●リプレイ本文
●道中
出立前。山道を行くならば牛車よりも馬、と意見がまとまり、江戸を出る前に用意された荷車から各自の馬の背へと荷物を移し変えた。
「はぁ‥‥もう駄目じゃ‥‥」
荷運びに加わった枡楓(ea0696)はへとへとになり、大粒の汗を吹き出して地面に座り込んだ。体力の無い忍者は、出発前から余計な体力を使ったことを後悔する。
「だから先に言ったろう。ここはもうイイから休んでな」
平島仁風(ea0984)は楓の倍は荷物を担ぎ、涼しい顔だ。人には向き不向きがある。
「そう‥させてもらうかの‥‥」
楓が手伝わずとも今回は比較的体力自慢が多い。過半数が士分だったから馬も用意できた。これで荷駄をひいて渡る山道に不安は無い。依頼で都合よく面子が揃う事は少ないから、今回は幸先が良い。
「では出発すると致そうか」
小坂部太吾(ea6354)は仲間達の準備が済んだのをみて村への荷を載せた愛馬の手綱を引いた。
「「応!」」
凪風風小生(ea6358)と郷地馬子(ea6357)は威勢良く答え、共に手綱を取る。二人とも太吾が率いる志士集団、維新組の隊士だ。
志士達の後は馬を持たない三人。
「‥行くか。しかし、今回は何が出てくるかわからないと来た」
まず武道家の漸皇燕(ea0416)。変事に対応しやすいにと中列の一番前を歩く。側には楓。この二人は何かあった時には前列の先を行く斥候要員でもある。
「俺達に恐れをなして出てこないでくれるのが一番なんだが」
「あなたも、神に祈りを捧げては如何です? 旅の安全と依頼の達成を祈願して」
中列の最後はクリス・ウェルロッド(ea5708)。
「祈りね‥‥それより、おまえのその弓に期待させてもらおう」
クリスはキザなナンパ師だが、腕の立つ弓使いでもある。殴りあうのが商売の皇燕にすれば、後方支援の出来は気になる所だ。
「ふ、敵が出たら私が全て神の御許へ送って差し上げましょう」
そのクリスの後ろには、後列の馬が三頭続く。長弓使いの天城烈閃(ea0629)、若輩ながら剣の腕は確かな神楽聖歌(ea5062)、それに浪人の平島だ。そして殿は武道家の竜太猛(ea6321)が務めた。
傍目にも警護は厳重、名うての山賊でも彼らを襲うには二の足を踏むだろう。
「ふぅ‥‥」
一日目、道中の天気は快晴。9月になったとは言え、まだ陽射しは強い。皮兜に面頬を被り、皮外套まで羽織った聖歌は暑さに軽い眩暈がした。
「暑いからね、どうぞ」
前を行く烈閃が越後屋の印が染められた手拭いを渡す。
「ありがとう」
「まだ持ってるから、気にせず使って」
烈閃は物持ちで、テントや釣具、果ては何故か褌まで大量に持ってきていた。育ちの良さそうな顔をしているから、一夜毎に替えないと気がすまないのだろうか。反対に余計な物を何も持っていないのが太吾たち維新組だ。食糧は依頼主に用意して貰うつもりで来て自腹と言われ、出発前に慌てて用意したほど‥‥閑話休題。
「ところで、この山に何かがいる事は知られているのに、それが何かは知られていないのは何故かな? ‥‥つまり、それに出会って生きて帰った者はいない‥‥という事かな」
烈閃は歩きながら、湧き上がる疑問を口にした。
「私達では、手に負えない魔物がいると仰るのですか?」
聖歌は烈閃ほど深くは考えなかった。荷物を守り、その為に刀を振るう事を己の役割にしている。
「そこまでは‥‥だけど勝てない相手なんて幾らでもいるからな」
江戸で実力者と呼ばれる烈閃にしては随分と控え目な台詞だ。
「分かってます。荷を守ることが最優先ですよね」
戦闘になれば、たとえ勝利しても損害がゼロとはいかない。荷物や人命を損なう事にもなる。当たり前の事だが、この見切りはいつも難しい。
「現れるのが人なら、まだ対処の仕様もあるのだがな‥‥」
一日目はまだ街道の近くを通った事もあり、何事もなく過ぎた。
冒険者達は適当な場所を見つけて野営の準備を始める。
「不寝番の班分けと順番はこの通りだよ。もし怪物が出たら無理せずみんなを起こすこと、いいかい?」
風小生が仲間を三つに分け、夜の見張りをテキパキと決めていく。事前に了解していた事なので特に不満も出ず、彼の言う通りに分かれる。
「あ、それから‥‥馬子さぁん。彼氏げっちゅうは、ほどほどにね」
「なんで今それを言うんだべか?」
名指しで注意され、キョトンとした顔で馬子は聞き返す。その様子を仁風はニヤニヤと見つめ、そっと馬子から距離を取った。
「いやいや、寝てる間に襲って来るのは敵ばかりとは限らないからなぁ」
襲う、とはどうやら馬子の事らしい。局長の太吾も追い撃ちをかける。
「うむ‥‥馬子よ、婿探しはこの依頼を果たしてからにするのじゃぞ」
「な、何言うだか。そっただ恥かしいこと、うちがするわけ無いべ‥‥」
ステキな恋を夢見るジャイアントの少女は顔を赤らめる。
「‥‥」
フェミニストを自認するクリスとしては何か言葉をかけるべき所だが無言。
「はぁ、うちと”すぅい〜つ”な関係になるステキな殿方はどこだべか〜」
ちなみに今回馬子以外にジャイアントは居ない。念のため、寝る前に男女の境界線が作られ、ここから先は女人結界と男側から念が押された。用心深いことである。
●賊と蛇
とことこと単独で獣道を行くのは楓。
「んー‥‥腹が減ったのじゃ‥」
二日目、本格的な山道が続いたが一行は道に迷った。元の道を探すか先に進むかで意見が分かれ、楓と皇燕が偵察に駆り出された。
「ぱーっと、むざさびの術を使いたいが、いかんかのぅ‥‥」
楓は背の高い木の幹に触る。だが、高所が苦手な彼女は想像しただけで身が震えた。もしてっぺんから飛び降りたら‥‥どうなるか分からない。
「がまん、がまん‥‥」
自分に言い聞かせ、手裏剣で茂みをかき分けた彼女は巨大な蛇と目があう。
「へ?」
薮蛇とは良く言ったもの。長さ7、8mはあろうかという大蛇は牙を剥きだし、獲物に飛びかかった。図体の割に俊敏な動きだ。楓は横跳びに躱そうとする。
ガブッ!
『あッ』
楓の視界は無くなった。
「ああ、怪物さんが出てきてしまったか。‥‥面倒な事だ」
大蛇を前に溜息をつく皇燕。蛇の口から足が二本はみ出ている。
「楓さんが神の御許に‥‥」
弓を構えたクリスはしかし、撃てなかった。万が一、腹の中の楓を傷つけたらと躊躇いがよぎる。
「逃がさん」
だが烈閃は迷わず、長弓に二本の矢を番えて大蛇を撃った。鱗を削り、矢が大蛇の表面に突き立つ。狂ったように暴れる大蛇は、皇燕ら前衛の集中攻撃を受けて直に動かなくなる。
「‥‥まだ息があるぜ」
刀で大蛇の口を切り裂いた仁風は呑み込まれた楓の身体を外に引き出した。
「飲みな。少しは楽になるからよ」
意識が朦朧とする楓にリカバーポーションを飲ませる。全快とはいかないものの、暫くして楓は立ち上がるまで回復した。
「‥‥すまぬ、不覚じゃっ」
「いけるか?」
烈閃は簡潔に聞いた。
「足手まといじゃとは思うが、いかせてくれ」
身体は重い。恐らく戦闘では使い物にならないが、自分の為に依頼を失敗させる訳にはいかないと頑張った。仕事を果たしたい気持ちは同じ、この無理を皆は聞き入れる。
「余計な荷物が増えたな」
皇燕は憎まれ口を叩く。運命が違えば大蛇に呑まれたのは彼だったかもしれない。偵察は彼が二人分こなし、歩くのも辛い楓のフォローは太猛がした。
「失敗したのぉ。足りると思うて置いてきたが、驢馬がおれば楓殿を休ませてあげれたのじゃが」
太猛は祭りの屋台で驢馬を当てたそうだ。馬や驢馬はいると便利だが、戦闘で失う危険もあるから運搬の仕事以外では連れてこない者も多い。
「荷を届けるまでは辛いじゃろうが頑張ってくれ」
二日目は夜半に野犬が出たが、数が多くは無かったので難なく撃退した。
三日目は雨が降り、ぬかるんだ地面に足を取られて烈閃の馬が道から転げ落ちた。
「直ぐ戻る故、ここで待っておれ」
すぐさま太吾たち維新組の三人が降りていって、馬を何とか元の道に戻した。馬の扱いに長けた彼らがこの道行きに参加していたのは幸運だ。でなければ重い荷物を背負った山道、馬の一、二頭は故障していて不思議は無い。
「誰の許しを得て、この道を通ってんだおめぇら?」
村を前にして、山賊が冒険者達の前を塞いだ。山のぬしのようなあの大蛇で強敵は終わりかと思っていたが、弱り目に祟り目、出る時は色々と出るものだ。
「へへへ、分かってるよな? 通行料だ、有り金全部置いてきな!」
独創性に欠ける台詞を吐く山賊。しかし、襲ってきたからには当然であるが人数は冒険者達よりも多かった。
「前口上はいいから、早くかかってこいよ」
仁風は日本刀に手をかけた。やり過ごすことは出来なかったが、ブレスセンサーで察知して不意打ちは避けられた。あとは火の粉を振り払うだけと冒険者達は覚悟を決めている。
「待て。お前が頭か?」
烈閃が前に出る。長弓使いの彼が、何故か太刀を握っている。
「なんだ、貴様は?」
「有り金全部は欲張りすぎだ。だが只とは言わん。通してくれるなら、こいつをくれてやる」
そう言って烈閃は太刀を地面に置いた。争う気は無いという印だ。
「へぇ‥‥」
山賊の頭がその一言で、見る目を変えたのが分かった。山賊稼業ではこの手の交渉は日常茶飯事だ。余程の凶賊でない限り、問答無用で皆殺しとはならない。そんな事をしていては命が幾つあっても足りない。
「しかし、全てを奪う気ならそれなりの代償は覚悟してもらうぞ」
「分かった。それじゃ改めてさせてもらうぜ」
手下の一人が警戒しながら近づき、太刀を掴んで頭に渡す。
「ふむ、こいつはなかなか‥‥悪くねぇ。ちょうど欲しいと思ってた所よ」
頭は満足そうに笑みを浮かべる。
そのまま試し斬り‥‥とはならず、山賊達は素直に退いた。
一言かけて太刀一本の稼ぎなら悪くない。お互いに怪我もなく、目的も果して万々歳という訳だ。
「大した器量人だ。倒せない者どもでも無かったが、依頼大事を考えればおぬしの判断は誤っておらぬじゃろう」
太吾は烈閃の肩を叩いた。山賊達が舞い戻ってこないうちに村に着こうと皆に声をかける。
「‥‥」
烈閃は太刀は勿体無かったと少しだけ後悔したが、気持ちを切り替えて仲間達の後を続いた。
そのあと冒険者達は無事に依頼を果たし、食糧を心待ちにしていた村人達に深い感謝を受けた。盗賊を事もなく追い払った烈閃の話は、あとで少し噂になったという事である。