【乱の影】源徳探求〜釜〜

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月04日〜11月09日

リプレイ公開日:2006年11月14日

●オープニング

 神聖暦1001年11月、ジャパン京都。

 長州藩の京都屋敷が手狭になり、別邸が用意されたと聞いたのは先日のことだ。
「手狭というと?」
「知らんのか。何でも国許から大勢の藩士がやってきたらしい。ほら、最近‥‥」
「ああ、そういえば見たな。あれが長州かい」
 町の人々の間でも噂になっていた。
 周防長門の長州藩は、鹿児島の薩摩藩と並ぶ西国の雄藩である。
 それが京都に大挙してやってきたのは理由がある。

 事の起こりは安祥神皇の即位に遡る。6年前に幼子が並み居る候補者を押し退けてジャパンの頂点に立ったのは、京都の政争を他所に関東で力を蓄えた源徳家康が後ろ盾になったからだ。
 家康は皇家の忠臣だった平織虎長を懐柔し、武家筆頭の源平両氏の力を背景に有無を言わせぬ権力壟断を実行した。
 摂政の地位を手に入れた家康は徐々にその正体を現す。政治の実権を京都から江戸に移し、あたかも己がジャパンの王であるかの態度を取り始めた。それが平織氏との間にも確執を生みだすと、恐るべき家康は子飼いの浪人者を使い、先手を打って虎長を暗殺する暴挙に出る。

 そのように上が乱れては、天下が治まるはずが無い。
 諸侯の結束は千千に乱れ、各地で内乱紛争は頻発し、魑魅魍魎は跋扈する世となった。
 今の天下の騒乱は、全て源徳とその傀儡たる無能な安祥神皇が招いたことだ。
 雄藩諸侯が都に目を向け、乱れた政道を正すために京都に上るのは無理からぬ事と言えた。
 志しある者ならば、天下万民の為に立ち上がらざるを得ないのである。


「一つ急ぎの仕事がございます」
 冒険者ギルドの手代は集った冒険者を見回して、依頼を説明した。
「どんな仕事だ?」
「大した仕事じゃ無いのですが、荷物を運んで頂きたいので」
 冒険者は便利屋稼業。その性質上、荒事も頼まれるが子守りや飛脚、単純な力仕事のような依頼も少なくは無い。実際問題として、風雲急を告げる大事件が毎日起こる道理が無いのだから、日々の糧を得るのは雑用のような仕事である。
「依頼人は榎木源一郎というご浪人さんです。その人から荷を受け取って、それを大阪の廻船問屋小倉屋さんに持っていって下さい」
 確かに、内容は大した事が無い。京都と大阪は急げば一日、概ね徒歩2日の距離だから荷物の受取りを含めて往復5日と手代は言った。
「荷は何です?」
 冒険者が聞くと、手代は台帳をめくって答えた。
「えーっと、茶器‥これは茶釜ですね」
 高価なものだから気をつけるようにと手代は言った。
 それから、京都大阪と言っても近頃は物騒で野盗などが出没するから、ある程度は武装を整えていくように注意する。野盗などは弱い者を狙うのが常だから、武装した冒険者は狙われ難いものだ。あまりにゴテゴテすれば返って人目をひいてしまうが、用心するに越した事は無い。
 取り立てて言う事もなく冒険もない、いつもの仕事に思えた。

 ――そして。
 依頼人との待ち合わせ場所は、榎木源一郎の住む京都の裏長屋だった。
 京都の中でありながら、都としての華やかさからは無縁の寂れた一角。近年は都の荒廃が問題視されている事も冒険者達は知っていた。それ故に、自分達の様な稼業が盛んになったのだと言う者も居る。

 聞こえてきたのは剣戟の音。
 伝え聞いた長屋の前で、着流し姿の中年の男が4人の浪人者に襲われている。多勢に無勢は明らかだ。中年男は井戸を背にして刀を構えているが、4人の襲撃者は男を囲んで今にも飛び掛ろうとしている。
 中年男はもしや依頼人の榎木源一郎だろうか。囲んでいる方の4人は若い、10代後半か20代前半くらいだろう。

 さてどうしよう。

●今回の参加者

 eb1913 日田 薙木穂(49歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5243 河原 童子(30歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb7213 東郷 琴音(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb8113 スズカ・アークライト(29歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8452 ベルベリス・スティア(31歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb8656 柳田 若(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb8659 神定 唯仁(26歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 運びの仕事と聞いて冒険者が長屋にやってくれば、井戸の前で突然の剣戟。
 白刃をさげた4人の若い浪人者が1人の中年の浪人を囲んでいた。
「おぬしら、何しちゅう!」
 真っ先に動いたのは河童の河原童子(eb5243)。童子は走りながら忍者刀を抜き、斬り合いの只中に飛び込んだ。
「か、何で河童が?」
 乱入者の登場に驚いた浪人の頬を手裏剣が掠めた。見れば河童の後ろにまだ5人の男女が居た。合わせて6人、騒ぎに気づいて長屋に突入してくる。浪人達は傍目にも慌てた。
「こんな所で殺し合いか? 物騒な世の中よな」
 長身の用心棒、尾上彬(eb8664)は浪人者に見せびらかすように手裏剣を構えた。
「‥‥どうする?」
 イギリス人の女戦士スズカ・アークライト(eb8113)は油断無く鞭を握りつつ、仲間達に判断を委ねる。
「知れたこと」
 声をかけるより早く、小柄な女志士東郷琴音(eb7213)は河童に続いた。童子と琴音は見た目で多勢に無勢の狼藉と判断し、中年男に助太刀する気だった。
 駆け寄る二人の意図に気付いて、4人組の方は気色ばむ。
「邪魔だてする気か!」
 あと少しの所まで肉薄した童子は浪人達の殺気に圧された。相手がこっちの数に怯んだり隙を見せたなら割り込んで中年の浪人を守る算段だったが、パッと飛び退く。このまま飛び込めば、童子の方が飛んで火にいる夏の虫だ。
「説明しとくなはれ。真昼間からこれは一体、何事どすか!?」
 その間に、冒険者の日田薙木穂(eb1913)が口を開いた。薙木穂は背中を丸めた白髪頭の浅黒い中年男。武器の類は持っていないが、この場にいるからには勿論只者ではない。
「さがれ下郎! 貴様らには係り無いことだっ」
 四人組の1人は琴音に刀を向けている。
「‥‥関わりはある」
 確かに琴音には理由があった。依頼は別にしても、京都の治安維持を守るのは彼女ら志士の務めだ。
「いかな理由かわからぬが、多対一とは‥‥。貴殿らは腰抜けか」
「何っ」
 武士が共に刀を抜けば、もう退くに退けない。一触即発の場面で、杖を手に持ったフランク人の学者ベルベリス・スティア(eb8452)が進み出た。銀髪碧眼のエルフは仲間達に目を向けるが、何故か不満顔だ。
「‥‥困った人達だ。何も言わず飛び出したりして、血の気が多いにも程度があるでしょう?」
「いきなり修羅場では仕方無いさ。あんたが遅いんだ」
 手裏剣を構えた彬がくぐもった声で笑う。
「ふう」
 ベルベリスは身体能力では彬や童子に敵わないが、他に特技がある。改めて浪人達に向き直ったベルベリスは杖を持っていない方の手を差し上げた。
「ここは穏やかに話し合いましょう。‥‥それとも、この人数を相手にするつもりですか?」
 ベルベリスが何事か呟くと、差し上げた左手に握っていた枯葉が炎をあげる。彼の魔法、ヒートハンドの高速詠唱だ。
 四人組の顔に狼狽の色が浮かぶ。それまで事態を見守っていた中年男が声をあげた。
「‥‥おぬし達、ギルドの冒険者か‥‥?」
「如何にも。それを知る貴殿は、榎木源一郎殿どすな」
 と言ったのは中年浪人の出方を計っていた薙木穂。榎木が頷くと、薙木穂は懐のスクロールを取り出した。
「それは上々‥‥河原殿、この連中逃したらあきまへんえ」
「ほうじゃのう。捕まえて理由聴かせてもらわなあかんけぇ」
 冒険者達が一歩前に出る。だが4人組も、只の傘張り浪人ではないようだ。
「便利屋風情が!」
 最前列、琴音と対峙していた浪人が刀を振り上げた。上段からの打ち下ろしを間一髪で避け、女志士は浪人の足を狙う。
「え?」
 だが敵が一枚上手だった。半歩退いて琴音の刀を躱した浪人の第二撃に左腕を斬られた。追い撃ちをかけようとした浪人の腕にスズカの鞭が絡みつく。
「私の仲間を傷つけたわね。許さないわよ」
 前衛をスズカに任せて、入れ替わるように童子が下がった。薙木穂とベルベリスを守るように立ち、忍法の印を結ぶ。
(「成り行きで始めちまったが、拙いか?」)
 様子を見ていた彬は舌打ちする。敵は冒険者と互角以上の腕前。更に数の不利を上回る士気があるなら、これは思ったより厄介な相手だ。
「あっ」
 戦いの隙をついて榎木が冒険者のもとに駆け出した。逃すまいと斬り付ける浪人に向けて、薙木穂は構えていたスクロールを発動させる。ウォーターボムを叩き込まれて浪人がよろめく。もう一人の浪人が榎木を阻んだが、忍者刀を抜いた彬が飛び出して浪人を抑えた。
「さあ、こっちです」
 浪人達から逃れた榎木の手をベルベリスが取った。童子の術が完成し、煙を巻き起こして大ガマが現れる。それを見て、漸く四人組は逃げを打つ。
「くっ、退け!」
 浪人の1人を彬が気絶させて捕えた。残る三人には逃げられる。冒険者達も無傷ではない。琴音とスズカが負傷した。
「とりあえず傷治すのが先どすな」
 薙木穂が背負い袋からポーションを三つ取り出す。琴音とスズカと、それに捕まえた浪人の分だ。

「何故狙われたか心当たりはあるか?」
 改めて冒険者達は依頼人と話をした。
「それが全く分からぬ」
「野盗のたぐいであろうか、近頃は都に入る不逞浪士が多いと聞いてはいたが‥‥」
 琴音は顎に手をあてて考え込む。野盗にしては解せぬ所が無いではなかった。
「母様から父様の国には武士道と言うのがあると聞いてたけど、ああゆう輩はどの国も同じよね」
 スズカが肩をすくめる。複雑な話に興味は無いと、彼女は三人が戻ってこないか長屋の周りを見回ってくると言った。
「1人で大丈夫か?」
 相手はスズカの鞭から逃れて反撃してきた程のつわものである。サイドステップで避け切れなかったのはスズカには少しショックだった。
「無理はしないわよ」

 榎木に琴音と童子、薙木穂が依頼の事を確認している間、彬は縄で縛った襲撃者を尋問した。
「名前は? 国はどこだ? 何故榎木源一郎を襲った?」
「‥‥‥」
 結果は完全黙秘。尋問術は得手とは言えない彬だからそれも当然か。琴音が役人を呼びに行き、やってきた検非違使に襲撃者は引き渡した。その後で予定通りに榎木から茶器を受け取る。高価な茶釜だというが、冒険者の中に専門家が居ないので価値は良く分からない。
「だけど大丈夫なの? 私達が行った後にまたさっきの奴らが襲ってきたら‥‥」
 スズカが心配そうに言うと、榎木は声を出して笑った。
「はっはっは、この通りの貧乏故、茶釜以外に盗られるような物もありませぬ。心配無い」
 それ以上は依頼の筋を外れるので、後ろ髪をひかれる想いで冒険者達は京都を出た。榎木の様子をじっと眺めていた童子はポツリと漏らした。
「あの依頼人、何か隠しちょるは間違いないんじゃけぇ、それが分からんけんのぅ。一度受けた依頼を断れんけぇ、仕方ないわい」
 依頼人が冒険者に全てを語らないのはよくある話だが。
「‥‥参ったな、期待しちまうだろ。世が乱れれば乱れるほど俺たちの活躍の場は多くなる。‥‥因果な稼業だな」
 彬は後で追いつくと言って仲間達と分かれた。その足で榎木の長屋に戻ると人遁の術で榎木源一郎に変装する。榎木に化けた彬は長屋の戸を叩いた。
「俺は榎木源一郎の双子の弟で源次郎って者だが、兄貴が襲われたって聞いて飛んできたんだ」
 長屋の住人の話では榎木源一郎は仕官先を探して良く外出しているらしい。何日も帰らない事も珍しく無いという。出身も知らないというから、近所付き合いは殆ど無かったようだ。
「大した収穫は無しか」
 時間をかければ別だったかもしれないが、彬は仲間達より先に小倉屋に会うつもりだった。変装が解ける頃には彬は京都を出ていた。

 一方、茶釜の襲撃を警戒しながら道中を進む冒険者達。
「英国から来てすぐだからこの国の状況に疎いのよ、もしよかったら聞かせてくださる?」
 妙にピリピリしたムードに堪えかねたようにスズカが話をふった。
「そうだな。どこから話せば良いか」
 馬の手綱をとって歩いていた琴音が説明する言葉を考える。
「一言で言うたら、『乱』どすな」
 驢馬と並んで歩く薙木穂が言った。乱‥‥確かに今のジャパンを表現するとすればそれだろうか。
 神皇家という権威と、有力武家の軍事力のバランスにより成立するジャパンの政治は分かり難い。ただ少し前までそれは危うくもバランスが取れていたものが、三巨頭の1人と言われた平織虎長の死により崩れ去った。
 残る東の摂政源徳家康と西の関白藤豊秀吉でジャパンが二分されるかと思ったら、そう簡単でもない様子。奥羽の藤原氏、越後の上杉氏、上州の新田氏、甲信の武田氏、美濃の斉藤氏、長州の毛利氏、薩摩の島津氏‥‥等等、力を持った大名は数知れず、ジャパンの未来は混沌としている。
 そして今なお権威の象徴である神皇家が在る京都は、各勢力の政争の中心地だった。
「ありがとう参考になったわ、今回の件も厄介事だって事ね」
 スズカは仲間に礼を言った。
 冒険者達の高まる不安をよそに、道中は静かに過ぎていった。

 強行軍で仲間達より先に大阪の小倉屋に辿り着いた彬は再び源次郎に化ける。
「おい主人を呼べ。兄貴が襲われたというが、どういう事か俺に説明してもらおう」
 店主は不在で、番頭が応対した。
「榎木様が襲われた? それは誠でございますか?」
「疑うか? これが嘘や冗談で言えることかよ。俺はどうしても訳を知らねばならんのだ。良いか、包み隠さず返答せよ。番頭とやら、兄貴の命に係ること故、嘘偽りを申せばその方の首を刎ねるぞ」
 さて番頭は困った。
 店主でないと分からないと源次郎を宥めすかし、見舞い金を渡して帰って貰った。
「‥‥」
 彬は何だかはぐらかされた気がしたが、相手が役者が上と諦め、小倉屋を後にした。


 冒険者達は、無事に、依頼を果たして京都に戻った。