【黄泉の兵】番外 死人の村
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■ショートシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 4 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月24日〜05月29日
リプレイ公開日:2005年06月03日
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●オープニング
旅の修行僧がとある村に立ち寄ると、異臭がした。
「‥‥」
何事かと思って匂いの元を辿っていくと、民家の庭先に黒くて丸い塊がうずたかく積まれている。月見の団子を思わせるが、良く見れば積まれていたのは人の首だ。
「釈迦入滅より千数百年、薄暮の時代に生まれた主らの不憫か‥‥」
僧は手を合わせてその場で読経により供養するが、物音に気づいた。僧侶は錫杖を握りしめる。生存者ならば良いが、殺人鬼ならば己の命も危ない。それとも死体の肝や味噌を取る怪しき薬屋の類か。
ガタガタ。
修行僧は驚きと共に振り返った。首山が揺れている。半ば腐った生首が目を剥き、顎を開いて動かぬ身で必死に身動ぎする。と同時に、視界の隅に首を失った人間の姿がうつった。
「迷うたかっ」
この僧侶は歳を取っていたが、己の力を頼りに世の中を生き抜いた男だった。並の者なら身が竦んで動けなくなる所だが、手近な物陰に素早く身を隠した。
(「‥‥さて、京の異変は聞いていたが、これほどとはの‥‥」)
暫く様子を見ていた僧侶は隙を見て逃げ出し、死人に憑かれた村を後にした。
「それは本当でございますか、お坊様?」
僧侶が隣の村でこの事を話すと、村人達は大いに悲しんだ。近しいだけに親戚や知己の者が多いのだろう。
「悲しむばかりではないぞ。あの有様では村人どもも成仏は出来ず、御霊も彷徨うておるだろう。目も見えず、動けずでは死人がやってくる事は無かろうが、この村に障りが出ぬとは限らぬて」
僧侶の言葉に、この村人達は青い顔が更に青ざめた。
「で、ではどうすれば」
「そうさの‥‥役人に言うては時間もかかる。ここは冒険者を雇うのはどうじゃな?」
「冒険者? それは何でございます?」
江戸では有名な冒険者達も、京都近辺ではまだ知名度も低いらしい。西洋に比べて、少し前まで鎖国同然だったジャパンでは冒険者の知名度は低い。
「金で仕事を請け負う武士じゃよ。異国の者もおるがな、化物退治の専門家よ」
この僧は冒険者に詳しいようだ。それではと、村人達は冒険者を連れてきて欲しいとこの僧に頼んだ。
「わしがか? ‥‥ふむ、これも天運かの」
冒険者ギルドに新しい依頼が届いた。
「京都から歩いて一日ほどの村で、また死人の被害が出たそうです」
説明する手代の話では、村は既に全滅しているらしい。しかし、タチの悪い事に殺された村人が死人憑きになっているようだ。噂の大和の亡者の仕業だろうか。
この依頼は滅ぼされた村に近い隣村のからのもので、全滅した村に残る死人憑きを退治して、殺された村人達の御霊を弔ってほしいとの事だ。そのため、出来るなら僧職にある者が一人は受けて欲しいと手代は言った。
「一応、この事を知らせてくださった僧侶の方が案内役に村まで同行してくださるそうですが、仕事はあくまでこちらの領分ですから」
中年の修行僧が依頼人の頼みで協力してくれるが、案内役と見届け人の立場だから戦力として恃む訳にはいかない。
「俺達が相手をする不死者の数は?」
「見えず、動けずの死人憑きが数十体いるそうですが、他には分かっていません。或いは村人を死人に変えた張本人がまだ潜んでいる事も考えられます。油断は出来ません」
●リプレイ本文
「コユキちゃんは見た目より精神年齢は低いけど、芯の確りした子ですから‥‥上手くフォローしてあげて下さい」
「‥なっ、何言うねん」
見送りに来た友人の励ましに、薬屋のコユキ・クロサワ(ea0196)は顔を赤くする。
「任せておけ。俺が確りフォローしてやろう」
若旦那の神山明人(ea5209)が言う。無論、明人に下心は確りあるが、仲間同士の連携の大切さも知っている。
「俺も京都へ来てまだ日が浅い。お互いに協力し合うことが出来るだろう」
「‥ほぉ、良い事を言う。久々に骨のある冒険が出来そうだな」
冒険者のデュラン・ハイアット(ea0042)は不敵に笑う。
「少々戦力が少ないのが気にはなるがな‥」
今回依頼を受けた冒険者は7人、出来れば10人は欲しい仕事だが、そこまでは集まらなかった。
案内役の紫円を含めて8人の集団は目的地の村には直行せず、まず依頼を出した隣村に向った。死人の弔いが終わるまで村を基地とした方が都合が良いと考えたからだ。
「死人の村で寝泊りなど、ぞッとせんしな」
「死人憑きの村か‥‥悲しい事だが、京都では良くあることとなりつつあるな」
そういった僧侶の八幡伊佐治(ea2614)は、目の下に隈が出来ていた。今回は弔いも含むと聞いて、出発前に徹夜で猛勉強したらしい。伊佐治はナンパの道では達人だが、僧侶としての知識は小僧並である。
「念仏も満足に唱えられんとは‥‥女のことばかり考えてるからだぞ」
道中、お経の練習をする伊佐治に仲間達は閉口した。
「確かに僕ぁ女子が大好きだが、成仏を願う心は変わらんつもりじゃ」
そうは言いながら立派な弔いをと考える伊佐治は紫円に葬法を色々と聞いた。そこで紫円が黒派の僧侶だと分かる。
「となると。ますます浄化は無理か。むぅー‥‥」
出来るなら死人憑きはピュアリファイで浄化したいと考えていたが、となると火葬という事になる。
仏教徒の葬法といえば昔から火葬である。釈迦入滅時に遺体が荼毘にふされた事が起源とされるが、遺体が死人憑きとなる事を防ぐという実利面があるのは言うまでもない。土葬に比べて火葬は大変に手間がかかるが、死人憑き被害を減らす為に寺院は火葬の普及に熱心だ。
「人は死穢を事のほか恐れるがゆえに、あやつらは厄介じゃな」
紫円が言った。黄泉人の事だろう。
「だから僕らが解決してやるんじゃ」
果たして出来るか。
「様子が変です‥‥」
村の近くまで来た所で、武芸者の御神楽澄華(ea6526)が異変に気付いた。
「静かすぎる。それに、まさか‥‥」
風上から匂いが冒険者達まで届く。嗅ぎ慣れた死の匂い。
「俺が先に見てきます‥‥皆はここで待機を」
用心棒のアウル・ファングオル(ea4465)はそう言うと、上着を脱いだ。呪文を唱えた後で、衣服があっては邪魔だ。ミミクリーの呪文を唱えると、神聖騎士の少年の姿は見る間に変形し、大鷲の姿に変じた。
「僕も一緒に行きますよ! だって許せないっ、神皇様に代わって僕がお仕置き!」
血気盛んな志士の楠木麻(ea8087)は拳を振り上げたが、仲間が止めた。後衛向きの麻を突出させるのは危険だ。それに彼らの殆どは荷物を載せた馬や驢馬を連れていて、この場で戦闘をしたくなかった。
「‥‥やれやれ、私も働かねばならんか。面倒なことだ」
デュランが片手で空中に印を結び、呪文を唱えるとウィザードの身体は宙に浮いた。
「気をつけろよ」
「ふ‥‥君子危うきに近づかずといえど、虎子を得ずだ」
仲間を残して、アウルの化けた大鷲と空中を歩くデュランが村の上空に差し掛かる。弓矢を警戒して高度を取っていたが、上から見ると数人の人間が倒れているのが分かる。
「生きていれば助けねばならんが」
デュランが松明を落すか否かを考えていると、大鷲(アウル)が一鳴きして低空に侵入した。
(「‥‥居る」)
家屋の中に動く影を見とめたアウルは仲間にその事を話した。デュランも多数の人間の呼吸を感知した。
「それで、村の中に死人憑きはいるのか?」
「ブレスセンサーほど僕の魔法は広くない。村の中に入らないと分からん」
「どういう事なのでしょう‥‥紫円様のお話では、殺された村人は首だけのものと、その首の主であろう首なし死人のはず。80名全員が死人憑きとしても、見えず動けずでは隣村まで来ることは出来ないはず‥‥」
澄華が疑問を口にする。
「ひっ」
コユキは身体を強張らせた。一瞬、80体の生首がゴロゴロと転がり、首無し死体が村に迫る様を想像したのだ。彼女は袂から魔よけのお札を取り出して強く握り締める。
(「だ、大丈夫‥‥怖くない‥怖くないよ‥‥」)
「コユキ様?」
心配そうに澄華がコユキの顔を覗く。
「‥様付けは勘弁て言うたやん。‥‥う、うち怖いの駄目や‥‥」
コユキは今にも泣き崩れそうだ。が、水際で踏み止まる。
「でも‥‥何とか、してあげたいねん」
「分かりました、コユキさん。でも無理はしないで下さいね。‥‥状況から判断して、隣村に死人憑きの元凶が来たのは間違いないでしょう。問題は今も居るか、それとも移動しているか‥」
間に合わなかった事は初めてでは無いが、助けられなかった事が辛い。それが伊佐治が言ったように、今の京都では珍しくも無い事だとしても。
楠木が、苛立たしげに拳で地面を叩いた。
「あの村で何があったにしろ、あそこには生きた村人がいるんだよ! それなら、僕らのやる事は一つしかない!」
「速やかに村に入り、生きている村人を助ける。敵が出れば排除する‥‥確かに、それしかないな」
正義の味方的な思考。冒険者達は頷いた。
「私達は死人を弔いにやってきた、京の冒険者だ!」
村の入口で冒険者達は大声で呼ばわる。
反応が無い。今度は紫円が冒険者を連れてきたと大声で言った。
「その声はお坊様? 確かにお坊様じゃ‥‥」
民家から村人が姿を見せた。一人が出ると、つられて何人も顔を出した。
「おお、村の衆。この有様は一体どうしたことじゃ?」
「ま、魔物が出たのでございます」
村人達の顔は恐怖にひきつっていた。
「‥‥」
村人の話を聞くと同時に何人かは調査を始めた。
明人は野ざらしの死体を検分する。
(「鋭い爪で切り裂かれている‥‥恐怖で歪んだ顔、やはり黄泉人か死人憑きか‥」)
コユキはグリーンワードを唱え、手頃な木に話しかけた。
「村をこんなにした張本人は何?」
「‥‥」
何度か問いを変えて質問したが、樹木の感知できるレベルでは敵の正体は謎。
「む‥」
不意に伊佐治が周囲を見回した。
「どうした?」
「不死者が、1つ‥‥じゃが、どこに?」
ディテクトアンデッドが感知する範囲は伊佐治の場合は約七間(15m)。だが、今彼の周囲には村人と動かぬ死体しか無い。死体が死んだ振りをした不死者だった‥‥いやそんな非常識な事は考えられないし、神聖魔法は誤魔化せない。
では見えない相手が接近しているのか? それとも、村人が不死者か?
「皆の衆、その場を動くな!」
伊佐治が叫んだ。
「え?」
何事かとアウルは僧侶の方を見た。その時、彼は父親を魔物に殺されたと言って泣いている少女の話を聞いていた。神聖騎士の背中が血で赤く染まる。
「なにっ!?」
アウルが振り向くと、少女の顔が干からびた木乃伊に変貌していた。
「けけけぇ‥」
「変身だとっ」
アウルの側にいたデュランにも、まるで入れ替わったとしか思えない一瞬の変貌に動けなかった。彼は舌打ちして、距離を取ろうとする。
「動くな。動けばこの男を殺すぞ?」
木乃伊は倒れたアウルの首筋に爪をあてる。
「何たる卑怯な! だけど無駄ですよ!」
麻は木乃伊をビシッと指差した。
「彼も騎士なら虜囚の辱めを受けるより、ボク達の為に喜んで死んでくれます! さあアウルさんの仇、覚悟しなさい!」
格好よく凄い台詞を吐く麻。グラビティーキャノンの詠唱に入る。
「よく言った!」
一端は下がろうとしたデュランは銀の短刀を抜いて木乃伊と対峙した。
「少々呆れる話だがな、今回は私が皆の前を守る役割らしい」
今回のパーティで何が凄いと言えばウィザードの彼が志士や忍者を差し置いて前衛になる事だ。どこかの筋肉将軍と違い、デュランは上背はあるが体力は並以下。
「さあ、かかってきたまえ」
派手なマントを翻し、魔法使いは相手を挑発した。その間に、コユキは村人を木乃伊から出来るだけ離そうと誘導する。
「はやく、こっち!」
恐怖で腰を抜かした村人に、コユキは手を差し出した。しかし、非力なエルフ‥引き起こそうとして反対に倒れてしまう。
「こ、こわい」
村人の震えが彼女に伝わり、気を抜けば一緒に蹲ってしまいそうだ。
「こわくないよ。こわくない、うちらがあの干物は退治する」
コユキは己を奮い立たせて村人達を誘導する。
伊佐治・明人・澄華・麻は敵を囲むようにしてそれぞれ魔法を唱えていた。明らかに呪文使いが多すぎるパーティだ。本来ならアウルが敵を食い止めるのだが、今は代わりにデュランが敵を止めている。
「‥‥ふん、この程度か?」
デュランは木乃伊の攻撃を紙一重で躱していた。昏倒したアウルが持つ道返しの石の効果もあるが、この男自身が戦士並の回避術を持っている。
「援護する」
明人の術が完成し、煙と共に大ガマが現れた。
「うっ‥すまん、もう一回じゃ」
続く伊佐治は彼の最大レベルのピュアリファイの詠唱に失敗した。ランクを落せばほぼ失敗しないが、3mの距離に近づいて詠唱するのは無理がある。
「もう少し耐えて下さい」
少し離れて澄華がフレイムエリベイションを己にかけて、次に太刀にバーニングソードを付与している。
「さあ、覚悟を!」
仲間を巻き込むグラビティーキャノンを諦めた麻は大胆に肉薄し、ストーンを唱え始めた。
さすがに形勢不利と見た木乃伊は、デュランに一撃を入れると距離を取って呪文を唱え出す。
「逃さん」
シルバーナイフが木乃伊の身体に刺さる。大ガマが後ろから木乃伊に覆い被さった。伊佐治と麻は距離を開けられた事で詠唱を中断して再び木乃伊を囲む。
「許すわけには参りません!」
呪文付与を完了した澄華が炎の太刀を振りかざして迫る。リトルフライを唱えた木乃伊だったが、足が地面に根を張ったように動けない。コユキのプラントコントロールが草を絡ませていた。
「ハァッ!」
そこへ澄華が飛び込む。
体重を乗せて振り下ろされた太刀は、木乃伊の身体を真っ二つに裂いた。
木乃伊を片付けてから村人達に改めて話を聞くと、少女の姿をしていた木乃伊は黄泉人に襲われた別の村の人間だと偽って父親と一緒に村に来た。父親は病気らしく、具合が悪そうだったがその日の夜に父親が姿の見えない魔物に襲われて死に、更に何人もの村人が魔物に殺されたという。
「魔物とはなんだ?」
「誰も姿を見た者はおりません。襲われた者の悲鳴が聞こえて、皆が駆けつけた時には死体だけが‥」
父親の死体というのを見せて貰ったが、ただの死体だった。殺された者は皆、鋭い爪で切り裂かれている。
「‥‥それはこの木乃伊の狂言かもしれんな。父親というのは村に来た時から既に死人だったのではないか? 一人なら疑われるが、最初の犠牲者が己の父親なら容易に疑わぬ」
村人はそんな事がありうるのかと半信半疑だ。冒険者達にも真実は不明だ。死体は何も語らない。
「犠牲者は火葬にするが、どこか野焼きに適当な場所は無いかの?」
伊佐治が問うと、村人は木乃伊が泊まった家の死穢はもはや取れないから、その家を壊して遺体を焼いて欲しいと頼んだ。冒険者達は了解し、伊佐治の指揮で野焼きの準備をする。家から木材を引き剥がして薪代わりに、それを組み上げる。
「弔い、と言うよりは処理に近いかな」
淡々と手伝いながら、アウルは呟いた。
火葬はただ焼くのが目的でなく骨になるまでだから長い時間がかかった。結局、一日以上を隣村で過ごす事になり、それを終えて目的地に着いたのは三日目の昼過ぎだった。
村には八十と八十、合わせて百六十の見えず、動かずの動死体が紫円坊主が目撃したとほぼ変わらぬ姿でまだ在った。
その光景に、涙を耐えていたコユキの膝が崩れる。
「可愛そう‥‥
小さな子から、おじいさん、おばあさんまで‥‥ 酷い‥‥」
底知れぬ恐怖を感じた。この光景自身がもたらす恐れと、この地獄絵図に心が麻痺して慣れてしまいそうになる恐怖と。
百六十の死人憑きは、言い知れぬ恐怖をもたらすと同時にまったく無害だった。冒険者にとって不思議だったのは、死人憑きが、腐った瞳で世界を見、黒く変色した筋により動くという事実だ。頭だけの死人憑きは動けず、首無しの死人憑きは見えなかった。
しかし、放置すればどんな妖怪に変じるとも限らず、また人としても許せるものではない。
さすがに一日で八十人を骨まで焼くのは無理だが、冒険者達は黙々と作業し、苦労して廃村の民家を叩き壊して燃料とすると、壮大な野焼きを行った。火柱は天高く噴きあがり、
山の一部まで燃えたという話である。
おわり