●リプレイ本文
●食は全ての源
「食べなさい」
浪人の水野伊堵(ea0370)は無表情に保存食を差し出した。
「ん?」
木陰で休んでいたファイターの少年、キット・ファゼータ(ea2307)は水野を見返す。水野は英語で喋ったが、キットはゲルマン語しか解さない。
「食糧が少ないのでしょう。余分に持ってきましたから、私の分をあげます」
「バカにしてんのか」
眦を吊り上げて少年戦士は立つ。
水野は真っ直ぐキットを見つめたままだ。剣呑な雰囲気に、エルフの白クレリック、イルダーナフ・ビューコック(ea3579)は切株に腰掛けて鼻歌を歌っていたパラを呼んだ。
「何かトラブルかい?」
ビザンツ出身の戦士ボルジャー・タックワイズ(ea3970)はイギリス語とゲルマン語にも通じていた。陽気な声で二人の間に入る。
「このおいらに話してごらんよ」
両手で二人を制すタックワイズ。
『何かあったのか?』
武道家の鳴滝静慈(ea2998)は側にいた文月進(ea2080)に声をかけるが、華国語しか喋れない鳴滝の話はこの場の誰も分からなかった。
「何でも無いですよ。心配無用です」
笑顔で文月は喋った。言葉の通じない鳴滝の不安は志士にも経験のある事だ。
「おいら達みんなの問題なんだよね」
両人から話を聞いてみると、キットが食糧を半分ずつ食べていたので手持ちの食糧が少ないと水野は気を遣ったようだ。
「道中で余計な時間を浪費したくありませんし、空腹で本来の力が出せないなど論外です」
正論だ。
しかし。往復8日の予定の今回の依頼で十分な食糧を用意したのは実は水野を入れて2人。
6日分持ってきたキットはまだ多い方で、戦士のロイ・シュナイダー(ea4449)やレンジャーのジャッド・マイルズ(ea3924)等は一日分しか無い。
「面目ない。帰りはその、依頼人の村で調達も出来るかなと思ったから」
頭をかきながら、ジャッドは言い訳をした。よく聞く話だ。退治の後なら、依頼人はそのくらいのサービスに嫌な顔は余りしない。
「何が起きるか分からないのに、いい加減な」
「まあまあ。今回は水野さんと俺が持ってきた分で足りる訳だから」
騎士のアレス・メルリード(ea0454)はそう言って取り成した。
「心配すんな。俺達はてきとーかもしれないが、見たところ間抜けはいない。目的地に着いたら、それだけの働きはして見せるさ」
ビューコックは落ち着いていた。彼はこれからゴブリンの巣に出かけるのに散歩に行くような軽装。何か考えがあるようだが。
「ええ、その通りです。私達には神の加護がついていますから」
神聖騎士のノア・カールライト(ea0422)は請け負った。絶対の自信がある訳はない。むしろ不安は大きかったのだが‥。
往路は途中イルダーナフが猟師から話を聞きながら進んだ事もあり、迷う事なく洞窟を発見した。冒険者はすぐ穴に入る事はせず、森で手分けして木の枝を集め始める。集めた木々は文月がロープで縛って束を作った。その間、ジャッドは鼠の通りそうな場所に鳴子を仕掛けていた。
●燻し作戦
「お前達には幸運がついてる」
イルダーナフは6名にグッドラックをかけ、6分しか持たない事を注意する。
水野、カールライト、メルリード、文月、鳴滝、タックライズの6人は無言で頷き、生木の束を担いで2列縦隊で岩肌の洞窟へと入った。
「俺達も、準備に取り掛かろうか」
ロイは彼らが倒したゴブリンの見張りを一瞥して言った。キットとジャッドは死体を片付け、作業にかかる。入口に残った4人には突入班とは別の役割がある。だが、ひとまずは洞窟の中に向った6人の姿を追うとしよう。
前衛は水野と鳴滝、中列はボルジャーとアレス、後衛はノアと文月の順で進んだ。後列の二人は用意した木の束を等間隔で道の端へ置いた。木束にはアレスが油を振りかける。
この時、時間は夕刻を少し過ぎていた。
洞穴に入る用意は昼には済んでいたが、ゴブリンが外に狩りに出ていた。襲う案も出たが、今回は一網打尽が目的だったから冒険者達は離れた場所に隠れ、巣穴に戻る時を待ったのだ。
『見つかった』
ランタンを持つ鳴滝の言葉に全員が耳を澄ます。前方から何か音が聞こえた。姿は見えないが、ゴブリンと考えて間違いない。
『少し数を減らしておこう』
鳴滝は腰につけたナックルを拳に装着する。言葉が理解出来ずとも、その意図は仲間達に伝わった。
「同感です」
水野は足場を確かめ、愛用の日本刀を抜いた。
「私は魔法で援護を。傷を負ったら、無理をせず交替して下さいね」
十字架を握り、ノアは後ろから仲間達を励ました。援護に徹するつもりで神聖騎士はクルスソードを外に置いてきていた。残りの三人は前衛が負傷した時の交代要員だ。そうこうして隊列を整えているうちに、ランタンの明りが暗闇にゴブリンを映し出す。
「ゴ、ゴブゴブッ!」
叫び声をあげようとしたゴブリンの声は途中から悲鳴に変わる。水野のソニックブームが離れた敵を切り裂いた。
「ゴーブ!」
傷を受けたゴブリンの後ろから複数のゴブリンが現れる。うかうかしていたら、洞窟中のゴブリンが集まってくる。
「ゴブゴブゴブ!!」
臆病で知られるゴブリンだが、この場は果敢に冒険者達に立向かった。それも当然で、逃げようにも唯一の出口は冒険者の向こうだ。
「ふ、張り合いのない」
水野は真空刃で間合いの外から攻撃を当てる。時に距離を詰められても、彼らの斧は遅く、彼女は避けるか或いは刀で受けた。
『なかなかやるな』
鳴滝の方はと言えば、武道家は掛かってきた敵の足を払って転がし、倒れた小鬼には蹴りを叩き込んだ。
『君には地べたがお似合いのようだ』
冒険者二人は一度に一匹しか相手にしないのだから、こんな簡単な戦闘は無かった。ゴブリン達にとっては全く逆だ。
数分後、ゴブリンは8匹が倒され、水野と鳴滝はまだ軽傷。
「おいらの分も残してよ!」
退屈なボルジャーが抗議の声をあげた時、冒険者の前方に巨人が姿を見せた。オーガだ。
「ガァァァァッ!」
2mを超える赤褐色の肌をしたオーガは前にいたゴブリンの一匹を両手で掴みあげると、事もあろうに冒険者達に投げつけた。
「ゴブ? ゴブゴブーーーッ」
狭い洞窟では躱す事も侭ならず水野の体に激突、哀れなゴブリンは気絶する。
「ちっ」
よろけた水野の肩をボルジャーが掴んだ。
「選手交代!」
頃合と見て水野と鳴滝が下がり、代わりにボルジャーとアレスが先頭に立つ。水野と鳴滝にはノアが駆け寄って回復させる。
「パッラッパパッパ‥‥さあ来い!」
ショートソードを構えたボルジャーはやる気満々。
「いや撤退だ」
アレスの言葉に、ボルジャーはこけそうになる。
「おいらゴブリンなんかにやられやしないよ!」
「作戦だ」
後ろでは文月とノアが仕掛けた木束に火をつけ始めていた。パラは情けない顔になる。
「そんな顔をするな。俺達は殿だ、一番危険な役割だぞ」
「それを早く言ってくれなくちゃ」
後退しながらゴブリンを食い止めるのは簡単ではない。しかし、ボルジャーは危険な戦闘に武者震いを覚える種類の男だった。
「おいらに任せてよ」
更に多くのゴブリン達の足音が近づいてきても、パラの戦士は楽しげに笑う。
冒険者達は撤退に手こずった。彼らは入口から2百m位進んでいたが、帰りは途中の枝道からゴブリンが出てくるわ、追いかける方のゴブリンは水野や文月達より足が速いわで、簡単には脱出させて貰えない。
「もう少しです。急いで!」
ノアは煙を吸い込まないようにマントの裾で口と鼻を覆い、先頭に立った。止まってリカバーをかける時間がないので、仲間達は少なからず傷ついている。
「こっちだ!」
入口で待ち構えたジャッドは、ノアの腕を掴んで引きずり出す。次に転がるように出てきた文月は入口の地面に座り込んだ。
「ゴブリンは?」
「すぐ近くまで来てます」
文月は入る前に彼が置いた水桶を探して、中の水を地面にぶちまけた。
「慌てんなよ。ゴブどもは俺が止めてやるからよ」
グッドラックをかけて準備していたイルダーナフは、武器も持たず入口に姿を曝した。
(「さあ此処が正念場だ。こいつに失敗したら、クレリック様だなんて大きな顔は出来ないぜ」)
イルダーナフは十字架を掲げ、祈りの言葉を唱える。
五分五分の確率だったが、呪文は不発。僧侶は舌打ちして後退する。呪文の詠唱時間は10秒。そのまま二回目を唱えたら、唱え終わる前に敵が来てしまう。
「‥‥後ろに結界を張る。ゴブリン共は近づけるな」
入口から少し離れて再び呪文を唱え出すイルダーナフ。
「承知」
ジャッドは二本の矢を弓につがえ、穴から出た先頭のゴブリンを撃ち抜いた。煙に追われ、冒険者を追いかけていたゴブリン達が次々と姿を表した。
●洞窟前の戦い
地面から白い煙が立ち上る。文月がクーリングで水を凍らせたのだ。
「ゴブ?」
ゴブリン達はおかしいとは思うものの、急には止まれない。洞窟から出た途端、数匹が派手に転倒した。洞窟の入口はキットとジャッド、ロイの三人が作った罠で足の踏み場にも困る程。手前にロープを張ったり、油を撒いたり、小さいが穴まで掘られている。
「それ貸して」
伊堵は何を思ったかノアから松明を奪い、泥だらけになって懸命に起き上がろうとするゴブリンに放り投げた。地面にまかれた油に松明の火が燃え移り、ゴブリンの体にも火がつく。
「ゴブゥ?」
「あははは‥!! 見て! ゴブリンがゴミのようだわ!!」
酷薄な笑みを浮かべる伊堵。その哄笑は、怒りの咆哮にかき消された。
「ガァァァッ!」
入口からついにオーガが出てきた。
「やぁぁ!」
しかし、小さな影が鬼の巨躯にまとわりついている。タックワイズだ。
「小さいからって、おいらをなめるなよ!!」
オーガの攻撃を受けたアレスが先に下がり、その後はパラが一人でオーガと戦った。何故それが可能か。ボルジャーは技を持たず、代わりに剣速と体捌きを人一倍に習熟した。故に単純な戦闘では一段階上の敵とも互角以上に戦う。その意味では、オーガは彼にとって組み易い相手だ。
「おまえなんか、おいらがやっつけてやる!」
棍棒の一撃を懐に飛び込んで間一髪で躱し、タックワイズは小剣をオーガの腹に突き立てた。実に攻撃を加えること8回目、オーガは大きな音と共に倒れた。
「‥‥やった」
片膝をついたパラの首にホブゴブリンの斧が降りかかる。
ザクッ。
「邪魔だ! 死んどけぇ!!」
ホブゴブリンの背中にダガーが突き刺さる。それを投げたキットはマントを翻して駆け寄り、残る左手のダガーでホブゴブリンに斬りつけた。その間にボルジャーは鳴滝がリカバーポーションを飲ませ、声で励ます。
『君は勇敢だな。長生き出来そうもない』
「ああ、おいらはパラのファイターさ!」
会話は微妙に成立しない。鳴滝は一旦、パラを連れて退く。後方ではイルダーナフが二回目でホーリーフィールドを張る事に成功。結界は攻撃を弾き、ゴブリン達を寄せ付けない。
「間に合った、だが‥」
結界で入口を塞ぐ事は叶わなかった。穴からホブゴブリンが現れる。ゴブリンより足が遅く、装備も多いので遅れたのか。この段階で入口を押さえていればベストだったが運不運を悔やんでも仕方がない。
「奴ら、力任せに殴ってくるからな。結界もいつまでもつか」
「楽はさせて貰えんか」
ジャッドは結界から出て倒したゴブリンから矢を抜く。彼は二本ずつ撃つので消費が非常に早い。使えそうなのは再利用する。
すっかり陽は落ちていた。ゴブリンは殆どが倒され、残っているのはホブゴブリンばかりが6匹、そして冒険者を憂鬱とさせた事にはオーガがもう一匹現れた。
「これで最後だ。勿論、倒れるのは貴様らと決まっているがな!」
ロイはリカバーポーションで負傷を治し、ホブゴブリンに斬りつけた。盾で止められるが、それは予想の内だ。盾の塞がった相手にキットが両手のダガーで攻撃する。一撃は斧で弾かれるが、もう一方のダガーは腕を切り裂いた。
「‥ゴブッ!」
卑怯と言いたかったか。先程からその繰り返しで、ロイとキットは敵を徐々に追い詰めている。
「なんとでも言え。何を云っているのか分からん!」
ロイは冷静。最初彼は長剣の鞘で攻撃を受け止めようとしたが、皮の鞘で斧を受けるのは無理があり、壊される前に鞘を捨ててからは慎重になった。
「剣の扱い方を‥教えてあげます!」
伊堵は一匹のホブゴブリンと互角の戦いで、共に肩で息をしていた。敵も水野も狙いはスマッシュだが、力任せの攻撃は当たらないと両者すぐに気づき、以後はもう十合近く打ち合っている。勝負に出た水野はリカバーポーションの瓶をあおった。
『ここは通さない。どうしてもと言うなら、死ぬ気できたまえ』
鳴滝も一人でホブゴブリンと対峙する。不本意だが戦力を考えれば仕方が無かった。難敵を相手に鳴滝は防御を捨てた。足払いは耐えられ、続く中段の突きは盾で受けられ、最後のナックル攻撃は斧で弾かれる。もう少しで手首を落とされる所だ。
『その程度か、次は本気で行く』
崩せるまで攻める。その前に攻撃を受けたら負けだ。
「くっ」
ホブゴブリンの斧が結界を打ち、白い球面が一瞬見えて散った。
イルダーナフは予想よりあっさり破られた事に不快の表情を浮かべる。
「あとは任せた」
エルフの僧は退く。軽装の彼は囲まれたら戦いにもならないが、逃げ足は速い。ゴブリンがいない今は逃げに徹すれば何とかなった。矢を撃ち尽くしたジャッドも続く。
「任せて‥」
ホブゴブリンに文月は衝撃波を放つ。だが防がれた。大技は格下に撃つ物だ。今の文月に敵は互角か格上。文月を狙った攻撃は、横合いから現れたアレスとノアが防ぐ。
「協力しなくてはこいつらには勝てませんよ」
「わかってます」
三人で三匹を抑える。そして、回復したボルジャーは矢のようにオーガに迫った。本来は複数で当たるべき相手だが、戦いを見ていたイルダーナフがそれは無理と判断した。残したホブゴブリンの数が多すぎたし、オーガの攻撃を受けられる者が他にいない。避けるだけならキットだが攻撃が軽すぎ、水野は攻撃を受けた時が恐い。捨石と考えない限り、一撃でふらつく仲間は必ずしも戦いを有利にしない。
勝敗は僅かな差。あの時の一撃が躱せなかったら負けていたとかその程度の差だ。
戦闘とは概ねそのような物だが、倒れていたのが彼らでも何の不思議も無かった。
冒険者達は正しく全力を出し切って勝利し、洞窟を占拠した。
「‥俺達、勝ったのか?」
大見得を切るつもりだったロイが戸惑いを口にする。
「ああ、危ないとこだったが俺達の勝ちだ」
1人1人治療していたイルダーナフは穏やかな声で言った。