●リプレイ本文
●漁村
良く晴れた昼下がり、キャメロットから漁村まで続く古い街道は日差しが燦燦と照り付けていた。
「お、おめぇら‥‥少しは‥‥」
道の真ん中で大荷物を背負ったファイターの青年、アーウィン・ラグレス(ea0780)は息をつく。汗だくになり、息も絶え絶えな様子である。何しろ、彼一人でパーティ全員分の荷物を運んでいたから無理も無い。
「んー、もうヘバったのか? 自分で言い出しときながら、根性が無いんだな」
前を行く浪人、名無野如月(ea1003)はからかうように言った。
「んなこたぁねぇ‥‥だけど、何でこんなに‥‥荷物が多いんだ?」
アーウィンが安請け合いをしたからだ。村までの8人分の食糧と水、寝袋、それに雑貨類を合わせれば相当な量になるのは当たり前だ。
「余計なもんが入ってんじゃねぇのか‥‥」
納得出来ないのか、背負っていた袋の中をゴソゴソとかき回す。
「‥‥なんだこりゃ?」
出てきたのは耳と尻尾がついた肌着。
「仮装パーティでもやるのか?」
「おい」
振り向くと側にライラック・ラウドラーク(ea0123)が立っていた。目に剣呑な光が宿ってる。
「なに勝手に乙女の肌着を漁ってんだ?」
気がつくと他の仲間達も白い目でアーウィンを見ている。
非常に不味い状況だ。
今回、どういう訳か男は彼だけで、あとは全員が女性冒険者だった。
「男の子やねぇ」
ノルマン出身のファイターのクィー・メイフィールド(ea0385)は、楽しげにカラカラと笑う。
「何か? え、変態ですね」
同じノルマン人のカシス・クライド(ea0601)はイギリス語が堪能でない。クィーから説明されて、冷たい視線をアーウィンに向けた。
「うっ」
言葉は分からないが、それだけ余計に傷つく事もある。
「うむ、白昼堂々と下着泥棒とは見下げ果てた下郎じゃな。だが仕方あるまいて、妾の美貌が罪なのじゃ」
そう言ったのはノルマンの騎士、エリス・マーラカイト(ea0345)。ちなみにエリスはスレンダーボディの13歳、手を出すと色々と犯罪だ。
「‥‥不潔です」
ボソッと呟いたマイ・レティシアス(ea0328)の一言は的確に彼の胸をえぐった。
「なっ、ちが‥‥」
反論しようにも多勢に無勢。半ば遊ばれているのは明白だが。
それから漁村までの道中、アーウィンのタオルは汗と涙に濡れて渇く事は無かったという。
「いやいや、こんな美しい方達に来て頂けるとは、思いもよらず嬉しい限りです」
村長は満面の笑みで、冒険者一行を出迎えた。
「今年の水泳大会は盛り上がるでしょう」
「ほーほっほっほっほ! 当然じゃ! 妾が大会に出場すれば盛り上がるの間違いなしじゃ!」
腰に手をあてて高笑いするエリス。
さて、基本的に全員はスタッフだが、エリスとライラック、それにバードのオフィーリア・ベアトリクス(ea1350)は選手としても参加する予定だった。
「あの‥‥ホントに、わたくしも出場しなくてはいけませんか?」
オフィーリアは躊躇いがちに聞いた。
「せやなぁ、大会を盛り上げるためには出てほしいとこやね」
クィーは他の二人の参加者に視線を向ける。
「仮装とお子様だけやとちょっと弱いやん。それはそれでマニア心をくすぐるんやけどな」
「誰が幼児体型じゃ!」
陰口には敏感なエリス。
「そこまでは言うてへんがな。‥そういう訳やから、諦めて参加してくれんか。洒落みたいなもんやから、優勝なんて狙わんでええから」
「で、でもわたくしは‥‥」
しかし説得され、仕方なく頷くオフィーリア。
「はぁ」
「では当日は船をお借りして、私達はクラゲ対策と、溺れた人の救助という事で」
カシスはクィーを通訳に、スタッフとして大会時の分担を村人と話し合った。
「クラゲ対策に、目の細かい網とかあったら欲しいなぁ」
クィーが聞くと漁師の一人が柄の長いタモ網を貸してくれた。これでクラゲをすくい取る。
小船にはカシスとクィー、それから漕ぎ手としてアーウィンが同乗する。コースは広いので、他に村の若者も二艘の小船を出す。
「では私達は本部の救護班ですね」
解毒剤を用意してきたマイは、名無野と大会本部付だ。
「村長、ここらはゴブリンが出ると聞いたが?」
警備も兼ねる名無野は、モンスターについて聞いた。
「はい、ですが襲ってくる事は滅多にありません。浜に干した魚を盗んでいく程度でして、まさか大会は大丈夫でしょう」
近隣の村からも参加者が集まるので当日は結構な人の入りになる。ゴブリンが乱入する可能性は低い。反対に他の村の方が不安なくらいだが、元々それほど数は多くないそうだから、心配するほどの事は無いと思えた。
「では水泳大会、頑張って盛り上げるでー」
あまり抑揚のない声でクィーは掛け声をあげた。
●水泳大会
まだスタート前だというのに、観客から、どよめきに似た歓声があがる。
原因は三人の冒険者にあった。
「おーおー、ヤローどもの視線が痛いぜぇ」
ライラックは兎の耳と尻尾の皮を縫いつけた肌着姿で現れた。
「ほ、本当に‥こんな格好で‥盛り上げるんですか‥?」
同じ格好で出てきたマイは余程恥かしいのか、涙目でもじもじしている。
「こういうものは初めてだが、なかなか良いな♪」
如月は状況を楽しんでいた。
大会を盛り上げる為に、ライラックが提案した。彼女は扮装癖がある。キャメロットのような都会では仮装した姿を見る事はあるが、漁村ではその奇異な姿は注目の的だ。
「受けてる、受けてる。マイももっと胸を張んな。これも仕事なんだから、サービスしなくちゃ」
「盛り上がってます? それなら‥‥」
マイが手を振ると、観客から一際大きな歓声が上がった。
確かに盛り上がってはいるが、‥‥少々主旨がずれている気がしないでもない。
「ぬぅ‥‥妾よりも目だっておるのじゃ。予定では、嗚呼っ、『エリス様万歳!』という妾を讃える歓声が聞こえてくる筈じゃのに、このままではマズイのじゃ!」
妙な対抗意識を燃やすエリス。
「優勝は渡さないのじゃ!」
エリスは、兎耳をつけた格好のままでスタート位置にやってきたライラックを見上げ、宣戦布告する。
「へ? ‥‥もしかしてエリス、賞品本気で狙ってる?」
大会本部には海産の珍味と一緒に、愛らしい男の子が椅子に座っていた。ライラックとしては結婚は御免だが、ラッピングしてお持ち帰りしたい気がしないでもない。
「ななな、何を言うのじゃ。妾が欲しいのは海産物の方じゃ。食費が浮くから‥‥け、ケチっていうな! お、落ちぶれ貴族は貧乏で厳しいのじゃ! お魚なんて久しく食べてないのじゃ‥‥」
俯いたエリスは、周りの視線に気がついて顔を赤くする。
「騎士様も大変なんだなぁ。俺はアンタも応援するぜ!」
「俺もだ!」
妙に人気が出た。観客の視線を浴びて自信を取り戻すエリス。
「という訳で結婚は辞退するのじゃ。妾にはもうすでに心に決めた人が‥‥って、何言わせるのじゃ!」
放っておくと限りなくボケていくキャラらしい。ちなみに漁村の人達は存外にゲルマン語が分かる者が多かった。
「‥‥意外に強敵かもね」
「さて開始前から異様な盛り上がりを見せています!」
本部前、司会進行役を買って出たアーウィンが喋っている。
「そういう訳で!! 今年も開かれました恒例の水泳大会! 穏やかな青い海に今日は嵐とかが吹き荒れたりなんかします!!」
道中の汚名を返上しようとしてか、張り切るアーウィン。
「そいじゃ参加者諸君、用意はいいか? ‥‥スタート!」
合図と共に砂浜を一斉に駆け出す選手達。大半が漁村の若者だけに、恐れも無く水飛沫をあげて海へと飛び込んでいく。所で賞品が男の子だというのに男性参加者の数が少ないのはどういう訳だろうか? 都会では教会の教義もあって同性の結婚は認められていないが、田舎だと性が開放的なのかもしれない。
「みんな頑張れ!‥‥って、いきなり溺れてる」
浜辺でスタートを見守っていた如月は、のっけからの脱落者に慌てて海に飛び込んだ。
「た、助かりました」
オフィーリアである。溺れたせいで身に着けていた肌着は乱れ、濡れそぼったセミロングの黒髪が白い肌に張り付いてやけに艶っぽい。
「どこか痛めたのか? 足を見せてみろ」
「いえ、大丈夫です。その、わたくし‥‥泳げなくて」
溜息をついて俯くオフィーリア。
「‥‥‥なに?」
気まずい沈黙が流れた。
浜辺の様子はとりあえず置いといて、レースの方に注目しよう。
序盤、並み居る水練の達人たちを抑えて先頭に立ったのはライラックだった。
「うぇっ、水の抵抗が‥‥耳付けたままだと泳ぎ難っ!!」
ライラックは力技のクロールでガンガン飛ばした。
「むむ、妾も負けてはおれんのじゃ!」
対抗心を燃え上がらせたエリスの技に、観客から一際大きな声援が起きた。
「ほーほっほっほっほ! これで優勝は決まりじゃな!!」
エリスは観客に見えるよう、立ち泳ぎで踊って見せた。上手とは言えないので、溺れているようにも見えるが。
「エリスちゃんやるなぁ。これがレースやってこと忘れてるようやけどな‥‥」
選手達と平行して移動する小船の上では、クィーとカシスがレースを観戦していた。
ちなみに彼女達の船はアーウィンが一生懸命ひとりで漕いでいる。
「これが馬車馬のように働くってやつか?」
「あっちにクラゲが浮いてます。危険です、アーウィンさん、急いで向って下さい」
タモを持ったカシスの指示で、オールを握る手をガムシャラに動かすアーウィン。しかし、彼の汗ほどは小船はスピードが出ない。船乗りではないのでそう上手くは船を操れない。
「急いで! 船が曲がっていきますよ、何やってんですか!」
「分かってるって‥‥くそ!」
今回、アーウィンは良い所が無い。本人はそういう時もあると観念した。
浜辺からはアーウィン達の船の挙動不審ぶりを観客の漁師達がゲラゲラと笑っていた。彼らは目と耳がいいので、漫才のようなやり取りも聞こえていた。
「あの‥‥わたくしの服はどこに?」
着替えようと仮設更衣室に入ったオフィーリアは自分の服が無くなっている事に気づく。
「ん、そんなはずは‥‥あれか?」
如月が辺りを見回すと、オフィーリアの旅装束が砂浜を歩いている。‥‥ではなく、どうやら食糧を狙いに来たゴブリンが彼女の服を盗んでいったようだ。
「取り返してこよう。‥‥そのままだと風邪を引く、代わりにこれを着ていろ」
「あ、ありがとうございます」
言われるままに着替えてオフィーリアは愕然とする。それは予備の兎耳のついた肌着だった。しかもサイズが合っていないから、隠すべき所が隠れていない。
「ひゃ‥‥こんな格好でどうしろと‥‥」
所で更衣室は一つしかないので、いつのまにか棄権者が天幕の周りに集まっていた。
「早く出てくれ。いつまで着替えてんだよ」
「だ、だめです。入ってこないで!」
絶体絶命のピンチ。
「騒がしいですね?」
更衣室でオフィーリアが窮地に陥っていた頃、マイは海岸で水の上に木彫りのアヒルを浮かべてひっそりと一人で遊んでいた。‥‥おいおい。
「これで‥落ちたら‥アヒル隊長とカルガモ隊が‥」
アヒルと一緒に木彫りのカルガモ隊も浮かべる。なんだか楽しそうだ。
再び海上。レースは中盤に突入していた。
「‥‥ここまでかな」
力尽きたライラックはゆっくりと海の中に沈んでいった。リタイアだ。彼女は勝てないと悟り、見せ場を作る事に専念したのだった。
一方、エリスの方はようやく我に返ってレースに復帰していたが、もはや勝利は絶望的と言って良い。
小船の面々はまったりとし始めた。
エンジンである所のアーウィンがオーバーヒートした為にコース標識のように浮かんでいるだけになってしまったからだ。
「カシスちゃーん‥あっついわー‥死ぬほどええ天気や‥。っていうかこのままやったらアタシら焼け死んでまんやないかー?」
暇にまかせてクィーはカシスに話しかける。
「焼け死ぬ、ですか‥この暑さを利用して何か出来ませんかね、例えば‥無意味にクラゲを捕まえて干からびる様を見るのもまた一興かも知れません‥」
「ふははは苦しめ苦しむがいい。ってヤツやなー。ここは悪の帝王を目指して見るのもええかなー。この水泳大会を阿鼻叫喚の地獄絵図に‥」
暑さのせいか、二人の会話が奇矯な方向に転がっている。
「そして悪の権化とばかりにクラゲを参加者に投げつけて‥はっ、いけません、何かの意思が私を誑かし‥」
「アタシもやー‥これがダークサイドの魅力ってヤツやなー怖や怖やー。‥‥暇や」
「‥‥」
アーウィンは二人の会話に色々と突っ込みたかったが、力尽きて動けない。
「‥ええ、ダークサイド恐るべしです。それはそうと‥暇です、結論はそこに至りますね‥。ところで‥これは食べられるのでしょうか?」
先にタモで捕まえたクラゲを見つめる。
「‥どうやろ? あとで村の人に聞いてみるかー」
ジェリーフィッシュは知識さえあれば調理できない事は無い。どちらかと言えば珍味の部類だが、イギリスではあまり食される事は無い。普通に食べても美味くは無いだろう。
レースは無事に終了した。
優勝したのは隣の漁村の若者(男)だ。快活な笑みを浮かべ、賞品の男の子を抱かかえて去っていった。‥‥まあ細かい事は気にしないでおこう。
優勝は逃したが、冒険者達のおかげで大会は多いに盛り上がった。
依頼の目的は完遂したわけだ。
村長は冒険者達に礼を言った。
「楽しかったで。来年も手伝いに来るからなー」
帰り道、見送る村人達にクィーは手を振った。余談だが、スタッフの仮装は来年から定番化しそうだった。村の名物としてはインパクトがあって良いが、行く末は少し不安である。
「‥なんだか‥楽しかったです、ね」
マイは兎耳をつけたまま、アヒル隊長を抱き締めて微笑む。その様子があまりに自然体なので、突っ込むべきか仲間達は悩んだ。
「‥‥」
帰りの道中、オフィーリアは殆ど無言だった。彼女の服は何とか取り返すことが出来たが、村人達の前であられもない姿を曝した事は人見知りする彼女には大きな衝撃だったようだ。
「ふぅ‥‥暑いな。仕事だから仕方がないが、私も泳げば良かった。また来たいな‥」
如月は照りつける太陽を薄目で見て、呟いた。
「‥‥」
ちなみに、帰り道もアーウィンが彼女らの荷物を持ったのは言うまでもない。