた村や街があった。絶えた営みは二度と回復しない。大地に刻まれた爪痕は、この戦争が黄泉族と人族の生存競争なのだと実感させた。
「逆らう者は死か、それとも隷属かだ」
「いいえ、共存の道もあります。イザナミ大神は礼を以て話せば、人の話でも耳を傾けるそうですよ」
「‥‥世迷言だ。亡者にされて彷徨い続ける同胞を見たか? ジャパンを一統し、黄泉を駆逐する‥‥俺達の道はそれしかないんだ!」
 西国の酒場や路地裏で、イザナミと黄泉軍の話を聞いた。
「あんたは何しに? 戦かね」
「冒険者だから戦いもやるが‥‥夢がある」
 天城が話すと、反応は様々だ。時には、何故そんな事をと問われる。
「知識や力は、皆がより幸せになるためのものだからさ。‥‥先の戦では、神を語る者が混乱を生み、正義を語る者が憎しみを撒いた。間違った知恵や力の使い方をした者達は、誰より自分達を不幸にした。俺達は、学ばなければいけないんだと思う」
 天城は学問の都を建設するという。
 大名らにその為の援助を求めている。
「おかしな方向に伸びた」
 とは藤豊の人の評。
「遠回りだ。お主の腕なら、どこぞで国盗りでもしろ。己の国造りに、その夢を容れておけ。或いは天下の為になるやもしれぬ」
 とは伊達の人の弁。
「‥‥‥冒険者ってのは、妙に潔癖症で夢見がちだよな。才の無駄遣いだ。道に迷われても邪魔だから教えてやるが、陰陽寮に行け」
 とは延暦寺に居た白派の人の助言。
 陰陽寮では、志士の言ではない、と一蹴された。
 志士とは「知識と力」で神皇家に仕える武士。ジャパンは階級社会、一般人が戦士になったり、知識階級に上がるのは至難だ。冒険者をやっていると忘れそうになるが、今も身分制度は変わらない。
「貴方は御存じだったか‥‥忘れたが、朝廷では精霊魔術を含めた知識の解放と制度の改善を検討している。それは途方も無い時が要る事だ」
 下手に引っかき回されては困る、と山名などの例を挙げて説教。
 学問の都作りには、まず神皇家の許可が要る。無論、領主の許可も居るが、都市計画は最低でも家老格の待遇を得ねば許されまい。その上で莫大な費用と労力を費やし、一生を掛ける大事業だ。
 この手の計画は、頓挫しやすい。失敗すれば国を潰す事もある。一個人の発願となれば、富くじを買わされるより性質は悪い。
「それでも、やるかね?」
 天城の能力は関係無い。どれほど能力が高かろうと、志が高かろうと、成否は誰にも分からぬ類の博打だ。
「やらいでか」
 ひとまず、学問の都建設実行委員会準備室(仮)を西国の端に立ててみた。
 吹けば飛ぶ、ほったて小屋である。
「小さな一歩を確実に重ねよう‥‥冒険者は廃業かな」
 勇名を欲しいままにした天城烈閃、その後半生は‥‥また、別の物語である。


「何の用だ?」
 リーリン・リッシュは親鸞のもとを訪れた。
 別に、彼女は親鸞に会いたかった訳ではない。彼女は近年起きたジャパンの乱の数々の真相を解き明かしたかったのだ。
「真実を求めて来たのか。なるほど、それは坊主の出番だ」
「教えてくれるの? それなら宜しく頼むわね。‥‥あ、勿論、今までの依頼から筋が通って納得が行くものをね?」
 念を押すリーリンに、親鸞は鷹揚に頷く。
「事の真実。俺も小僧の頃はそればかりを想っていた。愚僧が真実とは何かを教えて進ぜよう」
「えーと、別に説法を聞きに来た訳じゃないのよ?」
 リーリンの抵抗を無視する親鸞。
「事実は一つ、真実は無数という輩も居るが、けしからぬ事だ。事実も一つ、真実も一つならば、真実とは事実に他ならぬ。諸法は実相なり」
 話がいきなり難しい。
「何、諸法?実相?」
「諸法は諸々の一切、つまりは現世だな。実相は真実、真理のことだ」
 諸法実相、その捉え方はまちまちだが、親鸞が使ったのは「世界はありのままで真理である」という解釈。誤解を恐れず、より簡単に云うならば、つまり現実主義である。
「当たり前じゃない」
「既に悟っておるか。ならば話は早いのだが」
 リーリンは眉間に皺を寄せた。これだから仏教者は、という顔になる。
 親鸞は真面目な顔で、話を戻した。
「真相とは事実だ‥‥ここまでは良いな?」
 態度が気に入らなかったので異を唱えた。
「事実が全てとは限らないでしょう? 見えない真実もあると思うけど」
「残念だが」
 事実と真実を切り離すと、事の真相は複数存在してしまう。
「だから真相を知りたければ、事実を知れば良い」
「事実って‥‥」
「全ての事実だ。関係事項の全面的な事実を知れば、そこに虚妄は無い」
 彼女の無言の苛立ちに、白の高僧も頷く。全知は不可能。
「全ての事実を知るのは無理。そこに真実とか真相という事実の贋作が生まれる。事実を都合の良い所で打ち切って、味付けしたのが真実だ」
 だから真実は複数存在し得る。
「真実は一つ、でしょう?」
「現実は一つだ」
「ふん。普通の事を、大げさに言わないでくれるかしら?」
 思わぬ反撃に、親鸞は俺も歳を取ったとぼやく。
「お前は真相を知りたいと言ったな。だが、お前が十分に事実を知らなければ、その真相が正しいか間違っているか分かるまい」
 乱の真相‥‥それを知るには、関係者全員の多面的な情報が必要。完璧は諦めるとしても、リーリンはどれほど事実を掴んでいるのか。
「知りたい教えてくれ、で自分が納得するものが望みか? だったら講釈師に頼むがいい。話の筋が通るだけで構わないなら、何通りとお好みの物を聞かせてくれる」
 親鸞は、そんなものは真実とは呼べぬ、と吐き捨てた。真実があるがままの世界であるなら、納得出来ない事の方が遥かに多いのだから。
「‥‥腐れ坊主、死ねばいいのに」
 大喧嘩になった。

「これ、どう考えても悪魔が新田義貞に成り代わり、源徳包囲網を形成して家康公を亡き者にするか、江戸城から撤退させる為に仕組んだものだと思うのよね」
 リーリンはまだ親鸞の所に居た。
「お前、俺の話を聞いてないだろう」
 親鸞は彼女を馬鹿にしつつ、額に手をあてて考える。
「続けろ」
「源徳家の凋落を図る事態は、阿紫の百鬼夜行の頃からあったようだし。それに絡んでいたのは悪魔と妖怪。那須の騒動を見れば一目瞭然だわ‥‥だから四公は、悪魔に唆されたに過ぎないのではないかしら? 謙信公なんて、誤解と思い込みで家康公を悪と判断してるし、四公の一部の家臣が言うような正義の戦などでは絶対に無いわよ」
 話すうちにムカムカして来たらしく、リーリンは手を振り回した。
「ふむ。新田が悪魔に成り替わったと考えた根拠は何だ?」
 親鸞が興味を示した。華の乱の前後で性格が激変したのだというと、
「その根拠は? 武将としての義貞が変わったのは、叛将扱いされなくなり、江戸の支配者が真逆になったせいだ。お前が云うのは、義貞自身の変化だよな」
「?」
 江戸に居た者は義貞の風評が正反対になって混乱したが、それは反乱の首謀者から新領主扱いとなり、江戸が新田の同盟者たる伊達の支配下に入った事による。つまりは戦に負けた結果だ。
「華の乱の前に、義貞と親しくした者を連れて来い。敵味方でもいい、何度も戦えば心情は理解するものだ」
 なるほど。生き証人が居れば、真相は明白である。‥‥これが見つからない。華の乱の以前に、義貞自身と交わった、何度も戦った冒険者は、依頼を見ても皆無。冒険者が関わったのは何れの事件も、義貞の配下ばかり。
「謙信の話が出ていたが‥‥お前は、家康がどれだけ諸侯から警戒されていたか知らんのか?」
 江戸で冒険者が活動を始めた頃、源徳家康はジャパン一の危険人物だった。
「何の話?」
「開国したばかりのジャパンで、幼子を皇位につけて自分は摂政として政治を独占しただろう」
「藤豊と平織が居るじゃないの」
「関白は帝が成人するまでは飾りだ。京都守護職と摂政じゃ、比較にならん。それに新撰組を作ったりして、牽制したしな」
 勢力の上では拮抗する三者だが、政治面で家康が飛び抜けていたのは間違いない。それを示すように、家康は御所でなく江戸城で政務を執り、神皇は京都に残しておいて、己の領土である江戸をジャパンの実質的な首都にするなど、やりたい放題だった。
「とどめは、冒険者ギルドを作ったことだ」
 神皇家が志士を新設し、朝廷の威信を高めようという時期に、家康は江戸に冒険者ギルドを作った。平民が戦士にもなれず、精霊技術が神皇家の特権であったのに、摂政自ら法を破り、冒険者に事実上の治外法権を許した。自由戦士が居ない、精霊術師も神皇家だけのジャパンにおいて、これがどれほどの意味を持つか。
「冒険者が活躍するほど、朝廷の権威は落ちる。それを摂政がやった」
 家康が何を考えていたのかはともかく、諸侯の目に『家康は朝廷を蔑にし、ジャパン王になるつもりだ』と映ったのは明白。
「冒険者がジャパンで活動を始めた時、やり難さを感じただろう? 違和感はあった筈だぜ」
 依頼の端々にあった違和感、それを異国人に慣れない為と感じていた。冒険者向けの最初のジャパン解説に載っている事を、誰も気に留めなかった。
「黄泉人騒動の時も、家康は腰が重かった。江戸の主力は動かせないと尤もらしい理由を付けて冒険者を送り込んだ家康に、当時、虎長が文句を言っていただろう?」
 あの時、家康が自ら江戸軍主力を率いて虎長と轡を並べて居れば、源平の蜜月は続き、ジャパンは安定した。所が家康は動かず、消耗しても困らない冒険者を派遣した。
「だからって」
「ああ、お前達に罪は無い、ジャパンの御国事情だよ。普通に冒険稼業に勤しむだけなら無関係だぜ」
 家康は何度も諸侯を挑発し続けた。ここぞという時の家康の判断、そして最後まで朝廷を頼らなかった態度も不自然だった。
 冒険者がジャパンを訪れた時、既に家康はジャパン王を目指して行動を起こしていたのか。それなら、江戸が次々と狙われ、冒険者が翻弄されたのは‥‥。
「深く考えるな。政治はどこの国でもややこしいもんだ。真相を知っても良い気分にはならん」
「でも、真実を知りたいわ。真相は明らかにすべきよ!」
「‥‥そう考えて魔境に落ちる高僧が多いんだ」
 色々と云いながら、親鸞は親身であるようにも見えた。


 江戸。
「‥‥」
 一人のパラ侍が焼け落ちた店を眺めてぼんやりしている。
 急成長した江戸の街は、異様な程に火事に弱い。源徳と反源徳の戦は、最後には江戸城を舞台とする大市街戦で終わった。避難は行われていたし、街の被害を減らす努力も講じられたが、街はたくさん焼けた。
「最近は昔の事を思い出すことも多くなったでござる」
 そばの茶店で暮空銅鑼衛門は団子を注文し、焼跡を目に入れて昔日を偲ぶ。
「かつては褌の商いで一発当てようと遮二無二なったものでござる。当時の仲間たちの一部は今や、医療部門やパラディンとして冒険者の重鎮でござる。これも褌の御利益でござろう」
「へぇ」
 聞くとも無しに相手をしていた茶店の親爺の目が泳ぐ。
「御武家様は、呉服の商いをなさっておいでで?」
「ミーの商いは褌、古着の褌でござれば」
 悩乱した親爺には気付かぬ風で、述懐を続ける。
「褌のバチが当たった人も居たか‥‥ミーもなんだかんだで還暦故、これほど駆け出しの頃を懐かしく思い出すのか」
 どっこいしょと声を出し、肥満気味の身体を持ち上げた。目指す店はすぐ先だ。何だか見るのが怖い。

「よぉ」
 若葉屋の前には、待ち合わせていたように文吉の姿が在った。今は文左衛門と名乗り、上州で口入屋を営んでいる青年。その正体は古褌商売、若葉屋の初代店主である。
「しばらく見ないうちに、また江戸も変わったなあ」
 目を細める文吉は、新田の御用商人として今ではそれなりの分限らしい。
「信濃屋、ここに居ったか」
 その後ろから現れたのは、マグナ・アドミラル。信濃屋文左衛門に会う為に上州藤岡まで足を伸ばし、江戸に行ったと聞かされて大急ぎで戻った。
「長く消息を掴めなかった故、心配していたが無事な姿を見る事が出来安心した」
「恐れ入ります。マグナ様も御壮健な様で安堵しました」
「んー? そうだな。見事、大成した姿を見れて嬉しい。今後は共に新田様に仕える者同士、懇意にさせて貰う」
 丁寧にお辞儀した文吉に、マグナは応じた。商家の旦那ぶりが板についた風で、ちくりと暮空は寂しい。
「用件も分かるな?」
「はい。孫六ですな」
 孫六と聞き、相好を崩すマグナ。海老で鯛が釣れた。
「よし、くれ」
 手を差し出した戦士に、頭をかく文吉。
「こんな所まで、持ってきてねえよ。あれを手に入れるのに俺がどれだけ苦労したと思ってんだ」
「なんだ、中身は文吉だな」
 マグナは舌打ちした。
「すまねぇな。これでも感謝してるんだ。マグナにも銅鑼衛門にも、今の俺があるのは皆のおかげさ」
 褌地獄に落ちた事もあった。経験が人を強くする。
「老成するには早いぞ、文吉。人生は長い、このわしを見ろ」
 マグナは六十四歳だが、血気盛ん‥‥やんちゃである。依頼人を平気で殴る。
「む、こうしては居れん。すまぬが、積もる話はまた今度。戦場がわしを待っておるのでな」
 マグナは真田軍に加わって決戦に赴く。孫六は惜しいが、この場は諦めた。
「帰ったら、呑むぞ。刀の話も聞かせてくれ。暮空も一緒にどうだ」
 返事も聞かず、セブンリーグブーツを使った巨人戦士は風を残して去った。
「‥‥」
「そういや、秘滅道愚は持って来てねぇのかい?」
 マグナを見送る暮空を上から下まで眺め、文吉は違いに気づく。
「魔王にくれてやったでござるよ」
 重たい荷物が文字通り消え去った事で、情熱は失っていないが、憑き物が落ちたような気分はある。
「また集めればいいさ」
「さあ、どうしたものでござろうか‥‥」
 呟きながら、何気なく箒を手に取り、若葉屋の前を掃く暮空。


 京都。
「内部綱紀粛正! 慈善事業拡張! 再軍備! ハリーハリーハリー! さあ夜はこれからだ! お楽しみはこれからだ!」
 拳を掲げる一人のテンプルナイト。神聖ローマの剣にして慈愛神の地上代行者を自任するヤングヴラド・ツェペシュである。
 場所はジーザス会の教会。
 ジャパンで最も有名な、おそらくは最大のジーザス教団であるジーザス会は色々な事があったが、現在は覚醒した安祥神皇の親征に賛同して神皇軍の戦いを聖戦と位置付けていた。神皇は彼らを受け入れていたから、戦争で功績を残せばジャパンにおけるジーザス教徒の地位は大きく向上する筈である。
「諸君らも知るように、ジャパンは国難の時である。だがしかし、こんな時こそ人々にはしっかりした信仰の火が必要なのではあるまいか。そして、昨今の敵味方入り乱れる状況は、ひとつの核となる軸を必要としているのである! 左様、今こそ我らジーザス教が!ジーザス会が! ジャパンの覇権宗教たるべく行動を開始すべきなのだ!」
 若き聖騎士の熱弁は、迫害を受けて地下教会で信仰を守って来たジーザス教徒を感動させた。難しい話は然程重要ではない。彼らは光明を渇望し、それは与えられたのである。
「素晴らしい演説でした」
 ヤングヴラドを労ったのはジーザス会ジャパン支部代表、フランシスコ・ザビエル。
「ザビエル殿の狙い通り、かな?」
「いいえ、誤算続きでございました。この国は複雑です。あの山の同胞ですら、何を考えているのか私にも良く分からない」
 ザビエルは叡山を見上げる。ヤングヴラドは、ザビエルが只の人間で無い事を知っている。
「弱音とは、同志ザビエル殿の言葉とも思えぬ」
「失礼。我々は、ジャパン人を善導するためにこの国に来たのでしたね。この国は無神論者や異教徒が多すぎる。正しき教えの下に、導かなくては」
 近頃、ザビエルは頻繁に安祥神皇に接近している。不可解な事には、あれほどジーザス会を嫌った延暦寺がこの件は不問にしていた。
「変だな、ザビエル殿。天台宗は異教徒であるのに、叡山の同胞とは‥‥余の知らぬうちに、それほど親しくなったのかね?」
「‥‥」
 ザビエルは微笑し、退室した。今日も御所へ向うらしい。
「‥‥厄介な聖者殿であるな。いざと言うときのため、地下活動用秘密結社も立ち上げなければなるまい。名前は‥‥「大十字団」とでもするであるかな。千年先まで続く組織にするのだ」
 少年は今年、20歳になる。青年に成長した白騎士は、ニヤリと笑う。


 京都御所。
「新撰組を?」
 藤豊奉行の一人、前田玄以は耳を疑った。ゼルス・ウィンディとアラン・ハリファックスの両名が、新撰組を神皇直属にしたいと言って来たのだ。
「以前、関白殿下が進められていた話です」
 確かにそういう話はあった。だが、近藤勇が芹沢鴨を暗殺し、新撰組を割って京都を出奔。新撰組は源徳に合流し、代わりに京都に残った隊士の一部を御陵衛士として取り立てたのだが。
「御陵衛士は伊東甲子太郎を首領とする一派で、京都に残った新撰組の勇士は含まれていません。京を去るを良しとせず近藤と袂を分かち、伊東にも追従しなかった彼らこそ、京を守って戦った新撰組の精神そのもの」
 アランの言葉が熱を帯びる。
「京都に残ったのは、ただ行動力が無い者ばかりと考えていたが、なるほど民の蔑視に耐えてけなげに活動している事はそれがしも存じている」
 しかし、と玄以は二人の真意を測る。
「覆水盆に返らずでござろう」
 新撰組の名に民は良い印象を持っていない。神皇直属という特権を与えるに値するか。
「分かります。ですが、犬と蔑まれ罵りを受ける京の新撰組の現状。誠を貫いたからこそ残った皆が、そんな扱いを受けるのは、もう終わりにしたいのです」
 懇願するゼルスに、
「策を、伺おう」
 と応じた。
 2人が口にしたその内容に、玄以の目の色が変わる。

 小田原城。
 ゼルスとアランの二人は、近藤勇を訪ねてこの地へやってきた。
「豪胆だな」
 少し前なら、一言もなく切り捨てている。何より、家康への忠義に篤い近藤はゼルスを許していない。
「構う事はねえ。言い訳なら後で幾らでも立つ、立たねば俺が腹を切ってもいい」
 事実、土方歳三は斬る以外の選択肢を頭から除外していた。これまで新撰組の士道は超実践主義である。悪即斬の理は、闇討ちも厭わない。
「歳、止せ」
 ここに近藤と土方の温度差があった。いま小田原で騒ぎを起こせば、停戦を危うくするばかりか、イザナミや魔王との決戦に響く恐れもある。
「歓迎は出来ないが、生きて帰そう。用件次第だがな」
「有難うございます。私は首を刎ねられても構いませんが、用件は近藤勇さんに死んで欲しいんです」
 キラッと光る白刃。反射的に抜かれた土方の刀は、ゼルスの首をすっ飛ばしていた。
「刎ねたぞ。近藤さんはやらないがな」

 京都。
 小田原城の床に転がった首を大急ぎで繋ぎ、叡山の白僧侶が何とか蘇生させた。
「‥‥死ぬ、というのは気分の良いものではありませんね。その、生き返っても魂がすり減った気がしますよ」
「そうか、俺は寿命が縮んだぞ」
 帰還後、2人は事情を聞いた秀吉に思いーーーーっきり怒られた。
「わしは下賤の出じゃからの、股肱の臣が少ないんじゃぁ。本当のところ、お主らには期待しとる。良いか、わしにその首を斬らせるな!」
 2人は近藤に対し、新撰組隊士の恩赦を条件として切腹を迫ったのだった。
 小田原組が都を裏切った全ての責を近藤が背負って切腹してほしい、京の民の許しを得るため、今ある怒りを受ける者となって欲しいというゼルスの願いを近藤勇は拒絶。
「俺は、悔いてはおらん。京の民に許しを請う気も無い」
 不審に思って聞くと、京都新撰組を助ける為だという。袂をわかった連中を助けるために腹を召せと言われ、近藤は怒る気も失せた。
「それが藤豊の家風か?」
 新撰組の立場は微妙である。
 状況と場合によれば、藤豊や神皇家との関係を考慮して近藤勇に切腹の沙汰が下る可能性はあった。命も腹も一つしか無い以上、今は使えない。
「弱りましたね。誇り高き新撰組の局長なら、理解して下さると思ったのですが」
 ゼルスは策謀家だが、どこか抜けていて、懲りないという永遠の欠点(長所)を持つ。そのイケイケの行動力で勇名を馳せた大術師。
「気を落とすな。次があるさ」
 ぽんぽんと肩を叩くアラン。左近衛将監の官位を持つ藤豊冒険者の筆頭であり、懲りない所と虚栄心でもトップの座は揺るがない。
「源徳、平織に過去の勢いはない。最後に舞台の上で立っていたのは、藤豊。その事実をいずれ突き付けてやるさ。何時の日にかな‥‥ふふふ」
 ここ数年の動乱で、ジャパンの三巨頭と呼ばれた源平藤、どの勢力も疲弊した。彼らのように冒険を終え、武将となり官職に就く者も増えるだろう。
「いつまでも冒険、冒険ではやっとれんわ。お主達はもっと我が身を案じ、民への責任を肌に感じてじゃの‥‥聞いておるのかアラン!! わしだってのう、遊びたいのをずっと我慢しておるのじゃぞ。貴様という奴は!!」
「はぁ殿下。なにゆえ、冒険者あがりですのでご勘弁を」




「じゃぱんの余録」
※冒険を大事にしたい人は読まない方が良ろしい。


「納得出来ないのよ」
 あくまで真相に拘るリーリンに、親鸞は息を吐く。
「衆生済度は夢幻よ」
 リーリンと、同じ悩みを抱えていたグレイン・バストライドの2人を、親鸞は京都の一角に連れていく。
「ここは?」
 俗に妖怪荘と呼ばれる出入口の無い貧民窟。
「真実が知りたいなら、黙って付いて来い」
 隠し扉から親鸞は中に入った。二人も後に続く。目的地は小さな教会。
「来たか」
 ロレンソ神父が三人を出迎えた。
「こいつは、ボティスという悪魔だ。過去と現在と未来の知識を持つ、俺の知る限りで最も全知に近い最低野郎だ」
「そないな事を云うもんや無いで。教会の前やがな」
 異国の顔立ちの小男は、インチキ関西弁を喋った。悪魔神父は愛想良く笑い、三人を悪魔教会に招き入れた。
「全知は云い過ぎやろ。わいは少しばかり、物知りなだけや」
 テーブルには人数分のお茶が用意されていた。
「代価の話だが‥」
「親鸞はんの紹介や、勉強しまひょ。魂の半分、死後払いでどうや?」
 死んだ後に魂の半分を回収する。残り半分の魂が、地獄に落ちるか天に昇るかは本人次第。御丁寧に、悪魔契約書も用意されていた。
「いいわ」
「いいだろう。但し、本当に真実を話すならだ」
 二人とも、思いつめているので即答。
「本来なら一晩考えて貰うとこやけどね。ま、ええか。契約成立や、悪魔は信用商売やからね、何でも質問しなはれ」

「乱の元凶は誰なの?」
「全ての元凶は混沌や。異界から混沌神がこなんだら、地上は今も楽園やったやろ‥‥進化を司る黒は、混沌が持つ変容力の影響をもろに受けたんや。黒の天使は悪魔になり、黒と混沌は触れ合って『悪』が生じた。惜しい事に、このとき創造神は既に隠れてて、三神には異界の客は手に余ったんやねぇ」
 淡々と世界創生を語るボティス。
「凄い話なのかもしれんが‥‥江戸の大火の真相を教えてくれないか?」
 グレインは大火の前に吉原に遊びに来た秀吉の言動が妙であり、江戸の大火を予知する言動を状況証拠と見なしていた。
「そう、それな。リーリンはんはもう聞いたやろけど、江戸を燃やしたろと思てた諸侯は多かったんやで。だから、秀吉の発言も無理は無いんや」
「?」
 疑うグレインに、リーリンが説明する。
「犯人は神剣騒ぎの件で、家康の神剣秘匿を知って、疑惑を確信に変えた秀衡や。秀衡は義経と一緒に義朝の遺臣を匿ってたから、義朝の死が家康の謀略と察しとった。さすがに江戸城の秘密までは知らんかったけど、将門の遺産は地下に眠る黄金ぐらいに思ってたんやないかな。そこは、太田道灌を手に入れた家康の勝ちや。まあ道灌が居なかったら、家康もあんな風にはなぁ、本来は慎重な人やから」
「‥‥話を戻していいかな。秀吉は?」
「察してた。密偵ぎょうさん放ってたからね。藤豊が残念だったのは、源徳や武田と違て、天使との接点が無かった事や。天使は江戸と京都を重視しとったし、家康と信玄の二点買いで安心したんやろ。秀衡もアホやね。家康を大人しくさせれば奥州は安泰と思ってたんやから」
「さっきから、悪魔の話が出てこないんだけど?」
 おずおずと口を挟むリーリン。
「居ないもんは出て来んわい。800年前に第六はんがぼろ負けしたせいで、悪魔の縄張りが無いねん。毘沙門やらは天使の真似事してるしなぁ、あれ先祖返り(?)ちゃうか」
 ジャパンで悪魔の策謀が本格化するのはマンモンが、レオナールやアドラメレクらを連れて来てから、らしい。それ以前にも活動したデビルは居たが、大局を動かす程ではない。
「ならばシープの剣は? 四公と関白の狗は家康が悪と断じた様だが、真実悪なら何故神剣が家康側に託されるのだ?」
「どえらい事を知ってはるなぁ。あれは沖田が悪い。青の適格者やったのに、冒険者と接するうちに優しうなった。沖田が破壊の剣を使いこなしとったら、虎長は塵も残らん。依り代の無い第六はんは復活できへんかったんやで」
 天使は、江戸城という最重要遺跡を持つ家康に青騎士を与え、彼の覇道、武家政権樹立を支援する事も考えていた。だが、頓挫したので神皇家の完全支配に予定を変更した。
「家康は野心家だが魔王を倒し、国を建てる使命を帯びていたのだな。目先しか考えず、家康を倒した四公と関白こそ元凶」
「‥‥さっきの質問やけど、シープは悪でも一定の条件が合えば使えるんやで? あれは黒の剣や。悪魔が今でも黒の神聖力が使えるのをどう思う?」
 ボティスはその超感覚により、シープが悪を成す事を知っている。シープは人を悪と思えば、人を滅ぼす。
「最近な、わいの知らん事を知ったんや。天界云う所の話やけど、そこには悪魔も妖怪も居ないそうやで。あんたら何でも悪魔のせいにしよるなぁ、せやったら悪魔も妖怪も居ない世界は楽園の筈やねぇ」
 ボティスは人にも悪魔にも嫌われた。彼は聞きたくない事も教える。全面的な知識を持つ彼は善悪で物を考えられない。知識がある故に非常な無力感に苛まれている。
 リーリンとグレインはボティスの言葉に反論出来ず、徐々に精神的に追い詰められて彼を殺した。
「契約破棄かいな、親鸞はんの客はいつもこれや!」
 ボティスは契約書の魔力を使い、二人から知識を抜き取って地獄に戻った。後遺症で、ここ数日の記憶が曖昧になる。親鸞は倒れた二人を見つけて、溜息を吐く。
「どうだった?」
「あれ? ‥‥良く、思い出せないのだけど、何で私、こんな所に居るのかしら?」
「悪かった‥‥いい陰陽師を知ってるから、紹介してやろう」
 紹介された陰陽師は予め、親鸞から2人の事を聞いていたので、2人の好みに合わせて劇作家に用意させた真相を二人に話した。
「やっぱり、そうだったのね!」
「貴方がたの熱意に負けて話してしまったが、恐るべき秘密です。くれぐれも口外なさらぬように」
 望んだ通りの真相を得た二人は満足した。親鸞から金を受け取った陰陽師は、安倍晴明に報告する。
「御苦労さまでした‥‥その程度なら、処置するまでもないでしょう」
 晴明は、いつか、冒険者が自力で彼の前に立ち、事実を突きつける時を想う。
「‥良い夢を」

真実は月と太陽が知る。