●リプレイ本文
真夜中。
「っ!」
エルフのゼルス・ウィンディ(ea1661)の華奢な体を、一筋の月光の矢が貫いた。
衝撃で左手のスクロールが地面に落ちる。
「え、外れっ?」
路地裏に身を隠して合図を待っていた女忍者、草薙北斗(ea5414)は慌てて立ち上がる。
(「まさか、気付かれたっ?!」)
しかし、持ち場を離れる訳にはいかない。北斗は冬の空に向け、大きく腕を振る。
北斗の目の前に、箒に跨った僧兵が音もなく降りてくる。
「‥何かありましたか?」
フライングブルームに乗る雀尾嵐淡(ec0843)は上空で待機していた。
「ゼルスさんが? 俺は何も見ていませんが」
『やつら』のアジトの真上にいた嵐淡がムーンアローの光を見ていないと言う。ではあの物音は、ゼルスに変事があったのか、それとも。
「北斗さんはここに。俺が確認して来ます」
嵐淡は魔法の箒に念じる。
ゼルスが隠れる辺りまで飛んでいくと、伝説の烈風と呼ばれた風使いは地面にのびていた。
「むぅっ」
嵐淡は唸り、近くの屋根の上で箒を下りると数珠を掲げて経文を唱え始めた。
「‥‥何者かは知らぬが、俺が相手になろう。我が身は変幻自在也」
淡い黒光を発した嵐淡の肉体が液体のように波打つ。ズルリと嵐淡の人型が崩れたかと思うと、衣服や鎧を脱いだ巨大な粘体が屋根から滴り落ちた。金属光沢のゼリーが静かにゼルスに近づいていく。
「イタタ‥‥えっ?」
目を覚ましたゼルスの眼前に、不気味なスライムが口を開けていた。
咄嗟に魔法使いの右手は全てを切り裂く真空刃の印を結ぶ。
その数日前。
偽冒険者退治を請け負った9人の冒険者はギルドの前で別れた。
「ボク達は、林屋へ行って来ますねー」
バードのカンタータ・ドレッドノート(ea9455)、考古学者のベアータ・レジーネス(eb1422)、ゼルスの三名はまず依頼人を訪れる事にした。
「いってらっしゃい♪」
彼らを見送る六名は寺田屋で少し時間を潰す。
「ふふっ♪ 冒険者に成りすましたことを後悔させないとね〜♪」
楽しげに言う北斗に、天城烈閃(ea0629)が頷いた。
「ああ、必ずな。名誉や権力は、小さな努力を積み重ねてようやく手にすることが出来るものだ。それを、こんなやり方で踏みにじるとは」
烈閃は志士である。日頃から偽志士に悩まされているだけに、その憤りも深いのか。
「だけど油断は禁物かしらね。何しろ相手は、冒険者ギルドに喧嘩を売るなんて度胸ある連中だもの、こっちも本気で狩らなくちゃ」
素気ない口調でアイーダ・ノースフィールド(ea6264)が話す。
「獲物に逃げられる前に、先制攻撃をくわえるのよ」
しかし現状、彼女達は偽冒険者の事を殆ど知らない。広い京都を闇雲に探しても無駄だ。そこで、ある作戦を立てていた。
「まずは俺達の宿だな。林屋の近くがいいだろう、そっちは俺に任せてくれ!」
ジャイアントの風雲寺雷音丸(eb0921)は張り切っていた。仲間が貶められたと聞いて、この巨漢は相当気負っている。
「と言っても、手がかりが見つかるまでの待機所だがな。俺はともかく、お仲間は有名人揃いと来てる。下手に動けばどこで連中に知られないとも限らぬ」
忌々しげに舌を鳴らす雷音丸。尾張藩で母衣衆を務める猛者である。
「つまり、僕の出番だねっ♪」
忍びの印を結んだ北斗がすっと顔を隠すと、白煙が彼女の姿を覆い隠した。赤髪の少女は消えて、煙の中から黒髪の商人風の青年が現れる。
「では、あとは私にお任せを」
北斗得意の人遁の術、体臭や声音まで男そっくりに変化していた。
「あ、あの‥‥わ私も」
看護人の水葉さくら(ea5480)がおずおずと席を立った。
「は、林屋さんと似たお店を回って、か、変わった所がないか見て回ろうと思い‥ます…です」
この少女、百戦錬磨の腕ききで、豪州帰りの強者らしいのだが、なぜか人見知りが全く治らない。尤も、イケイケの多い冒険者の中に彼女のような存在が居た方がバランスが取れるのかもしれない。
「俺もそろそろ行こう」
さくらが出た後で、烈閃が腰をあげた。集団行動は目立つという事で、今回はなるべくわかれて調査を行う事にしていた。
「見事なものですね」
嵐淡は先程の北斗の変身に感嘆の声を洩らす。術系統は違うが、彼も変化の術を使う。忍びの技より自在だが、人遁のような精巧さには欠け、時間も短い。
「俺達の出番はまだ先だ。北斗さん達の捜査と、カンタータさん達の魔法が頼り‥」
冒険者の依頼期間は短い。これからわずか五日のうちに、この広い京都に隠れている偽物を探し出せるだろうか。
それは賭けのようなものだ。
「ごきげんよう」
林屋を訪れたカンタータ達を、店主松エ門は緊張した面持ちで出迎えた。
「堂々と表から入ってきて良かったのでしょうか」
顔を隠していた青いスカーフを取ってゼルスが言う。三人の欧州人、しかも見る人が見れば凄腕のウィザード二人とバード。いかにも「魔法捜査に来ました」的な組み合わせとは思われまいか。
「心配症ですね。それは気の回し過ぎですよ」
柔らかく微笑むベアータ。彼の箱入り息子的な大らかさは、度重なる冒険の日々でも変わらないようだ。
「ほら、人を見たら泥棒と思えと言うでしょう」
「いやその譬えは逆だと思いますよ」
二人の話を聞いていたカンタータが、店主の方を振り向いた。
「僕達はスクロール用の紙を見に来た客という線で如何でしょう?」
「結構でございます。そ、それでは奥へどうぞ」
額にふき出す汗を拭いながら、松エ門は冒険者を店の奥へ通した。改めて三人は、事件当夜の様子を事細かく尋ねた。
「その夜に居た使用人からも話を聞きたいのですが、宜しいですか?」
「はい。それは一向に構いませんが‥」
三人は一通り店主から話しを聞いた後で、使用人からも聞き込みをする。彼らも緊張しまくりで、内容は店主の話と特に違いは無かった。
「それでは始めましょうかー」
店主達を立会わせて、カンタータが現場で呪文を唱える。使う呪文はパースト。
月精霊の魔法でも特異なものの一つで、術者は過去に起きた光景を幻視する。未熟者なら一瞬だが、カンタータなら10秒ほど過去の情景を見られる。
術がかかり、過去を幻視するカンタータは夢遊病者のようにそこに無い物を眺めていたが、すぐ溜息を漏らした。
「外れですねー」
使い方次第では神の目、ただ色々と問題もある。一つには、この世界には機械式の時計が無いので過去の一点に合わせるのは容易でない。
「亥の刻に間違いありませんか?」
「はい‥‥」
賊は深夜、寝ていた店主達を叩き起こした。一回目の過去見では主人達はまだ寝ていたから恐らく事件の前。
「次は子の刻を試してみます」
カンタータは何度も試した。彼女が駄目なら次はパーストのスクロールを持つベアータが挑戦。賊の姿を幻視するだけでなく、捜査の手がかりを掴まなくてはならないのだから難事だ。仲間の魔力回復薬を使い、ベアータからスクロールを借りたゼルスも合わせて三人は協力して過去の光景を幻視し続けた。ベアータはサンワードやダウジングペンデュラムも試したが、これは無駄に終わる。
この魔法捜査に三日の労力を費やした。
それにより、新事実が判明した。
賊は四名ではなく、店の外に見張りが居た。比較的初期の幻視で見張りらしい人物は見えていたが、店を出た四人とすぐ合流しなかったので確認に手間取った。
雷音丸は熊田屋という飯屋の二階を借りた。主人は雷音丸が志士と名乗るとタダで部屋を提供してくれた上に、朝夕の飯を差し入れてくれた。
待機する雷音丸、嵐淡、アイーダの元には、林屋の魔法調査組や市中の聞き込み組から日に一、二度連絡が入り、それぞれの情報を交換する。
「見張りが二人‥‥ふむ、忍者か?」
「一人はおそらく。北斗さんの意見では、もう一人はミミクリーを使ってるんじゃないかというんですが」
話を聞いて、嵐淡も多分そうだろうと私見を述べた。
「分かった。北斗とさくらには俺から話しておく」
烈閃は仲間のつなぎ役を引き受けていた。志士が聞き込みなどしたら目立つ、という配慮だろう。
聞き込みの主役は北斗で、対人交渉が得意と言い難いさくらは気になる店を回ってその感想を北斗に伝えていた。
「‥か鴨川沿いの、蔵屋というここ小間物屋さんに、い、行ってきたんです‥けれど、なにか‥へん、かな‥と‥‥」
北斗はさくらの意見も参考にしながら、商人の組合に顔を出して直接的に冒険者の押し借りに関する情報を探した。
「鬼が大人しくなってきたとか聞いていたんですが〜、冒険者が押し込み紛いの事をしているとか。いえ、林屋さんからそんな話を聞きましてね」
水面に投げた石が波紋を広げるように、押し借りの噂は広がった。根も葉もなければ消え去るものだが、林屋が被害にあった事は事実、また冒険者達が想像したように他にも被害者が居たからだ。
「加賀屋さんも被害に遭ったそうですよ」
「なんと蔵屋さんまで‥」
「だから私は言ったじゃありませんか。御上が冒険者なんて、ならず者をのさばらせるから、こういう事が起きるのですよ」
「全くだ。ちょっと前までごろつき同然だったのが、今じゃ自分達が京を守っているような顔をして」
「ははは‥‥、そーですね〜」
北斗はやりすぎたかなと思ったが、気にしない事にした。
おかげで必要な情報は得られた。聞き込みで得られた被害地域と目撃情報を、魔法捜査組の過去見情報と照らし合わせる。
見張りの一人が、特徴的な首飾りをつけていた。
四つ眼の烏。
ベアータのサンワードの巻物と聞き込み調査により、偽冒険者達の隠れ家に当たりを付ける。結局人相は判らなかったが、押し借り一味と背丈風体が似た浪人者や金髪のエルフ、パラが出入りしていた。
期日が迫った事もあり、まず間違い無いだろうと冒険者達はアジトに踏み込む事を決める。決行の合図はゼルスのムーンアローのスクロールによる最終確認。
仲間が配置につき、ゼルスは開いた巻物を手に、『林屋を襲撃した偽冒険者の中で、一番身長の低い者』と指定して魔法の矢を放つ。
目標を見失った矢がゼルスを射抜き、冒険者達の足並みは乱れた。
不審に気づいたのか中からパラと町人風の男が出てくる。と同時に屋根の上にも音もなく人影が現れたが、どこからか飛来した矢を受けて呻き声をあげる。
「すまないわね。合図はまだだけど‥‥いかにもって感じだから撃っちゃったわ」
背後の屋根に上っていたアイーダが苦笑を浮かべる。これが開戦の合図になった。
「て、敵かっ!」
人影の手元が動いて手裏剣を放つ。正確にアイーダの急所を狙ったそれを彼女は伏せてかわす。
「ん‥‥夜目が利くようだし、忍者に動かれると面倒だわね」
屋根を遮蔽にしてゆっくり後退するアイーダ。
地上でも戦いが始まった。隠れ家の前で刀を抜いた男とパラを、カンタータのシャドウボムが包み込む。
「なんだ、貴様はっ!?」
男の前に、顔にぴったりとフィットした黒皮のマスクを被り、両手に短剣を握り締めた見るからにヤバい男が立っている。
「‥‥」
無言で殺気を放つマスクマンは右の短剣を男に投げつけた。閃光の射手と異名を取った烈閃の抜き打ちを肩に受けて男が仰け反る。
「ふふっ♪」
疾走の術でスピードが三倍になった北斗が滑りこんできて男の背後を取った。ジャンプして男の首筋に拳を叩きこむ。
「舐めるなっ!」
男は北斗の気絶攻撃に耐え、反転して女忍者が居た場所を薙ぎ払う。白い煙と共に爆発が起きた。北斗の微塵隠れ。
その間にパラはマスク男に接敵していた。しかし烈閃はパラのオーラソードの攻撃を、すべてかわす。
「強いっ、おまえ何者だっ!?」
「くくく‥‥この俺を誰だと思っている。貴様らなどに名乗る名は持たぬわ!」
仮面をかぶるとノリノリな烈閃だった。
「待ってたぜ」
一方、隠れ家の裏手で待機していた雷音丸は、近づいてくる三人の人影に凄みのきいた笑みを向ける。
「仲間を囮に裏から逃げる気か? そいつは感心しないな」
シールドソードに妖精の盾を構えた巨漢が通路を塞ぐ。
「くっ」
先頭の女が刀を向けるのを見て、雷音丸は嬉しそうに構えた。
「そうこなくちゃな。大人しく投降されたらどうしようかと冷や冷やしてたんだ。お前達には、冒険者を騙ったらどんな目に遭うか‥きっちり教えなくちゃならん」
「‥戯言を」
僧衣を着た女が呪文を唱える。浪人風の女と金髪の男は雷音丸に突撃した。
二人が雷音丸に辿り着く前に、地面から稲妻が迸った。
「トラップだとっ!?」
「ご明答です。この周囲には同じ罠が幾重にも張り巡らされています」
ベアータが姿を見せた。ヘルメスの杖にブラックローブという如何にもな魔法使いスタイル。そのローブの裾に捕まるようにして、顔を出したのはさくら。
「お前はエアマスター、ベアータ・レジーネス! その後ろは風雷桜華、水葉さくらさんか。ジャパンに戻って来たとは聞いてましたが」
感嘆の声をあげたのは金髪エルフ。
「私達の事を知ってるのですか? それなら、無駄な抵抗は止めて頂けると嬉しいのですが」
「あ、あの‥‥私が突破される事は、に、逃げられる‥と同義なので、て抵抗するなら、犯人さんにはそれなりの大怪我を覚悟し、て、いたたただきます」
「有難い言葉だが、行く道は曲げられぬ。お相手仕る」
女浪人が飛び出し、エルフが続いた。それを嬉々として待ち受ける雷音丸。
後ろの僧侶にサイレンスをかけたベアータに、女浪人が迫る。
間に居た雷音丸は、仁王立ちのまま、エルフの魔法で呪縛されていた。
「殺った」
女浪人が振り下ろした必殺の一撃をさくらの刀が受け止める。間合いを取ろうとした女にさくらは鎖分銅を投げつけた。
「うっ」
腕に絡んだ鎖から電撃が伝わる。
巨大なフクロウが頭上からベアータに襲い掛かった。月光に首飾りが反射する、あの僧侶の変身と気づいた時には地面に倒されていた。
「はぁぁぁ!!」
エルフと女浪人がさくらに迫る。二対一。覚悟を決めて桜華を振りぬく。
女浪人の刀が受け止めて、折れた。斬撃が腹を裂く。まるで切腹のように血を流し、さくらに体を預けた。
「いけ!」
「で、ですが」
「勝てる相手かっ、早く行け!」
「無事ですか? ‥‥奴らは?」
ゼルスと嵐淡が駆け付けた時には、満身創痍で抵抗する女浪人をベアータが氷漬けにしていた。エルフと僧侶の姿は既に無い。隠れ家の戦いで浪人、忍者、パラも捕まえた。
隠れ家で鬼の首(人喰い鬼だった)を発見し、捕まえた四人は役人に突き出す。その前にゼルスがリシーブメモリーを使ったが、逃げた二人の行方に繋がる情報は得られなかった。
捕えた四人のうち忍者以外はギルドに登録されていた。事件の噂は広まっていたので冒険者を悪く言う声も聞こえたが、ともかくも押し借り一味の大半を捕まえたのだから、おそらく噂は直に消えるだろう。