●リプレイ本文
●生首の森
「今回は、何かと謎の多い依頼ですが‥‥」
森に分け入る冒険者の後列で、クリス・ウェルロッド(ea5708)は十字を切って依頼の完遂と仲間達全員の無事を神に祈った。
『主よ‥‥貴女の御言葉のままに‥‥』
漏れた呟きはイギリス語。母国から遠く離れた異国の地であろうとその加護の無限なることを信じて。
「それは‥?」
クリスの横を歩いていた闇目幻十郎(ea0548)が振り向く。幻十郎はイギリス語が解った。
「おまじないです。これを唱えると、私の意識が高まるんです」
「レンジャーだと思ってましたが、魔法も使えたんですか?」
関心したように言う闇目。
「魔法? ええ、私には魔法の言葉ですから」
リアリストの幻十郎とロマンチストのクリスの会話は少しずれていた。
「無駄な話は止めにせい。それより、お主らは今回の依頼に納得しておるのか?」
馬場奈津(ea3899)は仲間達の意識を切り替えさせた。馬場は59歳、名実ともに今回の最年長だ。
「わしは合点が行かぬのじゃ」
老いて益々盛んなパラの志士は獣道を進みながら、心中を吐露する。
何故周囲に気づかれないうちに大量の釣瓶落としが森に巣食ってしまったのか、そしてどうしてそんな危険な森に長髪の女が居るのか‥‥奈津は疑問を一つ一つあげた。
「まさか、また化け狐どもの仕業じゃねぇだろうな?」
前を歩く巴渓(ea0167)も立ち止まって、会話に加わる。妖狐が数百の魔物を率いて江戸を襲ったのはつい先日のことだ。冒険者の活躍で撃退はしたものの、謎は残っていた。
「珍しいことなのでしょうか?」
長弓を背負った神有鳥春歌(ea1257)は彼女より年上の冒険者達の顔を見回す。
「ギルドで報告書を調べてみましたが、どちらとも取れますね」
闇目が自分の調べてきた事を答える。釣瓶落としが現れて退治した記録は幾つもあった。今回は数が多いが、それが稀なことか否かは江戸の冒険者ギルドの歴史が浅いので良く分からない。
「気になると言えば、猟師が目撃したっていう謎の女のこともあるよね」
ファラ・ルシェイメア(ea4112)は今にも女が姿を表さないかと周囲を気にしている。ファラはロシア人だが現代語全般に堪能で、目撃者に女の事を聞いていた。しかし、遠目に見ただけなので猟師も確たることは分からないようだ。襲ってくる様子では無かったという話だが‥。時間があればもっと多くの証言を聞けたが、今回は依頼の目的が違うので断念した。
「原因が何であれ、私達のやる事は決まってるわ。今はそのことだけ考えましょ」
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)はそう言って、議論と小休止を打ち切った。
「しかし、ずっと上ばかり見上げて‥‥首が痛くなるよね」
再開した行軍、前を行く外橋恒弥(ea5899)は首筋をさすって愚痴をこぼす。
ちなみに隊列は刀を提げた外橋や真鉄の煙管の振るって薮を掻き分けている巴が先頭、次に闇目と琴宮茜(ea2722)が続き、ここまでが前衛だ。4人は真っ先に攻撃を受ける囮役の意味合いも兼ねている。
その後ろをウィザードのファラと投擲専門の馬場が中衛として続き、後衛は弓を持ったリゼル・メイアー(ea0380)、神有鳥、クリス、アイーダの順だ。この隊列には巴が「前と後ろに白兵担当を置くべきだ」と異論を唱えたが、上からの攻撃に前も後ろも無いのではないかという意見も出て、結果機能別に分かれている。
あと何が大変と言って、上ばかり見て歩いているから皆、よく転ぶ。
「きゃっ」
木の根に躓いたリゼルは、派手に地面にキスした。これで何度目だろうか。
「いたた‥‥生首が降ってくるのは嫌だけど、早く出てきてほしいよ」
怪我でもしたら、目もあてられない。
「そうですね。生首を攻撃するのは些か気が引けますけど‥‥」
神有鳥はリゼルに手を貸した。森は広い、釣瓶落としたちは頻繁に移動する類には見えないから歩き回って丹念に調べていくしかない。だが上を向きながらの行軍は自然と速度も落ちる。難儀な作業だ。
「あそこ、見えますか?」
クリスは頭上の木々を指差した。問われたアイーダは目を細めるが、首を振る。
「違うわね」
この辺りは背の高い樹が多かった。日の光が遮られて薄暗く、もし上の方に居たとすればアイーダの長弓はともかくクリスの短弓では狙うのは難しい。
「先に、長い髪の女を捜すのはどうでしょう? 彼女がこの森の住人なら、釣瓶落としの事も知っているかもしれません」
今回、クリスは謎の女担当を自分に課していた。だが接触方法がなく、単独行動は慎まざるを得ない事は彼も理解していたからここまで特に打つ手がなかった。木の枝にラブレターでも括り付けて置こうかと考えるぐらいである。
「大声で呼びながら歩くか? 俺としちゃ、最後まで出てきて貰いたくねぇと思ってんだがな」
巴は反対した。それに何人かが頷く。時間もかかり首も痛いが、釣瓶落とし中心の捜索は変えない方が良いという意見が大勢を占めていた。本末転倒を避ける無難な選択だ。
されど偶然は思惑に関係なく起こる。クリスの願いが通じたのか、程なくファラが黒髪の女を発見する。
「神の采配ですね。皆様はここで。私が話をしてきます」
クリスは列を離れた。そっと幻十郎が後を追う。
「待つのじゃ。罠という事もある‥‥」
馬場は言ったが遅く、志士は舌打ちして魔法の詠唱を始めた。
「やっと逢えました」
クリスが近づいても女は逃げなかった。彼がくるのをじっと見ている。
近くで見ると着物姿の女は森に入るには軽装で、籠の一つも持っていない。
「まあ、私を探していらしたのですか?」
おかしな事を言うとばかりに女は笑う。顔立ちは美人と言って良いだろう。
「はい。危険な森に貴女が一人で居ると聞き、居ても立ってもいられずここまで来てしまいました」
この時のクリスはかなり目的が曖昧だ。拒絶されなかったので、つい異性と会話を愉しむモードに切り替わっている。万が一に備えている幻十郎をやきもきさせた。
(「すぐに襲い掛かるという事はなさそうですが‥‥」)
と、後方の仲間達から怒声が飛ぶ。
「クリスー! 離れるのじゃ、そやつは妖怪じゃ!」
よもや伏兵は無いかとブレスセンサーをかけた馬場は呼吸が足りない事に気づいた。勘違いかと思って確認すると呼吸が一つ増えていた。
女は最初、息をしていなかったのである。
「‥‥その弓で私を殺すつもりなのですね」
悲しそうに呟く女から、クリスは一歩二歩と離れた。
「誤解です。ああ、この矢が貴女の心に届くならと願わずにはいられない」
迎撃は彼の本意ではないが、しかし今回は団体行動を優先している。
後方から風を切って飛んだ矢が次々と女の体に突き刺さった。
「うそつき‥‥」
女の体は倒れるものと誰もが予想したが、そうはならず、女は後ろを向いて逃げ出した。矢を受けたとは思えない健脚ぶりで、冒険者達は後を追いかけたが地形を知らない森の中、やがて見失った。
「あれだけ矢を受けてもビクともせんとは、やはり物の怪の類じゃったの」
女は警戒してか、この冒険の間は二度と姿を表さなかった。
「でやがった!」
更に探索を続けて、ようやく冒険者達は釣瓶落としの群れに遭遇する。
樹上から次々とダイブしてくる生首に、冒険者達は後退しつつ必死に矢を射掛けた。
「私に任せて」
アイーダは木の枝にぶら下がる生首めがけて矢を放つ。わざと、巻き付いてる枝や蔦を狙い、何個か首が地面に落ちた。落とされた生首には待ち構えていた巴が襲い掛かった。
「江戸には俺たちが居るんだ! テメェらの好きには、絶対させねェぜ!!」
必殺の蹴りを見舞う。生首を砕いた巴の横っ腹に別の釣瓶落としが食いついた。
「けっ、数が多いぜ」
肘を叩き込んで引き剥がし、仲間の元に戻る。空を飛ぶ釣瓶落としは前後左右上、どこから来るか分からないので密集隊形を取らないと危険だった。巴と外橋、闇目の三人で前衛となり、残る仲間達を守るように素早く立ち位置を変える。
「こいつら、自力で空を飛ぶの?」
撃ち落した生首が、当たり所が悪かった一部を除いてまた空を飛ぶのを見て、アイーダは眉をひそめた。不意打ちの可能性が減る分、少し楽にはなるが仕留められないのならとアイーダは直接当てる方法に変えた。
「こ、こわくはありません」
圧倒されまいと春歌は自分を鼓舞する。不気味な生首の群れが縦横に飛びまわるさまは気の弱い者ならば卒倒しかねないが、長弓使いの春歌には主戦力としての責務がある。
「き、気持ち悪い‥けど」
リゼルも身震いしながら、我慢して弓に二本の矢を番える。体力のない彼女には他の仲間と同じ速度で矢を放つことは出来ないがそれを技術でカバーした。
「森が荒れるのは嫌、誰かが傷つくのも嫌‥‥がんばるよ」
4人の弓使いは矢が無くなるまで、何度も何度も弦を引き絞っては放った。
「危ないですから、私から離れて‥‥」
一人だけ、仲間から離れて戦うのは茜。小柄な少女は、小柄一本を手に群がる釣瓶落としにその身を曝していた。蜜にたかる虫のように、数体の釣瓶落としが茜に殺到する。小柄で切りつけた一体が電撃を受けて落ちる。非力な茜の小柄に威力は無いが、ライトニングアーマーで全身を帯電させているので必殺と成り得る。だが後ろを守る仲間がいないので一度に攻撃されると避けきれず、茜もダメージを蓄積した。
「うむむ」
馬場は釣瓶落としと遭遇したら接触を試みる気だったが、間を置かずに乱戦となった為に不可能となった。
「已むをえんかの‥‥」
攻撃されてそれを甘受するほどの平和主義者でも無かった馬場は仲間の中央に立ち、両手をさげる。
「弾が少ないでの。無駄撃ちは出来んのじゃ」
奈津は抜く手も見せぬ早業で手裏剣を投げつけた。手持ちは四本しかないので、回収可能な範囲に生首が接近した時だけ撃ちぬく。奈津の手裏剣と、それにファラが高速詠唱から放つライトニングサンダーボルトが弓矢の穴を埋めたので、冒険者達は頭上の敵という不利な状況にありながら容易に崩れなかった。
「これで最後っ」
外橋は地面に落ちてもがく生首を刀で両断した。空中乱舞する生首は全て地に墜ち、激戦は終了していた。
冒険者達も無傷とはいかず、回復魔法の使い手が居なかった分はポーションに頼った。闇目が自分と味方の回復にリカバーポーションを2本使い、茜も一回リカバーポーションを一本消費している。
「おかげで助かりました」
クリスがアイーダに礼を言う。彼は矢を数本しか持ってこなかったので早々と矢が尽きた。見かねたアイーダが用意していた予備の矢を渡したのだ。都合、四十本の矢を持ってきたアイーダは撃墜数も断トツのトップ。町に帰れば、釣瓶落としのハンターの称号を得るかもしれない。
「いいわよ。困ってる時はお互い様じゃない。それじゃ、はい」
アイ−ダはクリスに手を差し出す。
笑顔でクリスが手を重ねるとバシッと叩かれた。
「なにやってんの? 矢のお金、今回は一緒に戦った仲間だし、特別に原価でいいわ」
イギリスの騎士は存外に強かであった。
依頼は成功したものの、相当数の矢を駄目にして内心は機嫌が悪い。
「冗談ですよね?」
「嫌ならここで身ぐるみ剥いでもいいのよ」
ともあれ、無事に森の釣瓶落としを退治した一行は江戸への帰路についた。