●リプレイ本文
この依頼を受けた者が7名。
内1名が欠席し、6名が仕事に取り掛かった。
活劇役者の風月皇鬼(ea0023)、用心棒の鷹翔刀華(ea0480)、海人の本所銕三郎(ea0567)、泳法指導の緋邑嵐天丸(ea0861)、壷振り師の御藤美衣(ea1151)、ナンパ師のクリス・ウェルロッド(ea5708)‥‥いずれも江戸では名前の知られた者達ばかりだ。
ギルドを出た6人は近くの雑林で作戦を話し合った。
「内倉兵庫とは知らぬ名だが、俺より強いとは上等だ。相手に不足は無い‥‥束で挑んで勝算は五分というところだろう」
風月皇鬼が云った。皇鬼は分かりやすい男で、無難な戦力分析をする。
「‥‥理由無く他人を打ちのめすだけでなく、徒党を組んで襲うのですか?」
クリス・ウェルロッドは表情を曇らせた。ロマンチストの彼には美学に反する仕事だろう。
「今更、何を言う?」
依頼の事情は不問、その条件で受けた依頼だ。
「まさか調べるなんて言わないでよ。あたい達は仕事をこなすだけで十分、下手な詮索はしない方が良いの。お節介は嫌われるだけだもの」
御藤美衣にも言われ、クリスは溜息をつく。
「‥‥失言でした、すみません。私も全力で戦います」
仲間達は頷いた。アルスター流射撃術を修めたクリスの弓は本人が思っている以上に強力だ。威力は二線級だが、狙えばまず的を外さない。
「ところで、一本取るとはどの程度で言うのだろうな」
「倒してしまえばいい話だ。殺さない限り、何をやってもいいのだろ?」
風月の問いに、無愛想な口調で鷹翔刀華が答える。曖昧な成功基準だが、カスった程度では一本とは云わないに違いないと、冒険者達の見解は一致した。倒す気で攻めることになる。
「それじゃ、話はこれで大体決まりだな。へへ、俺が一番手に行かせてもらうぜ」
緋邑嵐天丸は内倉が強いと聞いて、早く会いたくてウズウズしていた。嵐天丸は今回最年少の14歳、駆け出しとは呼ばれないだけの経験を積んでいる。
「ああ、まずは様子見だがな。相手の腕前を知らない事には、策もないだろう」
本所銕三郎は嵐天丸の支援に入る。
ひとまず作戦が決まり、6人は分かれた。
「なあなあ、アンタさ、内倉兵庫って言うんだろ?」
長屋から出てきた兵庫を、待ち伏せていた嵐天丸が声をかけた。
「いかにも‥‥某に何か御用ですかな?」
内倉兵庫は緋邑の想像より貧相なナリをしていた。背は少年と変わらぬほどだが嵐天丸が筋肉質なために並ぶと一回り小さく見える。面構えも覇気に乏しく、暗愚な凡相。知らずに往来ですれ違っても心に残らないだろう。
「へえ、人は見かけによらないって言うが、本当かね。実はアンタが剣の腕前があるって聞いたんだが、どういう風になったら強くなれるか教えてくれねえか?」
嵐天丸は率直だ。
「某の剣を‥‥どなたから聞かれたかは存じませんが、某は他人に剣を教えてはおりません。どこか道場の門を叩かれるが宜しかろう」
「そんなつめてぇ事云わずに、なあなあ、教えてくれってばよ」
嵐天丸は諦めず兵庫に纏わり付いた。
「そう云われましても、某には用がありますゆえ」
兵庫は港で荷役の仕事をしていた。成り行きで嵐天丸も働く。
「あんちゃん、力があるなぁ。どうでぇ、そこの浪人の代わりに明日から来てくんねぇか?」
「頭、それは殺生だ」
「うちは実力主義だからよ」
青くなる兵庫と人足頭の顔を見比べて、嵐天丸は笑顔で云った。
「そんなら、オレに剣術教えてくれよ」
夕闇の頃、築地の港からの帰り道。嵐天丸は兵庫の先を歩きながら、しきりと彼に話しかけた。
「そうですか、緋邑殿は夢想流を。某は武蔵先生に憧れて二天一流を志しましたが、ついに二刀を操ることは出来ませんでしてな‥‥この通りの非才ですから、いやお恥かしい」
「そうだぜ。佐々木や二天なんざ大兵の剣法じゃねーか」
嵐天丸は素直に笑った。突き詰めていけば剣は体力だ。技や心は力を補うが、力は無用ではない。では兵庫の技とは‥‥嵐天丸はそれに気が付き始めていた。
タタッ、タッ。
話しながら歩く浪人2人を眺めて、刀華は駆け足で近づいた。まだ抜いてはいない。
「あっ」
嵐天丸が声をあげた時には刀華はすれ違いざまに鞘から刃を走らせていた。陸奥流の居合いが兵庫を襲う。
「っ!」
兵庫はこの不意打ちを避けた。空振りした刀を鞘に収めた刀華は反撃を警戒して飛び退く。
「‥‥緋邑殿、某から離れて下され。お主も、この若者は某と何の関わりもござらん故、手出しは無用にござるぞ」
そう兵庫に云われて、刀華は無言で緋邑を見たが少年は首を振る。この場で彼女に加勢はしない様子だ。
「承知した。では行くぞ」
黒髪の少女は再び刀を鞘に入れたまま間合いを詰めた。元より刀華は剣術では勝負にならないと踏んでいた。だからこそ、この技で、せめて一撃なりと与えようとしたのだ。
愚直とも思える選択だが、この場の襲撃者は彼女1人ではない。
この時を狙って、隠れていた銕三郎とクリスが同時に動いた。
(「主よ‥‥。全ては貴女の御言葉のままに‥‥」)
「あっ?」
本所が唖然としたのはクリスが弓でなく、酒入れの瓢箪を構えていたからだ。瓢箪を兵庫に向って投げつけるクリス。一拍遅れて、本所も殺気をこめて石礫を兵庫に撃つ。
「悪いな、私はタダのカカシだ」
仲間の姿を認めて刀華は呟く。
ガッ。
「くっ」
兵庫の当て身を受けて、細身の刀華の体が崩れる。瓢箪が地面に空しく転がり、礫は外された。
「‥‥見届けた」
銕三郎は退いた。なお弓を構えて戦おうとするクリスの首を掴んで、一緒に逃げる。
「何をするんです、まだ‥‥」
「今はいい、ヤツの技は分かった。あんたが負けたら、後がないぞ」
初襲撃は、見物人が集まる間もないほどの短い活劇だった。
「‥‥ここは?」
「某の荒ら屋でござる。窮屈でしょうが、終わるまで此処で寝起きをして頂きます」
気絶から目覚めた刀華は兵庫の長屋まで連行された。或いは奉行所に突き出されるかと思った刀華だが、その気は内倉には無いらしい。
「家族はどうした?」
室内には誰もいなかった。
「妻と娘は知人の家に行かせました」
兵庫が依頼の件を知っているのは事実のようだ。しかし、それなら狙われやすい長屋に居続けるのはおかしいが‥‥何か理由があるのだろう。
「何故という顔をしておられる‥‥行き届いたご配慮でござる」
内倉はそれ以上語らず、寝る時には刀華を縛った。
翌早朝、御藤と緋邑が長屋を訪れた。
「こちらの用件は分かっていると思うけど、人気のない所で決着をつけましょう。ついてきて頂戴」
「心得ました。支度を致しますので、お待ち下さい」
兵庫は刀華の戒めを解き、刀を差して御藤達についていく。その道すがら、嵐天丸が兵庫に話し掛けた。
「あのよ‥‥確かに俺は冒険者だけど、俺は奇襲とかでアンタを襲うつもりはねえよッ」
「某も正々堂々とお相手仕ろう」
着いた場所は人気のない神社の境内。右手に龍叱爪をつけた風月と刺叉を構えた本所が出迎えた。
「逃げずに来るとは殊勝な心がけだな。当て身技を使うようだが、俺には通用せんぞ」
風月と本所は左右に分かれた。嵐天丸も距離を取り、ちょうど三人で兵庫を囲む。
「‥‥後は頼んだ」
武器を持たない刀華が突然、兵庫に掴みかかった。刀華の突きを紙一重で躱した兵庫は左手で十手を引き抜いて彼女の首筋に叩き込む。それが合図となる。
「むぅんっ」
距離を詰めた皇鬼は鉤爪を連続して繰り出した。三連撃、だがそれを兵庫は全て避ける。
(「‥‥これを躱すか!」)
皇鬼は心中で唸った。達人の域に達した武道家の攻撃を見切れる者は少ない。それも三対一のこの状況で。
「‥‥」
(「当たらんなぁ‥‥」)
続いて銕三郎の刺叉が空を切る。兵庫は殆ど動いていないのに命中しない。まるで陸奥流の師匠から聞いた名人の技を見ているようだ。そして兵庫の刀と十手が防御を捨てた皇鬼の体に吸い込まれる。
「効かんっ」
常人を超える体力を誇る皇鬼に当て身技は無力だ。しかし刀は、武道家の肉体を切り裂いた。この攻防が続けば危ない。だが逆に言えば皇鬼は兵庫を引き付けてくれる。
「これが俺現在の最高の攻撃だっ」
嵐天丸は吠えた。
「結局、今の私にはこれしか無いですね‥‥」
木の影に隠れていたクリスは中弓に矢を番えて、兵庫を狙った。一歩間違えば接近戦を仕掛けている仲間に当たるが、レンジャーに焦りは無い。二本同時に撃ったり、鎧の隙間を狙わなければ、彼の矢はまず外れない。
風を切って飛んだ矢は皇鬼に当たった。
「あれっ?」
気を取り直して第ニ射、また外れる。それは彼が初めて対峙した限界を超えた領域だった。
クリスは一度、攻撃を止めた。撃ち続ければ当たったが、その間に何度仲間に誤射するか分からない。
「効いてくれェ!」
嵐天丸は居合いを放った。居合いは先に鷹翔が試みて破れている。だが、夢想流には更なる奥義がある。ジャパンではこの流派のみが伝える世界的にも稀な抜刀の極技だ。
「某の負けでござる」
冒険者達は勝った。嵐天丸の居合いは命中しなかったが、兵庫が全員を倒し切る前に偶然か努力の賜物か、一撃が入った。内倉は敗北を認めた。
「‥‥一本取ったのか?」
「左様」
刀を下ろして静かに答える兵庫、皇鬼は境内を見回した。嵐天丸が倒れている。銕三郎も蹲って動かない。刀華は気絶したまま、クリスは止めを差される寸前で、皇鬼も満身創痍だが気力で立っている。無傷なのは隠れていた御藤のみだ。
「そうか‥‥一本取るまでが俺達の受けた依頼だった。これで止めだな」
「かたじけのうござる」
内倉は冒険者達に礼を述べて、境内を去った。風月は兵庫が立ち去った後、回復が必要な者にポーションを飲ませた。
冒険者達は依頼の約束を守り、詮索をしなかったのでこの話の顛末は分からないままだ。依頼を果してギルドに戻った彼らを手代は大いに労った。兵庫に矢を当てたクリスには特別報酬が与えられた。
「何が貰えるんです?」
「大鎧です」
「‥‥私では、着れませんけど‥‥」
他の物は無いかと云うので手代は少し考えて、戦いで使ったポーションと矢代に替える提案をした。皇鬼は相当な散財になっていたのでクリスは了承する。正規の依頼料だけが残った。
「やはり‥‥俺に戦闘は似合わんなぁ。なぁ、サジマ」
銕三郎は茶をすすり、愛馬の名を呼ぶ。
茶と共に残した気持ちを呑み込み、彼らはまたすぐに新しい依頼に向うだろう。
「依頼を受けていないと落ち着かないとは‥‥やれやれ、懐は暖かくなったが性根はやっぱり貧乏浪人だな」
白い息を吐きだし、冒険者は家路についた。