●リプレイ本文
●三分の一
依頼を受けた冒険者達は、まず依頼人の村に向った。
おそらく熊はもう村には残って居ないと予想はしていたが、死熊たちの現在位置が分からない彼らは、この村から追跡を開始するつもりだった。
「熊退治とは、なかなか素敵な冒険を請け負えるようになったものだ」
村の前で、ウィザードのデュラン・ハイアット(ea0042)は微笑を浮かべた。
「最近まともな冒険に出ていなかった気もするからな。期待出来そうだ」
ブレスセンサーを唱える。範囲内には仲間達のもの以外に呼吸は感じられなかった。
「何も無しか。生存者も曲者もな‥‥」
「分かっているわよ。何のために私達が先行したと思ってんの」
騎士のアイーダ・ノースフィールド(ea6264)と浪人の加藤武政(ea0914)がデュランに近づく。アイーダが不機嫌に見えるのは、前の依頼で3文しか儲からなかったせいらしい。
「とりあえず、村の周りは一通り見てきたよ」
馬に乗るアイーダ達はデュランら徒歩組より一足先に村に来ていた。加藤が渋い顔なのは、馬で移動する間、弓使いは出費が激しいとアイーダから愚痴を聞かされたからのようだ。ちなみに、刀剣好きの加藤には異論があった。刀使いには大事な刀が折れる悩みが常にあるのだからどっちもどっちじゃないかと。
「ふん、念のためだ。それで、何か見つかったのか?」
「勿論よ」
第一に、加藤達は猟師の目で死熊達の足跡を発見していた。報告通りに6匹が連れ立って行動している様子で、方角から次に狙われる村の検討もついた。そして第二に、村の中を調べたシフールのアルマ・カサンドラ(ea4762)が略奪の痕跡に気づいた。
「なるほど。火事場泥棒が俺達の先を歩いているってことだな」
そう言ってデュランはじっとアルマの顔を見た。
「なんじゃ? ‥‥ふむ、その顔はワシに伝令を頼みたいのじゃな」
「よく分かるな」
「伊達にぬしの五倍生きてはおらぬ」
デュランは仲間には言っていないが、江戸を発つ前に自腹を切ってシフール飛脚に近くの村々への警告を依頼していた。アルマは途中でたまたまその飛脚の一人に遭遇していた。
「仲間の誼じゃ、タダにしておいてやろう」
「‥む」
「何の話だ?」
事情の分からぬ加藤は首を傾げた。
「軽率では無いか?」
アルマが飛び立ったあと、話を聞いた志士の佐々木慶子(ea1497)は不安を口にする。
「熊はともかく、賊の中には弓を持っている者が居ないとも限らん」
「大丈夫でしょ。低いとこを飛ばないように注意はしたわ」
アイーダが言う。しかし、むしろシフールには猛禽との遭遇が厄介だ。鷹にでも狙われたら、アルマはまず助からない。アルマが気軽に請け合ったので考えなかったが、仲間達はアルマとそれほど付き合いが長くない。改めて考えてみれば不安は増すばかり。
「ここで心配しても始まらないよ。俺達も早く出発しよう」
僧兵の冬呼国銀雪(ea3681)は長槍を手に取る。死熊達がどれほど正確に村を見つけるかは分からないが、最短ならもう次の村が襲われていても不思議はなかった。
「銀雪の言う通りだ。あれも冒険者なら自分の身は守れるだろ、それより今は少しでも早く熊に追いつくことが大事だ。違うか?」
戦士のキルスティン・グランフォード(ea6114)は言って、決断を促すように仲間達を見る。
「村人達はどうするでしょう?」
横槍をいれたのはパラのウィザード、エステラ・ナルセス(ea2387)。出立前に聞いた話ではこの村から逃げた人々の一部は隣村にも避難していた。シフール飛脚も着いているなら、隣村の人々は死熊の接近に気づいている訳だ。
「自分が村人なら家族を連れて逃げますね」
少し考えて、忍者の闇目幻十郎(ea0548)が答えた。
「逃げるなら山よりも街道でしょうね、安全を考えるなら‥‥江戸ですか」
「さあ、そこまではわたくしには分かりません、ただ村に留まるよりは可能性はあると思います」
隣村の人々の動きをこの場所でそれを確かめる事は出来ない。だから今の段階では吉とも凶とも計れなかったが、不安要素は増えた。
「なんだか、ややこしい話になってるねぇ」
キルスティンは頭を掻いた。
「まったくだね」
加藤が頷いた。加藤は作戦は周り任せ、刀を抜いてからが商売だとこの浪人は割り切っている。
「ん、自分はこういうのも嫌いじゃないんだが」
キルスティンは微笑んだ。ズゥンビ相手では駆け引きも何も無しと思っていたが、どうして退屈しないものである。
ともあれ、死熊を見つけるのが優先と、冒険者達は追跡を開始した。
少しでも速度を稼ぐため、荷物は侍達の馬と、デュラン、エステラ、キルスティンの連れてきた驢馬達に乗せて少しでも身軽にする。また、一つの賭けだが足跡を確認しながらの追跡はせず、村を出た方角と距離から一番近くの村に向ったものと想定して最短距離を取った。裏目に出たら無惨だが、先行する死熊との時間を縮める必要があった。
●追跡
「ヒグマ‥‥いえ、死熊が一度に六匹も出るなんて‥‥これも百鬼夜行の余波かしら?」
エステラはその事が気になっていた。
「死熊か。いくら俺でも腐った肉は食べられないから」
といった銀雪はアイーダの馬の背に揺られている。
「腐っていなければ、死人返りでも食べるのですか?」
銀雪の後ろに乗る僧侶の焔衣咲夜(ea6161)の声には不快感が混じっていた。
「新鮮だったら、殺してから鍋にするよ。‥‥殺すって変かな?」
「問題はそこでは無いように思いますけど」
銀雪は日本人でしかも僧なのに、獣肉食に全く抵抗がない。道中でも食糧の足しにクリエイトハンドを使いながら、肉が恋しいとぼやいていた。生業が猟師だからだろうか。咲夜は溜息をつく。
「先程の話ですが、6匹も熊が死人還りして村を襲う‥‥自分は、何やら作為的な感じがします。裏で糸を引いている輩がいそうですね」
徒歩の幻十郎が会話に加わった。
「人為だと、仰るのですか?」
焔衣は眉を顰めた。焔衣は宗派が違うので修めてはいないが、黒の神聖魔法に死体を一時的にアンデッドにして使う魔法がある。
「確信がある訳ではありませんが‥‥」
江戸を狙った妖怪達の襲撃は原因も目的も良く分かっていない。この時期は様々な憶測が飛び交っていた。闇目は我知らず、死熊の背後にいる術者との対面を望む己に気づいた。
(「馬鹿な‥‥仮に居たとして、戦って勝てる保障がどこにある‥‥」)
追っているつもりでも、葬られるのが彼らでないとする確証はない。
「見つけたぞ、熊どもだ」
リトルフライで空の人となったデュランは進行方向の数百m先に複数の熊らしき影を発見した。
デュランの先導で冒険者達は死熊と邂逅を果たす。それは無人の隣村を抜けた少し後の事だった。
「‥‥あー、こいつは手間が省けた感じかな?」
加藤は目の前の惨状に呆れたように呟く。
死熊達は人を襲っていたが、どう見ても襲われている側が村人に見えない。
想像は可能だ。火事場泥棒は無人の村を見て、勘違いをした。もしくは熊達が来る前に仕事を終えるつもりだったかもしれない。ともかく、彼らが仕事をしている最中に死熊が村に到着し、当然の如く彼らが犠牲になった‥‥目前の情景を分析するなら、恐らくそういう事なのだろう。
「賊とはいえ、このまま見殺しには出来ぬな」
馬から降りた慶子は正面の死熊を睨み、風の精霊に呼びかけた。稲妻の呪文を唱え、突き出された腕の先から一条の雷光が伸びて熊の背中を打つ。それが戦闘の合図となる。
「ふん、馬鹿どものことは任せろ」
デュランは空を飛んだまま、死熊達を飛び越えた。盗賊の生き残りを誘導するつもりなのだろう。彼以外の冒険者達はエステラとアイーダを残して死熊の列に飛び込む。
「やっと出番だよ」
刀を抜いて一匹の死熊に狙いを定めた武政は、熊の攻撃を躱して斬りつけた。
「‥‥ん?」
手ごたえはあったが、死熊は動きが鈍くなる事もなく武政に攻撃を繰り返す。それを難なく避けながら、アンデッドは生前よりもタフだという話を思い出す。
「こりゃ面倒だな」
仲間の事が気に掛って横を向くと、キルスティンが戦っている様が見えた。
「ちょっとぐらい頑丈だからって‥‥」
ジャイアントの戦士はギリギリまで攻撃をひきつけてカウンターでメタルクラブの重さを生かしたスマッシュを見舞った。破壊的な打撃が羆の腐った腹の一部を吹き飛ばし、さすがの死熊も動きが目に見えてぎこちなくなった。
「要は壊しゃいい。そーだろ?」
キルスティンも腕から出血する。言わばカウンターの代償だ。戦士は待たずに攻めるのとどっちが効率が良いか僅かに思案して、カウンターを使うのを止めた。魔法にも頼らず、淡々と死熊を解体していく‥‥お手本のような戦い方だ。
「おたくは豪快だね。羨ましいよ」
武政は構えを変えた。この敵は彼には相性が良いとは言えないが、報酬分の働きは見せねばならない。
「他人は他人、俺は俺のやり方で行くか」
浪人は力任せに刀を振るのでなく、スッと刀を熊の急所に入れていく。他よりも脂肪の少ない箇所、骨と骨の間、ただ斬るよりも僅かに威力が異なる。丁寧な攻撃は蓄積する事で違いが現れ、十数回に至って熊は動かなくなった。
「危ない!」
雷撃が大したダメージにならないと知り、佐々木は仲間より少し遅れて戦場に到着した。呪文を唱える咲夜を襲う死熊に気づくが一瞬遅く、咲夜は丸太のような熊の腕に横薙ぎにされて、身体が宙に浮いた。
「焔衣さんっ」
闇目は倒れた咲夜と死熊の間に割って入る。闇目は別の死熊と戦っていたが、自分では仕留められない事を悟る結果に終わった。しかし、避けるだけなら数分は避け続けられる。
「今のうちです!」
焔衣は今回の冒険者で唯一の回復魔法の使い手だ。ではその代役はというと後衛のエステラが引き受ける。エステラは7本の回復ポーションを持ってきていた。熊と戦う仲間の間をすりぬけて、焔衣の身体に手をかけた。意識を確かめる。
「‥‥あっ」
意識はある。ホッとした。もし重体なら、飲ませるだけでも苦労だ。
「咲夜様、これをお飲み下さい」
エステラは咲夜の傷が深いと見て、躊躇なくヒーリングポーションを手にとった。値が張る魔法薬だが、どんな傷にも効果がある。回復の度合いを確認して、次にリカバーポーションも使う。その間は佐々木と闇目が死熊の攻撃から二人を守った。
「真似できないわね」
離れた場所から長弓で死熊の急所を射抜いていたアイーダは心中で溜息をついた。
熊の前で呪文を唱えて殴り倒された者の為に11Gが消えたかと思うと侘しさが募る。自分なら少なくとも治療代は貰っていくなとアイーダは呟いた。恩を売るとか善行という概念は希薄のようだ。
(「はぁ、今回も赤字かぁ‥‥」)
だが彼女はけちではない。使うべき物は惜しみなく使う方だ。エステラのウインドスラッシュは効果がなく、実質的に一人で前衛の支援射撃を行ったアイーダはこの一戦で何十本と矢を放ち、十本前後の矢を駄目にした。
「なにしてんの?」
戦闘後、何とか死熊を殲滅して一息ついた時、アイーダが熊の死体で何かしていた。気になって銀雪が手元を覗くと、アイーダはデュランに借りた小柄で黙々と死骸から皮を剥いでいた。
「今回も赤字だし、少しは足しになるかと思って‥‥」
死熊の生皮を剥ぐ行為は少し噂になった。アイーダは赤字騎士と呼ばれたが、それでは気の毒だと弓使いにちなんで一字言い換えられた。
「さあ、きりきり歩け」
冒険者達は依頼を果し、火事場泥棒の生き残り達を捕まえて無事に帰還した。
さて最後に先行したアルマ、彼女のことを付け加える。
「熊も村もどこにあるのじゃ? ふーむ、ぼちぼち帰るとするかのぅ‥‥」
シフールは方角を見失い、危険を報せる筈の隣村からも死熊達からも離れて明後日の方向に飛んでいた。
幸いにも鷹にも燕にも襲われることなく平和な空の移動を続けた彼女は紆余曲折の末に江戸に戻ったようだ。