●リプレイ本文
●分れ道
「それにしても、女性は本当に『鬼』なのでしょうか?」
もし聞いている者が居れば、それが妙齢の女僧の口から出た言葉だけに意味深に聞こえたやもしれない。
ギルドからの道を歩く焔衣咲夜(ea6161)の頭からその疑念は離れなかった。
「‥‥」
共に歩く仲間が静かなのも依頼を受けた9人が一様に同じ物思いに沈んでいたからか。
「では、ここで分かれよう。俺は依頼人の男からもう少し詳しい話を聞いておきたい」
分れ道まで来た所で、大神森之介(ea6194)は江戸に残って情報収集することを告げる。大神は侍、馬で追いかければ合流出来ないこともない。
「俺も残るよ。依頼人に用があるんだ」
僧兵の冬呼国銀雪(ea3681)が言った。しかし、銀雪は馬に乗れない。遅れる事になる。
「お前もか‥‥」
氷雨雹刃(ea7901)は秋村朱漸(ea3513)と顔を見合わせた。忍者の氷雨と浪人の秋村は知人らしく、今回は一緒に行動する。この二人も依頼人から村の事を聞き出す算段をしていた。
「おいおい、村を偵察しようってあんた達が後ろじゃ、意味がないだろ?」
呆れ顔は浪人の久留間兵庫(ea8257)。兵庫は今回が初めての依頼、いきなり仲間が分かれるのでは先行き不安である。
「んなこと言ったって、俺たちゃその女の顔も知らねぇんだぜ? パッと見て『こいつはヤバイぜ、間違いねぇ』って面なら話が早ぇが、娘さんを助けたつもりが後ろからザックリ‥‥は洒落にならねぇ」
口調は粗略だが、秋村にも一理ある。疑ってかかれば際限も無いが、冒険者は猜疑心が強いものだ。それで命を繋いだ者も少なくない。
「本当はみんなで一緒、がいいんだけどね」
ジャイアントのキルスティン・グランフォード(ea6114)は嘆息した。彼女もギルドに用があったが、諦めて大神に頼むことにした。いつもの事だが、面倒な依頼だと心中で呟く。
「‥‥遅くとも半日だな、それ以上は待てんぞ?」
話を聞いていたウェス・コラド(ea2331)が言うと、冬呼国と氷雨は頷いた。四人は後発として江戸に残り、残る5名――コラド、グランフォード、久留間、焔衣、それに女志士の御神楽澄華(ea6526)は先発として村に直行する。
御神楽は大神達に声をかけた。
「村は尋常ならざる惨禍の中です。必ず、追いついて来て下さい」
「出来ればそうしたい」
この事件は実の見えない暗闇。村へ向うのは一刻を争うようで、彼らが着く頃には村人が女を捕縛している可能性は低くない。真実が見えないから9人が寸暇を惜しみながら先と後に分かれたのも、なんら理に反した事ではなかった。
●鬼の村
「着いたが‥‥」
山道を急いだコラドら先発組の5人は大神達と合流することなく村の近くまで来ていた。二組は共に馬持ちの武士と徒歩の者が混在する。急ぐ彼らに後発の4人が追いつけないのは道理だ。
「先に着いてしまったからには、私達で様子を調べる方がいいのではありませんか?」
澄華が言った。村は目の前なのだ。
「遠目には‥‥村はどうやら村のままだけど、近づいて見なくちゃ分からないよ」
「私も賛成です。助けを待っている村人が居るかもしれません」
キルスティンと咲夜は調査に賛同。
「状況的にはもう鬼は逃げたあとってのが一番ありそうだ。時間を余している間に追いつけない所まで離されるのは御免だな」
兵庫もそう言ったのでコラドも頷いた。どの道、コラドもそのつもりだった。
「あやしい者じゃない。自分達は冒険者だ、この村の長に会わせてもらえるか?」
村に入った所で出遭った村人に、キルステインは言葉を選んで説明した。状況が不明な以上、余計なことは話さない方がいいと考えて。
「鬼に全滅された線は消えたか‥‥存外に普通じゃないか」
キルステインは首を回す、建物の影や窓から村人の視線が感じられた。不安と怯えが窺えるが、余所者に向けられる反応としては普通で、陰惨な事件の後としては妥当だ。
「安心するのは早いがな。普通が異常でないと決め付けるのは早計というものだ」
ウェスは小声で注意する。話している間に、数人の村人が5人に近づいた。
「この村の名主でございます。冒険者とお聞きしましたが、どのような御用でしょう?」
「私達は‥」
澄華が依頼の事を話すのを止めて、ウェスは名主の老人と向き合った。
「女を探している」
ウェスが女の名前を口にした途端、村人の顔色が変わる。
「知ってるようだな。では女の所まで案内してもらおうか」
村人から見れば冒険者は胡散臭い余所者だ。ウェスは意識して高圧的な態度を取ったが、この場は押し問答になった。仕方なく、5人は名主の家で来訪の目的を告げるのだが‥。
「なんですと!」
名主の驚きは只事ではなかった。
「だから女が夫を殺す現場を見て、依頼人は恐くなって江戸まで逃げてきたんだ‥‥その後の事は知らないが、依頼を受けて、こうして俺達が鬼退治に駆けつけた次第」
村人の反応をいぶかしみつつ、兵庫は立場を明らかにする。
「それでは、あべこべでございます」
名主の返答に、今度は5人が驚く番だった。
長い前振りは済んだ。ここからが本編だ。
●江戸⇔村
依頼人の泊まる宿は森之介がギルドで聞いていた。それでも4人が馬喰町の宿屋を訪ねた頃には、仲間と別れて半刻が過ぎていた。
「親しい人の惨状を見て恐怖するのは判ります」
冒険者に対しても怯えた態度の依頼人に、森之介は諭すように話した。
「されど、これ以上の被害を出さない為にも協力、お願いできますか?」
「‥‥」
銀雪は大神の隣に座り、依頼人の姿を観察した。
「はあ‥‥協力と言われても」
半病人の青白い顔をした男は口篭った。
「ハッキリ喋りやがれ! こっちはてめぇの仕事でこれから命賭けようってんだぜ?」
「ひっ」
朱漸が声を荒げ、男はおびえる。
「ほら、早ぇとこ鬼の面とか村の地図とか書いてくれりゃあいいのよ。なあ兄ぃ?」
筆と紙を依頼人の前に転がして、朱漸は部屋の後ろに立つ雹刃を見た。
「‥‥」
朱漸を無視する雹刃に、浪人の顔が凶悪に歪む。
(「コイツすかしやがって、‥‥いつかぜってぇ〜コロス!」)
忍者から視線を外した秋村は乱暴に畳を叩き、依頼人を睨みつけた。
「だ・か・ら‥‥グダグダぬかしてねぇで早くしねぇ!」
「ひぅっ」
八つ当たりされ、ますます依頼人は怯えた。
体を丸めて震える男に、4人は苛立ちを覚えた。
「あべこべとは?」
聞き返す冒険者に名主の口は重い。ウェスが詰め寄る。
「ご老人、重要な事だ。包み隠さず話せ。私達は鬼退治に来た、それが誰であろうと鬼は倒し、始末をつける」
「し、始末を‥」
言葉を詰まらせる名主に、澄華が説得を重ねた。
「鬼は悪霊の類かもしれません。‥‥討つべきは人でなく、見えないあやかしです」
今回の鬼=憑依説は冒険者の中で根強い。
人間が鬼に変じる話はそれこそ枚挙に暇がないが、悪いモノが憑いたケースは少なくない。世に狐憑きというが鬼も変わる所ではなかった。
「尤も、鬼のせいとは限らないぜ。表にはでなくとも殺すしかないと思っちまうような、深い情念があったのかもな」
言ったのは兵庫。口を出したのは決め付ける事が危険と思ったからだが、兵庫も尋常でない手口は物の怪の類と推測している。冒険者らの話を聞き、名主は口を開く。
「分かりました。では、私に付いてきて頂けましょうか」
「名主様!」
立ち上がった名主に、他の村人はまだ半信半疑な顔だ。
「‥‥良いのだ。どの道、お役人様に来て頂いても同じことだろうさ」
このままでは埒があかないと銀雪が切り出した。
「俺達と、村まで一緒に来てくれないか?」
依頼人を同行させる案は仲間内でも疑問視されていた。だが鬼との対決を色々な側面で考えると都合がいいのは確かだ。
「とんでもねえ! 俺は鬼を見た、のこのこ村に戻ったら殺される!」
激しい拒絶。
「しかし、唯一の証人のキミが居ないと鬼にシラを切られる恐れがあるんだけど‥‥その女が、鬼が来て夫を殺したと言っていたら、俺達にはどうしようもないからね」
銀雪は話しながら、鬼とは何と人にとって都合のいい存在かと心中で思っていた。人の都合で鬼が創られる、それもまた真実の一つなのか。
「人がモンスターになる話は珍しくもない」
そう言ったのはウェス・コラドだが、果たして鬼とは何であろう。
「俺は‥‥とにかく村には、一緒に行けねぇ。‥‥頼むから、あんたらだけで行ってくれ」
両の手で覆った依頼人の顔は涙で濡れていた。
●鬼退治
「この納屋におります。何分、正気を失っておりまするゆえ、語る言葉も要領を得ません」
名主は冒険者を女の居る所まで案内した。彼の話では、事件の夜、村人が駆けつけた時――女は殺された夫の側で放心したように座り込んでいた。
現場の状況と、逃げ出した男の姿を見た村人が居た事から、村人達は男が女の夫を殺して逐電したものと考えた。ともかく奇怪な事件だったから名主はとりあえず女を保護し、人をやって役人に届け出て、今は役人が来るのを待っている所だった。
「妥当な判断だな‥‥では始めるか。心配するな、役人に説明はしてやろう」
虚ろな女の姿を一瞥し、ウェスは目で咲夜に合図した。咲夜は数珠を握り、経を唱える。デティクトアンデッドだ。本来は鬼を探知する魔法ではないが、見えない鬼‥‥死霊や魔の存在を知る事が出来る。
「どうだ?」
もしこれで反応が無ければ、次は村人を集めて、その後は村の中と周囲で探知魔法を試すつもりだった。
「この近くには居ないです」
「そうか‥‥憐れだが、過酷に生きる事は、過酷に死ぬよりも辛い」
ウェスは女の側に跪いた。何をするつもりか、彼は仲間達の方を向いて片手をあげる。すると澄華が腰に差していた小太刀が飛び、ウェスの手に収まる。高速詠唱のサイコキネシスだ。
「あっ、何をする!」
「この女、正気に帰っても平穏な生は送れまい。この場で始末する」
ウェスは小太刀を呆けたままの女の胸に突きたてようと腕を振り下ろした。
グサッ。刃を濡らす鮮血が、その場にいた人々を驚愕させる。
「っ‥!」
短刀を受けてウェスは小太刀を取り落とした。
「驚いたな、キミは鬼か?」
咄嗟に短刀を放った大神が姿を見せる。その後ろには冬呼国、秋村、氷雨も居る。後発組は遅れを取り戻そうと急ぎ、漸く村に到着した。
「試してみただけだ」
ウェスは何事も無かった様に立ち上がる。
ところが。
閃光の如き銀光がウェスを切り裂いた。
「まさか‥‥あなたが鬼だったとは‥‥」
仲間の血糊で濡れた刀を振り、澄華が敵意に満ちた目をウェスに向ける。
「何?」
刀の重さを乗せた志士の一撃は完全な奇襲、江戸で名を知られたウィザードが咄嗟に地中に潜ることさえ出来なかった。
「御神楽っ!」
「まだ息があるのですね。ですが我が力は魔を絶つ炎刃‥‥お覚悟を」
重傷のウェスを見据えて、詠唱に入る澄華。
「カァ〜ッ、なんちゅう修羅場‥‥いってぇ、どっちが鬼だってんだっ?」
朱漸は刀を抜いたものの、澄華とウェス、それに女に順に刀を向けて頭を抱えた。
「はまった」
キルスティンは苦笑した。誰が鬼であろうと、このままだとウィザードと志士を駄目にされる。生き残ることさえ危うい。
「ここは危ない! 名主さん達は外に逃げるんだ!」
ともかく村人の安全をとキルスティンは声を張り上げ、腰を抜かした村人の腕を掴んで引き立たせた。澄華達を止めようにも、彼女の金棒は殺さずに誰かを止められると言い切れるものでは無い。
「援護を頼むよ」
銀雪は秋村達に言って御神楽の前に出た。ピュアリファイを試す為だが、至近距離に近づいての10秒の無防備な詠唱は御神楽にその気があれば必殺の隙となる。
「刀を退け!」
細身の体をいかして回り込んだ兵庫はウェスの手前で澄華の刀を受け止める。
「退けません、私には分かります。彼が鬼だったんです!」
「そんな訳があるか。仲間だろうが」
鍔迫り合いはほぼ互角、兵庫は必死の説得を続ける。冒険者は所詮は金で雇われた者達だが危険な仕事だけに強い信頼関係を築く者も少なくないのは事実だ。
「仲間‥‥?」
志士の殺気が鈍った。
(「今だ!」)
後ろから近づいた朱漸と雹刃が同時に襲い掛かる。
「あっ」
連続したスタンアタックは澄華の意識を刈り取った。雹刃は足で澄華の赤く燃える日本刀を納屋の隅に蹴り飛ばす。少し遅れて銀雪の魔法が気絶した澄華を撃つ。
「やったか?」
特に変化は見られない。
「変だなぁ。ありゃ間違いなく正気じゃなかったぜ‥‥」
朱漸が首を傾げる。と、後ろで呪文を唱えていた咲夜が叫んだ。
「居ます! そこに!」
先程は感じられなかった不死者の反応、だが咲夜は女志士の倒れた辺りを指差した。すると、まるで黒い影が立ち上がるように澄華の体から何かが湧き上がり、見た事の無い裸身の女が現れる。
「‥‥真打ち登場、ってとこかな?」
「待ってた!」
弾かれた様に動いたのはキルスティン。突進した女戦士は金棒で裸の女を突き刺す。女は壁に叩きつけられ‥‥その鋼を叩いたような手応えにキルスティンは舌打ちした。
「ふふ、私が恐くないの?」
金棒で壁に押し付けられてなお、女は愉快そうに笑みを浮かべた。だが雹刃は女の視線が一点に動いたのを見逃さなかった。
(「あれは御神楽の‥刀?」)
バーニングソードをかけられた日本刀は持ち手が昏倒しても、赤い炎を揺らめかせている。
「兵庫! 刀だ!」
一番近くにいた久留間の名を叫ぶ。気がついた久留間が足元の刀に手を伸ばし、女は束縛から逃れようと身を捻った。刀を掴んだ浪人が下段から女の体を切り上げる。
「‥‥残念」
間一髪、女の姿はその場から掻き消えていた。
「私、何と言う事を‥‥申し訳もありません」
意識を取り戻した澄華はまだ少し混乱していたが事情を説明されると仲間達に詫びた。
「なぜあんな事を?」
「分かりません。どうしてか‥‥ただあの時はウェス様が鬼だと、そんな気がして‥‥そんな筈は無いのに」
「記憶があるのか。きっと鬼に操られていたのだろう」
確かな事は不明だが冒険者達はそう結論づけた。
程なく村にやってきた役人達にも鬼の仕業と報告し、逃げられた事も話す。未だ正気の戻らない女は寺に預けられる事となり、依頼人の疑いも晴れた。
冒険者達は釈然としなかったが名主は大層彼らに感謝し、女を江戸の寺に預けるついでにコラドの傷を回復できるだけの金まで用意してくれた。
「ありゃ本当に鬼だったのか?」
「さてな。地獄の鬼とて人の業には適うまい。この世で最も恐るるべきは‥‥やはり人よ」
江戸に戻る途中で雹刃はそんな言葉を呟いた。