●リプレイ本文
●冒険者の作戦
街道を徒歩で進む3人。
通り過ぎる旅人は、その取り合わせの奇妙さに首を捻る。
中年男が二人に、一人の少年。それも中年の片割れはドワーフ。馬やロバもなく軽装で、盗賊にしては数が少なく、家族とも思えない。
「オーク戦士か‥‥腕が鳴るのぉ」
ロングソードをマントで隠し、ギリアム・フォレス(ea5444)はいつ敵が出るかとワクワクしていた。囮役の彼らが襲われる事で冒険者達の作戦は始まる。
「上手く引っかかってくれると良いのだがな。ギリアム、失敗した時の事は考えてるか?」
苦労性のジーン・グレイ(ea4844)の言葉に、ドワーフは肩をすくめて見せる。
「連中がそれほど頭が回るとは思えんがの。‥‥まあ、場の状況次第よ。それこそ神の御心に従って、我らは人事を尽くすまでじゃな」
いかにも戦士らしいサッパリした物言いだ。
「そうだな‥」
ジーンはオークの事を考える。事前にレンジャーのトレイズ・トリーヴァ(ea0958)とも話したが、小柄なゴブリンに比べオークは大柄で力が強い。攻撃が重いから、防御に自信がない限りは離れて戦いたい相手だ。
「何二人だけで話してんの?」
キット・ファゼータ(ea2307)は横から顔を出した。
「それより聞いてよ! 俺今度さあ、『紅月旅団』って所に入ったんだ。そこで俺、晦(みそか)って二つ名なんだぜ!」
キットは先程からしきりに二人に話しかけている。普段無愛想なキットのハシャギ振りは少々不自然だったが、オークはそれほど頭が良くないと聞くからこの位が丁度良いのかも。
「みそか? ‥‥ああ、月の話か」
冒険者は死線を潜る事の多い稼業だ、信頼できる仲間同士でグループを組むことはよくある。反対にしがらみを嫌って一匹狼を貫く者も少なくない、生き方はそれぞれだ。
「あやつら‥ちゃんと付いてきておるかの」
ギリアムが後ろを振り返る事無しに呟いた。
三人から数百m後方に、人馬の集団がいた。ギリアム達とは常に距離を保つよう進んでいる。
「もっと近づかないか? これでは、囮が襲われた時にすぐ駆けつけられない」
馬上から、神聖騎士のルシフェル・クライム(ea0673)は速度をあげるよう主張した。
「オークに我らの姿を曝しては意味がない」
反論したのは騎士のサラ・ミスト(ea2504)。
「幾らオーク共でも、武装した騎士が後ろに見えていては餌に食いつくまい」
街道は見晴らしがいい。現在彼らは数百mから場合によっては1km程も先行する三人と距離を取っていた。ルシフェルとしては気が気でないが、サラの言葉は正論だ。
作戦ではオークが現れたら囮が後ろに逃げ、同時にルシフェル達が駆け出せば合流して戦えることになっている‥‥無論、上手く行けばの話だ。囮の危険は少なくない。
「心配ないのです♪ 私がしっかり見張っているのです♪」
シフールのニューラ・ナハトファルター(ea0459)がルシフェルの肩に止まって微笑む。彼女は時折、テレスコープを使って前方を監視していた。
「問題は、その後だろうがな‥」
「まだ不安ですか?」
トレイズの思案顔を、シアン・アズベルト(ea3438)は聞き逃さなかった。
「‥‥そうだな。全部出てきたら、正直危ないと思ってる」
ギルドの情報通りなら、敵の数は冒険者達の約1.5倍。それがゴブリンならどうという事は無いが、オークは彼らが侮れる相手では無い。
「バグベアの事は良く知らんが、オークより弱いって事は無いだろうしな」
囲まれたらひとたまりもあるまい。冒険者は身震いした。
「だ、大丈夫ですよ。私が何とかしますから」
不吉な予感を振り払うように、ルーティ・フィルファニア(ea0340)は勝利を請け負った。華奢なエルフのウィザードはオークの戦槌を受けたら一撃で重傷、しかし彼女が今回の作戦の要だ。難しいのはタイミングだが、こればかりは容易に選べるものではない。
「不安は尤もですが、私達はこの依頼を受けた。今はオーク戦士の撃破に全力を尽くすだけです」
決然と言うアズベルト。トレイズは騎士ほどには割り切れなかったが、ともあれ目の前の依頼に集中した。これから死地だというのに散漫とすれば、生きる望みが消える。
「出おったわい。それ逃げろ!」
太陽が中天に輝く真昼間、街道の横の森からオークは姿を表した。
ギリアムは興奮で血が沸騰したが、作戦通り彼らは旅人を装ったまま後退する。
「来たか!」
後方の冒険者達もそれに気づいた。ニューラの魔法でオーク12匹とバグベア4匹、前情報通りの戦力だと確認される。
「捕まっていろ」
サラはニューラを掴んで肩に乗せた。魔法の影響ですぐには目の焦点が合わないシフールはサラが戦場まで運ぶ。走ってはとても間に合わないから、徒歩のルーティとトレイズもそれぞれミスト・エムセル(ea0672)とルシフェルの馬に乗る。
「振り切れんか‥‥已むをえん!」
ギリアムは逃げるのを諦め、長剣を抜き放った。逃走の為、軽装にしていた三人だが、バグベアがそれよりやや速い。
『ガウ?』
無抵抗な獲物を追いかけたつもりの4匹のバグベアの瞳に、突然牙を剥いたチビに対する疑念が生じる。と、引き離された後方のオークの檄が飛び、バグベアは前方に視線を向けた。そこに殺到する騎馬の一団を見つけ、バグベア達は唸り声を漏らす。
●短い激戦
「くっ」
ジーンは苦戦した。時間稼ぎに追手のバグベアに唱えたホーリーフィールドは、抵抗されて未遂に終わった。間合いまで踏み込まれ、棍棒を肩に受ける。
「見誤ったか‥」
近づかれては高速詠唱を持たぬジーンに呪文の機会は無い。戦士としての力量でもバグベアが上回ったから打つ手が無い。こうなれば剣を投げ出し、一目散に逃げるべきだがキットとギリアムを置いて逃げる事がジーンには出来なかった。
「おぬしの相手はわしじゃ!」
ギリアムはジーンに止めを差そうとしたバグベアをスマッシュで斬りつける。
ドワーフは既にバグベアを一体屠り、自身も中傷。これ以上の傷を受ければ危ない所だが、この男も仲間を見捨てる選択肢を持たない。
「何とか持ち応えるんじゃ! じきに増援が来る!」
自慢の髭は己とオーガの血で濡れそぼり、目は爛々と戦士の高揚を映した。
「どっちが早いか、だな」
バグベアの攻撃を避けながら、キットは何度も左右を見た。彼ら目掛けて迫る双方の援軍‥オーク12匹と冒険者7人、どちらが先着するかで運命は大きく違う。
「何してやがんだ‥‥遅ぇ」
キットは素早いサイドステップで位置を変えつつ、二体のバグベアの攻撃を両手のダガーで防いでいた。とても子供とは思えぬ手練だが、無限に続くとは当人も思わない。少年の目に、頼みの仲間達の姿は随分とゆっくりに見えた。
「貴女が先に行って下さい!」
「し、しかし‥‥」
シアンの言葉に、サラは躊躇した。予定と違う。だが二人乗りや重装の騎士に比べて、この場では小柄な彼女の馬が一番速い。
「‥見殺しにする訳には‥‥分かった。私が行こう!」
一団を抜け出して愛馬を全力疾走させるサラ。同時に、視力を回復したニューラはサラの肩をカタパルト代わりに空へ飛び立つ。
GUUAAAAA!!
怒号と共に突撃するオークより一瞬早く、サラはバグベアにチャージ。
「もらった!!」
ロングソードはバグベアの額を割るが、サラも愛馬から転げ落ちた。敵陣の只中で恐慌状態に陥った馬は、そのままあらぬ方向に駆け出す。
「‥すまぬ。無事で逃げてくれ‥‥」
戦闘馬以外で敵陣に突撃すればこの結果は自明だ。むしろよく攻撃前に落馬しなかったものである。サラは愛馬に心中で詫び、立ち上がる。
「‥貴様らごときに仲間はやらせん!!」
押し寄せるオーク達に立ち向かうサラ。騎士の鑑だが、あまりに戦力差は大きい。
「これ以上は‥‥」
シアンは戦場を前にして下馬した。彼は馬を抑えられないと判断したのだが、その横をミストとルシフェルの馬が駆け抜ける。
「無理だ、馬を下りて!」
その声は仲間の急難を救わんとする彼らには届かない。
しかし、人間達にとっては仲間の危機を救う為に恐怖も忘れる状況も、馬達には戦場の恐さしかない。ルシフェルの馬は戦場の手前で騎手を無視して方向を変え、エムセルはサラと同じく落馬。
「うぅ‥‥!?」
呪文を準備していたルーティは地面に放り出された。
「早く、魔法を!」
エムセルはウィザードの為に迫るオークを引き付ける。だが数が多い。一対一なら互角だが、ミストは攻撃を諦めて身を挺してルーティの守りに専心した。
「は、はい」
改めて呪文を唱えるルーティ。味方の位置に注意して前方に重力波を放つ。グラビティキャノンの黒い波動は四体のオークを巻き込んだ。一体が転倒する。
「負けないのです♪」
魔法攻撃の二番手は戦場上空に到着したニューラ。オークに向って油を撒いた彼女はサンレーザーでオーク戦士を狙う。
『ブヒャ?』
上空からのレーザーで頭が燃えあがり、オーク戦士は慌てて火を消す。ダメージは軽微だが、頭上からのこの攻撃でオークの足並みは乱された。オークにはニューラを攻撃する手段が無い。低い高さなら石を投げたろうが、サンレーザーの射程ほども離れては事実上無敵だ。
「集中攻撃なのです♪」
ニューラは何度もオーク戦士を撃つ。それを目印に、戦場の後ろからトレイズも矢を射掛けた。だが‥。
「効いてない、か」
トレイズは舌を鳴らした。敵はどれも重量級で彼の短弓では十分なダメージが入らない。或いは隙間を狙えたら違ったが、彼にその技術が無い。数を持ってこなかったレンジャーは矢を撃ち尽くすと戦場から後退した。
この頃に、漸くジーンとルシフェルが戦場に到着する。
味方は既にガタガタな状況だ。
「腕が重い‥‥」
目の前にはオークが三体、ミストは目が霞み頭も朦朧とする。盾に助けられて一体の攻撃は弾くが二体目、三体目の攻撃は貰ってしまう。
「ミストさん!」
囲まれ、もはや詠唱の余裕を無くしたルーティは地面に落ちた背嚢からポーションを取り出して彼女に渡す。ミストはそれを口にするが、完全には回復しなかった。既に重傷。
「頭を潰せば‥‥相手をして貰いますよ」
敵の間を抜けてジーンはオーク戦士と対峙した。不敵な挑戦者に、オーク戦士は戦槌を振り上げる。ジーンは掲げた盾でその攻撃を防ぎ、反対に長剣がオークの横腹を切り裂く。
「所詮はオーク。注意すべきは破壊力だけですね‥‥ぐぉ!」
勝利を確信したシアンに、後ろからオークが一撃を見舞う。オーク戦士に加勢しようと新たに二匹のオークがシアンに立ちはだかった。
味方はルーティ、ニューラ、トレイズの三人が後衛のため、7人でオークを抑えていた。負傷者の回復にルシフェルも殆ど動きを封じられたので、一人で二、三匹を相手しなくてはならず、オーク側になお余裕があった。
「私に構わず‥‥逃げろ‥」
「そうはいかない。聖なる母に仕える身として、放ってはおけぬ」
ルシフェルはジーンの傷をリカバーで癒した。が、完全には回復しない。ジーンも既に重傷。
「‥大いなる父の御名において、私に治療など不要だ。他をあたれ母の騎士よ」
『黒』のジーンにとり、一敗地に塗れて『白』のルシフェルに治療されるのは喜ばしい事では無い。仲間への毒舌で生気を取り戻したジーンはよろよろと立ち上がった。
「負け戦だな‥‥」
一部の奮戦はあれど総体としては見事な敗北だ。ジーンは退却の血路を開くためキットとギリアムの回復をルシフェルに頼んだ。
「これからが勝負所じゃというに‥‥ええい、分かっとるわい!」
ドワーフは一人でバグベア二体を倒していた。無論のこと彼も重傷、剣先はまだぶれないが膝が笑っていた。口ほどの余力はない。
冒険者が退却の動きを見せると、オーク側もそれに合わせるように退いた。後一押しで総崩れだというのに追撃が無い事を冒険者達は意外に思ったが、オークには宝も持たない冒険者を無理に追って被害を増やしても何の得も無い。経験豊富なオーク戦士ならばこその判断とも取れた。
「畜生め! 豚どもが、数にもの言わせやがって」
拳で地面を叩き、キットは悔しがった。
「派手にやられてしもうたのぉ」
対照的にギリアムはサバサバしたものだ。彼は早速持ってきた酒瓶を開け、一人で飲み始める。
「よく飲めるな?」
「この為に生きておるでの」
旨そうに発泡酒を飲み干し、ドワーフは大きく息を吐いた。
「どうじゃ? これだけしかないが、飲むかえ?」
キットが無言で手を出すので、ドワーフは酒瓶を引っ込めた。
「子供はダメじゃ」
「だー!」
キットは暴れたが、激戦の後にそれだけの元気がある事が驚異的だ。
所で、今回の戦いで直接の死者は敵味方に一人もいない。冒険者達はオーク数匹とバグベアを倒したが、止めを差す暇が無かった。あのオークにも家族があり、傷の手当てをする者がいると仮定すれば‥‥本当に死者はゼロだ。
さすがに今度はオーク達も移動するだろう。再戦の機会はまず無い。
冒険者達はそれぞれに苦い敗北を噛み締めた。