歌合

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月23日〜05月28日

リプレイ公開日:2005年06月02日

●オープニング

 歌合(うたあわせ)とは、歌人を左右に分けて、それぞれが詠んだ和歌を左右一首ずつ組み合わせて優劣を争う、平安の歌合戦である。
 京都の貴族達の間では度々この歌合が行われたが、遊びというより真剣勝負の色味が強く、勝てば誉れであるだけでなく、時には政争の具に供されたほど苛烈な催しともなった。

「頼みがあるのだ」
 京都の冒険者ギルドに、歌合の話が持ち込まれたのは五月も半ばを過ぎた頃である。
「歌合でございますか?」
「左様。私の主人が京で冒険者の姿を見た折に、えらくその姿に感心なされてな。諸国で珍しい物を見て、大冒険を経験したぎるどの冒険者ならば、さぞかし素晴らしい歌を詠むだろうと仰せなのだ」
「はぁ‥‥」
 手代は苦笑いをかみ殺した。
 冒険者といえば、荒事専門の何でも屋と言っても良いぐらいで風雅とは縁が薄い。鬼や魔が相手なら滅法強いが、歌詠みとなると随分とハードルが高い。紙と筆を渡しても、何を書いたら良いか分からぬと匙を投げる者が多いのではないか。いや依頼ともなれば、どこかで勉強して適当な歌を詠む者も居るかもだが、餅は餅屋と考えるなら筋違いな依頼である。
「随分と侮られたものだな。俺達とて、人斬り包丁を扱うだけの修羅ではないぞ?」
「そう。血の海ばかりを住処にしては人としての気が磨り減る。たまには歌に頭を捻るのも悪くない」
 手代から相談された冒険者の何人かが気楽に言ってくれたので、歌合の依頼をギルドで預かった。
 折しも、大和から発した亡者の騒動が緊張続きで緩んだ時期だった。このまま終わらない事は誰しも知りながら、すぐに来る嵐の前に気休めを必要としたのだ。
「では、やってみますか‥‥」
 果たしてどんな歌合になるのか。


●歌合概要
 定員は12名、六番勝負の予定です(参加人数が奇数なら、一名主催者が歌い手を補充します)。
 冒険者は左右に分かれ、6つのお題に対して一対一で歌を競います。
 それぞれの歌の判定は参加者の衆議の後、最終的には主催者の決めた判者が行います。
 6番勝負(人数が少なければ或いは二番〜五番)の後、勝ちの多い方が勝利し、褒美を得ます。
 また最も見事な歌い手一名には称号が贈られる事になります。
 六番勝負で詠む歌のお題は『恋』『冒険』『無題(自由)』の何れかを選択して下さい。

●今回の参加者

 ea2751 高槻 笙(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb0503 アミ・ウォルタルティア(33歳・♀・レンジャー・エルフ・インドゥーラ国)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1861 久世 沙紅良(29歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2313 天道 椋(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2508 ブルー・サヴァン(18歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

天道 狛(ea6877

●リプレイ本文

 血と鉄――、
 それが冒険者の一側面であることは事実だ。
 否、その人が農夫であれ武士であれ、血生臭くない人間が果たして居ようか。
 空の上の天人とは違う、地上の生物ならば避け難い事だ。

 然るに、生臭い世情とかけ離れたような歌合とは何であろうか。
「えと、この依頼はジャパンの文化に関係あるですか?」
 インドゥーラ出身のエルフ、アミ・ウォルタルティア(eb0503)は冒険者ギルドの手代に依頼を確認していた。アミは学者で、大好きなジャパン研究がライフワークだ。
「そうですな。歌合は一流の教養人が歌の心と技巧を競うものと申します、文化そのものと言って良いんじゃないでしょうか‥‥」
「ふみ、ジャパンの文化に触れられるなら、私も頑張ってみるです!」
 目を輝かせたアミは、ハッとした表情になって手代を見る。
「ふみゅ? ‥‥そういえば、和歌とは何ですか?」
 和歌とは元を正せば日本の歌くらいの意味だが、この場合は三十一文字の短歌を差す。もっとも今回は短歌に拘らず、『歌』の会としているから和歌である必要すら薄い。
「お国の歌を披露してはどうですか?」
「そんな勿体無い事はしません。折角の機会です、やりがいがありそうな気がしますですね☆」
 アミはやる気満々だった。

「何せ東国生まれで、雅な事とは縁遠い育ちな物ですから、礼儀知らずな振る舞いをして依頼主の方に要らぬ恥を掻かせたくは有りませぬ故――」
 神木祥風(eb1630)が歌合を前に判者を任せられた大平定惟を訪れたのは、下心あっての事では無かった。
「まことに貴方の心遣いは立派だが、歌合の前に私の所で予習しては主催者の意に適いますまい」
「私は浅学非才の身にて稚児も同然なれば、員数外と考えてどうか教えをお願いしたい」
 そこまで遜る祥風に、閉口した大平は二、三の歌合の作法を教えた。

「狛と引き合わせたい奴がいるんだよ」
 歌合参加者の白翼寺涼哉(ea9502)は恋人と連れ立って都の大路を歩いていた。
「俺の弟分で美女の注目を集めるのが好きな奴でねぇ、自分の服狛に見てもらいたかったらしいよ?」
 涼哉の様子に不審なものを感じつつ、彼を信じている恋人は何も言わずに付いてくる。
「べん‥‥べんべん‥」
 視線の先には口で楽器を真似ながら、琵琶を弾き語る若い琵琶法師が一人。
「‥べん!」
 彼の名は天道椋(eb2313)。
 兎耳に半裸のコスチュームで往来を練り歩き、一日にして都の人々に後ろ指を差される恥を背負った青年である。本人によれば通称「騒がし鳥のムク」、今の所はただの馬鹿である。
「はぁ〜〜〜‥‥このままだと姉貴に合わす顔ねえし、今回は真面目に頑張って、琵琶法師としての俺の印象変えてやる!」
 気合いを入れ直した所で、背後から涼哉が呼んだ。涼哉と椋は知り合いだったから、何気なく振り向くと同行者と目が合う。此方も知らぬ仲ではない。
「!!っ」
 脱兎の如く逃げ出す椋。
「マテや」
 と涼哉は椋の首根っこを掴んだ。
「狛を見て逃げる野郎は俺が許さねェ」
「兄貴、勘弁してくださいよー」
 琵琶法師の泣き言を、都の人々が目を細めて眺めている。空は五月晴れ、都を覆う怪異を忘れそうなほど平和なひとときが流れていた。

●歌合
(この透き通るような緊張‥‥)
 江戸で活躍していた志士の高槻笙(ea2751)が京都に来たのは今月に入ってからだ。
 亡者襲来より乱れたこの京で、己の為すべき事を為さんがために。
 高槻は正座して、静かに想いに身を任せていた。
「もし、志士どの‥‥」
 客の一人が笙に声をかけた。その客は、大和の亡者のことを聞いた。この場に呼ばれた冒険者中、積まれた名声で言えば別格の彼から何か安心できる言葉が聞きたかったのだろう。
「失礼ながら、今日は歌を詠む以外に語る言葉を持ちません」
「そ、そうか‥‥」
 笙は客に頭を下げて、庭に視線を移した。
 ふと気付くと、庭で冒険者が三人何か話していた。

「張り詰めてばかりでは、琴も弓の絃もふつりと切れてしまう‥‥何事も適度に力を抜く事は大事だね」
 陰陽師の久世沙紅良(eb1861)は、女性参加者二人に歌の事を教えると言って庭に誘い出していた。ブルー・サヴァン(eb2508)は味方なので不思議は無いが、相手方のアミ・ウォルタルティアにも声をかけた辺りに久世の性格が見える。
「‥‥尤も、この私は常に抜き過ぎだと窘められる口だけれど」
「キミの事はいいから、早く歌のことを教えてよ。そうだ、ジャパンの礼儀作法がイマイチわからないから何か粗相があったら教えてくれないかな?」
 イギリス出身のブルー・サヴァンはジャパン文化に強い興味があった。それはアミに似ているが、ジャパン好きの彼女と少し違うのは、ブルーの場合は好きな人がジャパン人だった。
「ふふ、その愛らしい声はどんな言の葉を紡いでくれるのだろうね? 楽しみだよ」
 沙紅良は片手で己の黒髪を撫でながら、艶っぽい笑顔を女性達に向ける。ブルーやアミは沙紅良自身は眼中にない様子だが、その程度で動じる男では無い。

 歌合の参加者7人が揃う。左方は高槻笙、白翼寺涼哉、アミ・ウォルタルティア、神木祥風。対する右方は久世沙紅良、天道椋、ブルー・サヴァン。

●四番勝負
 先のルール説明に不手際があったが、今回の歌合は参加者がそれぞれ一首ずつを詠んで競う。
 だが冒険者の大半が複数の歌を考えてきたので、主催者の意向で何首詠んでも良い事にされた。この辺り、適当なのはこの日の会が権勢と直接関係がないからだ。これが上級貴族同士や神皇家の天覧に供するものなら、不手際一つで首が飛ぶ、いや少なくとも人生は狂う。
「では一番目、アミ・ウォルタルティア殿」
 歌合では普通、歌を朗吟するのは実力のある歌人の役割だが今回は作り手の冒険者自身が披露する。高揚で顔を真っ赤にしたアミが立ち上がった。
「私なりにジャパンの和歌、作ってみたです♪」

 五月晴れ 旅先の空 仰ぎ見て 遠きふるさと 思い出したる(アミ・ウォルタルティア)

 対する右方は補欠要員の陰陽師の某。こちらは歌合は初めてでない様子で、技巧の歌を披露した。
 傍目にも力量の差は歴然。
「歌は心、心に優劣は付けられません」
 とは高槻笙の評。涼哉はアミの歌を「努力賞」と言った。唯一人、沙紅良はアミを援護した。
「異国の君の歌には感慨深いものがあるね。負けてしまいそうだよ」
 しかし、大平の判定は次のようになった。
「左歌はインドゥーラとジャパンの空を想う心が見事に歌われ、右歌は歌上手なれど技に頼る所が見える。左をもって勝ちとす」
 一番目の判定に疑念を持ちつつ、次の勝負の名前が呼ばれた。
「神木祥風殿、久世沙紅良殿」
 祥風は二首、沙紅良はどのお題でも良い様に三首考えてきたが、祥風に合わせて恋と冒険の二首で競う。
 まずは恋歌から。

 照りもせず 曇りも果てぬ 春の夜は 月影越えし 君ぞ思ふ(神木祥風)
 ひそけさに 想ひ秘めたる 謂わぬ花 清し心に 如何に答えむ(久世沙紅良)

「凄いですねえ」
 アミは誰の歌を聴いても感心した。
「私も皆さんみたく、いい和歌を作ってみたいです☆」
 続いて冒険歌。

 久方の 影に思わず 目覚めれば 枝の間より 見えし望月(神木祥風)
 鳥は啼き 花は咲けども 人は何故 いくかと問へば 答へなどなし(久世沙紅良)

「でも二首詠んで、判定はどうするんです?」
「先の恋歌で勝敗を決めることにします。共に興趣深く見える歌なれば、方々の意見も分かれて持ちとす」
 引き分けである。今回、歌作りに没頭した冒険者達は衆議ではただ頷くばかりが多かった。衆議が静かだと、判者も適当になるのか。
 三番目は高槻笙とブルー・サヴァンの名前が呼ばれた。
 共に恋歌と無題で歌を作ったので、一緒に歌われた。まずは恋歌、左の笙が先に唱える。

 あさがほの 露手に受けし 君影を 夕影にひとり そつと抱きつ(高槻笙)

 続く右のブルーは短歌以外で挑戦してきた。

 君との歩幅 常遠く
 縮められぬは 恋心
 春過ぎ往くは 初恋の
 乱れる思い 香る梅雨(ブルー・サヴァン)

 異なる歌の判定は難しい。印象度ではブルーが少し勝るだろうか。それぞれ無題の歌も披露された。

 霍公鳥 道野辺惑ふ 玉の緒に 花持ち標せ 永久の灯りを(高槻笙)
 春深し 左右分からぬ 異国の地 道行く人の 笑顔につられ(ブルー・サヴァン)

 判者は笙の勝ちとした。
「共に良き歌なれど、左に比べ、右の歌がわずかに耳に立つことあれば、左を勝ちとす」
 ここまでの三番で左が二勝一分けで勝利を得ている。
 勝敗は決したが、四番目は白翼寺涼哉と天道椋。
「兄貴が相手でも負けませんよ。俺も琵琶法師のはしくれ、歌には自信があります」
「椋が悲恋物? 男女のいろはを語るにはまだまだ早いな」
 この試合は涼哉の指名、事前に姉を使って動揺を誘うなど芸が細かい。

 月満ちて ほのかに薫る 夜の花 愛しき君よ 誰が為に咲く(白翼寺涼哉)
 さざ波や 近江の古里 いくかへり わすれがたみの 袖の玉水(天道椋)

「べんべん‥‥」
 椋は歌を唱えても、そのままでは終わらない。何をするかと思えば、語りだした。
「べん!」
(想い人が戦で亡くなったのか?)
「べんべん!」
(はたや、どこかでまだ元気にしてるのか?)
(絶え間なく打ち寄せる波を見て彼女はその人の事を思い‥‥涙を流す‥‥)
「べん!」

「‥‥俺の拙い技量で、琵琶湖の湖畔で出会った女性の想いを出来るだけ表現したもんです。お耳汚し失礼しました」
「やれやれ、色恋を詠む御坊が多いのは、愛を説く教えゆえ‥かな? 仏尊に妬かれぬようにしておくれよ」
 さて、これで全員の歌が終わった。あとは大平の審判で幕だ。
「‥‥ちっ」
 判定を待つ間、涼哉は心中、苦い顔だった。
 朗吟を作り手が行うルールでは、腐っても琵琶法師の椋の有利は否めない。しかし、義弟に負けるのは良い気分がしない。
 しかし。
「右は琵琶湖の情感が出ており良くない筈も無いが、左の歌に真があった。左の勝ちとす」
 この歌合の判定には不思議な所も多いが、衆議が盛り立たなければ反論もしようがない。左方の三勝一分けで勝負はついた。
 ともあれ、この歌合で冒険者の歌に見るべき所ありと噂され、ことに異国の冒険者達がジャパン語の歌を唱えたことには一定の評価があった。貴族の歌合に呼ばれる機会もあるかもしれぬ。