●リプレイ本文
●出発
「お前は一体、依頼の事が分かっているのか?」
金髪碧眼の神聖騎士、サリトリア・エリシオン(ea0479)は出発に遅れてきたユーネル・ランクレイド(ea2824)に厳しい言葉を浴びせた。
「いやいや、寝過ごしてしまった。面目ない」
ユーネルは悪びれた風もなく、笑顔で謝る。
「貴公には、神聖騎士としての誇りは無いのか」
サリトリアはユーネルを睨みつけた。白と黒、国の違いはあれど二人は共に神の戦士だ。それが彼女を苛立たせるのかもしれない。遅刻もそうだが、ユーネルがまるで街のゴロツキのようなヨレヨレの服を着て現れた事が彼女には許せない。
「すまんなぁ、着替える暇が無かった。心配無用、ちゃんと着替えは持ってきてある」
その言葉にサリトリアは声を荒げかけた。
「その辺で良いだろう。ユーネル殿も反省しているし、我々にはこれは初依頼になる。このような所で時間を過ごしたくはない」
同じく神聖騎士のシーリウス・フローライン(ea1922)が見かねて間に入った。
「‥‥分かった。道中は長い、神聖騎士の心得を語る時間はたっぷりにある」
そう言い残して、サリトリアは馬車の方へと荷物の確認に向った。
「助かったぜ」
「‥‥いえ。我々は皆、若い。道中ではユーネル殿の経験が頼りだ。それを思っただけのこと」
「煽てても何もでねぇぞ。歳食ってたって、こっちの腕は変わらねぇんだから」
ユーネルは腰のクルスソードを叩いて、着替えの出来る場所を探した。
その後姿を見送ったシーリウスは、馬車の方が騒がしくなったのに眉を顰めた。
「今度は何だ? まだ出発もしていないというのに‥‥」
『だから、私はこの人の娘になるって言ってるじゃない。何回、説明させるのよ?』
ウィザードの少女、イリス・コルレオーネ(ea1948)は護衛する商人の娘役になると先程主張していた。護衛として加わるより、その方が山賊が現れた時に油断を誘えると思ったのだ。
「お嬢さん、ゲルマン語でまくし立てないでくれないか? 俺には分からないのでね」
大柄な騎士、シュナイアス・ハーミル(ea1131)は無表情で話していたから、言葉の分からないイリスからは詰問されているように見えた。
言葉が通じなくても、護衛の依頼程度なら荒事がメインだから許される場合は多い。寡黙な戦士ならばそれでも十分だが、それが喋り好きな魔法少女ではトラブルの種と言ってもいい。
「確か、ユーネルがフランク出身だったろう。アイツはまだか?」
「今、着替え中です。ゲルマン語なら、俺も少し出来ます」
若い侍が通訳を申し出た。伊達和正(ea2388)は、日常会話程度までだが四ヶ国語に通じていた。彼が同時通訳して、漸くイリスの商人の娘案を仲間達は理解する。
「フランク人が何でイギリス商人の娘なんだ?」
「いいじゃない。別に山賊の前で自己紹介するんじゃないんだからァ」
商人自体は当惑気味だ。商売上、ゲルマン語は少しは話せる。ただ若干戸惑うのは、まだ駆け出しで二十代の商人にとって、13歳の娘がいるという設定の無理だ。
「細かい事は気にしない。ねぇパパ♪ このお仕事が終ったら新しい服買ってくれるって言ってたよね? 早く町に着かないかな〜! ね、パパ♪」
猫をかぶって商人の腕にしがみつくイリス。
「違うパパって感じだねぇ」
その様子に、着替えてきたユーネルはニヤニヤと笑う。
「違うパパって何です?」
レンジャーのアシュレー・ウォルサム(ea0244)はとぼけた感じで聞いた。
「なんだ、本当に知らねぇんだったら俺が今度そういう店に連れてって、教えてやらんでもねぇぞ。但し、金はお前持ちだ」
神聖騎士らしからぬ事を言うユーネルは、冷たい視線を感じて咳払いをした。
「構わないと思いますよ。どう見えようと、護衛に見えなければ良い訳ですから。護衛は少なく見せた方がいいでしょうし」
言ったのは浪人の水野伊堵(ea0370)。盗賊対策を考えていた水野は、仲間達と相談して出来るだけ護衛を少なく見せて敵の油断を誘う作戦を提案していた。
「本当に、大丈夫でしょうか‥‥?」
この作戦には商人は不安がった。当然だろう。彼からすれば、強そうな護衛で周りを固めて盗賊を寄せ付けない方が安心に決まっている。わざと襲わせる等というリスクを敢えて選ぶ事の意味を、商人の彼は理解できなかった。
「‥‥」
冒険者の中で、依頼人の不安に同調したのはエルフの騎士、アイオーン・エクレーシア(ea0964)。彼女は考えていた。自分達は目の前の商人同様に駆け出しの冒険者に過ぎないのだと。
(「この依頼、盗賊退治などと考えては危険なのは分かっているが‥‥」)
「ご心配には及びません。私達は騎士、剣にかけて貴方を守ってみせましょう」
アイオーンは口に出してはそう言って、商人の不安を取り除いた。既に依頼として動き始めている以上、彼女一人が反対しても仕方がない。後は言葉通りに全力で依頼人を守るしかない。
「そうそう、名前を聞いた事もないような山賊なんて、出てきたらすぐに駆けつけて僕がやっつけます。必ず、期日までに町まで送り届けて見せますよ!」
元気にそういったのはアイオーンと同じエルフの騎士、クリス・シュナイツァー(ea0966)。クリスはアシュレーと一緒に商人が乗る馬車から少し遅れて後を追いかける事になる。
「そうですか、分かりました。宜しくお願いします」
商人は騎士達が朝飯前のように言うので、安心したようだ。
道中はシュナイアス、アイオーン、それに娘姿のイリスの三人が護衛として馬車を守る。
水野、伊達、サリトリア、ユーネルの四人は馬車の荷物の中に隠れる。その為に大型の馬車を手配しなくてはならなかったが。残るシーリウスは単身で先行し、偵察役だ。
「準備も出来たようだ。では行こうか」
先頭に立つシュナイアスは冒険の始まりに、内心で胸が躍った。
皆、今回が冒険者としては初陣ばかり、各人に様々な思いが去来していた。
●山道
アシュレーとクリスは先行する馬車の轍を追跡していた。
どの程度の間合いを取るべきかが問題だ。見えるぐらいの近さでは伏兵の意味が無い。と言って、離れすぎては護衛の用を成さないだろう。作戦は、戦いになった時は二人の場所まで退いてくる事が前提となっていたから距離を誤ると全員の命取りになりかねなかった。
「大丈夫でしょうか。山道は山賊のほうが詳しいでしょうし、もし失敗したら‥」
クリスは二人になると不安を口にした。素直に心情を話す所は若さを感じさせた。
「‥‥まあ、なんとかなるんじゃないかなぁ」
アシュレーはのんびりとした口調で話す。
「そうですね。あ、そろそろ食事にしましょうか?」
クリスは保存食を取り出す。
「‥‥」
アシュレーはニコニコと笑ったまま、それをただ見ていた。
「ん? アシュレーさん、食事にしましょう」
アシュレーは食糧を持ってきてなかった。彼だけでなく、伊達とシーリウス、サリトリアも殆ど食糧を持参していない。イリス、クリス、水野が往復分の食糧を持ってきていたので彼らに渡した。冒険者は相身互いだ。
冒険者達は夜は合流して野営した。冒険者達は夜襲を一番警戒していたから、三交代で見張りを立てた。
(「‥‥ゴブリンか‥‥」)
サリトリアは気配を察してナイフの柄に手をかけた。
しかし、数匹の鳴き声は近づきかけては立ち止まり、一度は姿も見えたが、やがて遠ざかっていった。
(「数が多いと見て退いたか。畜生でも、分不相応な相手は分かるのか‥‥」)
数や大きさから、獲物に出来るかを判断するのは野生動物にも出来る事だ。生物を無差別に襲うアンデットなどは別にして、正体不明の相手を攻撃したりはしない。山賊がゴブリンより賢明なら、冒険者達の策も確実とは言い難いが。
「人間が動物より賢いとは限りませんよ。知恵を持つから、愚かにもなるんです」
昼間、馬車の中で荷物と共に揺られる水野は、サリトリアと話していて自戒するように言った。
「愚か者は山賊か、それとも俺達か、だな。今に分かる、そろそろ危ない場所だ」
筋肉質な身体を狭い馬車の中で縮めたユーネルが予言めいた事を言った。
キャメロットを出てから四日が過ぎていた。
●初めての戦い
馬車に先行するシーリウスはこの数日、神経を張り詰めていた。
山賊達に見つからぬように物音を極力立てぬように移動するというのは、予想以上に疲れる。我慢比べかと思う程だが、シーリウスは幸いにタフな男だった。ただ時間的な制約がある為に馬車のスピードを緩める訳にはいかず、先行する彼は疲労を感じた。
後ろから叫び声があがるのを耳にして、シーリウスは思わず唸り声をあげる。
「馬車を狙われたか!」
身を翻して、仲間達の元へ急行する。
「キャーッ! 怖いよ〜パパ!」
馬車に向って物陰から矢が射掛けられると、イリスは悲鳴をあげて依頼人の影に隠れた。演技はまずまずだが、護衛対象を盾にするとは何事かと思わないでもない。
「おのれ山賊どもか!」
護衛についていたシュナイアスは大げさに驚いて見せる。
「か、数が多すぎるか‥‥」
ショートボウを構えた弓手が山道の左右に六人。盾を持たないシュナイアスには弓の攻撃から身を守るものも無い。剣の達人ならば飛んでくる矢を切り落とす事も出来るだろうが、それはひとまず生き延びた後の未来の話だ。
シュナイアスは馬の手綱を放り出すと、依頼人の腕を引っ張って馬車から外へと突き飛ばす。
「な、何をするんですか?」
「死にたくなければ走れ」
そう言って、商人を追い立ててシュナイアスは後退する。
「くそ、今だけは調子に乗らせておいてやる!」
「‥‥」
馬車の後ろにいたアイオーンは彼らに続いた。シーリウスが敵を発見していれば彼女も馬車の中に隠れようと考えていたが状況が違う。ここは共に退くしかない。
「深入りは禁物と言った私が、ここで前に出る訳にはいくまい」
突撃したい衝動を押し込めて、アイオーンは逃げに徹した。
「歯ごたえのねぇ獲物だぜ」
山賊の頭目は慌てふためいて逃げ出すシュナイアス達を、薄笑いを浮かべて見ていた。
「何してやがる。お前達、さっさと捕まえに行かねぇか!」
頭目の号令を受けた山賊達はシュナイアス達を目掛けて駆け出した。
作戦では山賊達は馬車の荷物を狙うと思っていたが、冒険者達の様子が彼らの心を刺激したのか山賊達は追ってきた。
「むっ」
山道は賊達の庭場であり、商人という足手まといもいては冒険者達が捕まるのは時間の問題だ。
「キャーッ! 殺されちゃうよ〜パパ!」
商人の腕にしがみついた状態で後ろを振り向いたイリスが悲鳴をあげる。ノリノリである。
「‥‥もはや、ここまでだ」
逃げ切れないと観念したように、アイオーンは立ち止まると追いすがる山賊達にロングソードを向けた。
「ふん、そのようだな。タイミング的には微妙だが‥」
シュナイアスも覚悟を決める。商人を護るように前に出た二人に、山賊達は殺到した。
「商人は生け捕りだ、身代金が取れるかもしれねぇからな。護衛は、ぶっ殺せ!」
頭目がそう叫ぶと、弾かれたように山賊達は冒険者に迫った。
同時に、馬車の中から複数の人影が転がり出てくる。
荷物に隠れて息を潜めていたサリトリア、ユーネル、水野、伊達の四人だ。
「何だぁ? 隠れてやがっただとぉ、猪口才な真似しやがって!」
馬車まで近寄っていた頭目はあとずさる。
「卑怯だとでも? 私は、盗賊であるあなた方が正々堂々勝負を挑んできた事に驚嘆の念を覚えますが‥‥」
水野は日本刀を抜くと、まだ間合いの外だというのに振り抜いた。ソニックブームが体勢の崩れた頭目の腕を切り裂いた。
「ちぇすとーっ」
掛け声と共に頭目の懐に、伊達が走りこんだ。クルスソードを構えたユーネルがそれに続き、サリトリアは商人を守る為にシュナイアス達を襲う山賊の中に飛び込んだ。
「イリス! いい加減に戦いなさい! 私達は護衛だ!」
サリトリアはライトシールドを掲げて矢を防ぐ。
「分かってるわよ。作戦じゃない‥‥えい!」
言葉は分からないなりに意味を察したイリスは、商人の影に隠れたまま呪文を詠唱する。近くにいた盗賊の一人が、ウォーターボムの直撃を食らって倒れる。
「こんなもんで俺達を罠にかけたつもりか? 後悔させてやるぜ」
三人の冒険者を相手に頭目の顔には余裕があった。伊達の繰り出した刀は易々と受けられる。
「まだまだぁ!」
受けられたのは策略だ。伊達は止められた刀に力を込める、示現流の鍔迫り合いだ。しかし、逆に押し返され、伊達の身体が地面に転がる。
「腕が足らんわ。ひよっこが!」
倒れた伊達には目をくれず、頭目は水野に襲い掛かった。そこを狙って、ユーネルはダークネスをかける。視力を奪われた頭目の剣は空を切った。
「て、てめぇら、そんな奴ら早く片付けて俺を守らねぇか!」
頭目は三対一の不利を悟って手下を呼んだ。ダークネスに抵抗出来なかった不運が勝敗を分けた。それとも神聖魔法の使い手を先に倒さなかった事で既に頭目の運は尽きていた。
「チェーイ!」
気合いと共に水野のスマッシュが頭目の体を打った。
「‥‥殺すな、捕まえるんだぜ」
勝利を確信し、言ったのはユーネル。
「言われるまでもありません」
「間に合ったか。貴様らは調子に乗りすぎたんだ!」
数に勝る山賊を相手に傷つきながら攻撃を防いでいたシュナイアスは、頭目が倒されたのを見て笑みを浮かべる。
「まさか、お頭が‥‥」
頭目が瞬く間にやられて浮き足だった手下達の足元に矢が突き刺さる。アシュレーのショートボウだ。アシュレーとクリス、それにシーリウスが現れて逃げ場を失い、山賊達の戦意は崩壊した。
「僕の出番は無し?」
「まあ、誰も死なないのが一番だよ。‥‥ほら、なんとかなったでしょう?」
結果オーライなアシュレーの言葉に、クリスは変な顔を浮かべた。
山賊を縛った冒険者達は、意気揚々と残りの行程を終了して町に辿り着いた。
ただ準備に時間をかけた事や、山賊を捕まえて連行するのに時間がかかった為に、商人は約束の刻限には間に合わなかった。
「私達は、二兎を追ってしまった訳だな」
アイオーンは反省をこめて呟いた。
冒険者達は商人に詫びたが、人の良い依頼人は命を守ってくれたからと彼らに規定の報酬を支払い、また食糧を使い果した彼らの為に帰りの食糧と行きに使った分の食糧まで用意してくれた。