刀と夜盗
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■ショートシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月11日〜01月18日
リプレイ公開日:2005年01月23日
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●オープニング
新年を迎えて間もない江戸の町。
「‥‥」
俗に草木も眠る丑三つ時、眠っていたこの屋敷の主人は物音に気づいて薄目を開けた。
視線の端を黒い影が通り過ぎる。木窓から射し込む月明かりに一瞬照らされたそれは黒装束を着た人間の姿だった。
「おのれ、曲者っ!」
夜着を掃って跳ね起きた主人はおのれの刀に手を伸ばした。刀の柄を掴むが、抜く前に横合いから斬り下げられた。賊は1人では無かった。黒装束とは別のもう1人が主人を斬り付けたのだ。
「うぐぐ‥‥貴様、それをどうする気だっ!」
倒れた主人の目は賊の手に握られたものに吸い付けられた。そこにあったのは家宝の刀。
「しれたこと‥‥こうするのさ」
賊は刀を振りかぶり、動けない主人を見下ろした。
「お願いでございます。盗まれた刀を取り戻してくださいませ!」
依頼があるというので冒険者ギルドに集まった冒険者達を前に、依頼人の少女は悲痛な叫び声をあげた。
「今回のご依頼は、この方の屋敷から盗まれた家宝の刀を取り戻す仕事です」
先に事情を聞いていたギルドの手代が娘に代わって依頼を説明する。
「数日前、武家屋敷に夜盗が入りこんで主人の侍が斬り殺された事件は既にお聞きでしょうか。この方は殺された侍のご息女の幸絵様。賊はお父上を殺した上に、家宝の刀を盗んでいったのでございます」
夜盗に主人は殺され、宝を盗まれた。世間一般的には悲運だが、襲われたのが武家であれば単にそれだけに終わらない。被害者でありながら、恥とされる。案の定、主家からは刀を取り戻せなければ家を取り潰すと言ってきた。
「ひでぇ話だ」
冒険者の1人がそう漏らしたが、よくある話だ。幸絵は方々に手を尽くして郊外にある夜盗のアジトまでは発見できた。しかし‥‥。
「残されたご親族は幸絵様と、まだ9歳の弟様の弥太郎様のみ。とても夜盗の所に乗り込むのは無理でございます」
母親は数年前に流行り病で他界し、頼るべき親類もいない。もはや命を限りに夜盗に向って行くしかないと覚悟を決めた姉弟を、不憫に思った下男が冒険者ギルドのことを話して説得したらしい。
「力になっては頂けませんか?」
手代は冒険者の1人1人の顔を見た。
5日以内に刀を取り戻せなくては姉弟はこの寒空に屋敷を叩き出される。それが世の習いと言ってしまえばそれまでだが、聞いてしまった以上は哀れである。
さて、どうする。
●リプレイ本文
●依頼終了
「依頼は終りだ」
ジャイアントの用心棒、荒起三田大紋(eb0425)は禿頭を撫でて淡々と言った。
「ここまで来て、それは無いだろう」
「あの‥‥私はやります」
浪人の群雲龍之介(ea0988)と鍵師の花房一慧(ea6688)が反論する。
彼らは夜盗の隠れ家のそばまで来ていた。あとは乗り込んで刀を取り戻すだけという段になって、突然大紋が帰ると言い出した。
「では我ら三人で、夜盗十人とどう立ち向かうというのだ」
大紋は腕を組んで若い二人を見下ろす。
「それは‥‥」
元々、人数の不利は承知の仕事だった。それが当初5人で受けた筈が現場に着いてみると3人。冒険者の依頼で頭数が揃わないのは日常茶飯事と聞いてはいたものの、これは酷かった。
「おぬしら、初陣であろう。このまま進めば一人で三、四人を相手に立ち回る事になるのだぞ? 殺されに行くようなものだ」
二人を諭しながら、大紋は不本意だった。血の気の多い男なのである。
だが。ここで冷静であらねば犬死と耐えていた。
「荒起三田殿の言われること、ごもっとも」
群雲は言った。
「うむ、おぬしも辛いだろうが‥」
「だが! 俺は信じる道を曲げてまで生きようとは思わん! かくなる上は敵わずとも夜盗どもと切り結び、魂魄だけとなっても刀を取返す」
覚悟を決めた龍之介に、大紋は歯軋りした。本来、一番先に駆け出している男である。「悪を前に後ろは見せられぬ、共に死のうぞ」と言えたらどんなにと思わうのを我慢して説得しているのだ。
「あの‥‥その‥‥」
二人の間で花房はうろたえる。彼女はこんな事になるとは夢にも考えていなかった。
「花房殿はどうされる?」
龍之介に問われても一慧はどう答えていいか分からない。
「‥‥私は、他人の物を奪うのは、よろしくありません」
「その通りだ」
不明瞭な返答を龍之介は勝手に都合よく解釈した。
「荒起三田殿が行かれぬなら、俺と花房殿だけで斬り込むまで!」
「むう‥」
二対一?にされて、大紋は唸った。
「そこまでの決意か」
「いや‥‥あの、でも私は‥‥」
一慧は狼狽した。彼女はこの中で最も若いが、己の未熟を自覚するだけの知性は備えている。頭でない所で考えてそうな男達とは少し違う。
だが一慧が言う前に大紋はぱっと上着を肩脱ぎにして肌を露出させた。
「仕方のない奴らだ。これほど言っても、我が輩の筋肉が見たいとはな!」
笑みを浮かべる大紋。一慧は泣きたくなった。
会話が微妙に成立していないが、三人で突入することが決まる。
●強襲、三対十!
「わっはっは、悪党など我が武術で粉砕してくれる!!」
行くと決まれば、大紋の顔は晴れ晴れとしていた。
彼は龍之介と一慧が裏に回ったのを見送ってから、隠れ家の表の戸を力強く叩いた。
「開けろ! 早く開けねば叩き壊す!」
酔漢のふりをした大紋が大音声で呼ばわると、戸の内側で複数の足音が聞こえた。
「うるせえぞ! ここはてめぇの家じゃねえ、とっとと失せろ」
「いいや、失せぬ。開けるまで動かぬぞ」
言いながら大紋はニヤリと笑い、長巻を握る右腕に力を込めた。
中で舌打ちがして、戸が開けられるや否や腕を伸ばして開けた男を表に引っ張り出す。
「あっ」
「悪く思うな、ちと予定が狂った」
転げた男に長巻を叩きつける。作戦では素手で喧嘩の予定だったが、人数不足を補うには派手な立ち回りしかない。大紋は素早く戸をくぐる。斬られた男の悲鳴で、隠れ家の中は騒然となる。
「我輩は強いぞ、まとめてかかって来い。‥‥荒起三田大紋いざ参る!」
一方、裏口に回った龍之介と一慧も同時に行動を開始していた。まず一慧が近くに人がいないのを確認してから道具を使って裏口の戸を開ける。
「うーむ、見事な手並だ」
感心する龍之介に目配せして、一慧はそっと中の様子を伺った。母屋までは約9m。他に小さな納屋が見えたが、刀は母屋の方と見当をつける。
「音を立てないように、私についてきてください」
二人は忍び足で母屋に向った。
(「5人か‥‥7人は引き受けたかったが、な」)
大紋は母屋から武器を手に夜盗達が出てくるのを、じっと眺めていた。一人ずつ始末したいのは山々だが、大紋の長巻を恐れて向うからは掛かってこない。
「‥‥てめぇ、どこの者だ!」
「我輩は通りすがりの素浪人、荒起三田大紋」
大小の刀を手に、夜盗たちは大紋を遠巻きに囲む。先を取って大紋は囲みの一人に突撃した。前の相手は逃げる、ほぼ同じく左右の夜盗は大紋に群がった。
「むっ」
右の夜盗が斬り付けるのに応じて長巻を横に薙いだ。夜盗の頭を長巻で強打し、返す刃で左の夜盗を斬った。瞬く間に二人の戦闘力を奪う。
「どうだ、我輩の筋肉は美しいだろう?」
腹には夜盗の小太刀が刺さっていた。
「こ、こいつ正気じゃねえ」
「あ、てめぇら‥‥」
母屋の中まで気づかれずに侵入した二人は奥の部屋でそれらしい刀を発見した。見張りの男を龍之介は殴って気絶させる。
「縄を貸してくれぬか」
「この人を捕まえる気ですか? それより早く表に行かないと荒起三田殿が‥‥」
作戦では刀を入手後、表に回って囮役と合流し、夜盗を殲滅‥‥問題は三人で本当に十人を倒せるのか、である。
「今行けば荒起三田殿を殺すことになります。今度は私達が夜盗を引き付けましょう」
刀を龍之介に渡して、一慧は笛を吹いた。浪人の手を引いて、表でなく裏口に向う。
「おい、裏だ。刀を持ってるぞ!」
この時になって表に出ていた夜盗達はようやく二人に気づいた。大紋の戦いぶりが余りに凄まじく、気を回す余裕が無かったのだ。大役を果たした浪人は都合5人まで斬り伏せて、片膝をついていた。
「でも、こいつは?」
「こんな三一、放っておけ。あれを持ってかれたら俺達は終りだぞ」
動ける夜盗は大紋を置いて二人を追いかけた。
「あれしきの賊どもに後れを取るとは、我輩も修行が足らぬな」
無事に助け出されて、治療を受けた大紋は反省の言葉を吐いた。
「しかし、5人も倒すとは‥‥さすがです!」
龍之介が感嘆したように言う。
「何にせよ、小さな子を路頭に迷わすような事にならなくて良かったですね」
二人に茶を運んできて、一慧が微笑む。
あの後、通りに逃げた二人は町奉行所の同心達とバッタリ出くわした。そこへ夜盗達が飛び込んできて、全員見事に御用となった。
「でも、どうして都合よく町奉行所の人達があそこに?」
「ギルドの手代が連絡していたらしい」
彼らを送り出してから、5人の筈が3人になっている事に気づいた手代は青くなった。3人では本来この仕事は依頼として成立しない。未来のある冒険者を見殺しにするくらいならと手代は奉行所に走った。下手をすれば全てが水泡に帰していたが、タイミングよく夜盗達を捕らえる事が出来た。
「俺達だけだったら今頃命は無かったな‥‥」
「まあ良いではないか。悪を一握りながらも潰し、人助けをした! うむ、素晴らしい」
大紋はそわそわと首を振った。この男、嬉しい事があると泳ぎたくなるらしい。今は冬だというのに上着を脱ぎ始める。
「あ、あの‥‥荒起三田殿?」
「しかし、夜盗を倒しきれぬとは、まだまだ我が筋肉も精進可能とみた!!」
半裸となって筋肉を見せ付ける大紋。一慧は視線を逸らし、龍之介は呆れている。
この面子でよく命があったものだ。
ともあれ、彼らは初依頼を成功させて江戸に帰還した。