●リプレイ本文
●金貸し
神聖騎士のカイ・ローン(ea3054)とウィザードのクロウ・ブラッキーノ(ea0176)の2人は、長屋へ向う前に依頼主の商人のもとを訪れた。
「まだ返済期間はあるのだから、30両、全てを払わせなくてもいいんですよね?」
カイは取り立て金額を確認する。
「私どもとしては、お金を取り戻して頂きたいのでございます。必ず返すとお約束をして貸したお金、払わぬと言われては泥棒も同然。全額返済して頂くが筋でございますが、違いましょうか?」
「それはそうだろうが‥‥うーむ、しかしそれは無理ではないかな?」
あと半年で返す予定の金額をいきなり用意するのは困難だとカイは話す。商人は冒険者達の手並み次第と返答した。
「ふふふ、まあ慈善事業ではありませんしねぇ。ところで‥‥此方では利子はいかほどに?」
ブラッキーノはトナナやトトぐらいは口から出るものと期待していた。
「一割八分でございます」
高いが、極端に法外でもない。ブラッキーノは苦笑する。まあ冒険者ギルドに依頼するぐらいだから出鱈目な利息な筈は無かった。裏でどれほどの事をしているか分からないが、表向きはそんなものだろう。
「商人サンも災難でしたねぇ」
と言って、この商人が原因で首をくくった人間は一人や二人ではないと聞く。
因業は深い。
●長屋
取立てを請け負った冒険者達は思い思いの解決法を胸に、長屋へやってきた。
「規則を守らない者には忍びの世界なら反逆行為で抹殺命令がでます。できれば、その様なことはしたくありません‥‥」
とは忍者の大宗院透(ea0050)の言。幼さの残る顔で恐い事を真顔で言う娘(※注 女装)である。
「確かに借りたものを返却しない、では理に反する。世には規則があり、それを守っていればこそ平穏は保たれる、というものだ。しかし‥‥」
天螺月律吏(ea0085)は仲間達を一瞥し、長屋に足を踏み込む。
「待て!」
数歩も行かぬうちに後ろから威勢のいい声がかかった。振り向けば、盤台を天秤棒で担いだ魚売りが腕まくりをして近寄づいてくる。
「そんな物騒な格好で、この長屋に何の用事だい?」
どうやら長屋の住人らしい。噂の腕自慢の一人か。
「ちょうど良かったわ。私達、話があってきたのよ」
僧侶の仔神傀竜(ea1309)は他の仲間が何か言い返す前に、機先を制して魚売りの男に話しかけた。ちなみに、傀竜は歴とした男性だが女顔で、言動も女っぽい。
「話だと?」
「ええ、大野屋さんにお金を借りた人たちを呼んでくれないかしら」
大野屋とは依頼主の屋号である。その名を聞いて、魚売りの顔色がサッと変わる。
「てめぇら、やっぱり大野屋の回し者かよ。だったら話すことなんてねぇんだ。とっとと帰りやがれ!」
冒険者の何人かはその言葉に目を輝かせた。荒事担当の者達だ。
「変わろうか?」
「まだだ。ここでお前達が出たら、話がややこしくなっちまう」
小声で聞くデュラン・ハイアット(ea0042)に、侍の鋼蒼牙(ea3167)が答える。
「なら任せるとしよう。手伝いが必要になったら、いつでも言ってくれ」
デュランは微笑して一歩下がった。フレーヤ・ザドペック(ea1160)と秋村朱漸(ea3513)、それにブラッキーノもひとまず静観の構えだ。
「もう一度言うわ。私達はあなた達と話をしに来たのよ。それを何も聞かずに追い返すつもり? 話ぐらい聞いても損はしないと思うけど」
「ふざけんな! てめぇらの手口は先刻承知よ。誰がそんな口車に乗るもんか!」
取り付く島もない。更に金貸しの犬だ屑だ江戸のゴミだと罵詈雑言を浴びせられ、冒険者達の顔に幾つも青筋が浮かびあがる。
「‥‥交代だ。見せてやろう。本当の追い込みと言うヤツをね」
デュランはそう言うと、呪文を唱え出す。フレーヤと秋村は互いに目配せし、まず秋村が魚売りの前に立った。
「な、なんだ?」
秋村はおもむろに魚売りの足を蹴り付ける。
「うっせえ!! 黙ってきいてりゃ、さっきからグダグダと‥‥死なすぞ!」
ゆで蛸のように顔を真っ赤にした魚売りが殴りかかるのを、秋村は鞘ごと抜いた日本刀で受け止めた。
「こっちは遊びできてんじゃねぇんだぜ?」
刀を持った相手にとても素手では敵わないと、魚売りは後ろの天秤棒に手を伸ばす。が、いつのまにか後ろに回っていたフレーヤが行く手を遮る。
「全くだ。貧乏で金がないからはらえません。じゃ、示しがつかないんだよ。ゴラァ」
フレーヤを十手を魚売りの首に突きつける。
「いいか、いちいちごねる客に合わせてたら、金貸し商売は成り立たないのさ。大野屋の旦那も、アンタラのお陰で大損なんだぞ。分かってるのか?」
冒険者への報酬を考慮すれば、確かに今回の儲けは無いだろう。足が出ている可能性も高い。それでも、減額や免除を許せば必ず続く者が出るから放置は在り得ない。
「よし、そろそろ良いだろう」
呪文を唱え終えたデュランは長屋の住人達が彼らを見ているのを確かめ、空に飛び上がった。屋根の上から地上を見下ろして言い放つ。
「長屋の諸君。聞いての通りだ、借金を回収に来た!」
単にリトルフライで浮かんでいるだけだが、精霊魔法の使い手が他国に比べて少ないジャパンではインパクトが違う。住人が向ける恐怖の視線に、デュランは笑みをこぼした。
「金がなければ物でも構わない。若い娘ならば、なお良いぞ」
デュランは住人を威圧して上から指図するだけ、ノリノリだ。
「では、ざっと品定めさせてもらいまショウか‥‥」
ブラッキーノは算盤を取り出し、アッシュエージェンシーで作り出した護衛を引き連れて手頃な家の中に入った。灰の分身はハッタリ以上の物では無いが、リトルフライ同様に住民達を怯えさせた。
「お待ちください」
デュランが足元に視線を移すと、一人の老人が冒険者達に歩みよっていた。
「話をお聞きします。ど、どうか此方へ‥‥」
「最初から素直にそう言えばいいのだ。俺達も無益な争いは望まん」
フレーヤは、抵抗しておかげでボコボコになった魚売りの体を離した。倒れた男に、女房らしい女が駆け寄る。
「はっ、高くついたな。余計なこたぁするもんじゃねぇぜ。ちったぁ身に染みたか?」
吐き捨てるように言って、秋村は仲間達の後ろに続いた。
●交渉
「長屋の責任者はどなたか?」
通された家で、まず律吏が発言した。なお、長屋は狭いので冒険者の過半数は外から話を聞いた。長屋の住人も集まってきていたから、随分と狭苦しい状況だ。
「わたくしでございます」
先程声をかけてきた年寄りだった。
「そうか。では言うが、皆は長屋の修繕費を工面するため商人から借金をした。ならばその修繕費を、お前が一部負担するのも理ではないか?」
このまま話が拗れていけば際限が無い。いずれは刃傷沙汰も有り得る。責任者ならばその前に手を打つのが当然であると律吏は強く言った。
「‥‥」
苦悩する大家の顔に、律吏は横に置いた包みを握る。返済金の足しにと持参したものだが、皆が見ているこの場で出せば大家の面子が潰れる。
「仰る事は間違いございません。すべて、このわたくしが至らないばかりにご迷惑を‥‥」
年寄りは恐縮して下げた頭が上がらない。予想はしていた事だが、苦しい状況はこの老人も変わらぬようだ。見かねたように傀竜が諭した。
「嘆いていも始まらないわ。困った時はお互い様、私達も一緒に考えるから、働いてお金を返す方法を考えましょ」
冒険者の何人かはその為の考えを持ってきていた。
「ところで‥」
カイは確認のために借金をした時の状況を聞いた。結果は予想通りだ。
「大野屋さんが貸す時、小さい字で利息等を読めないとか契約に何かしら詐欺行為をした訳ではないのだろ? なら納得して借りたのだから、ちゃんと返すのが筋だろう」
字を読めない者も多かったが、口頭で返済の確認がされている。契約上の問題はない。
「とは言え、ないものは返せないだろう。だから返すあてを持ってきたよ」
冒険者ギルドから依頼書を写してきた木簡を見せる。
「皆さん、そんなに仲間思いなのだから、返せない人達の借金を肩代わりぐらいするよね。腕に自信のある人ならギルドですぐ稼げるし、その方が得だろ」
「そ、それは‥‥」
老人の顔は青い。思い出して貰いたいのだが、返せない者の中に冒険者の家族がいた。この長屋の住人は冒険者稼業が楽して稼げるものでない事も、危険である事も知っている。それに他人の借金も背負うとなると相当にハードな依頼を受けなければならない。
「くくく、見かけによらず恐い男だぜ。長屋の皆さんが怯えてるじゃねぇか、なあ?」
笑みを押し殺し、秋村がカイの肩を叩いた。カイは神聖騎士だから平然と依頼を受けているが、一般的な認識からすれば冒険者稼業は命知らずの代名詞と言っても過言ではない。
「ま、例えどんだけ働こうが数日で30両ってのは無理な話だわな。‥‥ところで長屋の衆」
蒼牙は話を変えてみた。
「お前ら、返せないやつらに同情して金返さないとか言ってるんだったか? そんな事をするんだったら、なんで貴様らが立て替えない? 大事な仲間ならそれぐらいやれよ。‥‥それともこれに乗じて、自分達も借金払いたくなかっただけか?」
「なんだとぉ!!」
‥‥気のせいか、余り穏便に交渉という雰囲気がしない。発端は追い込みをかけられた家族が不憫で「だったら俺も払わないぜ!」と誰かが言い出したのが最初らしい。短絡的な話だが、大野屋がそれを許す筈もなく、話はもつれにもつれて今に至る。
「返済出来ないのは、作ろうとする努力をしてないからだ。二百人に無利子で銅貨十五枚借りればいい」
冷たく突き放すフレーヤ。険悪な雰囲気はどんどん深まる。金策の術は無いのかと傀竜が聞く。
「それが‥‥」
住人達が顔を伏せた。
「何かあったの?」
「悪いことは重なるもので、昨夜この長屋に泥棒が入りまして、金目を物を取られたのでございます」
「なんと‥‥」
傀竜は住人を気の毒に思ったが、実は無関係ではない。万策尽きた暗い雰囲気のところに、通りすがりの学者‥‥を装った天城烈閃(ea0629)が入ってくる。
「話は聞かせて頂いた。俺が良い事を教えてやろう」
無明に叩き落された所だったので、みな天城の言葉に注目する。
「世の中の人間は二種類に分かれる。『搾取する側』と『搾取される側』だ。その二つの決定的な差‥‥それは『金の作り方が上手いか下手か』、その差なんだよ。今から俺がお前達に、金の作り方を一つ教えてやる」
言って、天城が取り出したのは褌。
「金を作るための基本は物の価値を知ること。例えばこの越後屋で15文で売られている『褌』だが、異国では10倍の値段で売られているのを知ってるか? しかも、最近は在庫が入るたび売り切れになるほどの人気で、国内でもいつ値上がりしてもおかしくない状態だ。俺が言いたい事‥‥分かるな?」
この男、褌ビジネスを長屋の住人に教えようとしていた。しかも、問屋で取り扱っている褌は既に抑えられているから自分で余っている褌を集めろというのだ。
これには、ブラッキーノが腹が捩れるほど笑った。
「フフフ、履き古した褌で儲けようなんて、目の付け所が違いますネ。確かに、特に美少年の使用済みならアッチの世界の方々なら同じ重さの金ほどの価値があるかもしれませんヨ」
アッチの世界とはどっちだ‥。
「天城サン、イギリスに古褌ショップが開店したら、アナタの名はアッチの世界の草分けとして永遠に語り継がれるデショウ。羨ましい限りダ」
「俺はそんなつもりでは‥‥」
と言っても、長屋の住人に褌作り職人になれというのは無理がある。
「い、いい加減にしてください!」
冒険者達の話を黙って聞いていた老人が肩を震わせている。我慢の限界といった所だ。
「ふふん、いい加減にするのはどっちだ。要するに商才も無い、金目の物を無いというのだろう? だったら、別のものを頂いていくより他無いね」
姿を消していたデュランが言うと、その後ろから若い娘を連れて秋村が現れた。
「は、離して下さい」
「中々の上玉じゃねぇか。お前さん、磨けばもっと‥‥光るぜ」
長屋の住人が色めきだつのを、デュランは腕だけで制した。散々に脅されて、また味方は居ないという絶望から既に住人達に立ち向かう気力は無かった。
「何も取って食おうという訳じゃない。それに、これは諸君の徳にもなる話だ。聞き分け給え‥‥」
なす術もない住人を残して、冒険者達は長屋を後にした。
「俺は納得できない。あそこまでやっても返済分には足りなかった。俺達のした事は一体‥‥」
カイは苦い顔だ。長屋から後家や娘を連れてきた彼らだったが、そこで口論となり、彼女達の契約には色々と制限をつけたので思った程の額にならなかった。しかし、それでは依頼も失敗。長屋も商人もどちらにも迷惑をかけただけにも思える。
「大丈夫。滞納分は少しまけてくれるみたいですよ‥‥」
ポツリと透が呟く。
「なんでそんな事が分かるの?」
仲間の問いに、明後日の方向を見て呟く透。
「滞納分を渡したいのう‥‥」
「マテ、お前何かやったのか? まさか‥‥」
最後に一つ付け加えよう。冒険者の行状に不満を持っていたあの長屋の浪人者が、夜道で何者かに斬られたらしい。
江戸の町には色々と闇がある、今回はそういうお話である。
‥‥冒険者はこわい。