冗談から駒 古着屋稼業?

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 48 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月15日〜09月21日

リプレイ公開日:2004年09月25日

●オープニング

 誰かが言い出した出鱈目を、真に受ける奴がいて、そいつが代わりに実行してしまう。
 そうした事はこの世の中に幾らでも存在する、ありきたりの話だ。

 今回はそんな話を紹介しよう。

 事の発端は、イギリスやノルマンのエチゴヤが褌を店頭に並べた事まで遡る。
 妙なものを品揃えに加えたものだと人々は噂しあったが、外国で褌が10倍以上の高値で売られていると聞くと、途端に目の色が変わり始めた。
「イギリスで褌を売ったら金貨1枚になるって噂だ」
 使用済みの褌など雑巾位にしかならない気もするが‥‥売れるのは確からしい。
「だったら、余ってる褌を包んで月道くぐれば、俺も金持ちになれるって訳だな」
 江戸のどこかでそんな話が交わされたと思って頂きたい。

「よーし、それなら俺が褌長者になってやろうじゃねぇか!」
 酒場で噂を小耳に挟んだ男が、何が気に入ったのか古褌屋を始めることを決意する。古着屋は珍しくもないが古下着屋とはマニアックな‥‥。
 だが決意はしたものの、男には月道を渡るための通行料百両も、商いのノウハウも無かった。
 そこで男は千里の道も一歩からと、まず外国人向けに江戸で古褌屋をオープンすることを考えた。
 しかし、まだ一つ問題があった。男は外国語が分からない。

「という訳で、通訳の依頼です。依頼人さんは異国の事はとんと分からない人らしいので、出来れば役に立つ助言もしてほしいとか」
 冒険者ギルドの年配の手代が依頼を説明している。
 江戸は月道交易都市、外国人が増えたことでこの手の依頼は増えてきている。
 今回はとりあえず、店がオープンするまでの手伝いをとの事だった。冒険者の働きで儲かったら、個別で報酬の上乗せもあるらしい。
「しかし、変わった商売があるものですなぁ」
 さてどうなることか。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0176 クロウ・ブラッキーノ(45歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea0639 菊川 響(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea1192 クレセント・オーキッド(33歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea1467 暮空 銅鑼衛門(65歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 ea3055 アーク・ウイング(22歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea3546 風御 凪(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4475 ジュディス・ティラナ(21歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea5298 ルミリア・ザナックス(27歳・♀・パラディン・ジャイアント・フランク王国)
 ea5794 レディス・フォレストロード(25歳・♀・神聖騎士・シフール・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●準備
 江戸に古着を扱う店は幾つもあるが、古下着屋というのは例が無い。まともに考えて、誰が他人の使い古した褌を締めたいと思うだろうか。
「ぶっちゃけ、店長サンの発想には正気を疑いますよネェ」
 クロウ・ブラッキーノ(ea0176)は言葉とは裏腹に、今回の依頼をとても楽しんでいた。
「よーし、揃ったようだな」
 依頼人の文吉が、集まった冒険者達を見回す。ギルドの係員はキワモノの依頼に、定員を集められるか心配したが予想に反して上限一杯、10人の冒険者が欠員もなく集まっていた。それも癖者揃いだ。
「開店まで、もう日が無いが、俺は世間をアッと驚かすような店にしたい。よろしく頼むぜ」
 冒険者達を見る文吉の目は輝いていた。そんな文吉の姿に、パラの暮空銅鑼衛門(ea1467)は微笑する。
「若いのでござるから、情熱があるのは当然。モノになるか否かはやはりミー達の活躍如何でござるな」
「やる事は山ほどあるしな。暮空の旦那、後でちょいと時間貸してくれねぇか?」
 早速、仕事を始めるつもりで巴渓(ea0167)は暮空に声をかけた。
「これからギルドに行く予定でござるから、帰ってきてからでも良いでござるか?」
「ああ、それで構わねぇよ。助かるぜ」
 駆けだしでも、商売を多少知る巴とクロウは文吉の補佐的な立場を兼ねるのでやらなくてはならない事、考えるべき事が多い。必要性から巴は各人のスケジュール管理も行う格好になる。
 では順に、開店までの冒険者達の働きを見ていこう。

「褌締め直すは男の心得と云うけれど‥‥一山当てるには一に誠意、二にマニア魂――宜しくって?」
 文吉を生徒に、クレセント・オーキッド(ea1192)はこの商売の心得を滔々と説く。
「特に誠意。言葉が分からないなんて言い訳は通用しないと思いなさい」
 クレセントは文吉にゲルマン語とラテン語も教えた。と言って、基礎から始める時間は無いので挨拶と、関係する専門用語を覚えさせる事に労力を注ぐ。ただ売り物が褌なので、傍で聞いていたルミリア・ザナックス(ea5298)が顔を赤らめるような言葉が何度も反復された。
「どうしたの、ルミリアさん?」
 教えることに夢中なクレセントには羞恥の意識はない。
「な、なんでもないのだ」
 ただルミリアの態度から察し、とりあえず一つ目の課題にぶち当たる。
「ああー‥‥そうね。これって重要かしら」
 クレセントは『女性でも安心』をセールストークに組み込みたかった。とした場合は男女の下着の違い等も関係してくる。話が専門的になるので文吉をアーク・ウイング(ea3055)に渡し、ルミリアと女性用の褌の事を相談し始めた。
「お邪魔のようだから、僕とあっちで話をしようよ」
 アークもちょうど文吉に経費に関して認めて貰いたい事があった。
「こ、こんなにか‥‥ぐっ」
 文吉は試算された経費表に目を通し、息を詰まらせる。それをアークは一つ一つ理由を説明した。
「宣伝費は風御さんの持ち出しで何とかなったけど、最初の物入りは仕方ないよ」
 文吉が妻帯者なら夫婦二人で始める道もあるが、独身で店舗を持つなら従業員を雇わなくてはいけない。本来なら歩き売りからが妥当だから手順が逆だ。
「江戸で探すと高くつくから、明日から近隣の村を回って目ぼしい人を探すよ。希望があるなら今のうちに言ってね」
 とても10歳とは思えぬ行動力だ。ふと奥の喧騒に気づいてアークが顔をあげると、クレセントとルミリアの会話にいつのまにか菊川響(ea0639)が混じって議論が白熱していた。
「だから黒猫褌が無理なのは仕方無いとしても九尺褌は譲れない! 腰巻なんて嫌だ」
 謎の言葉を多用して力説する菊川。これが江戸の実力者と言われる男だというのだから、江戸の未来は明るくない。今年は世紀末、無事に千年を迎えられるか心配だ。
「文吉殿、そんな所に居ないで貴方もこちらに来て話に加わって下さい」
 応援の欲しい菊川は文吉を呼ぶ。
 こいつら一体‥‥と文吉が目を丸くした頃にギルドに行った暮空とレディス・フォレストロード(ea5794)が戻ってきた。
「張り褌はしかと届けて参りましたぞ。これもユーの御蔭でござるよ」
 暮空が風御凪(ea3546)に礼を言う。張り褌とは張り紙の代わりに、越中褌や六尺褌に宣伝文句を書いたもので、風御が併せて15枚を無償で提供していた。
「そう言って貰えると、俺も診療所から持ってきた甲斐がありましたよ」
 風御は草鞋を履き、入れ替わりに外に出る様子だ。街医者としてそこそこ知られてきた彼は、回診のついでに文吉の店の宣伝と古褌の回収を行うつもりだ。風御は普通に振舞っていれば人品確かな志士に見えるが、これが無類の褌好きという噂、生業の評判以上にソッチの方が知れているというから相当である。
「私の方も、知り合いにこの店の宣伝をお願いしてきました。みんな、新しい物がすきですから、少しは期待できると思いますよ」
 レディスはシフールには珍しい神聖騎士で、心理カウンセラーを生業にするから付き合いが広い。時間が短いのでどれ程の効果があるかは分からないが、少しでも評判を取れるなら御の字だろう。
「あたしもいっしょにいくわ〜っ☆ あのねー、おてらにいけばふんどしもらえると思うのよ。おぼうさんのふんどしって、どうかしら?」
 パラのジュディス・ティラナ(ea4475)は暮空をパパと呼ぶ少々変わった娘だ。褌を入れる背負い袋を手にして、慌しく風御を追いかける。
「好みの分かれる所じゃないですか?」
「そうかなぁ‥‥おせんこうのにおいがするし、おきょうがかかれてるからおまもりになるとおもうわっ☆」
 お坊さんの匂いがするのよとジュディスは小声で言い足す。褌が好きらしくパラの少女は風御の後を付いていき、自分でも風御から借りた六尺褌を締めていた。
「あんた達は、一体何者なんだ?」
 褌に対する拘りに寒気すら覚えた文吉の問いに、風御が振り向いて答える。
「ただの褌好きな冒険者ですよ」
「‥‥」
 文吉の横顔を観ていたレディスは、そろそろ限界と察して声をかける。
「‥‥少し、休憩にしましょうか」
 レディスは文吉には祭りで手に入れた茶器を使わせた。茶は菊川が手伝ってルミリアがいれた。

 休憩の後、巴が暮空とクロウを連れて外へ出かけようとするとクレセントがそっと耳打ちしてきた。
「明日、文吉さんを連れて行くから、今日のところは程々でいいわ」
「分かったぜ」
 同じ冒険者、考える所は然程変わらない。大勢でいけば相手も身構えるので、段階を踏むことにした。
 巴達の向った先は店が縄張り内になる地回りの親分の屋敷だ。
「今度ご近所に小さな店が一軒、開くらしいや。それで挨拶に来たのかい?」
 煙管から煙草を吸いながら、親分は挨拶に来た三人を眺めた。
「うふふ、その節はよろしくお願いしますヨ」
「これはつまらない物でござるが、御近づきのしるしに」
 暮空が差し出したのは菓子折り。ただの菓子折りではない。使い古されて山吹色を放つアレが敷き詰められている。ソッチの趣味のない親分は気づくと即座に投げ捨てたが。
「まぁ‥‥世間にはあんなのを好む輩もいるってことだな。面倒が起こらないように見張ってくれるなら、こっちは助かる」
 翌日、改めてクレセントが文吉を連れて訪問した時には地回りとはすんなりと話がついた。
 ところで店の場所だが、紆余曲折の末に冒険者長屋の並ぶ界隈に決まった。巴は月道の近くを推していたが重要施設故に審査が厳しく、ましてや古下着屋では許可は出なかった。

●開店
「いらっしゃい、いらっしゃぁ〜い☆」
 準備が佳境に入ると、冒険者達の動きも活発化した。
 ジュディスは上半身はジプシー姿だが下半身は風御から借りた褌を締め、帯の後ろにふさふさ根付を挟んだ際どい格好で街中を練り歩いた。
「ほんじつかいてん『やぎさんのおみせ』でかいてんきねんセールをおこなってまぁす☆ おぼうさんのおまもりふんどしやおんなのこようのふんどしもあるわよ〜っ☆ 」
 店名はやぎさんのおみせ、ではない。候補は冒険者達から沢山集まった。夜着屋、股吉、亀屋文年堂、越中屋、タフヤギ屋、夢褌‥‥それぞれに味があって良い。協議の末に風御の出した『若葉屋』に落ち着く。その風御はジュディスの後ろを付いて行き、古布をビラ代わりにして道行く人々に配っていた。

「いらっしゃいませぇ」
 こじんまりとした店構えの若葉屋の前では、レディスが客引きに精を出している。道行く人々がシフールに目が向いて振り向くと、門前に置かれた褌招き猫と、アークが江戸近郊の村から探してきた少女が褌着用で露出気味の姿を曝しているのに通行人は度肝を抜かれる。
 ‥‥十中八九が違う類の店を想像して店内に入る訳だが、さして広くない店内は所狭しと古褌が並べられている。入ってきた客が男性ならば文吉か着流しにノルマン製フンドーシ姿の菊川が応対し、女性ならばクレセントが接客する。巴とルミリア、アークは主に裏方だが、交代で客の前にも出た。
 初日の客は冒険者関係が多かった。外国人の客は江戸の月道がイギリスに繋がっている事からイギリス人が大半を占めた。開店が月道が開いて数日後で、宣伝効果もあったので客入りはまずまずだ。これらの人々は若葉屋を商店として見てくれたが、江戸の人々には娼館の類と映ったらしい。
 初日から奉行所の同心が飛んできて、文吉は取調べを受けた。

「娼婦ではござらん。‥‥左様、先刻から説明いたしておるように、これが現在の褌在庫希少という危機的状況に対する唯一の手段なのでござるよ」
 事情聴取を受けた暮空は謎の言葉で取り調べの侍を煙にまいた。結果的に、ギルドの手代まで呼ばれて説明する羽目になる。若葉屋はわずか一日で営業がストップし、それは随分と江戸の町人の話題に上った。
「ひどい目にあったぜ」
 二日間こっぴどく絞られた文吉がようやく放免されると、待ち構えたようにクロウが金貨の袋を彼に渡した。
「こいつは?」
「何を云っているんですか。もちろん、売り上げですヨ」
 初日の売り上げを覚えていた文吉は首を捻る。多すぎる。仮に三日間無事に営業したとしてもこの半分以下がせきの山だ。
「好評でしたヨ。この資金を元に、ぜひ若葉屋の営業を再開してくださいネ」
 これはあくまで噂だが、この前日に江戸のどこかで闇のオークションが開催されたという実しやかな話がある。参加者全員が褌に穴をあけた覆面姿で出席という、俄かに信じがたいほどの狂宴であったそうな。