新若葉屋日記・外伝 憤怒死魔界
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■ショートシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 93 C
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月25日〜06月01日
リプレイ公開日:2007年07月18日
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●オープニング
神聖暦一千ニ年五月。ジャパン江戸。
江戸城の主人が変わっても、昨日と変わらぬ世界が廻り続ける。
武家衆には眉間の皺が取れない日々が続いても、半月も過ぎれば町衆は普段の生活を取り戻し始めていた。
伊達政宗は基本的に源徳の市政を継承し、町人の暮らし向きに著しい変化は無い。
ともあれ、相変らず大小の騒ぎは起きており、冒険者ギルドにも様々な相談が寄せられていた。
江戸の片隅に「若葉屋」なる小さな店がある。
田舎から出てきた文吉という一人の青年が作った店で、褌が金になると聞いて始めた古褌屋。
世にも奇妙な文吉の商売は、冒険者の力添えで紆余曲折の末に文吉は心に重い傷を負い、店は頓挫した。
その後、冒険者の手で何度か再建の道が模索されているが、これは、その外側で起きた話である。
●新若葉屋日記・外伝 憤怒死魔界
その日、冒険者ギルドの手代は、乱の後に街道沿いの治安が悪化したという話を聞いていた。
「お武家様のやる事とは言え、困ったものですなぁ」
話し相手は飛脚の親方だ。噂では、源徳の落武者が野盗紛いの賊に変貌しているらしい。それ自体は戦乱の後ならよくある話なのだが、今回は乱の規模も大きく、源徳軍は全滅に等しかったので身を落す者も多い。
「いっそのこと、冒険者として雇ってみちゃあどうです?」
「簡単に仰いますなあ。親方、ギルドが冒険者を雇ってる訳じゃ無いのですよ。それにね、そんな大人数ではどうしようも無いでしょう」
とは言え、街道の安全が脅かされているのは問題だ。手代は親方に依頼を出す気は無いかと誘う。
「その話はまた何れ‥‥所で、妙な話を小耳に挟んだんですがね」
野盗達にも色々な者が居るらしい。親方が話したのは、覆面の武装集団。何でも上州戦に参加した野武士の一団という話だが、味方した源徳勢が敗れて野盗化したとか。
「その連中がね、妙な覆面をかぶっておるのだそうですよ」
「へぇ」
相槌を打ちつつ、手代は茶を一口飲んだ。親方は苦り切った顔で言い捨てる。
「ふんどしです。その野盗はふんどしを頭からかぶっておったそうです」
どこかで聞いた話である。
苦り切った表情で手代は集まった冒険者達に依頼を説明した。
「江戸から上州の街道に、褌を被った野盗が現れて街道を通る人々が迷惑しています。江戸の正義を守る為にも、是非ともこの野盗は退治しなければいけません」
手代はいつに無く燃えていた。冒険者は正義の味方ではないし、変態な野盗など退治しても名が上がるとは思えないが、相当な手錬れに声をかけていた。
「手段はお任せします。隠れ家を探し出すか、或いは商人に擬装して誘き寄せるか。彼奴らは変態ですので、名のある褌の持ち主と宣伝するのも良いかもしれませんね。必ず殲滅して下さい」
手代はヤる気満々だ。
だが、番頭が待ったをかける。
「変態野盗相手にそんな腕利きは勿体無いよ。それに依頼人が自分とはどういう事だね」
番頭が道中奉行に確認した所、確かに憤怒死組なる不届きな輩が徘徊しているが、小物ゆえに依頼を出す迄には至っていないという返答だった。
「いいえ、大事になってからでは遅いと思いますよ。悪の芽は摘んでおかなければ!」
「やれやれ、お前さんがそんな正義漢だとは知らなかったね」
手代の熱意に呆れた番頭は、道中奉行の手伝いとして片手間に憤怒死組を調べる位は構わないだろうと依頼を許した。
「手代さんが張り切ってるけど、どうしたの?」
「褌狂いの変態が上州で事件を起こしたのだそうだ」
冒険者の脳裏に、若葉屋の冒険が過ぎった。
「そういえば、藤岡で文吉さんに似た人を見たって噂なんだけど」
上州藤岡は平井城の城下町で新田義貞のお膝元である。今回の戦でも戦禍に巻き込まれたが、何とか無事であったらしい。
「本当か?」
「この前来た薬売りのおじさんが、信濃屋さんて店に入っていく所を見たって言ってた」
信濃屋とは藤岡に最近出来た口入屋らしい。新田義貞を慕って訪れる荒くれ者どもを纏めあげ、繁盛しているという噂である。
「ふーん‥‥」
さて、どうなるか。
●リプレイ本文
江戸から上州藤岡へ向かう街道を、三人の冒険者が歩いていた。
「も、もう少し、ゆっくり行くでござるよ〜」
悲鳴をあげているのは、自力で動く事も困難なほど重い荷物を背負ったパラ侍の暮空銅鑼衛門(ea1467)。前の二人はまたかと思いつつ、立ち止まった。
「もー、パパったら」
パラの大道芸人ジュディス・ティラナ(ea4475)は呆れ顔で言いつつ、暮空の所まで走り寄り、後ろに回ってその背中を押した。
「お、おぉ。ジュディちゃん、済まんでござるなぁ」
「ほらほら、急ぎましょっ☆ 日が暮れる前に宿場に着かなくちゃっ」
少女に押されるままに、ヨタヨタと歩みを再開する暮空。
「毎度の事だが、暮空の旦那。そんな大荷物でどこに何があるか分ってるのか? いざという時に大騒ぎしそうだが‥‥」
横目でパラ親娘?を眺めつつ、背中に巨大な斬魔刀を背負った剣客、夜十字信人(ea3094)は顎に手をあてて質問する。
「何という侮辱。若葉屋店長代理にして、天下一の秘滅道愚使いのミーを、甘く見ては困るでござる。昨日の晩御飯は忘れても、ちゃんとどこに何が入っているかは覚えているでござるよ」
「‥‥ふむ、そいつは心強いな」
憤慨する暮空をなだめ、夜十字も荷物運びに手を貸した。人斬りとして全国にも名が轟く夜十字がこの暮空を完全に信頼し、今回の事を一切任せていた。
「ともかく、最後まで付き合うよ。思う存分にやれい」
二人が手伝ってくれたおかげで背中が軽くなった暮空が鼻歌をうたう。
「光る〜 錦褌〜 ふらいあうぇ〜」
「なんじゃそりゃ?」
「日課でござるよ。若葉屋の宣伝そんぐを、な」
店長代理として、彼は若葉屋の事を日々考えている。今回の依頼も原因の一端が若葉屋にあると考えて参加したのだが、藤岡に行けば行方不明の若葉屋文吉に逢えるかもしれないという想いもあった。
「それで、どうやって野盗どもを見つけるんだ?」
「えぇーっと、こーゆー時は「ふんどしにはふんどし」だって、ふんどしの神様が言ってたかもっ☆」
ジュディスの答えに、信人はどこを突っ込むべきか悩んだ。
「‥‥いや、褌に拘らんでも、な」
「知らないのっ? 産地こだわりの古褌を貴腐すると願いが叶うと言われてるのよっ☆ そのお姿は、大人の魅力漂う褌一丁の男性の姿をしてるとも言われているわっ☆」
褌の神と馬鹿にしてはいけない。古事記には、黄泉の国から帰還したイザナギが禊の際に、脱ぎ捨てた褌からチマタの神が生まれたという話が載っている。そこから、越後屋が褌シリーズを量産するのは店主がこのチマタの神を信仰しているからとするのは、無論真っ赤な嘘である。以上は余談。さて話を戻す。
「‥‥」
思い返せば信人の冒険者人生、初の敗北を味わった相手が、褌の妖怪だった。
おおっ、と突然声をあげて、暮空が振り返った。
「そう言えば、のぶと君は‥‥褌妖怪にしてやられたヘタレな過去と決別するために、いま決戦に赴くでござったなぁ。むむむ〜、これは感動でござる!」
何度もうなずく暮空と、眼を輝かせたジュディスに、信人は咳ばらいを一つしてから言った。
「こらこら、それは違うぞ。過ぎた事をぶり返して、八つ当たりするつもり等さらさら無いのだ。‥だから勘違いをいたすなよ?」
「わかったわっ。いっしょに、ふんどしかぶって戦いましょっ☆」
拳を握り締めたジュディスの笑顔に、信人は言った。
「‥‥いや、勿論かぶらんよ?」
「え?」
予想外の返答に驚いたジュディス。少女は顔を俯いたまま、信人の裾を引っ張った。
「‥メなの?」
少女は上目遣いで信人をじっと見つめる。
「あたしのじゃダメなのっ?」
「うん」
信人即答。泣き崩れるジュディス。
「うわぁ〜ん、いらないって言われた〜!」
じたばたと暴れる彼女に、暮空はオロオロ。信人は溜息を吐く。
この一行がまさか凄腕の冒険者で、奉行所の協力で街道を騒がす野盗を探しに来たとは気づけという方が無理な話だっただろう。
何はともあれ、暮空の大荷物は非常に目についた。
街道を行く旅人達は一様に、この風変わりな一行に好奇の目を向けたが、それも彼らの目的からすれば好都合だった。
それが全て計算づくだったのかは分らないが、藤岡を目にする前に、暮空達は目的の野盗集団と遭遇したのだった。
「やはり、来たでござるな」
街道側の石に純白の褌を曝け出して腰かけた暮空は、近づいてくる一団に不敵な笑みを向ける。
「‥‥それほど挑発されては、な」
暮空は旅の間も衣をたくしあげて漢の褌を見せつけていた。信人とジュディスにも同様の指示を出していたから、この一種異様な三人組の噂は嫌でも街道中に伝わった。
「褌の人よ、俺達のやる事に何か不満があるというのか?」
「無いでか。我こそは若葉屋店長代理 暮空 銅鑼衛門。白き清浄なる褌を汚す不届き者達よ、いざ尋常に勝負せい!」
褌をかぶった十数人の野盗相手に見得を切った暮空は、素早く後ろに下がった。代わりに憤怒死組の前に立つのは斬魔刀をかついだ赤髪の剣客。鬼面をかぶっているために顔は見えないが、信人である。
「貴様、何者だ!」
「夜十字信人‥‥しがない流れの剣客さ」
十数人に囲まれていながら気負った様子のない信人に野盗達は攻撃を躊躇った。そんな野盗達を眺めながら、信人はゆっくりと話す。
「薄汚れた人斬りの俺が、野盗を非道だのなんだのと、非難する気は無い。無いが‥‥、ふんどしは、無いだろお前ら?」
「何を。お前だって、ふんどしじゃないか!」
信人の下半身は、見事な妖怪褌を曝け出していた。戦闘に際しては動きやすいから変では無いが、旅の間ずっとその格好は変人であろう。
「‥‥」
信人は無言で斬魔刀を振り上げ、怯えを見せる野盗の足元に衝撃波を打ち込む。
「ひっ」
巨大な刀の重さを載せた一撃は地面に大きな亀裂を作った。生身の人間の業とは思えない。
「ひ、怯むな。奴は一人だ、この人数に敵うものか」
「そうだ。その大将褌、俺達が貰い受けるぜ!」
腐っても野盗か、或いは褌への執着か。ともかく奮い立った憤怒死組が信人に襲いかかる。
「来るか。‥‥已むをえん、地獄を見せてやる」
迎撃の態勢をとる信人は、一斉にかかってくる敵を少し見直した。信人と野盗の実力差は圧倒的で、一人ずつ来たなら倍の数でも確実に撫で斬りにする事が出来る。しかし乱戦となれば、もしやも無いとは限らない。
「戦場の経験か‥‥俺も先の乱で地獄を見た。うぬらのやりきれぬ思い、けして分らぬでは無いが」
信人は斬魔刀の峰を返し、突撃してくる正面の敵に叩きつけた。斬魔刀の長さは2メートル、野盗は刀を振る間もなく腕と肩の骨をへし折られて、地面に転がった。
「だがな‥‥」
返す刀で信人は側面から突き出された槍の穂先を切り落とす。更に左右から斬りかかられたのを同時に避けた。
「褌は無いだろう!」
苦い顔で野盗を睨み付ける浪人は、鬼のような巨躯でも無ければ怪人の如き凶相も持たない。だが真に恐るべき使い手であると野盗達は悟ったが、時既に遅し。
それなら暮空を、と一部がパラ侍に向かう。
「褌の人と言えど容赦はせぬ、覚悟っ」
「むむっ」
暮空は慌てて道具袋を漁るが、前言通りにはすぐに武器を手に取れない。
「パパがあぶないわっ。ふんどしの神様‥‥あたしに力を貸してっ☆」
魔法少女の枝を握ったジュディスの渾身の踊り。下半身の曙褌を曝け出したまま、華麗な舞いを見せた。
「ふんわかどしどしどらぽんたんっ☆」
一瞬だけ憤怒死組の動きが止まった。
その間に駆け付けた信人が暮空の前にいた野盗達を薙ぎ払う。その時、左腕を切られた。傷は浅いが、顔を顰める。
「くっ」
二人を庇いながら実質的に一人で十数人と戦う信人は、さすがに無傷という訳にも行かない。ジュディスと暮空のコンビ技「必殺ハゲフラッシュ」の援護もあったが、野盗達が戦意を喪失した頃には信人の息も上がり、やせ我慢が必要な傷も受けていた。
「勝負あったでござる」
彩絵檜扇を広げて宣言する暮空に、仲間の半数以上を倒された憤怒死組は項垂れたまま言葉も無い。倒したのは全て信人で、何人かはもう息をしていなかった。
「何故だ、何故こんな事に‥‥答えてくれ、褌の人よ‥‥」
「‥‥」
哀れな野盗に暮空はかける言葉がない。傷ついた野盗達は縄で縛りあげられる。成り行きだが、藤岡の役人に引き渡す事になる。余談だが、護送中にジュディスは野盗達に褌の神様の話を聞かせ、彼らは深い感銘を受けたようだった。
「そうか、そうだったのか」
「我らの信仰は間違っていなかった。ただやり方に誤りがあったのだ!」
たった三人で野盗憤怒死組を壊滅させた冒険者達に藤岡の役人は驚いたが、先の合戦で活躍した者達と聞いて得心する。源徳方で戦った信人はやや緊張したが、役人達は彼らの武辺ぶりを称賛するだけで遺恨を語る風は無かった。
「ところで、我らは人を探しているでござる」
暮空が文吉探しを告げると、それなら信濃屋に聞くのが良いだろうと言われた。紹介された信濃屋に行くと、そこに文吉は居た。
「ぶ、文吉殿」
「誰かと思ったら、銅鑼衛門じゃないか。どうしてここに?」
文吉を探していた事を告げると、文吉は申し訳なさそうに頭を下げた。
「そいつはすまねえ。何度か便りを出したんだが‥」
文吉は色々と訳があって、今はこの町で口入屋の商売をしていると言った。
「若葉屋に帰るでござるよ」
「‥‥今は行けねえ。近いうちに江戸へ行く。頼む、それまで待ってくれないか?」
そう語る文吉に暮空達は深くは聞けず、江戸に戻ることにした。
野盗を倒し、文吉も見つかり、目的を果たした三人は堂々と褌を晒して晴々と江戸へ帰還する。その光景は、褌が褌を退治したとしばらく街道の噂になったとかならないとか。