しん妖怪荘・壱 悪魔来る
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■シリーズシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月27日〜01月01日
リプレイ公開日:2008年04月20日
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●オープニング
京の都は真ん中を南北に走る朱雀大路を中心に、大きく右京(西側)と左京(東側)に分けられる。
都の外まで広がる左京の隆盛に比べ、右京は衰退が激しい。近頃では妖怪、魑魅魍魎の怪異に遭遇する事も珍しくない。
その中に妖怪荘というものがあり。
元は貴族の某の荘園の一部だったが、ある時に災いがあって管理が行き届かなくなると田畑がいつの間にやら庶民の家となり、次いで盗賊の巣と化した。それが何時頃からか妖怪の目撃談が多くなり、やがて妖怪荘と呼ばれるに至る。
わずか一町、四十丈四方の間の魔窟である。
●妖怪荘
訳有りに盗人にあやかしがひしめき合う妖怪荘。
その新たな管理者にされた少年がいる。
名を高辻長行、妖怪荘の地主で断絶した高辻家の末裔という事になっている。俄か郎党が出来たり、管理していた盗賊の宝物が盗まれたりと大変だった。新しく入ってきた高辻家の郎党と妖怪荘の旧住民の軋轢は相当ひどいものだった。
おかげで冒険者ギルドにもちょくちょく話が持ち込まれていたが、妖怪荘に異国の魔王、魔守華麗奴羽隠具が降臨したあと、パッタリ依頼が来なくなった。
便りが無いのは良い便り、とか言うけれど。
およそ一年ぶりに、妖怪荘が冒険者ギルドの戸を叩く。
「妖怪荘の調査、ですか?」
京都冒険者ギルドの手代は、久しぶりに聞く名前と依頼人を結びつけられずに当惑の表情を浮かべた。
依頼人は紫円という名の黒僧侶。
「わしが聞いた噂では、妖怪荘の中に邪教の輩が入り込んでいる。その真偽を冒険者に調べてほしいのだ」
郎党と旧住民の諍いが激しい頃、一人の男が妖怪荘に来たという。その男は宗教家だった。男は根気よく説得を続けて両者の争いを収めた。そして現在、男の頼みで妖怪荘の中に神殿を建築中だという。
「まさか、いま噂のジーザス会?」
月道渡りの神の使徒。イスパニアを本拠地とし、伝道と教化に全てを捧げるジーザス教の宣教師達は良い意味悪い意味両面でジャパンに波紋を広げていた。殊に京都では仏教寺院との衝突が激しい。
「あれは異教じゃ。わしが言っておるのは邪教よ。その男、悪魔を崇拝しておる」
「はぁ?」
手代には紫円の言葉が今一つぴんと来ない。
神仏習合を重ね、欧州のような苛烈な宗教観が育たなかったジャパンでは邪教と言われても、敵対する異教を強く言い換えたぐらいの認識だ。デビルと言っても厄介な魔物としか思われていない。
「そうやで。全くの誤解なんや。それを、デビル言うたら絶対悪や、殺さなアカン言うて問答無用や。狂った目ぇして地の底まで追っかけてきよる。どっちが悪魔やねん。ほんま往生しまっせ」
やれやれと溜息をつく小男。
異国の僧衣を着ているが、聖印は持っていない。
人懐こい笑みを浮かべた彼は、正真正銘の悪魔崇拝者であるという。
「ジーザス教が出来る前はな、まだ良かったんやでぇ。デビルもエンジェルもみんなに神様扱いされてたんや。信者の取りっこしてそら面白かった言うわ。負けたないから上司に隠れて少しでも加護のサービスしてた言うしな、そら喜ばれたもんやで」
関西風の怪しげなジャパン語を話す彼は、住人達の争いを調停して信用を得ると、どこからか持ってきた資金を住民に提供して妖怪荘の中に悪魔教の神殿を建設しようとしていた。
「そらまあ、喧嘩した方が魂(ゼニ)にはなる。ハルマゲドンの前にノルマこなそ言うてな、悪魔も天使もお偉いさんが無茶しよるんよ。どこの世界も辛いのは同じやでえ」
住民達には男の話は半分も分からなかったが、さりとて危険人物には思えず、元より盗賊や妖怪もお構いなしなせいもあってか気にされなかった。
「ジャパン侵攻? そら部署が違いまっせ。ははぁ、あんた等素人さんやな。デビル言うたら縦割り社会やがな。よその事情は知りまへん」
漏れ聞こえる噂だけでもとんでも無いが、男は堂々と悪魔教を布教しているらしい。何故に当局が動かないのか。
あまりにも馬鹿馬鹿しく、また場所が場所なだけに放置しているのだろう。いっそ騒ぎでも起こせば、妖怪荘をとり潰す口実が出来るくらいに考えていても不思議は無い。
「それで悪魔退治ですか」
手代が聞くと、紫円はかぶりを振った。
「成り行きでそうなるのは仕方無いが、依頼は妖怪荘の調査じゃ」
「つかぬ事を伺いますが、僧侶でしょう。邪教、それも悪魔相手なら退治を優先するのではありませんか」
手代の問いに、虚を衝かれた中年僧侶はくぐもった笑いを発した。
「くくっ‥‥悪魔も救えるものは救うのが仏じゃ。知っておるか、仏神にも元悪魔が大勢いるのじゃぞ」
鬼子母神の話くらいは手代も聞いたことがある。そういうものかと思って依頼を預かった。
しかし、神と悪魔の事など真実を知る者は誰も居ない。
とうの神と悪魔さえ、それは大昔過ぎて、忘れているかもしれない。
果たして高々に神魔を騙るこの話が、ろくでもない事にならなければ良いのだが。
さて、どうするか?
●リプレイ本文
真冬の京都。
雪が深深と降る夜、小路の壁が音もなく横に滑り、壁に二尺ほどの黒い穴が開いた。
「ここから入るっすよ」
壁を動かした案内役の大男の言葉に、背後に控えていた飛火野裕馬(eb4891)、フィディアス・カンダクジノス(ec0135)、藤枝育(ec4328)の三人は顔を見合わせる。
「ここから‥‥やて?」
「変わった入口ですね。扉が無いなんて、まるで城砦だ」
「胡散臭すぎだよ。ま、目当ての妖怪荘がこの中というなら、選択肢はないけど」
茶室のにじり口を思わせる狭い入口(?)に入る三人。裕馬は別ルートから入りたいと頼んだのだが、案内役になり得る経験者から欠員が出たので同じ道になった。
「閉めるっす」
「わ、待‥て‥‥」
太丹(eb0334)は壁の仕掛けを動かして穴を閉じた。この入口はジャイアントの彼が通るには狭すぎるし、ここの仕掛けは中からは解除できない。太は別の入口を探す。
「‥‥」
「‥‥真っ暗やねぇ」
「閉じ込められた訳では無いと思いますが、誰か灯りを持っていませんか?」
フィディアスが状況の割に落ち着いた口調で聞くと、裕馬は火打石と松明ならあると言った。
「こんな狭いとこで松明は無いだろ。‥‥おっ」
途方にくれる三人の前方が急に開けた。
「出ろ」
手を差し伸べたのは、禍々しい鎧を着た異形の騎士。
黒皮のマスクで顔を隠し、悪魔の彫刻が目立つダークブルーの鎧を身に纏っている。
「すげぇ格好だな。お前は何者だ‥‥?」
「くくくっ‥‥我こそは闇の魔王。ここは一丁目があって二丁目が無い町だ。ようこそ、新たな生贄を歓迎しよう」
芝居がかった悪魔騎士は、面食らう育を残して立ち去った。
改めて妖怪荘の中を見渡す。
城砦という感想はあながち間違いではない。元は普通の長屋だったと聞くが、建て増しに次ぐ建て増しで、二階三階が無秩序に作られ、階段や通路が縦横に通っている。そこかしこに気配があるから無人ではないようだ。三人を観察する視線を感じる。
見上げれば、空が狭かった。
「‥‥おかしな町だという事は分かった」
●弐の門
三人は冒険者という立場は隠した。世間から隠れ住む者も妖怪荘には多いので、ギルドの調査依頼と正直話さない方が良いと太が助言したらしい。
フィディアスと育が駆け落ち者で、裕馬は訳ありの浪人という事にする。
「訳ありって‥‥?」
「あー、細かいことは考えてない。荷物が多いさかい、物盗りやろか」
裕馬が軽く言うのでそういう事にした。どの道、この町では詮索される事は殆ど無い。スサノオも聖徳太子も暮らしているらしい。
三人は太の紹介で黒染めの道服を着た老人が空き部屋を世話してくれた。
「久し振りっすねー」
「そうかい。俺もこのところボケて来たんでな、記憶が怪しい」
老人は名を五月雨という。妖怪荘には珍しくお節介な男で、愛想は無いが新人が困っていれば色々と教えてくれる。
「悪魔教会だと? ここで人に質問するなと何度言えば分かる? 知りたきゃ、自分で行け」
「そうするっす」
「あれで面倒見がいい方なのか?」
古参の住民の中では格段だそうだ。太は参の門の自分の家が気になったので一度分かれて、弐の門の悪魔教会には三人だけで行く事にする。
弐の門。
かつては眠れぬ死者が徘徊した廃墟。そこに建てられた悪魔教会は、外観は普通のジーザス教教会に見えた。
小さな教会は完成間近で、十人くらいの男達が忙しそうに働いていた。瓦礫を片付けていた浪人風の男に悪魔神父の事を聞こうと近寄ると、ちょうど教会の中からジーザス教の僧衣を着た小男が出てきた。
「やあ、待ってたでぇ」
悪魔神父は人懐こい笑顔で冒険者達を歓迎した。年齢は三十〜四十くらいか。黒髪だが眼は青く、ジャパン人ではないようだ。立ち話もなんだからと教会の一室に案内する神父に、三人は大人しくついていく。
「何で俺達が来ること知ってたんや?」
「まさか。坊さんのこと言うこと真に受けたらあきまへんて」
裕馬は笑みを浮かべる。どうやら予想通りの人物らしい。神父は何も聞かず三人に茶を出した。さてどこから話を切り出そう。
「私はジーザス教徒です。ですが今日こちらを訪ねましたのは、吟遊詩人としての純粋な興味という事をご理解頂きたい。私の目的は珍しい話を集めて歌にすること。悪魔教の方ならば、私の知らない珍しい伝承もご存じではないかと」
フィディアスが来訪の目的を話す。
「ええよ。せやけど、悪魔の話にハッピーエンドはないさかい、歌にする言うんやったらそこは景気良く演出してや」
悪魔教の伝承にはジーザス教の聖書に出てくる話の裏話が多いという。理由を聞くと、聖書を作らせたのがそもそも悪魔であると言った。
「神も悪魔も認識されな商売にならん。聖書は神にも悪魔にも都合がいいねん。人の信仰心が関係ない精霊と違て、わてら信者さんが神様や‥‥あちゃー、問題発言や。きいつけよ」
「えっと、嘘ですよね?」
「信じる信じないはあんさんの自由や。ま、信じない方が心の健康にはええやろ。魔王がサインした聖書の原本がどっかにある言う話を聞いた事があるけどな、わても眉唾や思うとるしなぁ」
男の話はどこまで本気か分からない。少なくとも表情からは読み取れなかった。
「ジーザス教は何故悪魔を弾圧したのでしょうか?」
「信者を悪魔に取られたくないからやろ。悪魔を信じる者の魂は天に還らん、地獄に落ちる。そら神様も面白ないわな」
「ちょっと待て」
裕馬が会話を遮った。
「今の話だと、キミは地獄に落ちるために悪魔を信仰してる事になるぞ。それにどんなメリットがあるんや?」
「金にきまっとるがな。世の中銭やろ?」
「た確かに‥‥て、そんなこと無いやろ。愛とか家族とかもっと大事な物がある!」
「分かってるがな。神様も悪魔も加護は昔から同じや。願い事を叶えてくれるんや。悪魔の方は私利私欲の願いもOKなとこがセールスポイントやね。せやから、死後魂が地獄に落ちるいうても注文は多いで」
願い事を叶えるというと力の無い人々を騙すようにも聞こえるが、強い欲望を持つ戦士や王侯貴族の方が上客だという。
「昔は王様が悪魔信者で、定期的に生贄差し出して政治を上手く回した国も今より多かったらしいで」
「今よりって、今もあるのかよ」
「知らんのかいな。そのくらい業界じゃ常識でっせ」
男の話では悪魔教は数こそ少ないものの、常に人間社会に影ながら大きな影響を及ぼし続けているという。人の欲望に限りはなく、悪魔も24時間働き続けているのだから当然の話だと男は言う。
「貴方は何故悪魔を信仰する事になったのですか?」
「ええ事を聞いてくれた。語るも涙、聞くも涙の物語やで。これでも昔は紅顔の美少年、二親無くして背戸で泣き、働けども働けども我が暮らし楽にならざり、ぢっと手を見る‥‥飢饉と戦でどもならんようになってなぁ、清く正しくやってたら生きられへん。助けてくれるのは悪魔だけっちゅー話やで」
フィディアスの問いに、神父は貧しかったからだと答えた。
「悪魔が人を助けてくれるのか? 悪魔は人を誘惑する者だろう? 一体、人間と悪魔はどういう関係なんだ?」
それまで話を聞いていた育が矢継ぎ早に質問する。
「せやなぁ‥‥今日は大サービスや、教えたろ。神魔に大事なんは『魂』やねん。生命の源、創造主の御業、世界の欠片、黄金の中の黄金‥‥人間は魂の価値が高いねん、そうなるように神様が創ったんやな。せやから天使も悪魔も人の世話を焼くんや。分かるやろ?」
「全然分からん」
「うーん、話が難しすぎたか。仏教に、輪廻転生がありますやろ。生き物には魂があってな、何度も生まれ変わるんや。天使も悪魔もそれおまんまにしてるさかい、人助けて死んだ後に魂貰おうとするんやで」
「ふーん。じゃあ仏教と比べてどうなんだ? 悪魔教の方が救われるのか?」
「ご利益比べかいな。そやな、治療は負けるやろ。うちら黒はおるけど白はおらんし。けど現世利益やったら負けへんで。魂くれたら金でも力でもナンボでも力貸すさかいな。
ま、ケースバイケースやけど、うちらマイナーやから仏教で救われるんやったらそっちでかまへん思うわ。神仏で救われん者が悪魔を信じるんやで」
男の話は与太話のようで、どこまで真実なのか。
もしかしたら、ただの変人ではないのか。育は頭が痛くなった。
「調子のいいこと言って、俺達を騙そうって言うんじゃないのか?」
「当たり前やがな。だから先に言うたやろ、坊主の言葉は真に受けたらあかんて」
三人は戸惑うが、男の態度は友好的だ。
「キミ、面白そうやね。どや、この俺を用心棒に雇わないか?」
裕馬が売り込む。
「なんぼや?」
「お友達価格で安うしたる」
裕馬は悪魔教会の用心棒になった。育とフィディアスはお礼を言って帰る。
「はぐらかされたのか?」
「さあ。敵意は無いようでしたが」
●三の門
妖怪荘の地主である高辻長行の屋敷から出てきた浪人者の前に、先日冒険者が目撃した覆面の悪魔騎士が現れる。
「待て。貴様、高辻家の郎党だな」
「そういう貴様は何者だ。妙な覆面をかぶりおって、いかにも怪しい奴!」
浪人は腰の刀に手をかけた。
「クククッ‥‥何者かだと? 愚者め、見て分からぬか」
怪人は悠然と浪人を眺めていた。意外な事に怪人は丸腰だった。
「さては、貴様‥‥巷で噂の変態か?!」
「違う!! ‥‥フン、様子を見に来てみれば、随分と大人しくなったじゃないか。まったく、残念だよ。もっと、お前達のいがみ合う姿を見て楽しみたかったのだがな」
嘲笑され、浪人は抜刀した。
「抜け!」
「馬鹿は彼我の戦力差も理解できぬと見える。貴様如き、武器を取るまでもないのだ、この塵め」
分かりやすい挑発に、顔を朱に染めた浪人は怪人に突進する。その動きは実戦を経験したものだ。しかし、捉えたと思った怪人の姿が一瞬でかき消える。
瞬間移動、ではない。
体術に開きがありすぎて、浪人の目は怪人の動きを追えなかった。
「そうそう、我の邪魔をしてくれた悪魔崇拝者というのは、一体どんな男なのだね?」
背後に回った怪人はのんびりと質問した。
「何を言っている? ロレンソの事か?」
「下衆の名前に興味はない。随分仲がいいそうじゃないか」
「信用している訳では無い!」
浪人は怪人を追いかけるが、彼の刀はかすりもしない。
「ああ、一つ面白い話を聞かせてやろう。あの悪魔崇拝者が建てている神殿の資金、いったいどこから持ってきたものなのだろうな?」
「黙れ! 貴様、正々堂々と‥戦う気は無いのか!」
「貴様とでは戦いになるまい? 我はただ、あの金、どこかに隠されていた宝を盗んで換金したものでなければ良いと思ったまでだ。悪魔の使いが奉仕だけの目的で人間を説き伏せると思っていたのか? クククッ‥‥」
「おのれー!」
浪人は渾身の一撃を放つが、余裕で後ろに下がった怪人は、そのまま夜の闇に消えていった。
「参ったな。完全に避けたと思ったのに羽織に傷が‥‥ほっ、このくらいなら後で縫っとけば大丈夫か。少し遊びすぎたかもな。う〜〜ん、何か戻れないところに来てしまったなぁ、俺」
天閃夜駆の二つ名を持つ最強の志士、天城烈閃(ea0629)は苦笑いを浮かべる。頭をかいて歩き出した烈閃に、後ろから声がかかる。
「寒いっすね。‥どうかしたっすか?」
フトシ御殿を掃除していた太は、一瞬ビクッと体を震わせた烈閃に首を傾げる。
「この仕事のことを考えていたのさ。あの紫円が持ってきた依頼だ、何かあるのかと思ってね」
黒僧侶紫円と烈閃は多少縁があるらしい。
「何が起きても不思議はないっすよ。ふぅ〜、それにしても寒いっすね。でも板張りだから火が火が焚けないっす〜」
囲炉裏を作れば良かったとぼやく太。
「火鉢を入れたらどうかな」
「それっす! よーし、弐の門のお坊さんに火鉢貰ってくるっす」
なぜ坊主に火鉢?
烈閃は何か思い出しかけて、忘れた。一緒に行かないかと太に誘われたが、用事があるからと断る。
●弐の門
「さてと、こんなところっすね」
太は黙々と一人で作業を続け、フトシ御殿の改装を終えた。満面の笑みを浮かべる。依頼目的を完全に忘れてるのではないかと思える笑顔だ。
容赦なく吹きこむ寒風に体を震わせた青年は、
「そうそう、火鉢火鉢っす」
と悪魔崇拝者の教会に向かった。
途中でフィディアスと育に会う。二人は悪魔教会にどのくらい信者が居るのか調査していた。
「でもみんな話してくれないから、良く分からないくてさ」
途方にくれる育。
さもありなん。胡散臭い者が集う妖怪荘で詮索はタブーだ。余所者である冒険者の聞き込みが嫌がられるのは毎度の事だが、ここは特別口が固い。これまでの冒険者が住民に溶け込んだのも分かる気はする。
「無礼者、俺はジーザスだぞ。悪魔と戦うためにここに俺が居る事は世界の秘密。何も話すわけにはいかない」
「わしは本当は鞍馬山の大天狗で、正体はスサノオノミコト、実はこの宇宙自身でもある。悪魔の教えじゃと? ふふふ、そんなものは何千年も前から知っておるわ、真理に耳を傾けよ、おぬしにも聞こえるはずじゃて」
口を開いてくれるのはヤバい人達ばかりである。
二人は、道服の老人を面倒見が良いと言われた訳が分かった。
「付き合ってみれば、みんなイイ人っすよ」
怪しげな住民達を気にする事無く、太は二人と一緒に悪魔教会に向かう。
「お坊さん、南無南無〜っす。なんかあったかくなる物ないっすか?」
「廃墟に転がってたもんで良ければ、教会の後ろに積んであるさかい、好きに持ってったらええ」
太が火鉢はあるかと聞くと、男は少し考えて、あると答えた。
「買うっす!」
「売り物やないし。タダやタダ」
太は感激している。
勧誘しないのかと育が聞くと、太が悪魔を必要としていないと男は言った。
「わてらが貰うのは、魂やで。本当に必要な人にしか勧めんのや」
悪魔神父に信者の数を聞く。
「本人が言わんものをわてが口を滑らすわけにはいかんやろ」
それもそうか。
太達が帰った後、悪魔教会に怪人が舞い降りた。
「面白いぞ」
「‥‥誰や?」
「これほど堂々と悪魔の教えを広められる人間に会ったのは始めてだよ。別にお前の目的など、話して聞かせずとも良い。この神殿、我ら魔に属する者のために必ず完成させろ。この神殿の完成を邪魔するものがいたならば、この魔守華麗奴羽隠具が魔王として制裁してくれよう」
「‥‥おおきに」
言うだけ言って、立ち去る怪人。
(「アレ、どう見ても天城さん‥‥やろ。こんな面白い人やったとは」)
裕馬が呆然と立ち尽くす。
「ほんま、けったいな町やで」
悪魔崇拝者も全く同感のようである。
つづく