しんぷるけーす参 スリ捕獲

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月31日〜09月05日

リプレイ公開日:2004年09月08日

●オープニング

 江戸が生まれて20年余り、その間にこの町はジャパン一の都市と言われる程に大きくなった。
「‥‥余裕」
 江戸の夏祭りともなれば、大通りは人で埋め尽くされる。
 器用に人波を泳いだ小柄な人影は、通りの端から路地裏の隙間に入り込むと、懐から今さっきの仕事の成果を取り出してニヤリと笑う。
「へへへ、今日は入食いだぜ」
 声の主は十三、四の少年。彼は戦利品の重さに満足すると、油断なく左右に視線を向けてから再び通りの先に消えていった。

 数日後、冒険者ギルドに一つの依頼が舞い込んだ。
「スリを一人、捕まえて下さい」
 手代の言葉に、冒険者達は合点のいかぬ顔で互いを見た。
 江戸には治安を守る為の、れっきとした奉行所が存在する。新興の大都市故に揉め事は尽きず、冒険者ギルドが盗賊の取り締まりに協力する話などは日常茶飯事だ。だが、たかがスリ一匹捕えるのに依頼を出さねばならぬとは‥‥源徳の隆盛も膝元に翳りが見えたかと思わずを得ない。
「但し、捕えたスリは奉行所に引き渡すのではございません」
「‥‥訳ありか」
 手代は頷き、説明をした。

 ここに一人のスリの名人がいる。
 老齢で本人はとっくに盗みからは足を洗っている。彼が、今回の依頼人だ。
 依頼内容は、彼の最後の弟子を捕まえること。
「弟子の名前は正吉、歳は13‥‥依頼人の孫だそうです」
 正吉の両親は既に他界している。老スリは孫にスリの技を教えた事を今になって後悔し、正吉に盗みを辞めるよう説得したが正吉はそれを拒んでいる。名人の血を引いたのか、正吉のスリの腕前はかなりのものらしい。だが、このままでは正吉はいずれ奉行所に捕まるか、もっと暗い道に進むだろう。
「難儀な話だが‥‥捕まえるだけでいいのか?」
「はい。捕まえて、依頼人のもとに届けて下されば終りでございます」
 あとは家族の問題という訳だ。
 事情は分かった。老スリの家を出た正吉は今もスリを繰り返している。依頼を受けるなら、正吉の人相と縄張りとしている場所は依頼人が教えてくれる。その情報を元に、奉行所より先に捕まえなくてはいけない。

●今回の参加者

 ea1286 月 朔耶(17歳・♂・ファイター・エルフ・華仙教大国)
 ea1300 瑠 焔龍(30歳・♂・僧兵・エルフ・華仙教大国)
 ea1956 ニキ・ラージャンヌ(28歳・♂・僧侶・人間・インドゥーラ国)
 ea2538 ヴァラス・ロフキシモ(31歳・♂・ファイター・エルフ・ロシア王国)
 ea2657 阿武隈 森(46歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3220 九十九 嵐童(33歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5794 レディス・フォレストロード(25歳・♀・神聖騎士・シフール・ノルマン王国)
 ea6268 カシュウ・ラード(31歳・♂・レンジャー・シフール・モンゴル王国)
 ea6321 竜 太猛(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文


●依頼主
 10人で受けた依頼だったが、一人が遅れて集まったのは9人。ところが。
「9人と、お聞きしましたが‥‥」
 冒険者達は依頼人の老人と、神社の境内で落ち合った。老人の長屋に押しかけては正吉に気づかれる恐れもあるし、近所の手前もあるとの配慮らしい。分からないでもない話だ。
「9人だ。間違いない」
 浪人の飛鳥祐之心(ea4492)は肩に青猫を乗せたままで答えた。
 老人は不審そうに目を細める。
 飛鳥ら以外に、この場に集まっているのは‥‥。
 エルフの月朔耶(ea1286)、同じく瑠焔龍(ea1300)、ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)。ジャイアントの阿武隈森(ea2657)、武道家の竜太猛(ea6321)、僧侶のニキ・ラージャンヌ(ea1956)。
「なんだよ、俺の姿が目に入らないとでも言う気かい?」
 それにパラの九十九嵐童(ea3220)の7人。
「そろそろ時間やないの?」
 笑みを浮かべてニキが飛鳥を見る。飛鳥は何故かオドオドしはじめ、猫と目を合わせた。
「あ‥あの、降りて貰えませんか?」
 何故か猫に頼み込む飛鳥。すると青猫の姿が歪み、まるで粘土か何かのように姿形が変わっていく。
「おおっ」
 老人の感嘆の呟きが終わらぬうちに、猫だったものは青い髪に瞳のシフールに戻っていた。
「初めまして、冒険者のレディス・フォレストロードです」
 レディス・フォレストロード(ea5794)はミミクリーの使い手だ。変身魔法は便利だが体の大きさまでは変えられないので、不自然でなく鳥や猫に変身可能な彼女は捜索依頼に打って付けの人材と言える。
「ご納得頂けましたかな? では改めて、お孫様はこのヴァラス・ロフキシモが必ず連れて来るということを約束しましょう」
 ロフキシモはここ最近、実力をあげてきたファイターだ。ラージャンヌや阿武隈、九十九も知る人ぞしると言われる程に場数をこなした冒険者である。スリ一人捕まえる事は造作もないと思える。
「これなら任せても大丈夫だ。ですが、正吉は勘が鋭い。くれぐれも子供と油断せぬようお願いします」
 老人は冒険者達に頭を下げる。
「捕まえるんはええけど、そのあとはどないするのん?」
 と聞いたのはニキ。立ち入った事を質問しているとは本人も理解しているが、やはり気になる話ではある。
「金輪際、盗みはさせません。私が必ず、足を洗わせます」
 依頼人の目には決意が見て取れた。
「確かにこのままだとまずいな。本人にその気が無くても、いずれ悪い奴等が目をつける‥‥」
 少年の未来を案じるように嵐童は言った。
「‥‥」
 ニキは一抹の不安を感じたがさすがにそれ以上は当人達の問題だ。冒険者達は老人に正吉の人相や縄張りの事を聞いた。首尾よく情報を得て、冒険者達は捕縛作戦を開始する。

●捕獲作戦
 予定と違うのは囮役が焔龍ひとりになった事くらいか。
「では、あとは頼みます」
 僧兵である焔龍は袈裟を脱ぎ、六尺棒を置いて町人の格好になっていた。彼はキョロキョロと落ち着かなげに視線を動かして正吉の縄張りと思しき通りを歩いた。傍目には江戸は初めての旅行者と映るように。
(「さて、まずは正吉を見つけなくては話になりませんが‥‥」)
 人通りの多い場所で、人相を聞いただけの相手を見つけるのは簡単ではない。似た背格好の人間はみな正吉では無いかと思えるし、正面からまじまじと見て確かめることはさすがに憚られる。
 当然、焔龍の周囲には猫に変身したレディスを始め、仲間達が二重三重に囲んでいる。この人間結界内に誘い込むことが出来れば、てだれと言えど逃げる事は至難だ。
「わしらの思惑通りに行けば、じゃがの‥‥」
 外縁から通りを見張る太猛は、年齢の割に考え方が年寄り臭い。つい悲観的にもなる。先日の祭りで儲けて懐が温かいので、たまに焔龍と囮役を交代もした。
「失敗するとでも?」
 時間が無為に過ぎ、その日は一旦切り上げることにして冒険者達は話し合う。
「依頼人は勘が鋭いと言っておった。気づいて逃げられる可能性もあるじゃろう」
 囲む側と言っても冒険者達を見る目が無いとは言えない。それに今回の仲間には目立つ風貌の者が多い。見る者が見れば、何かがあると気づかれても不思議は無い。
「それは俺達の事か? なあ焔‥」
 朔耶は目を半眼にして、口の端を上げて笑う。エルフはジャパンでは珍しい。その上、朔耶と焔龍は刺青をしていた。
「目立たないよう気をつけてはいますが‥‥ふむ」
 焔龍は髪をかきあげた。下手な変装は逆効果であろうし、取り立てて即効性のある策は浮かばない。
「わても、目立ってますやろか?」
 ニキは躊躇いがちに口をだした。彼はインドゥーラ出身の少年僧だ。
「いや、そいつは俺だな。さては正吉の奴、俺が只者じゃないと気づいて姿を隠しやがったか!」
 阿武隈は一人で納得している様子だ。ジャイアントは昼間、付かず離れずの距離で焔龍の後ろを堂々と尾行していた。身の丈八尺の筋骨隆々の巨漢が、目立つか否かは論じるまでもない。
「くだらないネェ。今日はたまたま居なかっただけかもしれないじゃないか。今更ここで悩んだって仕方ないんだぜ、明日もやる。こうなりゃ持久戦だぁな」
 ヴァラスは不安を一蹴した。内心はどうだろう。多くの血を見てきた男だから、気づかれるとしたらそれは己の体から出る血の匂いに違いないと思ったかもしれない。

 こうして冒険者達は作戦を続けたが、二日、三日と時間だけが過ぎていった。
 その間の奉行所の動向だが、おかしな奴らがうろついていると誰かが通報したのか、何度か十手持ちに肩を捕まれた。まさかスリを待っているとは言えず、知らぬ存ぜぬ、散歩が趣味だ、托鉢だ、江戸見物だと冒険者達は言い訳を繰り返した。

「まず確認させてもらう。あんた、正吉さんだな?」
 何十回目かの正吉候補に声をかける嵐童。
「そうだよ」
「‥‥治平爺さんの孫の正吉か?」
 ここまで聞いたのも3度目だ。もっと独創的な名前をつけろとか金髪碧眼の孫を産めとか料簡違いの怒りさえこみ上げてくる。
「次の仕事の口でも、探した方がいいか」
 簡単な筈の依頼。果たして少年は見つけられるのか。

(「あのひと‥‥!」)
 気づいたのはレディスだけ。
 それも見えたとは言い難い。半ば直感だ。猫の姿で鳴くが通りの喧騒で仲間に届かない。
 もはや正吉は現れまいと諦めかけた時だった。
 タン、タンタン‥‥。
「! ‥‥レディスさんっ」
 屋根の上を駆ける猫の姿に気づいて祐之心が人込みの中で周りを見回す。
「まさかね」
 朔耶も気づいてレディスの姿を追っていた。だが、レディスは焔龍の方には向かわない。
「なにっ‥‥わしじゃと!?」
 太猛は自分めがけて向ってくる仲間達にハッとして懐を探る。財布が無い。帯に巻きつけた紐は端が切られていた。
「むむッ、だ‥誰じゃぁ!」
 まさに名人譲り、達人の手練である。

(「一瞬で決めてやる。護身術など使う暇も与えん!」)
 気づいたのは遅かったが、都合よく正吉らしき少年が自分の近くにいるのを見て阿武隈は呪文を唱え始めた。コアギュレイトの魔法だ。抵抗に失敗すれば、そこで勝負が決まる。
(「自分から向ってくるわ‥‥愚かな」)
 仲間に追われた少年が阿武隈の側に通るのを僧兵は内心でほくそえんだ。が、呪文の完成より早く少年は無防備なジャイアントの横をすり抜けていく。
「阿武隈殿、財布は‥‥無事か?」
「なに」
 太猛に問われて懐に手を入れた所で僧兵は固まった。

「見事な手並み。だが、この陣を抜けるのは所詮、無理よ」
 阿武隈が失敗した時の為に隠れていた嵐童は一気に距離をつめた。小柄の峰で正吉の腹を狙う。
 だが外れる。これが退治依頼なら後ろから手裏剣を投げて仕留めたろうが最初から持ってきていないし、街中では投げられない。

「逃しませんよ!」
 変身が解けたレディスは正吉の行く手を阻んだ。いくら俊足でもシフールからは逃げられない。しかもレディスはシフールながら神聖騎士。剣を持った戦いは身長的に不得手だが、避ける事に掛けては並の戦士は遠く及ばない。
 そう‥‥誰かの言う通り、現れた時点で勝負はついていた。

「まったく大したガキよのォ〜」
 ヴァラスは捕まえた正吉の腹を蹴った。正吉は冒険者に包囲されると、それ以上の抵抗はしなかった。おかげで奉行所の役人が来る前にその場を離れることが出来た。
「お前ら‥‥冒険者か?」
 縛られた正吉は挑むような目を冒険者達に向ける。
「へ、気が付いちゃいるとは思うが、お前を捕まえるように俺達に依頼をしたのは、お前の師匠だ。爺さんにしちゃ安くはない依頼料まで払って、奉行所よりも早く捕まえてくれ、ってな」
 隠す事でもないと、阿武隈はあけすけに話した。
「君に言っておきたい事がある」
 祐之心は少年の前に膝をついた。
「確かに今回の事は仕組まれた事だ。だが、実際にこんな事が起こりえないとも限らない。その時君は下手をすると死ぬかもしれない。そうなった時に一番辛いのは誰だか分かるか? ‥‥君はまだ引き返し戻れる場所もある。自ら進んで身を滅ぼすよりも、真っ当に暮らした方がずっと良いはずさ」
「‥‥説教は坊主だけで沢山だ」
 と答えた次の瞬間、朔耶の蹴りが正吉の顔面にヒットした。
「おやおや、見える所はいじらない方がいいんだけどねー」
 ヴァラスは肩をすくめる。朔耶はそんな事はお構いなしに正吉の胸倉を掴んだ。
「生言ってんじゃねぇ! スリなんざガキ見たいな事いつまでもやってんじゃねぇよ! テメェがどんなに粋がっても所詮ガキはガキだろうが‥‥」
「ユエ‥」
 激昂した朔耶に声をかけて、焔龍は正吉と向かい合う。
「君の祖父はもう足を洗っています。何故、君もまっとうに生活をしようとしないのか?」
「‥‥関係ない。さっさとじじいの所に連れていけ」
 冒険者の説得にも少年の態度は変わらない。
「強情やわ」
 ニキは正吉の言い分も聞いてみたいと思っていたが、少年から話しかけては来ず、もう時間も無かった。
 長時間の拘束は場合によると冒険者の方が罪に問われてしまう。
 9人は少年を依頼人の元へ届けた。
「あの身のこなし、磨けば見込みがあると思うがのぉ」
 太猛は己が手合わせをしてみたかったと残念がる。武道家は拳で語るより術が無いとでも言うように。
「あとは本人達の問題だ」
 ともあれ、9人は依頼を完遂してギルドに報告に戻った。