●リプレイ本文
●酒場にて
「嘆かわしいことだ!」
日本橋近くの冒険者がよく集る居酒屋で、志士や侍が酒を飲みながら話し込んでいる。
程よく酔いが回って声も大きくなっていた。
「憂国の志しがあれば、空しき私争で国を割る行いに加担できるはずが無い!」
「然り‥‥此度の源徳公の振る舞い、日本の政治をとる摂政としては余りに不審」
白河千里(ea0012)と陸堂明士郎(eb0712)の発言は、神剣騒動に関わった者なら誰にでも少しはあったかもしれない。
だからこそ、彼らは江戸で活動する冒険者でありながら江戸城の動静を探る危険な仕事に手を出した。
「私は、源徳様に限って不心得など無いと思いますが‥‥源徳様は神皇様の伯父ですし」
躊躇いがちに山王牙(ea1774)はそう言った。
「それならば、貴殿は何故この依頼を受けたのだ?」
明士郎に問われて、山王の顔に困惑が浮かぶ。全ては誤解と思っているが、源徳の知らぬ所で何かが起きている疑念は山王も捨てきれない。
「探索の折、神皇様や西国を狙い、冒険者まで襲いながら、東国には襲撃の無かった謎の忍者の存在が居る。源徳の居城で、誰がこのような謀り事を行えるというのだ」
千里が語気を荒げる。志士として、神皇を狙う武士には断腸の思いがある。
「ははは、飲みすぎじゃないか? 少し、頭を冷やせ」
天螺月律吏(ea0085)は千里の側に移動して水を渡した。
「‥‥律吏、お前もだ」
「ん?」
千里に睨まれて、律吏は当惑する。
「先の依頼の話は肝が冷えたぞ」
長屋で襲われた一件は、しつこく言われた。すまんと彼女は笑顔で言う。
「さっきの話だけど‥‥正体不明の忍者達はどう見ても東国に味方してたわよね。山王の言うように源徳公でないとしたら、伊達の独断なのかしら?」
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)が言う。短絡的ではあるが、単純な消去法。疑問は消えないが、同じ推測をする冒険者は多い。
「不自然と言えば、騒動の発端となった神剣の噂からして作為的だ。地下空洞が発見された時でなく、今この時期に神剣が発見されるというのも出来すぎている」
カイ・ローン(ea3054)は別の疑問を口にした。事の発端は‥何だったのか。
「月道が発見されたのはいつだったかな?」
「江戸で探索の話が出たのは三月だ。そのあと、大和の一件で一時話を聞かなかったが、江戸城で地下空洞が見つかり、月道が開いたのは‥‥」
思い出しながら千里が話す。千里は源徳が月道を探し始めた頃の依頼を受けた事がある。その時は雲を掴む話だったが。
「五月だ」
千里の続きは阿武隈森(ea2657)が説明した。
「あの蘆屋道満の誘いに乗っかって、あそこの月道を見つけたのは俺達なんだが‥‥あん時も一筋縄じゃいかなかった。おかしな仕掛けや炎の龍が出てきてなぁ」
「炎の龍?」
「ああ。さらまんだとか言ってたかな。ギルドに報告書が残ってるはずだが」
「‥‥そうですか」
エルフのカレン・ロスト(ea4358)は阿武隈の話に何か希望を得たようだ。
探索中、精霊魔法使い達は江戸城の特殊性に興味を持っていた。サラマンダーとイフリーテが守護者として呪縛され、二つの月道を持つこの場所は何なのかと。ただ場所が場所だけに調査出来ず、臍を噛む思いだとか。
「所で、剣を江戸に持ち込んだのは将門だと噂を聞いたが本当かな?」
鷲尾天斗(ea2445)が話を変えた。
「私もその噂は聞きましたが、江戸が出来る前の昔のことですからね」
平将門は百年以上前のジャパンの伝説の武将。反乱を起したと言われるが、確かな事は何も伝わっていない謎の存在である。
「それでも何か、文献に残っているかもしれません。私はそれを調べてみようと思います」
カレンはイギリス出身だが、多国語に通じている。ジャパン語も並の武士より読解力は上だった。もっとも、この場には彼女を越えるジャパン語の超人が一人同席していたが。
「ともかく調べてみぬ事には何も分からないか‥‥」
方針について確認した後、冒険者達は思い思いに別れた。
果たして江戸城の闇を、冒険者達は晴らすことが出来るか‥‥。
●調査活動
冒険者達は主に二つの組に分かれた。謎を解く為に文献を紐解く者と、源徳武士団の動向を探る者だ。
前者の筆頭は語学達者の助っ人を呼んで取り組んだ代書人の白河千里。それにカイ、カレン、それにカレンの護衛役に付いてきたショウゴ・クレナイ(ea8247)らの文献解読班。
「僕は荷物整理くらいしか出来ませんが、手伝わせて下さい」
フランク人のショウゴは一応ジャパン語は分かるものの、今回調べるのは主に江戸の昔や神剣の由来など専門書を見なければ分からない事柄ばかりだから手伝える事は少ない。ただ笑顔で雑用を引き受けた。
「イフリーテの残した言葉が気に掛かる。穢れた西の施設‥‥何の事だろう?」
ショウゴと同じくカイも文献解読にはタッチできず、千里やカレン達に代わりに調べて貰うしかなかった。
古い木簡を慎重に見ていた千里が顔を上げる。
「わからん。もし施設が月道を意味するなら、京か長崎か‥‥。月道のことでないとすれば検討もつかないが、私の興味は別だ」
「イフリーテの台詞の後半ですね」
カレンが言う。
『ここにあった神剣は穢れた西の施設を浄化するために使うと言っていた。お前達は神剣を返しに来たんじゃないのか?』
大きな声で口にする者は居ないが、そこに疑念が生じる。
焔法天狗の言った事が真実なら、剣は二つ存在する。
「あやつは何の為にあの場所にいたのであろうな。それに神剣と交代で返すと言った剣‥‥つまりはあそこに有ったは何だったのだ?」
千里は太古の歴史を調べた。
手掛かりとなるのは古事記や日本書紀などに綴られた神話だ。天地創造から三種の神器の成り立ちに至るまでの数々の神話、伝説‥‥そこに草薙の剣の記述がある。
神剣は神皇家の秘宝だから、普段は人の目に触れる事は無い。神皇その人でさえ、近代の記録では神剣を振るった者は居ない。歴史に登場するのは、名の由来とされる日本武尊の遠征や、僧侶に盗まれそうになったりと事件が発生した時だけだ。
「草薙が二つある記述はあるのか?」
「無くは無い。日本武尊遠征の折に熱田に置き去りにされて、現在も熱田神宮は草薙をご神体として奉っている。それが本物なら、御所の剣は偽物という事になるが‥‥」
明確に本物と偽物を分ける記述は無い。それで済んでいる。
「どうしてだ?」
「つまり‥」
神皇家がジャパン統一に邁進した伝説の時代はともかく、少なくともこの数百年、神剣は一度も使われていない。穿った言い方をすれば、御所にあるものが本物でも偽物でも『神剣』として機能した。
‥‥今までは。
「ここ最近、武具が大量に発注されていると聞いたが」
刀鍛冶の龍深城我斬(ea0031)は江戸の鍛冶職人達に当たった。
「なんだ我斬、お前ぇは那須に雇われたんじゃなかったか?」
「色々とあってね。仕事を探してるんだ」
龍深城は鍛冶師としても一級の腕前だ。彼の事を知る鍛冶師は仕事ならあると言った。
「上州で戦が始まった。それに神剣騒ぎだ、見習いの作った武具でも羽がはえたように売れやがる。お前さんなら安心できるぜ」
「源徳からも注文はあるのか?」
鍛冶師は勿論だと頷いた。聞いた数量を我斬は記憶に留める。
(「かなりの数だ‥‥が」)
上州への備えだろうか。噂では相当に拗れているようだ。
「‥‥明士郎の手伝いでもしてやるか」
仲間の動きが気になった我斬は陸堂明士郎に会いに行く。明士郎は数日前から江戸城御用の商人屋敷を張り込んでいた。
「やはり、戦でしょうかねぇ」
明士郎は米問屋の酒好きの手代に目をつけて、ここ数日居酒屋で顔を繋いでいた。
「ほう、とてもそうは思えないがな」
「私どものお店はお城の商いをさせて頂いておりますからねぇ、分かるんですよ」
「‥‥そんな動きがあるのか?」
明士郎がさりげなさを装って聞く。商人は口を開こうとして、怪訝な顔をした。
「‥‥?」
不思議そうに明士郎が商人の視線の先に目を向けると、背後で一人の少女が筆記用具を握り締め、聞き耳を立てていた。
「‥‥あ、‥‥あの」
商人と明士郎に見つめられて、水葉さくら(ea5480)は赤面する。
「‥‥わ、わたしの事は気にせずに‥‥つづきをどう、ぞ‥‥」
意味ありげな視線に、商人が少女から明士郎に目を移す。
「お友達ですか?」
「‥‥」
さて明士郎、陸奥流の達人だが口は剣ほど冴えない。
もっと大胆な行動に出た者もいる。
アイーダ、牙、律吏の三名は別々に江戸城に向った。
「何奴?」
江戸城地下の警備状況を調べた牙は簡単に発見される。誤魔化したが二度は近づけなかった。
アイーダと律吏は正面から城内に入った。
「‥‥しつこいな。先日も申したが、その方の申請した遺産は誤りがあり、受け付けられぬ」
アイーダは偽の遺産相続で信康と面会しようとしたが、何度来ても担当の役人の段階で追い返された。
「あのー、信康公は?」
「信康様ならば‥‥あいや、お主、信康様に何用だ?」
アイーダ、失敗。
「奥州殿とは、あれからどうなのだ?」
律吏は城中の武士に奥州藤原氏の事を聞いた。
「どうとは?」
「同じ東国で戦った仲だ。あのあと、どれほど仲良くなったかと思ってな」
大っぴらに聞き込みをした律吏も、程なくして摘み出された。まあ当然の結果である。
「‥‥来ないか」
家康宛に手紙を出した天斗は、船宿でのんびりとした時間を過ごした。
●月の夜
10月15日深夜。
月道の開く隙をついて地下空洞を調査しようと、冒険者達は江戸城に集った。
江戸城地下大空洞は、地上の江戸城よりも広いと言われる大迷宮だ。
富士見櫓の入口から続く上層の一角が月道施設として解放されているが、他にも幾つか地上との入口があり、神剣探索時にも様々な新発見があったと言われる。今は地下へ繋がる入口の殆どは封鎖されて、残った入口には多数の警備の兵が配置されていた。
「さすがに警戒は厳重ですね」
カレンは外で見物した。月道施設に入る商人や冒険者達と、それを監視する武士達の様子を眺めて、はぁと息を吐き出す。
「皆さんは、大丈夫でしょうか?」
足手まといになると思い、カレンは皆の荷物番に残った。
残る11人は。
「探索の折に、特別に聖別された十字架を中に落としたみたいだ。どうか取りにいかせてくれないか?」
カイ・ローンは警備の武士に地下空洞に入れて欲しいと頼み込む。
「どなたも中へ入れる事は出来ません。失せ物であれば町奉行所に届けるが良かろう」
「あれが無ければ故郷の地を踏む事が出来ない! お礼ならば十分にする!」
カイは食い下がったが武士達は取り合わない。彼らにすれば中へ入れたら切腹ものだ。尋常の交渉では通れない。
「うーん、あれくらいじゃ横をすり抜けたりは出来そうもないかな? 何か騒ぎでも起きてくれれば便乗したい所だねえ」
我斬はカイと衛兵の押し問答を見ていた。地下空洞上層の月道施設までは利用者を装えば行けない事は無いが、武士達の目を盗んでそこから下層に忍び込むのは簡単ではない。少なくとも忍者並に隠密行動に長けていなければ無利だろう。
「俺達は只でさえ目立つからなぁ‥‥だが、騒ぎが起きないとは限らねえ筈だ」
阿武隈は機会が来るのを待った。他の冒険者達も周辺に待機している。囮のつもりの律吏だけは、警備にわざと話しかけて注意を引いていた。
満月が中天に輝く時。
城内の一角が俄かに騒がしくなった。月道施設とは別の場所、冒険者達は千載一遇の機会と駆け出す。ショウゴは黒狼に変身し、我斬や牙、森、アイーダ達も続くが。
「何事でござるか?」
下層の入口を守る武士達に呼び止められた。
強行突破を試みるなら出来なくは無かったが、冒険者の中にそこまでのリスクを覚悟している者はいなかった。
「いや、騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだが‥‥どうやら此処では無かったようだねぇ」
我斬達は大人しく引き下がった。ショウゴも人型に姿を戻す。全裸だが、黒っぽい服らしき物を擬態して仲間の影に隠れる。
一方、この騒ぎに乗じて地下でなく城内への潜入を計ったのはさくら、明士郎、天斗。
「‥‥さあ、今のうちですっ」
忍者の格好をして心持ち楽しげなさくらが先頭を行く。しかし、人目を避けて動くうちに、三人は現在位置を見失った。
「まさか‥‥ほんとうに迷子になるとは‥‥っ」
「誰かに道を聞く訳にもいかんしな‥‥所で俺達はどこへ向っているのだ?」
「ど、どこでも‥‥重要なそうな人の話を立ち聞きしたり、重要そうな書物を盗み見れたらいい‥‥」
無理はせずに出来る所からコツコツと、と水葉は言った。
色々と間違っているが今更気にしても仕方が無い。
余談。
満月の探索が不首尾に終わり、落胆する冒険者達がギルドに呼ばれた。
「依頼人から、報酬をお渡しするようにと」
ほぼ予定通りの報酬が支払われた。決して芳しい結果では無かったから参加者の表情に疑念が浮かぶが、手代に聞いても答えは無い。それに鎧が一領。分割は出来ないと言うのでじゃんけんの結果、鷲尾が取る。