●リプレイ本文
●泥棒が八人
日本橋茅場町の饅頭屋の二階に、軍蔵と冒険者が集まった。
「あらあら、悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すお馴染みの悪党が御一緒なのね。軍蔵さんの目は確か、という事かしら?」
ハーフエルフの林潤花(eb1119)は見知った男達を一瞥した。軍蔵の誘いに乗った冒険者は彼女を含めて7人。皆実力者で、林の感想をいえば曲者揃い。
「蛇の道は蛇、そんな所だろう」
用心棒の夜十字信人(ea3094)が淡々と言う。長大な斬魔刀に体を預けて隅に座る様は、神聖騎士にも見えなかったが盗人にも見えない。
「お坊さんが、蛇ですか。つくづく救えない人ですね」
苦笑を浮かべたのは夜十字と付き合いの長いレンジャーのクリス・ウェルロッド(ea5708)。長く血の大河を渡っていた信人が、主家を見つける前に主に出会ったのは友人間の専ら話のタネだ。
「あら。私も同業だけど?」
「生憎と、私の倍以上を生きる大先輩をからかうほど人が悪くはないので‥‥」
それはどういう意味だと潤花と信人は思ったが、その前に風斬乱(ea7394)が依頼人の軍蔵に話しかけた。
「これで全員か? それなら仕事の話をしたいのだが」
仕事と聞いて、全員の目が初老の自称義賊に向いた。
今回の依頼は盗賊。集まった面子はその位で騒ぎ立てるほどねんねでも無いが、軽く考えてもいない。
「口は出さねえと言ったぜ。屋敷の入り方も分らねえなんて言う気か?」
「言葉には気をつけろよ〜。こちとら久しぶりの盗みで気合いが入りまくりジャン。今から腕が鳴るぜぇ〜」
鷹城空魔(ea0276)が言った。
空魔は『本職』である。この所、冒険稼業が忙しくて大きな仕事は御無沙汰だが、本気なら一人でも難なくこなせる技量の持ち主だ。
「依頼主に異存が無いなら、始めよう。とはいえ準備もこれからな事だし、先に日を決めたいが9月4日で良いか?」
4日は大工の九兵衛の偽装依頼の最終日。乱の提案に反対はなかった。
「うんうん、じゃあマズは〜そだねぇ‥‥決行日までの情報収集?」
嬉しそうに仲間を見回す空魔。
「そんな面倒が要るか? この面子なら四半時もかかるまいに」
表情を変えずそう言ったパラの武道家白九龍(eb1160)に、空魔は首を傾げた。仲間の表情から九龍の意図を察して、うむむと唸る。
「あのさ、今回はそういうのは無しな。俺ら、泥棒やるんだし」
「‥‥そうか」
泥棒は人殺しはしない。言外の空魔の台詞は、九龍とは相容れないがこの場は頷く。
「情報を集めるなら、分担を決めねばな」
「俺っちは家の内部と、近隣の家の配置や道とか‥‥あと奉行所からどれだけ離れてるとか、夜になりゃ見回りもいるだろーしそいつの巡回する順序とか、後は隠れるところとか? そうそう、侵入口もいるだろうから夜中に屋根に上がって少しずつ穴を作っておくぜ」
分担もへったくれも無い事をまくしたてる空魔。本人言う通り、この仕事にノリノリらしい。乱が咳ばらいをすると、空魔は少し照れた笑みを見せる。
「屋敷周りは空魔に任せるとして、周辺の聞込みは別の者が良かろう。事が起きれば、いの一番に疑われるゆえ、盗み役とは別にしたい」
「それは私が。顔形を変えれば、万が一に怪しまれても足がつくことはないわよ」
潤花が言う。尤もな話である。乱も近所の聞込みに参加し、他にクリスが村田兵左衛門の町の評判を調べると言った。
「女だな?」
「仕事までには戻るよ。何か問題あるかな」
荒事以外出番の無い信人の突っ込みを冷静に返すクリス。
「それじゃ、僕は村田の娘さんに接触してみようと思うんだけど、いいかな?」
「頼む」
パラの忍者白井鈴(ea4026)の提案を容れて、大枠が決定する。
「お手並み拝見だ」
軍蔵は連絡用に品川の廃寺を教えていった。別れ際に、乱が軍蔵を呼びとめた。
「爺さん、それは善ではない。そこは理解しているかね?」
「‥‥これだけは言っとくぜ。俺達は畳の上じゃ死ねねえ、末は獄門の身上だ。そこだけは間違えちゃならねえ」
神妙に話す軍蔵に、乱は笑みをこぼす。
「ならばいい、付き合おう」
「はっ、若ぇうちは善だの悪だの、何でも白黒つけたがるから始末におけねえ」
怒ったように言う軍蔵を、乱は面白そうに見ていた。
●探索
「所で、盗んだ金はどうするのかね?」
つなぎ用の廃寺に寝転んで団子を食いつつ、信人が疑問に思っていた事を訊ねる。
「うーん、僕達は別に仕事料を貰ってるから。依頼主に渡すのが筋かなぁ」
答えたのは、定時の連絡に訪れた鈴。鈴は信人に一日中ここに居るのかと聞いて、そうだと答えられて目を丸くした。
「悪いが、俺は隠密行動は苦手だ。かと言って口が上手いと言う訳でもない。だから皆の邪魔にならぬよう、こうして待機しているのだ」
昼間からゴロゴロと寝そべる姿が恐ろしく似合っていた。これでも神聖騎士というのだから、世の中侮れない。
「万が一の時は、俺がこいつで全て斬ってやる」
傍らの斬魔刀を引き寄せる信人を、鈴は厳しい目で睨みつけた。
「絶対に、そんな物騒なことはさせないんだからね!」
嘘偽りの無い瞳が赤髪の元浪人を射抜く。
「そうだといいな。楽でいい‥‥所で、義賊というからにはやはり金はその辺にばら撒くのが一番と思うがどうだ? いや正義の味方を気取る気は無いが、名を広めてこその義賊だろう?」
なるほどと思い、仲間と相談する事にした。馬鹿馬鹿しいと言われそうだが、何人かは賛成しそうな気もしていた。
町中で聞き込み(ナンパ)したクリスだったが、村田兵左衛門は日本橋や京橋の商人から蛇蠍のように嫌われていた。
「北町の村田ぁ? 知ってるけど、どうしてあんな嫌な奴のことを聞くの?」
「噂を聞いてね。近頃派手に動き回ってる同心だとか‥‥」
寝物語に娘が話した所によれば、村田のおかげで日本橋の大店が何件も取り潰されたらしい。賄賂を要求し、逆らう者には源徳に内通したとかあらぬ罪を着せて、死ぬまで追い詰めるのだという。
「他人の涙を何とも思わない奴よ。役人の皮をかぶった鬼さ」
「へぇ‥‥」
それならさぞかし遊んでいるだろうと吉原にまで足を延ばしたが、村田は吉原に来た事は無い様子だった。
「酷い男でしょう」
「女遊びをしない事がか」
「私の話を真面目に聞いていましたか?」
荒寺に連絡に来たクリスの話を、信人は饅頭を食いながら聞いた。
「それで娘さんの名前は何と?」
「‥‥お菊というそうだ。歳は十四、鈴はやらんぞ」
クリスは溜息をつき、煩わしそうに金髪をかきあげた。
「でしょうね。私がやりますよ」
「酷い男だな」
二人は黙り込み、荒寺の縁側で茶をすする。
同じ頃、八丁堀の同心組屋敷。
「江戸に来たばかりの頃、物盗りに何もかも奪われて途方にくれていた私を、村田様に助けて頂いた事がありまして」
そう話すのは神聖魔法で変身した潤花。話を聞くのは近所に住む同心の奥方。
「まあ‥‥」
武家の奥方ゆえ、悪し様に言う事は無いものの「あの村田兵左衛門が人助けをするとは驚きだ」と顔に書いてある。それとなく評判を聞くと、同輩の評判は、これまたすこぶる悪い。
以下は多少余談が混じる。
北町といえば、この春まで遠山金四郎が奉行職を務めていた。
江戸城に入った伊達政宗は江戸支配に必要な源徳家の人材取り込みに腐心したが、公然と反発する遠山は已む無く切腹の沙汰となり、後任は源徳家臣ながら伊達に降った鳥居耀蔵が引き受ける事となる。当然ながら北町には伊達嫌いの同心が多く、鳥居は彼らをまとめて江戸市中の治安を回復するという大難事に直面した。
そこで登場するのが村田兵左衛門である。
兵左衛門は、伊達家に不平不満を抱く同心達を鳥居にさした。同輩の憎悪の代わりに伊達と鳥居の信用を得た彼は伊達に隠れて源徳を支援する日本橋の商人達の捜査を任された。
(「そういう事か‥‥」)
軍蔵が狙う兵左衛門の金とは、この商人達より吸い取った銭であるようだ。
「私にはあの村田様が本心からそのような事を成されるとは信じられません。村田様は江戸の治安を守る為に、敢えて憎まれ役を引き受けておいでなのでは無いでしょうか?」
奥方達の話では、村田は半ば公然と商人から賄賂を取っているらしい。その金を伊達の重臣にばらまいて、与力昇進が確実とか。或いは侍大将に推挙されて、関東の源徳残党討伐に参加するという噂もある。
上州太田で知られた女悪党は、思う所があったが、今回は仲間の事を考慮して闇で微笑むのみ。
暗がりに消えた潤花と入れ替わりに、二匹の柴犬を連れた鈴が八丁堀を訪れる。
「お菊さーん。昨日はありがとう、お礼にこれっ。美味しいよ!」
かすていらを持参した鈴を、村田の娘お菊が笑顔で出迎える。
犬の散歩中に具合が悪くなった鈴を、ちょうど外出から戻ったお菊が助けたのが縁である。無論、仲間の情報をもとにした仕込みだ。
「お菊さんはいつも一人で遊んでるの?」
「以前はそうでも無かったのだけど。最近は、物騒だから‥‥仕方無いわ」
お菊はどこか覚めた話し方だが、表情は暗くない。武家娘にしては捌けた感じで話しやすい娘だった。
「ふーん」
鈴は仲間から村田の評判を聞いていたので、事情は知っている。週に二日の習い事以外ではお菊が外出する事は滅多に無い。
「ねえ、お屋敷の中探検してもいい?」
「探検だなんて、あなた冒険者みたいな事を言うのね。でもうちは大して広くないわよ? お父様とお母様の部屋は駄目だし、あとはお庭と‥‥」
「にゃはは〜、僕は冒険者なんだよ!」
兵左衛門の妻はここ暫く床に伏せりがちだ。夏風邪を拗らせたらしいが、潤花の話では夫の悪評の心労も原因らしい。
毎日通った鈴は、一度だけ兵左衛門に遭う。大雨をやり過ごそうと夜まで村田家に留まった日だ。帰宅した兵左衛門は来客を知って挨拶した。
「わしはこの家の主、兵左衛門と申す。娘の友達とお聞きしたが、どちらの御方であったかな?」
兵左衛門は背の低い痩せた男で、愛嬌のある丸顔ながら目つきが暗く、小悪党風の人相をしていた。
「また来るねー」
娘に近づく者を警戒されたのが分かった。その翌日が決行日だった。
●決行日
夜半、八丁堀組屋敷付近。
村田屋敷へ向かう道筋にはクリスと潤花。
空魔と鈴は道を通らず、屋根伝いに移動していた。それが可能なのは二人が忍びの達人ゆえ。同心達の頭上を進むなど、並の忍者では無理な芸当である。
クリスも音は完璧に消しているので、夜道に響くのは黒子頭巾で顔を隠した潤花の足音だけだった。
(「さて‥‥」)
村田家の前に辿り着いた二人は勝手口に回る。閂がかけてある筈の戸は、何故か開いていた。九龍の仕事である。
二人は目配せすると、目的の部屋に進んだ。
(「さてと。忍び込んだはいいが、お宝はどこだろうね。蔵がある訳じゃなし、金は多分、兵左衛門の使ってる部屋だと思うけど‥‥」)
屋根裏から首尾よく侵入を果たした空魔は空き部屋に滑り込んで人の気配を探る。すると、娘の部屋の方角でかすかに物音が聞こえた。
「‥‥ち」
舌打ち一つ、反対側からも気配を感じて忍びは再び天井に跳ぶ。
「声は出さないで。大丈夫、命までは取らない」
クリスは片手で寝ている娘の口を押さえ、馬乗りになって体の自由を奪う。突然の事に怯えるお菊を見て、心は痛んだが淡々と彼らの目的を話して聞かせる。
「君は、金の在り処を聞き出す為の、交渉の場のジョーカーだ。娘の髪毛の一束も見せれば、パパは言う事を聞いてくれるでしょう?」
縛ろうとして、ロープを持ってきていない事に気付く。相方を見た。
「馬鹿ね、私が持ってると思うの。魔法で大人しくさせてもいいけど、それじゃ面白くないわね」
お菊に聞かせるように言った。縄ならその辺を探せばあるだろうと、部屋の中を見渡すクリス。
物音に気付いた鈴が部屋の前を通ったのは、その時だ。
「な、なーっ!?」
お菊を組み伏せたクリスに、一瞬頭は真っ白。咄嗟に左手の風車を投げていた。
「くっ」
避け切れず、暗器風車を肩に受けて飛び退くクリス。
「ばかっ」
潤花が罵声を浴びせる。体が自由になったお菊は布団から這い出して襖に手をかけた。捕まえようとするクリスを鬼神ノ小柄を握った鈴が牽制する。
「‥‥何かやったな」
近所で待機する乱と信人に、軍蔵が村田の屋敷内で異変があったと教えた。二人が聞こえないと言うと。
「お前さんら目は良いが、いい盗人になりたかったら耳も鍛えな」
「爺さん、口出しはしないんじゃなかったのか?」
「口だけは達者だぜ」
乱と信人は軍蔵を残して二手に分かれた。
予め目星をつけていた小路に乱は潜む。村田の屋敷で異変が起きた際に同心達が通るとすればこの路であり、乱は片手を乱暴に口の中に突き入れた。
「うがぇえ‥‥」
吐しゃ物が風の外套を濡らしたが気にしない。演技に自信のない己が、酔漢の振りをして同心達を押し留めるのだからこのくらいは当然と思っている。無論、乱なら刀に物を言わせた方が楽なのだが、そうはしなかった。
一方、村田屋敷では。
「金の在処を吐きなさい。さもないと、貴方の娘を殺すわよ」
騒ぎに気付いて現れた兵左衛門を、潤花が脅迫する。潤花は抵抗するお菊の腕を掴んで引き寄せた。
「さっさと答えることね。私はどちらでもいいんだから」
「わ、わかった。金は渡すゆえ娘は助けて、くれ‥‥」
微笑む潤花に、表から飛び込んできた信人が合流する。
「‥‥どうなってる?」
「成り行きよ」
護衛を得て安堵した潤花はお菊に話しかける。
「今まであなたたち家族は江戸の民を虐げて稼いだ汚れたお金で暮らしていた。ふふ、娘であるあなたも同罪、殺さないであげるから生き地獄をいきなさい」
放心する兵左衛門に術をかける潤花。
「‥‥何か無粋じゃね?」
言ったのは、重そうな箱を抱えた空魔。
「それは?」
「お宝に決まってるジャン。あんたらが色々やってる間に、俺が見つけて頂いてきたんだろー」
状況を聞く。
「要約するとな、クリスが娘を手篭めにしようとしたのに鈴が怒って詰所に走った。もうすぐ捕り手がここに雪崩れ込んでくるって寸法さ。仕方無いから俺が全員斬ってやる」
空魔は呆れて顎が外れるかと思った。
「或る意味すげー」
逃げの一手を主張。乱の時間稼ぎの間に潤花と信人を逃がし、空魔は表から同心達を撹乱した。その隙にクリスは裏から脱出する。何とか素性はばれずに済んだ。
「む、村田殿?」
屋敷に到着した同心達が見たのはデビルハンドで正体を無くした全裸の兵左衛門。その後、屋敷のそばにうち捨てられていた立て札を発見する。
そこには
『伊達に媚びへつらい江戸の民を虐げる悪徳同心に正義の天誅! 義賊 焔の風』
と書かれていた。
その夜のうちに江戸の幾つかの貧乏長屋に金が放り込まれた。出所は明らかだ。
この話を聞いて、江戸っ子は大いに留飲を下げたらしい。