近頃の生物事情

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 85 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月22日〜09月28日

リプレイ公開日:2006年10月03日

●オープニング

 最近、冒険者が連れている動物のことがよく町の人々の話題にのぼる。
 ようは冒険者達のペットなのだが、これが犬猫小鳥といった単純なものではない。
 魔獣、妖怪のたぐいから、果ては「生物」の範疇の外にあるものさえ居るという。
 村人が魔物退治を依頼して、冒険者が連れてきた魔物にパニックを起こしたという話すら珍しくない状況なのだ。

「こんなに可愛いのに‥‥」
「まあ気持ちはわかりますが、世間一般には化け物、モンスターに相当する代物ですからねぇ」
 冒険者ギルドの手代は日々ペット関連の相談や苦情が増えることにため息を漏らした。
「実際、妖怪の退治依頼を出したら、やってきた冒険者が同じ妖怪を連れていて騒動になった、という事すらあるんですよ」
 冒険者の魔獣所持は公に認められているものではない。前例のないことだけに禁止する法というのもあまりないが、魔獣・妖怪の場合は冒険に連れて行くことを断られる場合も珍しくなかった。
「どうしたものですかねぇ‥‥」
 このままではペット問題で遠くない未来、ギルドが奉行所に訴えられるかもしれない。
「では町の人々にペットのよさを知っていただくのはどうでしょう?」
「そうそう、怖くないって理解して貰えると思うんだ」
「また無茶なことを‥‥」
 ことはそれほど単純でもない。
 身分制度の厳しいジャパンでは、たとえば武士以外が馬に乗ることすら禁じる向きがあるのだ。
 だが、なにごともやってみなくてはわからない。
「一度、考えてみましょうか」
 ギルドからの依頼で、ペット事情を検討する事となった。
 

●今回の参加者

 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7078 朧 夜叉丸(26歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

エンデール・ハディハディ(eb0207)/ フレイ・フォーゲル(eb3227

●リプレイ本文


 冒険者のペットが問題になり始めたのは、今年の初め頃だった。
 最初はおかしな物を連れている、と首を捻る程度だった。
 それが、笑って済ませられなくなったのはいつからだろう‥‥。


「たとえば、このケルピーという馬に似た魔物、ジャパ〜ンでは水馬と言ったかね〜。神秘的な雰囲気で人を誘いドザエモンにすると言われている〜」
 医者のトマス・ウェスト(ea8714)は自分が持っている各国の博物誌や妖怪の絵巻物を元にして、魔獣に関する知識をジャパン人に教えた。
「けひゃひゃひゃ、新鮮な水死体が手に入るなら我が輩も一匹ほしいかね〜‥‥」
 トマスは大衆が集る所を探し、酒場や寺院で講義を行った。発言はぶっ飛んでいるが、これでも高僧に匹敵する法力を持ったクレリックである。
「先生よぉ、水死体なんて欲しがって何に使うんだね?」
 講義を聞く船場の人足風の男の質問に、トマスは曖昧な笑みを返した。
「まあ、それはそれとして、よく似た魔獣にヒポカンプスというものがいる〜。ジャパ〜ンでは海馬といわれるものだが、こっちは非常におとなしく、上手くすれば人が乗ることも出来よう〜」
 へぇと聴衆達が頷く。講義を聞く人々はトマスの話に聴きいっていた。
 イギリス人ながらトマスはジャパン語に堪能で、人に物を教えるのにも慣れている。博物誌に載ってる魔獣の説明など雀の涙程度のものだから、トマスはわざわざ資料を自作していた。
「だが、見分けが付きにくいのでは仕方がない、水の滴る馬を見かけたら決して近づかないことだね〜」
「それじゃ意味ねぇだろ」
「雨の日はどうすればいいんだ。みーんな水が滴ってるぞ」
「言われてみれば、そうなんだね〜。けひゃひゃひゃ」
 トマスは博学な医者だが、モンスター知識は頼りない。その点ではこの講義の有用性は怪しいものだが、話が面白いので結構聞きに来る人がいた。それだけ魔獣への関心が高いという事でもある。
「近頃は物騒でいけねぇ。おっかねえんだよ」
「先生、お守りみたいのは売ってないのかい?」
 生徒達は魔獣や妖怪の話――それには伝聞も体験談もあった――を口にした。中にはすぐにでも何とかしなければいけないような話もあり、トマスは後でそれを手代に話した。


 江戸の冒険者ギルド。
「言われてみれば、何時の間にやら珍妙な生物を飼う冒険者の方をお目にかけるようになりました」
 手代と話す馬廻りの女侍、白羽与一(ea4536)は近所の様子を思い浮かべる。
「冒険者街も賑やかで御座いますね」
 穏やかに微笑む若武者に、手代は露骨に顔をしかめた。
「それで済むことなら、わざわざ依頼なんぞ出しませんよぉ」
「‥‥」
 自分達は慣れてしまったが、ペットと呼ぶには余りに風変わりなモノ達に、一般市民の不安が募っているのは事実だった。
「まずは、街の皆様のぺっとに対する想いを聞いて回るつもりです」
 白羽が言うと手代は、自分も同行すると言った。これには与一が驚く。
 ギルドは冒険者の斡旋が仕事だから、直接依頼と関わる事を嫌う。
「ま、今回はうちが依頼人だ。‥‥実は野暮用もございますので」
 手代が言うと、小僧が風呂敷包みを持ってきた。中身はかすていらだと言う。
「これから、ある所に謝罪に向うつもりですが‥‥ペットの話も聞けると思いますが、どうです」
「良いのですか?」
 与一が念を押すのを、手代が頷く。断る理由が無かった。

 江戸の南東部。
 秋葉町、馬喰町、横山町など十八の町は多数の冒険者長屋を抱えて、俗に冒険者街と呼ばれている。冒険者だけが住んでいる町では無いが、それだけ冒険者の存在が大きい証左だろう。
 最近ではこの界隈を陰で化物小屋、怪物小路と呼ぶ者もあるようだ。冒険者のペットの存在が、最も影を落すご近所を、白羽と手代は訪れた。
「‥‥この野郎、何しにきやがったっ」
 生業が大工だという長屋の住人は最初は丁寧だったが、用向きがペットの事と分かると口汚く罵った。
「落ち着いて下され。自分達は、ぺっとの事を伺いたいだけでございます」
「ぺっとてぇのは何だ。アレのことか、おい。
 犬猫だってな、頭数が揃えば往生させられるんだぜ。それをおめぇ、人魂がふわふわ、石ころがゴロゴロ、蛇だ蜥蜴だ虎だ狼だと、ぞろぞろ出てきやがって‥‥ここらじゃ畜生より人間様の方が肩身がせめぇと来てるんだ!」
 堰を切ったように話す男に、白羽も手代も平身低頭。
「貴殿にご迷惑をかけたのであれば、同じ冒険者として責任を感じます。誠に相済みませぬ」
 頭を下げる与一に、男はよしてくれよと手を振った。那須藩士、蒼天十矢隊の白羽与一といえば音に聞こえた勇士だ。謝られても居心地が悪い。
「帰れ!」
 追い出され、次に話を聞いたのは棒手振りの八百屋の爺さん。
「オレも馬の一頭でも持てたら、楽に商いができるんだが」
 皺だらけの顔で老人は言った。近頃は腰が痛くて、棒を担ぐのも苦労だと愛想のない顔で言った。
「ぼてふりの稼ぎで馬は養えねえが‥‥ぺっとたって、要は相棒だ。お武家さんの馬みたいなもんだな」
 与一の馬を見て老人がそう言うと、彼女は喜色を浮かべた。
「御老人、正しく。‥‥余談では御座いますが、騎乗戦闘では訓練された戦闘馬が推奨される昨今。この与一、自分が手塩にかけ育てた漣一筋で御座いまする」
 意気込んで話す与一に、老人は言った。
「こっちには迷惑でも、馬に乗るのが商売なら‥‥しょうがねぇやな」
 そのあと、手代と与一は町名主の家を訪れた。
「良く来てくださいました」
 町名主は二人の訪問を丁重に歓迎した。
「私は常日頃から言っているんだ、江戸の町があるのも、ぎるどと冒険者の皆さんのおかげだと」
 町名主の口からはペットに関する批難のひの字も出てこない。六十は過ぎているだろう名主は穏やかに世間話をする。
「ぺっとの事で困っている事はございませぬか?」
「まったくありませんな。多少毛並みが違うからと言って、偏見を持つのは良くないことだ。安心して下さい、この町にはそのような不心得者は一人もおりません」
 笑顔で町名主はそう言った。
 はて話が違うと与一が首を傾げる。名主の家を出た後、手代が口を開いた。
「‥‥しばらく前に、ここの長屋で冒険者に飼われてた蛇がふとした事で、隣の家の赤子を呑み込んじまいましてね。えらい騒ぎになったもんです」
「えっ」
 驚く与一に、手代は淡々と続きを話した。
「蛇の腹を裂いて助けた時には赤子は死にかけ‥‥いや死んでたかもしれませんが、寺院に駆け込んで命は助かりました。飼い主の冒険者は住民に半殺しの目に遭って、その後も暫くごたごたしてたようですが、先日手打ちの式があったばかりです」
 与一は手代の顔と町名主の家を交互に眺めた。町名主の話からは、とてもそんな凄惨な事件があったとは思えない。
「表沙汰にすれば、町名主も町の人々も只では済みませんよ。だから町奉行所に届けないで、内々で済ませているんです。手打ちの時にはうちからも祝儀を出しました」


 表通りに人だかりが出来ていた。
 その真ん中で、神聖騎士のフィーネ・オレアリス(eb3529)が自慢のグリフォンを江戸市民に見せていた。
「今年の源徳公の御馬揃えで、優勝した由緒正しい子なんですよ」
 フィーネは足を止めた見物人に、ジャパン語で説明する。
 騎乗する彼女の姿も、十分に人目を惹いた。この日の為にイギリス王室御用達の工房で作られた純白の高級ドレスを纏い、煌びやかな装飾品が金髪の異国の姫を美しく映し出していた。
「さあもっと近くでよく見てください。この通り、この子は大人しくしていますから」
 フィーネはグリフォンを伏せさせた。それでも警戒する見物人に、フィーネはグリフォンの背から降りる。
「恐がらないで。よく見ていて」
 グリフォンの前に立つフィーネ。グリフォンは片方の前肢をあげた。前脚の鋭い爪に見物人は息を呑むが、惨劇は起きず、グリフォンは女騎士の命令に従っている。
「どうです? 恐くはないでしょう?」
 本当は曲芸を見せて愛敬をアピールしたかったが、フィーネは芸を教えるのは苦手だ。それでも上半身は鷲、下半身は獅子の魔獣が人に懐いている姿は見せることが出来たと思った。
「誰か、この子の背中に乗ってみませんか?」
 しばらく見物人の上を飛び回ったフィーネが地上に降りようとした時、一本の矢がグリフォンを襲う。後ろ脚に矢を受けて、空中でグリフォンが暴れる。
「きゃーっ!!」
 見物人の中から悲鳴が上がった。
「なんて事を‥‥どこから」
 グリフォンを静めながらフィーネは上空から射手を探す。弓を持った武士の一団を見つけ、急降下する。
「私はフィーネ・オレアリス、街中で我がグリフォンを撃つとは何者ですか!」
「何!? 聖母の赤薔薇だと?」
 弓を構えていた武士達に、動揺が見て取れた。そばに降りたフィーネは聖なる十字架を掲げて武士達を見やる。
「何をしているかっ」
 そこへ町奉行所の役人がやってきた。
「天下の往来で、斯様な大騒ぎを起すとは何事である」
 フィーネは武士達と一緒に町奉行所に連れていかれた。

 町奉行所では当番の与力がフィーネと武士達を別々に取り調べた。その間、グリフォンは木に縛られていた。グリフォンの傷は取調べの前にフィーネがリカバーで回復させた。
 概ね調べがついて、フィーネと武士達は与力の前で再会した。
「フィーネ殿に今一度伺うが、天下の大道で何故、あのような振る舞いを致したのか?」
「江戸の皆さんに、魔獣や猛獣さんに対する考え方を少しずつ変えていただく為です」
 そうすれば冒険者のペットに対する意識も変わると思っての行動だ。
「左様か。少しずつと申されたが、性急すぎたのでは?」
 与力は武士達にも事情を聞いた。武士達は、鳥の化物が人を襲っていると聞いて駆けつけたと答えた。グリフォンを見ただけで逃げた者もいなくはない。嘘はついていないようだ。
「何故、檻に入れておかなかったのか」
 これがグリフォンでなく、ただの馬だとしても大通りで多数の見物人を相手にすればかなり危ない。フィーネの安心は己とグリフォンの間に絆があり、また彼女の騎乗技術があればこそ。何の技術も絆も無い者をグリフォンと触れ合わせて、事故が起こる確率は低くは無い。
「拙者には、貴殿の考え方が分からぬようだ‥‥」
 猛獣遣いが子猫のように猛獣を操っても、猛獣自体の危険性は寸毫も変わらない。殊更に危険な獣を無害だと訴えるのは、町奉行所としては許容する所ではなかった。
 ならば誰も傷つけられぬように鎖をつけ、爪を削り、牙を抜けば良いのか?
「‥‥」
 上州決戦も間近という時期に、馬揃えでも勇名を馳せたフィーネと乗騎をどうにかは出来ない。彼女は数日与力の屋敷で拘束されて滾々と説教を受けた。
 フィーネが与力の家を出る日、手代と仲間達が迎えに来ていた。
「けひゃひゃひゃ、お勤めご苦労さんだね〜」
「ご迷惑をおかけしました」
「本当だね〜。魔獣の評判を落してたら、何にもならないよね〜」
 トマスはフィーネをからかう。実際はどうか。
 手代は、もう少し考える必要があるようだと言った。