はーとぶれいく・外伝 若の道
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■ショートシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:4人
冒険期間:05月17日〜05月22日
リプレイ公開日:2007年06月25日
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●オープニング
京都五月。
源徳家康が裏切りにより江戸を追われ、家康を摂政とする安祥神皇の御世に差す影がいよいよ濃くなったと噂された頃。
京の都では人々の不安を払拭しようと盛大に葵祭が行われていた。
誰もが日ノ本の行く末を考えていた時の話だ。
●世界の裏側で何かを叫ぶ
京都冒険者ギルドに大平家の家令、島野冬弥が訪れた。
大平家は京都の貴族で、若当主で検非違使庁に務める大平定惟を巡る依頼が何度かギルドに持ち込まれた事があった。
「手代さん、お久しぶりにございます」
「その節はどうも」
ギルドの手代は挨拶を返すが、どちらかと言えば、あまり思い出したくない仕事だった。
定惟は絵の中の娘に懸想し、果ては鬼まで関わる騒動に発展している。
「何かお手伝いする事がありましたか。そうそう、小鬼退治でしたら良い冒険者を紹介できると思いますよ」
手代は嫌な予感しかしなかったが、ギルドの中では逃げる場所も無い。
島野はいきなり床に頭を擦り付けて土下座した。
「お願いでございます! 若様を、若様をお救い下さい!」
それは無理です、とは喉元まで出かかったが口には出せない。まだ死にたくは無いから。
「‥‥やはり定惟様絡みですか。ともあれ、頭をおあげ下さい。それでは話が聞けません」
手代は心中で溜息をつく。聞けばおそらく受けない訳にもいかない。
あの時、冒険者にこれが最後と言った。
だが、あれから月日が経ったのだから、時効という事にして貰おう。
吉野の山中で最愛の姫と引き剥がされた大平定惟はその後、検非違使に復帰して精力的に職務をつとめていたらしい。人が変わったようなその姿に島野は一安心したのだが、今年に入って異変が生じた。
「男が出来たらしいのです」
真顔で言った島野に、手代は思わず吹き出した。
「‥‥失礼。えーっと、つまり定惟様に男性の想い人ができたと」
「はい。私も四角四面の石頭ではございませんから、男遊びの一つ二つを批難するつもりは無いのです。なれど、定惟様は一途な御方。女性を近づけず、想いの君に恋文を書く毎日」
これでは世継ぎが望めない。親戚一同はまたまた定惟を廃嫡しようと考えているらしい。
定惟の想い人だが、新撰組の隊士らしい。
検非違使の仕事で何度か新撰組の屯所を訪れるうちに恋心が芽生えたようだが、相手にはされていないようだ。楠木小十郎という美しい若者で最近入隊し、小隊には配属されず副長の土方預かりで雑用を行っているらしい。
「新撰組隊士と検非違使の間違い‥‥それは確かに問題だ」
手代は諦めたように言った。
依頼内容は定惟の更生、もしくは最低限想い人との縁切りである。
さて、どうなるか。
●リプレイ本文
「‥‥ふぅ」
育ちの良さそうな顔を曇らせて、看護人の天道狛(ea6877)は溜息をつく。
彼の付き添いで依頼を受けてはみたものの、気乗りしない内容だ。
「恋愛は個人同士の自由とは思いますけどね、馬鹿と色狂いにつける薬は無いわよ?」
「‥‥すまん。だが俺がやらねば、誰も受けそうに無くてな。それも忍びない」
大平定惟の主治医を自認する白翼寺涼哉(ea9502)はそう言って彼女に謝る。視線が痛いのか駒がじっと見つめると、顔を逸らした。
「しょうのない方達ですこと‥‥何かあれば傷の手当てはするわよ。それとも、少し強めの灸をすえてあげた方がいいかしらね」
性根を叩き直すなら、それこそ六尺棒で打ちすえた方が早くはないかと、僧兵である彼女は考えなくもない。
「こ、駒は心配するな。策はあるのさ。大平には、あの時の礼もしなくちゃな‥‥」
そう言って涼哉は一年前の事を思い出し、苦い表情を浮かべた。
八幡町の家を出た涼哉は仲間達と合流し、新撰組の屯所に向かった。
定惟が懸想する楠木小十郎の上司である新撰組副長、土方歳三に会うためだ。
「兄貴がお世話になってます。家長としてまず挨拶させてもらいます」
将門屋こと将門雅(eb1645)は兄である将門司のつてを利用して土方と面会した。
「楠木小十郎の事で話があるそうだが?」
「はい。実は、冒険者ぎるどに楠木はんに関わりのある依頼が届けられまして‥」
雅が大平と依頼の事をかいつまんで説明すると土方は不機嫌になり、途中で遮った。
「待て。小十郎はまだ若いがな、歴とした新撰組の隊士だ。そんな茶番を仕立てる必要も無ければ、俺が頼まれる筋合いもねえ。そうは思わないのか?」
新撰組の副長としては雅らを門前払いにして内々に片付けた方が楽だ。小十郎が自力で解決すれば良し、よしんば出来なくとも冒険者の手を借りる前に片はつく話だ。
「しかし、小十郎がな‥‥おい、誰か楠木を呼んで来い」
土方は部屋の外に出て近くにいた隊士を捕まえて、小十郎を呼びに行かせた。
「今頃、みんなは副長さんと話してる頃かしら?」
エルフの薬草師ステラ・デュナミス(eb2099)は仲間達とは別行動を取り、薬草の採取に出かけていた。採れた薬草を貴族達の処に持っていって、ついでに定惟の交際相手になりそうな娘を探す計画だ。
「検非違使の人なんだけど、いいお相手を探しているの」
ステラは達人級の精霊魔法を使いこなす超一流の冒険者であり、また薬草師としても名は売れている。その彼女の紹介ならと貴族達も話は聞いてくれたが、しかし、相手が大平定惟と知ると難色を示す者が多かった。
「とかく噂が多い仁ゆえ、正直申して気が重い話じゃな」
「そ、そう。絵に懸想していたのも今はないみたいだから、どうかなって思ったんだけど‥‥どうしてもって話じゃないから」
ステラも無理押しはせず、拾ってくれる人がいれば儲けものと思っていた。噂の多い男のもとに姫を嫁がせたく無いと考える気持ちは分らなく無いし、強引に進めても後で責任が取れない。
「悪くない。定惟は検非違使の若手では才覚のある者だ。たしかに多少の難はあれど、今の乱れた世ではあのくらいが丁度よいかもしれぬ」
それでも蓼食う虫は好き好き、幾人かの貴族達からは色好い反応を示されることもあった。ステラはこの結果を島野冬弥に知らせると、冬弥は大いに喜んだ。
「出すぎた真似をしたかもね」
「滅相もない。私も方々を探してはおりますが、このような話は他人から聞く方が効果が出る時もありましょう。ステラ殿、良き縁となるかもしれませぬ」
そうであれば良いが。
新撰組の件を尋ねると、冬弥は苦い顔をした。
土方の知らせを受けて小十郎がやってくる間に、雅らは外で待っていた神聖騎士のミスティ・フェールディン(ea9758)と武芸者の高比良左京(eb9669)を呼んだ。
「副長、唯今戻りました」
使いに出ていた小十郎が土方の部屋を訪れた時には、その場には四人の冒険者が同席しており、まだあどけなさの残る美少年は顔を強張らせた。
「どうした? そんな所に突っ立っていないで中に入れ」
「失礼致します」
土方に促されて小十郎が冒険者の前に座ると、涼哉が低く唸った。
「大平にはもったいねぇ」
いくら美しいと言っても所詮は野郎、中身はムサイに違いないと高をくくっていた。目の前の小十郎は花のような顔立ちに目元は凛として、唇は甘い果実のよう。
「勿体無いとは如何なる話でありましょう?」
小十郎の声は女性のように優しく、涼哉は軽く眩暈を覚えた。
「楠木、この者達が申すにはお主、大平という検非違使に言い寄られているそうだが、そのような事実があるのか?」
土方は冒険者達の前で小十郎に問い質した。
「大平殿とは役目にて何度か会った事があります。その折に戯れに言葉を掛けられた事はございますが、あれは大平殿の戯言です。言い寄られているなどとは誰ぞの勘違いでありましょう」
小十郎は淡々と話す。そこに、ここで確認しておこうと左京が口を挟んだ。
「じゃあ、あんた定惟の事どう思ってるんだ?」
土方が許したので、小十郎は少し考えてから答えた。
「‥‥それほど存じてはいませんが、我ら新撰組隊士を避けずに接する検非違使はまだ少ない。大平殿は職務熱心な士とお見受けしました」
ぶほっ
定惟の出奔した事件を知る涼哉はむせた。
「そうかー、こりゃ大平青年も不憫だな」
小十郎の言葉に嘘はないと見た左京は、ひとまず依頼の話が間違いでは無いと確かめられて安心した。だが。
(「参ったな。嫌がる以前に相手にされてないとなると、こっちから協力は頼み難くなっちまったか?」)
左京が考え込むと、代わりに涼哉が土方に質問をした。
「失礼ながら、楠木殿のお相手は?」
「知らん」
「そんな筈は無いでしょう。良いですか副長殿、狼の群れに稚児を放って‥」
涼哉は最後まで続けられなかった。
「‥‥おい医者、うちの隊士を捕まえて稚児呼ばわりか? 良い度胸だな‥‥」
土方の協力を得られず、冒険者たちは已む無くその場は辞した。
「やれやれだな」
「白翼寺はん、ちょいと興奮しすぎたんとちゃう?」
雅に言われて、涼哉は頭をかいた。
「しかし、これで土方は大平と手を切れと楠木に命じるはずだ。だが、それだけじゃあの大平が諦めるとは思えねえ。こっちの立場は伝えたし、俺達は俺達で動くしかないな」
「そういう事になるか。少なくとも少年にその気は無いと確かめられたからな」
「‥‥」
涼哉の意見に左京は頷く。ミスティの演技に多少違いが出るが、やれない事はない。そのミスティは先程の小十郎の態度に何かを感じていた。
「ミスティはん?」
心配そうに雅が声をかける。
「土方殿の気に少し、あてられたようです‥‥」
殺気に敏感なミスティは話し合いの間中、緊張を強いられた。狂化の衝動を呼び覚まさないよう気を落ち着ける。
「もう、大丈夫です‥‥」
小十郎に感じた違和感の事は言わなかった。あの状況的に少年が戸惑うのも無理は無い。
「ふーん。それで、これはなに?」
戻ってきた涼哉は大平家に往診に行くといい、助手の狛に葱を持って付いて来るように言った。
「葱ですけど、それが何か?」
「‥‥ふーん」
深々と溜息をつく狛を連れて、大平家に到着する。冬弥に診察に来た事を告げると別棟に通され、暫くして定惟が現れた。
「一別以来よな、噂は聞いておるぞ」
「大平殿のご健勝ぶりを拝見し、恐悦至極にございます」
涼哉は恭しく挨拶し、貴族に仕える医者の顔で定惟の脈を取った。
見た所、定惟は以前より健康だった。仕事に励んだというのは嘘では無いようで、貴族武士としては相当な部類と言って良いかもしれない。
「時に大平殿」
「何だ?」
「恐れながら申し上げます。男の味を‥‥ご存じですか?」
真顔で尋ねた。
「‥‥は?」
知らんとは言わせんぞという顔で詰め寄る。
「貴族の嗜みでございますから。大平殿もさぞかし‥‥それでは、愛し方をご存じですか?」
異様な熱気を孕んで顔を近づける涼哉。思わず仰け反る定惟。
「そ、そちは何を申しておる」
医者は微笑を浮かべ、懐から自前の医学書を取り出して広げた。
「よろしい。衛生的ではありませんので‥‥流行病を引き起こします。私はお勧めしませんね。ところで、とある寺に美しき若者がいるそうです。よろしければ紹介しましょうか? 特に‥‥葱を与えると泣いて喜ぶとか」
狛の手から葱を取り、笑みを湛えた彼は掴んだソレを定惟に向けた。
「ご不審なら、ここで試してみましょうか? 実は私、得意でして‥‥」
やばいほどノリノリである。舌舐めずりが聞こえてきそうな勢いで、定惟に被さる。
さて前述したように検非違使職務に精勤して強くなった定惟は、涼哉をボコボコにした。
「いやだから、大平を懲らしめようと思ってだな。俺が天女を裏切る訳がないだろう? 何んだって、艶本? 何のことか分らんな‥。狛‥お前の‥息子が‥欲しいなぁ‥なんて」
そのあと、涼哉は狛の治療を依頼終了まで受けたと言われるが、詳細は省く。
「天道から二名脱落と連絡があった。ただでさえ少ない人数が減った訳だが‥‥予定に変更はない」
左京は雅とミスティと共に仕掛けの最終確認を行う。
「鬼の次は、同性ですか‥‥。相変らず変わった趣味の持っています‥‥」
本来ならミスティが小十郎の偽恋人に扮して定惟を諦めさせる計画だったが、小十郎の協力が得られない以上、これは使えない。
「大丈夫やろか?」
「島野の許可は得た。あとは、大平青年次第だ」
三人は定惟の巡回路で待ち伏せした。定惟が数人の従者を連れてやってくると、ミスティを先頭に姿を現して道を塞ぐ。
「お主達は‥‥何用だ?」
馬に乗る定惟は剣呑な雰囲気を察して周囲を見回した。
「お久しぶりです。うちら、大平はんに話があります」
雅はミスティが楠木小十郎の想い人で、楠木に付き纏う大平を許せないから説得しに来たと話した。
「何?」
雅の話に驚く定惟に、ミスティは話し始めた。
「この前は、鬼でしたが、相手はまんざらでもなかったみたいですからいいですが‥‥。今回は彼が嫌がっていますし、私にも迷惑です‥‥」
言葉は舌っ足らずだが、真摯な恋人の演技にそばで見る左京は関心した。
「小十郎は嫌がっているか‥」
「もし、島野さんが貴方に迫ったら、あなたは嫌がるのではないですか‥‥。一方通行の過剰な愛は罪であることを覚えてほしいものです‥‥」
ミスティの話を聞いた定惟は馬を下り、剣を抜いた。
「言ってくれるわ。姫を奪い、私を騙したお主達が‥‥、許しはせぬぞ」
「むっ」
事態を見守っていた左京は虎徹の鯉口を切った。定惟の怒気を正面から受けたミスティも狂化する。
「ふっふっふ、では、私がその気にならない様に、処置してあげましょう‥‥!」
狂化したハーフエルフは両手で握る偃月刀を頭上にふりかぶった。巨大な凶器が音を立てて旋回する。
「ならば行くぞっ」
定惟は偃月刀を怖れず、正面から飛び込んだ。間合いに入った獲物に、ミスティも躊躇なく渾身の一撃を振り下ろす。
「‥‥」
当たれば木端微塵の攻撃を、定惟はかわした。足軽や新米剣士なら腕より体が竦んで両断される所だ。
「くっ」
凶刃をかいくぐった定惟はラスティに迫った。狂化した彼女の大振りは凶悪ではあるが、隙も大きい。仲間の援護が無ければいつ戦死してもおかしくはなかった。
「剣を引けっ!」
横合いから飛び出した左京はミスティを庇い、定惟にフェイントを交ぜた連撃を繰り出す。二撃は防ぐが足を止められて定惟が一度後退した。追撃しようと再び偃月刀を振り上げたミスティの動きが止まった。
「ふぅ、ぎりぎりやね‥‥」
背後に回った雅が気絶させたのだ。
「なぜ止める?」
「うち、この人の鎮静薬係なんよ」
剣を突き付ける定惟に、雅は少し迷ってから武器をしまい、顔を近づけた。耳元で雅が何かを囁くと、定惟の顔色が変わる。
「真か?」
「もう少し掛かるとは思うけど、これだけは嘘やない。うちは、良姫はんの味方なんは今でも変わらんから」
定惟は暫く立ち尽くしていたが、剣を納めて立ち去った。
その後、冒険者達は楠木小十郎がきっぱりと交際を断り、定惟が黙って受け入れたという話を聞いた。
おわり‥‥!?