●リプレイ本文
●遭遇
間近から唸り声が聞こえた。
(「鬼? 近づきすぎたか‥‥」)
駿馬の背に跨る白髪の武士は馬から跳び降りた。交戦は避けたいが、馬に乗ったままでは戦えない。
と、刀を抜いたのと殆ど同時に風を切って槍が飛来した。
「うっ」
避けきれず肩に槍を受けた夜枝月奏(ea4319)。草むらから青い肌の山鬼が姿を見せると、夜枝月は歯を噛み鳴らし、鬼にぶつかっていく。
「ハァ、ハァ‥‥」
山鬼に止めを刺した奏は懐から小瓶を出して中身の魔法薬を飲み干した。
「あんたがやったのか?」
奏が死体を処理している所に氷川玲(ea2988)と西園寺更紗(ea4734)、それに秋月雨雀(ea2517)の三名が追い付いた。
「ええ‥‥君達だけですか。他の人は?」
「うちらだけどす。偵察を手伝わせてもらおう思うて」
更紗の話では、忍者の枡楓(ea0696)も急いで向っているという事だが、徒歩では半日は遅れるだろう。残りの冒険者7人は更に半日あとの到着だ。
「相手は1人でしたか?」
しゃがんで鬼の骸を調べていた雨雀が尋ねた。奏は頷く。山鬼は女だった。近くに籠が落ちている。山菜でも取りに来たものか。用心のため四人は場所を移動した。
「長居は無用ってことだな。見るものを見たらさっさと合流しよう」
物見を生業にする氷川はそう言って馬を手頃な木に繋ぐ。人と騎馬では鬼に発見される確率が全然違う。といっても馬は大事だから放置は出来ず、秋月がその場に残り、三人は村に近づいた。
「村は完全に鬼のものです。外からでは村人の姿は見当たりませんでした」
約1日後に後発が到着し、偵察組からの情報を聞く。危険を冒せないので遠目に村の様子や鬼を確認しただけだから詳細は分からない。
「いま楓が探りにいっているが‥‥生存者は絶望的だろう」
十分に想定していたのか冒険者の動揺は少なかった。
「村人の無念は俺達が鬼に思い報せてやろう。弔いはその後だ」
煙管をくわえた壬生天矢(ea0841)の言葉に冒険者達は頷く。
「忍びじゃからして、偵察はうちに任せておくのじゃ!」
楓は小さな胸を叩いて隠密偵察を請け負った。今回の武士主体のメンバーで彼女は唯一の忍者だ。勇んで村に乗り込んだ。
●山鬼の村
「どーえ゛ーっ」
くのいちは死に物狂いで走る。潜入は露見し、彼女は山鬼達に追いかけられた。
何がいけなかったのか。少し運が悪かったのか、楓の忍びの腕が未熟だったのか‥‥少なくとも、そんなことを考える余裕は今の彼女には無い。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬー!」
自慢ではないが楓は戦闘力が低い。諜報力も‥‥大器晩成だ。それが花咲く前にこんな所で山鬼に嬲り殺される運命だったとは。
「‥‥ここで見捨てたら寝覚めが悪いよな」
物陰に身を沈めていた菊川響(ea0639)は短弓を構えて、矢継ぎ早に放つ。
楓に肉薄した山鬼の一体は突然の矢に悲鳴をあげる。
『人間だ! 人間の襲撃だ!!』
オーラテレパスを使用していた響は鬼達の声を聞いた。
「久々の戦いで私の勘も狂ったかな。‥‥ともかく、楓さん達を助けて一度後退しましょう」
待機する仲間達に秋月は合図を送る。
「やれやれだぜ。そいつは俺の役目だな」
薮から飛び出したのは音速浪人の二つ名を持つ時雨桜華(ea2366)。時雨のあとを壬生、氷川、夜枝月の三人が続いた。
村から楓を追ってきた鬼は少数。精鋭四人が群れに突っ込むと、途端に足並みを乱した。
「今のうちだっ」
六人は鬼を無理に倒そうとはせず、鬼の増援が来る前にその場を離れた。
斥候が発見された事で鬼達は警戒を強めた。冒険者達は村から離れた場所に隠れ、目の良い更紗が遠目に村を観察したが、複数の見張りが配置されていた。
「こそっと侵入したのじゃが‥‥面目ない」
一命を取りとめた楓は頭を下げる。
「全くだ。あんたのせいで俺達の命が危険に曝されてる」
氷川は憎まれ口を叩いた。斥候がそれほど都合の良いものではない事は氷川自身が良く知っていたが、楓は本職だから甘い顔はしない。職人気質な男である。
「んー‥‥この程度は想定内ですよ。作戦は予定通りに行いましょう」
そう言うと、秋月は地面に木の枝で村と彼らの現在地を書いた。
「警戒されてる所に正面から行くのか?」
「逃げる途中でこちらも何人か敵の戦力を減らしましたから‥‥今の所は五分と見てもいいと思いますよ」
山鬼が回復魔法を使う話は聞いた事がない。対して楓達はポーションと秋月の助太刀に来た嵐山虎彦のリカバーで全快していた。
「言われてみりゃ、その通りだ。俺達は鬼退治に来たんだからな」
口端を歪めた時雨は馬から荷物を下ろし、襲撃に使う得物を選びだした。時雨は大層な物持ちで、馬と驢馬に溢れるほどの荷を背負わせている。数ヶ月前までは遠い異国でその日の食事に事欠いていた貧乏浪人だったのだが、人は変わるものである。
「郷に帰った初依頼だ。逃げ帰ったんじゃ、格好がつかねえ」
時雨は夜枝月を見た。2人は先日の月道でジャパンに戻ってきたばかりだ。
「‥‥我々の矜持は別にして、鬼をのさばらせておく理由はないですね。私もここで戦うべきだと思います」
「は! そうこなくちゃ嘘だぜ!」
ジャイアントの僧兵、阿武隈森(ea2657)は大きな手で膝を叩いた。
「帰るなんて言いやがる野郎がいたら、俺が拳で改心させる所だぜ」
「誰が言うかよ。あたしはまだ何もしてないんだからね、やってやるさ」
浪人の馬籠瑰琿(ea4352)は心外だとばかりに鼻を鳴らした。
危機感を持たぬ訳では無いが、全員の意見はほぼ戦う事で固まっていた。方針が決すると12人には交代で休みを取り、夜明けを待った。
●正面突破
空が灰色に染まる頃、一塊となって12人の冒険者は村に迫った。
『人間だ! 人間どもの襲撃だ!!』
見張りの山鬼らは叫ぶのがやっとだった。
「スールの誓いを胸に巌流、西園寺更紗参ります」
言葉は通じないが、更紗は名乗りをあげる。見張りの鬼は雪崩れをうって押し寄せる手錬れの戦士達になす術もなく倒され、冒険者達は村の中に侵入した。
「山鬼風情が調子に乗った罰だ。とっととあの世へ逝きな!」
槍を手に外に飛び出した山鬼の腹に、森の六角棒がめりこむ。
「正に、村にわらわら鬼が笑‥ってね」
時雨は、村のあちらこちらから鬼が現れるのを眺めていた。
小屋から出る鬼を射抜いた菊川は前に出ようとする時雨に声をかけた。
「乱戦になりそうだ。離れるな」
「‥‥難しいぜ。困ってる奴は助ける、それでいいじゃねーか?」
12名は四組三名ずつに分かれている。阿武隈、菊川、時雨は支援班としてやや後方にいた、前の三班は既に乱戦状態だ。
「時雨殿に前に出られると、俺が困る」
話すうちに、鬼が4体、菊川達に接近した。ちょうど前の仲間を援護しようと呪文を唱えていた森が後ろから殴られる。
「よくも!」
森は六角棒を薙ぎ払った。鬼の持っていた棒が半分に折れる。
「仕方ねえな‥‥」
時雨は菊川を狙った鬼を阻んだ。大きく振り被って放たれる時雨の二刀攻撃は鬼を一撃で倒す威力を持っている。仮に一体ずつ戦うなら、彼一人でも10体は屠る。だが乱戦では如何なる達人も無敵では在り得ない。
「ここは通れないよ‥‥」
前衛、右翼班の秋月、風月皇鬼、嵐山虎彦の三人は乱戦に参加せず村の奥まで走った。目的は鬼の退路を絶つことだ。図に当たり、子供を逃そうとした鬼の一団と遭遇する。
無論、三人で村の出口を塞ぐことは出来ないので、鬼の戦士達が秋月達を押さえる間に鬼の子供がその脇をすり抜けていく。しかし、そこに秋月の罠が仕掛けられていた。
『ギャアア!!』
何も無い空間で突然、鬼子の体が血塗れになる。バキュームフィールドだ。子供とは言え致命傷には至らないが、見えない恐怖が鬼の子供達の足を止める。
「だから忠告したのにね‥」
秋月は笑みを浮かべた。だが怒りに燃えた鬼の戦士に囲まれ、表情ほどの余裕は無かった。
「ほら、かかってきな!」
前衛、中央班の馬籠は戦場の高揚と同化していた。馬籠は更紗、楓と背中合わせにして戦い、彼女らは乱戦の中心となっていた。次々と現れる鬼を倒すのに忙しく、ともすれば自分の傷に気づかなかった。
「あんた、大丈夫かい? 血が出てるのじゃ」
「こんなのカスリ傷さ。あたしはまだまだやれるよ!」
中央班は回復手段に乏しい。馬籠がポーションを持ってはいるが使う暇もない。
「無理したらあきまへんぇ」
更紗が言った。彼女は小柄な体格ながら身の丈より大きな長巻を振り回して戦っていた。
「馬籠はんが倒れたら、うちらも終りや」
更紗の見る所では楓も限界が近い。今のところ更紗自身は持ち前の体捌きで余裕があるが、それも味方の援護あっての事だ。西園寺は打開策を探した。
「‥‥仕方ない、秋月はんの所まで行きますぇ」
秋月と一緒に戦う嵐山は回復魔法の使い手だ。しかし‥‥。
「あそこまで行くのか‥‥無茶を言うのぅ」
秋月達も鬼の一団と交戦中で、更紗達と彼らの間にも鬼がいる。回避に自信のある更紗はまだしも、楓と馬籠には厳しい。
「ふ、面白いじゃないか」
馬籠はとっくりの濁酒を口に含んで刀に吹き付けた。げん担ぎの仕草だ。
「むぅ、うちも臨機応変がいい気がしてきたのじゃ」
これ以上は抑えられなくなる前に、三人は一斉に飛び出した。
「焔に焼かれて散れ!!」
前衛、左翼班は最も多くの鬼と戦った。夜枝月が自分と一緒に戦う壬生、氷川にバーニングソードをかけていたので目立ったという事も一因だろう。またこの三人はそれぞれサポートを必要としない剣豪だったから、他の班よりは大きく広がり、冒険者側の人数の不利を補っていた。
「あと一息ですよ‥‥」
氷川にポーションを渡しながら、奏は戦況が終盤に差し掛かったのを実感した。冒険者達もそれぞれ限界だった。
「なんか強そうな奴がいるな。あんたと俺なら楽勝だ」
ポーションを飲んだ氷川は、中央班が苦戦していた山鬼の一団を指差す。おそらく戦士級だろう。
「よし、ここらでケリをつけよう」
目配せをして、壬生が先に出る。氷川が横につき、奏は後ろに回った。
『ウガ!』
山鬼戦士は向ってくる三人に気づいて槍を繰り出す。一撃は刀で弾いて、間合いをつめた壬生はソードボンバーを放った。衝撃波は戦士の後方にいた鬼までも巻き込む。
体勢を崩した鬼の腹部に、横合いから滑り込んだ氷川の小柄が深くめり込んだ。
「往生しな‥‥」
鬼は死んだら仏になるのか。それとも地獄しか行き場は無いのか。
戦士が倒されると、鬼達は崩れ始めた。逃げる鬼を冒険者達は追撃しなかった。それだけの余力が残っていなかったからだ。
戦いのあと、傷ついた仲間達が治療をする間に村を見て回った冒険者達は村人の無惨な死体を発見する。一縷の希望を持っている者には残酷なことに生存者はいなかった。
1日かけて死体を弔い、冒険者達は帰還した。