●リプレイ本文
●正面突破
「刀は?」
これから山賊の隠れ家に攻め込むという時に麻生空弥(ea1059)は声をかけられた。麻生と同じ班の、応援に来た者の一人だった。
「刀は‥‥己の無力さに嫌気がさしてな‥‥暫く別れる事にしたのだ」
代わりに麻生が右手で握るのは短槍。屋内では刀よりも使い勝手の良い武器だが、麻生はつい愛刀と比べて物足りなさを感じていた。
「気が散るから静かに‥‥数は36」
荒神紗之(ea4660)は麻生達に厳しい目を向けた。彼女は風の魔法を使い、屋敷内の呼吸を探った。
「‥‥門の前に見張りが4人。あとは屋敷の中かしら」
「それだけ分かりゃ、十分だ。いこうぜ」
「待つでござるよ」
腰を浮かす仲間を浪人の鬼子母神豪(ea5943)が制止する。
「暫く、動きを見定めた方が良いと思うのでござるが‥‥」
豪は見張りの交代時に襲撃を合わせる案を出した。
「慎重だねぇ。でも別班はもう裏に回った頃さ。自分らが動かなかったら作戦が進まないよ」
ジャイアントの戦士、キルスティン・グランフォード(ea6114)はすぐ攻撃する方に賛成した。
「それに、この図体で自分にいつまでも隠れてろって言うのも無理だろ?」
今回は参加冒険者の殆どが戦士系。隠密行動が得意な者は少なく、更に言えば時刻はまだ昼だ。誰も夜中に襲撃しようと言い出さないのはやや意外の感を受ける。冒険者に若干の策はあるものの、基本的に彼らは数に勝る山賊達を正面から打ち破るつもりだった。剛毅というより無い。
「話は終り? どーせ腹は最初から決まってるんだから、無駄な時間かけてんじゃないわよ」
シフールのティアラ・クライス(ea6147)は仲間の頭上を旋回して、早く準備しろと急かし立てる。
「それとも怖気づいたのかしら?」
「拙者を誰だと思っているでござるか。ではお見せしよう、鬼の戦いぶりを‥‥」
鬼子母神は普段は穏やかだが、こと戦いに関しては鞘の無い凶剣ぶりだった。
「じゃあ、しっかり働いてもらうとしようかしら」
ティアラは仲間達にバーニングソードをかけて回る。
「な‥殴り込みだぁ!」
山賊の見張りは、武装した10人の集団が炎の刀を掲げて彼らが守る門に殺到するのに悲鳴のような声をあげた。
「‥‥遅い!」
真っ先に門に辿り着いた豪は、門前でサイコロを転がしていた見張りの一人が匕首を抜くより早く、刀を振り抜いていた。
「ぎゃっ」
斬った見張りには目もくれず、門の向こうにも聞こえるように口上を言い放つ。
「拙者は鬼子母神豪!! 拙者は強い奴と戦いたい!! 雑魚に用はないでござる!!」
「俺の方が組み易いと思ったか?」
豪に続いて門についた空弥を、短刀を構えた見張り二人が襲う。
「ああ、俺が一番分かってるさ! それでも超えなくちゃ、強くなれないんだよ!」
一人が突き出してきた短刀を空弥はサイドステップで躱し、回転させた槍の柄をもう一人の後頭部に叩き込む。首筋を打たれて倒れた見張りの体を跨ぎ、空弥は門を背にして残る見張りと対峙した。
「三下が、掛かって来いやぁ!!」
麻生達が見張りを抑えている間に、荒神は応援に来てくれた友を連れて門の確保に急いだ。
「皆早く、閉められたら大変だよ」
屋敷の方からは、異変に気づいた山賊達が武器を手に出てくる。
「‥‥上等じゃないか。手間が省けるってもんさね」
キルスティンはこれ見よがしに金棒を振り回し、山賊達の注目を己に集める。賊の応えは早かった。キルスティンめがけて何本も矢が飛ぶ。
「う‥‥」
避けられず、キルスティンは手傷を負うが体力故に深手は免れた。見れば、幹部とおぼしきヤクザ者が手下を十数人引き連れて来た。数名が弓を手にしている。
「奉行所の雇われ者か? そんな程度の数で正面から来るたぁいい度胸だな!」
「とりあえず、これだけね。ノルマは一人当たり二人ってとこよ。まだ先があるんだから頑張って」
ティアラは仲間を励まし、自分は味方の僧侶の影に隠れた。
●潜入、そして
表で陽動班10名と山賊の戦いが開始された頃、別動隊の潜入班10名は屋敷の裏側に回りこんでいた。
「始まったね‥」
アーク・ウイング(ea3055)はブレスセンサーを使う。十数名分の呼吸が門の方へ動いていた。またそれとは別に、6人の呼吸が別の方向に動いている。
「怪しいな。そこに盗まれた金品があるかもしれん」
アークの報告を聞いて忍者の不破黎威(ea4598)が言った。他に目星もなく、彼らはまずはそこを第一目標に決める。
「では、あの扉から入りましょうか」
山本建一(ea3891)は刀を手に潜んでいた薮から顔を出した。バーストアタックを修めた山本は裏口の扉を破壊するつもりだ。扉を破壊するには些か威力不足は否めないが。その手の破壊は金槌でスマッシュが妥当な所だ。
「まあ待て。敵の数がまだ多い。せめて中に入るまで騒ぎは避けたい」
不破が止める。表でも同じようなやり取りがあった。今回段取りも作戦も大雑把だ。隠密行動が身上の不破には少々不本意だったろう。
「俺が開けてくる。嫌でも戦うんだ、力は後に取っておけ」
言葉通り不破は塀を登って中に入り、裏口の閂を外した。
「で、出た‥‥おーい、こっちにもいるぞ!」
10人は扉から屋敷の裏庭に入った所で発見される。
「やれやれ、もう見つかりましたか‥」
夜十字信人(ea3094)は溜息を漏らす。一筋縄ではいかない依頼と覚悟はしていたが、やはり血道を作らねば達成は出来ないかと腹を決める。彼は長巻を構えて駆けた。
「死にたくなければそこをどけ!! 悪鬼羅刹のお通りだ!!」
夜十字は妹を含めて5人の応援を呼んでおり、潜入班の中核だ。他の仲間達も彼の後を追うようにして屋敷の中に踊りこむ。
「おいおい、俺だよ。この顔を忘れたのか?」
短刀をふりあげた山賊に、両手を差し上げて漸皇燕(ea0416)は仲間の振りをする。一瞬、動きを止める山賊に滑るように近づいた皇燕の掌が山賊の体に触れた。
「覚えていないのも無理はないか、おまえとは初対面だ」
拳から眼に見えない気が発せられ、山賊は体を二つに折って倒れる。
「しかし‥‥賊とは言え、なかなかの規模だな。まあ‥‥今日で終わりになるのだけど」
皇燕は山賊を牽制し、踵を返してその場を離れた。下っ端程度なら技で上回るとは言え、数で来られたらひとたまりも無い。
「‥‥蔵か」
夜十字達が進んだ先には土蔵があった。土蔵の入口を6人の山賊が守っている。
「さてはこの中の金が目的か! 盗っ人の上前を撥ねようとは見下げ果てた奴らめ!」
「あ、やっぱりそうなんですか。教えてくれて有難うございます」
山本が賊に礼を述べる。
潜入班は一人の脱落もなくここまで来ていた。前衛の突破力が勝ったせいか、激しい抵抗は無かった。
「よくも子分どもをやってくれたな」
二本の小太刀を構えた山賊の頭目は冒険者達の後方だ。その後ろには手下が8人。
山賊は蔵と屋敷に別れた形だから、間に居る冒険者達は山賊に挟まれていた。
「生きて屋敷から出られると思うな」
「こっちの台詞だ。貴様らの黄泉路への案内は、この修羅の刃が仕る‥‥!」
夜十字はアークを一瞥する。魔法使いの少年は首を振る。ブレスセンサーからの情報では、まだ表の呼吸群は移動していない。尤もどちらが優勢かは判らないから、最悪の事態も有り得るのだが。
門の前では陽動班と山賊達の戦いが続いていた。
「奉行所の犬の割には、やるじゃねぇか」
「‥‥」
キルスティンは幹部のヤクザ者と戦った。相手の得物は小太刀一本。懐に飛び込んで皮鎧の隙間に小太刀を突き刺すヤクザを、キルスティンは金棒で強かに打つ。肉を切らせて骨を断つカウンターだ。
(「‥‥やった」)
「舐めるんじゃねぇや!」
重傷を負いながらヤクザはキルスティンの腹を更に深く刺した。続くジャイアントの一撃でヤクザは動かなくなったが、都合四度刺されてキルスティンも重傷を負う。
「やめだ」
幹部が倒されるのを見て、荒神と対峙していた戦士は剣を引く。剣と盾を巧みに使う腕利きのファイターに既に善戦むなしく空弥が倒されていた。
「なんだって?」
「俺はこいつらに雇われただけなんでな。最後まで付き合う義理は無い、‥‥同業のよしみで見逃してくれないか?」
「荒神、聞くな! そやつは拙者が倒す」
賊の一人を倒した豪が戦士に刀を向ける。
「‥‥どうしてもやるなら仕方ないが、一人二人は道連れにするぞ」
仲間は傷ついている。幹部を倒したと言ってもこの場の賊はまだ残っている。この戦士が退くなら、手下達も逃げるだろう。陽動班の目的は敵を引きつけ、その後は一刻も早く潜入班と合流することだ。戦闘が早く片付くなら、何人かに逃げられても問題は無いかもしれない‥‥。
裏庭の戦闘は魔法の応酬から始まった。アークがライトニングサンダーボルトを屋敷側の山賊に向けて放ち、一拍遅れて土蔵の方に居た忍者が春花の術を使った。
「あ‥‥しまっ‥た‥‥」
抵抗できず、アークは眠ってしまう。信人の仲間も西方亜希奈を除いて倒れた。一瞬で半数を無力化され、冒険者側は窮地に立つ。但し、忍者の前に立っていた手下の一人も術にかかって昏倒した。
「口ほどにもない脆さよ。‥‥ものども、やれぇ!」
崩れた冒険者達に、一斉に襲い掛かる山賊。
「夜十字殿、行って下さい。みんなは私が‥」
西方が信人の背中を押す。彼女と山本、それに不破は眠った仲間を守りながらの防戦に手一杯だ。だが気を抜けば‥‥いや抜かずとも、いつ崩壊してもおかしくはない。
「そうだ。こうなっては頭をとるより無い。頼んだ」
言いながらも、不破は忍者刀を振り回して懸命に敵を防ぐ。寝ている仲間を起こす余裕は無い。彼らの体も守らなくてはならないので、とにかく反射的に体を動かしている。
「すまない‥‥どけぇぇ!!」
長巻を手に山賊の只中に突撃する夜十字。重い長巻を片手で振り回し、一振り毎に山賊の血が彼を染めた。まさに赤い旋風。この戦いに勝利したなら新たな異名で呼ばれたかもしれない。
だが幾ら強くても一人では無理だ。背後から迫った賊の槍が夜十字の背中を突く。
ザクッ。
「‥‥」
夜十字を狙った槍は間に入った皇燕の肩を切り裂く。カウンターの拳が賊を打ち倒した。
「皇燕さん!」
「後ろは俺が守る。行け」
背中の守りを得た夜十字の前に、屋敷から庭に頭目が降りてきた。側にいる男が数珠は持っていたからギルドの情報にあった破戒僧だろうか。
「こわっぱ、わしが相手をしてやろう」
頭目が誘うままに、夜十字は残る力を振り絞って突っ込む。
渾身の一撃は大振りすぎた、余裕で躱される。返す刀は小太刀で受け止められ、もう一方の小太刀が信人の腕を斬った。なおも信人は力の限りに長巻を繰り出したが、悉く二本の小太刀に受け止められる。
「その程度か‥‥勢いだけだな」
頭目は鍔迫り合いから信人の体を転がした。皇燕が援護をしたくても、破戒僧と手下が彼の挙動を牽制していたから迂闊に動けない。
冒険者達の命運は尽きた。
「ほんと、私たちが間に合わなかったら、みんな死んでたわよね」
恩着せがましくティアラは言う。
夜十字が頭目に敗れた後、陽動班10名が戦場に突入してきた。状況を覆すのは不可能と判断した荒神達は夜十字達を助けて全力で逃走する。窮鼠の反撃を警戒したか、それとも隠れ家を引き払う方が先決と考えたか、山賊達の追撃はなく、何とか冒険者達は危機を脱する。
「私のことは、命の恩人と思ってくれていいわ」
帰り道、潜入班の面々はシフールに色々と言われた。陽動班が手下らを見逃して門での戦闘を早めに切り上げた為に救援が間に合ったのは事実だ。反対に潜入班は金品の確保という目的を達していない訳だから、強いことは言えない。
「僕が簡単に眠ったりしなければ‥‥」
アークは若干責任を感じたようだが、戦いは何が起こるか分からないものだ。次があれば夜十字や皇燕が眠るかもしれない。ましてや大人数の敵と対峙したのはこれが始めての少年であれば仕方のない面もある。
ともあれ今は生還を喜ぶべきだろう。