●リプレイ本文
「‥‥」
音も無く降る雪をアビュダ流の戦士キサラ・ブレンファード(ea5796)は静かに眺めていた。キサラの国は日本より南にある。深深と冷える夜が無い訳ではないが、雪は降らない。
(「さ、さむぅ‥‥」)
体を震わせて、キサラは防寒具を用意しなかった事を後悔した。
寮の警護依頼を受けた8人のうち、防寒服を着てこなかったのは彼女だけだ。
「凍りそうだ‥‥身体を動かせば、少しは温かいかな‥‥」
昨年の武闘大会では武神の称号を賜った戦士は体を左右に振る。その途端、
ばむっ。
雪玉が顔に命中した。
「何の真似だ‥‥」
投げたのは同じ依頼を受けた緋邑嵐天丸(ea0861)。キサラも若いが嵐天丸はもっと若い。少年は新たな雪玉を握りながら言った。
「体を温めたいなら、相手でもしてやろうと思って」
嵐天丸はまた雪玉を投げた。真っ白な雪の塊がキサラのローブに当って砕ける。
「‥‥ほー」
キサラの額に青筋が浮かぶ。見回りのアーク・ウイング(ea3055)が来た時には二人は雪合戦の最中であった。
「何してるの? あれ、緋邑さんまだ起きてて大丈夫?」
アークが言う。緋邑は昼の警備担当、本来なら今は寝ている時間だ。
「寝たけど、目が覚めたんだ」
アークとキサラは顔を見合わせた。
「今夜は冷えるな。やっぱり中で休ませてもらうよ」
翌朝、緋邑は高熱を出した。
「貴殿は阿呆か‥‥」
真っ赤な顔の嵐天丸に志士の丙鞘継(ea2495)はそれ以上かける言葉が無かった。少年は夜間襲撃に備えようと試しに草むらの間に横たわってみたらしい。よく凍死しなかったものである。
「鞘くん、済んだことはしょうがないよ。昼間は三人で警備しよう」
丙の友人で浪人の外橋恒弥(ea5899)はのんびりとした声で言う。昼チームの残る一人は久留間兵庫(ea8257)。門の所で立ち番をする兵庫に緋邑の事を伝えると、日頃物に動じない浪人も眉を顰めた。
「依頼を何と考えているのか、意識がたるんでいる証拠だ」
「まあまあ、当日でなくて良かったと思えば」
恒弥のとりなしで緋邑のことは不問にされた。冒険者達はこの時、昼夜二班に分かれた警護体制を敷いているが、今この寮には彼らの他には松代屋の隠居と数名の使用人しかいない。無論、油断は出来ないのだが。
「‥‥忍術や魔法で侵入してくるかもしれん。出来る限りのことはしたい‥‥」
鞘継は屋敷の屋根に松脂を塗ってみた。侵入者が屋根に登った時に滑るという考えだが、ちょっと塗っただけではすぐ乾いてしまって効果は無く途中で止めた。
「はぁ、冒険者てのは妙なことを考えなさる」
松代屋のご隠居はその様子を目を細めて見ている。鞘継だけでなく、冒険者達は競って寮内に罠を設置した。二日も経った頃には庭の有様は一変し、冒険者達は顔から汗が出た。
「済んだら、戻してくれるんだろうね?」
「もちろん」
景色の変化に呆れた隠居の言葉に、恒弥は目を逸らした。罠が増えたのは警護が暇だったからだ。それでも三日目頃になると首実検の噂を聞きつけて、野次馬が姿を見せはじめた。
夜になれば、昼班の恒弥達からそれまで仮眠していた四人に警備を引き継ぐ。
「海」
「‥‥山」
もう少し捻った合言葉にするべきだと考えながら、菊川響(ea0639)はその日の報告を聞いた。
「罠は程々にね〜」
「‥‥ん、分かった」
夜班に見回りの仕事を引き継ぐと、昼班の者達は寮内の与えられた部屋で仮眠を取る。その間は完全に休みという訳ではなく、室内警備を兼ねるので必ず誰かは起きていた。
「聞いたか? 野乃宮殿がスクロールを読むことになったそうだ」
提灯をさげて寮内を見回りながら、菊川は貴藤緋狩(ea2319)に話し掛けた。
「ん、バードに断られた話は聞いていたが‥‥それでは散財だな」
バードの手間賃とスクロールの購入費では何倍も違う。
「しかし、無理もあるまい。なんともややこしい事件だからな」
「ああ、この事件も長い‥‥冒険者含め関係者も辛かろう、少しでも力になれればな」
菊川は首実検に反対意見が多い事も聞いていた。魔法で犯人を捜すことには良識派ほど拒否反応を示しているようだ。
「あんまり考え込むなよ。‥‥俺達の仕事は警護だ。それ以上でもそれ以下でもないぞ」
響にそう忠告して、緋狩は灯りの外に出た。
「一回りしてくる」
そして二日目の夜も何事もなく過ぎた。
「それがしは岸田湖平と申す、責任者にお会いしたい」
三日目、騒々しい訪問客があった。
寮内は冒険者達の意思で出入口が制限され、一つだけ開いた門の前に秋村朱漸に連れられて恰幅の良い武士が姿を見せた。
「恐れ入るが今は立て込んでいるので、用件のみ承ろう。後日もう一度訪ねてこられよ」
門番の兵庫は松代屋の客は隠居から聞いて知っているので、それ以外の人間は何人も寮内に入れない考えだった。何故連れてきたのかと秋村に視線を向ける。
「後日とはなんだ、事の重大さが分かっておらぬのか!」
岸田と名乗る男は大音声で怒鳴った。
「なに?」
「虚けが! お主のような木っ端では話にならぬ。今直ぐ責任者を連れて参れ」
騒ぎに気づいて鞘継と恒弥もやってくる。岸田という男はどこで聞きつけたのか首実検の内容を知っていて、首実検の中止を要求してきた。
「正規の取り調べも行わず、魔法で犯人を決めつけるなど神仏も恐れぬ非道な行いだ。この江戸で斯様な無法は断じて許しがたい! 貴公らに一片の良心が残るならば即刻中止せよ!」
冒険者達は固まった。彼らは江戸でも知られた実力者であり、岸田が刀を振り回してくれば幾らでも対応が出来る。相手が凶賊であれば鉄壁の守りとして機能するのだ。
「それで責任者を呼んでこいとあの剣幕か‥‥」
仕方なく松代屋のご隠居に話を通すと、隠居は岸田を中に入れるように言った。
「しかし‥‥賊の変装という事もあります。中に入れるのは危険だ」
菊川が言う。騒ぎで夜班の者達も起きていた。武士を名乗っているが定かではない。例えば忍者の中には誰にでも変装できる者もいると聞く。
「今ここには俺しかいないからね、まず心配はないだろう。お前さん達もいることだし」
隠居が言うので、冒険者達は岸田を中に入れた。隠居は岸田の話を真面目に聞いたが、首実検の中止の話になるとのらりくらりと躱した。
「‥‥良いでしょう。今日はそれがしの考えを述べたまで。だがあくまで首実検を強行なさると言うなら、何度でも来ますぞ」
ようやく岸田が帰った時にはとっぷりと日が暮れていた。
「これでやっと眠れるよ。僕は夜にそなえてすいみ〜ん。くぅ〜」
安眠妨害されたアークは寝床にもぐりこんだが、半刻もしないうちに交代時間となった。その日は睡眠不足と戦いながら、事件について考える。
「‥‥なんか大変な事件みたいだけど、とりあえず僕は警備警備と」
この岸田は言葉通りに翌日も来たが、前日の騒ぎを聞いていた岡引の千造がなんと彼を捕まえてしまった。
「それがしに一体なんの詮議だ!」
「うるせぇや、くだらねえ理由で押し込んできやがって。てめぇは伝八の仲間かおい?」
あとの面倒は置いて、ひとまずは静かになった。
そして首実検当日。
この日は嵐天丸も回復し、昼班も夜班も全員で寮の警備につく。寮の周りには早くから人が集まっていた。
「‥‥これも敵の策か?‥‥」
鞘継は疑いをもったが、確かめるすべもない。ムーンアローの事までは知らないまでも魔法で犯人探しをすることは噂として広まっているのは確かだ。
「これじゃ襲撃者が潜んでても分からないな。追い散らすか?」
緋狩は刀に手をかける。
「それはまずい。穏便に話して分かってもらおう」
菊川らが話を聞いてみると、半分以上は野次馬だが今日此処に来る関係者らの知り合いも多かった。薬売りの重蔵や久地藤十郎、野村の妻子のそれぞれの長屋の者達だ。彼らは隣人の無実を信じており、千造と冒険者らが犯人をでっち上げようとしていると危惧を抱いている。説得しようにも魔法で犯人を探すとは言えず、適当な嘘も思いつかない。
「まあまあ、落ち着いて。俺の三味線でも聴きませんか〜」
恒弥は場を和ませようとしたが失敗した。
結局、冒険者らは門を閉じて野次馬や関係者の身内を締め出す方法を取った。外から罵声がとんだが無視して、ムーンアローを使った首実検は開始される。
「ここを開けて、皆を中にいれたまえ」
首実検が始まって暫くして、7人の浪人が兵庫の前に立った。一人が開門を要求するのを、兵庫は呼子の笛を口元に持っていく。
「出来ぬ」
「私は関係者だ」
相手が抜く前に兵庫は呼子を吹く。だが鞘から抜く間も見せず繰り出された刀が兵庫の持つ笛を破壊した。
「夢想流、菅谷左近。おして入るぞ」
「なにっ!」
兵庫は間合いを取ろうと横に跳ぶ。だが門を背にした分動きに制約がある。兵庫が刀を抜く前に左近の峰打ちで意識を失った。彼が倒されるのとほぼ同時で、門の内側にいた緋狩が呼子を吹いた。
門を開けて入ってきた菅谷達を冒険者は遠巻きに包囲する。菅谷らのすぐ後ろにはまだ一般人がいるので迂闊に手を出せない。
「無益な‥‥冒険者は鬼の相手をしていれば良いものを」
包囲の輪の中へ無造作に歩を進めた菅谷に、後方から見えない刃が飛んだ。菅谷は縦に構えた刀で衝撃波を斬る。
「俺の新技を、簡単に受けやがった‥‥」
ソニックブームを放ったのは嵐天丸だ。少年が使ったのは恐ろしい技だが、この場合は相手が悪かった。野次馬達を中へ入れようとする浪人達に、冒険者は切りかかる。
「いけない、剣を引け!」
響は大声で止める。しかし、屋敷の中でも騒ぎが起こっているらしく収拾がつかない。塀を乗り越えた浪人が冒険者に矢を射掛けた。已む無く響も応戦する。
「待て! お前ら、そっちは危ない!」
浪人と刀を交えた緋狩は野次馬達が無数に罠を設置した庭に入るのを見て慌てて走った。野次馬が罠にかかる直前に鉄鞭をふるって罠を破壊する。
「あれ? あんなところから煙が‥‥火事だ!」
アークは屋敷から火の手が上がるのを見た。屋根裏に曲者が潜んでいたのだが、アークのブレスセンサーは野次馬達の息吹に撹乱されて見落としたようだ。
「これが私のイライラの原因か?‥‥分からん。まったく、街中では勘が働かないったら」
キサラは屋敷内にいる松代屋の使用人を退避させる。
すぐに冒険者達は菅谷たち所ではなくなり、消火と避難に忙殺された。その間に浪人達は逃走する。菅谷の動機は不明だが、首実検を壊すことが目的としたらそれは半ば成功した。しかし、騒ぎの前にムーンアローが薬売りの重蔵を刺していた。岡引の千造は薬売りを鴫の伝八として逮捕する。
なお延焼は防がれたものの松代屋の寮は全焼し、冒険者達は罠の後片付けをせずに済んだ。