●リプレイ本文
●彼岸を覗く目
「ここだ」
ジーン・グラウシス(ea4268)とヒュウガ・ダン(ea7568)は冒険者街に程近い川原に来ていた。昼間は人通りもあるが、夜になれば時には無人となる。
この場所で野村助右衛門の死体が発見されたのだが、痕跡は何も残っていない。
「あそこの橋から落ちたのだそうだ。見た者はいないが」
ジーンは指差すと、ヒュウガはそちらを見て首を振った。
「不確実な情報はいけません。今分かる範囲でかまいませんから可能な限り、確実な線から始めましょう」
「‥‥目立ってしまうが、仕方ないか」
二人は移動した。久地藤十郎から聞いた場所へ移動する。
「事件当夜、この場所で久地と野村が別れている。‥‥久地の証言を疑うならば酒場まで戻る手もあるが、あの通り視認できる距離だから問題なかろう」
「では始めます」
人通りは少なくないが、ヒュウガはその点には目を瞑るとして呪文を唱え始めた。本来は、精霊魔法の発動は系統に合わせた色の光を伴うので街中での多用は憚られる。彼の場合は体が銀色に光る、今回は少しでも誤魔化そうと金色のローブを借り、あまつさえ金髪のジーンにわざわざ同行をお願いしていた。
ジーンは心の中で思った。
(「‥‥よけいに目立つのじゃないかな?」)
実際、二人が何をするつもりなのかと道行く人々の注目を集めていたがここまで来てしまった以上、ヒュウガは気にしない事にした。
「よみがえるがいい!」
ヒュウガはビザンチン出身のバード。詠唱したのはパースト(過去見)だ。術者に過去の映像を垣間見せるこの恐るべき魔法はそれが目に見えるものであるならば、あらゆる秘密を暴き出す。
「見えたか?」
「‥‥もう一度試してみよう」
何度も試した結果、今のヒュウガのパーストで見られるのは一日前が限界だった。一ヶ月以上前の野村が殺された日まで遡るのはヒュウガの限界を大幅に超えている為に不可能だ。
「申し訳ない、無駄足をさせてしまいました」
ヒュウガは素直にジーンに詫びた。
「いや、何事にも失敗は付き物だ。好きで付き合ったのだから謝ることはない。折角だから聞き込みを続けようか?」
二人はその場で半ば大道芸人と化していたから、通行人が足を止めて彼らを見ている。ヒュウガは微笑し、流暢な日本語で通行人の一人に話し掛けた。その様子を見ながら、もし魔法で事件の真相が見えていたらどうなったかとジーンは思った。
「最近、知り合いが簪乱れ椿とかいう武器を手に入れてねぇ」
フレーヤ・ザドペック(ea1160)は酒場で岡引の千造と杯を重ねていた。
「これが一見装飾品だが、実は武器というえらく物騒なものだ。しかも、ナイフより軽い。ジャパンも恐ろしい武器があるものだなあと」
妙齢の女性が延々と武器談義を続けるのは如何なものか。いや個人の嗜好に可も不可も無いが。フレーヤは千造が簪を使う殺し屋の手下を捕らえたと聞き、簪暗器について千造に熱く語るのだった。
「ジャパンには至近距離から相手に致命的打撃を与える恐ろしい技を伝える流儀があるだろう?」
女戦士が言うのは中条流や陸奥流にあるスタッキングPAの技だ。相手の射程圏内に飛び込まなくてはならない為に難易度も高く、実戦でこれを極めた者は稀と言われている。
「犯人はその辺の流派の使い手では無いかと思うんだけど、どうよ?」
「ふん、てめぇなんぞに言われなくてもこの千造親分は先刻承知だぜ。だが簪に気づくとは目の付け所は悪くはねぇな」
千造は野村殺しの下手人は簪を使う殺し屋と断定し、鴫の伝八の手下を捕まえていた。伝八はその年齢も風貌も知られていないが常に武器として簪を使う殺し屋だ。
「なんだ、じゃあ事件はもう解決したも同じ?」
「お、おう、当たり前じゃねぇか」
千造の歯切れは悪い。手下を捕まえたは良いが、強情な男でまだ伝八の事を一言も吐かせる事が出来ないでいた。
「俺も簪が欲しいなぁ」
「へ、女はこれだからいけねぇや。だったら頭に乗せてる枝垂れ桜はなんなんでぇ」
千造はフレーヤの銀髪にさされた簪を指差した。
「実用品としてだって」
「はぁ?」
「ふ、そんなんで良く岡引が務まるな」
千造が何か言いかけたが、その時、二人の席に近づく者があった。
「親分さん、わたくしもご一緒させて頂いても宜しいですか?」
上品な物腰で千造に微笑みかけた、桂照院花笛(ea7049)である。フレーヤをチラリと見てから、花苗は千造に近づいた。
「おう、遠慮なんか要らねぇや。ここに来て座んな」
花笛は千造の手柄話を聞きたいと言ったので、岡引は上機嫌だ。今回の事件で己がいかに活躍したか、そして活躍するかを熱弁する。
「でも、どうして凶器が簪だと分かったのでしょう? わたくしは女ですから、髪飾りが人殺しだとは余りにも‥‥」
「へへ、素人には分からねぇだろうが、この千造の眼力にかかったが下手人も運のツキよ」
千造の話から、どうやら野村の外傷は首筋の刺し傷一つだけで間違いないようだ。評判の剣の達人を簪一本で仕留めるのは凄腕の殺し屋以外には考えられないと千造は力説した。
「野村様の腰の物は?」
「川で発見された。大方、橋から川に落ちた時に落としたんだろうな」
花笛は簪の出所にも拘っていた。彼女は小間物屋を歩いて同様の品物について調べたが、これは時期が悪い。三月前なら殺しに使える簪と言えばそれなりに珍しい物だったが、夏祭りの時に越後屋が福袋の中に暗器かんざしを入れたので、現状は誰が持っていても不思議はなく、またそれを調べる事は不可能と言って良い。
「‥‥何か?」
花苗はふとフレーヤの表情が気になって声をかけた。
「ううん、別に」
フレーヤは千造の話を改めて聞くうちに何かが引っかかった。
(「‥‥何だろう?」)
●庭師と学者
「いい天気ですねぇ」
死先無為(ea5428)は依頼が始まってから自分の借家を出て、ずっと同じ宿に泊まり、窓から江戸の空を眺めて過ごした。傍目には依頼を放棄して油を売っているようにしか見えないが、同じ宿には喜三郎が泊まっている。無為は喜三郎の監視役だった。
「これは口止め料です。‥‥が、貴方が既に喜三郎様から金を貰っているというのならば、それ以上の額を出しましょう。だから、もし喜三郎様から何か聞かれても、特に何も無かったと言うのですよ?」
監視だけでなく、無為は宿の従業員に5両の金を掴ませて江戸についてからの喜三郎の動向を洗った。宿の者の話では喜三郎は江戸見物に来たと云っているらしく、事実頻繁に外出していた。この時代、大した用も無しに旅行する人は稀であるから、宿の者もワケアリと推測してはいたが、喜三郎自身は物腰も柔らかく、身なりもきちんとしていて商家の番頭風であるため、それほど危険視はされていない。
「‥‥さて、行きましょうか」
この数日というもの、無為は一日中窓から外を眺めて、喜三郎が出てくればすぐさま下に降りて尾行を始めた。
「今日はどちらにいらっしゃるのでしょうね」
無為は己の隠行の技を過信はしていなかったので喜三郎との間には十分な数の通行人を置いた。見失う事も屡だが、その時は諦めた。彼が尾行を始めてから喜三郎の日課として安定しているのは必ず冒険者ギルドに寄って状況を確認している事だ。それ以外では日本橋界隈で呉服屋や小間物屋を冷やかしたり、吉原で遊ぶ事も二度ほどあった。今のところ不審な人物の影は無い。もっとも無為の技では吉原の大門の内側や大店の中まで覗ける訳ではないので完全とは言い難いのだが。
「‥‥ふむ」
喜三郎の監視は特に支障も目に見えた障害も無かったが、無為が気を揉んだのは冒険者達の訪問だ。この依頼自体が他の冒険者には秘密だったから、彼らに見つかるのも都合が悪い。
「もし、旦那さん」
喜三郎が宿の廊下を歩いている時に、庭師の男が彼に声をかけた。ちょうど外出から帰った所だったので、振り返った喜三郎と無為はうっかり視線が合う。アッと思ったが、無為は自然に見えるように目線を声がした方に向けた。
「旦那さん、この簪を落とされたでしょう?」
そう言って喜三郎に掌の上の簪を見せたのは庭師の片桐惣助(ea6649)である。化けている、とまでは言わない。惣助は事実、庭師を生業にしている。
「あれ、その簪は‥‥?」
喜三郎は目を丸くして、惣助の手からその簪を摘み上げる。
「ああ、違いますよ」
だがすぐにフッと息を吐いて微笑し、庭師の手に返した。
「旦那さんのモノじゃないんですか?」
「はは、男の私が簪でもあるまいし、贈る相手もいやしませんよ」
惣助が上方風の簪だから、てっきり旦那の持ち物かと思ったと言い訳をすると、これは上方風に似せてあるが本物の上方の簪は姿も滋味も違うと教えた。惣助は髪飾りに詳しくも無かったので、へぇと感心したように頭を下げた。後で簪を用意した小間物屋で尋ねると喜三郎の指摘はあながち誤りでは無かった。
「これはお返し致します、どうか何も言わずお引取り下さい」
庭でのちょっとした事件の後に無為が部屋に戻ると、宿の主人が彼が口止め料を渡した従業員を連れて先に待っていた。従業員の様子が少しおかしいので主人が調べると無為が渡した大金が出てきて、事が露見したらしい。
「ご亭主、僕の話も聞いて下さい」
「いいえ、何も詮索は致しませんので、どうかこの場は何事もなく宿をお発ち下さいませ」
主人は頭を下げ、頑として動かない。余程厄介ごとが嫌なのだろうか、無為が何をしていたかを知って見逃すのも如何かという気もするが、面倒が嫌いな無為は主人の言葉に従った。また、片桐もいつのまにか宿から姿を消していた。
さて、野村殺しの再調査の方はと言えばヒュウガをつれたジーンが続けていた。ギルドで野村助右衛門の事を調べた彼らは、野村の流派が示現流であると知る。野村は流浪の期間が長く、年齢も高かったが仕官の望みを捨てていなかったようで、日頃はギルドに居る事は少なかった。立ち入り先を調べるのは骨が折れそうだ。
「野村は酒には強い方だったのか?」
ジーンは野村の友人で今回の秘密の依頼人でもある久地藤十郎に野村の事を尋ねる。
「下戸では無いが、酒豪とも言えぬ。程々であったかな」
「ではあの日、あの場所で野村と飲んでいたのは偶然か? それとも何か訳が?」
久地は尋問調子のジーンの質問に不快感を示した。久地は良く言えば豪放磊落、直情型の性格で何度か仕官を逃している男だったのでその辺りは露骨に顔を赤くした。
「おぬしら、まさかこのワシを疑っておるのではあるまいな。事と次第によっては只ではすまさんぞ」
「あ、いや‥‥非礼はお詫びします。けれど私達は野村さんの事を知りませんので貴方よりお聞きするより他は無いのです」
若干の疑念は無くも無かったがほぼ本心だろう。
久地や野村の妻女の証言によれば、野村は酒は嗜む程度に飲むが、泥酔したり悪酔いする事は稀であったらしい。余程何か悩む事があったのでは無いかと思われるのだが。
「今思い返してみれば、野村の様子は少し違っていたような気も致しますが、心当たりは無いのです。私には何も言わずに‥‥」
「そうですか」
その他に分かった事と言えば、久地から喜三郎が仇と追っている菅谷左近の話を聞いた。菅谷は野村と同郷の浪人で、野村とは古い付き合いだったようだ。野村と同時期に江戸に来たが、最近は疎遠になっていた。
「前に野村から一度聞かされた事がある。剣では菅谷に勝った事がないと、野村ほどの男が言うのだから、相当な使い手よ。或いは奴が何か知っているかもしれぬが‥‥行方が分からぬ」
喜三郎に依頼された冒険者達が菅谷を追いかけ、どうやら取り逃したらしい。もはや江戸を離れた公算が高い。事件の真相は冒険者達の前になかなか姿を表さない。
「喜三郎に接触する方法は無いか?」
ヒュウガはジーンに相談した。彼はパースト以外にも魔法を持っていた。それを喜三郎に掛ける事が出来れば、彼の正体や目的を確かめることは可能かもしれない。しかし、接触魔法なのでおよそ10秒の呪文を唱えた直後に喜三郎の体に触れていなくてはならず、通常の方法では気取られずに実行する事は至難だ。
「寝ている所を狙うのが一番だけど‥」
失敗した時には言い訳の余地が無くなる。
これ以上は、関わるには背負う荷物が重くなりそうだった。