【比叡山焼討】叡山脱出
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■ショートシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 84 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月22日〜05月27日
リプレイ公開日:2008年06月18日
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●オープニング
京都。
神聖暦一千三年五月。
上洛した尾張平織家が軍事力で京都をその支配下に置き、藩主平織市より都の意に沿わない延暦寺の攻略を任された平織虎長が延暦寺を三千の兵で囲んでいた頃の話。
延暦寺攻めの勅命を出した安祥神皇は戦火と憎しみの拡大を憂い、冒険者達に和睦の助けを頼んでいた。
近隣の諸侯に援軍を求める平織家と延暦寺、悪名高い鉄の御所の酒呑童子は人間達の戦いをじっと見つめていた。
「あなたは山を降りなさい」
尊敬する天台座主の言葉に、桐生新兵衛は悲しくて不覚にも涙が零れた。
「何故でございますか。私も一緒に戦いまする!」
新兵衛はまだ年若いもののふ。無理難題で山門を汚さんとする平織軍への怒りに震え、命尽きるまで尾張兵を斬りまくる覚悟だった。
「それを、逃げろとは‥‥酷いです。座主様の御言葉ですが、こればかりは聞けません!」
「早合点してはいけない。あなたには大事な用を頼みたいのですよ」
「しかし‥」
慈円の話に戸惑いながら、新兵衛はまだ共に戦えない事に納得できなかった。
「あなたはまさかこの延暦寺が平織に敗れると思っているのですか? 都の冒険者も多くが私達に味方してくれています。負けることはありません」
「ならば、山を降りる必要など‥」
「負けはしませんが、無傷という訳にもいかないでしょう。戦火で貴重な経典や宝物を失う事があれば皆が悲しみます。騒ぎが収まるまで安全な場所に運んで欲しいのです」
宝物を持って平織の包囲を掻い潜り、比叡山を脱出するのは簡単ではない。だからあなたに頼みたいのだと慈円に説得され、新兵衛は感激に泣き崩れた。
「承知しました! 下賤の平織に延暦寺の宝は触れさせません。私が一命にかけて守って見せます!」
「有難う。ですが、あなたのような若者こそ延暦寺の本当の宝。危険な時は荷物など打ち捨てて逃げるのですよ」
平織軍は非戦闘員には攻撃しないという噂が流れ、延暦寺から多くの非戦闘員が脱出を図った。ギルドの冒険者の約半数が脱出に力を貸し、相当な人数が一度に比叡山を下る事になった。
新兵衛も非戦闘員を装って比叡山脱出を図る。平織軍に見つかったが、彼らは監視するだけで手は出さなかった。途中までは驚くほど上手く行った。
平織軍は非戦闘員の下山を許したが、あくまでそれは下りる者の話。比叡山に物資を運ぼうとする者が平織軍に発見され、騒ぎが起きた。騒動は拡大し、延暦寺に味方する者を救おうと僧兵達が平織軍を攻撃。
「何が起きた?」
「平織の謀略じゃあ! 奴ら、最初からわしらを逃がす気など無かったのだ!」
騒ぎに巻き込まれては大変と、新兵衛は避難する人々の列を離れる。しかし、大荷物の新兵衛は目立つ。脱出を監視する平織軍に見咎められた。
「待て! そこの者、勝手に列を離れるでない。心配せずとも、我らは無関係の民に刃は向けぬぞ。一人では返って危ない。戻るが良い」
戻れば殺されるに違いない。新兵衛は振り返らず、走りだした。
「むっ、いかん。これ待て、待てというのに‥‥」
騒ぎに気づき、新兵衛の近くにいた平織の足軽が彼の道を塞いだ。重い荷を背負ったままではすり抜けるのは不可能だ。
「退けええええっ!!」
隠し持っていた脇差で足軽の胸をつく。
そこからは夢中だった。
気がつけば、新兵衛は血塗れで、麓の村まで逃げていた。
村人は訳を聞かず、彼を匿ってくれた。聞かずとも、延暦寺から逃げてきたのは一目瞭然だったし、聞かない方があとで面倒も少ない。
「‥‥忝い。済まぬが、使いを頼まれてくれないか」
新兵衛は負傷し、目的の寺まではまだかなりの距離がある。相当暴れたから、追手がかかる心配もある。そこでもしもの時は冒険者ギルドを頼るようにと、慈円様に言われていた事を思い出した。
新兵衛の手紙を持って、村の子供が冒険者ギルドに駆け込む。
「延暦寺から逃げて来たお武家様を、大和の寺院まで送り届ける仕事です。手紙には書かれていませんが、どうも平織軍に追われているようですね」
子供の話では、その若い侍は大きな葛籠を背負っているそうだ。
「その武士は大きな葛籠を背負っていたというのだな」
壮年の平織家の武士は、殺された足軽を沈痛な表情で見下ろしていた。
「我らが慈悲を踏みにじったか延暦寺。仏罰など頼りにならぬ、我らが手で報いを受けさせてくれよう」
「応ッ」
武士は新兵衛追跡の志願者を募った。
「‥‥しかし、僧侶連れならともかく、若造が一人とは解せませんな」
「大方、金無垢の仏像を質に小大名の援軍を呼ぼうと言うのでは無いですかね。ともかく俺達の手で延暦寺の企みを潰してやりましょうや」
●リプレイ本文
金属を打ち鳴らす音に混じり、怒声や悲鳴が聞こえた。
合戦音楽をその耳で聞き、生命が消えていく響きをその肌に感じた。
比叡山の麓。
優勢を疑わなかった平織の軍勢が、押し戻され、都へ後退を始めた頃の話である。
「依頼、ですか?」
虎牙隊に所属して延暦寺方の冒険者と戦ってきたゼルス・ウィンディ(ea1661)も一旦都へ戻ってきた。
冒険者ギルドに顔を出した彼はそこで、武士護送の仕事を聞く。こんな情勢でもギルドは仕事を受けているようだ。依頼主は延暦寺から逃れてきた侍らしい。
「いいですよ、受けましょう」
「いいのかい?」
戦の趨勢に直接かかわる話では無いだろう。依頼主が担いでいたという大きな葛籠が気になった。
「戦火に巻き込みたくない寺の貴重品かもしれません。それなら、一人の考古学者として手を貸したい」
「ふうむ」
延暦寺方で柴田隊と戦ってきた西中島導仁(ea2741)はゼルスを見て唸った。
戦場で西中島と一緒に戦った李雷龍(ea2756)も一瞬表情を変える。この二人がゼルスのトルネードで空中高く放り投げられたのはついさっきの話だ。
「よろしくお願いします」
「なるほど‥‥。戦は戦、依頼は依頼という訳か。元より武士は戦場の遺恨は残さぬものだ、こちらこそ今回は宜しく頼む」
ゼルスが差し出した片手に、西中島は己の手を重ねた。
「善哉、善哉」
香山宗光(eb1599)は仲間達の様子に表情を綻ばせる。
「何が可笑しい」
「大和までは歩いて二日。拙者の見るところ、追手は十分追いつけるでござるな。我らの連携が重要となるでござろう」
「しかし、追手はあるかね? 平織軍に余裕があるようには見えなかったが」
導仁が言うと、宗光は面白くもなさそうに答えた。
「有るか無いかではござらん。拙者らの任務は護送でござれば、何事も警戒して望むのは当然でござろう」
平織軍だけではない。依頼人は傷つき、大荷物を抱えている。戦場泥棒の類の方がこわいかもしれない。
この時には、この戦いは平織の負けで終わるのだろうと冒険者達は思っていた。
「私達が貴殿を目的の場所まで護送いたします」
薄暗い小屋の中に彼らの依頼主、傷ついた若武者が居た。
宿奈芳純(eb5475)は桐生新兵衛にギルドの冒険者であると告げる。
「‥‥」
無言で見返す新兵衛に、戸惑ったように自分が彼の味方である事を占い師の話術で説明する芳純。
「味方と申すなら、証しを見せろ」
「証し?」
芳純は首を傾げ、村の子供がギルドに持ってきた手紙の事だと悟る。彼が書いた手紙があれば必死に説得する事も無い。うっかり忘れた。
「追手かッ」
新兵衛が重傷と思えない踏み込みで芳純に突きかかった。陰陽師の宿奈は体術は不得手、避けられる間合いではない。
「くっ!」
「え?」
小屋の入口にいたメグレズ・ファウンテン(eb5451)は宿奈の肩に手をかけた。
新兵衛にスリープをかけようとした芳純は背後からひきずり倒されて目標を見失う。
「なんだぁ?」
ジャイアント二人に遠慮して小屋の外で待機していた夕弦蒼(eb0340)は縺れ合うようにして飛び出す三人に目を丸くする。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
乱闘の末、眠らされた新兵衛が目を覚ました時には彼の身体は縛られていた。刀は取り上げられ、傷は治療されている。メグレズや芳純も怪我をしたので治療した。
周囲を数名の冒険者が囲み、手紙を忘れた事や、自分達が追手では無い事などを新兵衛に説明した。
「うーん。不幸な誤解があったようで誠に申し訳ない。ですが、私達が追手ならあなたを捕縛した時点で仕事は終わっています。傷を治したり、今さらあなたを騙す理由は無い、分かって頂けますか?」
山本建一(ea3891)は穏やかな口調で説得した。
「落ち着け〜」
建一の後ろで、芳純はおろおろしつつも何か歌っている。メロディで、少しでも新兵衛の気分を落ちつけようという気らしい。
「‥‥‥分かった。信じよう」
安堵する冒険者達。説得が無理なら魔法の靴を履く夕弦がひとっ走りギルドまで手紙を取りに戻る事も考えていたが、今は時間の浪費が惜しい。
「まとまったかな? それならすぐ出発だ。どうも妙な話になって来たんでね」
村の外で聞き込みをした夕弦は延暦寺が都まで平織軍を追撃するという噂を耳にしていた。
「その服は何とかならないか?」
大和までの護送に際し、蒼は追跡者を惑わすために全員の服装を変えることを主張した。
「断る」
メグレズが拒否した。重武装の彼女に偽装は難しい。白金鎧を着込んだ山本も首を振り、ウイバーンを連れた李とスモールストーンゴーレムを連れた香山は悲しそうな表情を浮かべた。
冒険者はとにかく目立つ。特に最近は装備品も豪華になり、一般人とは隔絶した格好の者が少なくない。普段は装備品を脱いでおく意見も出したが、鎧などは簡単に着替えられないし、魔獣とゴーレムを隠すのは至難。
「‥‥俺が悪かったよ」
蒼は新兵衛に商人の格好をさせて、都から避難する商人とその護衛という体裁を取る事にした。細かい事は都に残ったゼルスが手配をしてくれている。冒険者達は段取りを決めると、新兵衛を連れて急ぎ村を離れた。
「待ちかねましたよ」
京都では荷車を用意したゼルスが待っていた。
「居ないかと思ったぞ」
「まさか。しかし、状況が状況です。ここまでの道中より、京都に入って抜けるまでの間の方が危険かもしれません」
鉄の御所と手を組んだ延暦寺が都を襲うという噂が広まっていた。既に都から避難する者達が移動を開始しており、ゼルスと夕弦が街道の様子を確認していなければ彼らは都で立ち往生したかもしれない。
「だけど、悪い事ばかりじゃないよ。北東から攻めてくるって話だから、南に逃げる避難民に紛れやすい。もっとも、大半は大阪だけど」
夕弦の話では、まっすぐ南、大和へ抜ける道を選ぶ人は多くないらしい。
「平織軍の動きはどうだ?」
「そこまでは。ただ都を守るって言うんで、北東に防御陣地を作ろうって話になってるらしい」
比叡山を囲っていた平織軍は続々と都に集結している。都の外も中も平織軍だらけで、新兵衛の追手が居たとしても、とても判別できない。どころか、うかうかしていれば都が戦場になるのだ。
「覚悟を決めよう」
冒険者達は荷車に新兵衛の葛籠と生活用品を乗せて、都から脱出を図る。
注意深く街道を選んだが、伏見まで来たところで大阪へ向かう避難民の行列に巻き込まれた。
「冒険者様。どうか私達をお守りください」
渋滞に困っていた山本は、避難民に袖をひかれた。重武装で強そうな魔獣やら動く石像を連れた彼らは、避難民にはさぞかし立派な冒険者に見えるだろう。
「乳飲み子を抱えて難渋しております。なにとぞ安全な場所まで」
「鬼が攻めてくる〜。助けて助けて」
次々と声をかけられて、避難民達が周りを取り囲んだ。
「待て。俺達は既に依頼を受けた身だ。済まないが、お主達を守ることは出来ぬ」
8人の冒険者なら何十人と守れそうだ。それが一人の商人を護衛とはずるいと言って避難民達は聞かない。芳純のメロディも効果は無かった。避難民達も必死だ。
「胸が痛みます」
避難民達の声を思い出して落ち込む雷龍。取り囲まれ、為すすべの無かった冒険者達に道を開けたのはウイバーンの飛雷の咆哮だった。けしかけた訳ではないが、主人をもみくしゃにする避難民に飛雷が怒った。
「あの状況では仕方ないさ。刀を向ける訳にはいかないしな」
道中、導仁は気落ちする戦友を慰める。突破する際に避難民が怪我したので、彼らはポーションを置いて逃げてきた。
彼らの横では宗光とメグレズが軽く口論していた。
「呪われた品は持っちゃいかん」
「迷信だろう。これは良い武具だ」
二人の話題はメグレズが左手に持つ鬼神ノ小柄だった。数々の逸話を持つ一品だが、運不運は目に見えない。優れた冒険者に愛用者が少なくないのも事実だ。
「験かつぎではござらん。何人も命を落としているのでござる」
「だとしても、道具のせいでは無い。優れた道具を持っても、無敵にはなれないのだからな」
伏見を抜けた後は旅は順調で、宇治まで来ると、避難民の数はぐっと少なくなった。冒険者達は久世の水度神社近くで野営する。
「ここまで来れば、ひと安心か」
導仁はほっと表情を緩めた。周囲を平織軍に囲まれた京都では生きた心地がしなかった。顔に出さないよう張り詰めていたのを、空気と共に深々と吐き出す。
「まだ油断はできないよ」
夕弦は仲間達に警戒を促す。延暦寺と平織の戦は予想もつかなかった方向に流れている。大和も安全とは言い難いのではないかと夕弦は思っていた。
「ふむ。確かに都を攻められては大和の松永久秀殿も黙っておらぬだろう。南都の寺院も延暦寺に味方すると決めつけた物ではないかもしれぬか‥‥」
「そう、そうなんだよ。真言宗とか、注意した方がいいと思うんだけどね」
「お詳しいのですね」
感心したように芳純が言うと、夕弦は腕を振って誤魔化した。
「持ち上げないでくれよ。良くは知らないんだ。間違ってても責任は取れないからな」
仲間に本職の僧侶はいなかったので、冒険者達は深く考えない事にした。もっとも、僧侶が居たとしても苦笑いを浮かべるのが関の山だっただろうか。
(「‥‥来たッ」)
蒼が追跡者に気づいたのは翌日の午前中である。
仲間達から少し離れて後方を警戒した彼は、7人の集団を見つけた。身なりから平織軍の兵に間違いない。追手と決めつけるのは早計だが、避けて通るに越したことはない。
「しかし、隠れる道はありませんし、追いつかれるのは時間の問題ですよ」
蒼の知らせに冒険者達は対策を考える。
「バレないよう上手く誤魔化せないか?」
ゼルスと西中島はやり過ごす事を主張した。
「大和で見つかっても厄介。ここで追い払った方が良くはござらぬか」
「相手が6、7人なら、殺さずに対応する事も出来ると思います」
宗光と山本は迎撃を主張した。話はまとまらなかったが、依頼主だけ逃すのも難しいと判断し、ともかくもやり過ごせるかやってみて、失敗した時は戦うと決める。
「止まれ! 前の荷車、止まれ!」
現れたのは三騎の武士と四人の足軽。冒険者達は言われるままに街道の真ん中で荷車を止めた。
馬を下りた壮年の武士が荷車と一行を見回す。
「冒険者の方々とお見受け致す。拙者は平織家家臣、鳴海弥五兵衛。役目の途中にて、無礼はご容赦下され」
「御苦労様にござる。見ての通り、我らは護衛の依頼を受けた冒険者にて、依頼主は京都六条で小間物屋を営む山城屋助右衛門。戦を避けて、奈良までいくところでござる」
用意した嘘八百を述べる西中島。
「そうか。今は何かと物騒、我らは街道の安全を守るために派遣されたのだ。奈良まで同道いたそう」
「むぅっ。護衛が拙者達では不足と言われるか。それは侮辱でござるぞ」
宗光が怒って見せた。
「そのような事は申しておらぬ。我らが一緒に居ては困る事情がおありかな?」
もはやここまでと蒼が短刀に手をかけるのを、芳純がそっと止めた。芳純は直前にリヴィールエネミーを唱えていた。他の武士と足軽は青白く光っていたが弥五兵衛には変化が無い。
「ちっ」
夕凪は宿奈の躊躇いが伝播した。
一行は平織武士と共に奈良へ行き、無事に新兵衛を寺院へ送り届けて京へ戻る。