●リプレイ本文
京の真ん中、朱雀大路の程近くで金髪の青年が二階建ての宿屋を見上げていた。
「盗人風情がずいぶんと幅を利かせてくれるな。京の町も物騒なことだが‥‥」
派手なマントを羽織ったデュラン・ハイアット(ea0042)は昼間のうちに甲州屋と近江屋の中間地点に宿を探して、部屋を一つ借りた。夜烏撃退の活動拠点にしようと言うのである。
「助かります。本当は、先にどちらの店か特定できたら良いのですが」
早速に宿に来たジャイアントの山王牙(ea1774)がデュランの借りた部屋に荷物を置いていく。
「ふむ。それで絞り込めそうか?」
「私は近江屋を調べてみるつもりです。その前に念のため道を調べておこうかと」
山王は宿から二つの店まで走ってみた。韋駄天の草履を使っているので疲れは少ない。
「ちょいと」
走る山王の姿を見かけて、町娘の恰好をした南雲紫(eb2483)が声をかけた。
「南雲さんも聞き込みですか?」
「これから近江屋に行くところだけど、そこで貴方が走り回ってると聞いたから‥」
名だたる志士が商家の間を往復していれば人々の気を引く。夜烏一味が近いうちに襲撃するつもりなら、どこで見ているか分からない。
「それは不注意でした。宿から二つの店の最短経路を調べていたんですが‥‥それらしい人を見かけたのですか?」
「あのね。昼間っから、あからさまに怪しい盗賊なんて居ないわよ」
南雲は苦笑した。傍目には冒険者達の方が余程奇異に見えるだろう。実際、冒険者達が色々と動いたおかげで、この翌日には事態は違う方向に動く事となる。
「友人への贈物を探しているのですが」
ゼルス・ウィンディ(ea1661)は近江屋に客として訪れた。ジャパンに居る冒険者の中でもゼルスはトップクラスの実力者であり、新撰組一番隊相談役という肩書きも持つ。奥から店主が出てきて彼の相手をした。
「ご店主、何か珍しい業物があれば見せて頂きたい」
「なかなか業物は‥‥これなどは如何でしょう?」
京の武器屋だけに品揃えはそこそこだが、名刀魔法刀の類は現品が無く、何年も先まで予約がついていた。
「越後屋に行けばコテツもクニユキもあると聞きますが?」
ゼルスが言うと、近江屋は頭髪の薄くなった頭をなでた。越後屋には敵わないとこぼす。
「あれだけの品をよく仕入れられるものと驚いておりますが‥‥」
越後屋の福袋では1両で名刀が手に入る事もある。近江屋の知る、さる大身の武家が越後屋で来国行を得ようと二千両も積んだが叶わず、それならばとその金で福袋を買い、身代を潰したとか。
「二千両ですか‥‥幾らなら売ったのでしょうね」
「額の多寡ではありませんでしょうな」
珍しい業物なら、その価値は一国一城より重いという。たかが刀一本、少々良く切れるだけの包丁の値打ちがそれだけ高騰するのは門外漢には分からない話だ。ゼルスが帰った後、暫くもしないうちに山王がほぼ同じ用件で来店する。
「四日後までに、この金子で手に入る最上の武器を仕入れて欲しい」
見せびらかすように山王は百五十両を床の上に出した。
「うちの店も捨てたもんじゃない」
近江屋の店主は名うての冒険者が相次いで店に来るので、少し得意げな気分になったがこの日は更に来客が続き、訳を知って彼は肝を潰す事になる。
店を出た山王は引き上げる振りをして店の裏に隠れ、印を結んで呪文を唱える。南雲に釘を刺されたばかりだったが、神皇の居る京を騒がす賊を倒す為に山王は手段を選ぶつもりは無いようだ。
陰陽寮のツテで冒険者達が検非違使庁の記録を調べた所によれば、これまでに夜烏一味に襲われた商家は米問屋の三河屋、薬種問屋の松代屋、両替商の大黒屋の三件。
一件目、二件目は朝になるまで家人は気付かず、共に数百両余りを盗られたらしい。三件目の大黒屋は一家使用人に用心棒まで合わせて12人が皆殺しの悲劇に遭っている。
「何か関連性はないものか‥‥」
風霧健武(ea0403)は襲撃された店に関連性を見出そうとした。三件とも江戸に支店を持つような大店で、この御時世だから用心棒も数人雇って警戒はしていたらしい。大店故に良い評判も悪い評判も様々で、短時間では特にこれという絞込みは出来なかった。
「強いて言うなら、夜烏が今回も大店狙いだとするなら、甲州屋より近江屋の方が若干格上だが」
行き詰った風霧は運勢を占って貰った。
「‥‥えいっ」
風霧の運勢を占った陰陽師は。
「ううむ‥‥おぬし、星月に嫌われておるの。今週は夜中は出歩かぬことじゃな」
「それは上々だな」
悪い卦が出たのに風霧は微笑んだ。夜中に運が悪いという事は、彼なりの解釈では当たりである。
「何かあるんですかい?」
「‥‥何かとはなんだ?」
デュランダル・アウローラ(ea8820)は甲州屋の向かいの家屋敷を覗いていた所だった。これも下調べの一環だが、周りから見れば不審人物だろう。彼に声をかけた町人風の男は白髪の騎士に睨まれて怯えたように半歩下がる。
「いえね、その‥今日は旦那みたいなのをこの界隈で良くお見かけするもんですから、こりゃ何かあったんじゃねえかと思ったわけで‥」
そこまで云われてデュランダルは男に対する疑念が湧いたが、表情を押し殺して踵を返す。
「‥‥何も無い」
デュランダルが立ち去ると、見送った男は側で様子を見ていた連れに近寄った。
「近いうち、この辺りで血の雨が降りそうだぜ。あんなのが出るようじゃな」
「まったくだ。‥‥あれが有名な狂戦士かい。往来だってのに殺気が尋常ではないな」
さて、夜盗の正体が不明な為か、冒険者達は下調べに念を入れていた。
町娘の姿をした南雲や忍びの風霧は置くとしても、平服でもデュランダルやパウル・ウォグリウス(ea8802)、フィーナ・グリーン(eb2535)のような西洋人や、山王、御神楽澄華(ea6526)のような高名な志士は目立つ。近頃は京でも冒険者の姿が珍しく無いとは言え、何かあると思われるのも道理だ。
冒険者達の活動は噂になり、それに尾鰭がついた。
「そこの酒場で小耳に挟んだんだが、夜烏一味の次の狙いは甲州屋だって話だぞ」
「その話なら、俺も聞いた。何でも偉い陰陽師の占いで夜烏が甲州屋を皆殺しにすると卦が出たんやと」
「この前のは惨かったからなぁ。冒険者ギルドが夜烏退治にてだれを送り出したというぞ」
翌日には噂を裏付けるように見廻組や新撰組の隊士が甲州屋と近江屋に立ち寄り、長々と話を聞いていった。夜烏一味が押し込みの予告状を出したと噂され、冒険者と対決するらしいという所まで話が膨らみ、冒険者達が二つの店を見張っていると町の人々から声援が送られるまでになった。
「‥‥困りましたね」
当の冒険者達はこの変化に困惑したが、噂の原因を作ったのは彼らである。
甲州屋が襲われると情報を酒場で流したのは澄華だ。またウィルマ・ハートマン(ea8545)が甲州屋と近江屋、それに見廻組と新撰組に襲撃の予知の事を話していたし、ゼルスとパウルも見廻組と新撰組一番隊に立ち寄って夜烏一味の情報を聞いていた。
これだけ動けば、新撰組や見廻組が両方の店に現れるのも不思議な事ではなく、また先の冒険者達の目撃情報と合わせて、人々に夜烏と冒険者の対決を予想させるには十分だった。
冒険者達は待機所に選んだ宿の一室で対策を協議する。
「俺が連中なら、当分は田舎に帰って昼寝するがね」
ウィルマは自嘲気味に呟いた。確かに、京で指折りの冒険者達が待ち構える虎口にわざわざ乗り込んでくるのは阿呆のすることだ。
「いや腕に自信のある奴らなら、他の店を狙って俺達の鼻を明かそうとするんじゃないか?」
パウルが言う。仮に冒険者達の行動が夜烏に知られているとするなら、この待機所から一番遠くの店が狙われる可能性が高いだろうか。
「しかし‥‥いくら見張りを工夫しても、この人数で京全体を警戒するのはどだい無理な話だ」
「今更、他の大店まで見張ることは出来ん。敢えて甲州屋か近江屋を狙ってくる可能性も無くは無い」
「私達の事がもう知られてしまったなら、いっそ囮にして誘き出すことは出来ませんか?」
冒険者達は夜烏の影を踏んでいるがそれに気付かず、新しい情報が無いので議論は堂々巡りに陥る。
「何か良い魔法は無いか?」
「そうですね‥‥」
結論が出ない所の魔法頼みで仲間に問われて、ゼルスは一巻のスクロールを取り出した。可能性に掛けて夜烏が襲撃を考えている店を調べたゼルスは傷を負う。何が足りないのかムーンアローでは分からなかった。
結局、冒険者達はこれまで通りの警戒態勢を続けるより無かったが‥‥。
それから数日後。
その夜は夕方から小雨が降ったり止んだりで、厚い雲は完全に月を隠していた。凶賊夜烏が現れるにはうってつけの暗夜である。
冒険者はもしかすると今日こそはと思いつつ、四箇所に分かれた。
デュランとパウルが甲州屋、健武・ゼルス・澄華・ウィルマの四人が近江屋、近江屋と宿の中間にフィーナ、そして宿には山王と南雲、デュランダルの三人。
夜烏が甲州屋に出たなら空飛ぶデュランが上空から灯りで知らせ、近江屋に出たなら健武とフィーナがリレーして宿まで伝達する手筈である。
今か今かと冒険者達は待ち構えた。
「‥‥えっ?」
宿から近い場所にいたフィーナは突然の轟音に耳を疑った。
真っ赤な光が宿の辺りを照らし、すぐに消える。その音と光は甲州屋のデュランら、近江屋の健武らにも見えたに違いない。
「まさか‥‥」
駆け出したフィーナは真っ先に宿に着いた。
二階建の宿屋があった場所は変わり果てて、瓦礫の山と化していた。そこら中から聞こえるのはか細い人々の悲鳴だ。
「こんな、ひどい‥‥みんなは!?」
「その声はフィーナ? 手を貸して」
フィーナが声に促されて迷わず瓦礫の中に入ると、山王が崩れた柱の下敷きになり、デュランダルと南雲が彼を助け出そうとしていた。
「何があったんですか?」
「分かりません。‥‥おそらくファイヤーボムだと思いますがいきなりで」
宿の二階で待機していた三人は突然起きた爆発に、対処する暇も無かった。爆発により建物が崩れて、山王が逃げ遅れたらしい。三人で何とか山王を助け出した頃には、甲州屋近江屋の面々も宿屋に到着した。爆発の被害は宿の周辺にも及び、暗闇でよく見えないが付近は酷い有様になっていた。
「夜烏は?」
「私が調べます」
ゼルスはムーンアローのスクロールを、夜烏一味を指定して撃ったが月矢は跳ね返ってきた。
「居ないだって? じゃあ陽動か?」
「‥‥だとすれば今から戻っても手遅れだな」
冒険者達は店に取って返したい衝動を抑えて、爆発で傷ついた人々を可能な限り助けた。宿は全壊、更に周辺の建物4棟が半壊。死者三名、負傷者は二十数名に及ぶ。
ほどなく役人も到着し、救出作業と事後作業をするうちに朝が来た。結局その夜は近江屋も甲州屋も、また他の大店も夜烏に襲われたという話は無かった。
疲れている冒険者達がようやく役人から解放されると、1人の陰陽師が待ち構えていた。
「貴公らが私の観た未来を変えた者達かね」
陰陽寮で夜烏襲撃を予知した人物らしい。陰陽寮の陰陽師というからには出自は確かなのだろうが、田舎の百姓と言われた方が通るような泥臭い風体の中年だった。
「ご苦労だった」
冒険者達を労う陰陽師に、叱責されるものと思っていた彼らは戸惑う。
「今朝、新しい卦が出た。もう京に夜烏は現れないと。これも貴公らの活躍によるものだ。礼を言う」
「‥‥馬鹿な」
太陽に照らされた元宿屋の惨状が目に入らないかのような陰陽師に、冒険者達は言葉を失う。惨憺たる結果ではないのか。
「事件は解決したんだよ」
未来は変わり、それ以来夜烏一味は現れない‥‥か
おわり‥‥?