●リプレイ本文
●毒餌
「鼠退治なんだから、殺鼠剤は持っていかないとやばいかな」
出立前、戦士のサフィア・ラトグリフ(ea4600)が言ったのをリオン・ラーディナス(ea1458)は聞き逃さなかった。
「キミ、錬金術か何か使えるの?」
この時代、毒を扱うのは専門家だけだ。まず学者や暗殺者だが、猟師や戦士が知識を持つ事もある。金属系の毒素なら錬金術士も間違いではない。
「エチゴヤで買えるんじゃねーの?」
「売ってないな」
毒草について少し知識を持つレンジャーのアリオス・エルスリード(ea0439)は首を振った。
「そうなのか?」
「落胆するなよ。たかが鼠の6匹や8匹、簡単だってサ〜」
消沈するサフィアの肩を叩いてリオンは笑った。
この時はまだ、それで済むと思っていたのだ。
冒険者一行の到着は、村人達を一様に驚かせた。
「は、早すぎる‥‥さすがキャメロットの冒険者だ」
村長は感嘆の声をあげて彼らを迎えた。
「早いかな? あたし達、ふつうに街道を歩いて来たんだけど」
戦士のライラック・ラウドラーク(ea0123)は不審に思ったが、とりあえず喜んで貰っているようなので逆らわず、村長に食事を頼んだ。彼女は村での食糧を当て込んで、殆ど食糧を持ってきていない。ここまでも足りない分はジャイアントのナイト、シャルグ・ザーン(ea0827)にたかって凌いだ。ザーンは予めライラックのような者はいるだろうからと余計に食糧を積んできていた。
「お待ち下さい。我輩達はキャメロットから二日で此方まで来た。早過ぎるという事は無いと思うのだが?」
真面目なザーンは率直に聞く。
「え? それでは皆様は鼠退治にこられたのでは無いのですか?」
「当然ではないか。鼠退治だと、冗談は止せ!」
ナイトのゼシュト・ユラファス(ea4554)は本気で憤慨していた。
目が点になる冒険者一行。
「いいボケです。私も見習わないといけません」
笑ったのは浪人のとれすいくす虎真(ea1322)だけだ。
「そうそう、先程の話ですけど」
「な、何の事でしたか?」
状況についていけない村長に、虎真は手を合わせて訴えた。
「忘れるなんてヒドイ‥、宿と飯の事ですよ。ホンットお願いします。貧乏冒険者には宿に泊まる金さえないのですから」
抱き付かんばかりの勢いである。
‥‥どうでも良いが、本題が置いてきぼりだ。
「我輩達は鼠退治に来たのだ」
ザーンは再び質した。虎真は神聖騎士クレア・クリストファ(ea0941)の身内というので彼女が引き剥がし、ゼシュトにはアリオスが依頼の最初から説明をしている。
「それは‥‥どういうことで??」
ようやく冒険者達は話が噛み合わない事に気づいた。村長がともかく中へと、彼らを招待したので村長宅で詳しい話を聞く。村長は鼠の害が酷いのでキャメロットへ二日前に知らせを送ったばかりだと言う。
「あたし達はその前に依頼を受けたんだよ?」
嫌な予感がした。
「まさか‥‥それでは‥‥」
最初に状況を飲み込んだのは村長だ。顔面蒼白になり、ついで咳払いをして顔を隠した。冒険者達が昔の依頼で来た事には気づいたが、それをどう説明するかが彼には問題だ。非が冒険者ギルドにあるのは明らかだが、それを冒険者に言っても彼らは帰ってしまうかもしれない。村長は今すぐに冒険者を必要としていた。
「あー、村長殿?」
様子を察して声を発したのは意外にも先程大ボケをかましてくれたゼシュト。
「何やら手違いがあったようだが、我らは民を守る者。仮に大鼠がドラゴンに化けようとも、対処しよう。だから正直に話すが良い」
何人か、ドラゴンだったら絶対に逃げるけどねと声には出さず呟いた。
「おお、引き受けて下さいますか」
涙を流す村長。二人とも役者である。それとも地か。
「ドラゴンじゃなかったけど、8と50はかなり違うね」
事情を聞かされてバードのチェルシー・カイウェル(ea3590)は溜息をついた。
「申し訳ありません」
「申し訳ないのは俺達ッス! 何かの間違いで遅れて来てしまったようだけど‥‥殲滅に全力を注ぐので、どうかお許しを〜!」
リオンは責任を感じたのか平謝り。意外に営業向きな男である。
「鼠は多産だからな。つい最近被害があったというなら見ておきたい。今すぐでもいいかな?」
アリオスが言うと村人の一人が案内につき、彼は席を外した。
「わたしも一緒に行くわね」
チェルシーも席を立つ。鼠の事は門外漢だが、村人から聞けば何か分かるだろう。
退治すべき数は目的地についた途端に約6倍になった訳だが、冒険者達は短い話し合いの後に殲滅する方向で依頼を遂行すると決めた。これには村長が彼らの滞在中の全般的な世話と食糧と、殲滅時のボーナスを約束した事も一部の説得に大きく影響している。
「しかし、それだけ数が多くては一筋縄ではいきません」
片目を閉じた武道家の夜桜翠漣(ea1749)は鼠退治を引き受けるにあたり、村長に一つの条件を出した。
「火を使うことにします。火は洞窟内で焚きますし、煙でねずみを弱らせ、追い立てることが目的ですから森に影響はないと思いますが、宜しいですか?」
「勿論です」
猟師達も狩りで獣を燻すことはある。その程度は問題ない。山火事にでもなれば大変だが、冒険者達がそんなヘマをするとは村長は考えもしない。
冒険者達は村に到着してから三日間を準備に費やした。その間、アリオスとシャルグは山に分け入って鼠の通り道を探す事と毒草探しに費やし、虎真とリオン、サフィアは毒草を練り込んだ料理(毒餌)作りに精を出した。夜桜は鼠を穴から燻り出す為の材料作りに奔走し、これはゼシュトも手伝った。ライラックとクレア、チェルシーは鼠が襲ってきた時のために村の防備を厳重にし、他の仲間達も交替で手が空いた時は警備に参加した。
この警備の最中一度だけ、鼠の襲撃があった。
だが‥‥。
黒い塊が地を覆う。見張りに出ていたアリオスは純粋な恐怖を感じた。
群れは黒い怒涛と形容する方が相応しい。
「コレは止められない‥」
未来は知らず、少なくとも今の彼らにこの押し寄せる暴威を止める事は不可能と思えた。
「で、でかけりゃ良いってもんじゃねーぜ」
村を守っていたライラックはジャイアントラットの群れに恐れをなして近くの家の屋根によじ登る。もし立向かっていれば全ては無駄になったろう。
「1‥2‥‥5‥‥多いわね‥‥9‥‥13‥、って多過ぎるわよ、コレ」
村の入口近くの樹上で待機していたクレアはデティクトライフフォースをかけたが、改めて依頼のとんでもなさを実感した。今彼女達が降りて戦えば、あっと言う間に鼠達は殺到。斬り倒せるのは良くて2、3匹‥後には骨までしゃぶられた元冒険者の残骸が残るのみだ。
「こんな広い所じゃ、戦えないわね」
チェルシーも隠れて様子を見ていた。彼女は魔法を試して見ようか迷ったが、思い留まった。
「本当に、大丈夫ですか?」
「必ず、鼠どもは殲滅する。ご安心召されい」
シャルグは動揺する村長に宣言する。
村には、もう村を一旦捨てるか、それとも捨身で鼠と立向かうかしか残っていない。
冒険者達も、これが最初で最後のチャンスと覚悟して洞穴へ向った。
●鼠退治
冒険者達は何段階かの作戦を用意していた。
最初は『メロディ毒料理作戦』である。
「じゃあ、歌うよ」
チェルシーは巣穴の入口に立ち、中まで聞こえるように歌をうたい始めた。
さあ喰らい付け 餌の時間だ
目の前にある 全てを喰らえ
欲望のまま 赴くままに
ただひたすらに 全てを喰らえ
バードの『呪歌』だ。用意してきた毒餌はチェルシーの前、穴の入口に置かれている。
(「まだかなぁ。鼠には呪歌は効かないのかしら。それなら止めて逃げた方がいいかな‥」)
この作戦は非常に危険である。
まず、呪歌は歌が聞き取れる距離でないと効果を発揮しない。そんな近い距離に鼠がいれば最初から襲ってくる訳で、この作戦は音が聞こえる事で何かあるなと出てきた鼠を効果範囲で術中に落とさなくてはいけない。
もう一つ、致命的と思える事がある。
鼠は雑食であり、ましてジャイアントラットは人も食う。
‥‥誰か先に止めろと思うのだが、今回の冒険者達はハズレだろうか。
絹を引き裂くような悲鳴が森にこだまする。
救ったのは、二発の衝撃波。クレアと虎真の放ったソニックブームが餌(チェルシー)に飛びかかった鼠の横腹に突き刺さる。
「ふふふ、今宵もこの鼠斬が血に飢えている」
不気味な事を言う虎真。
「だぁぁぁぁ!」
チェルシーの側まで駆け寄ったライラックはスマッシュで鼠を打った。が、外れる。
「つ、使えねぇ技‥‥」
技のせいにしてはいけない。気を取り直して、今度は自分に向ってきた鼠を普通に斬った。斬られた鼠は悲鳴をあげ、直角に曲がって逃げ出した。
「見得張らず、最初からこーすりゃ良かったぜ」
因みにライラックの頭には猫の耳が、腰の下には猫の尻尾がついている。彼女は何かと扮装好きなのだが‥‥すこぶる怪しい格好である。
「鼠退治なんだから猫だぜ。当然だろ?」
本人には自覚はないようだ。
さて、戦闘に話を戻そう。討ち漏らした鼠はアリオスが矢で射た。出てきたのは5匹だったが、残りも速やかに始末された。ライラックとクレア、それに餌にされかかったチェルシーが負傷した。ライラックはかすり傷だったが、クレアは軽傷、チェルシーは中傷。
「ごめんなさい、援護が遅れたせいよね。このポーションを使って」
クレアは持っていたリカバーポーションをチェルシーに渡した。
「‥‥」
それを見ていた虎真はクレアにポーションを渡す。
「なに? 私の傷は浅いわよ。ポーション使うなんて勿体無いじゃない」
「そーとも言えんでしょう。命は大事にしませんと」
僅かな怪我でも、それが命運を分ける事はある。クレアはポーションを受け取った。
毒料理作戦が失敗に帰し、冒険者達は次の『焼き討ち作戦』の準備を始めた。
次の主役は翠漣。彼女は村から持ってきた木材を組んで板を作り出した。これで洞窟の入口に蓋が出来れば彼女らの勝ちだ。
翌早朝。
冒険者達は約半数を割いて巣穴への突入部隊を編成。メンバーはライラック、クレア、虎真、リオン、ゼシュトの5人。その間シャルグ、アリオス、翠漣、チェルシー、サフィアは穴の外で待機し、討ち漏らした鼠に対処する。
「『ネズ』ミだけに、『寝ず』にいる、な〜んてことはないよネ」
とは突入直前のリオンの言。彼がここで死ねば遺言になるだろう。
「おーい、なんであたしだけ先頭?」
入ってすぐ、ライラックが抗議した。後衛希望者が多く、彼女だけ突出する形になっていた。
「私が前に行くわ」
クレアが言った。彼女は虎真と一緒に後衛からソニックブーム攻撃を考えていた。確かに先頭が二人でなく、ライラック一人なら隙間から衝撃波を放つのは出来ない事ではない。だが誤射の危険はあるし、ライラックにかかる負担が大きすぎる。
「危なくなったらすぐ言え。俺が代わってやる」
最後尾についたゼシュトは意気盛んだ。明りはそのゼシュトとライラックが持った。中列の虎真とリオンは木と藁を束ねた荷物を背負う。これを洞窟の真ん中で燃やして燻すのが彼らの役割だ。
「‥‥その荷物を寄越せ。日が暮れてしまう」
また少し進み、今度はゼシュトが進行を止めた。前を行くリオンが遅いので苛立ったのだ。リオンは体力が無い方ではないが、剣と盾と鎧を装備してその上で荷物を背負っては動く事も難儀して当然だった。
最初に現れた鼠は10匹余りだったと思う。
巣穴に侵入した不埒者を始末しようと彼らは猛然と冒険者達に襲いかかった。
「けっ、鼠が人間様に楯突くなんて百年早いぜ」
飛び込んできたジャイアントラットにライラックの長剣は深手を負わせた。クレアのクルスダガーも左右の同時攻撃で中傷を負わせる。
キィー!
三匹目が飛びかかってきた。避けきれず、クレアは手傷を負う。人より小さいジャイアントラットは洞窟を冒険者達より少しばかり広く使った。通路で正対すれば二対三、或いは四。
「‥邪魔だ、退け!」
我慢できず、ゼシュトはリオンを押し退けてクレアの横に立った。
「負傷者は下がれ。私が代わる」
ゼシュトが長剣を振り被るのを見て、ライラックは慌てて下がった。次の瞬間、振り下ろされたゼシュトの剣から衝撃波が放たれ、前方にいた2匹の鼠を切り刻む。
「これが力だ!」
剣風が吹き荒れる度に鼠の体が舞った。しかし、時に避けられるとゼシュトは防御を知らない男で鼠にたかられた。頑健な体故に殆どはかすり傷で済んだが10体を屠った頃にはさすがに痛みを感じた。彼は軽傷と言い張ったので、残っていたリオンのポーションはクレアが使った。
これでポーションはもう無い。
「次はおまえの番だ」
リオンの肩を掴み、ゼシュトは元の位置に下がった。
「くはぁ〜、責任重大だ〜」
間もなく新手の鼠達が現れた時、リオンは交代要員の役割は果たした。ゼシュト程の派手さは無いが、その代わりリオンはよく斬り、よく避けた。彼自身は無傷と言って良かったが、最初より時間はかかった。
「限界だぜ?」
ライラックが撤退を促す。洞窟全体をスモークするには足りないかもしれないが、5人は退却を決めた。運んできた木束を通路に重ねて火をかける。
鼠と煙に追われながら、必死で走った。
「よくぞ戻った! あとは我輩が引き受けよう!」
土嚢を積んで狭くした入口の前で仁王立ちしたシャルグは仲間達を先に行かせ、鼠の奔流の前に立ち塞がった。オーラボディ、オーラシールドをかけた彼は己を鉄壁の護りとしていた。巨漢をすり抜けてきた者はアリオスの矢とチェルシーのムーンアローが止める。仲間が無事に後退したのを見てシャルグも鼠にたかられながら入口を出た。
「今です!」
それを待っていた翠漣が木組みの板で入口に蓋をする。
「調理場の敵め、これで終りだぜ」
土嚢を担いだサフィアが板の隙間を土嚢で固めていく。他の冒険者達も手伝った。
数時間後、入口の蓋を壊して冒険者達は再び洞窟の中へ入った。
だが煙が完全でなかったのか鼠達は再び激しい抵抗を見せた。何とか勝利したが、何匹かの鼠には逃げられた。二度の洞窟戦で冒険者側は重い傷を負い、帰還を決める。
途中で村にも立ち寄り、戦果は包み隠さず報告した。
全滅とはいかなかったが村長は涙を流して冒険者に厚く礼を述べた。
余談だが、怪我の治療には村の謝礼をあてても足が出た。
また駆けだしの冒険者ながら50余りのジャイアントラットを殲滅した事は噂になった。そして村長に焼き討ちを進言した翠漣は暫く『焼き払う者(バーナー)』と呼ばれた。