おかしな依頼

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:4

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月25日〜12月30日

リプレイ公開日:2008年01月21日

●オープニング

「もぉし」
 使いに出た帰り道、不意に声をかけられた。
 道のはしに、薄汚い襤褸をまとった老人が居た。腰まで垂れた伸ばし放題の髭が風に揺れている。
 街から離れた寂しい場所に、やけに軽装で佇んでいる。老いた両親の姿が脳裏をよぎり、可哀そうに思った。
「おじいさん、何か私に用ですか?」
 親切心を起こして近づいた男は、すぐ後悔した。虚ろな顔の老人は妙な事をいう。
「あんた、ときおかしがドコへ行ったか聞いてないかいの?」
 道端で不意に声をかけられた。おかしな老人だった。


 ジャパン、江戸。冒険者ギルド。

 師走も半ばを過ぎ、世間はあいも変わらず忙しなく動いている。
 冒険者ギルドにも依頼を求める冒険者がひっきりなしに訪れていた。
「何でもいい。仕事を回してはくれぬか。金を払わんと、掛け取りの奴が歳は来させぬと煩いのだ。1両、それだけ貰えば選り好みは致さぬ」
「異国から久しぶりに戻ってみれば依頼が無いってどういう事よ? あたしは他のギルドに行ってもいいのよ、仕事は幾らでもあるんだからね」
「いい加減、酒場でぶらぶらしてばかりでは腕が鈍ってしまうわい。そろそろ何処かで悪さを始める頃かと思ったんだがのう」
「黙って依頼を出せ! さもなくばこの店に火を付けて大悪党を目指す!!」
 噛み付くような冒険者達の剣幕に、手代は冷汗をかいている。
「さあ、どうでしょうねぇ。皆さん年を越すの越さないのと忙しくて、依頼を出す暇も無いのかも‥‥いやいやスグに出ますから、ちょっとだけ待って下さいな。そんなあんた、永遠に出ないって訳じゃないんだから刀なんか抜かないで落ち着けば分かる‥‥」
 どうにか対応して冒険者達が去った後、喧噪の中では気付かなかったが一人の老人が立っていた。
(「はて? こんな老いぼれ冒険者にいたかな」)
 そうか客か。嫌な所を見られたなと思いながら、手代は老人に笑顔を向けた。
「お待たせして申し訳ございません。それでえーと、どちら様でございましょう?」
「わしゃ神様じゃよ」
 虚ろな顔に微かに笑みを浮かべて、老人は名乗った。


 ジャパン、江戸。古着屋若葉屋。

 店主が蒸発してから冒険者ギルドが管轄下においたこの店は、馴染みの冒険者や常連がちょくちょく顔を出す溜まり場となり、不定休で今も営業していた。
「アレ、ありますか?」
「あ、アレですね。ちょうど昨日入荷しまして‥‥えっと、こちらにどうぞ」
 冒険者が色々と持ち込んだりして、何を売ってるんだかよく分らない店だが、それでも定期的に訪れる客もいるらしい。これまた何を買ってるんだか分からないが、常連の話では深く追及しない方が身の為だとか。
「っていうか、まだ褌売ってんのかよ!」
「客が付いてるからなぁ。需要と供給ってやつだ」
 最近江戸の暗黒ぞーんが広がっているとか居ないとか。
「どうしようもねえ。そんなこったから冒険者の評判がちっとも上がらないんだぜ」
 冒険者は頼られる存在だが、その地位や名誉となると甚だ怪しい。どちらかと言えば、チンピラやならず者と同列と言っても良かった。無差別な暴力装置で、金を取って厄介事に首を突っ込む性質から、しばしば厄病神のようにも扱われる。
「それがどうした。国を救う勇者とて、平時は只飯食いだ」
「そんな達観は出来ないね。俺は認められたい。それだけの事はしてる筈さ」
「ふん。自分から言うようでは、まだまだだ」
 燻る想いは出口を求めている。
 それは危険を孕んでいた。


 再び、冒険者ギルド。
「う〜〜〜〜ん‥‥‥」
 自称神様の老人を前にして、手代は困り果てていた。
「それで神様が、こんな店に何用ですか?」
「わしゃ神様じゃよ」
 笑顔で言われても困る。
「それはさっき聞きました。用件を言って下さいませんか?」
 手代は、さっさと済ませてしまう事にした。日頃面倒ばかり処理しているので、割り切りが早い。
「はて?」
 さも不思議そうに首を傾げるボケ老人。
「わしゃ神様じゃよ」
 みしっ。
 手代は握っていた筆をへし折っていた。
 やっちまう方が手っ取り早いな。自問自答する手代に、神様が言う。
「おお、そうじゃった。依頼したいのじゃ。受けてくれ」
「は? ‥‥ええ、そういう話でしたらもう。それが商売でございますから、お引き受け致します」
 頭をさげてから、しまったと思った。内容を聞いてないのに受けると言ってしまった。ろくでもない事は確実だが、今は喉から手が出る程欲しいのも事実。
「それでは神様、依頼内容をお聞かせ下さいませ」

 依頼人:ちまたの神
 依頼内容:江戸見物

 以下、手代よりこの依頼の補足。
「自称神様の老人は仲間の神様と江戸見物に来たけれど、街道の途中で一人はぐれてしまったそうです。
 しょうがないので江戸見物だけでもする事にしたそうで、けれど江戸は随分久しぶりで勝手が分からないので案内を頼みたいとか。
 それなら冒険者に頼むのが一番だと教えてくれた親切な人が居たそうで、まったく迷惑なはな‥‥ゴホゴホっ。
 言っておきますが報酬は出ません。依頼神は文無しです。
 本来ならお断りする所ですが、報酬貰ったつもりで引き受けてくれる冒険者を探しています。どうか、これも人助け‥いや神様助けと思って受けてください」

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea0282 ルーラス・エルミナス(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1119 林 潤花(30歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec2524 ジョンガラブシ・ピエールサンカイ(43歳・♂・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ec4127 パウェトク(62歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

アルシャイン・ハルベルド(ea8982)/ ウェルリック・アレクセイ(ea9343

●リプレイ本文

「正直、何するか忘れたぜ」
 愛馬ブラックに跨り颯爽と現れたハーフエルフの騎士ジョンガラブシ・ピエールサンカイ(ec2524)は、江戸の真ん中で途方にくれる。
「まあいい‥‥ミーはじいに末永く江戸しちゅう引き回し。煎餅で食べるか」
 英国騎士は非常に言葉が不自由そうな妄言を吐きつつ、黙々と退場する。


「おい、神様が居ると聞いてキエフから飛んできたぞ。して神はどちらに?」
 声を弾ませたデュラン・ハイアット(ea0042)が冒険者酒場の戸を開ける。
 彼が江戸の土を踏むのは、記録によれば半年ぶり。極寒のロシアで悪魔と魔獣と精霊にまつわる冒険を終えたのがほんの数日前だから、文字通り「飛んで」きたに違いない。
「静かに。デュラン・ハイアット、貴方も誇り高き古代ローマの裔ならば、くれぐれも神々への礼を失してはなりませんよ」
 英国騎士ルーラス・エルミナス(ea0282)が厳かに言うと、彼は咳ばらいを一つして笑みを見せた。
「勿論だとも!」
「宜しい」
 二人の様子を眺めて、用心棒稼業の虎魔慶牙(ea7767)は首を傾げる。
「ルーラスの野郎、やけに畏まってやがるじゃねえか?」
「‥‥そう言えば英国紳士の嗜みを見せる時が来たとか言っていたな」
 詰まらなそうに答えたのは宮侍の浦部椿(ea2011)。
「そういうお前さんは何で参加する気になった? タダ働きだぜぇ」
「‥‥私とて現実から逃げ出したい時はある」
 宮侍の彼女にとって今は繁忙期である。書き入れ時と言えば聞こえが良いが、心も折れる膨大な雑務が待ち構えている。
「依頼にでもかこつけねば、息をつく間もありゃしない」
「なるほどなぁ。気楽な俺にはよく分からねえが、色々な悩みがあるもんだ」
 ルーラスと椿を交互に見て、慶牙はげらげら笑った。
「依頼を受ける動機など、人それぞれだ‥‥」
 仲間を待つ間、冷酒をちびちびやっていた陸堂明士郎(eb0712)が呟く。明士郎は百年に一人の武人とすら言われる剣侠だ。他の面子も名の知れた者ばかりで、集まった冒険者を見てギルドの手代は複雑な表情を浮かべていた。
「差し詰めあなたは、年の瀬ぐらい陰徳を積もうって魂胆かしら?」
 壁にもたれて話を聞いていた林潤花(eb1119)の言葉に、明士郎は沈黙した。
「あら図星? ふふ、私も物見遊山みたいなものだから他人の事は言えないのよ」
(「懐具合がマジやばいのにこんな依頼受けちゃった私よりはマシよね」)
 潤花の所持金は凄い事になっていた。背負い袋には油壺がたっぷりで、まさに放火に走る一歩手前だったりするのだが、仲間達は気づかない。
「ごめんごめん、遅れちゃった。俺達が最後かな?」
「ジョンガラブシさんがまだのようだわい」
 僧兵の大泰司慈海(ec3613)とカムイラメトクのパウェトク(ec4127)がやってきた所でルーラスは席を立つ。
「行こう。神を待たせてはいけない」
「つれないな、同じ英国騎士だろうに‥」
「祖国の為です」
 ルーラスは真顔だった。一行は後で合流する事にして酒場に言伝てを残し、依頼人の待つギルドに向かう。
「年の瀬に、神様と江戸見物とはすてきな巡り合わせだな」
 しみじみとパウェトクが呟いた。
 まことに良い巡り合わせであれば良い。

「おじーさんはどこから来たの?」
 自己紹介もそこそこに、慈海は自称神様に気安く話しかけていた。
「江戸は何年ぶり?? 俺は南のほうの出身だよー。こっちきてから20年くらい経つけどネ」
 慈海はいかつい顔の大男だが、愛嬌があった。
「わしゃ神様じゃよ」
「あ、俺は仏教徒だけど、神さまも敬うよ。さいん頂戴、さいん! 棲家に飾っておくからさ★」
 おちゃらけた態度に不安を感じてルーラスは脇で咳ばらい。
「このような場所にて失礼いたします。私は英国騎士ルーラス・エルミナス。今回の江戸見物案内役を仰せつかりました事は誠に光栄であります」
 鷹の鎧に聖者の槍を捧げ持ち、必勝鉢巻はやや行き過ぎの感もあるがルーラスは晴々しい騎士の威風を漂わせていた。気迫が違う。
「むぅ‥‥この御老体が、神か?」
 一方、デュランは想像以上にみすぼらしい依頼人に困惑気味だ。それでも頭を振り、ルーラスに続いて慇懃に挨拶する。彼はどぶろくとキエフから持ってきた発泡酒を供物として捧げ、
「た、足りなければ生贄をご所望でしたらこのウチの猫を」
 子猫の首根っこを捕まえて差し出し、さすがにそれは思い留まる。
「ふーん」
「べ、別に神罰が怖いわけじゃないんだからね!」
 潤花に勘ぐられ、真っ赤な顔で否定するデュラン。
「それにしても立派な御髭だわい。この時期は江戸も冷えます。宜しければこの半纏やマフラーをお召し下され。コートもありますぞい」
 パウェトクがデザイナーズマフラー02と松竹梅の半纏、それにトナカイコートをかけてやる。
「準備は良いかな? 江戸は広い上、師走のこの雑踏だ。籠を用意させて貰った」
 椿が駕籠かきを連れてきた。勿論自腹だ。
 傍目には、かなり奇異に見えた事だろう。
 襤褸を纏った貧相な老人一人に、大名貴族相手でも一歩も引かないような冒険者達が下に置かない態度で接している。

 そのころジョンガラブシは江戸城に居た。
「門番どの。ぜひイギリス王が参った降参すると伝えて欲しい。マサムネ君はご在宅でしょうか?」
「帰れ」
 江戸城の門番は見事な馬に跨った変態を槍で追い払う。
「ヨシツネどんでもかまわない一国を争う自体だ。この魔法の液体と江戸城を交換してみないか? なに、気になることはないぜ。すでにびっぱーの精鋭部隊を送り込んだ。アイルランドの外人妖精部隊ですら歯が立たぬ相手、彼はだんまつまの悲鳴すらあげるかもしれない」
 門番は応援を呼んだ。変態は去っていった。


 肝心の江戸見物だが、冒険者達はついでに自分も楽しもうと考えている節もあり、依頼日数が足りない心配が出てきた。
「やはり江戸城は外せまい」
「江戸の民の様子もご覧頂きたいの」
「街に来たらまず酒と女だろう?」
 ともあれ、協議の末に江戸城とその下町の商店街、庶民街を中心に、更に浅草酉の市や吉原など江戸の名所を回れるだけ回ろうという事になった。
「ちと慌ただしい事で申し訳無いが、わしらなりに江戸のよきところを沢山御覧になって戴きたいと思ってのこと。勿論、ご覧になりたい所があれば遠慮のう言うて下されよ」
 パウェトクがそう言うと、仲間達も揃って頷いた。神様はよく分からない表情を浮かべていたが、不服は無いようだ。
「ならば、まず江戸城からか?」
 明士郎が言うと、ルーラスが反対した。
「先に江戸の民の暮らしぶりを見て頂こう」
 それも尤もだと一行は下町に向かう。背後で、変態騎士が城に現れたらしいと町人達が噂話をしていた。

「ここか?」
 ルーラスが連れて来たのは、ただの空き地。
「見世物小屋とか某書房とか、馴染みの船宿に案内しようと思ったのだが、全部回っている時間も無いようだから」
 英国騎士は落ちていた木切れを拾う。所々焦げたそれだけが、数年前までここに建っていた建物を偲ばせる。
「2年前、江戸は大火事に見舞われてこの一帯は焼け野原になりました。命を落とした人は4万人とも5万人とも言われている。そして、その数倍の人々が家を失い、焼け出されて絶望していた」
 当時京都に居たルーラスは変わり果てた江戸を見て、愕然とした。冬は目前で、凍死者、餓死者を減らそうと走り回った。救っても救っても毎日人が死んでいく、地獄のような日々だった。
「今はもう目に見える大火の跡は、探さないと無いほど回復しました。ご老人には、大火の苦しみにも負けず、頑張っている江戸の姿を見て貰いたいのです」
 切実な訴えである。
 観光で来た人間に話すにしては重いが、老人は分かっていないのか曖昧に頷く。
「辛気くさいのは無し無し。おじーさんはお酒はいけるクチ? 酒場でちょっと、うがいしてかない〜??」
 空気を変えようと、慈海が老人の手を取る。
「それなら俺が案内するぜ。ちょうどこの近くにいい酒場があるんだ」
 慶牙が行きつけの酒場に皆を連れていく。去り際、ルーラスは空き地に男が入って来るのを見て足を止めた。
「ここに長屋を建てるんだよ。随分前から話だけはあったんだが、金が無くてなー。伊達様が資金を出してくれる事が決まったんだよ」

「ついでに、ちょいと武器とペット、着物も見てくるか?」
 酒場で酔っ払った慶牙が武器屋や呉服屋に行こうと言い出した。老人は存外にいける口で、皆程良く酔っている。
「いまから行くのか?」
 椿が外を見る。どっぷり日は暮れていた。
「心配いらねえ。俺の行きつけだ、閉まってても叩けば開くさ」
 珍しい品物や武具に目が無い慶牙は、お店巡りも半ば日課。出物、掘り出し物があれば買おうと、現金を用意している。
「おぬしの買い物に付き合わせたのでは江戸見物になるまい?」
「春なら花見、秋なら月見、夏なら海にでも連れていくがねぇ、この季節に江戸で雪見もあるめぇ。商店巡りも立派な江戸見物だろうぜ」
 なるほど理屈だ。しかし、やはり私物の買い物に付き合わせるのは依頼人に失礼だとルーラスが釘を刺した。
「おっと、喋り過ぎたかねえ」
 慶牙は頭をかく。ふと横を見ると老人はうつらうつらと眠っていた。
「しかし、この爺さん何者かねぇ。俺は何者でも構わんがな」
 げらげらと笑う慶牙に目を細め、椿も同じ疑問を口にする。
「確かに。万物全てに何かしらのカミが宿るとはいうが、それならばこの方は何れのカミであらせられるるやら、気になるところでは、ある」
「巷の神と、そう名乗ったと聞いたが」
 と言ったのは明士郎。椿を見るが、宮侍も神話に詳しい訳ではない。
「道俣の神様でしょ」
 日中は敬虔な神の使徒として猫を被っていた潤花が、何気なく言うと皆の視線が集まった。
「知っているのか?」
「古事記に載ってるわよ。黄泉から戻ったイザナギが禊をした時に、色んな神様を生むのだけど、そのとき褌から生まれたのが道俣神。辻の神、塞の神とも言うわね」
 よりにもよって褌から生じた神の名を名乗るなんて、このボケ老人は何を考えてるのだろうと潤花は寝ている自称神様を見つめた。

 翌日はまず銭湯から。
 昨日一日歩いて、老人の臭いは若干問題があるという話になった。
「温泉か?」
「うん江戸に温泉は無いけどねー。銭湯も江戸見物にいいよー。おじーさん、ちょっとばっちぃし。身奇麗にしとかないと女の子に嫌われちゃうからね」
 慈海が後ろを押すように老人を銭湯に連れていく。銭湯も確かに見物か。まだ風呂が珍しく、温泉なども宗教色が強い時代である。
「寒い日は銭湯に限るわい。わしも江戸に来て日が浅いゆえ、毎日驚いてばかりおる」
 風呂上り、パウェトクは茶とせんべいを老人にすすめる。
「お寂しい事でございましょう。ときおかし様はどのようなお姿であらせられますかな?」
「ばーさんじゃ」
 パウェトクは納得し、老婆が独り江戸を彷徨う姿を想像して心を痛めた。
 ちなみに、ルーラスは陰で50両の大枚をはたいて人を雇い、依頼人の連れを捜索させていた。採算度外視も甚だしいが、長い江戸暮らしで宵越しの金を持たない江戸っ子気質が英国騎士の体に染み込んでいた。
 銭湯の後はついでに服も着替えようと慈海が若葉屋へ案内した。一文無しの依頼人なら、古着屋の方が気兼ねしないという配慮か。
「ちまたの神様? ご、御本尊が降臨されたぞー!」
「なんだってー!?」
 居合わせた客達が何故か老人を大層有難がり、老人の衣装代は全てタダになった。半纏とコートはパウェトクに返したが、マフラーは気に入ったようなのであげた。

「すまない。残念だ」
 酉の市は終わっていて、椿は老人に謝った。彼女はそれで気が済まないのか方々探して市を見つけてくる。
「すごい人じゃのう」
 好んで人ごみに揉まれるのもどうかと思うが、見渡す限りの雑踏もジャパン一の大都市ならではの光景。人ごみから依頼人を守るのに椿は疲れたが、老人の驚いた顔を見て満足した。
「先に行ってくれ」
 椿と同じく掻き分け役を買って出た明士郎は、混雑の中で目敏くスリを見つけて追いかける。一度見失い、それでも追跡して仲間達の元に戻った時には夕方だった。
「面目ない」
「スリは捕まえたのか?」
「ああ。常習犯でな、町奉行所に引き渡してきた」

 翌日江戸城に行くと、戦闘馬に乗るジョンガラブシが待っていた。
「じいには二つだけ言っておくことがある」
 依頼人を前にして変人騎士は江戸城を指差す。
「まずミーの家はあそこだ。いつでもたずねると良いぜ。今はマサムネに貸している、彼とは家賃はただだがアダムとイブの代にさかのぼるほど古くからの親戚関係と言える。そして江戸川‥」
「時間がありません。さあ行きましょう」
 ルーラスは最後まで言わせず、ジョンガラブシは肩をすくめて立ち去った。
「‥‥あんなのでいいのか?」
「まあ、只働きだしね」
 気を取り直し、明士郎がお城の説明をする。
「江戸城は源徳家康公が建てたジャパン一と言われる名城です。今の主は奥州の独眼竜こと、伊達政宗公‥」
 説明の間に、デュランと潤花は地下の入口の方に行きかける。ルーラスが止めた。
「どこへ行くつもりだ。中には入れないぞ」
「でも他では見られない名所よ」
 機密の多い城内に簡単に入れる訳がない。
「確かに危険だが。案外、この御老体、何処かの勢力の密偵かも知れんぞ」
 デュランが老人に聞こえぬ程度の小声で言った。
 老人が見たいと言えば考える事にして三人は仲間の所に戻る。ちょうど、地下空洞の話をしていた。
「この城の地下には大空洞がありまして、なんでも異世界に通じる月道があるとか‥」
「御老体、城の地下に大迷宮など滅多にあるものではない。見たいとは思わぬかね?」
 デュランが言う。
 老人は首を振った。前に来た時に見たからいいと。
「‥‥ちょっと待て」
 詳しく聞かせろと迫る。押し問答を続けていると、ギルドの使いと老人の一団がやってきた。ルーラスの捜索が、依頼人の連れを探し出したのだ。
「じーさんや、探したぞ」
 奇妙な一団であった。服装も人種もバラバラで、巫女装束や金襴の袈裟、この寒空に上半身裸の者もいる。
「はて、ときおかしが居らんぞ?」
「また呆けたか。あれは八雲じゃ」
「このあとはどうするの。伊勢参りかな?」
「あんな若造の言葉なんぞ、聞く事はないんじゃ」
「それにしても江戸は騒がしいのう」
 別れ際、老人は冒険者達に礼を言う。
「わしゃ満足じゃ。従者にしてやろう」
 彼は、数人を従者に指名した。
 だから何が起きるという事は無い。冒険者達が、ボケ老人に振り回された年末だった。